山王 (大田区)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
日本 > 東京都 > 大田区 > 山王
山王
—  町丁  —
大田区立山王会館
山王の位置(東京23区内)
山王
山王
山王の位置
座標: 北緯35度35分30.33秒 東経139度43分31.97秒 / 北緯35.5917583度 東経139.7255472度 / 35.5917583; 139.7255472
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Ota, Tokyo.svg 大田区
地域 大森地域
人口 (2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 - 計 19,466人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 143-0023[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 品川

山王(さんのう)は、東京都大田区町名。現行行政地名は山王一丁目から山王四丁目。郵便番号は143-0023[2]

地理[編集]

東京都大田区の北東部に位置する。北辺は品川区西大井・品川区大井にそれぞれ接する。東辺はJR東海道線線路に接し、品川区南大井・大田区大森北にそれぞれ接する。南辺は環七通りに接し、これを境に大田区中央に接する。西辺も環七通りに接し、これを境に大田区南馬込に接する。北西端は大田区東馬込に接する。なお、現在、池上通り拡幅を含めた大森駅西口再開発計画がある。

町域内を南北に池上通りが通っている。町域東部は大森駅の西口にあたり、駅周辺は商店やビルが立ち並ぶ。他に池上通りなど幹線道路沿いにはビルや商店が並んでいる。池上通の裏、駅前の傾斜を下ったところにある山王小路飲食店街は、かつてが降ると坂を上がれないことから地獄谷と呼ばれており、昭和の香りを色濃く残す飲食店が並んでいる。高台地区は、基本的に第一種低層住居専用地域に指定されており、低層住宅地となっている。

地価[編集]

住宅地の地価は、2017年平成29年)1月1日公示地価によれば、山王3-34-3の地点で59万1000円/m2となっている[4]

歴史[編集]

かつては文化人や実業家政治家の邸宅が並ぶ住宅地である。江戸時代は平間街道(現池上通り)ぞいの宿場町として新井宿と称した。大森駅前の山側は将軍家の御狩場で低地部は田畑となっていた。明治5年に鉄道が開通し(新橋~横浜間)、大森停車場が開業(明治9年)すると、多くの外国人が移り住み、開発が始まった。明治20年には大森八景園が開業し、京浜の新名所となる。その後、大森ホテルや望翠楼ホテルを中心に別荘地として栄えたが、大正12年の関東大震災後は安全利便な郊外住宅地として人気を博し、各界の名士が移り住んだほか、独逸学園が横浜より移転し(1991年閉校)、現在もジャーマン通りの名称にその名残を残す。明治22年に本郷より日本帝国小銃射的協会が移転し、約15,000坪の土地に射的場を建設。その後、敷地内にテニスコートを設置し、大正12年には「大森庭球クラブ」が開設された。射的場は鶴見に移転し、敷地の過半が住宅地として分譲されたが、テニスコートは残り、「大森テニスクラブ」として存続している。また、昭和初期には時代を代表する文学者が数多く集まり、馬込文士村の一角を形成した。かつてのお屋敷街も現在では相続等により分割され、往時を偲ばせる洋館は年々少なくなっている。

かつて山王に居住した著名人

 

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
山王一丁目 2,700世帯 5,240人
山王二丁目 2,741世帯 5,440人
山王三丁目 2,878世帯 5,282人
山王四丁目 1,736世帯 3,504人
10,055世帯 19,466人

小・中学校の学区[編集]

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]

丁目 番地 小学校 中学校
山王一丁目 45番 大田区立馬込第二小学校 大田区立馬込東中学校
その他 大田区立山王小学校 大田区立大森第三中学校
山王二丁目 1〜40番
その他 大田区立馬込第二小学校 大田区立馬込東中学校
山王三丁目 5〜23番
43〜45番
大田区立入新井第二小学校 大田区立大森第三中学校
その他 大田区立山王小学校
山王四丁目 1〜10番
21〜33番
その他 大田区立馬込第二小学校 大田区立馬込東中学校

交通[編集]

町域東部に京浜東北線大森駅がある(大森北に所在)。他に、大森駅から各方面通じているバス路線の利用もある。

施設[編集]

  • 大田区立山王小学校(旧井上馨邸)
  • 大田区立山王保育園
  • マミフラワーデザインスクール(マミ会館)
  • 日本芸術専門学校
  • 大森テニスクラブ(旧大森射的場)
  • 山王草堂記念館
  • 大田区立蘇峰公園
  • 尾崎士郎記念館
  • 成田山大森不動尊
  • 日枝神社(地名の由来になっている)
  • 天祖神社
  • 熊野神社
  • 厳島神社(俗に小町弁天と呼ばれている)
  • 善慶寺
  • 義民六人衆の墓(善慶寺内・東京都指定旧跡)
  • 文士村レリーフ
  • 大田区立弁天池児童遊園
  • 大田区立山王花清水公園
  • 大田区立山王公園
  • 大田区立山王会館
  • 山王オーディアム(コンサートホール)
  • 大森郵便局
  • 中島記念会 大森山王病院
  • 山王小路飲食店街(通称:地獄谷)
  • カドヤ食品
  • ダイシン百貨店
  • オオゼキ

かつて存在した施設[編集]

  • 大森射的場(現:大森テニスクラブ)(1889年~1937年)
  • 望翠楼ホテル(1912年~1922年)- 横浜の生糸問屋若尾幾太郎が経営、文人の社交場だった[6]
  • 大森ホテル(現:山王公園)(1922~1965年)
  • 三喜旅館
  • 八景園(遊園地)(1884年~1922年)
  • 富岡美術館(~2004)
  • ドイツ学園(1925年~1991年)
  • ILO東京支局(望翠楼ホテル内)
  • 京成百貨店(1973年~1981年)
  • ホテルモントレ山王(1986年~2011年)(モントレイホテル1号店。*Montereyは、スペイン語でmonte(モント)が「山」、rey(レ、レー)が「王」)
  • 内外無線電機工業(家電量販店)(?年~2004年)

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b 世帯と人口”. 大田区 (2017年12月4日). 2017年12月15日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月15日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月15日閲覧。
  4. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  5. ^ 通学区域”. 大田区 (2016年5月30日). 2017年12月15日閲覧。
  6. ^ 東京ホテル建築史 1868 年~1939 年-その意味と多様性中村敏宏、法政大学大学院デザイン工学研究科紀要 Vol.2(2013 年 3 月)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]