京成百貨店

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
京成百貨店
KEISEI DEPARTMENT STORE
Keisei department store(Mito).JPG
店舗概要
正式名称 京成百貨店ビル
所在地 310-0026
茨城県水戸市泉町1丁目6番1号
座標 北緯36度22分41.2秒東経140度27分51.6秒座標: 北緯36度22分41.2秒 東経140度27分51.6秒
開業日 2006年(平成18年)3月17日[1]
施設所有者 京成電鉄株式会社
敷地面積 9,652 m²
商業施設面積 34,000 m²
延床面積 78,205 m2
*商業施設56,298 m2
*駐車場21,907 m²
駐車台数 620台
最寄駅 水戸駅
KEiSEI
株式会社水戸京成百貨店
MITO KEISEI DEPARTMENT STORE Co.,Ltd
種類 株式会社
略称 京成、水戸京成
本社所在地 日本の旗 日本
310-0026
茨城県水戸市泉町1丁目6番1号
設立 1982年3月24日
業種 小売業
事業内容 百貨店業
代表者 代表取締役社長 西村寛
資本金 2億円
発行済株式総数 4千株
売上高 265億9700万円(2010年2月期)
営業利益 6100万円(2009年2月現在)
従業員数 240名(2010年5月現在)
決算期 2月末日
主要株主 京成電鉄株式会社 (76.0%)
外部リンク http://www.mitokeisei.co.jp/
テンプレートを表示

京成百貨店(けいせいひゃっかてん、英称KEISEI DEPARTMENT STORE)は、京成グループ株式会社水戸京成百貨店が経営する日本の百貨店ハイランドグループ加盟。また、かつて京成グループが各地に展開していた百貨店の名称でもある。

概説[編集]

最盛期は上野東京都台東区)、大森(東京都大田区)、市川(千葉県市川市八幡) 、土浦(茨城県土浦市)、水戸(茨城県水戸市)の1都2県に5店舗を有していた。しかし、親会社京成電鉄の経営悪化等により徐々に店舗を売却または閉鎖し、現在は水戸の1店舗となっている。

水戸の店舗は、株式会社水戸京成百貨店が経営している。その他の店舗については後述を参照(ただし、経営会社について不明な点あり)。

京成グループ等の企業向け業務用資材の販売や外商も行っている。その営業拠点である東京外商課は、京成電鉄本社内(千葉県市川市)に所在する。

店舗[編集]

  • 店舗は、水戸駅から約1.5km離れた市街中心部に位置している。かつてのライバル店であった旧ボンベルタ伊勢甚水戸店(ボンベルタ百貨店)跡地[2](泉町1丁目南地区再開発事業)に建設された新店舗に2006年(平成18年)3月17日に移転した[1]。新店舗は、地上10階地下2階で、店舗面積は34,000m2(旧店舗:15,000m2)に拡大した。移転と同時に、商圏拡大を意図して、店舗名を「水戸京成百貨店」(水戸京成)から「京成百貨店」に変更した。
  • 2017年(平成29年)3月以降、現在では茨城県内で唯一の百貨店である(同年2月に西武筑波店(つくば市)が閉店したため)。
    • 上記の西武筑波店閉店により、県南地域は百貨店空白地帯となり、隣県の千葉県にある柏高島屋東京都内の百貨店利用に流れることになった。そこで、京成百貨店が西武筑波店跡地の利活用を行っており、2017年夏のお中元時期にはギフトセンターを跡地に開設した。また、上記の県南地域への配慮として、西武筑波店跡地へのワンフロア出店も検討されている[3]
  • 同じ京成グループの京成ホテル京成ストア(リブレ京成)と共通の商品券取扱いも行っている。また、商圏の南半分は、京成グループである関東鉄道関鉄グリーンバス路線バス営業地域でもある。

沿革[編集]

(残存店舗である水戸の店舗についてのみ記述)

  • 1908年(明治41年)5月 : 志満津(しまづ)呉服店として茨城県常陸太田市に創業
  • 1946年(昭和21年)10月 : 水戸市に水戸店を開店
  • 1949年(昭和24年)7月 : 志満津百貨店に改称し、太田店と水戸店で営業開始
  • 1971年(昭和46年)5月19日 : 京成電鉄と資本提携、本店を水戸に移転し京成志満津に商号変更[4]
  • 1975年(昭和50年)5月 : 水戸京成百貨店に商号変更
  • 1982年(昭和57年)3月24日 : 新会社として、水戸京成百貨店設立
  • 2006年(平成18年)3月17日 : 新築移転し、店舗名称を京成百貨店に変更[1]

かつて存在した店舗[編集]

京成百貨店(市川 / 京成八幡駅)、2007年2月

京成百貨店(千葉県市川市八幡)[編集]

  • 1963年(昭和38年)9月、京成百貨店初の店舗として開業。京成八幡駅の駅ビルとして営業していた。
  • 1984年(昭和59年)10月から京成ストアが経営を行い、1階にリブレ京成八幡駅前店食料品売場、2階から4階には多数のテナントが出店し、実質的にテナントビルとなった。
  • 京成百貨店の店舗が複数展開されてからは、「市川京成百貨店」と称することもあった。
  • 本八幡駅北口再開発事業および建物老朽化に伴い、2007年(平成19年)3月をもってテナント部分(2階から4階)は閉店し、1階部分のリブレ京成だけの営業となる。その1階部分も2010年(平成22年)2月28日をもって閉店した。
  • 跡地にはオフィス・商業施設併設の高層ビルが建設され、完成後の2013年(平成25年)9月に京成電鉄の本社が移転した。

土浦京成百貨店(茨城県土浦市)[編集]

  • 豊島百貨店として始まり、後に霞百貨店に改称[5]1964年(昭和39年)9月に京成傘下となり、「京成霞百貨店」を経て「土浦京成百貨店」に改称する[6]1979年(昭和54年)5月売却[6]。「土浦京成百貨店」の名称のまま営業を継続するが、1989年(平成元年)閉店[7]。建物は解体され駐車場となっている。なお、茨城県を地盤とするカスミスーパーマーケット)は、旧・霞百貨店関係者が創業したものである[8]
1982年の上野駅。左上に見える看板の建物が上野京成百貨店

上野京成百貨店(東京都台東区上野)[編集]

  • 京成百貨店の核的店舗。上野駅前の、下谷郵便局が下谷に移転した跡地に開店。1972年(昭和47年)10月10日開業[6]。建物は「京成上野ビル」として、京成電鉄と他社の区分所有である。ハイランドグループとして高島屋と商品提携を行っていたが、1984年(昭和59年)12月閉店。現在は、京成電鉄が賃貸を行う形で、丸井上野店(マルイシティ上野→上野マルイ)として営業されている。

大森京成百貨店(東京都大田区山王)[編集]

京成志満津 → 水戸京成百貨店(初代店舗)[編集]

  • 国道50号線を隔てて新店舗の向かい側にあたる、水戸市泉町1丁目7-5にあった。
  • 店舗跡は伊勢甚本社が所有し[10]2008年(平成20年)1月25日に「水戸ショッピングストリート キミット」が開店[11]。かつてライバルであった伊勢甚が運営。食料品店など8店が入居する形でオープンした。泉町1丁目北地区市街地再開発準備組合による再開発事業の対象地であり[10]、事業開始までの暫定利用となっている。
  • 2010年開催の「コみケッとスペシャル5 in 水戸」では会場に使用された。

包装紙[編集]

脚注・出典[編集]

  1. ^ a b c “京成百貨店17日開店”. 茨城新聞(茨城新聞社). (2006年3月16日)
  2. ^ “伊勢甚水戸店が閉店”.朝日新聞(朝日新聞社). (2003年2月21日)
  3. ^ “「京成ブランド」県南に つくばに出店視野 西武閉店のクレオに中元会場”. 産経新聞. (2017年6月9日). http://www.sankei.com/region/news/170609/rgn1706090025-n1.html 2017年6月11日閲覧。 
  4. ^ 水戸市史編さん近現代専門部会 編 『水戸市史 下巻(3)』 水戸市、1998年5月。
  5. ^ 萩谷良太. “繭市場と土浦町-繭の集散拠点と土浦最初の百貨店”. 展示室だより 霞 2010年1月号 通巻第10号 (土浦市立博物館) (2010年1月5日).
  6. ^ a b c 『京成電鉄85年の歩み』 京成電鉄、1996年。
  7. ^ 中心市街地の活性化に向けて-県内主要都市の現状と方向性-”. 常陽アーク 2012年6月号 (財団法人常陽地域研究センター). (2012年6月).
  8. ^ 『追悼集 高遠なる理想、平凡なる実行』 神林留学生奨学会、1995年。
  9. ^ 三家英治 『現代日本小売経営戦略』 晃洋書房、1985年5月。ISBN 978-4771002906
  10. ^ a b “移転先は芸術館隣接地 水戸市民会館”. 茨城新聞(茨城新聞社). (2013年12月12日)
  11. ^ “水戸京成百貨店ビル跡地下1・2階に 水戸ショッピングストリート「キミット」1月25日オープン 茨城県水戸市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2008年2月4日)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]