この記事は半保護されています。(半保護の方針による半保護)

闇サイト殺人事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

闇サイト殺人事件(やみサイトさつじんじけん)とは、2007年平成19年)8月24日愛知県名古屋市千種区内で発生した強盗殺人事件闇サイトが犯行グループ結成に利用されたことが注目され、その犯行の残虐性や犯人たちの反省のない態度から殺害された被害者が1人でありながら第一審では実行犯3人(いずれも死刑求刑)のうち2人に死刑判決が言い渡され[中日 1]、そのうちの1人は自ら控訴を取り下げ確定し[中日 2]、死刑執行されるに至った[中日 3](もう一人は控訴審で無期懲役に減軽され[中日 4]最高裁で確定した[中日 5]が、刑確定後強盗殺人の余罪があることが判明[中日 6]、改めて死刑判決を受け[中日 7][中日 8]上告[中日 9])。愛知女性拉致殺害事件(あいちじょせいらちさつがいじけん)とも呼ばれる。

概要

犯行まで

2007年(平成19年)8月24日午後10時頃、名古屋市千種区自由ヶ丘の路上を歩いていた31歳女性(同区在住)を、男3人は道を尋ねるふりをして、強盗目的で車内に拉致しシートの床に押し込んだ[中日 10][中日 11]。犯行グループ3人は日常生活で面識はなく、知り合って犯行を行うきっかけとなったのが、携帯電話サイト「闇の職業安定所」という犯罪者を募集する闇サイト[中日 10]であり、初めて顔を合わせてからわずか3日後の犯行であった[1]

この闇サイトで無職の男A(犯行当時40歳、本籍愛知県津島市[中日 10]が8月17日に「派遣社員やってます。何かやりませんか。組みませんか」と投稿[中日 12][中日 13]し、その投稿に朝日新聞新聞拡張員だった男K(同36歳、同県豊明市在住)[中日 10]が「以前はオレオレ詐欺をメーンにしていたのですが、貧乏すぎて強盗でもしたいくらい」とメールを返信し[中日 13]、また過去に碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件[注 1]など2つの強盗殺人・同未遂事件を起こし逃亡中であった無職の男C(同32歳、本事件での逮捕当時は名古屋市東区在住。AとはKが加わる以前の8月上旬から闇サイトで金目当ての犯罪仲間を募集する書き込みをきっかけに連絡を取り合っていた[中日 13][中日 10]もAの投稿にメールを返信、Kも含めて連絡を取り合うようになった[中日 13]

当初は「民家や店を狙った強盗をやろう」という話だった(Aが同年中日新聞社に送った手記及び公判資料では、事件の3日前にCやKと知り合った際、当初はパチンコ店の常連客や、Cが行きつけだったダーツカフェを襲う計画だった[2]。この客と以前から面識があったCが「財布に100万円くらい入っているのを確認している」と提案したため尾行して帰宅時に押し入る予定だったが、防犯カメラが多いため断念、その後女性を拉致する計画に変わった[中日 14])が、メールのやり取りや実際に顔を合わせるうちに「金を持っている女を拉致し、カードを奪って引き出そう」とエスカレート[中日 12]。若いOLを拉致して口座の暗証番号を聞き出し、預金を引き出した上で殺害することにし、8月24日に決行[中日 12][1]。Kは群馬県出身で幼少期に両親が離婚して親類宅を転々とし、成人後愛知県で定職に就いた一方で闇サイトで違法に収入も得ており、事件当時は詐欺などの罪で受けた有罪判決の執行猶予期間中だった[中日 3]。CはAに対し「親族(父と兄)が暴力団員。兄は殺人もした[2]」と話しており[中日 14](この他にも3人は虚勢を張ったり、「4人殺したことがある」「出会い系サイトで知り合った女性を強姦し、それをネタに50万円脅した」[2]などと虚実ないまぜの過去の犯罪を自慢し合ったりしていた[中日 15])、また後に発覚する碧南事件については沈黙していた[2]すが「自分も一線を越えたことがある」とも話していた(この言葉が碧南事件のことを指すのかは不明)[中日 14]

3人はいずれも犯行当時金に困っていた[3]。Aは当時犯行に使われた車の中で寝泊まりすることもあったといい、また殺害場所の愛西市内で勤務していたこともあった[3]。Kの勤務先の新聞販売店によれば、Kは出来高払いで新聞の勧誘をしていたが、休みがちで支払われる給料も低く、また事件数日前からは「仕事中に足をくじいた」と欠勤していた[3]。Cは事件当時名古屋市東区内のマンションで女性と同居していたが、同居女性によれば警察に出頭を求められる直前まで一緒にいたが「変わった様子はなかった」という(同居女性曰く以前は仕事をしていた。後の碧南事件などでは当時の仕事仲間らとともに犯行に及んだことが明らかになっている)[3]

被害者の女性は偶然見かけただけという通り魔的犯行であった[中日 16]

犯行当日

事件3日前の8月21日に豊川市内のファミリーレストランで落ち合った[中日 13](後述の事務所荒らしのためAは同市内のホームセンターハンマードライバーなどの道具を調達した。この時購入したハンマーが凶器に用いられる)3人はKを除き素性を知られないよう互いに偽名を名乗り[中日 10][中日 17][3]、8月24日午後7時過ぎから「金持ちが住んでいそう」という理由で千種区内で車を使って女性を物色[中日 12]。同日午後10時頃、名古屋市千種区で帰宅途中の路上(自宅から僅か100m近くの路上[1])をひとりで歩く女性を数十m尾行した後、Cが「すみません」と声をかけ、いきなり口をふさいで[中日 12]車に連れ込み、手錠をかけて拉致して約6万2000円とキャッシュカード2枚などを奪った[中日 12]。さらに包丁で被害者を脅して、キャッシュカードの暗証番号を聞き出した(暗証番号をなかなか言わない被害者に対し、5分間のカウントダウンをして脅した[1])。この際Aは被害者を強姦しようとしたが未遂に終わった[中日 13]。その様子を見ていたKとCは被害者が落ち着きを失い、今にも逃走を図りそうになったと判断した[中日 13]。その後、既に被害者から聞き出した暗証番号が実は嘘だったとは思わず本当だと思い込み、直ちに被害者を殺害することにした[中日 13]8月25日午前1時頃、3人は愛西市佐屋町駐車場で被害者を殺害した[中日 13][中日 12]。被害者の女性は何度も命ごいをしたが聞き入れられず、3人は「生かして帰すと顔を見られるし、車のナンバープレートからも足がつく」という理由[中日 12]で犯行が露見するのを恐れて被害者を殺害、遺体を岐阜県瑞浪市稲津町小里の「御料林橋」北東の山林に埋めて逃走した[中日 10]。なお、運転はA、拉致は後部座席のKとCが分担して行い、怯える女性を二人で挟んで座り、Kが中心となってハンマー(後述の事務所荒らしのためにAが用意したものだった[中日 17])で殺害した[中日 10]

殺害方法はまさに「惨殺」というものだった[1]。Kが腕で被害者の首を絞めた後、Cはマスクのようにしたガムテープを口と鼻に貼り、その上から手で押さえ、被害者の鼻をつまみ、息ができないようにした[1]。被害者を早く殺して金を手に入れたいと思ったCは金槌を取り出し、被害者の頭を3発殴打した[1]。その後ロープを被害者の首に巻き、片方をAが、もう片方をCが持って引っ張ったがうまく絞められなかったので、Cはその後、1人で首を絞めた[1]。その間、被害者は「殺さないって言ったじゃない」「お願い、助けて」「死にたくない」「お願い、話を聞いて」と、途切れ途切れに絞り出すような最後の言葉を発したが、それを聞いても誰も躊躇することなく「まだ生きてやがる」と3人の行動はますますエスカレートしていった[1]。顔面の縦横にガムテープを23周ぐるぐる巻きにし、頭からビニール袋をかぶせ、その首元から頭にかけてガムテープで8周まわして留め、その後、Kはロープで被害者の首を絞めた[1]。それでもおさまらずKは、既に痙攣し始めている被害者の頭に30回から40回金槌を振り下ろして殺害した[1]。死因は窒息死だった[1]

被害者は3人がかりのために手足の自由を奪われ、抵抗することもできずに虫けらのように殺されていった[1]。捜査に当たった警察も、裁判での検察も「生き埋めと同じだ」と言った[1]。被害者の母親は「親として、我が子をこのような形で亡くすことほど辛く苦しいことはない。娘も同じ思いです」とコメントしている[1]。被害者は生前、親しい人に「一番の親不孝は親より先に死ぬことだから私は絶対にそんなことはしない」と語っていたという(母親は「ですから、薄れゆく意識の中で1人残していく私のことを心配していたのではないかと思うと、胸が苦しくなります」と語った[1]。また、Kが殺害行為は「ゴキブリを殺すのと一緒で、仕事感覚」と発言したことについても触れ「裁判を通して、身勝手な欲のために何の関係も落ち度もない人の命を簡単に奪えるほど、善悪に対する根本的な考えが一般の人とは違うということを知った」とも語った[1])。

この男ら3人以外に男1人(第4の男D、当時29歳)も「闇の職業安定所」で知り合って行動を共にしていた[4]。一緒に女性拉致事件の前日に長久手市内の事務所に窃盗目的で侵入した(KとCは「あなた達とは考え方も方法も違う」と参加しなかった)ものの、途中で怖くなりAがDを見捨てて一人で逃げ出し、はぐれたDは土地勘がない上に所持金が200円程度しかなかった上、犯罪を繰り返すことに嫌気が差していたため、これを転機にと女性拉致事件直前の時間に名東警察署110番通報自首して建造物侵入未遂容疑で緊急逮捕された[4][中日 18](Dは裁判窃盗未遂罪強盗予備罪懲役2年・執行猶予3年が確定)。AはKやCと継続的に連絡を取っており、その後3人で集まった会合で、女性を拉致して強盗することを決めた。Kはこの際、「女をシャブ漬けにして風俗店に売り飛ばすのはどうか」「金を奪ったら殺せばいい」などと主張した他、盗みより手荒な手段で金品を奪うことも提案、Cがこれを支持し、Aも同調したため、最終的に惨劇に繋がった[中日 18]

女性を殺害した翌日の8月25日午後1時になり、容疑者のうち仲間を集めた張本人であるA[1]が、第2の犯行を計画していたKとCを裏切るような形で愛知県警本部に犯行をほのめかす電話をし、名古屋市緑区内で逮捕され、携帯電話の通信記録などからKとCが割り出され、Kは同日午後7時10分に、Cも午後10時頃にそれぞれ逮捕された[4][中日 10][1]。Aが警察に事件に関与したことを話した理由は、金欲しさに無辜なる女性を拉致して惨殺した挙句「死刑になりたくないから」という、あまりにも身勝手なものだった[中日 10]

警察署で事件後、被害者の母親と伯母(母親の姉)が霊安室で初めて会った被害者の遺体はブルーシートに包まれていて、首から上だけが出ている状態だった[1]。顔には何か所も青痣が広がっており、ぱんぱんにむくんでいたという[1]。眉間や左頬、顎には傷があり、髪はまるで糊付けでもしたかのようにばりばりに固まって、大量の出血を想像させるものだった[1]。その左側頭部にはガーゼがあててあり、傷口が隠してあった[1]。あまりにも惨たらしい遺体の姿を見て、母親は強く抱きしめると痛いのではないかと思い、そっとなでることしかできなかったという[1]。母親は2016年12月17日に犯罪被害者支援弁護士フォーラムが開いたシンポジウムで「当時のことはあまりよく覚えていませんが、後に姉(伯母)から『もうお母さんがいるから大丈夫よ。安心して。もう怖くないからね』と言いながら、そっとなでていたと聞いたという)[1]。しかし、母親がはっきり覚えているのは、頬をつけたときの娘の遺体の頬の異常な冷たさだったという(これについては「亡くなったという現実を突きつけられたショックが、記憶としてとどまったのかもしれない。警察署では顔の部分だけしか見ていなかったが、司法解剖を終え、物言わぬ姿で帰宅した娘の両手首に内出血のような青痣が残っていた。娘の唯一の自慢は、父親譲りのきれいな手だったが、その手が無残に変色し腫れているのを見ると、娘の恐怖が伝わってくるようで、何とも言えない悲しみに襲われたのを覚えている」と語った)[1]。後に担当刑事に「手錠をかけられているだけであのように変色するものなのですか」と尋ねたところ、刑事は「抵抗が激しいとなります」と答えたという[1]。母親は娘の顔の青痣を少しでも隠してあげたいと思い、姉と2人で死化粧をしてあげたが、その娘は白無垢をまとった花嫁のようだったという(母親には「解剖の痕を隠すように頭を覆った綿のようなものが綿帽子に見え、死装束が白無垢に見えた」という)[1]

逮捕後

朝日新聞名古屋本社販売部は、事件を報じる記事で「取引先である新聞販売所がセールスの業務を委託した会社の従業員(K)がこのような事件を起こしたことは、大変遺憾です。今後このようなことがないよう、あらためて関係先に人事管理の徹底などを行います」とのコメントを出した[3]

なお、当該事件を報道で「犯罪の温床」と大きく取り上げられた闇サイト「闇の職業安定所」は8月27日に閉鎖された。[要出典]

また、被害者の女性は趣味のブログを公開しており、ブログのコメント欄には被害者に対する哀悼のコメントが書き込まれた[5]

被害者の母親がマスコミ宛に「もう少しで自宅に着けたのに」「犯人を絶対に許せない」という趣旨の手記を寄せた。のちに母親は姉とともに容疑者らを極刑にするために陳情書の署名を集めるホームページを設立、2007年10月1日に10万人、2008年12月18日に目標の30万人を超える署名を集め、最終的に33万2806人の署名が集まった[1]。海外に住む日本人外国人の署名もあったという。なお、被害者の母親は容疑者3人全員の極刑を求めている[6]

「事件のことを話すと娘のむごい姿につながり辛い」という遺族の母親が事件を語り続けてきたのは「被害者の現状を知ってもらいたい」「でも、娘が亡くなったことを無駄にしたくない」という思いからである[7]

被害者の母親は各地の講演で死刑の必要性を訴え続け[7]、2016年12月17日に犯罪被害者支援弁護士フォーラム東京都千代田区の星陵会館ホールで開いたシンポジウムで基調講演し[7]「人はどのような人でも最低限の道徳心を持ち合わせていると思っていたが、それは大きな誤りで、きれいごとでは済まされない、どうしようもない人間が存在することを認識する必要がある」「加害者の更生という未来の不確定なことを前提にして裁くのではなく、まじめに生きている人を守ることを優先して裁く司法であってほしい」と語った[1]。この中では日本弁護士連合会(日弁連)が「2020年までに死刑制度の廃止を目指すべきだ」との宣言を採択したことについても触れ(死刑廃止宣言に対しては「遺族のことを全く考えていない」と憤っており、宣言で「国民は弁護士のほとんどが死刑廃止を求めていると捉えてしまうのではないか」とも懸念している[7])、「3万7000人の全弁護士に対し賛成は546人、全弁護士の1.4%にすぎない」「裁判で見た弁護人は被告人の刑を軽くするためならどんな方法もいとわない共犯者として映った。正義感など何も感じられない。弁護人は敵にしか見えなかった。しかし、全国犯罪被害者の会(あすの会)の総会に出席して、被害者に寄り添う弁護士の方々の話を聞き、こんな弁護士もいるのかととても驚いた。そして感動し、元気をもらった」とも語り、「死刑反対を唱える方々は、自分や自分の大切な人は絶対に犯罪に巻き込まれないとの前提の上で物事を考えているのではないか。想像力の欠如か、あるいはすべてが他人事か。今や誰に降りかかってくるかもしれない世の中であり、きれいごとでは社会秩序は守れない」と日弁連及び死刑廃止論者の主張を批判し、「死刑制度の廃止を目指す前に人権擁護大会でやっていただきたいのは、被害者やその家族の人権や処遇を、被疑者や被告人同様に憲法に明記していただくように働きかけていただくこと」とも語った[1]。また、瀬戸内寂聴が死刑廃止を求める日弁連のシンポジウムに寄せたメッセージの中で、犯人の死刑を望む、もしくは死刑制度に賛成する犯罪被害者及び被害者遺族らを「殺したがるバカども」と罵倒したことについては「(なぜ死刑制度に賛成する我々被害者遺族が)『殺したがるバカども』と罵倒されなければならないのでしょうか。この言葉は(実際に人を殺した)加害者に向けるべき言葉ではないでしょうか」と真っ向から反論した[1]

母親は「彼らに謝罪を望んだことは一度もない。死刑しかない」といい、法務大臣が交代する度に「きちんと執行する人か」とその経歴や発言に注目したという[7]。また「嫌なことを思い出してほしくない」と娘の墓前に報告はしていないと言い、「私の中で区切りがつくとしたら、3人がこの世からいなくなったとき」とも語っている[7]

2017年(平成29年)現在は全員の刑が確定(Kは死刑執行)されたことから署名活動は終了したが、その後無期懲役が確定したCが後述の碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件[注 1]で主犯として再逮捕され、その後一・二審で改めて死刑判決を受けたことから、ホームページの更新自体は継続している[6]

裁判

容疑者3名は当初の逮捕容疑の死体遺棄罪で起訴されたのに加え、強盗殺人罪営利目的略取罪逮捕監禁罪を加えて9月14日に再逮捕された[中日 12]。3人とも容疑を認める一方、「反省はしていない」「謝罪するつもりはない」などと、この時点では反省の色を微塵も見せていなかった[中日 12]。なお、3人は消費者金融から数十万円から数千万円の借金を抱えており、「闇の職業安定所」をKは10年ほど前から、Aは8年ほど前から、Cはこの年の6月頃からそれぞれ利用していた[中日 12]。被害者女性を狙った理由については「真面目で金を持っていそうだったから」と供述した[中日 12]

その後、3人は10月5日、営利略取、逮捕監禁、強盗殺人の罪で、Aはさらに強盗強姦未遂の罪で追起訴された(監禁中、3人は被害者に対し足に包丁を突き刺すまねをしながら「この包丁は100円ショップの包丁で切れ味が悪いんだよ。死ぬまでに最低5、6回は刺さないと死ねないかな」と執拗に脅していた)[中日 19]

裁判では、裁判官の「被害者が1人である本件では死刑選択がやむを得ないと言えるほど悪質な要素があったとはいえない」、弁護人の「被害者が1人で死刑になった事件に比べると、この事件はそれほど酷い事件ではない」など、司法の世界ではごくごく当たり前だという文言が被害者遺族の心を傷つけた[1]

第一審(名古屋地裁)

2008年(平成20年)9月25日名古屋地方裁判所公判が開始した。公判のなかで被疑者3名がお互いに罪をなすりつけ合い(特に「殺害方法の順番が違う」と主張したAと「共犯者が違う供述をしている」と主張したKの間でそれが顕著だった)、反省の態度を見せなかった[中日 20]

2008年11月5日に開かれた第5回公判では、Aへの被告人質問で3被告に脅されても正しくないキャッシュカード暗証番号を教えるなど、被害者が最後まで生きる希望を失っていなかった様子が明らかになった(愛西市内の駐車場の車内で、Cが包丁を手に「いいかげんしゃべれ」とすごんだのに対し被害者は「2960」と答えた。Kが再び聞いたが、被害者は同じ番号を伝えた。Aが携帯電話で「2960」を押し発信履歴を残した直後、3人は被害者を殺害した。ロープなどで首を絞めハンマーで5回殴った。「話を聞いて」とすがる被害者に、3人は「まだ生きてやがる」と言い、粘着テープを顔に何重も巻き付け、ビニール袋をかぶせ、さらにテープを巻く。そしてハンマーで40~50回殴った。しかし8時間半後、3人は銀行で暗証番号が虚偽だと気づく。父を幼少時に31歳で白血病により亡くし、母と2人で生きてきた[中日 21]被害者の預金は母の夢だった「マイホーム資金」だったと思われる。「命をとられてまで、嘘をつくはずはないと思った」とAは法廷で語ったが、3人は被害者の「夢」までは奪い取れなかった)[8]

2008年11月7日の第6回公判ではAに対する被告人質問が行われ、Aは「サスペンス劇場を見ている感じだった。自分は見ているだけだった」などと供述、またKとCに「お前らが悪い」などと声を荒げ、裁判官が静止する場面もあった[9]

2008年11月27日の第9回公判でKへの被告人質問があり、Cの弁護人が「3被告が出会った当初、過去に人を殺したことがあったと話したか(後述のように、Cには実際に殺人前科があったことが後に判明している)」と問うと、Kは「『2人ほど埋めたことがある』と警察官には話した」と答えた。「実際にやったのか」と追求されるとKは「はい」と答えた上、「殺害行為にはかかわっていない」などと話したが、それ以上のことについては具体的な話はなかった。愛知県警は「そのような事実は把握していない」とした[中日 22]

2008年12月1日の第10回公判でKは被告人質問で、昨年8月26日に逮捕された後、別の警察署の留置所にいたAに宛てて脅迫めいた手紙を送ったと述べた。Kは手紙の内容について「『知人が面会などで失礼をすることがあれば許してください』と書いた」と説明し、Aに危害を加えることを示唆する文章だったとした。Aが自首したことを逮捕数日後に知らされ、「正直頭に来た。(Aを)ぶっ殺してやろうかと思った」という。また、駐車場に停めた車の中で被害者の首を絞めた際には、Aはこれまでの公判で「車外から戻ったらKとCが首を絞めていた。やむを得ず自分も加わった」と述べていたのに対し、KはAも車内にいたと述べた[10]。またKは逮捕後の取調べに、「人を殺すことに全く抵抗感がない」などと供述していたことが明らかになった(公判で引用された調書によるとKは「私が作ったルールに従って生きるだけで、他人が作った法律に縛られて生きようとは思わない」とも供述したという)[11]。Kは「Cが被害者から銀行キャッシュカードの暗証番号(実際には前述の通り嘘だった)を聞き出した後、『もうやっちゃいましょうか』と殺害を提案した」と述べた。Kは「首を絞めます」と応じたが、「暗証番号が本当かどうか分からない」と思い、まずは失神させようとしたという。だが被害者がAに強姦されそうになり大声を上げたため、「殺すしかない」と考えたという。Aが「外でたばこを吸っていて、車に戻ったら首を絞めていた」と主張しているのに対してKは、「Aは運転席にいた」と反論した[12]

2008年12月3日の第11回公判ではCは被告人質問で「Cが殺害を提案した」と主張するKの証言に反論し、「Kが突然『首を絞める』と殺害を提案してきた」と主張、Aは「Kが首を絞めた時は車の外にいた」と主張したが、KとCは「運転席にいた」と証言したため、殺害状況や発言を巡って3被告の食い違いが目立った。Cは「拉致して金を奪うことは決まっていたが、殺すという話は出ていない」「(Kから殺害を提案され)なぜかと思ったが、反対はしていない」と述べた[13]

2008年12月8日の第13回公判では、証人として初出廷した母親らが「死刑判決を望む」と語った(被害者女性の交際相手の男性は「被害者が被告らに伝えた偽の暗証番号『2960』は『憎むわ』という意味だと思う」と証言。その根拠として、被害者が数字の語呂合わせをよくしていたと話した)[中日 21]

2008年12月11日の第14回公判ではAへの被告人質問が行われ、遺族への謝罪についてAは被害者への心境を質問されると「お気の毒」、被害者が殺害された理由を「運が悪かった」などと淡々と述べ、まるで反省の色が感じられなかったため、検察官が「人ごとのように聞こえる」とたしなめた[14]。またAは「申し訳ないことをしたという気持ちはある。でも、遺族が納得できない謝罪は意味がない」と供述、遺族が死刑を望んでいることに対して「死刑なら死刑で構いません」と言い「包丁があるなら今、(遺族に)刺してもらってもいい」と述べた。その後、近藤宏子裁判長から真意を問われると「開き直っているのではない」と返答。「自分の命を差し出してもいいという意味か」との裁判長の問いに「そうです」と答え、自首した経緯については「『殺さないで』と言った被害者の最後の言葉が頭から離れず、犯行後のK、Cの発言にも腹が立ったから」と説明した。検察側が事件の責任を問うと「自分が首謀者で、Kは主犯だ」と話した[中日 23]

また、Kは交際相手に対して手紙を出していたことが2008年12月19日の第16回公判で明らかになった(その中には拉致後の車中で被害者が吐き気を訴えたことに触れ「車酔いしてたら、背中とかに汗かくんだよ。芝居の上手い彼女(笑)。嘘吐き姉ちゃん。嘘なら俺の方が上手だぜ」「食えねえ女だ」など、また被害者が包丁で脅されて震えていた場面は「がったがた。マグニチュード10?」などと表現する[1]など、被害者を中傷し遺族の感情を逆なでするような内容が見られた。また事件を「仕事」と表現し「『仕事』(8月21日~8月25日)をちゃんと覚えておこう」とも書いていた)[15]

2009年(平成21年)1月20日に論告求刑公判で検察側は「被害者の命乞いを無視して殺害した方法は、生き埋めにしたのとほかならず、地獄の苦しみを味わわせた」「当初から強盗殺人の計画を練っており、なんら躊躇もなく犯罪に及んだ」「社会全体を震撼させた凶悪事件で、模倣性の強さも他の事件の比ではない」「自己の利欲目的達成のために他人の生命を軽視する根深い犯罪性向と反社会性があり、今後改善更生の可能性は認められない」などとして被告人3名に死刑を求刑した[中日 24]。この中で検察側は「面識のない人間が(闇サイトがきっかけで)集まり、極めて短時間で殺害まで計画するなど、人の所業とは考えられない」と3人を厳しく非難し、自首したAについても「反省しておらず、刑を減軽するのにはあたらない」とした[中日 25]。検察は論告の中で「遺族の母親の切望に応えることこそ法に課された使命ともいうべきである」「被告人らの死刑を望む遺族らの意思は被告人3名の量刑を決めるにあたって最大限に考慮されなければならない」ともしている[1]

同年2月3日に弁護側の最終弁論が開かれ、実際には後述の通り全く反省していなかったAは声を震わせる演技をしながら「被害者女性のお母さんの意見陳述は胸に刺さりました。被害者女性のご冥福をお祈りいたします。申し訳ございませんでした」と、実際には後述の通り強盗殺人の余罪を隠していたCも泣く演技をしながら「被害者の夢や希望を奪って、遺族に苦しみを与えてしまった。申し訳ない」と遺族の座る傍聴席に頭を下げ、それぞれ表面上だけは謝罪した(被害者女性の母親は「謝罪を受け入れる気持ちはないので、素直に聞けなかった」と語っている)一方、第一審で死刑が確定したKは「特に申し上げることはない」とだけ述べ、Kの弁護人は最高裁の死刑判決の判例(永山基準)を挙げ「計画性のなさや殺害された被害者数が一人であり、殺害方法も他の死刑事件と比べて残虐背が低い」として無期懲役か有期懲役を求め、Cの弁護人は「殺害方法の主導はKで、Cは支持に従っていた。(実際にはこの時点でも余罪を隠蔽していることが後に明らかとなるが)矯正不可能とは言えず生きて罪の償いをさせるのが相当」と、Aの弁護人は「(実際には死刑回避のためであり、反省の色などないにも関わらず)良心の呵責の耐えきれず自首した」とし、「反省に基づかない自首は刑の減軽に値する事情ではない」とする検察側の意見に反論し、結審した[中日 26]

同年3月18日午前10時開廷の判決公判(近藤宏子裁判長)では、主文を後回しにするかたちで同日正午過ぎに強盗殺人罪の主犯格の被告人KとCの2名に「悪質性の高い種類の犯行で、社会の安全にとって重大な脅威であり、厳罰を持って臨む必要性が誠に高い」「Aを含め3人の刑事責任については、犯行の経緯や状況に関して『量刑上、特に刑種の選択を分かつほどの差異を設けるべき事情はない」「被害者が1人であることや(この時点で判明している限りでは)粗暴犯の前科がないことなどを考慮しても、極刑をもって臨むことはやむを得ない」として死刑(日本弁護士連合会によれば、把握している確定判決の統計では、1人殺害に対して複数被告に死刑判決が言い渡されたのは1988年に最高裁で2被告に死刑判決が出た福岡病院長殺人事件以来2件目[中日 27])、強盗強姦未遂罪の主犯であるAには「犯罪の発覚、逮捕が困難であるこの種の犯罪で、自首したことにより共犯者の逮捕や、その後に起こり得た犯罪も抑止した。極刑をもって臨むには躊躇を覚える」として無期懲役の判決が言い渡された[中日 1]。なお、無期懲役が言い渡された理由として判決によれば「死刑になりたくなかったから」というあまりにも身勝手な理由で捜査機関へ出頭したことを「自首」と認定、罪一等軽減したというものであった[注 2][中日 1]。被害者の母親は開廷前、報道陣に対し「3人とも死刑になることを望んでいます」と語っていたがその思いは果たせず、判決後の記者会見でも涙を見せ「娘の生きた証を残すために戦ってきた。だけど3人全員の死刑ではなかった。今、とてもつらいです」「自首したら助かるのか。二人が死刑でも納得できません」「人を殺して『ごめんなさい』と自首すれば自分の命は守れるなんて日本の司法はおかしい。娘の生きた証を残すことができなかった」と声を絞り出しつつ語り、また被害者と交際していた当時大学院生の男性も会見に同席し「ゼロに近い判決。力及ばず、被害者に申し訳ない。公判を通じ被告らに反省の態度が見られなかったこともつらかった」と悔しさをにじませた[中日 1]

地元紙の中日新聞は翌3月19日朝刊の社説で「被害者一人の事件では異例(の判決)だが、むごい手口や被害者の無念さ、遺族の悲嘆を思えば、やむを得ぬ判決だ」とし[中日 28]、また同じく中日新聞社発行の東京新聞も朝刊1面のコラム「筆洗」にて「過去の裁判では被告に前科がなく、被害者が一人の場合、死刑の適用を回避する流れがあった。だが殺された側からすると、何人かは意味がない。誰もがかけがえのない命である」「どうやら、被害者の人数が(死刑選択にあたって)決定的な要素とはいえない」と主張した[中日 29]。一方で東京新聞には「被害者の命より、自首した被告(死刑判決を免れたA)の命が重いのが残念だ。自首をすれば死刑を免れる。自首が『評価』されるという悪しき前例を作った判決だからだ。事件の残忍性、凶悪性から見て、三人全員が死刑になってもなんら不思議ではない。ご遺族の気持ちを思うと、なおさら疑問に感じる」という投書が寄せられた[中日 30]

無期懲役の地裁判決が言い渡されたAは判決後に中日新聞記者との面会に応じ、「3人とも同じ刑になるのかな、と思っていた。主犯のKと同じ判決だったら控訴するつもりだった。自首が認められ、助かった」[中日 31]「誰のおかげで事件が解決したかとの思いだったから満足している。今でも悪いことはばれなきゃいいという気持ちは変わらない」[1]と語り、逮捕当時同様微塵も反省の色を見せていなかった[中日 31]。なお、死刑判決が下ったKは名古屋高等裁判所に即日控訴[中日 1]、Cの弁護人と無期懲役判決を受けたAの弁護人も判決から6日後の3月24日に控訴した[中日 32]。また、名古屋地方検察庁もAの無期懲役は量刑不当であるとした上で「判決内容を十分に検討した上」で3月27日に控訴した[中日 33]。なお、即日控訴したKはその後、同年4月13日に自ら控訴を取り下げたため死刑が確定した[中日 2]。Kの国選弁護人2人は4月27日にKの精神状態などを理由に控訴取り下げは無効として名古屋高裁に申し立て[中日 34]て控訴審期日指定を申し立てたが、翌年9月9日付で名古屋高裁(下山保男裁判長)に棄却された[中日 35]。弁護側はこれを不服として9月13日付で名古屋高裁の別の裁判部に異議申し立てをした[中日 36]が、2011年2月10日付で棄却され(志田洋裁判長)14日付けで最高裁に特別抗告した[中日 37]。3月2日に最高裁第三小法廷(那須弘平裁判長)は控訴取り下げは有効と判断し弁護人の特別抗告を棄却した[中日 38]

控訴審(名古屋高裁)

AとCについては名古屋高裁で公判が続行された。初公判は2010年(平成22年)8月9日に開かれ、検察側は「Aは闇サイトで働きかけて犯罪者集団を結成し、犯行でも重要な役割を果たした中心的人物。自首を最大限考慮しても死刑を回避する事情には当たらない」と、改めて全員への死刑適用(Cの控訴棄却及びAへの一審判決破棄)を、弁護側はCについては「他人に同調しやすい性格。反省の態度は顕著で、生きて償わせるべきだ」として無期懲役を、Aについては犯行直後の自首を考慮し、さらに減軽して有期懲役とするように求めた[中日 39]。10月18日の第三回公判では被告人質問が開かれ、一審で死刑判決を受けたCは「償いを悩み続けてきたが(死刑は)ある意味で楽な選択。私にとって極刑は無期懲役」と語り、弁護人から知的障害を指摘されているAは遺族への気持ちを問われ「申し訳ありませんでした」と答えたものの、他の質問ではチグハグな答えが目立った(被害者の母親は検察側承認として出廷し、「真面目に生きてきた娘が標的にされた。厳しく裁くことが真面目に生きる人を守ることになる」と訴え、両名への死刑適用を求めた)[中日 40]。控訴審公判は12月3日に4回目で結審し、最終弁論で検察側は「弁護側の心理鑑定は一部の裁判記録だけを前提にしたもの」として信用性を疑問視し、既に死刑確定したKを含め3人全員への極刑を求める被害者の母親ら被害者遺族の感情も挙げた上で両被告への死刑適用を、両被告ともに「攻撃性はうかがえない」とした心理鑑定結果が証拠採用されている弁護側は「ともに集団でないと凶悪犯罪を想定しにくい」と述べ、Cについては「穏やかで犯罪性は低い(臨床心理士の評価)。集団の特性で意思とは無関係に凶悪化した。改悛の情は顕著であり、苦しみながら償う機会を与えてほしい」として無期懲役を、Aについては「軽度の知的障害があり、どこまで認知した犯行か疑問(臨床心理士の評価)。犯行は場当たり的で従属的であり、自首の成立を除いても死刑は許されない」として有期懲役適用を求めて結審した[中日 41]

判決日時は当初は翌2011年(平成23年)3月25日を予定していたが、3月10日付で4月12日に延期された[中日 42]。4月12日の判決公判で、下山保男裁判長はAに対し地裁の判決を支持(双方の控訴を棄却)、Cに対し地裁の死刑判決を破棄して、両名に無期懲役の判決が下った[中日 4]。判決理由は、「ネットを通じて知り合った素性を知らない者同士の犯行は意思疎通の不十分さから失敗に終わりやすく、携帯電話やメールの履歴という痕跡が残るため、発覚が困難とも考えがたい」とした上で、犯行の計画・実行でのKとの重要度の差や、A・C両名の前歴から更生の余地があるものと判断し、「利欲目的のみで何の落ち度もない被害者を殺害した残虐な犯行で社会的影響も大きいが、死刑選択がやむを得ないほど悪質とは言えない」と述べたことによる[中日 4](なお、Cについては後述の碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件[注 1]に主犯として関与していたことが発覚する前であった)。しかし、それでもなおCに対しては「自らが行った行為に対し、正面から向き合って真摯に反省しているとまではいえない」と厳しい文言が添えられていた[1]

被害者の母親は判決後に会見し「被害者の目線からは何も見てもらえなかった。誰のための裁判なのか」「被害者が一人でも二人でも、命に変わりはない」「(前歴から矯正の可能性に言及したことについて)どうして加害者に明るい未来を見せてあげるのか。娘はもう二度と見ることができないというのに」「娘の命より被告の命のほうが重たいと言われたようでとてもつらい」「願いがかなったときだけ娘に報告しようと思っていた。こんな結果は報告できない」と語った[中日 4]。また、被害者が生前、囲碁を習うために通っていた名古屋市中区内の喫茶店のマスターはこの判決に「どうしてそうなったのか理解できない」と語り、判決を知った囲碁仲間からは「本当に悲しい」「正義が消えた」などというメールが寄せられたという[中日 4]。また控訴審の傍聴席には犯罪被害者自助グループのメンバーの姿もあり、前月に最高裁で犯行当時少年3人の死刑が確定した大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件の被害者遺族は「被害者のお母さんにかける言葉が見つからない。死刑判決だけを支えに頑張ってきたのに」と思いやった[中日 4]。元最高検察庁検事土本武司は「全体として悪質性を強調すべき事件の特色を過小評価し、極刑を回避したきらいがある。死刑と無期懲役では天と地ほどの差がある。一審が死刑だったCを無期懲役とした理由で、高裁はCの矯正可能性を強調しているが、将来の可能性を過大評価すべきではない。Aの自首も犯行後の情状であり、過度に重視すべきではない。高裁は永山基準基準に引きずられた印象だ」とこの判決を批判した上、中日新聞社会部記者の加藤文も「事件は一つ一つ事情が異なり、永山基準も絶対的な指針ではない」「認定した事実はほぼ変わらないのになぜ、Cの量刑を死刑から無期懲役に変えたのか。高裁は、殺害時の役割でKとは差があった点などを挙げたが、より丁寧に判断理由を説明すべきだったのではないか」と判決に疑問を呈した[中日 4]

Aについては、「最高検と協議して精査したが、上告理由を見いだせなかった」として検察側が上告を断念したため無期懲役が確定し、Cについては名古屋高裁の「被害者1人の本件は死刑の選択がやむを得ないほど悪質とはいえない」とする判決理由に対し「(死刑選択基準を示した)永山基準光市母子殺害事件差し戻し控訴審判決(2008年広島高裁、当時はまだ弁護側が最高裁上告中のため未確定。翌年上告棄却で死刑確定)の判例に違反する」として名古屋高等検察庁が最高裁判所に上告した[中日 43][中日 44][1]。被害者の母親は「二人について上告して最後まで闘ってほしかった。(Aの無期懲役確定について)どんなに悔しくても従うしかない」「『3人が死刑になったら報告する』と娘に約束したが、これで何も報告できないんだなあと思った」と語った(控訴審判決の疑問点を箇条書きにした文書を高検に提出しており、この日も新たに181人分の署名を提出した。この時点では「署名活動は続ける」と語った)[中日 43]

Cは一審で死刑判決を受けていた上、後に碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件[注 1]の一・二審でも死刑判決を受けたため、結果的に一連の事件の引き金を引いたAだけが死刑判決を免れることとなってしまった。またCは死刑から無期懲役に減軽された途端、被害者遺族に対し謝罪の手紙を送りたいという申し出もなくなり、何も言ってこなくなったという[1]。被害者の母親はこの反省のないCの態度に加え、Cが碧南事件で再逮捕されるまでこれらの余罪を隠していたことについて「本気で反省し、謝罪する気があったらこれまでに犯した犯行を自供していたはず」と非難している[1]

上告審(最高裁)

最高裁判所千葉勝美裁判長)は2012年(平成24年)7月11日付の決定で検察側に対し上告棄却の決定をし、Cの無期懲役が確定した[中日 5]。被害者の母はこの決定を知り、自宅の仏壇の前で泣き崩れ、「娘は命を奪われたのに、被告は望み通り生き永らえる。裁判所は自分の身に置き換えて判断したのか。刑をいかに軽くするかが中心で、被害者の存在はどこにもなかった」「「どうして」という思いと、娘に何もできなかった申し訳ない気持ちでいっぱい。過去の判例を元に、被害者の数で量刑を判断しただけだった」と無念の胸の内を語った[中日 5]。この事件の裁判で被害者の母親の心に残ったのは「娘の無念を晴らせなかった悔しさと、司法に対する不信感だけ」であった[1]。しかしその直後、後述のように思わぬ展開が待ち構えていた。

死刑囚及び受刑者のその後

Cは本事件で収監中(無期懲役判決確定直後)の2012年(平成24年)8月3日、14年前(本事件から9年前)の1998年(平成10年)6月に愛知県碧南市で夫婦が殺害され現金約6万円を奪われた強盗殺人事件の主犯として、同事件の共犯の男X、Y(共に本事件とは無関係)と共に強盗殺人罪で再逮捕[中日 6](本事件発生から5年にあたる同月24日に起訴[中日 45])され、さらにCとXは闇サイト事件発生前年の2006年(平成18年)に名古屋市守山区脇田町で高齢女性が首を絞められて現金を奪われた強盗殺人未遂事件[中日 46]にも関与したとして、翌2013年(平成25年)1月16日に再逮捕された[中日 47](同年2月6日に追起訴[中日 48])。これにより、本事件控訴審及び上告審の裁判官や犯罪心理鑑定士の「犯罪傾向は進んでいない。犯罪の親和性は低い」とした判断が誤りだったことが明らかとなった[1]2017年(平成29年)現在、Cはそれらの事件の裁判の第一審・名古屋地裁(景山太郎裁判長、裁判員裁判、2015年12月15日)[中日 7]及び控訴審・名古屋高裁(山口裕之裁判長、2016年11月8日)で死刑判決を受け[中日 8]、最高裁に上告中である[中日 9]

※なお、上記項目ではC、X、Yをそれぞれ「A」「B」「C」と表記している。

控訴を自ら取り下げ死刑が確定したKは、一時は判決を「受け入れた」にも関わらずその後再審請求の準備をするなど生への執着を見せていたが、2015年(平成27年)6月25日に名古屋拘置所で死刑が執行された[中日 3][16]。Kは逮捕後に中日新聞の記者の取材に対し「罪悪感を感じない」と発言、本事件の裁判では無期懲役が確定したAとCを「言い逃ればかりしている」と批判する一方で、自らも遺族への謝罪について問われると「根本的な考えが普通の人とは違う」「人を殺すことや泥棒、詐欺をすることは悪いこととは思わない」などと述べており、全く反省の色を見せておらず、控訴を取り下げた際も当時取材した関係者によれば「淡々としていた」という(初公判前に拘置所で自殺を図ったこともあるという。凶行に走った動機、控訴を自ら取り下げて死刑判決を「受け入れた」理由については、最期まで明らかにされなかった)[中日 49][中日 3]。死刑判決後は「自分は死刑になって当然」とも語る一方で「やってしまったことは仕方がない」とも開き直るなど、拘置所関係者曰く「本心を掴みづらいタイプだった」という[中日 3]。また、Kは生前、参議院議員福島瑞穂が実施したアンケートに対しては「私は人殺しですが、鬼ではなく人間です。それだけは忘れないでください」と、収容先の名古屋拘置所に対する不満を訴えていた[17]

関連書籍

脚注

[ヘルプ]

注釈

  1. ^ a b c d この項目ではCについては「A」と表記されている。
  2. ^ 極刑でもおかしくない罪状であっても自首が認定され死刑求刑に対し無期懲役が言い渡された事件に夕張保険金殺人事件の実行犯などがいる一方、オウム真理教事件坂本堤弁護士一家殺害事件などの実行犯)の岡崎一明大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件の主犯の1人(3つの事件のうち1つについて自首が認定された)などのように自首が認定されたにもかかわらず、それが刑の減軽理由とは認められず求刑通り死刑判決が言い渡された例もある。Aの場合は「自己保身」が目的の自首という点で岡崎のケースと酷似している。

出典

以下の出典において、記事名に本事件当事者及び碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件の被害者遺族の実名が使われている場合、この箇所を本項目で用いているその人物の仮名及び伏字とする。

中日新聞東京新聞)の出典
  1. ^ a b c d e 『中日新聞』2009年3月18日夕刊1面「千種殺害2人に死刑 名地裁判決 『無慈悲で凄惨』自首の1人は無期」「思い果たせず『つらい』○○(被害者女性の実名)さん母親会見」「犯罪の予防へ厳罰 解説」
    『中日新聞』2009年3月19日朝刊1面「千種拉致殺害『悪質性重大な脅威』名地裁異例の2被告死刑判決」
    『東京新聞』2009年3月19日朝刊31面「闇サイト殺人判決 娘の命の証残せなかった 1人無期 母『納得できない』」
  2. ^ a b 『中日新聞』2009年4月15日朝刊1面「K被告の死刑確定へ 千種拉致殺害 控訴を取り下げ」
  3. ^ a b c d e 『中日新聞』2015年6月26日朝刊1面「闇サイト事件死刑執行 娘に報告しない 心晴れぬ○○(被害者女性の実名)さん母」
    『中日新聞』2015年6月26日朝刊30面「K死刑囚『再審望む』闇サイト事件 見えなかった本震 有害サイト規制進まず」
  4. ^ a b c d e f g 『中日新聞』2011年4月13日朝刊1面「闇サイト殺人 2被告に無期懲役 名高裁判決 C被告死刑破棄 『模倣性高いといえず』」「被害者1人判例を踏襲 破棄、より丁寧な説明を」
    『中日新聞』2011年4月13日朝刊30面「闇サイト殺人『誰のための裁判か』○○(被害者女性の実名)さん母、無念 名高裁判決『被害者目線なかった』」「悪質性を過小評価(土本武司元最高検検事の話)」
  5. ^ a b c 『中日新聞』2012年7月14日朝刊31面「闇サイト殺人 C被告無期確定へ 最高裁 『関与に差』高裁支持 母遺影に報告できず」
  6. ^ a b 中日新聞』2012年8月3日夕刊1面「『闇サイト殺人』 C受刑者ら 14年前夫婦殺害の疑い 愛知県警、逮捕へ」
    『中日新聞』2012年8月4日朝刊1面「『闇サイト』C受刑者逮捕 碧南の夫婦強殺容疑 愛知県警、ほか2人も」
  7. ^ a b 中日新聞』2015年12月16日朝刊1面 「夫婦強殺 C被告に死刑 妻殺害 共謀を認定 碧南の事件 裁判員判決」
  8. ^ a b 『中日新聞』2016年11月9日朝刊31面「C被告 二審も死刑『主導的立場』碧南強殺で判決」
    同面「『当然』『両親は戻らぬ』 ◇◇(碧南事件の被害者夫婦の姓)さん長男・次男 / 「判決重く響く」闇サイト事件・○○(本事件の被害者女性の姓)さん母」
  9. ^ a b 『中日新聞』2016年11月10日朝刊31面「死刑のC被告、最高裁に上告 碧南強殺」
  10. ^ a b c d e f g h i j 中日新聞』2007年8月27日朝刊1面「路上で女性拉致殺害 第2の犯行も計画 闇サイトで知り合う 男3人を逮捕 遺棄容疑で愛知県警 強殺でも追及」同日25面「素性知らぬ『仲間』共謀 拉致強殺逮捕の3人 「弱い女性」狙う 身勝手、死刑恐れ自首」
  11. ^ 『中日新聞』2008年9月25日夕刊11面「千種拉致殺害 闇サイト悪意つなぐ 見知らぬ3人結託 冒頭陳述『誰でもいい』凶行 罪なすり付け合い」
  12. ^ a b c d e f g h i j k l 『中日新聞』2007年9月15日朝刊37面「女性拉致殺人『謝罪の気持ちない』愛知県警 強殺で3容疑者再逮捕」
  13. ^ a b c d e f g h i 『中日新聞』2008年9月26日朝刊28面「千種拉致殺害 冒頭陳述要旨」
  14. ^ a b c 『中日新聞』2012年8月5日朝刊35面「碧南夫婦強殺『金持っている人狙う』パチンコ関係者 C容疑者ら把握」「『事件後帰郷無口に』Y容疑者(碧南事件でのCの共犯のひとり)の両親話す 闇サイト事件当初パチンコ店狙う C容疑者『一線越えたことある』」
  15. ^ 『中日新聞』2009年3月19日朝刊30面「ニュース前線 千種拉致殺害 闇の接点きずな裂く 下された極刑重い警告」
  16. ^ 『中日新聞』2009年3月18日朝刊30面「被害者1人の死刑争点 千種拉致殺害きょう判決 名古屋地裁」
  17. ^ a b 『中日新聞』2007年8月31日朝刊37面「千種の女性拉致 『窃盗用』工具凶器に 事務所荒らし後も車内に 殺害に流用」
  18. ^ a b 『中日新聞』2007年8月30日朝刊35面「K、C両容疑者 事務所荒らしは拒否 『考え方違う』拉致強盗を強行」
  19. ^ 『中日新聞』2007年10月6日朝刊35面「○○(被害者女性の実名)さんを執拗に脅迫 名古屋拉致殺害の3被告 強殺などで追起訴」
  20. ^ 『中日新聞』2008年9月25日夕刊11面「千種拉致殺害 闇サイト悪意つなぐ 見知らぬ3人結託 冒頭陳述『誰でもいい』凶行 罪なすり付け合い」
  21. ^ a b 『中日新聞』2008年12月9日朝刊「千種拉致殺害『3被告に死刑を』 名古屋地裁で母ら証言」(「遺族による極刑陳情書への署名を募っていたサイト」より引用)
  22. ^ 『中日新聞』2008年11月27日朝刊「他にも2人埋めた」(「遺族による極刑陳情書への署名を募っていたサイト」より引用)
  23. ^ 『中日新聞』2008年12月12日朝刊「A被告『死刑でも構わぬ』 千種拉致殺害公判」(「遺族による極刑陳情書への署名を募っていたサイト」より引用)
  24. ^ 『中日新聞』2009年1月20日夕刊1面「千種拉致殺害」3被告に死刑求刑 検察『更生の可能性ない』
  25. ^ 『中日新聞』2009年1月21日朝刊27面「千種拉致殺害 『人の所業でない』死刑求刑の検察が非難」
  26. ^ 『中日新聞』2009年2月3日朝刊27面「A、C両被告 初の謝罪 名地裁公判 千種拉致殺害が結審」
  27. ^ 東京新聞』2009年3月18日夕刊1面「闇サイト殺人2人に死刑 女性拉致監禁 自首の一人は無期 名古屋地裁判決『無慈悲で残虐』」
  28. ^ 『中日新聞』2009年3月19日朝刊7面社説発言欄「闇サイト殺人 死刑判決はやむを得ぬ」
  29. ^ 『東京新聞』2009年3月19日朝刊1面コラム「筆洗」
  30. ^ 『東京新聞』2009年3月26日朝刊5面社説発言欄「闇サイトの判決に疑問」
  31. ^ a b 『中日新聞』2009年3月20日朝刊35面「千種拉致殺害 自首評価に『助かった』本紙記者面会 無期判決でA被告」
  32. ^ 『中日新聞』2009年3月25日朝刊32面「2被告の弁護側控訴」
  33. ^ 『中日新聞』2009年3月28日朝刊38面「検察側も控訴」
  34. ^ 『中日新聞』2009年4月28日朝刊27面「控訴取り下げ『無効』拉致殺害、K被告 弁護人が申し立て」
  35. ^ 『中日新聞』2010年9月11日朝刊39面「闇サイト殺人K死刑囚 控訴取り下げ有効 高裁決定」
  36. ^ 『中日新聞』2010年9月14日朝刊28面「K死刑囚弁護人 控訴取り下げ異議 闇サイト殺人」
  37. ^ 『中日新聞』2011年2月16日朝刊27面「闇サイト死刑囚 弁護人異議棄却 名高裁」
  38. ^ 『中日新聞』2011年3月8日朝刊33面「K死刑囚の控訴取り下げ有効 最高裁が決定」
  39. ^ 『中日新聞』2010年8月10日朝刊30面「闇サイト殺人 検察『2被告死刑に』 名高裁控訴審第1回公判 弁護側は減軽求める」
  40. ^ 『中日新聞』2010年10月19日朝刊32面「『生きて一生償いたい』闇サイト殺人控訴審でC被告」
  41. ^ 『中日新聞』2010年12月4日朝刊38面「闇サイト殺人 2被告の控訴審結審 名高裁 弁護側『償う機会を』」「極刑なら『娘に報告』母親、遺影持たず傍聴」
  42. ^ 『中日新聞』2011年3月11日朝刊31面「闇サイト殺人 二審判決延期 来月12日に」
  43. ^ a b 『中日新聞』2011年4月23日朝刊35面「闇サイト殺人1人上告 名高検 自首踏まえ1人断念」
  44. ^ 『中日新聞』2011年4月25日夕刊13面「闇サイト殺人上告 名高検 C被告の死刑破棄で」
  45. ^ 『中日新聞』2012年8月25日朝刊社会面33面「碧南夫婦強殺 3人起訴」
  46. ^ 『中日新聞』2006年7月21日朝刊30面「建築会社かたり69歳女性宅強盗 守山、2人組逃走」
  47. ^ 『中日新聞』2013年1月16日夕刊社会面15面「闇サイト C容疑者再逮捕 06年、守山の強殺未遂 愛知県警」
  48. ^ 『中日新聞』2013年2月7日朝刊社会面31面「名古屋の強盗でも起訴 闇サイト事件、C被告ら」
  49. ^ 『中日新聞』2015年6月25日夕刊11面「『殺人 罪悪感ない』 K死刑囚、公判前面会で」
その他の出典
  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap “【死刑制度廃止論】闇サイト殺人遺族の△△(被害者女性の母親の実名)さん基調講演詳報 「被害者が1人でも、私にとってはかけがえのない大切な娘」 残忍な殺害状況も子細に…(1/11ページ)”. 産経新聞. (2016年12月18日午前7時10分). オリジナル2016年12月18日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/2Ivar 2016年12月18日閲覧。 
    “【死刑制度廃止論】闇サイト殺人遺族の△△(被害者女性の母親の実名)さん基調講演詳報 「被害者が1人でも、私にとってはかけがえのない大切な娘」 残忍な殺害状況も子細に…(2/11ページ)”. 産経新聞. (2016年12月18日午前7時10分). オリジナル2016年12月18日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/7C49y 2016年12月18日閲覧。 
    “【死刑制度廃止論】闇サイト殺人遺族の△△(被害者女性の母親の実名)さん基調講演詳報 「被害者が1人でも、私にとってはかけがえのない大切な娘」 残忍な殺害状況も子細に…(3/11ページ)”. 産経新聞. (2016年12月18日午前7時10分). オリジナル2016年12月18日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/kAd9R 2016年12月18日閲覧。 
    “【死刑制度廃止論】闇サイト殺人遺族の△△(被害者女性の母親の実名)さん基調講演詳報 「被害者が1人でも、私にとってはかけがえのない大切な娘」 残忍な殺害状況も子細に…(4/11ページ)”. 産経新聞. (2016年12月18日午前7時10分). オリジナル2016年12月18日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/Kdyzd 2016年12月18日閲覧。 
    “【死刑制度廃止論】闇サイト殺人遺族の△△(被害者女性の母親の実名)さん基調講演詳報 「被害者が1人でも、私にとってはかけがえのない大切な娘」 残忍な殺害状況も子細に…(5/11ページ)”. 産経新聞. (2016年12月18日午前7時10分). オリジナル2016年12月18日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/pNxdk 2016年12月18日閲覧。 
    “【死刑制度廃止論】闇サイト殺人遺族の△△(被害者女性の母親の実名)さん基調講演詳報 「被害者が1人でも、私にとってはかけがえのない大切な娘」 残忍な殺害状況も子細に…(6/11ページ)”. 産経新聞. (2016年12月18日午前7時10分). オリジナル2016年12月18日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/lj96c 2016年12月18日閲覧。 
    “【死刑制度廃止論】闇サイト殺人遺族の△△(被害者女性の母親の実名)さん基調講演詳報 「被害者が1人でも、私にとってはかけがえのない大切な娘」 残忍な殺害状況も子細に…(7/11ページ)”. 産経新聞. (2016年12月18日午前7時10分). オリジナル2016年12月18日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/WJuHx 2016年12月18日閲覧。 
    “【死刑制度廃止論】闇サイト殺人遺族の△△(被害者女性の母親の実名)さん基調講演詳報 「被害者が1人でも、私にとってはかけがえのない大切な娘」 残忍な殺害状況も子細に…(8/11ページ)”. 産経新聞. (2016年12月18日午前7時10分). オリジナル2016年12月18日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/k1q1Q 2016年12月18日閲覧。 
    “【死刑制度廃止論】闇サイト殺人遺族の△△(被害者女性の母親の実名)さん基調講演詳報 「被害者が1人でも、私にとってはかけがえのない大切な娘」 残忍な殺害状況も子細に…(9/11ページ)”. 産経新聞. (2016年12月18日午前7時10分). オリジナル2016年12月18日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/sj36H 2016年12月18日閲覧。 
    “【死刑制度廃止論】闇サイト殺人遺族の△△(被害者女性の母親の実名)さん基調講演詳報 「被害者が1人でも、私にとってはかけがえのない大切な娘」 残忍な殺害状況も子細に…(10/11ページ)”. 産経新聞. (2016年12月18日午前7時10分). オリジナル2016年12月18日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/4L3IJ 2016年12月18日閲覧。 
    “【死刑制度廃止論】闇サイト殺人遺族の△△(被害者女性の母親の実名)さん基調講演詳報 「被害者が1人でも、私にとってはかけがえのない大切な娘」 残忍な殺害状況も子細に…(10/11ページ)”. 産経新聞. (2016年12月18日午前7時10分). オリジナル2016年12月18日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/IgIls 2016年12月18日閲覧。 
  2. ^ a b c d 『朝日新聞』2012年8月5日朝刊名古屋版37面「犯行、仕事独立の翌年か 碧南夫婦殺害、C容疑者」
  3. ^ a b c d e f 『朝日新聞』2007年8月27日朝刊名古屋版1面「闇サイト、3人の接点 遺棄容疑で逮捕 名古屋・千種の女性殺害」
    『朝日新聞』2007年8月27日朝刊35面「『闇の職安』3人共謀 愛知の強殺『拉致、女性狙う』遺棄容疑で逮捕」
  4. ^ a b c 『朝日新聞』2007年8月28日朝刊名古屋版31面「犯行防げた可能性『第4の男』出頭後の捜査焦点 名古屋・女性拉致殺人」
    『朝日新聞』2007年8月28日朝刊39面「闇サイト『第4の男』直前、別容疑で逮捕 愛知・拉致殺害」
  5. ^ 被害者女性のブログ
  6. ^ a b 遺族による極刑陳情書への署名を募っていたサイト
  7. ^ a b c d e f “「望むのは死刑だけ」 闇サイト殺人遺族、日弁連の死刑廃止宣言に憤り 17日にシンポジウム(1/2ページ)”. 産経新聞. (2016年12月15日22時38分). オリジナル2016年12月19日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/D3XhJ 2016年12月19日閲覧。 
    “「望むのは死刑だけ」 闇サイト殺人遺族、日弁連の死刑廃止宣言に憤り 17日にシンポジウム(2/2ページ)”. 産経新聞. (2016年12月15日22時38分). オリジナル2016年12月19日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/gvWTL 2016年12月19日閲覧。 
  8. ^ 毎日新聞』2008年11月6日朝刊「闇サイト殺人公判 殺害過程詳細に証言--被告人質問」(「遺族による極刑陳情書への署名を募っていたサイト」より引用)
  9. ^ メ~テレ』ニュース2008年11月7日付「闇サイト裁判で殺害現場は『サスペンス劇場』」(「遺族による極刑陳情書への署名を募っていたサイト」より引用)
  10. ^ 朝日新聞』2008年12月2日朝刊「事件仲間脅す? 逮捕後の手紙」(「遺族による極刑陳情書への署名を募っていたサイト」より引用)
  11. ^ 読売新聞』2008年12月2日朝刊「「殺人に抵抗ない」逮捕段階で供述」(「遺族による極刑陳情書への署名を募っていたサイト」より引用)
  12. ^ 毎日新聞』2008年12月2日朝刊「暗証番号確認後、C被告が殺害を提案」(「遺族による極刑陳情書への署名を募っていたサイト」より引用)
  13. ^ 毎日新聞』2008年12月4日朝刊「公判で3被告 証言食い違い」(「遺族による極刑陳情書への署名を募っていたサイト」より引用)
  14. ^ 読売新聞』2008年12月12日朝刊「被害者に『お気の毒』 A被告、反省の言葉なし」(「遺族による極刑陳情書への署名を募っていたサイト」より引用)
  15. ^ 毎日新聞』2008年12月20日朝刊「被害者中傷…被告が事件後、知人に手紙」(「遺族による極刑陳情書への署名を募っていたサイト」より引用)
  16. ^ “「闇サイト殺人事件」のK死刑囚の死刑執行 第3次安倍内閣で初”. 産経新聞. http://www.sankei.com/affairs/news/150625/afr1506250013-n1.html 2015年6月25日閲覧。 
  17. ^ 『朝日新聞』2015年6月25日夕刊名古屋版9面「遺族、極刑求め署名 闇サイト殺人、一審判決『残虐』」

外部リンク

関連項目