日田市
ひたし 日田市 | |
---|---|
国 | 日本 |
地方 | 九州地方 |
都道府県 | 大分県 |
市町村コード | 44204-6 |
法人番号 | 2000020442046 |
面積 |
666.03km2 |
総人口 |
59,140人 [編集] (推計人口、2024年4月1日) |
人口密度 | 88.8人/km2 |
隣接自治体 |
中津市、玖珠町 熊本県:山鹿市、菊池市、阿蘇市、南小国町、小国町 福岡県:うきは市、八女市、朝倉市、東峰村、添田町 |
市の木 | サザンカ |
市の花 | アヤメ |
市の鳥 | セキレイ |
日田市役所 | |
市長 | 椋野美智子 |
所在地 |
〒877-8601 大分県日田市田島二丁目6番1号 |
外部リンク | 日田市 |
特記事項 |
|
ウィキプロジェクト |
地理
大分県に位置するが、筑後川水系にあるため歴史的に福岡県筑後・筑前地方とのつながりが強く、この地域の方言である日田弁は肥筑方言の特徴を持つ。
周囲を山に囲まれた典型的な盆地であり、多くの河川が流れ込み「水郷(すいきょう)」を形成している。そのため、春から秋にかけては、朝夕に地元では「底霧」と呼ばれている深い霧が発生する。また、雷の発生数も全国有数である。加えて、盆地であるために空気が滞留し、夏は暑くなり最高気温が35℃を越える猛暑日となる日も多く、海から離れた内陸部のため冬は寒いという気候が顕著に現れる。日田市は山間部にあるため、大分県内においては、積雪も多い地域である。市内中心部でも、多い時には10センチメートル程度の積雪が見られることもあり[要出典]、より山間部に入っていけば、積雪が10センチメートルを超えることもある。また、山間部の地域では降水量が非常に多く、それが杉や檜の生育を早めるため、林業地域としての日田に寄与している部分もある一方で、土砂崩れのような自然災害を発生させる原因ともなっている。
日田盆地周囲の山地は、標高がおよそ1,000メートル、旧前津江・中津江・上津江村の位置する山間部では、標高が1,200メートルほどになる地域がある。
日田盆地に流れ込む多くの河川は、三隈川(筑後川)に合流する。これらの河川は江戸時代の末期には、日田周囲の地域で伐採された木材や物資を、筑後川下流の福岡県久留米や大川といった都市までの物流手段として欠かせないものとなった。これを日田川通船といったが、夜明ダムが建設されたことによって、このような輸送方法は行われなくなった。
隣接している自治体
歴史
地名の由来
「日田」の地名の由来にはいくつかの説があり定かではない。
「湖であった日田盆地に大鷹が東から飛んできて湖水に羽を浸し、羽ばたき、旭日の中を北へ去ると、湖水は轟々と抜けて干潟となった。そして日隈、月隈、星隈の三丘が現れた。」という「日と鷹神話」が『豊西記』にあり、それよりヒタカと呼ばれるようになったという。
『豊後国風土記』では、景行天皇が九州遠征時に浮羽から日田に立ち寄った際に、「久津媛」(ひさつひめ)と名乗る神が人となり現れたことに因んで名づけられたもので、後に久津媛が訛って「日田」になったとしている。
日田郡と呼ばれる以前は日高郡と呼ばれており、本来は日高見国であって、そこから日高、日田になったという説もある。現在も地名は、三芳地区に「日高町」として現存している。
先史・古代
小迫辻原遺跡より、3世紀末から4世紀初頭にかけての豪族の環濠居館の跡が出土している。また、ダンワラ古墳からは1世紀 - 3世紀頃の漢鏡と推定される金銀錯嵌珠龍紋鉄鏡(国の重要文化財)が出土している。この鏡には卑弥呼の鏡ではないかとの説もあり、2009年に九州国立博物館4周年特別展で展示された際には「卑弥呼の鏡か?」とのコピーとともにPRされた。
『旧事本紀』国造本紀に、古代ヒタにおいての国造には、「成務天皇の時代に葛城国造同祖、鳥羽足尼(宿禰)を定めた。」とある。止波宿禰(鳥羽宿禰)は、西暦470年以降(古墳時代後期)に靱編連(ユギアミノムラジ。現在の日田市刃連町付近)に会所宮(現在の会所山久津媛神社周辺)とよばれた屋敷に居住し、村人に農業などを指南した人物として『豊日志』(現存せず)に記されていたとされる。
欽明天皇の時代、日下部君の祖であるオオアジ(邑阿自)が靱部として仕えており、村について家を構えた。これにより靭負連(ユギオヒノムラジ)とよび、後に靭編(ユギアミ)と呼んだと『豊後国風土記』にある。ちなみにユギオイとは、靭(ユギ・ユキ、矢を入れる容器)を使用する者をいい、ユギアミとは、靭を作る者のことをいう。大化の改新後は郡司に任ぜられ、大蔵氏が郡司に就くまで日田の支配権を握っていたと考えられている。
古代 - 中世
834年頃に、在地小豪族の大蔵氏 (豊後国) (大蔵氏の庶家)が居付いたとされている。日田大蔵氏に関しては中井王の子孫であるという説もあるが、一方、宇佐を本拠としていた鬼蔵永弘が日田に居付いて、大蔵日田氏となったという説もあり、渡来の秦氏であるというものまであるので定かではない。
日田城および大蔵館(鷹城)、現在の慈眼山公園を拠点に栄華を極め1444年まで590余年一系を保ったが、家臣たちにより16代永包を殺害した永好を美濃国で殺害[1]し、豊後の大蔵氏は滅亡する。その後、大友氏より親満(永世)を養子に受けて大友系日田氏として再興するが大友氏滅亡とともに1548年に滅亡する。以降は、大友義鑑が選出した旧豊後大蔵氏一族の郡老8名が政治を執り行った[2]。
近世
安土桃山時代の1593年に豊臣家蔵入地(直轄地)となり、宮部継潤らによる検地(太閤検地)が行われた。宮木豊盛が代官として日隈城を築き、小川光氏の丸山城築城以降に大名領を経て幕府直轄領となり城を廃城として日田陣屋を設置し、江戸中期に西国郡代が置かれた。初代郡代は揖斐政俊、最後の郡代は窪田鎮勝である。享保19年(1734年)当時には、豊前・豊後・日向・筑前の天領地合わせて12万石を支配し、江戸末期には16万石にもなった。明治以降、松方正義を知事として迎えて日田県となり、その後、大分県への編入を経て現在に至る。
文化
江戸時代に京大坂江戸を手本に町人文化が繁栄し、現在でも小京都などと呼ばれる。特に、代官・郡代により掛屋に指定された商人は大名貸しの金利などにより利益を得ており、その利益や蓄えを俗に日田金(ひたがね)ともいった。日田金は一例として、広瀬淡窓の弟である6世広瀬久兵衛(ひろせきゅうべい、1790年 - 1872年)による水路(小ヶ瀬井路)や通船用への川の整備や干潟の干拓(呉崎新田・久兵衛新田(宇佐)など)工事などの事業、大名の財政再建などに投じられている。
幕末に広瀬淡窓の開いた私塾咸宜園には日本中から塾生が集まった。著名な塾生には蘭学者の高野長英や近代軍隊の基礎を築いた大村益次郎などがいる。
近現代
- 1940年(昭和15年)12月11日 - 日田町と三芳村・高瀬村・光岡村・朝日村・三花村・西有田村の6村が合併し市制施行。
- 1955年(昭和30年)3月31日 - 東有田村・小野村・大鶴村・夜明村・五和村の5村を編入。
- 2005年(平成17年)3月22日 - 日田郡前津江村、中津江村、上津江村、大山町、天瀬町を編入。
1889年(明治22年)の町村制度施行の際における日田郡全域が現在の市域にあたる(一部部分的な編入などによる例外あり)。
市政
国政・県政
国政
衆議院小選挙区選挙では大分2区に属する。近年選出の議員は以下のとおり。
- 2005年9月(第44回衆議院議員総選挙)
- 2009年8月(第45回衆議院議員総選挙)
県政
本市ひとつで選挙区をなす。定数は3人。近年選出の議員は以下のとおり。
- 2007年4月
- 井上伸史(自民)
- 酒井喜親(無所属)
- 桜木博(自民)
公共機関
国の行政機関
司法機関
独立行政法人
- 独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構九州鉱害防止支援事務所
- 独立行政法人水資源機構筑後川局大山ダム建設所
県の行政機関
- 西部振興局
- 日田県税事務所
- 西部保健所
- 日田土木事務所
- 日田警察署
経済
伝統工芸
産業
古くから市周囲の山間部での林業が栄え、それらの林業地で育つ杉は、日田杉と呼ばれてきた。そのため、この杉を用いた下駄作りや漆器などの木工業がさかんである。しかしながら近年は外国産の安い木材の輸入増加などをうけ、林業自体が以前に比べて衰退傾向にある。
この他、三隈川では鮎などを対象とした内水面漁業が行われる。また、井上酒造、クンチョウ酒造、老松酒造などの酒造業も古くから存在する。
近年はTDK、九州住電装等の工場や、サッポロビール九州日田工場、三和酒類日田蒸留所等の食品工業が進出している。
日田市に本社を置く企業
主要大規模小売店舗
- 日田市街地
上記すべての店舗が日田駅近くの中心市街地に立地する。
- 郊外
中心商店街
- 日田中央商店街
- 三本松商店街
- 寿通り商店街
- 豆田町商店街
地域
人口
日田市(に相当する地域)の人口の推移 | |||
総務省統計局 国勢調査より |
教育
高等学校
- 公立
- 私立
中学校
- 日田市立東部中学校
- 日田市立南部中学校
- 日田市立北部中学校
- 日田市立三隈中学校
- 日田市立大明中学校
- 日田市立戸山中学校
- 日田市立東有田中学校
- 日田市立前津江中学校
- 日田市立津江中学校
- 日田市立大山中学校
- 日田市立東渓中学校
- 日田市立五馬中学校
小学校
|
|
|
特別支援学校
- 大分県立日田支援学校
交通
鉄道路線
- 九州旅客鉄道(JR九州)
- 中心となる駅: 日田駅
バス
高速バス・急行バス
一般路線バス
コミュニティバス
道路
高速道路
- 大分自動車道
- 萩尾パーキングエリア
- 日田インターチェンジ
- 天瀬高塚インターチェンジ(玖珠町とまたがって設置、施設は玖珠町内)
- 萩尾パーキングエリア
一般国道
県道
- 主要地方道
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
名所・旧跡
- 豆田町(重要伝統的建造物群保存地区)
- 天領時代の町家が残る町並み
- 咸宜園跡
- 日田祇園山鉾会館
- 黎明館・押し花美術館
- 行徳家住居
- 皿山
- 鯛生金山
- 日田天領水の里 元氣の駅
温泉
神社仏閣
公園
祭事・催事
- 日田祇園祭(7月20日過ぎの土曜日・日曜日)
- 千年あかり(11月3週目の金曜日・土曜日・日曜日)
- 日田天領まつり(11月第3土曜日・日曜日)
- 日田川開き観光祭(5月20日過ぎの土曜日・日曜日)
- 天領日田おひなまつり(2月15日 - 3月31日) - 九州最大級のひなまつり
百選
- 水の郷百選 - 水と緑と歴史のまち…ひた
- 日本の音風景100選 - 小鹿田皿山の唐臼
日田市を舞台とした作品
日田市に関係する著名な人物
出身者
- 政治家
- 軍人
- 作家・文化人
- 大蔵永常(江戸期の農学者)
- 広瀬淡窓(儒学者、漢詩人、教育者)
- 畑正憲(作家) - 出生地は福岡県。中学から高校までを日田市で過ごす。
- 石川利光(作家)
- 筑紫哲也(ジャーナリスト) - 日田市名誉市民
- 宮川泰(作曲家・編曲家) - 出生地は北海道。
- 宇治山哲平(画家)
- 岩澤重夫(日本画家)
- 木下章(日本画家)
- 久世みずき(漫画家)
- 麻生圭子(作詞家・エッセイスト)
- 俳優・芸能関係者
- 真屋順子(女優)
- 山崎ハコ(シンガーソングライター)
- 広瀬道貞(テレビ朝日顧問・元会長、日本民間放送連盟会長)
- 池永亜美(グラビアアイドル・女優)
- きどゆういち(ローカルタレント)
- 小森田実(シンガーソングライター、作曲家、編曲家)
- 江藤愛(TBSアナウンサー)
- 木下美咲(女優)
- スポーツ関係者
- 松下沙耶未(2004年アテネオリンピックアーチェリー日本代表)
- 蔵本孝二(神奈川県警警察官) - モントリオールオリンピックの男子柔道軽中量級銀メダリスト
- 木本敬介(プロサッカー選手・カターレ富山所属)
日田市に縁のある人物
- 松方正義(公人・内閣総理大臣) - 初代日田県知事を勤めた。
- バーナード・リーチ(イギリス人陶芸家) - 日田小鹿田に滞在して陶芸の研究を行った。
- タモリ - 京町にあったホテルに併設されたボウリング場の支配人だったことがある[要出典]。
- 夏目漱石(作家・小説家) - 冬場日田に向かう途中、山中で落馬したエピソードがある。そのときの様子を「吹きまくる 雪の下なり 日田の町」と、詠んだ句がある。
- 行基(僧侶) - 天瀬町高塚で地蔵菩薩を彫ったといわれる。
- 末綱聡子 - 昭和学園高等学校出身の女子バドミントン選手。大分県大分市出身。