碾茶

碾茶(てんちゃ、てん茶)は、主として抹茶の原料に用いられる日本茶・緑茶の一種である。摘採前の一定期間、茶園を被覆して日光を遮った茶葉を蒸熱し、揉捻せずに碾茶炉などで乾燥させて製造する[1]。荒茶段階のものは碾茶荒茶(てんちゃあらちゃ)と呼ばれ、選別、切断、仕上げ乾燥を経た碾茶を茶臼などで微粉末にすると抹茶となる[2][3]。
碾茶の生産に用いられる覆下栽培は京都の宇治で発達した。近年は抹茶需要の増加を背景として生産量が増加しており、2024年の全国生産量は5,336トンで、茶の荒茶生産量全体の7.3パーセントを占めた。主な産地は鹿児島県、京都府、静岡県である[4]。
定義と名称
[編集]公益社団法人日本茶業中央会の「緑茶の表示基準」では、碾茶は、摘採期前に棚施設などを利用して茶園をよしず、こも、寒冷紗などの被覆資材で2週間から3週間程度覆い、そこから摘採した茶葉を蒸熱し、揉まずに碾茶炉などで乾燥させて製造したものと定義されている[1]。
「碾」は挽き臼を表し、碾茶という名称は、挽き臼で粉砕するための茶を意味する[5]。碾茶そのものは粉末ではなく、これを茶臼などで微粉末にしたものが抹茶である。日本茶業中央会の表示基準では、碾茶以外の茶を粉砕機などによって粉末にしたものは「粉末茶」と定義されている[6]。
同じく覆下栽培によって生産される玉露は、摘採した茶葉を煎茶と同様に揉捻して乾燥させるのに対し、碾茶は揉捻せず、葉を広げた状態で乾燥させる点が異なる[6][7]。
日本茶業中央会の表示基準では、碾茶炉などで揉まずに乾燥させた秋碾茶やモガ茶などの原料茶葉について、食品加工用碾茶と称し、主として食品加工用原料に供するものとしている[8]。
栽培
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碾茶用の茶葉は、新芽の生育中に茶園を被覆して日光を遮る覆下栽培によって生産される。伝統的な宇治の被覆法では、茶園に木や竹で棚を組み、その上によしずを広げ、さらに稲藁を載せて遮光する。この方法は本簀被覆(ほんずひふく)と呼ばれる。現代では、鉄パイプ製の棚と化学繊維製の被覆資材を用いる方法も広く行われている[5]。
高品質な碾茶用生葉の生産では、茶樹を自然な樹形に仕立て、新芽を手摘みする方法が用いられる。一方、食品加工用を中心とする生産量の増加に対応するため、弧状に仕立てた茶園で摘採機を用いる生産も行われている[5]。
茶葉を遮光すると、葉は次第に薄くなり、葉緑素の含有量が増加して濃緑色となる。また、テアニンを主体とする遊離アミノ酸が葉に蓄積する一方、苦味や渋味に関係するカテキン類の生成が抑制される。これにより、被覆茶特有のうま味、甘味および「覆い香」と呼ばれる香りが形成される[9]。
製造
[編集]碾茶の製造は、生葉を荒茶に加工する工程と、荒茶を選別・整形する仕上げ加工工程に大別される。生葉から荒茶までの一次加工は一般に茶の生産農家で行われ、仕上げ加工と粉砕は茶問屋や茶商などで行われる[3]。
荒茶製造
[編集]摘採された生葉は、切れ葉などを取り除いた後、蒸気によって蒸熱される。蒸熱は、茶葉中の酸化酵素を失活させて加工中の変質を防ぐとともに、青臭いにおいを除き、茶葉を柔らかくするために行われる。一般的には100度から105度の蒸気を用い、10秒から15秒程度処理される[5]。
蒸熱後の茶葉は、冷却散茶機によって風力で吹き上げられる。これにより茶葉を冷却し、表面の蒸し露を除去するとともに、折れたり重なったりした葉を広げる。広げられた茶葉は金網製のコンベヤーに散布され、碾茶炉または碾茶機の乾燥室を通過する間に乾燥される[2][3]。
乾燥した茶葉は、茎や葉脈を分離し、さらに仕上げ乾燥を行って碾茶荒茶とする。煎茶や玉露の製造と異なり、揉捻を行わないため、茶葉は平たく広がった形状を保つ[10][3]。
仕上げ加工
[編集]碾茶荒茶は、仕上げ加工において夾雑物を除去し、葉肉部分を粉砕に適した大きさに切断すると同時に、硬い葉脈を取り除く。葉肉はおおむね5ミリメートル角に切断され、最後に香味を整えるための仕上げ乾燥が行われる[10]。
仕上げ加工を終えた碾茶を茶臼などで微粉末にしたものが抹茶である。したがって、茶葉を粉砕する工程は碾茶の製造ではなく、碾茶から抹茶への加工に当たる[1][3]。
碾茶炉・碾茶機
[編集]碾茶炉は、広げた状態の蒸葉を金網製のコンベヤーに散布し、トンネル状の乾燥室を通過させながら、輻射熱、伝熱および熱風によって乾燥させる装置である。乾燥室内には通常3段から5段のコンベヤーが設けられている[8]。
一般的な碾茶機は、茶葉を載せたコンベヤーが全工程を連続して移動する連続式乾燥機である。乾燥初期には強い加熱によって茶葉の水分を急速に除き、乾燥が進むにつれて温度を下げ、加熱時間を長くする。こうした加熱によって、碾茶特有の鮮やかな色合いと芳香が形成される[7]。
現在の碾茶機の基本的な形式は、堀井式碾茶機の系統に属する。碾茶製造の機械化は大正時代から昭和初期にかけて進み、焙炉を用いる手製法から機械製法への転換によって成立した。その基本構造は、現在の碾茶機にも引き継がれている[11]。
特徴と品質
[編集]碾茶は揉捻を行わないため、煎茶のような針状には整形されず、よく開いた薄い葉片状となる。良質な碾茶は、鮮やかな緑色、芳香およびまろやかな味を備える[3]。
覆下栽培によって増加したアミノ酸類とカロテノイドは、碾茶の味や香りに関係する。覆い香の主要な香気成分の一つはジメチルスルフィドであり、茶葉中の前駆物質から製茶時の加熱によって生成する。また、被覆によって増加したカロテノイドからは、製茶工程中にヨノン系の香気成分が生成する[9]。
一般に生産された碾茶荒茶と品評会出品茶を対象とした研究では、いずれについても、全窒素および遊離アミノ酸の含有率と官能審査による品質評価との間に有意な正の相関が認められている。このことから、全窒素と遊離アミノ酸の含有率は、碾茶およびその原料となる生葉の品質指標として利用できる可能性が示されている[12]。
歴史
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現在の碾茶を特徴づける覆下栽培は、京都の宇治で発達した。2015年の解説では、宇治地域では16世紀中頃には覆下栽培が定着していたとされている[5]。
一方、2019年に公表された研究では、従来の文献資料は覆下栽培の開始を16世紀後半に位置づけてきたとした上で、宇治七茗園のうち唯一現存する奥の山茶園の土壌について、炭素含量、植物珪酸体の組成および放射性炭素年代が分析された。その結果、同茶園における覆下栽培は、文献資料が示す時期より約150年遡り、少なくとも15世紀前半には始まっていたと推定されている[13]。
覆下栽培は、その後、茶園に棚を設け、よしずと稲藁を用いて遮光する本簀被覆へと発達した。近代には製造工程の機械化も進み、大正時代から昭和初期にかけて碾茶機が成立した。焙炉を用いる手製法から碾茶機を用いる機械製法への転換により、碾茶の色合いや風味などの品質が向上したとされる[5][11]。
生産と産地
[編集]日本国内の碾茶生産量は、抹茶需要の増加を背景として拡大している。全国の生産量は2014年の1,969トンから2024年には5,336トンとなり、10年間で約2.7倍に増加した。2024年の碾茶は、日本の荒茶生産量全体の7.3パーセントを占めた[4]。
2023年の都道府県別生産量は、鹿児島県が1,585トンで全国の38パーセント、京都府が970トンで23パーセント、静岡県が505トンで12パーセントを占めた。特に鹿児島県では、茶の生産量全体がおおむね横ばいで推移する一方、煎茶から碾茶への生産転換が進んでいる[14]。
関連項目
[編集]脚注
[編集]出典
[編集]- 1 2 3 日本茶業中央会 2026, pp. 22–23.
- 1 2 原口 2015, pp. 123–124.
- 1 2 3 4 5 6 村上 2020, p. 64.
- 1 2 農林水産省 2025, pp. 2–3.
- 1 2 3 4 5 6 原口 2015, p. 123.
- 1 2 日本茶業中央会 2026, p. 22.
- 1 2 村上 2020, pp. 64–66.
- 1 2 日本茶業中央会 2026, p. 23.
- 1 2 原口 2015, pp. 124–125.
- 1 2 原口 2015, p. 124.
- 1 2 村上 2020, p. 65.
- ↑ 辻 2001, p. 1.
- ↑ 井上 et al. 2019, p. 424.
- ↑ 農林水産省 2024, p. 17.
参考文献
[編集]- 日本茶業中央会 (2026年7月10日). “緑茶の表示基準” (PDF). 公益社団法人日本茶業中央会. 2026年7月25日閲覧。
- 原口, 健司「抹茶の特徴」『におい・かおり環境学会誌』第46巻第2号、2015年3月25日、121–126頁、doi:10.2171/jao.46.121、ISSN 1348-2904、2026年7月25日閲覧。
- 村上, 宏亮「抹茶の原料となる碾茶および碾茶機について」『美味技術学会誌』第19巻第1号、2020年、64–66頁、2026年7月25日閲覧。
- 辻, 正樹「てん茶の化学成分含有率と品質の関連性」『茶業研究報告』第90号、2001年3月31日、1–7頁、doi:10.5979/cha.2001.1、ISSN 0366-6190、2026年7月25日閲覧。
- 井上, 弦、中尾, 淳、矢内, 純太、佐瀬, 隆、小西, 茂毅「京都府宇治市の茶園土壌を用いた覆下栽培の発祥時期の推定」『日本土壌肥料学雑誌』第90巻第6号、2019年12月5日、424–432頁、doi:10.20710/dojo.90.6_424、ISSN 0029-0610、2026年7月25日閲覧。
- 農林水産省 (2024年11月27日). “茶業及びお茶の文化に係る現状と課題” (PDF). 2026年7月25日閲覧。
- 農林水産省 (2025年10月). “茶をめぐる情勢” (PDF). 2026年7月25日閲覧。