JT女性社員逆恨み殺人事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
JT女性社員逆恨み殺人事件
場所 日本の旗 日本 東京都江東区大島6丁目
都市再生機構(UR)大島六丁目団地1号棟4階
日付 1997年平成9年)4月18日
午後9時過ぎ
概要 事件の7年前に被害者女性を強姦し、被害届を出されたことで逮捕され刑務所に服役した犯人が、出所直後に被害者女性の居所を見つけて刺殺した。
攻撃側人数 1人
死亡者 1人(事件当時44歳女性)
犯人 男M(犯行当時54歳)
動機 逆恨み
謝罪 なし
賠償 死刑執行済み
テンプレートを表示
最高裁判所判例
事件名 前刑事件の被害女性に対する逆恨み殺人事件
事件番号 平成12年(あ)425号
2004年(平成16年)10月13日
判例集 最高裁判所裁判集刑事編(集刑)第286号357頁
裁判要旨
  • 本件上告を棄却する。
  • 本件殺人は、特異な動機に基づく誠に理不尽かつ身勝手な犯行であり、犯行に至る経緯に酌量の余地はない。
  • その犯行は、計画性が高く、強固な殺意に基づくものであって、殺傷能力の高い刃物を用いた犯行の態様も冷酷かつ残虐である。被害者の生命を奪った結果は重大であって、被害者遺族の被害感情は極めて厳しく、社会に与えた影響も大きい。
  • これに加え、被告人に殺人で服役した前科があったなどの諸事情に照らすと、被告人が反省の態度を示していることなど、被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても、被告人の罪責は、誠に重大であり、無期懲役の第1審判決を破棄して被告人を死刑に処した原判断は、やむを得ないものとして当裁判所もこれを是認せざるを得ない。
第二小法廷
裁判長 滝井繁男
陪席裁判官 福田博北川弘治津野修
意見
多数意見 全員一致
意見 なし
参照法条
殺人窃盗
テンプレートを表示

JT女性社員逆恨み殺人事件(ジェイティーじょせいしゃいん さかうらみ さつじんじけん)とは1997年平成9年)4月18日東京都江東区大島団地で発生した殺人事件[書籍 1]

強姦事件をネタに被害者女性を恐喝し、有罪判決が確定した犯人が、被害者の通報を逆恨みして出所後にお礼参りで被害者を殺害するという「刑事司法制度の根幹を揺るがしかねない殺人事件」「刑事事件の被害者が犯人を告発したために殺されるというあまりにも不条理な筋書き」に世間が震撼し、また「刑事事件の被害者保護、また再犯の防止という点でも非常に大きな意味を持つ事件」だった[書籍 1]

事件の概要[編集]

男M[編集]

1942年昭和17年)5月15日、日本統治時代の朝鮮京城府(当時)で5人兄弟姉妹の次男として生まれ[判決文 1]東京拘置所死刑囚として2008年平成20年)2月1日に死刑が執行された(65歳没)[新聞 1]

終戦後、家族とともに日本に引き上げ、1947年(昭和22年)頃から福岡県戸畑市(現・北九州市)に居住し、1958年(昭和33年)3月に同市内の中学校を卒業した後、九州などで映写技師見習い、塗装店・映画館従業員などの職を転々としていた[判決文 1]。後述の最初の殺人事件を起こすまでに、盗みの前歴が2回あった[新聞 2]

殺人前科[編集]

1976年(昭和51年)8月、山口県下関市内のストリップ劇場で照明係として働いていたMは[判決文 1]、家出中の高校2年生の少女(当時16歳)と偶然知り合い[新聞 2][判決文 1]、肉体関係を持った[判決文 1]。Mは少女をストリッパーとして劇場で働かせようとしたが、20歳未満で断られたため、8月10日夜に2人で広島県広島市へ職を探しに向かった[新聞 2]。しかし広島市内でも、少女が未成年であるために職が決まらず、ホテルで生活を続けると金銭がかさむことから少女を足手まといと感じ[新聞 2]、また冷淡な態度を取られたことなどに憤激して[判決文 1]、同月12日午前6時頃[新聞 2]、首を絞めて少女を殺害した[判決文 1]

翌13日、Mは殺人容疑で広島県警察広島東警察署から指名手配され[新聞 2]、その後逮捕起訴された[書籍 1]。この事件の刑事裁判で、Mは広島地方裁判所にて懲役10年の有罪判決(1977年1月14日付)を受け[判決文 1]、その判決が確定[判決文 1][判決文 2]岡山刑務所に服役した前科があった[判決文 1][書籍 1]

1984年(昭和59年)12月20日に岡山刑務所を仮出所したMは[判決文 1]千葉県船橋市内に転居していた両親の下に身を寄せ、地元の映画館で映写技師として働き、その後東京都内で住み込みの建設作業員などとして働くようになったが、1987年(昭和62年)末から翌1988年(昭和63年)初めにかけて、東京都内で自動車を盗んだ上に無免許で運転したとして窃盗道路交通法違反容疑で検挙された[判決文 1]。1988年3月10日、Mは東京地方裁判所で懲役1年2月の実刑判決を受け、府中刑務所に服役した[判決文 1]

事件の7年前の1989年(平成元年)2月15日、M(当時46歳)は府中刑務所を仮出所し、その後は江東区内の建設会社に勤務していた[判決文 1]

本事件に至る経緯[編集]

1989年12月19日深夜、Mは江東区大島6丁目のバス停付近で[判決文 1]、帰宅途中の被害者女性(日本たばこ産業〈JT〉社員、当時37歳)を見かけ、一緒に酒を飲まないかと声を掛けた[書籍 1]。Mは女性と2人で深夜の居酒屋で飲酒した後、女性をホテルに誘うが、拒絶されたため逆上し、首を絞めて失神させ、そのまま強姦し、首に全治2週間の怪我を負わせるとともに、財布などの入ったショルダーバッグ1個を奪った[判決文 1]。その1週間後、Mはこの強姦事件をネタに女性から恐喝しようと考え、女性に電話して「強姦されたことをばらされたくなかったら10万円払え。警察に言うとどんな目に遭うかもしれないぞ」と脅迫したが[書籍 1][判決文 1]、身の危険を感じた女性が警察に通報した[判決文 1]。このため、同月29日にMは金の受け渡し場所に現れたところを、待ち構えていた警察官に逮捕され[判決文 1]、その後起訴された[書籍 1]。この事件の刑事裁判で、Mは強姦致傷窃盗恐喝未遂の罪に問われ[判決文 1][判決文 2]、1990年(平成2年)3月13日に東京地方裁判所懲役7年の有罪判決を受け、札幌刑務所収監された[判決文 1][書籍 2]公判中こそ裁判官の心証を良くしようと反省を装っていたMだったが、内心は「あの女、警察に言うなと言ったのになぜ裏切った。出所したら必ず殺してやる」と逆恨みの感情を抱いていた[書籍 1][書籍 2]。冬の寒さが厳しい札幌刑務所に収監されたことや[書籍 1][判決文 1]、また同房の未決囚から「この強姦事件の刑は、普通より1年か2年重い」と言われたことから[判決文 1]、Mは服役中「この札幌刑務所で辛い思いをしなければならなくなったのは、あの女が俺を裏切って警察に届け出たからだ」などと逆恨みの感情を増幅させていき[判決文 1][書籍 1]、服役中も一貫して、出所後に女性をお礼参りで殺害しようと決意していた[判決文 1]

Mは1997年2月21日に札幌刑務所を満期出所し[判決文 1]、その足で札幌駅から上野駅行きの夜行特急列車北斗星」に乗って上京し、翌22日は船橋市内の実家に身を寄せた[判決文 1]。Mは24日より、かつて勤務していた墨田区錦糸にある会社で作業員として働くようになり、その後設備会社を退職し、3月14日からは江戸川区内の会社で社員寮に住み込みながら建設作業員として働き始めたが[判決文 1]、その一方で「シャバに出ても前科があるし、いいことはない」と[書籍 1]、鬱屈して過ごすうちに「こうなったのは全てあの女のせいだ」と逆恨みの気持ちを募らせていった[書籍 2]。7年前に被害者に出会った際、その口から聞いていた「現場の団地で1人暮らししている」という言葉を手掛かりに[判決文 1]、Mはお礼参りをすべく、2月23日から被害女性(事件当時44歳)を探し始めた[判決文 1][書籍 1]。現場の団地は11階建てから14階建ての集合住宅7棟で構成された巨大な団地で、Mは「常人離れした執念で」被害者女性の名前を探し、2月23日・3月16日頃に訪れた際には発見できずに終わったが、片っ端から郵便受けをチェックし続け[判決文 1][書籍 1]、出所から約2か月後の4月7日に、団地1号棟の4階に女性が住んでいることを突き止めた[書籍 1]。その傍ら、3月1日には凶器に使われた刃渡り約20.9cmの柳刃包丁・2本のペットロープを購入するなど[判決文 1]、犯行の準備も進めていた[判決文 2]

ゴールデンウィークに入ると女性が帰省して不在になる恐れがあると考えたMは、その前に女性を殺害しようと考え、実行日を4月18日に定め、出勤途中または帰宅途中を襲撃して包丁で殺害しようと決めた[判決文 1]。Mは4月13日頃、滑り止め目的で包丁の柄の部分に黒いビニールテープを巻き付け、同月17日には、包丁を目立たずにに持ち運べるようにと、生活情報誌を使って包丁の鞘を作る一方、犯行後に社員寮を引き払おうと考え、衣類の一部を手提げ袋の中に入れ、千葉県市川市内にある東日本旅客鉄道(JR東日本)・東京都交通局本八幡駅コインロッカーに預けた[判決文 1]

事件発生[編集]

Mは女性の居場所を突き止めてから11日後、事件当日の4月18日午前6時45分ごろ、さやに収めた包丁を構え、社員寮を出て現場団地に向かい、午前7時30分頃、1号棟の女性の部屋の前に着き、玄関の表札を見て女性宅と確認した[判決文 1]。室内に明かりがついていたことから、女性がまだ在室していると考え、一目につかないように、部屋から十数m離れた1号棟4階北側の非常階段踊り場で女性を待ち伏せ、部屋から出てきたところを狙って、女性がエレベーターに乗る前に、7年前に約束を破って警察に届け出た恨みを晴らしに来たことを伝えた上で、女性を殺害することを決めた[判決文 1]。午前8時ごろ、女性が部屋を出て北野を見たMは、すぐにあとを追いかけ、背後数mのところまで近づいたが、エレベーターホール横の中央階段付近から、階段を降りてくる人の足音が聞こえた[判決文 1]。Mは犯行を目撃されることを恐れ、一瞬ひるんで立ち止まったところ、その間に女性がエレベーターに乗って1回まで下り、そのままタクシーに乗って走り去ってしまったため、午前中は殺害できずに終わった[判決文 1]。そこで、Mは女性の帰りを狙って殺害する計画に変更し、来ていたセーターに包丁を包み、女性の部屋の玄関脇にあるメータ―ボックスの中に隠した後、付近にある酒屋でを買って飲んだり、社員寮に帰って昼寝をしたりして時間を潰し、午後7時過ぎに再び現場団地に戻ってきた[判決文 1]。室内はまだ暗かったことから、女性がまだ帰宅していないと考えたMは、メーターボックスの中から包丁を取り出してベルトに挟み、1号棟4階南側の非常階段踊り場付近などで、女性の帰宅を見張っていたところ、午後9時過ぎに、女性が団地内の広場付近を1号棟に向かって歩いてくる姿を見つけたため、エレベーターに乗って下に降り、1回で乗り込んでくる女性を待ち伏せようと考えた[判決文 1]

そのことを全く知らない女性は午後6時過ぎに渋谷区にあるJT東京支社を退出し、その後友人5人とともに女性問題に関するサークル活動に参加し[書籍 3]、友人らとともに行きつけだった港区内の飲食店で午後8時50分頃まで飲食し[書籍 2]営団地下鉄永田町駅で友人と別れ、家路に向かっていた[書籍 3]。午後9時過ぎ、女性がエントランスホールに着いたところでタイミングよくエレベーターが降りてきた[書籍 1]。エレベーターの扉が開くと、中に大柄の初老の男(M)が乗っており、女性は出口を暫く開けて男が降りるのを待ったが、1階に着いたにもかかわらず男はエレベーターから降りなかった[書籍 1]。女性は不思議に思いつつもエレベーターに乗り込み、操作盤の前に立ち、目の前の男が7年前に自分を強姦したMとは知らずに「何階ですか」と声を掛けた[書籍 1]。これに対し、男は「(女性の部屋と同じ階の)4階です」と返した[書籍 1]。女性は男の顔に見覚えはなく「大きな団地なので住民の入れ替わりは少なくない。新たに引っ越してきた人かもしれない」と思いつつ、4階のボタンを押した[書籍 1]

エレベーターが上昇しだした直後、それを待っていたかのように、男は女性に「○○(女性の実名)さんですね?」と問いかけた[書籍 1]。「なぜ自分の名前を知っているのか」と不審に思った女性に対し、男は続けて「7年前の事件を覚えているか」と言った[書籍 1]。男の獰猛な目、低い声、そして自分に起きた7年前の忌まわしい出来事を思い出した女性が恐怖したところ、Mは懐から包丁を抜き出し、刃先を女性に突き付けた[書籍 1]。女性は悲鳴を上げてMに飛び掛かり、不意を突かれたMは硬直し、その隙に女性に包丁を奪われ、逆に刃先を突き付けられたが、ちょうどその時にエレベーターが4階に到着し、女性が転がるように前に出た[書籍 1]。Mは女性の思わぬ抵抗に動揺したが、殺害の機会は今しかなく、少しくらい自分が怪我をしてでも殺害しようと考え[判決文 1]、女性が見せた一瞬の隙を見逃さず、一気に間を詰めて包丁を奪い返し、女性の左下腹部、腹部中央部、右胸、左胸と次々に滅多刺しにして失血死させた[書籍 1]。凶行の直後Mは女性の傷を冷静に確認してから[書籍 1]、所持品のハンドバッグを奪い[判決文 2]、その場から立ち去った[書籍 1]

男女の言い争う声に続き、女性の「助けて、殺される」という悲鳴を聞きつけていた4階の住民が[新聞 3][書籍 3]、119番通報して救急車が駆け付け[書籍 1]、首などから血を流している女性を病院に搬送したが、女性は間もなく出血多量で死亡した[新聞 3]。現場の1号棟1階の廊下から、現場最寄り駅である都営地下鉄新宿線大島駅付近の路上まで、約百数十mの間に点々と血痕が連続して残されていたが、血痕の量が多く継続的だったことから、警視庁城東警察署に設置された捜査本部は[新聞 3]、犯人も揉み合って刃物で負傷している可能性が高いとみて[新聞 3][書籍 3]、また顔見知りの犯行の線もあるとみて捜査した[新聞 3]。また、事件現場には女性のバッグや財布などの所持品が見当たらなかったため、捜査本部は犯人が奪って逃走したとみて捜査した[新聞 3]

事件発生から1週間後の4月26日、警視庁城東署捜査本部は殺人容疑でMを逮捕した[新聞 4][書籍 1]。Mは動機について「服役中から、警察に訴えられたことを悔しく思っており、出所したら恨みを晴らそうと思っていた」と供述し[書籍 1]、また28日までの取り調べで、事件の1週間前に現場を下見していたことが判明した[新聞 5]

刑事裁判[編集]

Mは女性を殺害後に所持品を奪っていたが、強盗が動機ではなかったため強盗殺人罪ではなく、殺人罪・窃盗罪で立件され[書籍 1]、5月16日に東京地方検察庁から東京地方裁判所起訴された[新聞 6]

第一審(東京地裁)[編集]

1997年12月4日、東京地方裁判所で初公判が開かれ、検察側の冒頭陳述が行われ、続いて弁護人は「Mは報復しようという強度の視野狭窄に陥っており、犯行当時は心神耗弱状態だった」と述べ、完全な責任能力を否定した[新聞 7]。同日の被告人質問で、被告人として出廷したMは起訴事実を認めたが[新聞 7]、この日から公判は大荒れとなった[書籍 1]。事件の動機について質問されたMは「(女性が)約束を破ったから」などと主張し、反省の態度を前面に押し出さなかった[書籍 1]。その動機たる逆恨みの原因となった8年前の強姦致傷事件の経緯を問われると、Mは「彼女にも落ち度があったんじゃないかと思っています。見知らぬ男から声を掛けられれば注意するのが普通だと思います。ある程度歳もいってたし、そういう判断力にも欠けていたんじゃないかと思います」と、被害者に落ち度があったことを主張、そのMに対して傍聴席から「ふざけるな」などの怒号・罵声が飛び交った[書籍 1]。また、Mは第一審の公判中「私の心は歪んでいる」と語っていた[書籍 1]

同年12月4日の公判で行われた被告人質問で、弁護人から犯行動機を聞かれたMは「7年前の事件のことをしゃべって『(警察に通報して)悪かった』という言葉を女性から聞きたかった」と述べ、その上で「直前まで、殺そうという気持ちは五分五分だった」として確定的な殺意を否定した[新聞 8]。Mは続いて、陪席裁判官の補充質問で、被害者への気持ちを問われると「後悔しているし、ああいう行為はしなくてもよかった」と、憮然とした表情で話したが、山室恵裁判長は「反省しているなら、そういう口の利き方をするのか」と問い詰めた[新聞 8]。そして、Mが「警察に届けないという約束を破ったので、彼女に会って謝ってもらいたかった」と供述すると、山室は「『警察に届けない』というのが約束になると君は今でも思っているのか」「強姦された女性が警察に被害届を出したのは当たり前じゃないか」と、声を荒げてMを問い詰めた[新聞 8]。山室は「相手の女性が君に会って『申し訳ないことをした』と言うと思ったのか」と問うと、Mは「相手の気持ちまで分かりません」と答えたが、続いて山室が「警察に届け出た被害者が間違っていると思うのか」と問うと、Mは答えられず、ここで裁判長の質問は終わった[新聞 8]

本事件での殺害された被害者の人数は1人だが[書籍 1]1999年平成11年)2月12日の論告求刑公判で検察側は[新聞 9][新聞 10]、Mに殺人の前科があること、自己主張を前面に出した(被害者遺族の感情とは逆の相容れない)動機[書籍 1]、また公判でMが見せた前述の反省のない態度や、被害者遺族も極刑を望んでいることを指摘して「Mの改善を期待することは不可能だ」と断じ[新聞 9]、「強姦事件の被害者の心情を思いやることなく、実に身勝手な動機による犯行であり、殺人前科があるなど矯正はもはや不可能で、被害者遺族の峻烈な処罰感情などを考慮すると極刑をもって臨むほかない」[新聞 10]「犯罪被害者が被害を届け出るのは当然の権利で、それを逆恨みして報復するとは言語道断である。我が国の刑事司法に真っ向から挑戦する、反社会性の強い犯行だ」[新聞 9]として、Mに対し死刑求刑した[新聞 9][新聞 10]

同年3月16日の最終弁論公判で弁護人は、犯行の動機や殺害方法の残虐性とともに「殺害された被害者数」を考慮し、やむを得ない場合に死刑が適用できるとする、死刑適用基準を示した最高裁判所判例永山基準」を持ち出して「この事件の被害者数は1人であり、強盗殺人のような利欲犯ではない」「ストーカー的な行為の過程で偶発的に引き起こされたもので、いわゆる『お礼参り殺人』とは違う」と述べ、検察側の死刑求刑に反論して死刑回避を訴え[新聞 11][新聞 12]、無期懲役か長期の有期懲役刑が相当だと主張した[書籍 2]。さらに弁護人は、Mが恨みを抱くきっかけとなった強姦事件について「個人の名誉を傷つけるようだが、事実は事実として述べたい。深夜、偶然出会ったMと2人で飲食し、店を出て深夜の夜道を歩いたのは被害者も軽率で、重大な落ち度だった。その軽率な行為が強姦事件に結びつき、その後、ストーカー的に付きまとったMが10万円を要求、警察に逮捕されたことを恨んだMから7年半後に殺される結果になった」と弁論を続けたが[新聞 11]、その言葉が終わらないうちに、傍聴席にいた被害者遺族から「ふざけるな!」と罵声が飛んだ[新聞 11][書籍 2]。最後に、Mは意見陳述の場で「被害者はもちろん、遺族の方々にも申し訳ないことをいたしました」と頭を下げたが、Mの反省の弁に納得できなかった傍聴席の女性が「本当にそう思っているんですか」と声を荒げ、裁判長は「たとえ遺族の方でももう一度許可なく発言したら退廷させます」と注意を促した[新聞 11][書籍 2]

同年5月27日、東京地裁(山室恵裁判長)は「Mは包丁を見て被害者が謝れば、殺す気はなかったと言うが、とてもそうとは信じられず、最初から確定的な殺意があったと認められる」とした一方で[新聞 13][新聞 14]、検察側の「今回のようなお礼参り的事件が続発すると、犯罪被害者が報復を恐れて届け出なくなる恐れがある」として死刑を求刑したことに対しては「犯罪被害者保護の問題は、立法や行政上措置に委ねるのが適切で、今回の量刑で考慮するには限界がある」と指摘し[新聞 13][判決文 1][書籍 2]、「永山基準」を引用した上で「被害を警察に届け出た当然の行動を裏切りと決めつけて筋違いの恨みを抱き、女性を殺害した犯行は身勝手・理不尽で、刑事責任は重く、社会に与えた影響も大きいが、動機は個人的な恨みに基づくもので、利欲的なものではない[新聞 13]。被害者数は1名であり、Mは公判が進むにつれて反省の態度を示し始めており、法廷での謝罪の言葉も口先だけとは断定できず、死刑を適用するには躊躇せざるを得ない」として、Mに無期懲役判決を言い渡した[新聞 13][新聞 14][新聞 15][判決文 1][書籍 1]。Mの殺人前科については「20年以上前のもの」と、特に重視しなかった[新聞 16]

この判決に対し東京地検は「被害者が1人であることを重視しすぎている」「犯行時に被害者の所持品を盗んでおり、利欲的な動機がなかったとは言えない」「殺人前科があることなどからも量刑判断が間違っている」と主張して[書籍 1]、6月4日付で東京高等裁判所控訴した[新聞 17][新聞 18]

控訴審(東京高裁)[編集]

東京高等裁判所仁田陸郎裁判長)は2000年2月28日の判決公判で、Mが出所直後から被害者宅を探し始め、あらかじめ包丁を購入し、包丁の柄に滑り止めのテープを巻き付けたりしていたことから「確定的な殺意と高度の計画性が認められる」とし、被害者に対して「7年前のことを覚えているか」と脅して恐怖心を煽ってから殺害していること、1976年に殺人事件を起こし服役した前科があることなどを考慮した上で[書籍 2]、「利欲目的ではないとはいえ、本件の動機は理不尽・身勝手の極みであり、被害者の申告にも悪影響を与えかねない[書籍 3][新聞 16]。筋違いの逆恨みで殺人を犯したMに同情の余地はなく、被害者が1人でも死刑がやむを得ない場合はある[書籍 1]。被害者には一点の落ち度もなく、極刑をもって臨むのはやむを得ない」として[書籍 1]、第一審の無期懲役判決を破棄し、検察側の求刑通り死刑判決を言い渡した[新聞 19][新聞 20][新聞 16][新聞 21][書籍 1][判決文 3]

殺人前科があるとはいえ、身代金誘拐保険金殺人や無期懲役囚の仮釈放中の再犯事例を除くと、最高裁から1983年に死刑適用基準として「永山基準」が示されて以降では、殺害被害者人数1人での死刑判決は極めて稀なケースだったが、マスメディアは「被害者保護」を重視した判決としてこの判決を評価した[書籍 2]

Mの弁護人は判決を不服として3月8日付で最高裁判所上告した[新聞 22][新聞 23][書籍 1]

上告審(最高裁)[編集]

2004年(平成16年)7月16日、最高裁判所第二小法廷(滝井繁男裁判長)で上告審口頭弁論公判が開かれ、弁護側は「場当たり的で計画性がなく、強固な殺意もなかった。動機は単なる恨みであり、利欲的な動機はない」と主張し、死刑判決の破棄を訴えた[新聞 24]。一方で検察側は「強固な殺意は明らかで、被害者1人で死刑が確定した他の事案と比べても、勝るとも劣らない非道な犯行」として、被告人M・弁護側の上告を棄却するよう求め結審した[新聞 24]

同年10月13日に上告審判決公判が開かれ、最高裁第二小法廷(滝井繁男裁判長)は「特異な動機に基づく誠に理不尽かつ身勝手な犯行であり、犯行に至る経緯に酌量の余地はない」「その犯行は、計画性が高く、強固な殺意に基づくものであって、殺傷能力の高い刃物を用いた犯行の態様も冷酷かつ残虐である。被害者の生命を奪った結果は重大で、被害者遺族の被害感情は極めて厳しく、社会に与えた影響も大きい。殺人前科の存在も考慮すれば、死刑の判断は是認せざるを得ない」としてMの上告を棄却する判決を言い渡し、死刑判決が確定することとなった[新聞 25][新聞 26][新聞 27][書籍 1][判決文 2]。判決文に裁判長として署名した滝井は「身勝手な動機は許せないが、Mを目の前でよく見ている一審の判断は重い。死刑以外の選択肢はないのか」「被告人はこれ以上上訴できない。最終審として、責任は重大だ」と悩み抜いた末、「もう後戻りできない。これで本当に死刑が確定する」との思いを抱えつつ、上告棄却の結論を出したという[新聞 28][書籍 4]

Mは判決を不服として最高裁第二小法廷(滝井繁男裁判長)に判決訂正申し立てをしたが、11月10日付で棄却決定がなされたことにより、死刑判決が確定した[新聞 29][新聞 30]

死刑執行[編集]

2008年(平成20年)2月1日、鳩山邦夫法務大臣(当時)の死刑執行命令により、東京拘置所でMの死刑が執行された[書籍 1][新聞 1]。同日にはMを含め、計3人の死刑囚が処刑された[新聞 1]

事件の影響[編集]

この事件を重く見た警察庁は、1997年9月29日午後に開かれた「全国捜査鑑識関係課長会議」で、再被害を視野に入れた凶悪事件の捜査を全国の警察に指示し、再被害の恐れが強いと判断された場合には加害者の出所時期を事前に被害者に通知する場合もあるなどの方針を発表した[新聞 31][書籍 3]。この方針によれば、所轄警察署が殺人・性犯罪などを摘発した際、報復犯罪が発生する可能性がある事件を各警察本部に登録し、被害者への警戒活動を行うとともに、必要な場合は加害者の出所情報を連絡する、というものである[新聞 31]。ただし、刑期を満了した者のプライバシー侵害や、被害者による加害者への復讐の助長につながるため、警察庁は「出所後の居住地が被害者と近接しているなどの特別な場合を除き、出所者の居住地・勤務先は教えない」とした[新聞 31]

その後、この制度は法務省内で検討がなされ、2000年12月1日、翌2001年3月から各地方検察庁で実施することが決定した[新聞 32]。情報提供の対象は事件の被害者のみならず目撃者も対象に加え、再被害防止・加害者のその後を知りたいという被害者らの要望に応え、加害者の実刑判決確定後に希望する被害者らに対し、懲役刑などの終了予定時期(年月)などを通知し、出所時の連絡を申し出た場合はその年月日を伝える[新聞 32]。その一方で、提供する内容は原則として出所事実に限定し、加害者の更生を不当に妨げたり、被害者による報復や暴力団抗争などの新たな紛争が予想される場合は提供せず、再被害の可能性が高い場合を除いて出所時期の事前通知はせず、加害者の出所後の住所も教えない[新聞 32]。また、受刑者ではない少年院収容者の退院も対象外とされた[新聞 32]

法務省はその後、2001年7月31日にこの被害者通知制度を拡充し、必要に応じて出所予定時期・加害者の居住地も事前に通知する制度に改め、10月1日から切り替えることを決めた[新聞 33]。通知対象は被害者本人のほか、親族や弁護士、事件の目撃者も加え、出所時期の通達は刑期満了前の仮釈放も含め、出所予定時期(月の上旬・中旬・下旬まで)を1,2か月前に関係者に通知するが、接触回避のために必要と判断した場合は、釈放期日まで通知する[新聞 33]。加害者の更生を妨げたり、被害者の報復などがないように「犯罪の形態や受刑中の加害者の言動などを検討し、妥当と認められる場合に限り情報提供する」が、原則通知しない出所後の居住地も、被害者の自宅と近接している場合などは町名、字名までを限度に伝える場合もあるという[新聞 33]

刑事裁判の判決文[編集]

  • 東京地方裁判所刑事第5部判決 1999年(平成11年)5月27日 判例時報1686号156頁、平成9年(合わ)133号、『殺人、窃盗被告事件』、”かつて強姦致傷などの事件を起こした被告人が、被害者が警察に届け出たために逮捕されたとして逆恨みし、刑期を終えて出所後、被害者を探し出した上、包丁で刺殺し、その直後に所持品を盗んだという殺人、窃盗の事案において、無期懲役が言い渡された事例。”。
    • D1-Law.com(第一法規法情報総合データベース)判例体系 ID:28045243
    • 判決内容:無期懲役判決(求刑死刑、検察側控訴)
    • 裁判官:山室恵(裁判長)・伊藤寿矢野直邦
  • 東京高等裁判所第3刑事部判決 2000年(平成12年)2月28日 [判例時報1705号173頁・判例タイムズ1705号173頁・高等裁判所刑事裁判速報集(平12)号73頁、平成11年(う)1202号、『殺人、窃盗被告事件』、”1.かつて起こした強姦致傷、窃盗事件の被害者が警察に被害を届け出たことを逆恨みして、服役後に被害者を捜し出したうえ、包丁で刺殺したという殺人及び窃盗の事案において、無期懲役とした第一審判決を破棄して死刑を言い渡した事例。2.強姦致傷等の被害の届出を逆恨みし、服役後に被害者を捜し出し殺害した事案につき、無期懲役刑とした第一審判決を破棄し死刑を言い渡した事例。”。
    • D1-Law.com(第一法規法情報総合データベース)判例体系 ID:28055166
    • 判決内容:破棄自判・死刑判決(求刑同、被告人側上告)
    • 裁判官:仁田陸郎(裁判長)・下山保男角田正紀
  • 最高裁判所第二小法廷判決 2004年(平成16年)10月13日 最高裁判所裁判集刑事編(集刑)第286号357頁・判例時報1889号146頁・判例タイムズ1174号258頁・裁判所ウェブサイト掲載判例、平成12年(あ)425号、『殺人、窃盗被告事件』「死刑の量刑が維持された事例(前刑事件の被害女性に対する逆恨み殺人事件)」、”1.死刑が憲法13条・31条・36条に違反しないところは、判例とするところである。2.かつて被害者に対する強姦致傷等の事件で、被害者が警察に届け出て逮捕され懲役7年に処せられたが、服役を終えた後、被害者方を探し当て、出所の2か月後に被害者を団地内で待ち伏せし、被害者の胸腹部を柳刃包丁で数回突き刺して殺害した事案につき、一審判決が無期懲役、二審判決が破棄自判・死刑としたところ、二審判決を是認し、死刑が維持された事例。”。
    • D1-Law.com(第一法規法情報総合データベース)判例体系 ID:28105157
    • 判決内容:被告人側上告棄却(死刑判決確定)
    • 裁判官:滝井繁男(裁判長)・福田博北川弘治津野修

脚注[編集]

刑事裁判の判決文[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq 東京地裁刑事第5部、1999年(平成11年)5月27日判決
  2. ^ a b c d e 最高裁第二小法廷、2004年10月13日、事件番号:平成12年(あ)425号
  3. ^ 東京高裁第3刑事部 2000年(平成12年)2月28日判決

新聞記事出典[編集]

  1. ^ a b c 中日新聞』2008年2月1日夕刊1面「3人の死刑執行 刈谷の主婦強殺犯ら」
    東京新聞』2008年2月1日夕刊1面「3人の死刑執行 逆恨み殺人 M確定囚ら」
  2. ^ a b c d e f 朝日新聞』1976年8月13日東京夕刊社会面7面「ホテルで女高生殺し 広島 連れの男、指名手配」
    『朝日新聞』1976年8月13日西部夕刊社会面7面「女高生殺される 広島のホテル」
  3. ^ a b c d e f 『東京新聞』1997年4月19日朝刊社会面27面「女性刺殺される 江東 自宅団地エレベーター前」
    『東京新聞』1997年4月19日夕刊社会面11面「多量血痕点々 犯人もけが? 江東の女性会社員刺殺」
    『中日新聞』1997年4月19日夕刊社会面11面「東京でJT女性社員刺殺 顔見知りの犯行か」
  4. ^ 『東京新聞』1997年4月27日朝刊社会面27面「土木作業員逮捕 江東の女性刺殺」
    『中日新聞』1997年4月27日朝刊社会面31面「顔見知りの男逮捕 JT女性社員刺殺」
  5. ^ 『東京新聞』1997年4月28日夕刊社会面9面「1週間前に自宅を下見 江東の女性刺殺容疑者」
  6. ^ 『東京新聞』1997年5月17日朝刊第二社会面26面「逆恨み殺人容疑者起訴」
  7. ^ a b 『朝日新聞』1997年7月3日夕刊第一社会面19面「被告、起訴事実認める 東京・江東区のJT社員刺殺事件初公判」
  8. ^ a b c d 『朝日新聞』1997年12月5日朝刊第二社会面38面「被告の態度に裁判長怒った 逆恨み殺人公判 東京地裁」
  9. ^ a b c d 『読売新聞』1999年2月12日東京夕刊社会面19面「暴行被害女性への逆恨み殺人 死刑を求刑/東京地裁」
  10. ^ a b c 『東京新聞』1999年2月12日夕刊第二社会面8面「逆恨み殺人に死刑求刑 東京地裁 『矯正不可能』と検察側」
  11. ^ a b c d 『朝日新聞』1999年3月17日朝刊第一社会面39面「逆恨み殺人、怒声の結審 弁護側『被害者にも落ち度』 東京地裁」
  12. ^ 『東京新聞』1999年3月17日朝刊社会面27面「逆恨み殺人 有期刑求める 最終弁論で弁護側」
  13. ^ a b c d 『朝日新聞』1999年5月27日夕刊第一社会面15面「逆恨み殺人で無期懲役 『身勝手だが人間性も』 東京地裁判決」
  14. ^ a b 『中日新聞』1999年5月27日夕刊第二社会面10面「JT女性社員刺殺 M被告に無期 東京地裁判決 『通報恨み身勝手』」
    『東京新聞』1999年5月27日夕刊第二社会面11面「M被告に無期懲役 JT女性社員、逆恨み刺殺 『理不尽な動機』 東京地裁判決」
  15. ^ 『読売新聞』1999年5月27日東京夕刊社会面19面「JT女性社員の被害届で逮捕… 出所後襲撃 逆恨み殺人に無期判決 /東京地裁」
  16. ^ a b c 『毎日新聞』2000年2月28日夕刊社会面9面「JT女性社員逆恨み殺人 1審を破棄、死刑判決 東京高裁『被害申し立てに悪影響』」
  17. ^ 『中日新聞』1999年6月4日夕刊第二社会面12面「警察通報を恨み殺人 『無期懲役軽すぎる』 検察側控訴」
    『東京新聞』1999年6月5日朝刊第二社会面26面「逆恨み殺人で検察控訴」
  18. ^ 『読売新聞』1999年6月4日東京夕刊第二社会面18面「暴行被害女性逆恨み殺人に無期懲役判決 検察側が東京高裁に控訴」
  19. ^ 『中日新聞』2000年2月28日夕刊社会面11面「JT女性社員刺殺 逆恨み殺害に死刑 東京高裁控訴審判決 『被害申告に悪影響』」
    『東京新聞』2000年2月28日夕刊1面「JT・OL殺害 逆恨み殺人に『死刑』 東京高裁 控訴審判決 『身勝手』と無期破棄」
    『東京新聞』2000年2月28日夕刊第二社会面8面「逆恨み殺人判決 迫られる再被害防止対策 出所後の情報提供なども」
  20. ^ 『朝日新聞』2000年2月28日夕刊第一社会面23面「M被告に死刑判決 警察に届け出女性を逆恨み殺害事件 東京高裁」
    『東京新聞』2000年2月28日夕刊1面「JT・OL殺害 逆恨み殺人に『死刑』 東京高裁 控訴審判決 『身勝手』と無期破棄」
    『東京新聞』2000年2月28日夕刊第二社会面8面「逆恨み殺人判決 迫られる再被害防止対策 出所後の情報提供なども」
  21. ^ 『読売新聞』2000年2月28日東京夕刊1面「被害者の女性を逆恨み殺人 無期破棄し死刑判決 被害者1人でも極刑/東京高裁」
    『読売新聞』2000年2月28日東京夕刊2面「『逆恨み殺人』判決の要旨」
    『読売新聞』2000年2月28日東京夕刊社会面15面「婦女暴行逆恨み殺人判決 『勇気ある告発』保護 死刑やむをえない/東京高裁」
  22. ^ 『東京新聞』2000年3月9日朝刊第二社会面26面「逆恨み殺人の被告側上告」
  23. ^ 『朝日新聞』2000年3月9日朝刊第三社会面37面「東京・江東区『逆恨み殺人』の被告が上告」
  24. ^ a b 毎日新聞』2004年7月16日夕刊社会面12面「JT女性社員刺殺 双方が弁論し結審 最高裁」
    “逆恨み殺人:最高裁小法廷 検察・弁護側双方が弁論し結審”. 『毎日新聞』 (毎日新聞社). (2004年7月16日). http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/news/20040716k0000e040068000c.html 2017年6月19日閲覧。 [リンク切れ]
  25. ^ 『中日新聞』2004年10月14日朝刊社会面31面「逆恨み殺人 死刑確定へ 暴行被害通報 女性を刺殺 最高裁『理不尽な犯行』」
  26. ^ 『朝日新聞』2004年10月14日朝刊第一社会面39面「逆恨み殺人のM被告、死刑確定へ 最高裁が上告棄却」
  27. ^ 読売新聞』2004年10月14日東京朝刊社会面39面「被害届女性逆恨み殺人 最高裁も死刑 上告を棄却 被害者1人でも」
  28. ^ 『読売新聞』2009年3月7日東京朝刊第二社会面38面「[死刑]選択の重さ(7) 3審、それぞれの苦悩(連載)」
  29. ^ 『読売新聞』2004年11月12日東京朝刊第二社会面34面「婦女暴行逆恨み殺人 M被告の死刑確定/最高裁」
  30. ^ 『毎日新聞』2004年11月12日朝刊社会面28面「JT女性社員逆恨み殺人 被告の死刑判決確定 最高裁」
  31. ^ a b c 『東京新聞』1997年9月29日夕刊1面「犯罪者の『お礼参り』防止へ出所時期通知 居住地や勤務先は原則非公開 警察庁が初対策」
  32. ^ a b c d 『中日新聞』2000年12月2日朝刊第二社会面34面「被害者に出所情報 来年3月から」
    『東京新聞』2000年12月2日朝刊第二社会面28面「被害者に出所情報 来年3月から」
  33. ^ a b c 『中日新聞』2001年7月31日夕刊3面「『被害者通知制度』10月改正 出所後の居住地も通知 法務省 『逆恨み』防止で警察と連携拡充」
    『東京新聞』2001年7月31日夕刊1面「出所情報を事前通知 法務省 10月1日から 被害者保護へ制度拡充」

書籍出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar 丸山佑介 『判決から見る猟奇殺人ファイル』 彩図社2010年1月20日、77-85頁。ISBN 978-4883927180「8【強盗殺人】逆恨み殺人事件」
  2. ^ a b c d e f g h i j 福田洋 『20世紀にっぽん殺人事典』 社会思想社2001年8月15日、747-749頁。ISBN 978-4390502122「逆恨み男、JT女性社員殺し」
  3. ^ a b c d e f 村野薫(編集)、事件・犯罪研究会 (編集) 『明治・大正・昭和・平成 事件・犯罪大事典』 東京法経学院2002年7月5日、306頁。ISBN 978-4808940034「JT女子社員〝逆恨み〟殺人事件」(袴田京二
  4. ^ 読売新聞社会部 『死刑』 浅海保中央公論新社2009年10月10日、184-185頁。ISBN 978-4120040634

関連項目[編集]