帝都自動車交通

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帝都自動車交通株式会社
TEITO MOTOR TRANSPORTATION CO., LTD.
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
103-0027
東京都中央区日本橋1丁目21番5号5階
北緯35度40分55.7秒 東経139度46分37.4秒 / 北緯35.682139度 東経139.777056度 / 35.682139; 139.777056座標: 北緯35度40分55.7秒 東経139度46分37.4秒 / 北緯35.682139度 東経139.777056度 / 35.682139; 139.777056
設立 1938年昭和13年)4月1日
業種 陸運業
法人番号 1010601027134 ウィキデータを編集
事業内容 一般乗用旅客自動車運送事業
代表者 代表取締役会長 神子田 健博
代表取締役社長 篠崎 敦
資本金 5億円
売上高 17億7800万円(2020年02月29日時点)[1]
営業利益 1億1700万円(2020年02月29日時点)[1]
経常利益 3億9800万円(2020年02月29日時点)[1]
純利益 1億0600万円(2021年02月28日時点)[2]
総資産 167億1700万円(2021年02月28日時点)[2]
従業員数 2,200名(2012年7月現在、関連会社含む)
決算期 2月末日
主要株主 京成電鉄株式会社 100%
外部リンク www.teito-mot.com ウィキデータを編集
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帝都自動車交通株式会社(ていとじどうしゃこうつう、: TEITO MOTOR TRANSPORTATION CO., LTD.)は、東京都を中心にハイヤー・タクシー不動産業を運営する事業者である。本社は東京都中央区日本橋東京四社営業委員会の一角であり、丸に帝のマークが目印である。京成電鉄完全子会社であり、京成グループの企業である。京成カード加盟店。

歴史[編集]

  • 1938年(昭和13年) - 東京のハイヤー・タクシー会社の整理統合を目的に、京成電気軌道(現在の京成電鉄)が帝都タクシーを設立。
    以降、既存のハイヤー・タクシー会社の買収を重ね、1944年までの第一次統合、第二次統合。当時、警視庁は戦時中の統制経済の下、輸送力の維持増強を図るため東京のハイヤー・タクシー会社を一社当たり千台以上保有することを目安に、整理統合を推し進めたが、結局この一件は私鉄経営で実績のある京成の後藤圀彦東急五島慶太の「両ごとう」の手に委ねるべく強力に後押しした。このため一時は日東自動車(現在の日本交通)や国際自動車も帝都と合併寸前まで話が進んだ。
  • 1943年(昭和18年) - 帝都自動車交通に改称。
  • 1944年(昭和19年) - 荒川相互自動車など9社を吸収合併。
  • 1945年(昭和20年) - 第三次統合で有力会社だった地下鉄系の東京合同自動車他数社の統合に成功。
  • 1957年(昭和32年) - 金星自動車を買収し、のちに第一帝都自動車交通へ改称。
  • 1959年(昭和34年) - 東南タクシー・かもめ交通を買収し、のちにそれぞれ第二帝都自動車交通・第三帝都自動車交通へ改称。
  • 1962年(昭和37年) - 三新自動車を買収。本社を豊島区東池袋へ移転。
  • 1963年(昭和38年) - 第一帝都自動車交通・第二帝都自動車交通・第三帝都自動車交通を帝都タクシーに一本化。
  • 1970年(昭和45年) - 光和交通を買収。
  • 1977年(昭和52年)から1980年(昭和55年)にかけて、持株のほとんどを保有していた京成電鉄の経営危機に伴い、京成保有株の大部分がハイヤーの大口顧客へ売却され、京成グループから分離。
    (もともと、終戦直後に京成が大手ハイタク会社を持つ理由が薄れたとして持株の放出を決定。結局資本関係は残していたものの、経営上は既に分離していた。)
  • 1979年(昭和54年) - 帝都タクシーを統合。
  • 1980年(昭和55年) - 省エネのあおりで小型タクシー運用開始。当初はコロナその後はマークIIコンフォート(板橋営業所のみクルーが投入され1995年-2000年まで使用していた)。
  • 1994年(平成6年) - 旧EM無線(後のEM自交無線→現:イーエム無線協同組合)に加盟していた日新交通と営業協力。同時に帯部分をライトグリーンに変更した「帝都グループ」車色を制定し、協力事業者はこの車色を使用することとなる。タクシーは11月よりAT車を投入開始。
  • 1996年(平成8年) - 大輝交通と営業協力。
  • 1998年(平成10年)10月 - タクシーの100%がAT車化完了。
  • 2000年(平成12年) - 今度は帝都側が経営危機に陥り、元の親会社である京成が支援を決定。第三者割り当てに応じ、再度資本ならびに経営関係を強化。京成グループに復帰する。同時に池袋営業所を大田区大森に移転。また、子会社の帝都川崎自動車は宮園自動車に売却され「宮園交通」となる(2013年廃止)。本社を千代田区三崎町から江東区門前仲町に移転。
  • 2001年(平成13年) - 大輝交通が営業協力契約を終了し、東京無線に移籍。ハイグレードタクシーの「ていかー」を投入(クラウンスーパーデラックスGパッケージセドリッククラシックSV)。
  • 2004年(平成16年) - 日新交通を完全子会社化、社名を「帝都日新交通」とする。それに伴い車両が東京四社統一車色となったため、帝都グループ車色の運用を終了。一般車(統一車色車)へもハイグレード車両投入開始(車種は「ていかー」と同種)。
  • 2007年(平成19年) - 中央無線(現:信和事業協同組合)に加盟していた松竹グループ3社(松竹交通・コーディアルタクシー・第四松竹タクシー)と業務提携。松竹グループ3社は帝都グループになる。
  • 2008年(平成20年) - ホンダ・FCXクラリティ燃料電池自動車)を導入、メーカーの本田技研工業との契約運行でハイヤーとしてモニター運行する。[3]
  • 2009年(平成21年) - 中央無線に加盟していたムサシ交通(元松竹グループ)・大洋自動車交通と業務提携。同時にタクシーはPASMO加盟店となりPASMOなどの交通系ICカードが利用可能に。また、NTTドコモとその提携会社の電子マネーIDが利用可能になる。
  • 2010年(平成22年) - 共同無線(現在は日の丸自動車グループ)に加盟していた東京交通自動車と業務提携。
  • 2011年(平成23年) - 荒川営業所を廃止。日産・リーフを導入。
  • 2012年(平成24年) - 日暮里営業所を開設。場所は旧荒川営業所と同じ。参照トヨタ・プリウスを導入。ハイヤー虎ノ門営業所と大森案内所、タクシー千住営業所を廃止。元共同無線の平安交通と業務提携。(虎ノ門営業所は分割のうえ日本橋、銀座両営業所に統合。大森案内所は天王洲案内所に移転)
  • 2013年(平成25年) - ハイヤーのホテルニューオータニ案内所を廃止。
  • 2015年(平成27年) - 日本橋一丁目東地区再開発事業のため本社機能を江東区門前仲町から現在地へ移転。ただし無線センターは門前仲町に残留。
  • 2016年(平成28年) - 日の丸自動車交通の営業権及び資産の一切を譲受し、帝都葛飾交通を設立。また、丸紅ビルヂング建て替えに伴い、同ビルに入居していたハイヤー竹橋営業所が、現在地に移転。
  • 2017年(平成29年) - ホンダ・クラリティ フューエル セルをタクシーとして導入[4][5]
  • 2019年(平成31年・令和元年)
    • 日時不詳 - 大洋自動車交通[注釈 1][6]と平安交通[注釈 2]が脱退。
    • 4月19日 - 三信交通グループ[注釈 3]チェッカーキャブ無線に加盟していた三信交通および非無線で営業していた大森交通と事業譲渡契約を締結[7]
    • 9月6日 - 上記2社より営業権を譲受した帝都三信交通および帝都三信大森交通が営業開始[8]
  • 2020年 (令和2年)

タクシー車両の塗装[編集]

タクシー車両は黄色の東京四社色と濃紺色(ていかー)の2種類が存在する。黄色の車両の帯は帝都自動車交通本体、帝都三信交通および帝都日新交通(およびかつての帝都あたごタクシー)がボディ側面とボンネットからトランクにかけての赤帯となっており、他の提携会社はボディ側面のみの赤帯でボンネットからトランクにかけての赤帯は入っていない他、社紋横の文字はない。ただし、濃紺色の代わりに黒い車両もグループには存在する。本体でも本来タクシー用の車種ではない車両は黒い。ジャパンタクシーは全車深藍である。

営業所 (車庫) の所在地[編集]

ハイヤー[編集]

連絡所・営業所・案内所 所在地 備考
成田空港連絡所 千葉県成田市古込  
神田営業所 千代田区神田錦町
竹橋営業所 中央区日本橋小舟町
日本橋営業所 中央区日本橋兜町
銀座営業所 中央区銀座
銀座総合案内所 中央区銀座 銀座営業所とは別の場所
新橋営業所 港区新橋  
向島案内所 墨田区向島
深川営業所 江東区門前仲町
天王洲案内所 品川区東品川
渋谷営業所 渋谷区南平台町

タクシー[編集]

営業所 所在地 備考
墨田営業所 墨田区押上  
大森営業所 大田区大森北
板橋営業所 板橋区大山金井町
日暮里営業所 荒川区西日暮里

専用タクシー乗り場[編集]

グループ・営業提携会社[編集]

太字は帝都直系グループ(=京成グループ)、それ以外は営業提携会社

特別区・武三交通圏[編集]

社名・営業所 表記 所在地 備考
四社色
(一般車)
濃紺色
(ていかー)
帝都葛飾交通 なし
[注釈 5]
TEITO KATSUSHIKA 葛飾区白鳥 帝都直系[注釈 6]
旧・京成タクシー→日の丸自動車交通
帝都三信交通 TEITO
三信
[注釈 7]
TEITO SANSHIN 大田区東六郷 帝都直系[注釈 6]
元・三信交通グループ[注釈 3]
旧・三信交通
帝都三信大森交通 なし
[注釈 8]
TEITO SANSHIN ŌMORI 大田区北糀谷 帝都直系[注釈 6]
元・三信交通グループ[注釈 3]
旧・大森交通
帝都日新交通 TEITO
日新
[注釈 9]
TEITO NISSIN 大田区萩中 帝都直系[注釈 6]
旧・日新交通
京王自動車城南 目黒営業所 なし
[注釈 10]
KEIO[注釈 11] 目黒区上目黒 京王グループ
京王自動車グループ)
京王自動車城西 杉並営業所 杉並区上荻
吉祥寺営業所 三鷹市下連雀
コーディアルタクシー CORDIAL TAXI 板橋区舟渡 松竹グループ
旧・ライオン交通[注釈 12]→さくら交通→第三松竹タクシー
松竹交通 SHOCHIKU KOUTU 板橋区舟渡 松竹グループ
第四松竹タクシー DAIYON SHOCHIKU 北区浮間 松竹グループ
旧・松竹交通赤羽営業所
ムサシ交通 MUSASHI KOUTU 練馬区関町北 元・松竹グループ
旧・第二松竹タクシー

タクシー以外[編集]

  • 京成オートサービス(自動車整備工場、墨田区京島)
  • 帝都西柏自動車教習所(西柏自動車教習所、千葉県柏市柏の葉) - 2019年2月15日閉鎖

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 行灯の「丸帝」マークを大洋の字に変更。四社色は車体下部の「TAIYO TAXI」以外除去。濃紺色は「TEITO TAXI GROUP」(一部は「TEITO」のみ)と無線番号の前の「帝都」を除去。
  2. ^ 行灯の「丸帝」マークをHEIANの字に変更。濃紺色は「TEITO」と「GROUP」と無線番号の前の「帝都」を除去。
  3. ^ a b c チェッカーキャブ加盟時代は三信交通、三葉交通の加盟2社と独自営業の大森交通の計3社で構成されていた。三信交通と大森交通の帝都への事業譲渡前に三葉交通は三ツ矢エミタスグループ(千葉県)に譲渡され、2020年5月よりエミタスタクシー東京に改称。
  4. ^ 行灯の「丸帝」マークをTOKOJIの字に変更。四社色は帯と表記の一切を除去し旧来のTEITO GROUPの位置にTOKOJIと表記する他はおおよそ旧来の表記を踏襲。濃紺色は「TEITO」と「GROUP」と無線番号の前の「帝都」を除去。
  5. ^ 帝都葛飾交通には2018年1月現在四社色は存在しない(一般車も濃紺色)。また、日の丸自動車交通時代に黒だった車両は黒のまま使用。
  6. ^ a b c d 帝都直系の事業者は本体同様ボンネットからトランクにかけて帯がある。また、営業提携会社と違い京成グループとしても扱われている。
  7. ^ 四社色中古車は帯の下の帝都の社章の横の帝都(帝○都)が三信(三○信)になっている。チェッカーキャブ時代から在籍する車両には2020年4月現在四社色は存在しない。また、チェッカーキャブ時代に黒だった車両(ハイグレード車のエクシードキャブおよび先行塗り替えで朱色から黒に塗装変更された車両)は黒のまま使用。
  8. ^ 帝都三信大森交通には2019年9月現在四社色は存在しない(ジャパンタクシーを除いて元から黒のみ在籍)。
  9. ^ 帯の下の帝都の社章の横の帝都(帝○都)が日新(日○新)になっている。
  10. ^ 京王電鉄カラーの車両は黒へ塗り替えられた。
  11. ^ 正確には京王のグループロゴ。
  12. ^ かつて日本交通と提携し国際自動車の子会社であった同名事業者(2020年9月消滅)とは無関係。

出典[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]