山田花子 (タレント)
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| 山田花子 | |
|---|---|
| 本名 | 福島 京子 渡邉 京子(旧姓) |
| ニックネーム | 花子、花ちゃん |
| 生年月日 | 1975年3月10日(36歳) |
| 出身地 | 大阪府堺市北区 |
| 血液型 | A型 |
| 身長 | 150cm |
| 方言 | 泉州弁 |
| 最終学歴 | 大阪府立福泉高等学校 |
| 芸風 | 漫談、コント |
| 事務所 | よしもとクリエイティブ・エージェンシー |
| 活動時期 | 1988年 - |
| 過去の代表番組 | ダウンタウンのごっつええ感じ 笑っていいとも! 山田花子と杉本彩と増山さやかのちょっとどうなのよ? |
| 配偶者 | 福島正紀(トランペット奏者) |
山田 花子(やまだ はなこ、1975年3月10日 - )は、日本のお笑いタレント。本名、福島 京子[1](ふくしま きょうこ)、旧姓・渡邉(わたなべ)。愛称は、花子、花ちゃん。
大阪府堺市北区南花田町出身。よしもとクリエイティブ・エージェンシー東京本部所属。大阪府立福泉高等学校卒業。身長148〜9cm(公称150cm)、 体重51kg(公称55kg)、公称スリーサイズB・92、W・78、H・92。靴のサイズ23cm。
目次 |
[編集] 来歴
- 大阪の毎日放送「4時ですよーだ」に、素人として出演したのをきっかけに、中学校在学中からタレント活動を始める。
- その後、東京の水に合わないという理由で降板した吉田ヒロに代わって「ダウンタウンのごっつええ感じ」レギュラーに抜擢されるなど活躍したが、高校卒業後、一時はプロレスラーを目指して、JWP女子プロレスの練習生となった。しかし、受け身が出来ず、練習中に頭蓋骨を骨折する重傷を負い断念(ある番組に於いて本人が「『受身ができないと危険だから、悪いけどプロレスラーになるのは諦めてくれ』と涙ながらにお願いされた」と発言)、その後はお笑いの世界に戻り、吉本新喜劇にて人気を得る。ずんぐりとしたユーモラスな外見と、テレビや舞台などの活動では「カモ〜ン」「汗ばむわぁ〜」などのセクシーな口調のギャグで、有名になる。
- 2002年公開の映画「劇場版ポケットモンスター・ピカピカ星空キャンプ」では、事務所仲間であるDonDokoDon、雨上がり決死隊と共に「ボケモン5」を結成、主題歌「あの丘を目指して」を担当した。
- 翌2003年公開の「おどるポケモンひみつ基地」では、ナレーションを担当した。
- 2007年8月7日から8月13日までの1週間、NGKでの吉本新喜劇定期公演に、約10年ぶりに出演した(2008年8月5日からの公演にも出演)。これは、自らが慕う吉本新喜劇の先輩・未知やすえが、特別に座長公演を行うことと関係がある模様。
- 2006年に公演した「明石家さんまプロデュース 今回もコントだけ」に中村玉緒とゲスト出演したことで、明石家さんまファミリーに入る事になる。これにより2008年(第14回)、2010年(第15回)に上演された舞台にも参加している。またこれを切っ掛けとして毎日放送で長年にわたって放送中の「痛快!明石家電視台」のレギュラーの座にも加わることになる[2]。
- 2010年5月6日、かねてより交際していたトランペット講師福島正紀と同年5月3日に入籍した事を発表[1]、同年5月24日放送の「HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP」で初めてその顔写真を公開した。更に、同年6月29日の「踊る!さんま御殿!!SP」で夫婦共演を果たした。
- 2012年2月6日、第一子を妊娠中で、出産予定が同年夏であることを報じられた。
[編集] 人物
- プライベートでは「女芸人会」を率いており、森三中やだいたひかる等がメンバーである。
- ファースト・キスを、舞台の上で今田耕司に奪われた。
- 初恋の相手は、プロレスの先輩。アプローチするため、「先輩、寝技教えてください。」と迫ったことがある。
- 「笑っていいとも!」レギュラー出演時に「今年は女として一皮剥けたいです」と、度々発言していたが、その後「女として一皮剥けました」と告白をした。
- 酔うとダウンタウンなど先輩芸人でも、馴れ馴れしくしつこく絡んで、鬱陶しがられる上に服を脱ぎたがる癖があり、「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」の罰ゲームシリーズにおいて、その酔っ払いぶりを度々披露している。
- 「クイズ!ヘキサゴンII」には、半年に1度くらい登場していた。成績は最下位常連で、2007年11月21日の放送では、歴代最下位常連の里田まいに1点差で負けてしまうほど。
- 中学生の頃からタレント活動しているため、年上の後輩が多いが、ナインティナインやFUJIWARA、千原兄弟、陣内智則などは、普通に呼び捨てしたりタメ口で話すため、事実上後輩扱いしている。
- モンゴル人にとって山田の顔は、藤原紀香や松嶋菜々子を差し置いて、ダントツ人気の理想的な美人顔である[3]。
- 美肌で、光浦靖子からは「30歳過ぎてこのツヤはありえない!」と言われ、「スッピンは剥きたてのゆで卵のよう」と評されたこともある。
- 趣味でトランペットを習っている。2009年1月にアースマラソン途中の間寛平が太平洋に向けて出航する際には、「未来予想図」を港で演奏して見送った。
[編集] ギャグ
- (石田靖との競演の時)
- 石田:「お前、セリフ棒読みやんか!」
- 山田:「5,4,3・・・」
- 石田:「そりゃ、『秒読み』や!」
- 明石家さんまからバカボンに似ていると言われ「誰がバカボンなのだ~」と返す。
- はぁ~、汗ばむわぁ~。(舞台に横たわり)カモ~ン!
- このギャグにさんまは「クーラー付けたらいいのに」と返す。
- (自己紹介の際に)「○○(役柄)のエリザベスです」
[編集] 出演
[編集] 映画
- 大阪好日 (1997年、吉本興業)
- 父危篤、面会謝絶 (1997年、吉本興業)
- 映画版 未来日記 The Future Diary On The Film (2000年、松竹)
- 明日があるさ THE MOVIE (2002年、東宝)
- 模倣犯 (2002年、東宝)
- 嫌われ松子の一生 (2006年、東宝)
- 無花果の顔 (2006年、東宝) 主演
- 椿山課長の七日間 (2006年、松竹)
- 20世紀少年 第1章(2008年) - 友民党CMのタレント 役
- YOSHIMOTO DIRECTORS 100 上田大樹監督作品「パパとママが ふしあわせでありますように!」(2008年)
[編集] テレビ番組
- 夕焼けの松ちゃん浜ちゃん(1991年、朝日放送)
- ダウンタウンのごっつええ感じ(1992年 1993年、フジテレビ)
- なんじゃそら三人組(朝日放送、1995年 - 2000年)
- 森田一義アワー 笑っていいとも!(1997年-2002年、フジテレビ)
- ツッコメディ!痛快パラダイス(朝日放送、2000年)
- なんやモー目茶苦茶屋(朝日放送、2000年 - 2002年)
- 特ダネ野郎えぇチーム(朝日放送、2002年)
- 1、2、駐在さんダァ〜!!(朝日放送、2002年 - 2004年)
- 開運コメディ 今日も大吉!パンパンパン(朝日放送、2004年)
- なにわ人情コメディ 横丁へよ〜こちょ!(朝日放送、2004年 - 2008年)
- よしもと新喜劇(毎日放送)
- 笑点お正月スペシャル(日本テレビ)※振袖大喜利にて毎年6代目三遊亭円楽とペアを組む。
- 爆笑コメディー 名探偵山田花子(関西テレビ)
- TIM神様の宿題(中国放送)
- おはスタ(1998年 - )※ヨシモトムチッ子物語の主人公・テントウムシハナコのモデルとして現在もおはスタ1部に登場(声は生駒治美が担当)[4]。
- 天才てれびくんMAX ビットワールド(2007年、ハナナン役)
- あったか人情コメディ 湯けむりパラダイス!(朝日放送、2008年 - 2009年)
- 全快はつらつコメディ お笑いドクター24時!!(朝日放送、2010年 - )
- 痛快!明石家電視台 (毎日放送、2009年 - ) 準レギュラー
- run for money 逃走中(フジテレビ、2012年1月8日)
[編集] ドラマ
[編集] 連続
[編集] 単発
- ナニワ借金道 盗られてたまるか(1998年11月8日、よみうりテレビ)
- ごきげんいかが?テディベア(2001年9月22日、毎日放送)
- 港町人情ナース2(2007年8月8日、フジテレビ)
- 女子刑務所東三号棟
[編集] ラジオ番組
- オレたちやってま〜す(1999年-2000年、2002年-2003年、毎日放送)
- 花子・2丁拳銃のまだまだこどもの時間(毎日放送)
- 山田花子と杉本彩と増山さやかのちょっとどうなのよ?(2006年-2007年、ニッポン放送)
[編集] CM
- 大日本除虫菊「サンポール」(1996年-1997年)
- ノーベル製菓「はちみつきんかんのど飴」(2000年-2002年)
- アート引越センター
- 味の素「ほんだし かつおとこんぶのあわせだし」
- 焼肉壱番亭シリーズ
- 100満ボルト(家電量販店。1995年頃)
- アース製薬(2007年 - )
- エイブル保証(2012年 - )
[編集] PV
- FUNKY MONKEY BABYS 「恋の片道切符」 (CDジャケットにも山田花子のアップ写真が起用されている)
[編集] ディスコグラフィー
Re:Japanとして発売された楽曲に関してはRe:Japanを参照のこと。
- 虹色橋(1997年、つんくプロデュース、キムラ・チャンとデュエット。つんく、高山厳、富永美樹との競作でリリースされた)
- ブス(1998年)
- MOTHER(1999年、「hanaco with PUFFY」名義、コーラスとして参加したPUFFYの同名曲のカバー)
- あの丘をめざして(2002年、「ボケモン5」名義)
4曲のシングル盤を発表しているが、どうしようもないほどの音痴であるため、「虹色橋」は当初有線放送では演歌としての取り扱いとなったが、あまりの歌の下手さに苦情が殺到したため、演歌チャンネルで放送禁止という異例の結果となった。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
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