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三島女子短大生焼殺事件

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三島女子短大生焼殺事件(みしま じょしたんだいせい しょうさつじけん)とは、2002年1月22日静岡県三島市で発生した殺人事件。

被害者1名の事件の被告人死刑判決が下ったことでも注目された。

概要

2002年1月22日夜、静岡県三島市内でHは帰宅中の女子短大生に声をかけたが、相手にしてもらえなかったことに激昂し、自分のに彼女を連れ込んで監禁し強姦した。その後車で数時間にわたり連れ回し、1月23日未明に市内の道路工事現場で女子短大生を縛り上げたうえ、灯油を浴びせ焼殺した。これを目撃した住民から警察への通報があり、現場から女子短大生とみられる焼死体が発見されたことで事件が発覚し、焼死体は行方不明となっていた女子短大生であると判明。警察の捜査から事件当日に人身事故を起こしていたHが捜査線上に浮上。事件現場に残されたDNAがHのものと一致したため、事件発生から約半年後の7月23日逮捕された。

女子短大生が帰宅途中に乗っていた自転車も無くなっていたが、Hの供述により、隣接する沼津市で発見された。さらに、監禁から殺害までの残忍な犯行が明らかとなった。

事件経過

備考

  • 意識のあった被害者を縛り上げ、生きたまま焼き殺すという殺害方法が極めて残虐と判断された。
  • Hは1995年強盗致傷罪懲役7年の判決を受けており、仮釈放から約9ヵ月後の犯行であった。
  • この事件は、殺害人数が1人である。またHに殺人罪前科はなかった。1983年永山基準以降は、殺害人数が1人の場合、身代金目的誘拐殺人ではなく殺人の前科がない場合は、死刑判決を避ける傾向があった。
  • 静岡地裁沼津支部は、事件が極めて残虐であったと事実を重視したものの、Hに殺人罪の前科なし、計画性、幼少時代の生活環境を理由に、検察の死刑求刑に対し無期懲役を言い渡した。
  • 東京高裁は、事件が極めて残虐であった事実を重視し、また、この事件は計画性があったことの理由や、幼少時代の生活環境ではなく、H自身の性格が事件の原因となった理由を示し、殺害人数が1人で殺人罪の前科もなかったが、Hに死刑の判決を言い渡した。
  • 最高裁小法廷は、「意識のある人間に火をつけて殺すという残虐な殺害方法などからすれば死刑はやむを得ない」と述べ、Hの上告を棄却し、死刑判決が確定した。
  • Hの死刑が執行された2012年8月3日には京都・神奈川親族連続殺人事件死刑囚の死刑も執行された。

出典

関連項目