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闇サイト殺人事件

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闇サイト殺人事件
闇サイト殺人事件の位置(東海三県内)
拉致現場
拉致現場
殺害現場
殺害現場
遺体遺棄現場
遺体遺棄現場
事件現場
場所

日本の旗 日本[新聞 1][新聞 2]

愛知県名古屋市千種区春里町の住宅街路上(拉致現場)[新聞 3]
愛知県愛西市佐屋町西新田、国道155号沿いの駐車場(殺害現場)[新聞 1][新聞 2]
岐阜県瑞浪市稲津町小里の山中[新聞 1][新聞 2]岐阜県道33号瑞浪上矢作線から20mほど入った[新聞 1]、「御料林橋」北東の山林内(遺体遺棄現場)[新聞 2]
日付 2007年平成19年)8月24日 - 8月25日
午後10時頃 – 午前1時頃 (UTC+9)
概要 インターネット上の闇サイト「闇の職業安定所」で集まった男3人組(うち1人は碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件など、連続強盗殺傷事件2件の余罪あり)が、強盗目的で、通りすがりの女性を、住宅街路上で拉致し、金品を奪って殺害、遺体を山中に遺棄した[新聞 2]
攻撃手段 ハンマーで殴る、首を絞める[新聞 3][新聞 4][新聞 5]
攻撃側人数 3人
武器 ハンマー・粘着テープ・ロープ[新聞 6][新聞 3]
死亡者 通りすがりの会社員女性A子(事件当時、千種区春里町在住の31歳)[新聞 1][新聞 2]
犯人

闇サイトで集まった男3人組

男K(犯行当時36歳、2015年に44歳で死刑執行)[新聞 2][新聞 7]
男H(犯行当時32歳、連続強盗殺傷事件の余罪あり)[新聞 2]
男X(犯行当時40歳、犯行後に自首[新聞 2]
動機 強盗
対処 愛知県警察逮捕[新聞 1][新聞 2][新聞 6]名古屋地方検察庁起訴[新聞 6][新聞 8]
謝罪 H・Xは最終陳述で謝罪し[新聞 9][新聞 10]、Hは謝罪文を被害者遺族に送るも[新聞 11]、いずれも遺族は認めていない[新聞 12]
Kは死刑執行まで謝罪しなかった[新聞 13]
刑事訴訟 Kは死刑執行済み
H・Xは無期懲役(うちHは連続強盗殺傷事件の余罪が判明し、同事件の裁判で死刑判決を受け上告中)
影響 Hは、無期懲役が確定した直後、碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件などで逮捕・起訴された。その後、一・二審で死刑判決を受け、上告中である。
被害者の母親は、加害者全員への死刑適用を求め、刑事裁判終結までの5年間で、約33万筆の署名を集め、鳩山邦夫法務大臣但木敬一検事総長(いずれも当時)に対し、請願の手紙を送った[新聞 13]。その後も、犯罪被害者・遺族に対しての、支援拡大・権利保護を求め、日本各地での講演活動など、積極的に活動を行っている[新聞 13]
作家・大崎善生が、事件を題材にしたノンフィクション・『いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件』(角川書店)を出版した[新聞 14]
遺族会 全国犯罪被害者の会(あすの会)・殺人事件被害者遺族の会(宙の会)
管轄 愛知県警察千種警察署[新聞 1][新聞 2]名古屋地方検察庁
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闇サイト殺人事件(やみサイトさつじんじけん)とは、2007年平成19年)8月24日深夜[新聞 1][新聞 15][新聞 2][新聞 16][新聞 17]愛知県名古屋市千種区春里町の住宅街路上で[新聞 3]インターネット上の闇サイト「闇の職業安定所」で集まった男3人組により、帰宅途中の会社員女性A子(事件当時31歳)が拉致され、同県愛西市内で殺害された後、岐阜県瑞浪市内の山中に遺体を遺棄された、強盗殺人・死体遺棄事件である[新聞 18][新聞 19][新聞 20][報道 1]

目次

事件の概要

インターネット上の携帯電話用闇サイト「闇の職業安定所」で、過去に2件の連続強盗殺傷事件(碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件を参照)を起こした余罪のある者を含め、互いに面識のない男3人が集まり、金品を得る目的で共謀した[報道 1]。3人は、互いに虚勢を張り合い[書籍 1]、犯罪計画を練った上、面識のない通行人の会社員女性を、通り魔同然に強盗目的で拉致・殺害し、遺体を山中に遺棄した[報道 1]。事件後、実行犯のうち1人(本文中X)が、量刑の軽減を目論んで自首したことにより、事件が発覚した[報道 1]

第一審・名古屋地方裁判所では[新聞 18][新聞 19]被告人3人が互いに、「主犯は相手だ」と主張するなど、責任転嫁に終始したり[報道 1]、被害者を中傷する言動を取るなどした[新聞 21]。検察側は、犯行の凶悪さ、被害者遺族の峻烈な処罰感情などを踏まえ、3人全員に死刑求刑した[新聞 22][新聞 23]。殺害された被害者数が1人であることから、1983年の最高裁判所判例で示された、死刑適用にあたっての判断基準とされる「永山基準」の下で、死刑の適用可否が争点となったが[新聞 24]、名古屋地裁は、自首した1人には無期懲役判決を、残る2人には死刑判決を言い渡した[新聞 18][新聞 19]

3人全員が、名古屋高等裁判所控訴したが、1人(本文中K)は控訴を自ら取り下げ、死刑が確定[新聞 25]、その後執行された[新聞 13][報道 1]

控訴審・名古屋高裁では、残る2人に無期懲役判決が言い渡され[新聞 26][新聞 27][新聞 28]、2012年までに確定した[報道 1]

しかしその後、無期懲役刑が確定した男1人(本文中H)は[新聞 29]、碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件など、過去の連続強盗殺傷事件の余罪が発覚したことで、逮捕[新聞 30][新聞 31][新聞 32]・起訴された[新聞 33][新聞 34]。その後、この被告人は、これらの事件の刑事裁判で、一・二審と死刑判決を受け[新聞 35][新聞 36]最高裁判所上告している[新聞 37]

携帯電話の闇サイトをきっかけに、互いに面識のない男たちが共謀した、特異な犯罪グループであること、何の落ち度もない被害者女性に対し、無差別に牙を剥いた、あまりにも無軌道な犯罪であること、加害者らに反省の態度が見られないことなどが、度し難い犯罪として、日本社会を震撼させ、強い衝撃を与えるとともに、犯行グループに対し、極刑を求める世論が沸き上がった[報道 1]

被害者の母親は、加害者全員への死刑適用を求め、刑事裁判終結までの5年間で、約33万筆の署名を集め、鳩山邦夫法務大臣但木敬一検事総長(いずれも当時)に対し、請願の手紙を送った[新聞 13]。その後も、犯罪被害者・遺族に対しての、支援拡大・権利保護を求め、日本各地での講演活動など、積極的に活動を行っている[新聞 13]

加害者

インターネット上の携帯電話用闇サイト「闇の職業安定所」で知り合った3人は、いずれも消費者金融から、数十万円から数千万円の借金を抱えており[新聞 6]、金に困っていた[新聞 2][書籍 1]

元死刑囚K

1971年昭和46年)3月9日[書籍 2][書籍 3]群馬県高崎市内で生まれた[書籍 4]2015年(平成27年)6月25日、法務省法務大臣上川陽子)の死刑執行命令により、収監先の名古屋拘置所にて、死刑が執行された(44歳没)[新聞 7][新聞 13][新聞 38][新聞 39][新聞 40][新聞 41][法務省 1][書籍 5][書籍 3]。犯行当時は36歳、愛知県豊明市在住の『朝日新聞勧誘員だった[新聞 2]

少年時代は暴走族に所属し[書籍 4]1989年平成元年)に、地元の高校を卒業後[新聞 42]人材派遣会社などに登録した[新聞 43]。家族に対しては「自動車関係の仕事をしている」と説明していたが、実際に仕事に就いた形跡はなく[新聞 43]、上京後[書籍 4]、広域暴力団の構成員となり[書籍 1]、暴力団関係の仕事をするようになった[書籍 4]。その後、H・Xと同様、仕事は長続きせず[新聞 43]、各地を転々としつつ[書籍 4]オレオレ詐欺集団のリーダー格として犯行を繰り返したり、偽装結婚養子縁組のブローカーなどをしてきたが、オレオレ詐欺で逮捕され、罰金1500万円の刑に処された前科があった[書籍 1]。事件の10年ほど前(1997年頃)から、携帯電話で闇サイトを利用していた[新聞 6][新聞 44]

8月21日午後10時ごろ、金山駅でH・Xと出会った際には、「大金を得るには、覚醒剤を仕入れて売人を雇い、秘密組織を作って売りさばくのがいい」、「女性を拉致して覚醒剤中毒にし、風俗店に売り飛ばそう」などと提案した[書籍 6]。また、8月22日、名古屋市緑区内のレンタルビデオ店で、Xと犯行の謀議をしていた際には「過去に2人ほど殺し、出身地の群馬県に埋めたことがある。まだ死体は見つかっていない。人を殺すのは平気だ。ゴキブリをたたき殺すのと一緒だ」、「人を拉致したこともある」と発言していた[書籍 7]

名古屋に出てきて以降は[書籍 4]、2006年9月から、愛知県豊明市内の新聞販売店に入社し[新聞 45]、『朝日新聞』セールススタッフになり[新聞 17][新聞 45]、寮に住み込みで[新聞 45]、新聞勧誘員の仕事をしていたが[書籍 1][書籍 8]、勤務態度はあまりよくなく[書籍 8]、仕事を休みがちで[新聞 45][新聞 42]、交際相手の女性から、時々小遣いをもらうなどして生活していた[書籍 8]。Kを知る関係者は、『中日新聞』取材に対し「寮付きの仕事とはいえ、給料は完全歩合制で、月収は平均10万円前後だった。また、夏場の外回りはきつく、最近の営業成績は伸び悩んでいた」と語った[新聞 17]。出来高払いの月給から、約4万円の寮費を差し引くと、残りは6万円にしかならないが、事件前には携帯電話を2台所有しており、周囲を驚かせていた[新聞 45]。同僚によれば、携帯電話の操作が好きで、使い方などを教えるほど詳しかったという[新聞 42]

事件発生年の2007年1月には、勤務先の社長に対し「父親が亡くなった。天涯孤独の身だ」と語っていたが、当時Kの父親は、群馬県内の故郷で存命していた[新聞 45]。Kの父親は、『朝日新聞』の取材に対し、「遺族に申し訳ない」[新聞 42]、「昨年(2006年)春、1か月ほど帰郷したが、それからは音信不通だった。その前も、4,5年ほど音信不通だった」と語った[新聞 45]。また、Kが勤務先に出した履歴書には「地元の高校を卒業後、職を転々とし、1997年から9年間、東京都内の人材派遣会社に勤務していた」と書かれていたが、実際に派遣会社に在籍していたのは、2006年4月から3カ月間だけだった[新聞 45]。その派遣会社によれば、Kは派遣先に愛知県を希望しており、また父親に対しては、「自動車関係で働く」と言い残していた[新聞 45]

本事件では第一審・名古屋地方裁判所近藤宏子裁判長)で、2009年3月17日、検察側の求刑通り、Hとともに死刑判決を受けた[新聞 18][新聞 19]。判決を不服として、同日付で名古屋高等裁判所控訴したが[新聞 18][新聞 19]、同年4月13日付で、自ら控訴を取り下げ、死刑判決が確定した[新聞 25]

受刑者・別事件被告人H

1975年昭和50年)4月[新聞 46]、5人きょうだいの末っ子として生まれた[新聞 46][新聞 11]本籍岐阜県土岐市[新聞 31][新聞 46]、犯行当時32歳、本事件での逮捕当時は名古屋市東区1丁目在住の無職だった[新聞 2]

幼少期の小学生時代に両親が離婚し[新聞 11][新聞 46]、中学2年で不登校となり、兄に連れられて外壁工事の手伝いをし始め[新聞 11][新聞 46]1991年(平成3年)には高校に入学したが、直後に中退し、再び外壁工事に従事した[新聞 11][新聞 46]1993年(平成5年)[新聞 47]、18歳で結婚して2児をもうけ[新聞 46][新聞 11]、22歳だった1997年(平成9年)頃に独立し[新聞 47]、外壁工事業を営むようになった[新聞 11]。しかし、結婚から5年後となる1998年に離婚(当時23歳)しており[新聞 46][新聞 11]、その当時は、外装関係の仕事の不振や浪費が原因で[新聞 48][新聞 11]、約300万円の借金を抱えており[新聞 11]、交際相手の所持品を質屋に入れたり、子供のための貯金に手を付けたりしていた[新聞 48][新聞 11]

1998年(平成10年)当時、名古屋市守山区内のアパートに居住していたが[新聞 49][新聞 11]、たびたび仕事仲間の男2人を自室に招き、3人で頻繁に集まっていた[新聞 11]。そして同年6月28日深夜、その男2人と共謀し、愛知県碧南市内で、パチンコ店長夫婦を殺害し、現金6万円などを奪った(碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件[新聞 50][新聞 31]。さらにその8年後、本事件の前年となる2006年(平成18年)7月20日には、碧南市の事件の共犯のうち、1人と再び共謀した上で、高齢女性が一人暮らしをしていた、守山区内の住宅に押し入り、女性の首を絞めて重傷を負わせ、現金2万5000円などを奪った強盗殺人未遂事件を起こした[新聞 51][新聞 32]。このように、過去に2件の連続強盗殺傷事件を起こしていた、Hの経歴から、大崎善生は、著書『いつかの夏』の中で、Hを「稀代の殺人鬼」、「人を殺すことを何とも思わない、3度の強盗殺人と強盗殺人未遂を繰り返した悪魔のような男」と表現した上で、「あの(凶器の)ハンマーを購入したのも、被害者を車に引きずり込んだのも、手錠をかけたのも、ガムテープで口を塞いだのも、真っ先に被害者の頭にハンマーを打ち下ろしたのも、無慈悲に息も絶え絶えの被害者の頭を粘着テープで23周もグルグル巻きにしたのも、被害者の遺体を荷物同然に肩に担いで放り投げたのも、すべてHである」、「『何も感じずに無抵抗の女性にハンマーを打ち下ろし、後はお疲れさま。財布にいくらある?』矯正の可能性などあるわけがない。世に放てば4度目、5度目の強盗殺人を繰り返すだけだろう」と、極めて厳しい論調で非難した[書籍 9]

事件の半年ほど前に失職した後[新聞 17]、飲食店で働いていた[新聞 17]、交際相手女性の住んでいたマンションに転がり込み[新聞 17][新聞 43]、名古屋市中川区内の、後に犯行標的の候補に挙げた、ダーツバーに入り浸りつつ[新聞 43]、ダーツのプロを目指していた[新聞 47]。また、名古屋市中区内の複数のダーツ店にも出入りしており、チーム対抗のリーグ戦に参加する姿が、愛好家の間で知られていた[新聞 45]。その際、周囲には「以前は工場で働いていた」と話しており、金に困った様子は見られなかったが、半年ほど前に仕事を辞めていた、との証言もあった[新聞 45]。交際相手女性は、Hが警察に出頭を求められる直前まで、Hと一緒にいたが、「以前は仕事をしていたと聞いていた。今は無職だというが、特に変わった様子はない」と語った[新聞 42]

事件発生年の2007年6月、ネットサーフィンをしていた中で、偶然「闇の職業安定所」を見つけ、犯罪稼業に手を染めるようになった[書籍 10]。この時、交際相手の女性と同居し、小遣いを貰って生活していた一方で、複数の金融業者から、厳しい取り立てに遭っていた[書籍 8]。8月21日午前、自宅近くのファミリーレストランでXと初対面した際、「父親と兄が暴力団員の関係者で、兄は強盗殺人事件を起こし、無期懲役で服役中だ。自分も傷害事件を起こし、懲役2年、執行猶予3年だ」という、虚実ないまぜの自己紹介をした[書籍 11][新聞 47][新聞 11]

Hから、犯行標的の候補に挙げられていた、行きつけのダーツバーの店長は、『中日新聞』取材に対し「明るく人気者だった彼がなぜ」と、困惑した様子で語った[新聞 17]。また、通っていたダーツバーの店員は、Hがゲーム後、携帯電話の画面をのぞき込んでいる姿を覚えており、「サイト上に表示されるゲームの成績を見ていたのか、それとも闇サイトを見ていたのか…」と戸惑った[新聞 45]。Hが最後に、中区内のダーツバーを訪れたのは、Xの闇サイトへの投稿に対し、Kとともに応じた、8月17日頃だった[新聞 45]

本事件の刑事裁判では、第一審・名古屋地裁で、Kとともに死刑判決を受けたが[新聞 18][新聞 19]、その後判決を不服として、名古屋高裁に控訴した[新聞 52]

2011年(平成23年)4月11日、控訴審・名古屋高裁(下山保男裁判長)で、死刑判決が破棄され、無期懲役判決を受けた[新聞 26]

検察側は、この判決を不服として上告したが[新聞 53]最高裁判所第二小法廷千葉勝美裁判長)により、2012年(平成24年)7月11日、検察側上告棄却の決定がなされ[新聞 29]、同年7月18日付で、無期懲役判決が確定した[判決文 1]

しかしその後、過去に起こした2件の連続強盗殺傷事件の被疑者として、2012年8月から、翌2013年2月にかけ、愛知県警・名古屋地検により、相次いで逮捕・起訴された[新聞 31][新聞 30][新聞 54][新聞 33][新聞 32][新聞 34]2017年(平成29年)9月22日現在、名古屋拘置所に収監されているHは[書籍 12]、これらの連続強盗殺傷事件の刑事裁判で、第一審・名古屋地裁、控訴審・名古屋高裁と、ともに死刑判決を受け[新聞 35][新聞 36]、最高裁に上告中である[書籍 12]

Hは現時点で、上記の連続強盗殺傷事件の被告人であると同時に、本事件における無期懲役刑の受刑者として服役中でもあるが、今後、最高裁で上告が棄却されるか、Hが自ら上告を取り下げた場合は、死刑が確定する[書籍 13]。その場合、刑法第51条にて、「死刑を執行すべきときは、没収を除き、他の刑を執行せず、無期の懲役又は禁錮を執行すべきときは、罰金、科料及び没収を除き、他の刑を執行しない」との規定があるため、無期懲役刑の執行は、検察官の「刑執行取止指揮書」の指揮により停止される[書籍 13][新聞 33]。その後は、懲役刑の受刑者に科されていた労役作業はなくなるが、死刑囚として、面会・手紙のやり取りの相手は、親族などに制限され、拘置所独房で死刑執行を待つこととなる[書籍 13]

受刑者X

本籍愛知県津島市、無職、犯行当時40歳[新聞 2]。逮捕直前は「愛知県小牧市在住」と自称した[新聞 1]

石川県金沢市出身で[新聞 43][新聞 45]、中学校時代にいじめを受けたことをきっかけに、「それ以降、30年近く虚勢を張り続けながら生きてきた。自分の犯行を誘う投稿に、集まってきた人物は、自分と同類項で、金に困り、虚勢を張るような人間だった。そんな連中と虚勢を張り合った末に、自制心が働かなくなった」という[新聞 55]富山県富山市内の会社に就職後、2000年(平成12年)頃から、愛知県内の運送会社を転々としていた[新聞 45]。一時は人材派遣会社で働き[新聞 17]1999年(平成11年)には、愛知県瀬戸市内の分譲マンションを購入し、妻・子供4人と共に暮らしていた[新聞 43]。しかし、この頃(事件の8年ほど前)から、既に携帯電話で闇サイトを利用しており[新聞 6][新聞 44]、その後、金に困るようになると、住宅ローンの支払いも滞ったため、瀬戸市などにマンションを差し押さえられ、妻とも離婚した[新聞 43]

その後[新聞 43]、2000年末から4カ月ほど[新聞 45]、豊明市内の運送会社に勤めていたが、その際「実家の父が病気」と言っては[新聞 43]、毎月4万円から5万円を[新聞 45]、会社から借金し[新聞 43]、計約30万円を返済しないまま[新聞 45]、行方をくらました[新聞 43]。その後、同県尾張旭市の運送会社に勤めたが、そこでも給料を前借していた[新聞 43]。また、瀬戸市内の運送会社では、2004年(平成16年)5月頃、駐車場に荷物を積んだトラックを放置したまま、出勤しなくなった[新聞 45]

そして、警備会社・運送会社を転々とし[新聞 43]、殺害現場付近の愛西市で勤務していた時期もあったが[新聞 42]、事件直前は、借金の取り立てから逃れるため[新聞 43]、無職で車上生活を続けていた[新聞 17][新聞 43]

元同僚らは、『朝日新聞』の取材に対し、Xについて「勤務態度はまじめだった」と口をそろえたが、実際のXは、しばらく働いては、突然姿を消すという生活を続けていた[新聞 45]。その間、2003年(平成15年)8月頃、中古車販売店で、トヨタ・スターレットを購入し、そのナンバープレートを、盗難車の日産・リバティに付け替え、そのリバティを犯行に使用した[新聞 56]。また、本事件の発端となった「闇の職業安定所」を通じ、偽の運転免許証を入手し[新聞 17]、その免許証を使い、振り込め詐欺用の銀行口座を設立・販売していた[新聞 17]

豊明市内の運送会社の上司らは、事件を知り、『読売新聞』の取材に対し、「口数は少なく、おとなしいタイプで、自分から人を誘うようなタイプではなかった」と語ったが、Xが各社に出していた履歴書には、高校を中退していたにも拘らず「卒業」としていたり、勤務年数を偽ったりなどと、多くの嘘が入り混じっていた[新聞 43]

8月21日午後10時[書籍 14]金山駅でK・Hと顔を合わせた際、「石川県出身で、地元の暴力団に所属し、オレオレ詐欺をしていた。逮捕され、広島の刑務所に服役していた」と語っていた[書籍 1]

2007年12月までに、『中日新聞』に対し、数回にわたって手紙を寄せた[新聞 55]。この手紙の中で、犯行に及んだ経緯について、「なんとなく闇サイトに書き込んだら、人が集まり、何となく流されていった」と説明した上で、闇サイトで共犯者を募った理由を「多人数なら、1人よりもやれることが広がり、互いに名前や身分を明かす必要もない」、「犯罪が発覚する恐れも少ないから」と明かした[新聞 55]。また、「共犯者のうち1人が、非常に金に困っていたため、すぐに犯罪で金を得る行動に走った。当初は金庫破りなども計画したが、過去に殺人・拉致をしたことがあることを、ある共犯者がほのめかした上で、『今回も女性を拉致して金を引き出そう』と提案したため、その意見に従い、殺人という一線を越えてしまった。3人の罪は一列と思う」と綴った[新聞 55]。その上で、「犯行の動機は金目的」とした上で、犯行後、愛知県警に電話で自首したことについては、「死刑が怖かったわけではない。善と悪の心の葛藤があった。この時は善の部分が出た」と綴った上で、「責任は取る」、「被害者遺族は言いたいこともあるだろう。しかし私は、口先だけの反省・謝罪をするつもりはない」として、刑事裁判で下された判決を受け入れるという心境も語っていた[新聞 55]

本事件の刑事裁判では、第一審・名古屋地裁で、検察側から死刑を求刑されたものの[新聞 22][新聞 23]、自首が有利な情状と認定され、無期懲役判決を受けた[新聞 18][新聞 19]、その後、X自身と弁護人が、判決を不服として、名古屋高裁に控訴した[新聞 52]。一方、検察側も、死刑を回避した判決を不服として、名古屋高裁に控訴した[新聞 57]

控訴審・名古屋高裁では、双方の控訴が棄却され、第一審同様、無期懲役判決を受けた[新聞 26]。検察側・被告人側とも、この判決に対し、上告しなかったため、2011年4月27日付で、無期懲役判決が確定した[新聞 58][その他 1]

2017年現在、無期懲役刑で、刑務所に服役中である[報道 2][報道 3]

事件の経緯

事件前の動向

闇サイトでのやり取り(2007年6月以降)

2007年6月、Hはネットサーフィンをしていた中で、本事件の舞台となったインターネット上の携帯電話用闇サイト「闇の職業安定所」を知り、犯罪稼業に手を染めるようになった[書籍 10]。Hは早速、「闇の職安」で仕事を募り、未払金回収の仕事にありついたが、この時は相手にうまく逃げられて失敗し、無報酬に終わった[書籍 10]

2007年7月、Hは「闇の職安」に「何か仕事はないか」と、金目的の犯罪仲間を募集する書き込みを投稿し[新聞 3]、これにXが反応した[書籍 10]

H・Xの2人は、電子メールを交換し合うようになり[新聞 3]、Xは8月4日[書籍 10]、Hに対し「いくら必要なんですか」と質問し、Hはこの質問に対し「ガッツリいきたいです」と返信した[書籍 8]。これを受け、Xは「ガッツリねえ、強盗でもするならわかりますが」と答えた上で、「組んでみないか」と誘い、実際に逢う寸前まで行ったが、都合が合わず延び延びになり、しばらく2人は音信不通状態になっていた[書籍 8]

K・H・Xの3人が知り合う(2007年8月16日 - 8月20日)

同年8月16日[新聞 3][書籍 15][新聞 59]、Xは「闇の職安」東海版に、「山下」という偽名で、「刑務所から出てきたばかりで、派遣をやっています。実に馬鹿馬鹿しい。東海地方で一緒に何か組んで(裏の仕事を)やりませんか」という[書籍 15]、犯罪仲間を募集する趣旨の書き込みをした[新聞 3][新聞 17]

翌17日になって[書籍 10]、この書き込みに対し、当時愛知県豊川市で生活していた[書籍 11]東京都新宿区出身、同地本籍、住所不定無職の男V[新聞 60](事件当時29歳、闇サイトでは「杉浦」という偽名を使用)が[新聞 61][書籍 10]、「何か計画しているものはありますか?」と返信した[書籍 10]

同月20日[新聞 59]、「田中」という偽名を名乗っていたHが、「どうですか、まず一発やりますか?」、「小遣い稼ぎですが、拉致して預金を引き出させます」という電子メールを送信した[書籍 10][新聞 59]。同日、次いでKが「以前はオレオレ詐欺をメインにしていたのですが、貧乏過ぎて強盗でもしたいくらいです」などと、メールを返信した[書籍 10][新聞 59]

その後も、Xの投稿にはいくつかの反応があったが、Xは直感的に、K・H・Vの3人を選び出し[書籍 10]、互いに連絡を取り合うようになったという[新聞 3]

Xは当時、車上生活をしており、車を持っていたことから、8月18日以降、ほぼ毎夜に渡り、K・H両名を同乗させ、Hの自宅周辺の東区や、北区・千種区などを中心に、名古屋市内を走り回り、人気のない場所を1人で歩いている女性を探し続けていたが、そのような標的が明け方まで見つからない日々が続いたため、その度にK・Hを、それぞれ自宅周辺まで送り届け、夜になると、再び2人を迎えに行く、ということを繰り返していた[新聞 61]

Xは、K・H・Vの3人に対し、自身が闇サイトで用いている「山下」という名は偽名であることを断った上で、「山下40歳」「刑務所を出てから、派遣でセコく生活している」「オレオレ詐欺系の偽造・口座の売人をやっていた」という、自己紹介の文言を送信した[書籍 10]

これに対し、Hは「田中と言います、32歳。回収で無理して2か月前に刑務所を出所したばかりです」、Kは3人の中で、唯一実名を名乗った上で、「Kと申します。執行猶予中の36歳です」、Vは「杉浦です。薬物事犯で逮捕歴が1度あります」と、それぞれ返信した[書籍 10]

他の3人が偽名を名乗る中で、Kだけは本名を名乗っていたが、これは大崎曰く「これから仲間になろうとする人に偽名は無礼だという実直さ、という見方もあるが、これにはKなりの深慮遠謀があった。もし将来、これが原因で掴まった時、偽名を使っていると、捜査機関から『最初から犯罪を確信していたのではないか』と推測されてしまうだろう。しかし、本名ならば『まさか犯罪とは考えていなかったが、悪い奴らに引きずり込まれていった』と考えてくれるだろう、という悪知恵から、との見方もある」という[書籍 8]

2007年8月21日

同年8月21日午前9時頃、H・X両名は、Hが在住していたマンション付近にある、名古屋市東区泉のファミリーレストランで、初めて顔を合わせた[書籍 8]。そこで、HはXに対し「父・兄が暴力団関係者だ」「兄は強盗殺人を起こし、無期懲役で服役中だ」などと自己紹介し、Xも脚色を交えつつ、簡単な自己紹介をした[書籍 11]

2人はその後、Xが運転するリバティに同乗して移動し、午前11時半ごろ、Vが待っていた同県豊川市内のパチンコ店に到着した[書籍 11][新聞 3][注釈 1]。Vは同日、レンタカーを使って、このパチンコ店駐車場に来ていた[新聞 61]

この時点でまったく無計画に集まっていた[書籍 16]、H・X・Vの3人は、その後、豊川市内のファミリーレストランに移動し、簡単な自己紹介をしあった後、これからどんなことをしようかと話し合った[書籍 11]。Vは「このままでは2日後(8月23日)、アパートを追い出されてしまうので、それまでにとにかく現金が必要だ」と言い、「夜間金庫を狙うか、パチンコ屋がいいのではないか」と言い出した[書籍 16]。その上でVは、自分の知り合いで窃盗前科がある者の名前を挙げ、「マイナスドライバーでガラスのドアを破り、閉店後の店内に侵入する方法を教えてもらっている」ということを、H・X両名に語った[書籍 16]

これを受けてXは、この時点では面識はなかったものの、オレオレ詐欺のトップなど、犯罪経験が豊富だと踏んでいたKに対し、メールで「金庫破りか、金を持っている人を拉致し、預金を引き出す計画を3人で話し合っている。アドバイスが欲しい」と相談した[書籍 16]。これに対し、Kは「金庫破りや事務所荒らしをやるなら、下見をしっかりした方がいい。夜間金庫か、パチンコ屋の景品交換所を襲うのがいいのではないか」と返信した[書籍 16]

H・X・Vの3名は、しばらくそのメールを眺めながら話し合った後、Hが「自分の通っている名古屋市内のパチンコ店に、大金を持って勝負しに来ている常連客がいる。財布の中はいつも100万円くらい入っている感じだ。その常連客が駐車場で車から降りてきたところを襲撃して、ひるんだすきに財布やカバンを盗むのはどうだろうか」と提案した[書籍 16][新聞 3]。これに対し、X・V両名は賛成し、Xは「金属バットでやろうか」と提案したが、Hは「それだと目立ちすぎる」として、別の凶器を使用することを提案した上で、「自分は顔を知られているので、バックアップはするが、実行犯は2人でやってほしい」とも答えた[書籍 17]。ほどなくして、Kから「話し合って、結局何をすることになった?」というメールが入ったため、Xは「田中(H)の提案で、強盗をすることになった」と返信した[書籍 17]

ファミリーレストランを出た3人は、その付近にあるホームセンターに移動し、犯罪に使う道具を購入した[書籍 17]。その駐車場で、Hは「自分が買ってくる」と言い、X・V両名を駐車場に待たせ、1人で店内に向かい、軍手・後に凶器に使われたハンマーを購入した[書籍 16]

その後3人は、Xが運転するリバティで、東名高速道路を経由し、名古屋市内に戻り、Hが言及した常連客がいた、名古屋市中区新栄のパチンコ店へ向かった[書籍 17]。Hは、いつもの列・機種で遊んでいた、標的の常連客男性を見つけ出すと、すぐに地下駐車場で待機していたリバティに戻り、Vに対し、台の番号を教えた上で、地下駐車場に通じるエレベーターの出口で待ち伏せさせることにした[書籍 17][書籍 6]

午後4時、男性が大型のレクサスに乗り、家路に就いたため、Vは急いで車に戻り、一行はレクサスを尾行した[書籍 6]。Hは『とにかく家を突き止めよう。それから家に乗り込んで強盗に入り、現金・キャッシュカードを奪い、暗証番号を聞き出す」という手はずを立て、X・V両名も同意していたが、突然尾行していたレクサスが、ラーメン屋の前で停車した[書籍 6]。Xは慌てて、そのレクサスの後ろではなく前に停車してしまい、「これはまずい」と思ったのか、車を出して信号を左に曲がり、道を一周してラーメン屋の前に戻ったが、既に用を済ませたのか、レクサスは姿を消しており、目標を見失うという形で失敗に終わった[書籍 6]

失敗を受け、XはKに対し、「途中まで尾行したが撒かれた。ナンバーは控えたので、身元割り出し中だ。今度4人で会わないかということになったが、どうだろう」と送信し、Kは「金山駅で午後9時から10時ぐらいに会おう」と返信した[書籍 6]

その後、作戦を練り直そうと、H・X・Vの3人は、名古屋市名東区一社のファミリーレストランに入った[書籍 6]。それまでにまだ時間があったため、3人はファミリーレストランで犯行の謀議をした[書籍 14]。その場で、Hは「天白区平針方面には多くの邸宅が立ち並んでいるが、自分の知り合いがそこの大豪邸に住んでいる。その人物の家に空き巣に入ろう」と提案し、X・Vも賛成した[書籍 14]

3人は早速、車で天白区方面に移動し、Hの前述した大豪邸を見つけ、人の気配がないことを確かめた[書籍 14]。その上で3人は、鍵のかかっていない扉・窓がないかと探ったが、家の中から猛烈な飼い犬の吠え声が、周辺に甲高く響き渡ったため、犯行が露見することを恐れ、その家を離れた[書籍 14]。それ以降3人は、空き巣に入れそうな家を探して歩き、その途中でVが、ホームセンターでマイナスドライバーを2本万引きしてきたが、標的をなかなか見つけることができなかった上、Kとの待ち合わせ時間が迫っていたため、犯行を断念し、金山駅に向かった[書籍 14]

H・X・Vの3人は、金山駅でKを待っていたが、Vは「アパートの入居期限が切れるので、どうしても荷物を出さなければならない」として、同駅で別れ、そのまま電車で帰宅した[書籍 14]。Kが、原動機付自転車に乗って、金山駅に現れたのは、Vが帰宅した後の午後10時頃だった[書籍 14]。午後10時過ぎごろ、同市中区内の路上に駐車した、リバティの車内で[新聞 3]、K・H・Xの3人は、様々な犯行計画について相談したが、その場で3人は、K曰く「はったりのかまし合い」、X曰く「虚勢の張り合い」という状況で[書籍 1]、これまでの犯罪歴などについて2時間ほど、虚実ないまぜの犯罪自慢をしあっていた[書籍 1][新聞 47][新聞 11]。また、Kはさらに、覚醒剤拳銃の密輸・密売、「女性を拉致して覚醒剤中毒にし、風俗店に売り飛ばす」など、犯罪で金を得るための提案をした[書籍 1]。その際は結局、「パチンコ店の常連客に対する強盗が、一番金になる」という話でまとまった[新聞 3]

続いてXは、パチンコ店の常連客を襲撃する計画が失敗に終わったことなどを話し始めた[書籍 1]。これに対しHは、レジ袋の中から、ハンマー・軍手の束を取り出し、Kに見せた[書籍 1]。これに対し、Kは「軍手に滑り止めが付いていない」と指摘した上で、『こんなハンマーで(人を)たたくと、死んでしまわないか」とも発言したが、Hは「ああ、そうですね」と軽く返した[書籍 1]。続いて、Kは「最後までやるのか、顔を見られたら殺すんでしょう」と問うと[書籍 1]、Hは「仕方ないですよね」と、顔色一つ変えずに答え、Xも「その時は、その時です」と同調した[書籍 18]

Kは、それまで主に詐欺をやっていたこともあり、強盗などの短絡的な方法ではなく、詐欺組織のようなものを立ち上げ、ゆっくりと稼ごうと考えていたが、Hは「今週中に30万円欲しい」と言い、X・V両名も切羽詰まっていた[書籍 18]。このことから、見知らぬ者同士が見栄を張り合っているうちに、強盗殺人も辞さない方向へと向かっていくという事態に陥っていた[書籍 18]

Kは同日、「自分が手掛けた偽装養子縁組の子役の男が、金を振り込んだにもかかわらず、役目を果たさずに逃げた。その男を捕まえれば、ある程度の金はすぐに手に入る」と提案した[書籍 18]。パチンコ店常連客の襲撃と並行して、その男の襲撃を行うことで話がまとまり、この日は解散した[書籍 18]

2007年8月22日

8月22日午前6時ごろ、Xはリバティで、Hを自宅付近まで迎えに行った後、Kからメールで教えられた、偽装養子縁組の子役の住所へと向かった[書籍 18]。その住所は、男がY投資縁組した母親役の家だったが[書籍 18]、対応した養母は「息子はいない」と言ったという[書籍 7]。これを受け、H・X両名は、夕方に再び、前述のパチンコ店で会う約束をして別れた[書籍 7]

同日昼ごろXは、名古屋市緑区内のレンタルビデオ店駐車場で、Kと落ち合い、車内でVの合流を待った[書籍 7]。その際、車内でK・X両名は、Kが殺人の経験があるように語ったり、Xが「レイプと恐喝なら何度もやっている。女をさらうのは簡単なことだ」と自慢したりと、互いに虚勢を張り合うような会話をしていた[書籍 7]。また、Xは、あらかじめ持参したステンレス製の手錠を、Kに見せた[書籍 7]

しかし、約束の時間になってもVは現れなかったため、K・X両名は、携帯電話の出会い系サイトを用い、援助交際をしている人妻を呼び出して、現金を恐喝したり、「援助交際していることをばらすぞ」と脅迫したりして、金を得ようと計画を立てた[書籍 19]。その後、Kが出会い系サイトで女性との接触に成功し、栄生駅で待ち合わせたが、やってきた女性はK曰く「朝青龍みたいな女」だったため、連絡を受けたXは「お帰りいただきましょう」と返信した[書籍 19]

同日午後4時ごろ、K・X両名は、Hが待っていたパチンコ店に移動し、合流した[書籍 19]。3人はその後、地下駐車場で常連客の待ち伏せを続け、常連客がエレベーターで駐車場まで降り、レクサスで家路に就いたところを尾行し、その自宅と思われる千種区内の高級マンションまで、気付かれることなく尾行するのに成功した[書籍 19]。Kはリバティを降り、マンションの地下駐車場で様子見に行ったが、駐車場には少なくとも5,6台の防犯カメラが設置されていた[書籍 19]

この報告を受け、Hは「それじゃあ無理ですね」と、諦めたかのような発言をしたが、Kは「常連客の部屋に乗り込んで殺してしまえばいい。どうせ顔を見られるのだから、殺してしまった方が早いだろう」と[書籍 19][書籍 20]、語気を強めて主張した[書籍 19]。Kからの、強盗殺人の2度目の具体的な提案に対し、H・Xともに異議を唱えなかったため、強盗殺人の共謀が成立した[書籍 20]。しかし、マンションの警備が厳重なため、襲撃する計画はいったん中断し、再び緑区内のレンタルビデオ店駐車場に戻った[書籍 20]

3人は午後6時過ぎ、遅れてきたVと合流し、4人が初めて顔を合わせることとなった[書籍 20]。リバティはXが運転し、Kが助手席、Hが2列目シートの運転席後、Vが助手席後ろに座ったが、昼の待ち合わせから顔を見せなかったVに対し、Kは「自分は暴力団住吉連合の一員だ。オレオレ詐欺のTOPをやっており、群馬で2人殺したことがある」などと、いらだちを明らかにしながら告げた上で、「これだけの人間を何時間も待たせて、連絡もしないなんて指詰め物だぞ。お前は(暴力団)組織の人間じゃなかったんだろう」と迫った[書籍 20]

その上で、Kは「パチンコ店の常連客は自宅に押し入って殺すことに決めたが、お前はどう思うんだ」と、Vに迫り、Hも「やるのか、やらないのか」と畳みかけた[書籍 20]。これに対し、Vは「強盗殺人は、法定刑が死刑か無期懲役しかないから嫌だ」と言い[書籍 20]、Kは「じゃあ直接手を下さなくてもいい。俺とHがやる」と返した[書籍 21]

その後Xは、Vに対し、「いやなら降りてもいいよ」と言ったが、「人を殺すのは嫌だが、仲間外れにされるのも困る」と考えていたVは「そんなことは言っていないじゃないか」と反論した[書籍 21]。そのVに対し、Kは「Xが会社に勤めていた時、勤務先社長の息子宛に書留が来たのを、本人を装って受け取り、中身のクレジットカードを入手している。それを使って、買い物ができるか確かめてみろ」と提案した[書籍 21]。Vはその命令通り、コンビニエンスストアに向かい、Xが持っていた他人名義のクレジットカードで、たばこ2箱を買うことに成功した[書籍 21]

この時点では、「最初に声を掛け、車を提供し、最年長でもある」Xが暫定的なリーダー格、2番手のKも「犯罪歴・歯切れの良さでXに肉薄している」、Hは「順位争いには興味を示さず、むしろ2番手、3番手に成り下がろうとしつつ、犯罪のアイデアだけを淡々と提供し続けている」、という、微妙な力関係が生じており、最年少のVが下っ端という状況だった[書籍 21]

クレジットカードが使用可能だったことを受け、Kは「ドン・キホーテに行き、金のネックレスを買い、換金しよう」と提案した[書籍 22]。他の3人もこれに同意し、中川区のドン・キホーテに向かい、金のネックレスを購入しようとしたが、これは失敗に終わった[書籍 22]。「クレジットカードを照合する機械によって、結果が違うのでは」と考えた4人は、一宮市内のドン・キホーテに向かおうとしたが、その途中で、相性が良いと思われたコンビニを見つけたため、そこで再びたばこを買おうとしたが、これも失敗に終わった[書籍 22]

この結果を受け、金のネックレスを購入し、換金する計画は断念した[書籍 22]。Kはその後、偽装養子縁組の子役が日進市内のアパートに在住していたことを受け、そのアパートに向かうことになったが、アパートは既に引き払われた後で、Kが慌てて、子役に連絡を取ったところ、子役は「引っ越してもう何カ月も前から東京にいる」とのことだった[書籍 22]

これを受け、同日午後10時頃[新聞 3]、Hは「自分が常連として通っている、中川区内のダーツバーは、閉店間際ならば20万円から30万円と、1日の売り上げが現金として置いてある。閉店後、店長がバックヤードで1人、仮眠を取っているので、そこを襲うのはどうだろうか」と提案した[書籍 23]。Hは「自分は顔が知れているため、直接手は下さず、車内での見張り役・運転手役をする」[書籍 24]、という条件を提示したが、3人とも賛成し、標的のダーツバーに向かったが、この日は定休日だった[書籍 23]

しかし、Kが1人で車を降り、様子を見に行ったところ、エアコンの室外機が回り、人の気配があったことから、「押し入って店主を殺し、金を奪おう」ということで話がまとまった[書籍 23]。Vは、殺人行為を拒絶しており、Hも顔見知りであるため、手を下せなかったため、襲撃実行犯はK・X両名ということとなり、4人とも「互いに意味もない虚勢を張りつつ、Hき返すこともできず、殺人も辞さない強盗殺人集団のようになり、狂気に支配されていた」状態となっていた[書籍 23]

しかし、その中でもまだ冷静さを保っていたHは、この時点ではまだ小中学校の夏休みであり、オーナーの子どもが休日には、頻繁に店に泊まりに来ていることから、この日もいるかもしれない(子供を含めて2人殺さなくてはならなくなるかもしれない)と発言した[書籍 24]。同時にHは、自分は顔見知りであるため実行役はできないが、殺害するのなら話は別だ、とも発言したが、外の様子をうかがっていたKは、ダーツバーのすぐ後ろに、照明の点いた木造アパートがあり、店内で悲鳴を上げられた場合、そのアパートに筒抜けになる危険性を指摘した[書籍 24]。そのため、このダーツバーの襲撃は断念した[書籍 24]

日付が変わる直前の同日深夜、下っ端として扱われていたVは、「昨日から2日間ずっとこうしてるが、何の稼ぎもない。大の大人が4人も揃ってるんだから、逃げ腰にならずにすぐにやってしまえばいいじゃないか」と、不満を爆発させた[書籍 24]。Vは「住んでいるアパートの賃貸借契約期限が迫っている。契約更新の資金が欲しい」という理由から、Kら3人に対し「誰かを襲って金を奪い取ろう」と持ち掛けた[新聞 3]

これに対し、Kは「だったら、今から男でも女でも手あたり次第、誰彼構わずやってしまおう」と発言した上で、「若い女を拉致して金を奪い、キャッシュカードを奪い、暗証番号を言わせれば結構な金が手に入る。女をどこかに監禁しておけば、ついでに輪姦できる。ヤバくなったら、最後は殺してしまえばいい。女を拉致して金を奪ったことがあり、今もばれていない。」と発言し[書籍 25]、通行人の女性を通り魔的に襲撃し、殺害するという、強盗殺人などの計画を提案した[新聞 3]。これに対し、Vは言葉を濁したが[書籍 25]、H・X両名は賛同した[書籍 25][新聞 3]

その後、3人はターゲットについて話し合うこととなり、まずはキャバクラ嬢が候補に挙がったが、Kからは「キャバクラ嬢はホストクラブに通っているのが多いから、金を持っていない。やるならソープ嬢の方がいい」という意見が出た[書籍 25]。しかし、Xは「キャバクラ嬢にせよ、ソープ嬢にせよ、やるのは名駅になるが、車での逃走が難しい」と指摘し、暴力団関係者の父・兄がいたHも、「ソープ嬢は経験上、抵抗が激しい。また、バックに必ずヤクザがついている」として、風俗嬢をターゲットにすることに対し、終始消極的な態度を示した[書籍 25]。その後、XはHを自宅に送り届けたが、別れ際にHは、「明日やろう」と発言した[書籍 26]。そして、Kも原付で帰宅し、残るはX・V両名となった[書籍 26]

Xと2人きりになったVは、「空き巣でも強盗でもいいから、すぐに金が欲しい」と考えていた[書籍 26]。その一方で、殺人には強い抵抗感を示しており、「犯罪組織を結成して儲けよう。何かあれば最後は殺してしまえばいい」というKの考えとは相容れず、Kの態度も「自分を最初から見下している」と、強く不満を抱いていた[書籍 26]

このことからVは、Kを外して、自分とH・X両名の計3人で組みたいと考えており、多少共感していたXは、その旨をHに、電話で伝えた[書籍 26]。しかし、Hは「Kが持っている、覚醒剤・拳銃の密輸ルートを手放したくない」として、Kとの関係解消について消極的な態度を示した一方、それとは別の話として、単発側近になる2人の計画に対し、いつでも協力したいと表明した[書籍 26]

2007年8月23日

事件前日の8月23日、VはXに対し、豊橋市内のスーパーマーケットを襲撃しないかと提案したが、午前11時頃、XはV宛のメールで、「(強盗の)計画を立てていくには時間がかかりそうだ。Hと組んで、3人でパチンコ店の常連客を襲おう」と提案した[書籍 26]。Xは、Hに対し「Vがすぐにでも強盗をして、金を得たいと言っている」と報告すると、Hも「参加する」と答えた[書籍 27]。Xは昼頃、Hとリバティ車内で落ち合った際、Hから「ダーツバーの店長が売上金を持ち歩いているので、それを襲えばいい」と、新たな犯罪計画を提案された[書籍 27]

これを受け、H・X両名は、ダーツバー店長宅を下見に行き、襲撃することを約束し、XがいったんHを自宅に送り届けて別れたが、「今度もどうせうまくいかないだろう」と考えたXは、Hとの約束を反故にし、Vを呼び出し、名古屋市瑞穂区内のビデオ店で落ち合った[書籍 27]。『中日新聞』2007年8月31日朝刊によれば、Xは、Kに対しても、事務所荒らしを持ちかけたが、Kは「考え方が違う」などとして賛同せず、この日行われた事務所荒らしには加担しなかった[新聞 62]

Vはその場で、Xに対し「豊橋で狙っているスーパーがあるから、一緒に強盗をやろう」と提案を受けたが、下見に時間がかかるという理由から、Xがかつて住んでいた、瀬戸市に向かうこととなった[書籍 27]。その途中、Xは尾張旭市内のガソリンスタンドで給油した際、「ここは24時間営業なので、後でここに押し入ろう」と提案したが[書籍 27]、同店はXが利用していた頃こそ24時間営業だったものの、その後は午後11時閉店に変更されていたため、この計画は失敗に終わった[書籍 28]。その後、強盗のための道具を用意しようと考えたXは、午後8時ごろ、名古屋市守山区内のコンビニエンスストアで粘着テープを購入し、午後8時半ごろには、Vはジャスコ(現・イオン)にて、刃渡り18.6cmの包丁を万引きした[書籍 27]

その後2人は、スギ薬局で、店から出てくる店員を、包丁で脅して強盗しようとしたが、店内には客が多数おり、どこの出口から店員が出てくるのかもわからず、侵入の機会を掴めなかった[書籍 27]。閉店間際まで待った2人だったが、ますます客の数が増えたため、襲撃を断念した[書籍 28]

その後、前述のガソリンスタンドでの強盗も失敗に終わり、「あまりの馬鹿馬鹿しさに頭にきた」Vは、Xに対して反抗的な態度を取るようになった[書籍 28]。レンタルビデオ店を見つけたXは、そこで万引きwさせようと、Vを店内に向かわせ、ビデオを万引きさせたが、中身は空であり、相次ぐ失敗に、車内の雰囲気は更に険悪になっていった[書籍 28]

そんな中でXは、午後11時50分頃[新聞 61]、以前勤めていた[書籍 28]愛知郡長久手町(現・長久手市)内の水道工事会社事務所に[新聞 61]、手提げ金庫があったことを思い出し、その事務所に向かった[書籍 28]

日付が変わった8月24日午前零時過ぎ、Vはドライバーで[書籍 28]、1階入り口のガラスを割り[新聞 61]、ドアの施錠を外して、Xとともに金品を奪う目的で侵入した[書籍 28]。しかし金庫は見つからず、年少者ながら自分に反抗的な態度を取るVに対し、腹を立てていたXは、何も言わずにVを置き去りにし、そのまま車で現場を立ち去った[書籍 28]

所持金が200円程度しかなかったVは[新聞 61]、土地勘のない場所に[新聞 63]、そのまま1人取り残された[新聞 63]。Vは、「バカらしくなった」ことに加え[新聞 61]、犯罪を繰り返すことに嫌気が差していたこともあり、「これを転機に」と考え[新聞 63]、翌8月24日午前0時55分[新聞 60]、名古屋市名東区内の公衆電話から、自ら110番通報して自首した[新聞 61]

その後、署員が駆け付け、Vの身柄を確保した[新聞 60]。午前3時20分[新聞 60]、Vは建造物侵入・窃盗未遂容疑で[新聞 61]、愛知県警名東警察署に緊急逮捕された[新聞 63][新聞 61]

Vは、名東署の取り調べに対し、「闇サイトで1週間前(8月17日)、「山下」を名乗っていた共犯者Xに誘われ、盗みに参加した。Xと共謀し、数日間にわたって、窃盗などの犯罪を繰り返した」、「8月21日、豊川市内で、Xに加え、K・H両名とも会った」などと供述した[新聞 63]

3人はその後、ファミリーレストランで落ち合ったが、Kはその場で本名を名乗ったのに対し、Hは「田中」、Xは「山下」と、それぞれ偽名を名乗ったため、3人は互いの素性どころか、本名さえ知らないまま、共謀するようになった[新聞 17]

3人は、「仕事」について相談し始め、Kがその中で「女性を覚せい剤漬けにして、風俗店で働かせよう」、「(弱い)女性を襲って金を奪おう。顔を見られたら殺そう」などと提案した[新聞 61]。そして3人は、力の弱い女性を襲い、クレジットカード・キャッシュカードなどのカード類・金を奪って殺すという、強盗殺人の計画を立てた[新聞 17]

車の運転は、車を用意したXが行い、標的の拉致は、後部座席に座ったK・H両名が行った[新聞 17]

事件当日(2007年8月24日)

Xは、事件当日の8月24日午後3時頃、名古屋市緑区内のレンタルビデオ店駐車場に、リバティを駐車した[新聞 3]。その後、3時10分頃になって、K・H両名は、Xと合流した[新聞 64]。3人はその車内で、犯行について相談した後、さらに犯行計画を練ろうと、同市北区内のファミリーレストランで話し合った[新聞 3]

ファミリーレストランで3時間ほど時間を潰した3人は、犯行計画を話し合い、互いに強盗殺人を実行することを確認した[新聞 64]。この際、Hは「風俗嬢はあまり金を持っていない。やるならOLの方がいい」と提案したため、Kは「20歳代後半から、30歳代の、通行中のOL風の女性を拉致して、金を奪う。その後、犯行の発覚を阻止するため、被害者を殺害して、遺体を遺棄する」という、具体的な犯行の計画を立て、H・X両名も賛同し、共謀が成立した[新聞 3]

被害者を拉致(8月24日深夜)

3人は、OL風の女性を捜し出そうと、同日午後7時頃から、リバティで名古屋市内を走り回った[新聞 3]。その間、「金持ちが住んでいそうだ」として、千種区内を中心に[新聞 6]覚王山駅から本郷駅にかけ、名古屋市営地下鉄東山線沿線を徘徊し[新聞 65][新聞 64]、通行中の女性を次々に物色し、襲撃の機会をうかがったが、A子以前の4人は、いずれも失敗に終わった[新聞 3][新聞 59]

3人は、同日午後11時頃[新聞 59]、同市千種区春里町2丁目の路上で[新聞 66]、地下鉄本山駅から徒歩で[新聞 64]、数十メートル先の自宅に帰宅しようと[新聞 66]、夜道を1人で歩いていたA子を発見した[新聞 3]。Xは、リバティを運転して[新聞 3]、A子の後を、数十メートルにわたって尾行した[新聞 6]。この際、A子をいったん追い越し、同区春里町の路上で停車し、待ち伏せした[新聞 3]

その10分後となる、午後11時10分頃[新聞 59][新聞 67]、A子がリバティの右脇を通り過ぎた際、Hが後部ドアを開けて降車した[新聞 3]。Hは、A子に「すみません」と声を掛け[新聞 6]、道を尋ねるふりをしつつ、その背後から近づき、A子が立ち止まったところを、口で右手をふさぎ、体を抱え込み、後部ドアから押し込んだ[新聞 3]

拉致現場周辺は、名古屋市営地下鉄名城線自由ヶ丘駅から徒歩10分程度で、夜間は薄暗く、人気はないが、住宅・団地が並ぶ高台の道で、事件当時から街灯も整備されており。地元では「安全な道」とされていた[新聞 68]。しかし、夜間になると人通りはほとんどなく、拉致されたところを目撃した人もいなかった[新聞 61]。3人がA子を狙った動機は、「真面目で貯金をしていそうだったから」という理由だった[新聞 6]

そのまま、Xが運転する車内で[新聞 17][新聞 69]、Kの足元である[新聞 17][新聞 69]、助手席側の後部座席足元の床に[新聞 70]、A子を押し込み[新聞 62]、K・H両名が、後部座席でA子を挟むようにして座った[新聞 17][新聞 69]

3人は、A子に手錠をかけ[新聞 6]、現金約6万2000円を奪った[新聞 6][新聞 67]

その後、K・H両名は、Xに対し、「人の来ない場所はないか」と尋ねた[新聞 71]。これを受けXは[新聞 71]、A子を人目に付かない場所に連行するため、愛知県愛西市佐屋町西新田の[新聞 1][新聞 2]国道155号沿いにある[新聞 1][新聞 2]、拉致現場から約20km西方の[新聞 71]、殺害現場となった[新聞 3]、屋外駐車場まで[新聞 72]、A子を連行した[新聞 3]

殺害現場一帯は、津島市内のかつてのX宅付近で、Xはこの周辺に詳しく、夜間は人気が無いことも知っていたものとみられた[新聞 71]。また、この駐車場は、付近のレストランの屋外駐車場だったが[新聞 72]、事件直前はほとんど使われておらず、人通りも少なく、近隣住民曰く「照明がなく、夜は真っ暗になる」場所だった[新聞 42]

被害者を脅迫・殺害(8月25日未明)

愛西市内の駐車場に駐車した車内で[新聞 73]、K・H両名は[新聞 8]、A子を脅し、キャッシュカード2枚を奪った[新聞 6]

その上で、刃渡り約18.6cmの包丁を使用し[新聞 67]、A子の脚に、包丁を突き刺す真似をしながら[新聞 8]、「キャッシュカードの暗証番号を教えろ。教えないと本当に殺すぞ」[新聞 67]、「この包丁は100円ショップの包丁で、切れ味が悪いんだよ。死ぬまでに最低5,6回は刺さないと死ねないかな」などと[新聞 8][新聞 67]、A子を執拗に脅迫しつつ[新聞 8]、キャッシュカードの暗証番号を聞き出そうとした[新聞 73]

これに対し、A子は「2960」と、虚偽の暗証番号を教えた[新聞 74][新聞 75]。A子は、幼少期に死亡した父親が、母親とともに、「マイホームを持ちたい」という夢を語り合っていたことから、その夢を叶えようと、母親には秘密で、銀行口座に数百万円の貯金をしていた[新聞 75]

しかし3人は、本当の暗証番号を聞き出したと思い込み[新聞 3]、Xが携帯電話で「2960」を押し、発信履歴を残した[新聞 74]

3人は、事前に具体的な殺害場所までは計画していなかったため、K・H両名が、いったん車外に出て[新聞 64]、その場で殺害するかどうか相談していた[新聞 73][新聞 64]

しかし、車内に残っていたXが[新聞 64]、2度にわたって[新聞 64]、A子を強姦しようと[新聞 3]、A子に覆いかぶさった[新聞 67]。これを受け、A子は悲鳴を上げるなど、激しく抵抗した[新聞 64]

A子の悲鳴に気付いたKは[新聞 64][新聞 67]、Xに対し、「そういうことはしないと決めているだろう」と制止したため[新聞 64][新聞 73]、未遂に終わった[新聞 3]

しかし、翌8月25日午前零時過ぎ[新聞 3]、Xから強姦されそうになったことで、A子の目が回りを探るようになり、「逃げ出そうとする雰囲気を感じたため」、K・H両名は、この場で話し合い、直ちにA子を殺害することを決めた[新聞 64][新聞 3][新聞 73]。そこで、午前1時頃、K・H両名は、A子の首を絞めるなどし、それを見たXも、ここで被害者を殺害することになったと理解し、犯行に加わった[新聞 3]

A子は「話を聞いて」などとすがったが[新聞 74]、K・H両名は聞く耳を持たず、A子の首をロープなどで絞め、ハンマーでA子の顔を5回殴った[新聞 74]

さらに、A子の顔面全体を覆うように、粘着テープを31周にわたって巻き付けた[新聞 3]。これに加え、Hがハンマーを購入したホームセンターのレジ袋を、A子の頭にかぶせ[新聞 62][新聞 76]、更に粘着テープを巻き付けた[新聞 74]

しかし、弱いながらも脈が残っていたことから、Kは左手に持った金槌で、A子の頭を[新聞 3]、40回から50回にわたって殴打し[新聞 74]、首をロープで絞め[新聞 67]、窒息死させた[新聞 3]

遺体遺棄(8月25日午前)

殺害後、K・H・Xの3人は、A子の遺体を車内に積んだまま、いったん同県一宮市方面に北上した[新聞 65]。その後、小牧市付近から高速道路に乗り、いったんは名古屋市方面に南下し、名古屋高速道路を降り、国道19号に入った[新聞 65]。その後、Xは「夜が明ける前に遺体を捨てよう」としたのか[新聞 71]、国道19号を再び北上し、岐阜県に入った[新聞 65]。それまで、3人が愛知県内を迷走していたのは[新聞 65]、人目につきにくいATMのある場所を探し回っていたものと思われたが、結局3人は、現金を引き出すことはできなかった[新聞 71]。その途中、スコップ2本を窃盗し、山林に遺体を遺棄する際に使用した[新聞 62][新聞 77]

3人は、8月25日午前4時40分頃[新聞 59][新聞 78]岐阜県瑞浪市稲津町小里の[新聞 1][新聞 2]岐阜県道33号瑞浪上矢作線から20mほど入った[新聞 1]、「御料林橋」北東山林内の[新聞 2]廃道脇に[新聞 42]、A子の遺体を遺棄した[新聞 3]。3人は、スコップを使い、遺体を地中に埋めようとしていたが、結局は、遺体の下半身に少し土をかぶせただけで、現場から逃走した[新聞 77]。遺棄現場付近には、かつてXが車で訪れた観光施設があったという[新聞 71]

A子の遺体を遺棄した後、事件から約8時間半後となる[新聞 74]、午前9時ごろから11時頃にかけ[新聞 59]、Xが、一宮市内のコンビニエンスストアで[新聞 73]、奪ったキャッシュカードで、現金自動支払い機(ATM)から、A子の預金を引き出そうとした[新聞 79]。しかし、殺害前に聞き出した「2960」を、暗証番号として入力したところ、エラー表示が出た[新聞 79]。3人は、他にもう1か所、ATMを訪れ、預金の引き出しを再度試したが、暗証番号が合わず、引き出しに失敗した[新聞 59]

その後3人は、25日夜[新聞 59]東海旅客鉄道(JR東海)名古屋駅前に再び集まる約束をした[新聞 77]。その後、名駅付近で、別の女性を襲撃し[新聞 78]、金品を奪って殺害する計画を立てており[新聞 59]、計画は集合後に練るはずだったという[新聞 77]。そして3人は、いったん帰宅するなどして、それぞれ別れた[新聞 80]

Hは事件後、第二の犯行について、消極的な態度を取っていたXに対し、電子メールで「怖がっているんじゃないか?」などといった趣旨の文言を送り付けていた[新聞 81]。Xは普段、名古屋市緑区内の店舗駐車場で寝泊まりしていたため、その付近に戻った[新聞 80]

Kは、遺体を遺棄した直後の25日朝、勤務先の社長に対し、「2日間休んで、27日に出勤します」と電話していたが、その口ぶりからは、動揺は少しも感じられなかったという[新聞 17]

捜査

2007年8月25日(事件発覚)

Xの自首による事件発覚

8月25日午後1時半頃、愛知県警察本部に対し、男の声で「仲間3人で、女性を車に拉致して、現金などを奪った。その後、女性を殺害し、岐阜県内に埋めた」という電話があった[新聞 1][新聞 15][新聞 2][新聞 82]

この男(X)が、名古屋市緑区内のショッピングセンターにいたことが判明したため、応対した当直の警察官は、Xに対し、その場にとどまっているように伝えた[新聞 1]。その後、午後2時15分頃[新聞 2]、駆け付けた緑警察署機動捜査隊員らが[新聞 80]、Xの身柄を確保した[新聞 1][新聞 2]

その後、千種警察署にXの身柄を移送し、任意での事情聴取を続けた結果、Xは「女性から7万円・キャッシュカードを奪った。顔を見られたので、ハンマーで顔を滅多打ちにして殺した」などと供述した上で[新聞 1][新聞 82]、「死刑になるのが怖いので自首した」[新聞 1][新聞 2][新聞 82]、「自分は運転手役だった」とも供述した[新聞 82]

K・H両名の身柄確保、死体遺棄罪で逮捕状請求

そしてXは、愛知県警に対し、共犯者2人の存在を告げたため[新聞 80]、愛知県警捜査一課・千種署は[新聞 1]、共犯者の捜査を開始した[新聞 80]

まず、Xが知っていた、Kの携帯電話番号から、Kの住所を特定した[新聞 80]。また、犯行標的を物色するため、3人で車に乗って走り回った際、XがHを迎えに行ったことから、Hの自宅についても特定した[新聞 80]

住居特定後、愛知県警は、3人が25日の実行を決めていた「第二の犯行計画」を利用し、K・H両名の身柄を、相次いで確保した[新聞 1][新聞 2][新聞 80]

まず午後7時過ぎ、Xと合流しようと、自宅からオートバイで出掛けようとしていた[新聞 80]、Kの身柄を確保した[新聞 1][新聞 2][新聞 80]。この際、現金引き出しに失敗した、A子のキャッシュカードを、Kが所持していたため、愛知県警が押収した[新聞 78]。 さらに愛知県警は、Xに電子メールを送信させ、H宛てに「午後10時過ぎ、Hの自宅マンション前で落ち合う」という約束をさせ、捜査員を張り込ませた[新聞 80]。その後、約束の時間に自宅から出てきたHを、張り込んでいた捜査員が[新聞 80]、その場で取り押さえ[新聞 80]、身柄を確保した[新聞 1][新聞 2][新聞 80]

県警は同日、K・H・Xの被疑者3人に対し、いずれも死体遺棄容疑で、逮捕状を請求した[新聞 82]

遺体発見

また同日、Xが供述した通り[新聞 1]、岐阜県瑞浪市稲津町小里の「御料林橋」北東の山林内を通る[新聞 2]、道路脇で[新聞 82]、A子の遺体が、顔に粘着テープを巻き付けられるように貼られ[新聞 1]、服を着たまま[新聞 1]、下半身に土がかぶせられ[新聞 1]、両手に前で手錠がはめられ、テープを巻かれた状態で発見された[新聞 2]

2007年8月26日(死体遺棄罪で被疑者3人を逮捕)

翌8月26日、愛知県警捜査一課・千種署は、特別捜査本部を設置し、K・H・Xの被疑者3人を、A子の遺体を遺棄したとして、死体遺棄容疑で逮捕した[新聞 2][新聞 16][新聞 17]

取り調べに対し、3人はいずれも逮捕容疑のほか、A子から金を奪ったこと、殺害したことについても認めた[新聞 2]

その上で、動機を「金に困っていた」として[新聞 42]、「A子と面識はなかった。誰でもよかった」、「金を奪うなら、弱い女性がいいと思った」と供述した上で、「名古屋市内で、犯行のための打ち合わせのようなことをした」とも供述した[新聞 2]

そして、殺害方法については、「ハンマーのようなもので、頭を50回ぐらい殴った」と供述し、複数の凶器も発見された[新聞 2]

このことから、特捜本部は、3人が事前に犯行を計画した上で、金目当てに、見ず知らずの女性を拉致したとみて、強盗殺人容疑でも、3人を追及した[新聞 2]

また、運転手役だったXが、殺害現場付近の愛西市内で勤務していたことがあったため、特捜本部は、Xが土地勘のある場所に向かった可能性があるとみて、引き続き追及した[新聞 42]

Xが「死刑になるのが怖いから」と自首したことについて、逮捕を報じた『中日新聞』2007年8月27日朝刊第一社会面記事は、「金欲しさに、何の落ち度もない女性を拉致して殺し、挙句に『死刑になりたくないから』と自首したとは、あまりにも身勝手だ」、「自首の動機として『死刑になるのが怖いから』だけでなく、『被害者がかわいそうになったから』とも供述しているが、まるでゲーム感覚で犯した自らの行為を、今更悔やんでも遅い」と非難した[新聞 17]

2007年8月27日

翌8月27日までの捜査で、愛知県警捜査一課・千種署の特捜本部による取り調べにより、3人は、A子が拉致されている最中、「殺さないでください」と懇願したのを無視し、凶器のハンマーで、頭を滅多打ちにして殺害したことが判明した[新聞 69]。同日、特捜本部は3人を、名古屋地方検察庁送検した[新聞 69][新聞 78]

犯行に使用された車は、Xが運転し、K・H両名が、後部座席でA子を挟むようにして座っていた[新聞 69]。このうち、Kが中心となって、A子に包丁を突き付けて脅し、現金約7万円・複数のキャッシュカードを奪った[新聞 69]

また、Kは犯行前、凶器・手錠・睡眠薬のようなものを、それぞれ事前に用意しており、最初から「女性から金を奪い、殺害し、遺体を遺棄する」計画だったことがうかがえた[新聞 69]

8月27日、愛知県警特捜本部の取り調べの結果、最初に共犯者を募ったXより、呼びかけに応じたK・H両名が、犯行において、積極的な役割を果たしていたことが判明した[新聞 81]

同日、A子の遺体を司法解剖した結果、死因は窒息死と判明した[新聞 81]。A子の遺体は、額から鼻・口にかけて、布製粘着テープが何重にも巻かれ、息ができない状態になっており、その上に透明の袋がかぶせられ、さらにテープが巻かれていた[新聞 81]。頭部はハンマーで殴られていたが、直接の死因は窒息死とみられた[新聞 81]

また同日、名東署から特捜本部に、「『闇の職安』を使った事件があった」との情報提供があり[新聞 61]、拉致殺害事件直前に、Xと行動を共にしていた男Vが、建造物侵入未遂容疑で、愛知県警名東署に緊急逮捕されていたことが判明した[新聞 63]

Vは取り調べで、闇サイトで知り合った共犯者の存在に言及していたことから、愛知県警が拉致殺害事件発生前に、犯行グループの存在を把握していた可能性があったこと[新聞 63]、Vからの供述次第で、Kら3人の身柄を確保できた可能性が、それぞれ指摘された[新聞 83]

しかし、この時点で判明していた事実は、「Vが逮捕されたのは、A子が拉致・殺害されたのと同じ8月24日」という点だけで、愛知県警名東署幹部は、『朝日新聞』の取材に対しても、「(第4の男=Vが)逮捕されているかどうかも言えない。逮捕されていても、さらに他の共犯者がいるかもしれない」「として、Vが自首・逮捕された時間」、「Vの逮捕後、どのような捜査をしたか、Vはどのような供述をしたか」、「Vは、K・H・Xの3人が行った拉致・殺害の謀議に参加したのか」などの点については、一切公表しなかった[新聞 83]

通夜・葬儀

8月28日、A子の遺体が納められた棺が、当時母親と2人で住んでいた、春里町の市営住宅内に運び込まれた[新聞 84]

突然降りかかった悲劇を受け、A子の母親並みならず、常連として同年4月頃から通っていたという囲碁喫茶店の経営者、生前登録していた人材派遣会社役員ら、知人たちからは、やり場のない怒り、悲しみの声が上がった[新聞 84]

同日夜、千種区千種通の吹上愛昇殿で、A子の通夜が営まれ、以後仲間・近隣住民らが参列し、冥福を祈った[新聞 85]

参列した知人らは、「残業しても文句も言わず、心優しい人だった犯人を許せない」(同僚女性)、「今までで一番悲しい葬儀だ。犯人が憎い、この手で殺したい」(遠戚の女性)など、怒り・悲しみの声が漏れた[新聞 85]

翌29日、葬儀が営まれた[新聞 76][新聞 86]

A子は生前、2007年3月にウェブログを開設し、自ら訪れた飲食店を[新聞 87]、美しい写真・丁寧な文章で紹介していた[新聞 76]。8月6日には「会社の食事会で、中区のフランス料理店を訪れた。また行きたくなるようなお店だったので、今度は親しい友人とまったり来たい」という内容で更新していたが、これが最後の更新となってしまった[新聞 87][新聞 76]

事件を受け、ブログのコメント欄には、「なぜあなたがこのような事件に巻き込まれてしまったのか、言葉が出ない」、「一人ぼっちで、3人の鬼畜の如き男たちに囲まれて、怖かったことでしょう、痛かったことでしょう」、「いつか必ずあなたに会いに行くからね」など、知人らの手により、追悼のコメントが多数寄せられた[新聞 87][新聞 76]

A子は、幼少期に父親を亡くし、事件現場付近の市営住宅に、母親と2人暮らしで、名古屋鉄道(名鉄)などが出資し、大手企業と取引している人材派遣会社に勤務していた、派遣社員だった[新聞 42][新聞 72]。同月末で、派遣先の会社を退職することとなっており、事件当日の夕方、同僚が送別会を開いていた[新聞 75]。またA子は、通常は午後7時半頃には帰宅するが、事件当日の24日夜は、午後10時頃、たまたま現場を1人で歩いていたところを襲われた[新聞 61]

また、生前には、中区新栄の喫茶店で開かれる囲碁会に参加しており、「初段になる」という目標の下、熱心に対極に取り組んでいた[新聞 88]。また、参加者拉致に手作りのプリンを振る舞うなど、優しい性格で、囲碁仲間たちからも慕われていた[新聞 88]。事件直前には、囲碁を通じて知り合った男性と交際を開始し、殺害された8月25日には、デートの予定を入れていた[新聞 88]

2007年8月28日

特捜本部による、8月28日までの捜査の結果、Kら3人は、闇サイトを通じて知り合って以降、犯行に及ぶまでの約1週間、ほぼ連日、夜間の名古屋市内を、Hの自宅周辺である東区や、北区・千種区などを中心に、車で走り回りつつ、金を奪うために襲う標的として、女性を物色していたことが判明した[新聞 61]

同日、名東署は、拉致殺害事件の直前、Xとともに事務所荒らしをしたVについて、24日午前3時20分に緊急逮捕していたことを発表した[新聞 60]。名東署長・杉本明彦は、「Vは、自分が逮捕された後、Xらが拉致事件の計画を立てたことを知らず、署としても予想できなかった。時間的にも、拉致事件の阻止は無理だった」と語った[新聞 60]。特捜本部は、Xの車から、窃盗に使用されたとみられる、事務所荒らしの際に入り口などをこじ開ける、多数の工具を発見・押収した[新聞 60]。Xは、取り調べに対し、Vが事務所荒らしの共犯だったことを認めた[新聞 60]

また、襲撃の道具を事前に用意していた一方で、標的を拉致した後の行動について、3人それぞれの思惑が一致していなかったり、遺体を遺棄するのに使用したスコップを、殺害後、遺体遺棄現場に向かう途中、盗んで入手したりと、場当たり的な犯行だったことも判明した[新聞 77][新聞 89]

殺害の動機について、3人とも「顔を見られたから」と供述した一方で、事前に顔を隠そうとしていた者はいなかった[新聞 77]

2007年8月29日

特捜本部には、8月29日までに、「同年6月から7月頃にも、闇サイトで共犯者を募るXの投稿を見た」との情報が寄せられた[新聞 56]。取り調べに対し、Xは「以前から何度も闇サイトを利用し、共犯者を募る投稿をしていた」と、投稿を認める供述をした[新聞 56]

また、犯行に使われた日産・リバティは盗難車で[新聞 56]、2006年4月頃、盗難情報が出されていた[新聞 70]。そのリバティに付いていたナンバープレートは、Xが2003年8月頃、中古車販売店から購入し、Xを使用者として登録してあった、トヨタ・スターレットのナンバープレートを、付け替えていたものだったことが判明した[新聞 56]

なお、Xのリバティ車内には、睡眠導入剤があったが、犯行に使われた形跡はなかった[新聞 76]

これに加え、3人がA子を殺害した際、A子の頭にかぶせたのは、事前に凶器のハンマーを購入した、ホームセンターのレジ袋だったことが判明した[新聞 76][新聞 90]

また、K・H両名は、X・V両名から、事務所荒らしなどの方法で金品を得ようと提案されたが、この話を後で知らされた際、「自分たちは考え方も、方法も違う」として、参加しなかったことが判明した[新聞 91]

2007年8月30日以降

8月30日までの捜査の結果、Kら3人の、犯行前後の行動の全容が判明した[新聞 65]

なおこの際、「ハンマーなどの凶器は、もともとXが、事務所荒らしをするため、ドライバーなどとともに購入した」と報道されたが[新聞 62]、後に、実際にハンマーを購入したのは、Hであることが判明している[書籍 16]

8月31日までの捜査の結果、拉致・殺害行為は、主にK・H両名が積極的に関与していた一方で、運転手役だったXは、殺害現場・遺体遺棄現場を、それぞれ自分で決め、他の2人を案内していたことが判明した[新聞 71]。K・H両名は、殺害・遺棄現場ともに土地勘はなく、Xには特に、行き先は指示していなかったため、特捜本部は、3人はそれぞれの役割を分担し、共謀して犯行に及んだとみて、引き続き3人を追及した[新聞 71]

9月1日、愛知県警は、犯行に使われた車である日産・リバティを公開した[新聞 70]。押収時、A子が押し込められた、助手席側の後部座席足元付近には、血痕が残り、事件の凄惨さをうかがわせた[新聞 70]。また、車内からは、凶行に使われた粘着テープ・ハンマーなどが見つかった[新聞 70]

被疑者3人は、9月12日までの取り調べに対し、「互いに面識がなく、虚勢を張り合ううち、金目当ての犯行内容を謀議するうちに、計画がエスカレートし、『拉致して殺そう』と話し合った」などと供述した[新聞 92]

Kの弁護人による記者会見(2007年9月6日)

9月6日、Kの弁護人が、名古屋市内で記者会見し、Kとの接見で聞き出した、事件の経緯を説明した[新聞 64][新聞 73]。この会見によれば、Kは闇サイトを通じ、犯行グループに加わったが[新聞 73]、初めにVを含め、4人出逢った8月22日時点では[新聞 64]、「他の3人が、強盗や強盗殺人をする相談をしていた」と主張し、強盗殺人を主導したことを否定した[新聞 73]。このうちVは、「考え方の違い」から、強盗殺人の計画から離脱したが、Kはその後、残ったH・X両名とともに、犯行を決行した[新聞 73]。そして、8月24日の事件当日は、「強盗殺人をすることが前提になっていた」と語った[新聞 64]。また、Kは、殺害の具体的な経緯についてや、3人の殺害実行時の役割について説明し、「3人とも殺害行為に直接関与した」と主張した[新聞 64]。この会見は、Kが「一部報道に誤りがある」と主張したことを受け、弁護人が開いたもので[新聞 64]、Kはこの面会の際、「極刑になっても責任は償う」と語っていたという[新聞 64][新聞 73]。一方、Xについては、「強姦しようとしながら、自首して責任を逃れる態度は不満だ」と、納得できない様子も見せていたという[新聞 64]

実況見分

愛知県警特捜本部は9月8日、殺害現場・遺体遺棄現場などで、被疑者の立ち合いの下、実況見分を開始した[新聞 93]。この日は、捜査員がXを、捜査車両に乗せ、殺害現場・着替えのシャツなどを購入したディスカウント店などを回った[新聞 93]。この際、Xには、遺体を車で運んだ際の行動を再現させ、捜査員が写真を撮影した[新聞 93]。3人とも、いずれも容疑を認めてはいたが、供述に矛盾があることから、特捜本部は翌9月9日以降も、同様にK・H両名を、それぞれ別々に立ち会わせ、裏付け捜査を進めた[新聞 93]

事件発生から1か月となる2007年9月24日、愛知県警特捜本部は、Hを拉致現場などに立ち会わせ、実況見分を行った[新聞 66]。特捜本部は、HがA子を視認した、千種区の千種署自由ケ丘交番付近から、拉致現場とされる春里町2丁目(A子宅から数十メートル)、愛西市の殺害現場への経路などを、Hを立ち会わせて確認した[新聞 66]。特捜本部は、25日以降、K・X両名についても、それぞれ別々に現場に立ち会わせた[新聞 66]

刑事裁判

死体遺棄罪で起訴・強盗殺人罪などで再逮捕(2007年9月14日)

名古屋地方検察庁は、2007年9月14日、3人が共謀した上で、A子の遺体を瑞浪市内の山中に遺棄したとして、当初の逮捕容疑である死体遺棄罪で、K・H・Xの被疑者3人を、名古屋地方裁判所起訴した[新聞 44]

愛知県警特捜本部は同日、強盗殺人営利目的略取逮捕・監禁の各容疑で、3人を再逮捕した[新聞 44][新聞 6]

3人とも、殺害の実行行為に加わったとして、いずれも容疑を認めた上で、「金を奪った後、生かして帰すと、顔を見られることもあるし、車のナンバープレートからも足がつく」と、殺人にエスカレートした動機を、具体的に供述した[新聞 6]。また、A子を狙った理由については、「真面目で貯金をしていそうだったから」と供述し、千種区内で標的を物色した理由については、「金持ちが住んでいそうだったから」と供述した[新聞 6]。また、「反省はしていない」、「謝罪する気持ちはない」などとも供述した[新聞 6]

9月14日までの取り調べに対し、3人はそれぞれ、犯行当日の謀議で、女性を拉致・殺害することを決めた、という点を認めた[新聞 44]。しかし、Kは「自分が加わった際、既に強盗殺人をすることが決まっていた」、Xは「当初は殺すことまでは想定していなかった」などと、それぞれ殺害について、主導的な役割を果たしたことを否認した[新聞 44]。また、A子を狙った理由については、「真面目そうで、金を貯め込んでいるように見えたから」と供述した[新聞 44]

強盗殺人罪などで追起訴(2007年10月5日)

名古屋地検は、2007年10月5日付で、K・H・Xの3被告人を、営利略取・逮捕・監禁・強盗殺人の各罪状で、いずれも名古屋地裁に追起訴した[新聞 8][新聞 67]。Xについては逮捕、被害者遺族から、強盗強姦未遂罪での告訴があったため、「事実が認定できる証拠がある」として、同日、さらに同罪でも追起訴した[新聞 8][新聞 67]

Kは公判前、精神的な不安から体調を崩し、名古屋拘置所内の自室で、首を吊って自殺を図った[新聞 94]。この時Kは、拘置所職員がすぐに発見したため、一命を取り留めたが、その後もめまいなど、体調不良を訴えたため、初公判時は車いすで移動していた[新聞 94]

公判前整理手続(2007年12月27日 - 2008年9月22日)

名古屋地方裁判所近藤宏子裁判長)は、2007年11月13日までに、3被告人について、第1回公判前整理手続を、同年12月27日に開くことを決めた[新聞 95]

2007年12月27日、公判前整理手続第1回協議が、名古屋地裁(近藤宏子裁判長)で開かれた[新聞 96][新聞 97]。それまでの、愛知県警・名古屋地検などの取り調べによれば、被告人3人とも、殺害の実行行為に加わったことについては、大筋で認めたが、事件を主導したのが誰かという点について、言い分が異なっていた[新聞 96]。3人のうち、Hは認否を明らかにしなかった一方で、K・X両名は、起訴事実を認める意向を示していたが[新聞 96]、協議には3被告人全員が出席したものの、起訴事実の認否は行わなかった[新聞 97]。この日の協議は、今後の協議日程、争点を明らかにするための証拠などについて話し合われ、約30分で終わった[新聞 97]

以降、2008年3月11日に第2回、2008年4月14日に第3回、2008年5月13日に第4回、2008年6月3日に第5回、2008年6月30日に第6回、2008年7月31日に第7回、2008年9月22日に第8回と[その他 2]、公判前整理手続が計8回行われ、どの証拠・証人を調べるかや、争点の絞り込みなどを続けてきた[新聞 98]。『中日新聞』の取材に対し、Kは「(犯行は)覚悟の上でやった音なので、罪に対して言い逃れすることはない」と語った[新聞 98]

2008年7月31日、名古屋地裁で行われた公判前整理手続きで、協議による調整の結果、K・H・Xの3被告人について、同年9月25日、初公判を開くことが決定した[新聞 99][その他 3][その他 4]

2008年9月22日、名古屋地裁で行われた公判前整理手続で、公判日程が指定された[新聞 100]。同年9月25日に初公判を開き、計18回の公判で、証人尋問・被告人質問など、証拠調べを行った上で、翌2009年1月20日に論告求刑公判、同年3月18日に判決公判を開くことが決まった[新聞 100]

第一審・名古屋地裁

初公判(2008年9月24日、冒頭陳述・罪状認否)

2008年(平成20年)9月24日、名古屋地方裁判所近藤宏子裁判長)で、被告人3人(K・H・X)の初公判が開かれた[その他 5][新聞 101][新聞 94][新聞 102]

冒頭陳述で検察側は、被告人3人が、携帯電話でインターネット上の闇サイトに頻繁にアクセスし、知り合った状況を指摘するとともに、Xは保険金詐欺、Kは偽の養子縁組など、それぞれ違法行為を計画したが、いずれも失敗に終わったことを指摘した[新聞 101]。その上で検察側は、被告人3人が、ファミリーレストランで犯行の謀議をし、OL風の女性を拉致し、金を奪って殺すなど、具体的な犯行計画を練るなど、共謀を図ったことを指摘した[新聞 101]

続いて、3被告人の弁護人も、それぞれ冒頭陳述を行い、「ファミリーレストランでは、殺害までの具体的な犯行計画は練っておらず、この時点では共謀は成立していない」と反論した[新聞 101]。共謀が成立した時期について、Kの弁護人は「ファミリーレストランを出て、車に乗り込んだ時点」、Hの弁護人は「殺害現場で、A子からキャッシュカードの暗証番号を聞き出した時点で、殺すことに同意した」と、それぞれ主張した[新聞 101]。また、Xの弁護人は「殺害行為には、K・H両名が、A子の首を絞めるなどしていたため、やむを得ず加わった。犯行後に警察に自首したことで、新たな犯行を防ぐことができた」と主張した[新聞 101]

罪状認否では、3人ともA子の殺害自体は認めたが、Xは「殺害方法の順序が違う」と主張し[新聞 101][新聞 102]、またHは「被害者に手錠はかけていない」、Kは「共犯者が違う供述をしている」と、それぞれ「罪を擦り付け合うような」主張のやり取りをした[新聞 102]

第2回公判(2008年10月10日、証人尋問)

2008年10月10日、第2回公判(証人尋問)が開かれた[新聞 103][新聞 104][新聞 105]

同日の公判で、事件直前まで3人と行動を共にしていたVが[新聞 104]、検察・弁護側双方の証人として出廷した[新聞 105]。Vは、事件の3日前(8月21日)、H・X両名と初めて顔を合わせたが、「一緒に強盗しようと話をしただけで、殺害や女性を拉致するという話は全く出ていなかった」と証言した[新聞 105]。その上で、「翌日(事件2日前の8月22日)、打ち合わせの場に戻ると、Kもいて、Kは『顔を見られてやばくなるくらいなら、殺して海に捨てよう』などと持ち掛けてきた。Kが主導権を握っているような感じだった」と証言した[新聞 105]。この際になされたという「殺害の提案」について、K・H・Xの3名は「冗談交じりで行った」、「見栄を張った」と主張したが、Vは「22日、4人で会った時、人を殺すかもしれないと感じ、計画から外れようと思った」と証言した[新聞 104]

第3回公判(2008年10月14日、証人尋問)

第3回公判(2008年10月14日)でも、引き続き証人尋問が行われ、K・H両名それぞれの弁護人から、反対尋問が行われた[その他 6]

第4回公判(2008年10月31日、証人尋問)

第4回公判(2008年10月31日)で、検察側・弁護側・名古屋地裁から、それぞれ最終的な尋問が行われた[その他 7]

同日、証人として出廷したVは、証人尋問で、「グループ内部では、Kが主導権を握っていた。Kがグループに加わるまでは、強盗殺人の話は出ていなかった」と証言した[新聞 106]。その上でVは、事件前、自身がXと2人だけで窃盗未遂事件を起こしたことについては、「自分に対して上から目線の話し方をしてくるなど、Kの態度が気に入らなかった。一緒に犯罪をしたくないと思ったし、強盗殺人をするのも嫌だったから」と述べた[新聞 106]

第5回公判(2008年11月5日、証人尋問・被告人質問)

第5回公判(2008年11月5日)は、Xの公判が分離して行われた[その他 7][新聞 106]

この日は、証人尋問などが行われ[その他 8]、当時事件を担当した愛知県警捜査一課の警部が、「Xが通報してこなくても、Xとともに別の窃盗未遂容疑で起訴されたVが、この時点で既に逮捕されていたことなどから、K・H・Xの3人が捜査線上に浮かび、検挙することは可能だった」と証言した[新聞 107]

また同日、Xに対する被告人質問も開始され[新聞 108]、事件前の動向・殺害状況などが明らかになった[新聞 74]

Xは、「犯行前、名古屋市営地下鉄東山線沿線の覚王山本山一社本郷各駅付近の高級住宅街で、ほかにも15,16人くらい、K・Hとともに、ATMで金を下ろした女性などを、車で追いかけた。しかし、周囲に人通りが多かったため、手を出せず、その後、本山駅近くで、帰宅途中のA子を襲撃した」などと述べ、帰宅途中の女性を執拗に狙った末に、犯行に及んだことを明らかにした[新聞 108]

またXは、「K・Hとともに、当初から女性を拉致して監禁した上で、金を奪って殺害する計画を話していた」ことを明らかにし、その上で殺害時の様子についても、詳細に供述した[新聞 107]

この際、Xは「命を奪われてまで、A子が嘘をつくはずはないと思った」と語ったが、被告人3人に脅されても、母親とともに夢見ていたというマイホーム資金を守ろうとしたのか、虚偽の暗証番号を教えるなど、A子が最期まで、生きる希望を失っていなかったことが明らかになった[新聞 74]

第6回公判(2008年11月7日、被告人質問)

第6回公判(2008年11月7日)では、前回に続き、Xに対する被告人質問が行われた[その他 9]

K・H両名が殺害行為に及んでいたにもかかわらず、XはKらを傍観していたが[新聞 109]、その様子について、「サスペンス劇場や映画を見ているような感じだった。自分は見ているだけだった」[新聞 110][新聞 109][新聞 111][その他 9]、「Kは、ハンマーでA子の頭を殴っているとき、笑みを浮かべていた」[新聞 110]、「いったん、車外でタバコを吸っていて、戻ってみるとK・H両名が、A子の首を絞めていたので、『あ、殺しちゃうんだな』と思った」[新聞 110]、「殺害を決めたのは自分ではない」などと主張した[新聞 112]

またXは、被告人質問の途中で、共に出廷していたK・X両名に対し、「こうやって雁首並べることになったのは、お前のせいだ」などと、突然声を荒げた[新聞 110][新聞 111]。これに対し、Hは下を向いた一方、KはXを睨み付け、Xは「がんをつけとんな」と畳みかけた[新聞 111]。これに廷内が一時騒然となり[新聞 109]、裁判官が制止した[その他 9]

Kは、Xの発言の途中、体調を崩し、退廷しようとした[新聞 110]。しかし、その際に胸を押さえて床に倒れ込み、刑務官に運び出された[新聞 110]

第7回公判(2008年11月17日、被告人質問)

第7回公判(2008年11月17日)では、Xに対し、3被告人の各弁護人からの質問・検察からの質問が行われ、Xへの被告人質問が終了した[その他 10]

Xは同日、「A子が殺されるのを見てどう思ったか」との検事質問に対し、「何も思いませんでした」と答えた[その他 10]。これについて、被害者A子の母親は「前回発言と合わせみて、もはや人間性のかけらも残っていないと感じました」と述べている[その他 10]

第8回公判(2008年11月19日、被告人質問)

第7回公判(2008年11月19日)より、Kへの被告人質問が始まった[新聞 113][その他 11]

Kは、「H・X両名と出会った直後、2人が既にハンマー・軍手などを用意していたのを見て、『いきあたりばったりで人を殺そうとしているなんて』とあきれた」と供述した。その上で、2人が殺人まで考えていることを聞き、「強盗の誘いを断ったら(自分が)襲われるかもしれないと思って、承諾したような返事をした」と述べ、当初は殺人の計画を考えていなかったことを主張した[新聞 113]

また、殺害時の状況について、Kは「Xが、A子を乱暴しようとして、A子の様子がおかしくなったため、殺害を決意した。Hと目配せをして、自分が首を絞めた」と供述した[その他 11]。3被告人が出会った闇サイトについて、Kは「風俗関係の知人女性を希望者に紹介したり,事件の5年前から小遣い稼ぎに利用していた」と話した[新聞 113]

第9回公判(2008年11月26日、被告人質問)

第9回公判(2008年11月26日)でも、引き続き、Kへの被告人質問が行われた[新聞 114][その他 12]

Hの弁護人が、Kに対し「H・X両名と出会った当初、過去に人を殺したことがあったと話したか」と問うと、Kは「警察官には『2人ほど埋めたことがある』と話した」と答えた[新聞 114]。続いて、「実際にやったのか」と追及されると、Kは「はい」と答えた上、「(その事件では)殺害行為にはかかわっていない」などと話したが、それ以上のことについては具体的な話はなかった[新聞 114]。『中日新聞』の取材に対し、愛知県警は「そのような事実は把握していない」と回答した[新聞 114]

第10回公判(2008年12月1日、被告人質問)

第10回公判(2008年12月1日)でも[その他 13]、Kに対し[新聞 115]、引き続き被告人質問が行われた[新聞 116][新聞 117]

Kは、「Hが、A子から銀行のキャッシュカードの暗証番号を聞き出した後、『もうやっちゃいましょうか』と、自分に殺害を提案した」と述べた。その上で、「これに対し、自分は『首を絞めます』と応じたが、『暗証番号が本当かどうか分からない』と思ったので、まずは失神させようとしたが、A子がXに強姦されそうになり大声を上げたため、『殺すしかない』と考えた」と証言した[新聞 116]

また、Xが「外でたばこを吸っていて、車に戻ったらKが首を絞めていた。やむを得ず自分も加わった」と主張していたことに対し、Kは「Xは殺害時、運転席にいた」と反論した[新聞 116][新聞 117]

これに加え、Kは8月26日の逮捕後、別の警察署の留置所にいたXに対し、「知人が面会などで失礼をすることがあれば許してください」などと、Xに危害を加えることを示唆する、脅迫めいた手紙を送ったことを証言した[新聞 117]。Kは、Xが事件後、自首したことで事件が発覚したことを、逮捕から数日後に知らされたことから[新聞 117]、「正直頭にきた。(Xを)ぶっ殺してやりたいと思った」と話した[新聞 117][新聞 116]

そして、逮捕後の警察の取り調べに対し、Kが「人を殺すことに全く抵抗感がない」などと供述していたことが、この日の公判で明らかになった[新聞 115]。公判で引用された調書によれば、Kは「私が作ったルールに従って生きるだけで、他人が作った法律に縛られて生きようとは思わない」とも供述したという[新聞 115]

第11回公判(2008年12月3日、被告人質問)

第11回公判(2008年12月3日)では[その他 14]、H・X両名に対する被告人質問が行われた[新聞 118]

Hは、Kが「Hが殺害を提案した」と証言したことに対し、「Kが突然、『首を絞めます』と、殺害を提案してきた」と主張した上で、「(当初から)拉致して金を奪うことは決まっていたが、(その時点では)殺すという話は出ていない」、「(殺害を提案され)なぜかと思ったが、反対はしていない」反論した[新聞 118]

また、「Kが首を絞めた時、自分は車の外にいた」とする、Xの主張に対し、K・H両名は、「Xは殺害時、運転席にいた」と、それぞれ証言した[新聞 118]。このように、殺害状況・発言を巡り、被告人3人との間で、食い違いが目立ってきた[新聞 118]

第12回公判(2008年12月5日、被告人質問)

第12回公判(2008年12月5日)で[その他 15]、Hに対し、被告人質問が行われた[新聞 119]

Hは、弁護人から、殺害状況について質問されていた途中、突然泣き始めた[新聞 119]。その後Hは、自身がA子の頭を、ハンマーで3回殴打した際について、「血が飛んできたと思ったのでそれ以上殴るのをやめた」と話すと、うつむいて黙り、鼻をすすった[新聞 119]。その一方で、近藤裁判長は、Hに対し、眉間にしわを寄せつつ、「他人のせいばかりにして、本当に反省しているのか」と、厳しく問いただした[新聞 111]

それに加え、Hは「自分が殴った後、Kが30回以上、頭を殴打しているのを見た。『もういいんじゃないか』と言ったが、Kは殴るのをやめなかった。(A子の)むごたらしい顔を目の当たりにして、思わず言った」と涙声で供述した[新聞 119]

第13回公判(2008年12月8日、証人尋問)

第13回公判(2008年12月8日)で[その他 16]、証人尋問が行われ、検察側証人として初出廷した、被害者の母親らが「死刑判決を望む」と語った[新聞 120][新聞 121][新聞 122][新聞 79]

翌年5月から開始される裁判員制度を意識した検察側は[新聞 121]、法廷の大画面に、A子の誕生直後から、社会人になるまでの半生を、写真で写しながら、被害者遺族らに対し、質問をした[新聞 120]。弁護側からの反対尋問はなかった[新聞 121]

証言は約2時間にわたり[新聞 122]、検察側の質問に対し、A子の母親は「(これまでの公判の傍聴は)とてもつらかった。命乞いに耳を犯さない3人に酌量の余地などない」[新聞 121]、「3人は、それぞれ『自分は主導していない』など、責任を押し付け合っているが、責任に軽重はなく、同じ罪だ」[新聞 121]、「白血病により、31歳で亡くなった夫(A子の父親)の代わりに、1人で子育てをしてきたのに、娘を守ってあげられなくて、主人に申し訳ない」と、涙ながらに語った[新聞 120]。その上で、A子が虚偽の暗証番号を教えたことについては、「(娘が口座に貯金していたのは)「家を立てる」という約束事を、主人に代わってかなえようと、こつこつ貯金していたのだろう。犯人たちには絶対に渡したくなかったのだと思う」と語った[新聞 79]

3被告人は、モニターの写真に目を向けたり、目を閉じてうつむいたりしていた[新聞 122]

また、A子の母親が、「千種警察署の霊安室で娘の遺体と対面した際、強く抱きしめてあげたかったが、顔が酷く変色していて、抱きしめたら痛がるんじゃないかと思い、できなかった」[新聞 121][新聞 122]、「娘の遺体を棺に移す前、傷を隠すため、死に化粧をした」などと述べると、傍聴席からすすり泣きが漏れた[新聞 121]

その上で、この時点までに集まった、極刑を求める29万7000万人の署名について[新聞 120][新聞 79]、A子の母親は「娘は殺されるために生まれてきたのではない」[新聞 122]、「司法では、被害者が2人以上(殺され)ないと極刑は難しいのか。同種の犯罪を抑止する意味からも、凶悪な罪を犯した3被告人に対し、死刑を望む」と述べた[新聞 120][新聞 79]

また、A子の交際相手だった男性は、「A子はよく、数字の語呂合わせをしていた。彼女が、被告人らに対し『2960』と、偽の暗証番号を伝えたのは、『憎むわ』という意味だと思う」と証言した[新聞 120]

閉廷後、名古屋市内で記者会見したA子の母親は、3被告人が、これまでの公判で、謝罪の言葉を述べていなかったことについて、「見せかけの謝罪をされるよりは、むしろない方がいい」と語った[新聞 79]

第14回公判(2008年12月11日、被告人質問)

第14回公判(2008年12月11日)で[その他 17]、証拠調べが行われた[新聞 123]。検察側の証拠提出により、Xが取り調べに対し、「自首しようか、自殺しようか考えていた」と供述していたことが判明した[新聞 124]

その後、Xの公判が分離で行われ、情状面について[新聞 123]、被告人質問が行われた[新聞 125]

Xは、弁護人から被害者遺族への謝罪を促されたが[新聞 123]、被害者への気持ちを聞かれると[新聞 124]、「お気の毒でかわいそう」[新聞 123]、A子が殺害された理由について「運が悪かった」などと述べるにとどまった[新聞 126]。弁護人は、再三、反省の言葉を引き出そうとしたが[新聞 126]、Xは「表現の仕方がわからない」「『ご愁傷さま』だったらもっと腹が立つでしょう」「そういう表現しかできない」などと[新聞 123][新聞 126]、淡々と述べたため、検察官から「ひとごとのように聞こえる」とたしなめられた[新聞 126]

その上で、Xは弁護人から、「申し訳ないという気持ちはあるか」などと問われると[新聞 124]、「申し訳ないことをしたという気持ちはあるが、遺族が納得できない謝罪は意味がない」と供述した[新聞 125]。またXは、A子の母親ら、被害者遺族が死刑を望んでいることについて問われると、「死刑なら死刑で構わない。生きることに未練はない」と述べた上で[新聞 126]、「(ここに)包丁があるなら今、(遺族に)刺してもらってもいい」[新聞 125][新聞 111]、「私にも子供がいるので、逆の立場ならそう思う」と述べた[新聞 123][新聞 126]

その後、近藤裁判長から「開き直っているのか」[新聞 125]、「何を被害者に伝えるべきか、苦しくて考えたくないのではないか」と[新聞 123][新聞 126]、発言の真意を問われると、Xは「開き直っているのではない」[新聞 125]、「逃げているのかもしれません」などと返答した[新聞 123][新聞 126]。近藤裁判長から「自分の命を差し出してもいいという意味か」と問われると、Xは「そうです」とうなずいた[新聞 125]。一方、K・H両名については、「(責任は)自分より重いと思う」、「反省してない」と述べるなど、自らの責任は比較的軽いとする従来の主張を繰り返した[新聞 126]

また、犯行後に自首した経緯について、Xは「『殺さないで』と言ったA子の最後の言葉が、頭から離れず、犯行後のK・H両名の発言にも、腹が立っていたから」と説明した[新聞 125][新聞 124]。さらにXは、検察側から、事件の責任を問われると「自分が首謀者で、Kは主犯だ」と供述した[新聞 125]

検察側は、Xの父親が「親としてどう謝っていいか分からない。極刑の処罰を受けさせてほしい」と証言していた、と述べた[新聞 124]

第15回公判(2008年12月17日、被告人質問)

第15回公判(2008年12月17日)で、Hに対し、情状面に関する被告人質問が行われた[その他 18]

同日、「手記で『償い』という言葉を何度も書いているが、どう償っていくつもりか」と問われると、Hは「極刑が償いになるのか?自分を苦しめていくことが償いだと思う」と答えた[その他 18]。A子の母親は、「その手記の中の『外に出る…』との言葉の意味は、社会に出る意味だと。Hは再び社会に戻ると思っています」と、感想を述べている[その他 18]

また、Hは「『憎むわ』という暗証番号の意味を聞いて、辛く思った。でも、もっともだろうとは思わない」と述べた[その他 18]。その上で、Hは「犯行は、共犯者に付いていったという意識で、共犯者に対する恐怖から、殺害を止める事ができなかった。止めた場合、特にXが怖かった」と発言したが、A子の母親は「罪を他の二人に押し付ける供述に聞こえました」と批判している[その他 18]。また、Hが犯行後、共犯者へ送った「お疲れ様です」というメールについて、Hは「意味はそのまま言葉通りで、A子を拉致・殺害し、遺体を遺棄した、一連の行為に対しての言葉だった」と証言した[その他 18]

A子の母親は、「Hの言う償いが、楽な償いだと思うが」という、近藤裁判長の言葉に対し、「そうは思わない」と答えたという[その他 18]

第16回公判(2008年12月19日、被告人質問・証人尋問)

第16回公判(2008年12月19日)で[その他 19]、Kに対する被告人質問・Kの父親に対する証人尋問が、それぞれ行われた。

この日の公判で、Kが自身の交際相手の女性に対し、「嘘吐き(うそつき)姉ちゃん」「食えねえ女だ」などと、A子を中傷する内容を記した手紙を渡していたことが明らかになった[新聞 21]。手紙の内容は、拉致後の車中で、A子が吐き気を訴えたことについて、「車酔いしてたら、背中とかに汗かくんだよ。芝居の上手い彼女(笑)。嘘吐き姉ちゃん。嘘なら俺の方が上手だぜ」、A子が包丁で脅されて震えていた場面について、「がったがた。マグニチュード10?」などと表現されたものだった[新聞 21]。また、Kは文中で、事件を「仕事」と表現した上で、「(8月21日から25日の)『仕事』をちゃんと覚えておこう」とも記していた[新聞 21]

公判で、Kは手紙の内容・意図について「(交際相手から)『犯行時の正直な気持ちを書きなさい』と言われた」などと説明した上で、「(自分の行為は)頭を下げるとか、文章にして詫びるとかで許される行為ではありません。判決に恭順するということで納得していただきたい」と述べた[新聞 21]

同日、検察側が、証人出廷していた、当時70歳代のKの父親に対し、「どんな刑が適切か」と尋ねると、弁護人が「意見を求めるのは不適切だ」と異議を唱えた[新聞 127]。これは、既に被害者遺族が死刑を求める意見を陳述しているのに続き、加害者の親族まで死刑を求める意見を発すれば、情状面で不利になる、と弁護側が懸念したためだったが、近藤裁判長は弁護側の異議を退け、Kの父親の発言を認めた[新聞 127]。Kの父親は、息子に対する量刑について、「被害者や遺族の方に、どんなに謝っても謝りきれない。極刑が妥当じゃないかと思っています」と述べた[新聞 21]

第17回公判(2009年1月20日、検察側論告求刑)

2009年(平成21年)1月20日、第17回・論告求刑公判が開かれ[その他 20][その他 21]、検察側は被告人3人(K・H・X)に対し、いずれも死刑を求刑した[新聞 22][新聞 23][新聞 128][新聞 129][新聞 130][新聞 131][新聞 132][新聞 133]

同日、論告に先立ち、被害者遺族(A子の母親)が意見陳述し、「どれほど怖い思いをしても、最期まで生きることを諦めなかった娘を誇りに思う」、「女手一つで育ててきた、たった1人の娘を奪われたまま、私の時間は止まっている」「(これまでの公判で明らかになった、殺害の態様・公判での被告人の態度に触れ)被告人らが述べる、反省の態度・償いの気持ちは口先だけで、矯正の余地は見い出せない」などと述べ、3被告人への死刑を求めた[新聞 23]

これに続き、論告で検察側は、「極めて安易に拉致・殺害を計画し、約4時間にわたって名古屋市内を徘徊し、襲撃対象の女性を執拗に探した、高い計画性に基づく犯行だ」と主張した[新聞 134]

その上で、情状面について「楽をして金銭を得たいという、自己中心的・低劣な動機・犯行経緯に、酌量の余地は全くない」[新聞 133]、「被害者の命乞いを無視し、生き埋めにしたのと他ならない残虐な方法、地獄の苦しみを味わわせて殺害した、残虐極まりない鬼畜の所業だ。人命の尊厳を一顧だにしておらず、戦慄を覚えずにはいられない。自己の利欲目的達成のため、他人の生命を軽視する根深い犯罪性向・反社会性がある」と主張した[新聞 22][新聞 129][新聞 133]。その上で、各被告人の矯正可能性について、「Kは、A子を『嘘吐き姉ちゃん』、『喰えねえ女だな』などと愚弄する表現をしており、謝罪・反省は上辺だけだ」[新聞 133]、「Hは、刑務所から出所できることを前提とした手記があり、その身勝手さには言葉もない」[新聞 133][新聞 10]、「Xは、K・H両名を『正社員』、自身を『正社員に従う見習い』に例えたり、殺害時の様子を『サスペンス劇場を見ているようだった』と表現するなど、反省の色は薄い[新聞 134]。その上、『自首したことを後悔しています』、『謝罪の気持ちはない』などと放言する有様である」と[新聞 133]、それぞれ指弾した上で、「3被告人とも、犯行後も同様の強盗殺人事件を実行しようとしており、根深い犯罪性向・人間性の欠如が乏しく、今後、矯正の可能性は全くない」と断罪した[新聞 133]

これに加えて、面識がなかった3人が、インターネットの闇サイトをきっかけに、犯罪目的で集まったことに対しては、「面識のない人間が、闇サイトを接点に集まり、極めて短期間で殺害まで計画するなど、人の所業とは考えられない。社会全体を震撼させた凶悪犯罪で、模倣性の強さは他の事件の比ではない。極刑を求める署名が、30万人近く集まったのは、その社会全体が感じた恐怖の表れである。一般予防・社会防衛の観点からも、厳しい処罰をもって臨むしかない」と主張した[新聞 22][新聞 129][新聞 133]

また、被害者の無念、遺族・関係者の処罰感情について、「A子が死の直前、金を奪われないように考えて口にした、嘘の暗証番号『2960』は、『被告人を憎む』という意味を込めて遺したと解釈できる。その無念の思いを察すると、悲しく痛ましい」「A子の母親・伯母、交際相手ら、被害者遺族・関係者らが、一様に死刑判決を強く望むのは、当然の感情であり、その切望に応えることこそ、法に課された使命だ。その意思は、量刑面において最大限に考慮されねばならない」と主張した[新聞 133]

そして、最高裁判所判例で示された、死刑選択基準「永山基準」についても触れ、「これまでは、殺害された被害者の数が重視されてきたが、それは考慮すべき要素の1つとして挙げたものにすぎず、被害者より被告人の数が多い場合であっても、罪質・結果の重大性などに照らし、刑事責任が重大な場合は、死刑を選択すべきだ」と述べ[新聞 133]、「3被告人は、一体となり、計画に基づき、犯行を遂行した。K・H両名の刑事責任に差異はない」[新聞 133]、犯行後に自首したXも、その動機を『両被告人の言動に腹が立った』と供述しており、反省しておらず、自首は刑の軽減が認められる事情とは認められない」と主張した[新聞 22][新聞 129][新聞 133]

その上で、「死刑が究極の刑罰だとしても、犯した罪の報いを正当に受けることを、社会に示すことが、被害者や遺族、国民から、司法に対する信頼を得るものであり、被告人3人に対しては、いずれも死刑をもって臨むほかない」と締めくくった[新聞 133]

第18回公判(2009年2月2日、弁護側最終弁論・結審)

2009年2月2日、第18回公判で[その他 22]、弁護側の最終弁論が行われ、結審した[新聞 9][新聞 135][新聞 10]

3被告人の弁護人は、いずれも「殺害された被害者数が1人である上、虚勢を張り合う中で起きた偶発的犯行で、殺害方法・場所も事前には決めておらず、高い計画性はなかった。過去の判例と比較しても、死刑を選択する場合に該当しない」として、いずれも死刑回避を求めた[新聞 9][新聞 10][新聞 134]

Kの弁護人は「両親の離婚・持病なのが原因で、社会適応が困難だった」[新聞 134]、「永山基準と照らし合わせると、本事件は計画性が低く、殺害された被害者数が1人であり、殺害方法も他の死刑事件と比べ、残虐性は低い」などとして、無期懲役か有期懲役の選択を求めた[新聞 9][新聞 10]

Hの弁護人は、「殺害行為を主導したのはKで、Hはその指示に従っており、関与の度合いは低い。改悛の情は顕著で、矯正不可能とは言えず、生きて罪の償いをさせるのが相当だ」と主張した[新聞 9][新聞 134]

Xの弁護人は、Xが事件直後、すぐに警察に電話したことを挙げ「良心の呵責に耐え切れず自首した」と指摘した上で、「反省に基づかない自首は、刑の減軽に値する事情ではない」とする、検察側の意見に対し、「Xの自首により、捜査が容易になった」と反論した[新聞 9][新聞 134]

その後、最終意見陳述が行われた[新聞 9][新聞 10]。Hは、検察側の論告で「手記で、刑務所から出所できることを前提にしたような表現をしている」と非難を受けていたが[新聞 133][新聞 134]、「死刑判決が下されれば、受け止める覚悟はできている」と述べ[新聞 10]、泣きながら「被害者の夢・希望を奪って、遺族に苦しみを負わせてしまった。申し訳ない」と、被害者遺族が座る傍聴席に向かい、頭を下げた[新聞 9]

次いで[新聞 9]、被告人質問で「お気の毒」、「運が悪かった」などと語っていたXは[新聞 10]、「開き直ってしまったが、売り言葉に買い言葉であり、本心ではない」と釈明した上で[新聞 10]、声を震わせつつ[新聞 9]、「(A子の)お母さんの意見陳述は胸に刺さりました。A子さんのご冥福をお祈りします。すみませんでした」と一礼すると[新聞 9][新聞 10]、足早に被告人席に戻った[新聞 10]

一方、Kは「特に申し上げることはない」と述べただけだった[新聞 9][新聞 10]

第19回公判(2009年3月18日、第一審判決)

2009年3月18日、第19回公判にて、判決が言い渡された[その他 23][その他 24]。名古屋地裁(近藤宏子裁判長)は、検察側から3被告人に対しての死刑求刑に対し、K・H両被告人には求刑通り死刑判決を、Xに対しては無期懲役判決を、それぞれ言い渡した[その他 23][その他 25][その他 24][新聞 18][新聞 136][新聞 137][新聞 138][新聞 19][新聞 4][新聞 5][新聞 139][書籍 29]

名古屋地裁は、判決理由で「強い利欲目的・計画性の下、殺害行為を実行した」と認定した[新聞 18]。その上で「インターネットの闇サイトを通じて知り合った3人が、通りがかりの市民の生命を奪った凶悪犯罪で、模倣される危険性が高く、一般予防の見地からも、刑事責任は誠に重い」と指摘した[新聞 18]。殺害行為について、名古屋地裁は「命乞いをする被害者を無視して殺害行為を続けた、その犯行態様は無慈悲・生産・残虐である」と述べた[新聞 18]。また、3被告人それぞれの役割について、「Kは、最も積極的に殺害の実行行為に及んだ」「Hは、人を拉致・監禁し、強盗するという計画を、当初から提案していた」「Xは、闇サイトへの書き込みで共犯者を集め、被害者に対し、性的暴行を加えようとした」と、それぞれ認定し、「3被告人の刑事責任は、犯行の経緯・状況に関して、量刑上、特に刑種の選択を分かつほどの差異を、設けるべき事情はない」とした[新聞 19]

その一方で、名古屋地裁は「今回のような犯罪は、犯罪者の発覚・逮捕が困難」と指摘し、「悪質性が高い犯罪だからこそ、Xが犯行後、短時間で自首し、共犯者の逮捕に協力し、その後に起こり得た犯罪を阻止したことは、量刑上有利な事情である」と評価し、「極刑をもって臨むには、躊躇いを覚える」として、死刑から罪一等を減じ、無期懲役を選択した[新聞 18][新聞 19]。一方、K・H両名については、死刑の適用を巡り「死刑は、人命を奪う究極の刑罰であり、慎重に適用されなければならない」とした上で、殺害された被害者が1人であること、粗暴犯の前科がないことを考慮しても、「K・H両名に対しては、極刑をもって臨むことはやむを得ない」と結論付けた[新聞 18][新聞 19]

日本弁護士連合会(日弁連)によれば、1983年、最高裁から「死刑選択時の重要な要素」として、「永山基準」が示されて以降、把握している確定判決の統計では、殺害された被害者数1人の殺人事件に対し、複数の被告人に死刑判決が言い渡されたのは、1988年に最高裁で、被告人2人に対し、死刑判決が確定した、福岡病院長殺人事件(1979年11月、福岡県北九州市で発生)以来、2件目であった[新聞 140]

「永山基準」は、あくまで判断する枠組みを羅列したものにすぎず、「被害者の数が何人以上なら、死刑を選択すべき」と明記されているわけではないが、死刑求刑事件では、殺害された被害者数が1人の場合、死刑を回避する傾向が強かった[新聞 141]。しかし、同年5月以降、裁判員制度が開始されることを受け、『中日新聞』は、「これまでは、あいまいな『永山基準』を、法曹界でのみ通用するイメージで補ってきたが、死刑か無期懲役かの差は、一般市民にとってはあまりにも大きく、このままでは裁判員らに対し、混乱を引き起こしかねない」と、懸念の記事を掲載した[新聞 59]

判決後

被害者の母親は開廷前、報道陣に対し、「3人とも死刑になることを望んでいます」と語っていたが、その思いは果たせなかった[新聞 142][新聞 143][新聞 144]

判決後の記者会見で、A子の母親は、涙を見せながらも、終始落ち着いた口調で会見し、K・H両被告人に対し、死刑判決が言い渡されたことについて、『当然だと思います』と断言した[新聞 143]。その一方で、無期懲役となったXについて、「娘の生きた証を残すために戦ってきた。だけど3人全員の死刑ではなかった。今、とてもつらいです」[新聞 142]、「日本の司法では、1人殺したくらいなら、『ごめんなさい』と自首すれば、自分の命は守れるなんておかしい」と[新聞 143][新聞 144]、声を絞り出しつつ、無念の思いを語った[新聞 143]。その上で、「Xは、社会に戻ったら、同じ罪を犯すのではないか」と、不安を述べた[新聞 143]

また、被害者が生前交際していた、当時大学院生の男性も、会見に同席した[新聞 144]。男性は、「ゼロに近い判決。力及ばず、被害者に申し訳ない。公判を通じ、被告人らに反省の態度が見られなかったこともつらかった」と、A子の母親同様、悔しさをにじませた[新聞 144]

控訴

判決後、Kの弁護人は、「闇サイトを介して形成された犯罪集団の危険性・模倣性を、不当に重く、量刑事情として解釈している」と[新聞 145]、判決への不服を訴え[新聞 18]、同日付で名古屋高等裁判所控訴した[新聞 19]

2009年3月24日付で、Hの弁護人は死刑判決を、Xの弁護人も無期懲役判決を、それぞれ不服として、名古屋高裁に控訴した[新聞 52]。同日、被告人K自身も、名古屋高裁に控訴した[新聞 146]

一方、名古屋地方検察庁も、死刑ではなく無期懲役判決を受けた被告人Xについて、量刑不当を理由に、2009年3月27日付で、名古屋高裁に控訴した[新聞 57]

判決後の被告人の反応・発言

公判中、3人の中で唯一、反省の言葉を述べなかったKは、判決後、珍しく傍聴席に一礼して、法廷を後にした[書籍 29]

一方で、それまで丁重に振る舞っていたはずのHは、その日に限り挨拶どころか、傍聴席を見向きもせずに退廷した[書籍 29]大崎善生は、この時のHの態度について、「Hの本性が垣間見えた瞬間だった」と表現している[書籍 29]

被告人Hの発言

Hは判決後、拘置先の名古屋拘置所内で、弁護人と面会した[新聞 147]。判決公判前から、死刑判決を受けることを覚悟していたというHだったが、弁護人と面会した際は、死刑判決を受けたことを理解できないほど落胆し、涙ぐんでいた[新聞 147]

さらにその後、判決言い渡しの約4時間後、Hは名古屋拘置所内で、約15分間、『毎日新聞』記者と面会した[新聞 147]

死刑判決言い渡し直後の心境について、Hは「想定はしていたが、それでも(死刑判決の)言葉は重かった」と述べた[新聞 147]。その上で、判決の事実認定について、「犯行の経緯など、細かい部分で、自分の供述と、他の2被告人(K・X)の供述が食い違ったが、それは自分が不利になる部分だ。判決は『Hの供述には信憑性がない』と認定されているが、納得できない」として、不満をのぞかせた[新聞 147]

その上で、刑罰の厳罰化の潮流についても触れ、「(判決は)余計に納得できるものでなくてはならない。納得した上で死刑に処されるのなら何も言わないが、真実がねじ曲げられている。(判決は、『闇サイトを悪用した事件の悪質性』を厳しく指弾したが、)自分は闇サイトを使い始めてからまだ2カ月ぐらいで、長期にわたって使っていたK・X両名とは違う」と主張した[新聞 147]

その一方で、「事件があまりにも大きすぎるので、細かい部分については、争っても仕方がないと思った」とも述べた上で、被害者遺族については「申し訳ない気持ちだ。反省についても毎日考えている」と語った[新聞 147]

被告人Xの発言

判決当日の3月18日、Xは名古屋拘置所内で、フジニュースネットワーク(FNN)記者と面会した[TVニュース 1][TVニュース 2]

Xは公判中、殊勝なそぶりを見せていたが[報道 1]、死刑判決を免れた直後のこの面会で、「自首したことが認められたことについてはよかったと思う。3人一緒に死刑だと思っていたから驚いた。誰のおかげで事件が解決したのかという思いだったから[注釈 2]、満足している。A子の前に、何人も物色しているんだから、彼女になったのは、運が悪かったからなんだって。今でも悪いことは、ばれなきゃいいという気持ちは変わらない。でも、生かしてもらえてよかった。ありがたい」と発言した[報道 1][TVニュース 1][TVニュース 2]。同日、FNNニュースフジテレビ系列:中京圏では東海テレビ放送にて放送)では、この発言について、「反省の態度見られず」と報道された[TVニュース 1][TVニュース 2]

翌3月19日、フジテレビ系列で放送された「とくダネ」では、本事件について取り上げたニュースの中で、Xのこの発言が取り上げられた[報道 4]。これに対し、小倉智昭は「世の中極刑を望む声が強くなっているなかで、裁判官も揺れ動いているのではないか」、岩上安身は「自首をどう評価するかは重要。認めないとおかしなことになる。ただ、Xは『だれのお陰で解決したと思ってるんだ』と暴言も吐いているし、改悛の情を見せることもなかった。ある意味でギリギリの判決ではないか」、眞鍋かをりは「本当に後悔している自首と、そうでないものとは違う」、佐々木恭子は「(Xの)よかったというコメントには、複雑な思いがする」と、それぞれコメントした[報道 4]

また、同じく3月19日、『中日新聞』記者との面会に対し、Xは、「自分も含めて3人とも同じ刑になるのかな、と思っていた。Kと同じ判決だったら控訴するつもりだった。自首が認められ、助かった」と述べた[新聞 148]。また判決理由で、「XがA子に乱暴しようとしたことが殺害の契機になった」という、事実認定がなされた点については、「全然違う。殺害までの経緯などの事実認定は、検察側の主張通りになっており、納得できない」と強調した上で、控訴する意思については明言しなかったものの、「検察側が控訴するなら、最後まで戦うしかない」と述べた[新聞 148]

第一審判決への反響・評価など

大崎善生は、「司法は、『殺害された被害者数が1人なら、原則として死刑を回避する』、永山基準というモンスターに囚われて、多くの被害者遺族を苦しめてきた。永山則夫の犯行当時と現代では、価値観も経済も道徳観も何もかも違う。しかし裁判は判例至上主義のように、永山基準に戻っていく。まるでモンスターに鷲掴みされているかのようだ」と表現した[書籍 30]

この判決は、1人の被害者に対し、2人に死刑が言い渡されるという、異例の判決として注目され、「一人の女性裁判長が永山基準に挑んだ」として、マスコミも大きく取り上げ、話題になった[書籍 30]。法曹界出身者からは「厳しすぎる不当判決」という意見が多かった一方、識者や学者らは、判決の勇気を讃えた[書籍 30]

地元紙・『中日新聞』(中日新聞社発行)は、翌2009年3月19日朝刊の社説で、「被害者一人の事件では異例(の判決)だが、むごい手口や被害者の無念さ、遺族の悲嘆を思えば、やむを得ぬ判決だ」と述べた[新聞 149]。その上で、朝刊1面のコラム「中日春秋」は、「1つの殺人事件の犠牲者が5人でも、個々の遺族の怒り・悲しみは、5分の1にはならない。殺されたのが何人でも、奪われた1人は1人、100%の損失だ。Aを失った母親も、その思いだろう」と述べた上で、「見ず知らずの者同士が、ネットの闇サイトで知り合い、金目的で通りすがりの被害者を拉致し、『やっちまおうか』などと、殺害を相談する言葉そのままに、被告人らが犯行を行ったのは、戦慄すべき『軽さ』だ」と述べた[新聞 150]

また同じく、中日新聞社発行の『東京新聞』も、同様の社説を掲載した上で[新聞 151]、同日朝刊1面のコラム「筆洗」にて、「過去の裁判では、被告人に前科がなく、被害者が一人の場合、死刑の適用を回避する流れがあった。だが殺された側からすると、何人かは意味がない。誰もがかけがえのない命である」、「どうやら、被害者の人数が(死刑選択にあたって)決定的な要素とはいえない」と主張した[新聞 152]

一方で、『東京新聞』2009年3月26日朝刊発言欄には、「被害者の命より、自首した被告人(死刑判決を免れたX)の命が重いのが残念だ。自首をすれば死刑を免れる。自首が『評価』されるという悪しき前例を作った判決だからだ。事件の残忍性、凶悪性から見て、三人全員が死刑になってもなんら不思議ではない。ご遺族の気持ちを思うと、なおさら疑問に感じる」という投書が寄せられた[新聞 153]

控訴審・名古屋高裁

Kの死刑判決確定(控訴取り下げ)

2009年4月13日付で、被告人Kは、名古屋高裁への控訴を取り下げた[新聞 25]。これにより、弁護人の控訴は効力を失い、Kの死刑判決が確定することとなった[新聞 25]

これに対し、第一審で被告人Kの国選弁護人を務めていた[新聞 154]、弁護士2人(蔵冨恒彦・福井秀剛)は[新聞 155]、「Kは、控訴取り下げの効果を十分に理解せず、あるいは理解する能力を欠いていた精神状態だったため、控訴取り下げは真意に基づいていない」などと主張し、2009年4月27日付で、控訴取り下げの無効・控訴審の開廷を、名古屋高裁に申し立てた[新聞 154]

2010年9月9日付で、名古屋高裁(下山保男裁判長)は、弁護人が求めていた、控訴審期日指定の申し立てを棄却し、控訴取り下げを有効とする決定をした[新聞 156]

弁護人はこの決定を不服として、名古屋高裁の別の裁判部に対し、異議を申し立てた[新聞 157]。しかし、名古屋高裁(志田洋裁判長)は、2011年2月10日付で、異議申し立てを棄却する決定をした[新聞 158]

弁護人は決定を不服として、2011年2月14日付で、最高裁判所に特別抗告した[新聞 158]。しかし、最高裁第三小法廷(那須弘平裁判長)は、同年3月2日付で、控訴取り下げを有効と判断し、弁護人の特別抗告を棄却する決定をした[新聞 159]

控訴審初公判日時指定(2010年6月)

名古屋高等裁判所下山保男裁判長)は、2010年(平成22年)6月14日までに、H・X両被告人について、控訴審初公判開廷日時を、2010年8月9日に指定した[新聞 160][新聞 161][新聞 162]

Xは、2010年7月、名古屋拘置所内で、『毎日新聞』記者との面会取材に応じた[新聞 163]。この際、控訴審を前に心境を問われると、Xは「別にない」、「もう事件から3年だけど、まだ裁判が終わらない」と、疲労感をにじませていた[新聞 163]。控訴審で、再び死刑の可否が焦点となることについて、Xは「今は死刑になっても構わないと思うが、心境が変わるかもしれない」、「(A子に対する気持ちが)自分でもわからない。上告すれば、そういうのがずっとまた続く。よくわからない」と答えた[新聞 163]

Hも2010年7月、名古屋拘置所内で、『毎日新聞』記者との面会取材に応じた[新聞 163]。この際、Hは「死刑執行されれば、自分の苦しみは一瞬で終わる。苦しみながら生きていくことも極刑と言えるのではないか」と訴えた[新聞 163]。その上でHは、「死刑判決が支持されれば、受け入れざるを得ない」と述べた一方で、「自分が死刑執行されるというイメージが湧かない」とも明かした[新聞 163]

第1回公判(2010年8月9日)

名古屋高裁(下山保男裁判長)で、2010年8月9日、控訴審初公判が開かれた[その他 26][新聞 164][新聞 165][新聞 166][新聞 167]

検察側は、「第一審判決は、自首を重視して、被告人Xに対する死刑適用を回避したが、Xの自首は自己保身目的で、反省はうかがえない」とした上で[新聞 167]、「Xは、闇サイトで働きかけて犯罪者集団を結成し、犯行でも重要な役割を果たした中心的人物だ。自首を最大限に情状として考慮しても、死刑を回避する事情には当たらない」として、第一審の無期懲役判決は量刑不当であり、死刑が相当であると主張した[新聞 166][新聞 167]

また、弁護側が控訴していたHについても、第一審の死刑判決は正当だとして、弁護側の控訴を棄却するよう求めた[新聞 166][新聞 167]

一方、両被告人の弁護人は、第一審判決後に実施した、被告人の性格・犯行に至る心理状況などを分析した、犯罪心理鑑定の結果を、証拠として採用するよう、名古屋高裁に請求した[新聞 166]。名古屋高裁はこれに対し、証拠採用を行ったため、検察側は、心理鑑定の信用性を争う方針を決めた[新聞 166]。また同日、Hが遺族宛に書いたものの、受け取りを拒否された謝罪文などについても、証拠採用が決定された[新聞 167]。その一方で、検察側証人として、A子の母親の証人尋問が行われることも決まった[新聞 167]

その上で、Xの弁護人は「Xは、軽度の知的障害があり、現実を吟味する力が弱く、犯行では従属的な立場だった」と主張し、第一審の無期懲役をさらに軽減し、有期懲役刑に処するのが相当だと主張した[新聞 166]

入廷時、Hは、傍聴列の最前列にいた被害者遺族に対し、頭を下げた[新聞 166]。その上で、Hは「極刑で苦しむのは一瞬だ。被害者遺族の苦しみを私も背負うべきだ」と述べた[新聞 166]

Hの弁護人は、「Hは、死刑以外の“償い”を模索している」として[新聞 166]、H本人の反省文・謝罪文を朗読した上で[新聞 166][新聞 167]、「Hは、他人に同調しやすい性格で、反省の態度は顕著だ。生きて罪を償わせるべきだ」と主張し、死刑判決の破棄を主張した[新聞 166]

閉廷後の記者会見で、A子の母親は、心理鑑定の結果・反省の態度をもとに、死刑回避を訴えた、被告人2人・弁護人らの態度を[新聞 166]、「この裁判のために、加害者の性格など分析したところで、どういう意味があるのかと言いたい」として[新聞 167]、厳しく批判した上で、「死刑判決を下していただけるよう、裁判官に思いを精一杯訴えたい」と述べた[新聞 166]。会見で、A子の母親は、Hについて、「刑を軽くしたいがために、謝罪のふりをしているとしか受け止められない」[新聞 167]、「謝罪の気持ちがあるなら、被害者遺族の求めに合わせた償いをすべきだ。(K同様)控訴を取り下げ、死刑判決を受け入れることが、最低限の謝罪の表し方だ」、Xについても「無期懲役でも重いと感じているのか。唖然とする」と述べた[新聞 166][新聞 167]

また、『読売新聞』の取材に対し、A子の母親は、「『謝罪を受け入れるつもりはない』と、Hの謝罪文は受け取りを拒否したのに、弁護人により、聞くしかない状態で強制的に聞かされた。穏やかな気持ちで聞けるはずがなかった」と述べた[新聞 168]

第2回公判(2010年9月24日、証人尋問)

2010年9月24日、控訴審第2回公判が開かれた[その他 27][新聞 169][新聞 170]

同日、両被告人の弁護人からそれぞれ依頼を受け、第一審判決後、両被告人の心理鑑定を行った、臨床心理士山田麻紗子(当時・日本福祉大学准教授)が、弁護側証人として出廷した[新聞 169][新聞 170]

山田は、心理テストの結果などをもとに[新聞 170]、「両被告人とも、攻撃性はうかがえない」と説明した[新聞 169]

その上で、Hの性格について[新聞 170]、「自己主張より、同調を選びがちだ」と指摘し[新聞 169]、「集団の特性がなければ、凶悪犯罪を起こすことは想定しにくい」[新聞 169]、「Hの人格は穏やかで、攻撃性はそれほど強くない」[新聞 168]、「粗暴性・凶悪性は見当たらない」と述べた[新聞 170]

また、Xの性格については、面接で「(殺害時の様子は)サスペンスドラマを見ているようだった」と発言したことや[新聞 169]、軽度の知的障害・発達障害の存在を挙げた上で[新聞 170]、「どこまで認知して犯行に及んだか疑問だ」[新聞 169]、「K・H両名に追従して行動した側面が強い」[新聞 168]、といった見解を示し、量刑の軽減を求めた、弁護側の主張に沿う証言をした[新聞 170]

一方、検察側は、鑑定書に記載された犯行経緯について、第一審判決とは異なることを指摘し、鑑定結果の信用性について、疑問を呈した[新聞 170]

第3回公判(2010年10月18日、被告人質問)

2010年10月18日、控訴審第3回公判が開かれ、証人尋問・被告人質問が行われた[その他 28][新聞 171][新聞 172][新聞 173]

同日、検察側証人として、A子の母親が出廷した[新聞 171][新聞 173]。A子の母親は、証人尋問の冒頭で、「娘1人だけ、痛かったり怖かったりしたのがかわいそうで、少しでも共有してあげたかった」と、裁判の傍聴を続けてきた理由を説明した[新聞 172]。その上で、「まったく落ち度もない娘が、なぜ惨殺されなければならなかったのかわからない」と述べ、今も死を受け入れられない心境を吐露した[新聞 172]。また、A子が生前、「お母さんに家を買ってあげたい」と語っていたことに言及し、「その夢を叶えてあげようと、被告人らが奪おうとしていた、娘の預金を、住宅購入に充て、第一審判決後に引っ越した」と述べた[新聞 173]

その上で、被告人2人への量刑について、「真面目に生きてきた娘が標的にされた。厳しく裁くことが、真面目に生きる人を守ることにつながる」と訴え、被告人2人への死刑判決を求めた[新聞 171]。その上で、受け取りを拒否したものの、控訴審で弁護団が読み上げた、Hの謝罪文について、「刑の軽減を狙うためだけのものだ」と批判した[新聞 172]

また、自首が評価され、死刑が回避されたXについて、A子の母親は、「反省・後悔に基づく自首ではない」と訴えた[新聞 172]。その上で、両被告人に対しては、「反省しているのならば、死刑判決を受け入れるべきだ」と語った[新聞 173]

これに加えて、「娘は真面目に生きてきただけなのに、ある日突然、見知らぬ3人の男たちによって、31歳という若さで、強制的に人生を閉じられ、夢や希望、未来の全てを奪われた。自分も、たった1人の家族である娘を惨殺されたことにより、仕事を辞め、30年住んだ住居を去り、署名活動で多額の費用を使うこととなった」、「その一方で、罪を犯した者は、3食税金で食べさせてもらい、体調が悪いと医師に診てもらい、裁判では被告人1人に対し、2人や3人の国選弁護人をつけてもらい、犯罪心理鑑定と手厚い弁護を受け、挙げ句に好き勝手な言動で、遺族の心を逆撫でする始末だ。娘の最後の言葉に耳を貸さずに命を奪ったのに、自らの命は守ろうとして叶えてもらっている。これはとてもおかしなことだ」と、下山保男裁判長に対し、犯罪被害者の置かれている境遇の不条理さを訴えた[新聞 174]

検察官から、「最後に言いたいことは」と促されると[新聞 172]、A子の母親は、下山保男裁判長に対し[新聞 173]、「娘は強制的に人生を終わらせられたのに、彼らは自分の命を守ろうとすれば、手厚い弁護などで叶えてもらえる。それはおかしいと思う。死刑を下してもらうようお願いします」と述べた[新聞 172]

その後、被告人質問が行われた[新聞 172]。Hは「死刑を受け入れるべきかどうか、償いを悩み続けてきたが、死ぬことはある意味で楽な選択。私にとって極刑は無期懲役だ。一生苦しみながら、罪を償わせていただければ」と述べた[新聞 171][新聞 172]

弁護人から知的障害の存在を指摘されていたXは、被害者遺族への気持ちを問われると、「申し訳ありませんでした」と答えた[新聞 171]。また同日、Xから弁護人に出された、「A子さんのご冥福をお祈りします」と記された手紙が証拠採用された[新聞 172]。しかしXは、弁護人から、謝罪・反省の気持ちについて、詳しく述べるよう求められても[新聞 172]、ちぐはぐな受け答えが目立った[新聞 171]

また、被告人Hの母親が同日初めて[新聞 172]、弁護側証人として[新聞 173]、証人出廷した[新聞 172]。Hの母親は、被害者A子や、A子の母親への心境を問われ、「本当に申し訳ございません」と述べた[新聞 168]。第一審で、息子が死刑判決を受けたことについて、Hの母親は、「頭の中が真っ白になった。(A子さんの)お母様も、娘さんを亡くされた時、こういう気持ちだったのかと思った」と語った[新聞 172]。また、息子に対しては、「生き永らえながら罪を償ってほしい」と語った[新聞 173]

A子の母親は、公判後、「償ってもらえる方法は1つしかない」として、Hの発言に反論した[新聞 171]

第4回公判(2010年12月3日、最終弁論)

2010年12月3日、控訴審第4回公判が開かれ、結審した[その他 29][新聞 175][新聞 176]

検察側は、弁護人の依頼で行われた、「Hの人格は穏やか」などと判断した、犯罪心理鑑定の結果について[新聞 176]、「一部の裁判記録だけを前提にしたものだ」[新聞 175][新聞 168]、「証拠価値・信用性は極めて乏しい」として[新聞 176][新聞 168]、信用性を疑問視した[新聞 175][新聞 168]

その上で、既に死刑が確定していたKを含め、3人全員への死刑適用を求める、被害者遺族の意向についても、「量刑判断で最大限に考慮すべきだ」と挙げた[新聞 175][新聞 176][新聞 168]

そして、Xの自首についても、「反省は認められず、過大評価はできない」とした上で[新聞 176]、「2被告人とも死刑をもって臨むしかない」として、Hの控訴棄却と、Xへの第一審・無期懲役判決を破棄した上での死刑判決を、改めて求めた[新聞 175][新聞 176]

一方、2被告人側の弁護人は、「感情に流されず理性的な判断を」と主張し、いずれも死刑回避を訴えた[新聞 175]

Hの弁護人は、「集団の特性で、Hの意思とは無関係に凶悪化した」として、積極性を否定した。[新聞 175]。その上で、心理鑑定の結果をもとに、「共犯者の中で、Hが一番犯罪性向が薄い」と述べた[新聞 168]。また、Hが控訴審で、謝罪・反省の言葉を繰り返したことを挙げ[新聞 168]、「Hの改悛の情は顕著だ。苦しみながら、生涯をかけて償う機会を与えてほしい」として[新聞 175][新聞 176]、無期懲役刑を求めた[新聞 175][新聞 176]

Xの弁護人は、心理鑑定の結果を根拠に、「K・H両名に比べ、犯行で果たした役割は低い」と指摘した上で[新聞 168]、「被害者1人の他の強盗殺人事件と比べると、極刑がやむを得ないとは言えない」[新聞 176]、「Xの犯行は場当たり的・従属的で、自首の成立を除いても、死刑適用は許されない」として、有期懲役刑を求めた[新聞 175][新聞 176]

Hの弁護人は、閉廷直前、H自身が「最後に遺族への謝罪の気持ちを述べたい、と希望している」として、最終陳述を求めたが、下山保男裁判長はこれを認めなかった[新聞 176]

A子の母親は、閉廷後、「娘を『殺され損』にはしたくない。H・X両被告人には、『金目的で殺した責任を取れ』と言いたい」と語った[新聞 176]

控訴審判決期日延期

名古屋高裁は当初、判決公判期日を2011年(平成23年)3月25日に指定していたが[新聞 175]、同年3月10日付で、予定期日を4月12日に変更した[新聞 177]

第5回公判(2011年4月12日、控訴審判決)

2011年4月12日、名古屋高裁刑事第2部(下山保男裁判長)にて、判決公判が開かれた[判決文 2][その他 30][その他 31][新聞 26][新聞 27][新聞 28]。名古屋高裁は、被告人Hの第一審・死刑判決を破棄、被告人Xの第一審・無期懲役判決を支持(検察側・被告人側双方の控訴を棄却)し、両名に対し、無期懲役判決(求刑死刑)を言い渡した[判決文 2][新聞 26][新聞 27][新聞 28]

名古屋高裁は、判決理由で「インターネットを通じて知り合った、素性を知らない者同士の犯行は、意思疎通の不十分さから失敗に終わりやすく、携帯電話・メールの履歴という痕跡が残るため、発覚が困難とも考え難い。第一審が指摘するように、逮捕が困難で模倣性が高いとはいえず、他の強盗殺人などと比べて、過度に強調して厳罰で臨むのは相当ではない」と事実認定した[判決文 2][新聞 26][新聞 27][新聞 28]

犯行の動機・様態については、「強い利欲目的のみに基づいた犯行動機に、酌量の余地はまったくない」、「手段・方法を変えつつ、被害者殺害に向けた行動を取り続けた挙句、何の落ち度もない被害者の必死の命乞いにも耳を貸すことなく、殺害を遂げたことを併せ考えると、殺害の様態は、無慈悲、凄惨であって、残虐という他はない。本事件は衝撃的な事件として大きく報道され、社会に対し、いつ誰でも本件同様の被害に遭うかもしれないという、大きな衝撃・恐怖感・不安感を与えた」と、犯行を非難した[判決文 2]

その上で、「Hは、犯行当時32歳で、交通関係の罰金前科2件がある以外に前科はなく、両親・元交際相手らが、刑の軽減を求める嘆願書を提出しているが、拉致・殺害の具体的な計画立案、実行行為ともに、Kに次いで積極的な役割を果たしている。大筋で各事実を認め、Hなりに反省の言葉を述べ、反省文を書くなどしているが、殺害の共謀成立時期などに関し、信用しがたい供述をしており、自らがした行為に対し、正面から向き合って真摯に反省しているとまでは言えない」、「Xは、詐欺罪で有罪に処され、その執行猶予中、被害者に対する強姦未遂も含め、本件犯行に及んだ。捜査・第一審公判では犯行を認めたものの、第一審公判では、被害者に対する気持ち・謝罪の気持ちを聞かれても、無責任で心無い言葉を述べるなど、十分な反省をしているとは認めがたい言動もある」と指摘した[判決文 2]

その一方で、「Xは、本件犯行後に自首をしている。その動機の中には、K・H両名に対する不満などの気持ちから、一蓮托生で警察に突き出そう、などという気持ちもあったが、反省悔悟の情もあったことや、自首が本事件解決に対し、一定の寄与をしたことは否定できない」[判決文 2]、「殺害の態様が残虐性を増したのは、被告人らが想像していたよりも、被害者が簡単に絶命しなかったため、むしろ殺害に手間取り、殺害手段を次々に変えた結果であり、当初から意図的に残虐な方法を取った場合と比較すれば、悪質性の程度に多少の差がある」と認定した[判決文 2][新聞 178]

また、第一審ではKと同等と判断された、殺害時のH・X両名の役割について、「Kの提案に対し、2人が安易に応じた面があり、殺害の共謀成立前から、殺害という明確な意思を有していたとは言えない。殺害行為に当たって果たした役割にも、Kとは差があることは否定できない」として、「両被告人とも、犯罪に対する抵抗感が希薄であることは否定できないが、いずれも本件の他に、凶悪犯罪への傾向を示すものは見当たらないことから、犯罪性向が強いとはいえず、矯正可能性があると考えられる」として[判決文 2][新聞 27]、量刑に関して、死刑選択基準として最高裁判所判例永山基準を引用し、「殺害された被害者が1人である本件では、死刑選択がやむを得ないと言えるほど悪質な要素があったとはいえない」と結論付けた[判決文 2][新聞 27][新聞 179]

控訴審判決への反響

判決後、記者会見した被害者の母親は「被害者の目線からは何も見てもらえなかった。誰のための裁判なのか」、「被害者が1人でも2人でも、命に変わりはない」、「(この時点で判明している前歴から、Hの矯正の可能性に言及したことについて)どうして加害者に明るい未来を見せてあげるのか。娘はもう二度と見ることができないというのに」、「娘の命より被告人の命のほうが重たいと言われたようでとてもつらい」、「願いがかなったときだけ娘に報告しようと思っていた。こんな結果は報告できない」と語った[新聞 28]

また、被害者が生前、囲碁を習うために通っていた名古屋市中区内の喫茶店のマスターは、この判決について「どうしてそうなったのか理解できない」と語り、判決を知った囲碁仲間からは「本当に悲しい」「正義が消えた」などというメールが寄せられたという[新聞 28]。また、控訴審判決公判の傍聴席には、犯罪被害者自助グループのメンバーの姿もあり、前月に最高裁で、犯行当時少年だった被告人3人の死刑が確定した、大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件の被害者遺族である、「長良川事件」で殺害された若者の父親は、「被害者のお母さんにかける言葉が見つからない。死刑判決だけを支えに頑張ってきたのに」と思いやった[新聞 28]

最高検察庁検事土本武司は、「全体として悪質性を強調すべき事件の特色を過小評価し、極刑を回避したきらいがある。死刑と無期懲役では天と地ほどの差がある。一審が死刑だったHを無期懲役とした理由で、高裁はHの矯正可能性を強調しているが、将来の可能性を過大評価すべきではない。Xの自首も犯行後の情状であり、過度に重視すべきではない。高裁は永山基準に引きずられた印象だ」と、この判決を批判した[新聞 28]

『中日新聞』社会部記者・加藤文は、「事件は一つ一つ事情が異なり、永山基準も絶対的な指針ではない」、「認定した事実はほぼ変わらないのになぜ、Hの量刑を死刑から無期懲役に変えたのか。高裁は、殺害時の役割でKとは差があった点などを挙げたが、より丁寧に判断理由を説明すべきだったのではないか」として、この判決に疑問を呈した[新聞 28]

一方、判決後、『中日新聞』の取材に応じた、Hの主任弁護人長谷川龍伸弁護士は、「共謀の時期など、事実誤認の主張は認められなかったが、結論としては、死刑から無期懲役になったことで、我々の主張が認められた」と語った[新聞 26]

大崎善生による、控訴審判決・被告人Hらへの非難

大崎善生は、著書『いつかの夏』の中で、「下山保男裁判長による判決は、誠に被害者感情を無視しているというしかない。第一審の判決では、闇サイトに集う短絡性や危険性に触れ、これから増えていくだろうインターネットでの犯罪を予防する意味でも、厳罰が必要という考えだったが、控訴審によると『そうでもない』という見解になる。第一審における、闇サイトへの警鐘をほぼ全否定している」と、控訴審判決を批判した[書籍 31]

その上で大崎は、「殺害の様態が残虐性を増したのは、被告人らが想像したよりも被害者が簡単に絶命しなかったため、殺害の手段を次々に変えた側面がある」という、控訴審判決の評価に対し、「被害者が頑張ったから犯人たちはやむを得ず残虐化していったというのである。そしてこれは最初から残虐な殺し方をした犯行よりも罪が軽いということらしい」、「一体だれのための裁判なのだろう。これでは被害者遺族を何度も苦しめるだけではないか。どうして殺人犯の矯正の可能性などを考慮する必要があるのだろう。(死刑を免れた)Hには明るい未来があって、いつか矯正して社会に復帰するということなのか。殺された被害者に未来などない」とした上で、「(裁判所は、「永山基準」の中でも)被害者の数だけを1人、2人、3人と気にするが、殺された側にとっては人数の問題ではない。命は命だ」、「ただ殺された人数によって刑を決める」と、死刑を回避したこの控訴審判決・永山基準の「殺害された被害者数」を重視する法曹界を、強く非難した[書籍 31]

また、控訴審から弁護側証人として、犯罪鑑定人が出廷し、「Hの性格は穏やかで素直でお人好し。愛情に飢えている。そして犯罪に親和性がない。矯正の可能性が十分にある」、「Hは、弁護人や鑑定人に向かって『自分がいかに取り返しのつかないことをしたか、どうやって償えばいいか、毎日苦しんでいる』と、反省の弁を述べている」などと証言したことについては、「気持ち悪くなるほどに白々しい反省の弁を述べている。それを真に受けた鑑定人や弁護人が、Hの言葉を滔々と代弁する」などと表現した[書籍 31]。その上で、「本当に(Hに)殺意があるなら被害者を3発も殴る必要はないはずということで、鑑定人はHの殺意を否定した。しかし実際に被害者は死んでいる。死んでいるのだから殺意はあるだろうと思うのが被害者遺族の当然の思いだ。殺意がないからこそ3発も打ち下ろしたとか、30発になったとかいう言葉を、遺族は法廷で唇を噛みしめながら聞いていなければならない。一般常識の感覚と法曹界の定義との乖離はこれほどに大きい」、「『自分にとって一瞬で終わる死刑よりも、一生かかって償わなければならない無期懲役の方がはるかに厳しい罪なので、その重い方で償いたい』などという言葉を、真に受ける姿など、被害者遺族が弁護人という職人たちの人間性を疑いたくなるのも頷ける」と綴った[書籍 31]

また大崎は、後に連続強盗殺傷事件の余罪が判明したHについて、「稀代の殺人鬼」、「人を殺すことを何とも思わない、3度の強盗殺人と強盗殺人未遂を繰り返した悪魔のような男」、「矯正の可能性などあるわけがない。世に放てば4度目、5度目の強盗殺人を繰り返すだけだろう」などと表現した[書籍 32]。その上で、「そのHについて、弁護側の犯罪鑑定人は、心理テストの結果として『優しい性格』『犯罪に親和性はない』『矯正の可能性がある』などと、平然と被害者遺族の前で表現し、判決もそのように弁護人が言った通りに反映されてしまった」と述べ[書籍 32]、Hの法廷での態度についても、「ただ一人、裁判官たちの心証を良くするために、思ってもいない謝罪の言葉を投げ続け、頭をぺこぺこ下げ、終始うつむきがちに反省の意を示す。死刑だけは免れたいという、Hの戦術に、犯罪心理鑑定人も裁判官も弁護人も、すべてが嵌められている。被害者の母親にはそうとしか思えない。娘の頭に580gものハンマーを3度も打ち下ろした男に、どうして優しいとか攻撃性がないとか言えるのだろう。心の底から怒りが込み上げてくる」と、被害者遺族の立場に立った上で、Hを強く非難した[書籍 31]

そして大崎は、この控訴審を「弁護人をはじめとした法律家が、知恵を絞って、Hの死刑判決を減軽しようとする。要するにそれだけのための裁判である。そこには永山基準というモンスターがいて、法曹界の既得権益があり、素人たちには破られてはならない既成概念があった。裁判所はそれを守ることに固執し、弁護団と見事に利害が一致した」[書籍 31]、「検察官を除くほぼ全員で、被告人を減軽しようとする裁判そのものだ。被害者や遺族は完全に蚊帳の外に置かれていた」と結論付けた[書籍 32]

控訴審判決後

2011年4月19日、A子の母親は、控訴審判決について、H・X両名に対し、いずれも最高裁判所への上告を求める陳情書を、最高検察庁検事総長・笠間治雄と、名古屋高等検察庁検事長・藤田昇三に対し、それぞれ提出した[新聞 180][新聞 181]。A子の母親は同日、「殺害された被害者が1人の事件は、量刑相場で刑の重さが決まり、極刑回避の理由は後付けだと感じた。検察にはどうしても上告してほしい」と話した[新聞 181]

2011年4月22日、名古屋高検は、控訴審判決のうち、Hの無期懲役判決を不服として、最高裁に上告することを発表した[新聞 182][新聞 183]。名古屋高検次席検事・野々上尚は、『殺害された被害者数が1人の本件は、死刑選択がやむを得ないほど悪質とは言えない』として、Hの第一審・死刑判決を破棄した控訴審判決を、「(死刑選択基準の)永山基準や、光市母子殺害事件の差し戻し控訴審判決(2008年)といった判例に、いずれも違反する」と指摘した[新聞 183]。一方、Xについては、犯行後に樹脂した点などを踏まえ、「最高検と協議して精査したが、憲法違反・判例違反など、上告理由を見出せなかった」として、上告を断念する方針を決めた[新聞 183]

この日までに、控訴審判決の疑問点を、箇条書きにした文書を高検に提出した、A子の母親は、「2人について上告して最後まで闘ってほしかった。(Xの無期懲役確定について)どんなに悔しくても従うしかない」、「『3人が死刑になったら報告する』と娘に約束したが、これで何も報告できないんだなあと思った」と語った[新聞 183]

2011年4月25日付で、名古屋高検は、Hの無期懲役判決を不服として、最高裁に上告した[新聞 53][新聞 184]

一方、控訴期限となる2011年4月26日までに、被告人Xについては、検察側・被告人側ともに上告しなかったため、無期懲役判決が確定した[新聞 58][その他 1]

上告審・最高裁第二小法廷

名古屋高等検察庁から、最高裁判所第二小法廷千葉勝美裁判長)に対し、2011年9月22日付で、上告趣意書が提出された[その他 2]。2012年3月15日には、Hの弁護人から、答弁書が提出された[その他 2]

上告棄却決定(2012年7月11日付)

2012年(平成24年)7月11日付で、最高裁判所第二小法廷千葉勝美裁判長)は、「『殺害された被害者が1名である本件において、死刑の選択がやむを得ないといえるほど他の量刑要素が悪質であるとは断じ難い』という判断が誤りであるとはいえない」などとして、Hに対する控訴審・無期懲役判決を支持し、検察側の上告を棄却する決定をした[判決文 3][その他 32][その他 33][新聞 29][新聞 185][新聞 186][新聞 187]

これにより、Hに対し、2012年7月18日付で、無期懲役判決が確定した[判決文 1]

この決定を知り、自宅の仏壇の前で泣き崩れたA子の母は、「嫌な思いをさせるだけ」と考え、娘の遺影に対し、結果を報告できなかった[新聞 29]。その上で、「娘は命を奪われたのに、Hは望み通り生き永らえる。裁判所は自分の身に置き換えて判断したのか。刑をいかに軽くするかが中心で、被害者の存在はどこにもなかった」、「『どうして』という思いと、娘に何もできなかった申し訳ない気持ちでいっぱい。過去の判例を元に、被害者の数で量刑を判断しただけだった」と、無念の胸の内を語った[新聞 29]。『中日新聞』2012年7月14日朝刊は、「長く続いた裁判は、まるで事件の二次被害だった」と[新聞 29]、『読売新聞』同日東京朝刊解説で、社会部記者・児玉浩太郎は、「死刑が確定したKと、Hの間に、犯行の役割にはさほどの差はない。殺害された被害者数が1人の場合でも、死刑を求める被害者遺族・一般市民の声は強い。今回の決定に、一般市民から疑問の声が上がる可能性もある。社会防衛を求める市民感情が、裁判員裁判に反映し、死刑の量刑基準を動かしていくことも考えられる」と[新聞 187]、それぞれ表現した。

また、A子が生前通い、店内で囲碁を楽しんでいた、名古屋市中区の喫茶店の男性経営者は、「あんなに署名活動を頑張ったのに。お母さんの気持ちを考えると可哀想。無期懲役には納得できない」と、厳しい表情を浮かべた[新聞 187]

一方、第一審でHの弁護人を務めた、渥美雅康弁護士は、Hについて「ネット上で知り合った、K・X両名に、虚勢を張った結果、凄惨な事件を起こしてしまった。事件後、Hは心から反省しており、罪を償おうとする気持ちも強く持っていた。犯行の役割などを考えれば、無期懲役は妥当な判断」と語った[新聞 185][新聞 187]

大崎善生は、この判決確定について、著書『いつかの夏』で、「裁判に被害者遺族の気持ちは反映されなかった。ただ殺された人数によって刑を決める、あの永山基準というモンスターの法則に則っただけだ」、「死刑を逃れて勝ち誇り、薄笑いを浮かべるHの顔が、(A子の母親の脳裏に)浮かぶ」、「娘は命を奪われ、その命を奪った男は生きながらえる」と表現した[書籍 33]

死刑囚・受刑者のその後

死刑囚K

死刑囚K・弁護人2人による国家賠償請求訴訟

第一審で被告人Kの国選弁護人を務めていた[新聞 154]、弁護士2人(蔵冨恒彦・福井秀剛)は[新聞 155]、蔵冨が同年4月、福井が同年6月と、それぞれKについて、拘置所職員の立ち合いなしで面会できる「弁護士面会」を、Kの収監先だった名古屋拘置所に申請した[新聞 155]。しかし、名古屋拘置所は、「死刑確定直後で、新庄安定のため、立ち合いがいる」などとして、立ち合いの伴う「一般面会」しか認めなかった[新聞 155]。これを受け、蔵冨・福井両名は、2009年8月12日付で、「再審請求中の死刑囚でも、弁護士面会が認められている。控訴取り下げに異議を申し立てている被告人Kは、当然認められるべきだ」として、名古屋拘置所の対応を違法であると訴え、国に対し、計120万円の賠償を求める国家賠償請求訴訟を、名古屋地裁に起こした[新聞 155]

また、控訴取り下げ以降、弁護人2人は、立ち合いなしの「弁護士面会」を、計14回求めたが、名古屋拘置所側は「既決囚だからできない」、「心情把握のため立ち合いが必要」として、いずれも認めなかった[新聞 188]。この他、1回の面会についても、同様に断られたが、実際には立ち合いなしで面会できた[新聞 188]

2010年11月4日付で、死刑囚Kも、「再審請求の準備などでは、既決囚でも、立会人なしの弁護士面会が認められている」などとして、拘置所側の対応を違法だと訴え、弁護人2人に続き、国に慰謝料など、計840万円の損害賠償を求める国家賠償請求訴訟を、名古屋地裁に起こした[新聞 188]

2010年12月21日、損害賠償請求訴訟の第1回口頭弁論公判が、名古屋地裁で開かれた[新聞 189]。被告である国側は、答弁書で、原告側の請求を棄却するよう求めた[新聞 189]。なお、立会人なしで面会できた面会1回について、国側は答弁書で、「職員が、未決囚と弁護人の面会と誤診した」と説明した[新聞 189]。閉廷後、Kの代理人も務めていた弁護人は、「提訴は本人の意思だ。刑事手続き上の防御権を侵害されたとの思いからだろう」と話した[新聞 189]

2013年2月19日、名古屋地裁(徳永幸蔵裁判長)は、国に対し、計145万円の賠償を命じる判決を言い渡した[新聞 190]。名古屋地裁は、「裁判を続けたいと望む死刑囚には、弁護人と単独で面会する法的権利がある。Kの精神状態が不安定で、職員の同席が必要だったのは、提訴された25回のうち1回だけで、それ以外の24回については、すべて立ち合いは違法である」と認定し、原告側が求めた2700万円の損害賠償のうち、145万円を認めた[新聞 190]

2014年3月14日、名古屋高裁(長門栄吉裁判長)で、控訴審判決が言い渡された[新聞 191]。名古屋高裁は、第一審に続き「面会の職員立ち合いは、拘置所長が裁量権を逸脱・乱用したもので違法だ」と認め、国に対し、計145万2000円の支払いを命じる判決を言い渡した[新聞 191]。この判決では、賠償総額を維持した上で、死刑囚Kへの支払額を増やすなど、配分のみを変更した[新聞 192]

死刑囚Kらは、判決を不服として最高裁に上告したが、最高裁第二小法廷(千葉勝美裁判長)は、2015年4月22日付で、上告を棄却する決定をした[新聞 192]。これにより、立ち合いの違法性を認め、国に計約145万円の支払いを命じた、名古屋高裁判決が確定した[新聞 192]

Kの死刑執行まで

Kは、2007年の冬以降、『中日新聞』社会部記者・長田弘己と、複数回面会し、取材を受けていた[新聞 13]。Kは、長田との最初の面会の際、H・X両名を「言い逃ればかりしている」と批判しつつ、被害者遺族への謝罪について、長田から問われると、「根本的な考えが普通の人とは違う。血を吸っている蚊をたたいて殺したのと同じだ。罪悪感を感じない」と発言した上で、「人を殺すことや泥棒、詐欺をすることは悪いこととは思わない」と言い切った[新聞 13]。その後もKは、公で心情を語ることは特になく、凶行に走った動機、死刑判決を受け入れた理由について、自ら明らかにすることは最期までなかった[新聞 13]

自ら控訴を取り下げ、結果的に死刑確定を受け入れる形となったKだったが、執行直前には、再審請求の検討を始めたり[新聞 13][新聞 40]、面会した弁護人に対し、拘置所内の処遇について注文を付けたりと[新聞 40]、生きることへのこだわりを見せることもあった[新聞 13][新聞 40]

また、拘置所関係者によればKは、初公判前に自殺を図ったり、死刑判決を受けた後は「自分は死刑になって当然だ」と、反省した様子を見せる一方で、「やってしまったことは仕方がない」と開き直るなど、本心を掴みづらいタイプだったという[新聞 40]

なお2011年には、参議院議員福島瑞穂が、当時拘置所に収監中だった死刑囚を対象に、アンケート「死刑囚からあなたへ 2011」を実施した[書籍 2]。Kは生前、このアンケートに対し、「どうか国会で、法相にナゴヤ(名古屋拘置所)はどうなっているのか問い質してください」、「私は人殺しですが、鬼ではなく人間です。それだけは忘れないでください」などと、収監先の名古屋拘置所に対する不満を訴えていた[書籍 2][新聞 193]

Kの死刑執行(2015年6月25日)

2015年(平成27年)6月25日、法務省法務大臣上川陽子)の死刑執行命令により、収監先だった名古屋拘置所で、死刑囚K(44歳没)の死刑が執行された[新聞 7][新聞 13][新聞 38][新聞 39][新聞 40][新聞 41][新聞 194][新聞 195][法務省 1][書籍 5][書籍 3]

上川は、執行後の記者会見で、「誠に身勝手な理由から、尊い人命を奪った、極めて残忍で、被害者・遺族にとっては、無念この上ない事件だ」と指摘した。その上で、「死刑は、裁判所が慎重な審理を尽くしたうえで言い渡すものだ。慎重にも慎重な検討を経た上で、死刑執行命令を出した」と発表した[新聞 7][新聞 13][新聞 38][法務省 1]

死刑執行を受け、A子の母親は、「娘を殺した死刑囚が生きていると思うだけで、事件のことばかり考えてしまっていた。遅すぎたぐらいとはいえ、一つの区切りになったが、娘は帰ってこない」[新聞 7]、「事件のことを娘に思い出させたくないので、娘には報告しない」、「もう一度、娘を抱きしめられたら、どれほど幸せか」とコメントした[新聞 196]

第一審でKの弁護人を務めた、弁護士・蔵冨恒彦は、「精神的に波があり、投げやりな時と、生きたいとの思いが強い時があった。死刑執行は早すぎる。共犯者(H)が、控訴審で無期懲役になっており、Kの判決も、間違っていた可能性がある」と主張した[新聞 40]

また、日本弁護士連合会(日弁連)は同日、村越進会長名義で、「今回の死刑執行に対し強く抗議するとともに、改めて死刑執行を停止し、死刑に関する情報を広く国民に公開し、死刑制度の廃止についての全社会的議論を求める」との声明を出した。[その他 34]

Hの余罪発覚

本事件の刑事裁判でHは、最高裁第二小法廷の検察側上告棄却決定により、2012年7月18日付で、無期懲役判決が確定した[判決文 1]

Hはその後、名古屋拘置所内で、無期懲役刑受刑者として服役中だったが[新聞 30][新聞 54]、同年8月3日、1998年(本事件から9年前、この年から14年前)に起こした強盗殺人事件(碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件)の主犯として、同事件の共犯者である、当時の仕事仲間だった男2人とともに、強盗殺人罪で愛知県警に再逮捕された[新聞 31]

本事件発生から5年となる、同年8月24日、名古屋地検はHら、同事件の被疑者3人を、強盗殺人罪で名古屋地裁に起訴した[新聞 33]

さらに翌2013年(平成25年)1月16日[新聞 32]、愛知県警は、Hが本事件前年の2006年7月20日[新聞 51]、夫婦殺害事件の共犯1人とともに、名古屋市守山区内の高齢女性宅に押し入り、首を絞めて現金などを奪った[新聞 51]、強盗殺人未遂事件にも関与したとして、Hら2人を強盗殺人未遂罪などで再逮捕した[新聞 32]。この事件についても、Hは強盗殺人未遂罪で、2月6日、名古屋地検から名古屋地裁に追起訴された[新聞 34]

これにより、無期懲役という壁の向こうに消えかけたと思われていた、大崎曰く「稀代の殺人鬼」、「人を殺すことを何とも思わない、3度の強盗殺人と強盗殺人未遂を繰り返した悪魔のような男」であるHだが、ついに追い詰められた形となった[書籍 9][書籍 34]

この逮捕について、弁護人の依頼を受け、控訴審でHの心理鑑定を担当した臨床心理士・山田麻紗子は[新聞 169]、『朝日新聞』の取材に対し、「心理鑑定では、Hは(今回の事件を)隠していたことになる。それでも、あの反省に嘘はないと思う」と語った[新聞 197]。その一方で、A子の母親や、A子の半生を取材した作家・大崎善生は、「名古屋高裁・最高裁の裁判官や、犯罪心理鑑定士が『犯罪傾向は進んでいない。犯罪の親和性は低い』とした、本事件控訴審・上告審の判断が、この逮捕により、誤りだったことが明らかとなった」と主張し、それら関係者を強く非難している[新聞 12][書籍 9][書籍 34]

また、これらの余罪による逮捕を受け、インターネット上では、Hの死刑判決を破棄した名古屋高裁・最高裁や、それらの判決・決定を批判する書き込みが、多数投稿された[報道 5]

なお、『産経新聞』(産業経済新聞社)のコラム「西論」編集者・井口文彦は、同紙2012年8月14日大阪夕刊スポーツ面のコラムにて、「(被害者の)『数』で死刑を考えるな」と題して、最高裁の決定を批判した[新聞 198]。井口は、「何の落ち度もない被害者を、強盗目的で拉致・惨殺した、Hら3人の犯行は唾棄すべきもので、理由なく襲われた被害者A子の無念を察すれば、『これが死刑でなければ何が死刑か』と思う」、「無期懲役判決が妥当とする最高裁第二小法廷の決定には、耳を疑った」と述べた[新聞 198]。その上で、「Hの『矯正可能性』を否定しない名古屋高裁・最高裁は、『殺害された被害者が1名である本件において、死刑の選択がやむを得ないといえるほど他の量刑要素が悪質であるとは断じ難く、死刑にすべき特段の事情はない』としたが、その『特段の事情』とは何だ。『犯行動機に酌量の余地はなく、残虐・無慈悲』と、悪質性を指摘しておきながら、闇サイトで発生した共謀を、特殊事情として認めないのは、正直、殺害された被害者が1人である事件に対し、死刑適用を回避するための言い訳としか思えない」、「最高裁決定から半月後、最高裁が“許した”Hは、14年前の強盗殺人容疑で再逮捕された。一般国民は『最高裁の目は節穴か?』と思っただろう」と、最高裁の判断を非難した[新聞 198]

その上で、井口は、「最高裁の司法研修所は、『裁判員裁判における量刑評議の在り方』とする研究報告を公表した。死刑判断は公平性を確保するのが大切で、『先例を尊重すべし』と提言したが、ちょっと待ってほしい」と述べ[新聞 198]、「過去の判例にこだわり、被害者の数が重要視される判決なら、裁判など開く必要はありません。コンピュータにこれまでのデータを入力し、裁かせればいいのです。きっと公平に裁いてくれるでしょう」と、刑事裁判の「官僚主義」を批判した、A子の母親の声を引用し[その他 32]、「法廷に市民感覚を反映させるのが狙いの裁判員裁判に、職業裁判官の過去の判断を尊重するよう求める運用は、制度の否定につながる矛盾ではないか。被害者の数で死刑を考える人数主義は、官僚主義の最たるものであり、裁判員制度の矛盾と相いれない」、「残虐・冷酷な犯行の中身より、被害者が1人との理由を優先して、死刑を回避する司法の官僚主義は、いかに不信を呼んでいるか、最高裁はもっと認識した方がいい」と述べた[新聞 198]

それらの事件の刑事裁判で、強盗殺人罪などに問われたHは、第一審・名古屋地裁(裁判員裁判・景山太郎裁判長、2015年12月15日)で、本事件の第一審以来となる死刑判決を受けた[新聞 35]

Hは判決を不服として、翌12月16日付で名古屋高裁に控訴したが[新聞 199]、控訴審・名古屋高裁(山口裕之裁判長、2016年11月8日)は、死刑判決を支持し、Hの控訴を棄却する判決を言い渡した[新聞 36]

2017年(平成29年)9月22日現在、名古屋拘置所に収監されているHは[書籍 12]、控訴審判決を不服として[新聞 37]、最高裁に上告中である[書籍 12]

事件後

朝日新聞名古屋支社の声明

朝日新聞名古屋本社販売部は、事件を報じる記事で、「取引先である新聞販売所が、セールスの業務を委託した会社の従業員(K)が、このような事件を起こしたことは、大変遺憾です。今後、このようなことがないよう、あらためて関係先に、人事管理の徹底などを行います」とのコメントを出した[新聞 42][新聞 72]

「闇の職業安定所」の閉鎖

事件後の8月27日朝、3人が知り合うきっかけとなった闇サイト「闇の職業安定所」が、閉鎖されていたことが判明した[新聞 200]。この時点でも、複数の類似サイトがあったため、愛知県警特捜本部は、閉鎖されたサイトが、実際に3人が使用したものかどうか、確認を急いだ[新聞 200]

「闇の職安」管理人は、『朝日新聞』の取材に対し、「犯罪を連想させるワード約80個を、禁止ワードとして設定し、抵触する投稿は削除していたが、『仲間募集』とだけ書かれた場合などは、投稿があっただけの段階では対処できない」、「警察からの要請があれば、通信記録を提出するなど、警察が関与することは明記していたが、それでも今回のようなことが起こるのならば、閉鎖しかないと考えた」と答えた[新聞 201]

本事件前の共犯者の刑事裁判

本事件発生前、3人と闇サイトで知り合い、事件前日にXと共謀し、事務所荒らしをしたとして、建造物侵入・窃盗未遂の罪に問われた男Vの初公判は、2007年10月15日、名古屋地裁で開かれた[新聞 202]。罪状認否でVは、起訴事実を「間違いありません」と認めた[新聞 202]。その後の被告人質問で、男は「闇サイトで3人と知り合い、強盗殺人の計画を話し合ったが、『人を殺すのは嫌だ』と思い、計画から抜けた」と述べた[新聞 203]。公判中の被告人質問で、「V自身の対応次第では、その後Xらが起こした、拉致・殺害事件を防ぐことはできたのではないか」という質問がされたが、Vは「そんな事件を起こすとは思っていなかった」と述べた[新聞 204]

同年11月12日、論告求刑公判が開かれ、検察側はVに対し、懲役2年を求刑した[新聞 203][新聞 204]。検察側は、この日までに[新聞 203]、Vが薬局襲撃を計画した[新聞 204]、別の強盗予備罪についても追起訴し[新聞 203]、同事件を含めて審理した[新聞 204]。検察側は、論告で「犯行は計画的で、刑事責任は軽くない」と指摘した上で、「犯行はいずれも未遂だが、多大な被害が生じた可能性は高い」と主張した[新聞 204]。一方、弁護側は「自首し、反省している」と主張し、執行猶予付きの判決を求めた[新聞 203]

同年11月20日、判決公判が開かれ、名古屋地裁(寺沢真由美裁判官)は、Vに対し、懲役2年・執行猶予3年(求刑・懲役2年)の判決を言い渡した[新聞 205][新聞 206]。名古屋地裁は、判決理由で、量刑の理由について、「闇サイトを利用して、安易に金を得ようとした」[新聞 205]、「手段を選ばず、金を奪う強い執着があり、積極的に犯行に及んだが、自首した後は捜査に協力した」と述べた[新聞 206]

防犯活動

本事件をきっかけに、地域住民から「A子同様、地下鉄駅から徒歩などで帰宅する女性が、安心して帰宅できるようにしてほしい」という声が上がった[新聞 207]。これを受け、千種署は、名古屋市交通局の協力を得て、千種区内の名古屋市営地下鉄東山線名城線桜通線の3路線全10駅に[注釈 3]防犯ブザーを1駅5個ずつ置き、利用者への貸し出しを開始した[新聞 207]。同時に、駅構内には「女性の一人歩きは危険です。防犯ブザーを科します。ご利用の方は駅長室に申し出てください」と書かれたポスターを貼り出した[新聞 207]。千種署は「凶悪事件をきっかけに、再発防止を願う地域住民の要望からできたことだ。積極的に有効活用してほしい」とコメントした[新聞 207]

また、現場付近の地下鉄本山駅周辺では、事件後、住民らが街灯を増設したり、防犯カメラを新設し[新聞 208]、自主的な防犯パトロールを強化した[新聞 68][新聞 208]。事件から10年が経過したのを受け、A子が拉致された夜道を歩いた、『中日新聞』記者・小椋由紀子は、2017年8月25日朝刊記事で、「今も、現場周辺の夜道は決して明るいとは言えないが、事件当時はもっと闇が濃かった」と記述した[新聞 208]。一方で、時間の経過とともに、住民らの間でも、事件の記憶は風化しつつあるため、防犯パトロールの頻度は減り、拉致現場への献花も、数年前に途絶えたという[新聞 208]。地区のパトロール隊長を務める70歳代男性は、小椋の取材に対し、「もう事件が起きないように、という気持ちで、今も月1回巡回に出掛けているが、正直、辛いことを考え続けるのは苦しい」と打ち明けた[新聞 208]

被害者遺族の活動

事件で愛娘を失い、1人遺されたA子の母親は、8月28日付で、「犯人たちに対する憤りで胸が張り裂けそうだ。絶対に許せない」という手記の趣旨を公開した[新聞 85][新聞 77][新聞 89]

A子の母親は、2007年9月11日付で、「拉致されてから駐車場で命を奪われるまでの利恵の恐怖と苦しみを思うと、可哀想で居たたまれない気持ちで一杯になります。できることならもう一度、大丈夫だからねと言って利恵を抱きしめてあげたい」という、心情をつづった手記を、報道陣向けに出した[その他 35][新聞 209][TVニュース 3]

鳩山邦夫法務大臣(当時)宛への直訴の手紙

A子の母親は、2008年3月3日、本事件の公判の早期開始と、インターネット上の有害サイトへの法規制を求める手紙を、鳩山邦夫法務大臣(当時)宛に郵送した[その他 36][その他 37][新聞 210]

便せん6枚に渡る手紙の概要は、「今回の事件は、冤罪の可能性がないのは明白で、事実認定が極めて困難なケースでもないのに、なぜ(事件から半年以上が経過した当時)初公判までに時間がかかり過ぎているのか」と訴えた上で、「3被告人の接点は闇サイトにあり、事件後も闇サイトの関わる事件が後を絶たないことを憂慮している。闇サイトに対し、法規制をかけることで、悲劇を防いでほしい」という内容だった[新聞 210]

これを受け、鳩山は3月6日付で、A子の母親に対し、返信の手紙を送った[その他 38] [新聞 211]。鳩山は、「事件について、個別のケースについて考慮されていない。加害者よりではないか、という司法への批判がある」と指摘し、その上で「凶悪犯罪に対する厳罰が、犯罪の抑止力になる、というお考えには全く同感です」との立場を示した[新聞 211]。また、「インターネットを使った犯罪など、新しい類型の犯罪を考えなければなりません」として、闇サイトに対する法規制を求めた手紙に沿った考えを示した[新聞 211]

3被告人への死刑を求めた署名活動

A子の母親は、事件から約1か月となる2007年9月22日、ホームページを設立し、愛娘を失った悲しみ・命を奪った加害者3人への怒りなど、心情を吐露した[新聞 212]。ホームページには、笑顔を浮かべた、生前のA子の遺影を掲載した上で、事件後、報道陣に出した手記を掲載した[新聞 212][その他 35]。その上で、「人の命を奪うことが、いかに重い罪になるかを、多くの人に知ってもらい、同じような犯罪をなくしたい」として、同月中旬以降、遺族一同で、被疑者3人に対し、極刑を求める署名活動を開始したことや、3人の強盗殺人罪での起訴に合わせ、名古屋地裁に1回目の提出をすることを明かした上で、陳情書への署名を訴えた[新聞 212]。署名活動のきっかけは、同じような境遇を持つ、全国の犯罪被害者や、子を持つ親たちから届いた手紙の中に、逮捕された被疑者らが死刑にならない可能性を指摘した1通の手紙があったことだった[新聞 213]。被害者遺族として、マスメディアの取材に応じることについて、抵抗感はあったが、その度に「自分が表に出ることで、娘のことを(社会に)覚えてもらえる」と言い聞かせつつ、社会的に活動してきたという[新聞 213]

極刑を求める署名活動に関しては、「人殺しを募るなんて」などという、あまりにも心無い、無神経な批判の声もあったが[新聞 214]、A子の母親に共感する声が多く、事件発生から約1年となる2008年8月17日までに、約28万1400人分に達する署名が集まった[新聞 213]。署名の多くには、「お母さんは1人じゃない」、『自分が裁判員なら、被告人らの死刑を主張する」[新聞 215]、「安全と言われる日本でこんな犯罪が起きるとは」、「自分は死刑制度には反対だが、この事件に限っては例外だ」などの言葉がつづられており[新聞 75]、インターネットを通じて形成された犯罪者集団が、見ず知らずの市民を殺害した残虐な犯行に対する、切迫した不安感もにじんでいた[新聞 216]。A子の母親は、「署名活動を通じて、精神的にくじけていた自分に、皆さんが元気と勇気をくれた」と、感謝の言葉を述べた[新聞 215]。署名は日本各地に加え、アメリカ合衆国スイスニュージーランドからの郵送もあった[新聞 216]

オウム真理教事件地下鉄サリン事件)・広瀬健一(2009年に死刑確定)の弁護人を務めていた、第二東京弁護士会所属弁護士・田瀬英敏は、「職務上、加害者の側に立つ」立場ではあったが、「今回の凶行は悪質極まりなく、社会防衛の観点からも、遺族の応報感情の点からも、死刑はやむを得ない」として、2007年10月、署名をした上で、A子の母親宛ての手紙とともに投函した[新聞 216]。田瀬は、事務所でホームページを見たことをきっかけに、この署名活動を知り、「再び社会と折り合える可能性がある加害者の場合、死刑を科すことは慎重であるべきだ」、「広瀬は一貫して罪を悔いており、死刑は重すぎると感じた」と述べた一方で、「闇サイト殺人事件は、通り魔的に被害者を拉致・殺害した凶悪犯罪であり、死刑判決が下されなければ、女性が夜道を歩くことが、命がけになってしまう」として、署名を決断した[新聞 216]。また、北海道紋別郡遠軽町在住の、仮釈放者らを支援する保護司を務めていた、当時60歳代男性も、「加害者の更生も大切だが、もっと大事なのは、真面目に生活している人が人生を奪われないこと。ためらいもなく人を殺害する行為には、死刑という相応の罰があることを、裁判所が示す必要があると思った」として、妻とともに、署名を行った[新聞 216]

当初の目標は3万人だったが[新聞 216]、10月1日時点で、ウェブサイト上を含めた署名数は、102,422人に上った[報道 6]

A子の母親・伯母(母親の姉)ら、被害者遺族一同は、2007年9月27日から30日までの4日間、名鉄百貨店ヤング館前(名古屋市中村区名駅一丁目、名古屋駅名鉄名古屋駅などの近く)で、被疑者3人の極刑を求める署名活動を実施した[新聞 217]

2007年10月23日、A子の母親・叔母は、名古屋地検を訪れ、それまでに集まった約15万人の署名を、事件を担当していた検察官に手渡した[新聞 218]

2007年12月8日、A子の母親は、名古屋市中区三丁目(三越名古屋栄店周辺)にて、A子の伯母・友人ら、約20人とともに、初めて街頭に立ち、署名活動を行った[新聞 219]。この時点までに、署名は約22万人分集まった[新聞 219]

2008年4月5日、A子の母親ら、遺族・友人ら5人は、中区栄で、事件後3回目となる街頭署名活動を行った[新聞 220]。それまでに、合計26万3000人分の署名が集まっており、翌6日午後も、同署で署名活動が行われた[新聞 220]。「許せません。同じような被害を繰り返さないためにも、署名をして、事件の裁判を最後まで見届けてください」と、道行く人々に声を掛けた、A子の母親は、『中日新聞』の取材に対し、「事件から7カ月以上過ぎても、犯人らが憎い思いは変わらない。これからも署名活動を続ける」と語った[新聞 220]

論告求刑公判を間近に控えた2008年12月18日、目標数として掲げていた、30万人分の署名が集まった[その他 39]。これらの署名は、被告人・弁護人側の不同意に寄り、証拠採用はされなかったが、30万人到達に先立ち、同年12月8日の証人尋問では、検察庁に最初に提出した署名の写真を、検察側が映像で映し出した[その他 39]。また、裁判官からは、「その前日までに集まった署名数はいくつか」(約29万7000人分の署名数)といった質問があった[その他 39]。A子の母親は、「署名を直接見ていただくことはできませんでしたが、公判記録として残すことができました。ご賛同いただきました皆様の声を、このような形ではありますが、司法に届けることができました。検事さんのご配慮に大変感謝いたします」と述べている[その他 39]。第一審判決公判当日の2009年3月18日、署名数はちょうど32万人に達した[新聞 216]

第一審で死刑判決を受けたHは、2009年5月下旬、名古屋拘置所で、『読売新聞』記者との面会取材に応じた[新聞 216]。この際、「判決直後は2日ぐらい食事が取れなかった」と明かしたHは、署名について、「別に気にしていないっていうか、当たり前なんだろうなと。遺族への道場で署名したのだと思う」と語った[新聞 216]。また、3被告人のうち1人の弁護人を担当した弁護士は、「署名となって表れた世論も、裁判官の心理も、今回のような犯罪が増えるのではないかという、不気味さを感じている点で、根は同じ。死刑に犯罪の抑止効果を期待している」と分析した[新聞 216]

2009年5月13日、A子の母親は、約6万人の署名を、名古屋高等検察庁に追加提出し、提出された署名数は、32万1122人分になった[新聞 221]。この日、A子の母親は、担当検事と約1時間半懇談し、「現在の心境をつづった文章を出していただきたい」と要請された[新聞 221]

その後は、事件の風化の影響から、署名数は頭打ちになり、署名活動を手伝う友人は、「どんな事件だったっけ?」と尋ねられたこともあったという[新聞 163]。2011年4月の控訴審判決直前時点では、集まった署名数は、32万9000人となっていた[新聞 222]

極刑を求める署名は、控訴審判決後、合計32万9878人分となっており[新聞 181]、その後Xに対する上告が断念され、無期懲役が確定することとなっても、署名活動は継続された[新聞 183]

その後、Hに対する上告が棄却され、刑事裁判がすべて終結したことにより、332,806人文を集めた署名活動は、2012年8月25日付で終了した[その他 40]

しかし、Hがその後、碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件など、2件の連続強盗殺傷事件の余罪が発覚し、同事件で逮捕・起訴された上、死刑判決を受けたことや、各種イベント・活動の報告など、被害者遺族運営のサイトの更新自体は、2017年時点でも継続されている。

加害者らの謝罪に言葉に対する反応

前述のように、H・X両名は、第一審の最終弁論公判で初めて、被害者遺族に対する謝罪の弁を述べたが、閉廷後、A子の母親は「謝罪を受け入れる気持ちはないので、素直に聞けなかった」と語り[新聞 9][新聞 10]、改めて死刑判決を望む旨を表明した[新聞 10]

なお、Xはこの公判の4日後(2月6日)、名古屋拘置所で『毎日新聞』中部報道センター記者・秋山信一と面会したが、秋山から「謝罪は本心からか」と問われると、「答える必要はない」と突っぱね[新聞 223]、またA子が犠牲になったことについては、「運が悪かったから狙われたんじゃ。16人(後を)付けて、(A子が)17番目。17分の1の確率じゃ」と、投げやりに吐き捨てた[新聞 139]

後の第一審判決後、3被告人のうち、Hのみが、弁護人を通じて、「謝罪文を送りたい」と申し出た[新聞 224]。しかし、A子の母親は、謝罪・反省は望んでおらず、「控訴も取り下げていないのに、心から謝罪しようとしているは思えない」として、謝罪を拒否した[新聞 224]。Hはその後、控訴審判決で死刑から無期懲役に減軽された途端、一転して遺族への連絡は途絶え[新聞 11]、謝罪の手紙を送りたいという申し出もなくなった[新聞 12]

また、Xが前述のように、判決後の面会で、反省のない態度と受け取れる発言をしたことや[TVニュース 1][TVニュース 2][新聞 12]、Hが連続強盗殺傷事件の余罪を、本事件で無期懲役が確定するまで自白せず、隠していたことから[新聞 33][新聞 12]、A子の母親は、Kを含めた加害者3人全員を、「身勝手な欲のために、『殺害行為は仕事感覚』『ゴキブリを殺すのと一緒だ』などと、何の関係も落ち度もない人の命を簡単に奪えるほど、善悪に対する根本的な考えが一般の人とは違うということを知った」、「人間としての最低限の道徳心さえ持ち合わせていない、きれいごとでは済まされない、どうしようもない人間」と非難し、両名の謝罪をいずれも受け入れていない[新聞 12]

特にHについては、「(本事件の犯人3人の中で)Hが一番嘘が多かった」[新聞 33]、「Hは3人の中で最もしたたかで、図太く見えた」[新聞 11]、「本気で反省し、謝罪する気があったらこれまでに犯した犯行を自供していたはず」と[新聞 12]、その反省のない態度を、強く非難している[新聞 33][新聞 12]。また、そのHに対し、死刑適用を回避した、名古屋高裁・最高裁の裁判官や、「犯罪傾向は進んでおらず、犯罪の親和性は低い」とした、犯罪心理鑑定士についても、「強盗殺人という重大事件を犯し、4年近く経っても反省できない人を、どうして更生の可能性があると判断できたのかわからない」と、厳しい声を述べた[新聞 12]

日本各地での講演活動など

また、A子の母親は、「犯罪被害の当事者になって、『被告人の権利・更生は考えるのに、大切な命を奪われた被害者遺族の立場・負担への配慮は足りない』という、司法制度の矛盾・疑問に、初めて気づかされた」として[新聞 224]、「事件のことを話すと娘のむごい姿につながり、つらいが、娘が亡くなったことを無駄にしたくない」、「被害者の現状を知ってもらいたい」という思いから[新聞 225][新聞 226]、犯罪被害者団体の集会・手記などで[新聞 227][新聞 224]、犯罪被害者の権利確立などを訴え続けている[その他 41]

2016年12月の講演会における発言

2016年12月17日、星陵会館ホール東京都千代田区)にて、犯罪被害者支援弁護士フォーラムのシンポジウムが行われた[新聞 225][新聞 226]。同日、A子の母親は、基調講演を行い、事件の詳細・死刑制度の必要性などを語った[新聞 20][新聞 228][新聞 229][新聞 230][新聞 231][新聞 12][新聞 179][新聞 178][新聞 174][新聞 232][新聞 233]

この中では、凄惨な殺害の状況についても、「『死刑反対』と軽々しく口に出してほしくない」として、あえて詳細に言及した[新聞 230]。また、Hの余罪発覚や[新聞 12]、3人の反省のない態度などについても言及した上で[新聞 12][新聞 179]、「加害者の更生という未来の不確定なことを前提にして裁くのではなく、まじめに生きている人を守ることを優先して裁く司法であってほしい」と述べた[新聞 179]

また、「裁判官の『被害者が1人である本件では死刑選択がやむを得ないと言えるほど悪質な要素があったとはいえない』、弁護人の『被害者が1人で死刑になった事件に比べると、この事件はそれほどひどい事件ではない』など、司法の世界ではごくごく当たり前の文言が、この上ない二次被害となった」と訴えた[新聞 179][新聞 178]。それに加え、「被害者の数を重要視する裁判官こそ、人の命を軽んじているのではないかとさえ思った」、「裁判官の『殺害の態様が残虐性を増したのは、被告人らが想像しているよりも被害者が簡単に絶命しなかったため、殺害手段を次々に変えた結果である』という言葉は、『残虐になったのは、A子がさっさと死ななかったせいだ』と言われているような気がした。(犯人たちは、殺害方法が)残虐であろうとなかろうと、最後は殺すという目的のために、どんな方法でもよかった」として、裁判所の判断に対し、異を唱えるとともに[新聞 178]、法曹界の量刑相場などの感覚が、一般感覚とあまりにもかけ離れていることを指摘した[新聞 174]

そして、「死刑反対を唱える方々は、自分や自分の大切な人は、絶対に犯罪に巻き込まれないとの前提の上で、物事を考えているのではないでしょうか。想像力の欠如か、あるいはすべてがひとごとか。今や誰に降りかかってくるかもしれない世の中です。きれいごとでは社会秩序は守れません」と訴えた上で[新聞 232]、最後に「日弁連には、死刑制度の廃止を目指す前に、被害者やその家族の人権や処遇を、被疑者や被告人同様、憲法に明記するよう人権擁護大会で働きかけるべきだ。奪われた命の尊さを、『死んだ者には人権はない』などと、否定しないでほしい」、「死刑廃止論者は、自分の愛する家族の命を奪った加害者に対しても、『死刑反対』と言えるのか、本当に家族の一員として反対に満足なのか。自分に降りかかるかもしれないという前提で考えていただきたい」と訴えた[新聞 233]

日弁連の死刑廃止宣言・瀬戸内寂聴の「殺したがるバカども」発言への反論

なお、この講演会に先立ち、2016年10月7日、死刑廃止を求める日本弁護士連合会(日弁連)のシンポジウムが、福井市内で開かれ[新聞 234][新聞 235]、死刑廃止の立場を、日弁連として初めて明確にする形で、「2020年までに死刑制度の廃止を目指す」とする宣言案を、賛成多数で採択した[その他 42][その他 43][新聞 236][新聞 237]。採決は、大会に出席した弁護士786人で行われ、賛成546人、反対96人、棄権144人で[新聞 236][新聞 237]、A子の母親曰く、「賛成人数は全弁護士3万7000人の1.4%にすぎない」というものだった[新聞 174]

この際、「全国犯罪被害者の会」(あすの会)のメンバー・犯罪被害者を支援する弁護士らが出席した中で、シンポジウムに寄せられたビデオメッセージにて、瀬戸内寂聴が「(死刑廃止に向けて)殺したがるバカどもと戦ってください」と発言した[新聞 234]。この発言に対し、「犯人の死刑を望む、もしくは死刑制度に賛成する、犯罪被害者・被害者遺族らを罵倒した発言だ」として、あすの会顧問を務める弁護士岡村勲が、「被害者はみんな加害者に命をもって償ってもらいたいと思っている。そのどこが悪いのか。バカ呼ばわりされるいわれはない」[新聞 235]、犯罪被害者支援に取り組む弁護士が「こんな内容のビデオを被害者遺族のいる前で流した常識を疑いたい」と[新聞 238]、それぞれ反発の声を上げるなど、犯罪被害者支援の関係者・インターネット上から、大きな非難の声が上がった[新聞 238][新聞 239][新聞 240][新聞 241][新聞 242]

この日弁連の宣言については、「人権擁護大会に出席したのは786人で、そのうち死刑廃止宣言に賛成したのは546人だ。全弁護士3万7000人の1.4%にすぎない」として、有効性・公正性を疑問視した[新聞 174]。また、瀬戸内の発言に対しては「(なぜ死刑制度に賛成する我々被害者遺族が)『殺したがるバカども』と罵倒されなければならないのでしょうか。この言葉は(実際に人を殺した)加害者に向けるべき言葉ではないでしょうか」と真っ向から反論した[新聞 230]

その上で、「裁判で見た弁護人は、被告人の刑を軽くするためなら、どんな方法もいとわない共犯者として映り、正義感など何も感じられなかった。弁護人は敵にしか見えなかった」と述べた上で、[新聞 232]「被告人に真実を語らせ、その罪に見合う刑罰が科せられるよう働くのが、弁護人の仕事と思っていたが、死刑の可能性がある被告人に対し、黙秘権を行使し、何も話さないように勧めるなどしているのを見ると、とてもそうとは思えない。このようなやり方で刑が軽くなった被告人は、犯した罪と向き合うこともせずに、刑を軽くするやり方を学び、もっと凶悪になっていくのではないか」として、刑事訴訟における弁護人の訴訟戦術を批判した[新聞 233]

その一方で、「あすの会(全国犯罪被害者の会)の総会に出席した際、被害者に寄り添う弁護士の方々の話を聞き、『こんな弁護士もいるのか』と、とても驚いたのととともに、感動し、元気をもらった」とも述べた[新聞 232]

2017年9月の討論会

2017年9月9日、犯罪被害・死刑制度などについて考える会「TOKYO1351」と、ニコニコ動画が共同で開催した、死刑を考える討論会(司会:ジョー横溝)が開催された[報道 2][報道 7][報道 8][報道 9][報道 10]。A子の母親は、この討論会に、死刑制度存置派(弁護士・山田廣、酒井宏幸、高橋正人、上谷さくら)、死刑制度廃止派(弁護士・小川原優之、岩井信、ジャーナリスト・青木理、映画監督・森達也、ミュージシャン・山口洋)とともに参加し、「死刑制度」についての討論を行った[報道 2][報道 7][報道 8][報道 9][報道 10]

森達也は、死刑制度に反対の立場を示しているが、A子の母親から、事件の詳細などについて聞かされ、「『もしあなたの息子や娘の家族が殺害されたら』という(問いかけの)言葉ですが、僕は意見が変わるかもしれません」、「家族がもしも殺害されたら、その犯人を殺したいと思うでしょうね。裁判に任せずに自分で復讐したいと思うかもしれない。極めて当たり前のことだと思う」と、感想を示した[報道 7]。一方、大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件熊谷男女4人殺傷事件名古屋保険金殺人事件など、複数の死刑事件について、加害者・被害者・死刑執行に携わる刑務官など、さまざまな関係者を取材し、著書『絞首刑』を出版した青木理は、「『犯罪被害者がこんなにないがしろにされていたんだ』と痛感した。誰でも、犯罪被害者遺族になる可能性があるわけだから、金銭的・肉体的・精神的な面で、社会がフォローしないといけない、と思う」として、A子の母親に共感を示した上で、「刑事訴訟に被害者遺族の心情や、被害者対加害者という対立軸を持ち込むことは、どうなのだろうかということを考えないといけない」、「約5年間、さまざまな取材を通して『殺人は絶対悪だ』と思ったので、死刑には懐疑的だ」という見解を示した[報道 7]

ジョー横溝は、死刑存置派の弁護士に対し、「裁判を通して弁護をしている間に、被告人は生きて償わせた方がいいのではないのかと思ったことはありますか」と質問した[報道 8]。これに対し、上谷さくらは「『生きて償う』というが、何をしてくれるんだ、という感じだ。本事件のようなケースでも、3人全員が死刑になったわけではない。その人たちが『生きて償う』と言っても、『ただ刑務所に入って、ただ生きているだけ』だ。それが遺族にとって何の償いになるのか、と思う」、山田廣は「命乞いをした被害者を理不尽に惨殺しておいて、いざ自分が死刑になりそうになった途端に『生きて償いたい』というのは、命乞いに他ならない。二度も被害者を冒涜していると思う」、高橋正人は「被害者は殺され、生きて帰ってこないのだから、償いようがない。だから遺族は『死んで責任をとってくれ』と言うわけだ。例えば、100円を盗んだら、100円に金利をつけて弁償すれば、償いになるが、人を殺して死なせたら、償えない。だから遺族は『人を殺した以上、加害者も死んで責任を取ってください』と言っている」と、それぞれ反論した[報道 8]

また、「冤罪死刑存廃問題」という観点についても、議論の対象となった[報道 8]。この中では、岩井信から、「死刑確定後、再審無罪が確定した4つの冤罪事件」(免田事件財田川事件松山事件島田事件)と、再審開始決定が出た袴田事件について言及され、ジョー横溝からも、冤罪を主張していた死刑囚が処刑された飯塚事件について言及された[報道 8]。高橋正人は、「冤罪の問題はあくまで、刑事司法の手続きの話だ。勿論、被害者にとっては二次被害、三次被害でもあるため、冤罪は絶対にあってならないが、『冤罪で死刑になったら取り返しがつかないから、死刑制度を廃止しよう』という考えは違うと思う」、上谷さくらは、「厳密な捜査などにより、冤罪をなくす努力をすることと、死刑制度を廃止することは別問題だ。現行犯逮捕された事件など、絶対に冤罪ではない事件もある[注釈 4]。一部の事件に冤罪の可能性があるからと言って、死刑制度そのものの廃止を主張するのは、論理の飛躍だと思う」と、それぞれ主張した[報道 8]

また、A子の母親は、「裁判が結審するまでに18年かかって、死刑が確定したのに、いまだに刑が執行されていない事件がある。その死刑囚は、明らかに冤罪ではないのに、再審請求を繰り返すことで、死刑執行を回避しようとしている」と指摘した上で、「遺族は高齢化し、いずれ自分が死ぬか、それより先に死刑囚が死ぬか、という話になる。遺された遺族が、一歩前に進もうとするためにも、早いうちに死刑が執行されることは、とても大切だと思う」と述べた[報道 9]

犯罪被害者の権利回復についても言及され、高橋は「現行の犯罪被害給付制度でも、年齢問わず3000万円程度が支給される自動車賠償責任保険(自賠責保険)と違い、3000万円の支給例はめったにない。受刑者は、週2回の入浴があるが、その水道料金が5億円なのに対し、犯罪被害給付制度の予算は20億円だ。つまり、受刑者が毎日入浴するのに必要なのと同じ金額で、被害者は刑事訴訟をやらないといけない上、教育ローン・住宅ローンを払わないといけない、という状況だ。犯罪被害者に対する経済的な保証を、しっかりと確立してほしいと思う」と述べた[報道 10]。その上で、「日本には、『加害者が負担すべきだ』という考え方が古くからある。しかし実際には、民事訴訟の損害賠償請求で勝訴しても、ほとんど履行されておらず、取り立てもできない以上、泣き寝入りになるケースが多い。金に困って強盗殺人をした人間が、損害賠償を払えるわけがない」と指摘した[報道 10]

事件発生から10年を迎えて

2017年8月24日、事件発生から10年を迎えた[新聞 243][新聞 244][新聞 245][新聞 246][新聞 247][新聞 248][新聞 249][新聞 250][報道 3]。これを受け、A子の母親は、報道各社のインタビューに応じるとともに[新聞 243][新聞 244][新聞 245][新聞 246][新聞 247][新聞 250][報道 3]サイバー犯罪(インターネット犯罪)の増加・複雑化・巧妙化の現実を踏まえ[新聞 249]、取り締まり強化や、新しい法律の必要性を訴えた[新聞 243][新聞 244][新聞 245][新聞 246][新聞 247][新聞 248][新聞 250][報道 3]

これに先立ち、作家・大崎善生が、2016年11月30日、角川書店から、被害者A子の生い立ち、母とともに生きた31年間の生涯などを描いたノンフィクション・『いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件』を出版した[新聞 14]。大崎は、2014年から執筆のため、毎月のように名古屋に通い、A子の母親にインタビューをした。A子の母親は最初こそ、取材を断ったものの、その後熱意にほだされたのか、最後は全面的に、大崎に協力したという[新聞 14]。大崎は、事件から10年が経過したのを受け、「事件当時、A子さんの顔写真を見て『こんな普通の子が…』と思ったのが、取材のきっかけだった。母1人子1人の生い立ちなどを知り、引き込まれていった」、「地域は徐々に、日常を取り戻しつつあるかもしれないが、同様の事件はいつでも起こり得る。被害者の『命の闘い』を忘れてはならない」とコメントした[新聞 251]

参考文献

刑事裁判の判決文

  • 名古屋高等裁判所刑事第2部判決 2011年(平成23年)4月12日 TKCローライブラリー(LEX/DBインターネット) 文献番号:25670946、平成21年(う)第219号、『営利略取、逮捕監禁、強盗殺人、死体遺棄、窃盗未遂、強盗強姦未遂、建造物侵入各被告事件』、”インターネットの掲示板を利用して集まった被告人らが、帰宅途中の被害女性を自動車内に押し込んで逮捕監禁し、暴行を加えて現金及びキャッシュカードを強取し、脅迫してキャッシュカードの暗証番号を聞き出した後、同女を殺害してその死体を遺棄するなどした営利略取、逮捕監禁、強盗殺人、強盗強姦未遂の事案において、殺害された被害者が1名である本件において、死刑の選択がやむを得ないと言えるほど他の量刑要素が悪質であるとは断じがたいことなどから、被告人A(本文中H)を死刑に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であり、他方で、被告人B(同X)を無期懲役に処した原判決の量刑は結論において相当であるとして、原判決中、被告人Aに関する部分を破棄し、被告人Aを無期懲役に処した事例。”。
    • 判決内容:Hは原審の死刑判決を破棄、Xの検察側・被告人側双方の控訴棄却、いずれも無期懲役(求刑死刑)
    • 裁判官下山保男裁判長)・柴田厚司松井修
    • 検察官弁護人
      • 名古屋地方検察庁検察官:玉岡尚志(被告人Xに対する控訴趣意書を作成)
      • 名古屋高等検察庁検察官:白井玲子・工藤恭裕(両被告人の控訴趣意書に対する答弁書を記載・提出、被告人Xに対する控訴趣意書を提出)
      • 被告人Hの弁護人:長谷川龍伸(主任弁護人)・夏目武志・稲垣高志(控訴趣意書を連名作成)
      • 被告人Xの弁護人:成田龍一(主任弁護人)・金井正成・磯貝隆博(控訴趣意書を連名作成、検察側の控訴趣意書に対する答弁書を連名作成)

関連書籍

  • 大崎善生 『いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件』 角川書店2016年11月30日ISBN 978-4041025222
    • 被害者女性A子の生涯に寄り添いながら事件に迫る長編ノンフィクション。本書の題名は、被害者が生前心から愛したGLAYの曲「いつかの夏に耳をすませば」に由来する[書籍 35]
  • 死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90 『死刑囚90人 とどきますか、獄中からの声』 インパクト出版会2012年5月23日ISBN 978-4755402241
  • 年報・死刊廃止編集委員会 『ポピュリズムと死刑 年報・死刑廃止2017』 インパクト出版会、2017年10月15日ISBN 978-4755402807

脚注

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注釈

  1. ^ 名古屋市内から豊川市内までは、東名高速道路を経由すれば約30分、国道1号など一般道経由の場合は約1時間ほどの距離だが、1時間以上をかけて移動した記録から、大崎善生は「おそらく一般道で移動した」と推測した[書籍 11]
  2. ^ 事件の発端となった闇サイトへの書き込みを行ったのは、本文で述べられている通り、X自身である。
  3. ^ 今池駅池下覚王山本山東山公園星が丘茶屋ヶ坂自由ヶ丘名古屋大学吹上の計10駅。
  4. ^ 酒井宏幸は、「絶対に冤罪ではない事件」の例として、秋葉原通り魔事件相模原障害者施設殺傷事件などを挙げた[報道 9]

出典

※以下の出典において、記事名に本事件・碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件、それぞれの当事者の実名が使われている場合、この箇所を本項目で用いているその人物の仮名及び伏字で表記する。
刑事裁判判決文からの出典
  1. ^ a b c 名古屋地方裁判所刑事第4部判決、2015年12月15日、平成24年(わ)第1701号/平成25年(わ)第156号(※碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件の第一審判決文)
  2. ^ a b c d e f g h i 名古屋高等裁判所刑事第2部判決 2011年(平成23年)4月12日 TKCローライブラリー(LEX/DBインターネット) 文献番号:25670946、平成21年(う)第219号
  3. ^ 最高裁判所第二小法廷決定 2012年(平成24年)7月11日 最高裁判所裁判集刑事編(集刑)第308号91頁、平成23年(あ)第844号
新聞報道出典
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  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah 『中日新聞』2007年8月27日朝刊1面「路上で女性拉致殺害 第2の犯行も計画 闇サイトで知り合う 男3人を逮捕 遺棄容疑で愛知県警 強殺でも追及」
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am 『中日新聞』2008年9月26日朝刊ラジオ愛知面28面「千種拉致殺害 冒頭陳述要旨」
  4. ^ a b 『中日新聞』2009年3月19日朝刊ラジオ愛知面29面「千種拉致殺害事件 名古屋地裁判決の要旨」
  5. ^ a b 『中日新聞』2009年3月19日朝刊第二運動面22面「闇サイト殺害事件 名古屋地裁判決要旨」
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 『中日新聞』2007年9月15日朝刊第一社会面37面「女性拉致殺人 『謝罪の気持ちない』 愛知県警 強殺で3容疑者再逮捕」
  7. ^ a b c d e 『中日新聞』2015年6月25日夕刊1面「闇サイト殺人 死刑執行 女性拉致、K死刑囚」
  8. ^ a b c d e f g 『中日新聞』2007年10月6日朝刊第一社会面35面「A子さんを執拗に脅迫 名古屋拉致殺害の3被告 強殺などで追起訴」
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  11. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 『中日新聞』2012年8月23日朝刊第一社会面31面「98年碧南夫婦強殺 07年闇サイト殺人 借金かさみ凶行か H容疑者 周辺『無口で穏やか』 法廷で"したたか”謝罪」
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  73. ^ a b c d e f g h i j k 『朝日新聞』2007年9月7日朝刊第一社会面35面「『加担前に計画あった』主導を否定 K容疑者、弁護人会見 女性拉致殺害 【名古屋】」
  74. ^ a b c d e f g h i 『毎日新聞』2008年11月6日中部朝刊社会面25面「愛知・女性拉致殺害:闇サイト殺人公判 殺害過程詳細に証言 被告人質問」(記者:秋山信一)
  75. ^ a b c d 『中日新聞』2007年12月25日朝刊第一社会面29面「ニュース前線 07年回顧 千種の女性拉致、殺害 『母とマイホーム』夢消え 『亡き父』と並ぶ娘の遺影」(記者:社会部・渡部圭)
  76. ^ a b c d e f g 『朝日新聞』2007年8月29日夕刊第一社会面9面「レジ袋かぶせ犯行 手口も場当たり的 名古屋・女性拉致殺害 【名古屋】」
  77. ^ a b c d e f g 『朝日新聞』2007年8月29日朝刊第一社会面27面「3容疑者、拉致後は場当たり的 殺害後スコップ盗む 名古屋・拉致殺害 【名古屋】」
  78. ^ a b c d 『朝日新聞』2007年8月27日夕刊1面「手錠・ハンマー複数用意 死体遺棄容疑者ら『別の拉致計画』 千種女性殺害 【名古屋】」
  79. ^ a b c d e f g 『毎日新聞』2008年12月9日中部朝刊社会面23面「愛知・女性拉致殺害 :偽口座『2960』は『憎むわ』 母証言『娘が気持ち込めた』」(記者:秋山信一・式守克史)
  80. ^ a b c d e f g h i j k l m n 『中日新聞』2007年8月29日朝刊1面「女性拉致殺害 『第2の犯行』利用し逮捕 愛知県警 自首容疑者の供述で」
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  82. ^ a b c d e f 朝日新聞』2007年8月26日朝刊1面「『女性拉致、金奪い殺害』男ら供述 岐阜山中から遺体 3人に逮捕状請求 【名古屋】」
  83. ^ a b 『朝日新聞』2007年8月28日朝刊第一社会面「犯行防げた可能性 『第4の男』出頭後の捜査焦点 名古屋・女性拉致殺人【名古屋】」(記者:大島大輔)
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  85. ^ a b c 『中日新聞』2007年8月29日朝刊第一社会面31面「A子さんの母 手記を公開 『何の落ち度もない娘に…絶対に、絶対に、許しません。』」「遺影には笑顔 悲しみの通夜」
  86. ^ 『朝日新聞』2007年8月29日夕刊第一社会面15面「A子さんの葬儀に130人 名古屋・拉致殺害」
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書籍出典
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関連項目

「永山基準」以降、最高裁で死刑判決が確定した、殺害された被害者数が1人の事件

※無期懲役刑に処された前科があるもの、身代金誘拐保険金殺人は含まない。

外部リンク

  1. ^ 大崎 2016.
  2. ^ インパクト出版会 2011.
  3. ^ インパクト出版会 2017.