メキシコの文化

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メキシコの文化は、19世紀・20世紀の間に急速に変化した。当時の都市生活は、隣のアメリカ合衆国ヨーロッパのそれに、多くの面で近くなっていった。大半のメキシコの村人は、都市住民の生活よりも古い生活様式を守っている。メキシコ人の45%以上が、5万人以上の住民がいる都市で暮らしている。メキシコの大都市圏には、メキシコシティ英語版や、グアダラハラ英語版モンテレイ英語版プエブラ・トラスカラ英語版が含まれ、田園地域には、チアパス州オアハカ州ゲレーロ州ソノラ州シナロア州タマウリパス州ユカタン州アグアスカリエンテス州ミチョアカン州等に点在する小規模な地域が含まれる。

言語[編集]

メキシコは世界で最もスペイン語話者の人口が多い国である[1]。 メキシコ人の圧倒的多数派が、今日スペイン語を話すとはいえ、政府は、62の土着のアメリカインディアン諸語英語版を国語として認めている。メキシコのスペイン語語彙の中には、人口のおよそ6%が話す同国の土着言語にルーツがあるものもある[2]。土着のメキシコ語の単語には、英語などの他言語でも一般的になったものもある。例えば、トマトやチョコレート、コヨーテアボカドと言った単語は、元々はナワトル語である[3]

宗教[編集]

メキシコの守護聖人、グアダルーペの聖母の画像。

スペイン人の到達と植民地化は、同国にローマ・カトリック主義を持ち込み、メキシコの主要な宗教になった。しかし、メキシコには「公式の」宗教がなく、1917年憲法英語版反教権主義法は、教会に制限を課し、時に教会の問題への国家の介入を成文化している。政府は教会への財政支援を一切行わず、教会は公教育に参加しない。

最新の人口調査によれば、自己帰属で人口の76.5%がキリスト教徒である。ローマ・カトリックは、その総人口の89%であり[4]、そのうち47%が毎週礼拝に参加する[5]。 絶対評価では、メキシコは、ブラジルに次いで世界第二位のカトリック教徒数を誇る[6]

政府の2000年の人口調査によれば、回答者のおよそ87%が、自分を少なくとも名目上はローマ・カトリックと認識していた。2000年の人口調査で見積もりが出たその他の宗教グループには、人口の1.71%の福音主義、2.79%のその他プロテスタント福音主義グループ、1.25%のエホバの証人、0.71%の「歴史的」プロテスタント、0.58%のセブンスデー・アドベンチスト教会、0.25%の末日聖徒イエス・キリスト教会、0.05%のユダヤ教、その他の宗教0.31%が含まれる。おおよそ回答者の3.52%が、「無宗教」と回答し、0.86%が宗教を明示しなかった。

絵画[編集]

パレンケ出土のマヤのレリーフ彫刻
トトナック・インディアンやオルメカ・インディアンが行う、メキシコ ベラクルスの儀式的舞踊、ダンサ・デ・ロス・ボラドーレス・デ・パパントラ英語版

メキシコは、ほとんどが現地とスペインの工芸に由来するその郷土芸術英語版の伝統で知られている。コロンブス到着以前の芸術は、紀元前1800年から紀元後1500年までの長い時間をかけ成長した。確かな芸術的特色、つまり角張り、直線的な模様と、三次元の陶磁器に対する嗜好が、同地域で広く見られた。特筆すべき手芸品には、オアハカの谷とトナラの村落から出土した土器がある。色鮮やかに織り込まれた綿服や、綿や羊毛のショールと外套、色鮮やかなかごや敷物は、どこでも見られる。メキシコはまた、特に公共や儀式、都市の巨大建築物や建造物のために、コロンブス到着以前の建築様式英語版でも知られている。

スペイン植民地時代から20世紀前半にかけて、メキシコの美術は、主にヨーロッパの伝統に影響を受けた。メキシコ革命以後、メキシコの芸術家の新世代が、作品に政治的、歴史的、民族的テーマを組み入れた活気あふれる国民運動を導いた。画家のディエゴ・リベラホセ・クレメンテ・オロスコダビッド・アルファロ・シケイロスらは、その壮大な壁画のために世界的に有名になり、度々明快な社会的メッセージを示した。ルフィーノ・タマヨフリーダ・カーロは、抽象的な要素で更に個人的な作品を生み出した。メキシコの芸術写真は、主にマヌエル・アルバレス・ブラボの作品で成長した[7]

建築様式[編集]

31個の遺跡があるメキシコは、アメリカ州の他のどの国よりも世界遺産の遺跡が多く、そのほとんどが同国の建築上の歴史に関係する。メキシコのメソアメリカ風建築様式は、公共や儀式や都市の巨大建築物や建造物でよく知られているが、その中のいくつかは世界最大の遺跡である。メソアメリカの建築様式は古典以前、古典、古典以後の3つの時代に分けられる。

スパニッシュ・コロニアル様式英語版は早期の植民地メキシコを支配した。17世紀遅くから1750年の間、メキシコの最も一般的な建築様式の一つは、アメリカインディアンムーア人の装飾の影響を兼ね備えたメキシコチュリゲレスク英語版様式であった。

1788年に設立されたサン・カルロス・アカデミー英語版はアメリカ州で最初の一流の芸術アカデミーだった。このアカデミーは新古典主義を促進し、ギリシャとローマの美術、建築に焦点を置いていた。

1864年から1867年まで、メキシコ第二帝政の間、マクシミリアン一世がメキシコ皇帝に就いた。主にフランスにより資金援助されたこの干渉は短命だったが、これにより、20世紀に入っても続いた建築や文化におけるフランスの影響期間が始まった。

1917年のメキシコ革命以後、土着や伝統的なものの理想化は、過去に到達し、近代化の果てに民族から失われてしまったものを取り戻そうとする試みを象徴していた。

機能主義や表現主義、その他流派は、メキシコ様式的要素がヨーロッパと北米の技巧と結びついた莫大な数の作品にその印象を残した。中でもプリツカー賞を受賞したルイス・バラガンの作品は特筆に値する。

TEN ARQUITECTOSの創業者エンリケ・ノルテン英語版は、モダニズム建築の作品に様々な栄誉を与えられた。彼の作品には、メキシコの新たなイメージをグローバルな存在感のある工業国にせんとする政府の願望を強固する現代性が現れている。

その他著名で新進気鋭の現代建築家には、マリオ・シェトナンマイケル・ロイキンド英語版、タチアナ・ビルバオ、Isaac Broid Zajman、ベルナルド・ゴメス=ピミエンタ英語版、ルイス・ビセンテ・フローレス、アルベルト・カラチ英語版、ダニエル・アルバレス、ホセ・アントニオ・アルドレーテ=ハースがあげられる。

文学[編集]

メキシコの詩人及び作家、ソル・フアナ・イネス・デ・ラ・クルス英語版の18世紀後半の肖像画

メキシコ文学は、メソアメリカの先住民族の文学にそのルーツがある。最もよく知られているヒスパニック前時代の詩はネサワルコヨトルである。現代メキシコ文学は、スペインのメソアメリカ植民地化の構想に影響を受けた。植民地時代の傑出した作家と詩人にはフアン・ルイス・デ・アラルコンソル・フアナ・イネス・デ・ラ・クルス英語版がいる。

その他の作家にはアルフォンソ・レイエスや、ホセ・ホアキン・フェルナンデス・デ・リサルディ英語版イグナシオ・マニュエル・アルタミラノ英語版マルーシャ・ヴィラルタ英語版マリアノ・アスエラ("Los de abajo")、フアン・ルルフォ ("Pedro Páramo")が挙げられる。ドイツ生まれのB・トラヴェン英語版はメキシコ文化に溶け込み、「Canasta de cuentos mexicanos」や「El tesoro de la Sierra Madre」を執筆した。

映画[編集]

メキシコ映画の歴史は、新たなメディアに取りつかれた様々な人々が歴史的な出来事―特にメキシコ革命を記録した20世紀初めに始まる。メキシコ映画の黄金時代英語版は、映画の品質と経済的成功が頂点に達した1939年から1959年までの期間につけられた名前である。今日日の映画製作者には、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ(『アモーレス・ペロス』、 『バベル』)や、アルフォンソ・キュアロン (『トゥモロー・ワールド』、『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』)、ギレルモ・デル・トロ (『パンズ・ラビリンス』)、カルロス・レイガダス (Stellet Licht)、脚本家のギジェルモ・アリアガ、オーナーの ギレルモ・ナヴァロエマニュエル・ルベツキなどがいる。

祝祭日[編集]

2008年の独立記念日の祝祭の開始時に「Viva Mexico」の「ドロレスの叫び」を送る市長

メキシコ人は9月16日のスペインからの独立や、「Fiestas」として知られている祝祭による祭日を祝う。 多くのメキシコの都市や町、村で年に一度地域の守護聖人を祝す祭りが催される。この祭りの間人々は、花々や色鮮やかな道具で飾り付けられた教会で聖人に対する敬意を示すために祈り、ろうそくに火をつける。また、大規模なパレードや花火大会、ダンスコンペ、美しいページェントコンテスト、パーティーなども催し、市場や広場で軽食を購入する。比較的小さな町や村では、祭りの期間中のサッカーとボクシングも有名である。

死者の日 の祭の期間中に与えられる、砂糖で作られた髑髏

そのほかの祭には、Día de Nuestra Señora de Guadalupe([グアダルーペの日」)や、ラ・ポサーダス英語版(12月16日から12月24日にかけて祝われる「庇護」)、ノーチェブエナ英語版 (12月24日に祝われる「聖夜」)、ナビダッド (12月25日に祝われる「クリスマス」)、アノ・ヌエボ英語版 (12月31日から1月1日にかけて祝われる「ニューイヤーズデイ」などが挙げられる。「グアダルーペの日」は、多くのメキシコ人が国の最も重要な宗教上の祭日であるとみなしている。メキシコの守護聖人であるグアダルーペの聖母に対する敬意を示すものであり、12月12日に祝われる。過去十年で、12月半ばから1月のはじめにかけて起こるすべての祝祭がグアダルーペ―レイエスマラソン英語版と呼ばれるもので結び合わされた。

ピニャータはパピエマシェが基になっている。著名人や動物、架空の人物のように見えるように作られている。一度作られたら、明るい色で塗られ、キャンディか小さなおもちゃが詰められる。その後、天井からつるされる。子供たちは目隠しされ、ピニャータが壊れて開き、キャンディや小さなおもちゃが降ってくるまで、交代でピニャータを打つ。その後子供たちはキャンディや小さなおもちゃを集める。

料理[編集]

メキシコの国民的アルコール飲料のテキーラ

メキシコ料理は土着の文化とヨーロッパの文化の融合で知られている。ポピュラーな料理には、タコスエンチラーダモーレアトーレ 英語版タマレス英語版ポソーレ英語版などがある。伝統的に、メキシコ料理の主要な材料はトウモロコシ食肉ジャガイモトマトピーマン唐辛子ハバネロペッパー、タマネギ種実類~ナッツ類アボカドグアバから成っている。ポピュラーな飲料には様々なフルーツのジュースで風味を付けた水や、ミルクか水で下ごしらえされ、モリニージョ英語版と呼ばれる伝統的な木製の道具を使って、泡だらけになるまでかき混ぜるシナモン風味のホット・チョコレートが挙げられる。メキシコ特有のアルコール飲料には、メスカルブルケテキーラがある。メキシコのビール英語版はメキシコでも人気で、輸出される。ワインを生産し、輸出する国際的な賞を獲得したメキシコのワイン醸造所がある[8]

一番重要で頻繁に使われるメキシコ料理のスパイスは、チリパウダークミンオレガノコリアンダーアリタソウシナモンココアである。燻製されたハラペーニョトウガラシのチポトレもメキシコ料理では一般的である。多くのメキシコ料理にもタマネギニンニクが含まれ、メキシコの主要食物の一部である。

トウモロコシに次いで、はメキシコ料理で最も一般的な穀物である。フードライターのカレン・ハーシュ・グレーバーによれば、14世紀の北アフリカからスペインへの米の初期伝来は、1520年代にベラクルス州の港でスペインのメキシコへの米の伝来に繋がった。グレーバー曰く、これは世界で最高の多国籍料理の最初期の例の1つを生み出したという。[要出典]

メキシコの大衆料理 チレス・エン・ノガダ英語版

他方では、メキシコ南東部において、特にユカタン半島では、スパイスの効いた野菜と肉の料理が有名である。メキシコ南東部の料理は、地理的位置のために、カリブ海の影響が強い。魚介類は太平洋やメキシコ湾に接している州で一般に調理される。後者は魚料理「ア・ラ・ベラクルサーナ」で高い評価を受けている。.

現代では、メキシコで他の世界の料理が非常に人気が高まり、従ってメキシコ料理にも取り入れられた。例えば、メキシコの寿司はしばしばマンゴータマリンドをベースにした様々なソースを使用して作られ、醤油をブレンドしたセラーノ英語版-チリソースをつけて出さたり、ビネガーやハバネロ、チポトレを足されることも非常に多い。[要出典]チョコレートはメキシコに起源があり、アステカに与えられた。メキシコの調理法では今も重要な材料である。[要出典]

音楽と舞踊[編集]

メキシコシティアステカ原住民のダンサー。

メキシコ音楽土台は、先住民族の音と遺産に由来する。この地域の原住民は、ドラムやフルート、マラカス、貝殻、を音楽やダンスをするのに使っていた。この古代の音楽は今でもメキシコの一部地域で演奏されている。しかしながら、メキシコの伝統現代音楽の多くは、スペイン植民地時代中と以後に書かれ、多くのヨーロッパの楽器を使用する。マリアッチで使われるビウエラのように、その原型がヨーロッパから持ち込まれた楽器の中には今では非常にメキシコ的なものもある。メキシコの社会は莫大な音楽のジャンルを謳歌しており、メキシコ文化の多様性を示している。伝統音楽には、マリアッチや、バンダ英語版ノルテノ英語版ランチェラ英語版コリード英語版が挙げられる。メキシコ人もポップ英語版メキシカンロック英語版などの現代音楽を聞く。メキシコはラテンアメリカで最大のメディア産業を抱えており、ヨーロッパのあちこちと中央及び南アメリカで有名なメキシコ人の芸術家を生み出している。コリード英語版と呼ばれるフォークソングは、16世紀以降同国で人気がある。それはメキシコ革命、誇り、メスティーソ、ロマンス、貧困、政治、あるいは犯罪についての物語を語っているのかもしれない。

今日では、マリアッチとして知られているミュージカルグループが通りやフェスティバル、レストランで演奏している。マリアッチのグループには歌手とギター、トランペット、バイオリン、マリンバの奏者がいる。最も有名なマリアッチのグループはバルガス・デ・テカリトラン英語版であり、元は1897年に形作られた。

カルロス・サンタナの1984年の演奏

メキシコの地方の伝統音楽のその他のスタイル: ソン・ハロチョ英語版(ベラクルス、ギターとハープで)、フアパンゴ英語版サン・ワステコ英語版(北部一帯のワステカ、キンタ・ワパンゲラ及びハラナ英語版として知られているバイオリンと2つのギター)、タンボーラ(シナロア、主に金管楽器)、デュラングエンス英語版、ハラナ(ユカタン半島の大半)、ノルティーニャ英語版(北方様式、レドバ英語版アコーディオン

フォークダンスはメキシコ文化の特徴である。ダンスの伝統において重要なものは、「メキシコ帽のダンス」として知られている「ハラベ・タパティノ英語版」である。伝統的なダンサーは連続のホッピングステップ、踵や靴のタッピング移動を行う。

最もよく知られている「クラシックの」作曲家は: マニエル・ポンセ (「小さな星」)、レブエルタス、ヨルダ(エロディア)、リカルド・カストロ英語版フペンティーノ・ローサス (『波濤を越えて』)、カリーリョ (Sonido 13)、イバーラ、パブロ・モンカヨ(ワパンゴ)、カルロス・チャベス

人気の作曲家としては以下が挙げられる。アグスティン・ララ英語版コンスエロ・ベラスケス(「ベサメ・ムーチョ」)、「グティ」カルデナス、ホセ・アルフレド・ヒメネス英語版アルマンド・マンサネーロ、ルイス・アルカラス、アルバーロ・カリーリョ英語版ホアキン・パルダヴェ英語版アルフォンソ・オーティス・チラド英語版

伝統的なメキシコ音楽は、メキシカンポップ英語版メキシカンロック英語版ジャンルの進化に影響を及ぼした。よく知られているメキシコのポップシンガーにはルイス・ミゲルアレハンドロ・フェルナンデスがいる。カルロス・サンタナカフェ・タクーバカイファネス英語版などのラテン・ロックミュージシャンは、メキシコのフォークの旋律を自分たちの音楽に取り入れた。伝統的なメキシコ音楽は、今もエウヘニア・レオンスペイン語版リラ・ダウンズのようなアーティストの声の中で生きている。

スポーツ[編集]

エスタディオ・アステカ (アステカ・スタジアム)

メキシコの伝統的な国民的スポーツは、一続きの乗馬種目からなるチャレリア英語版である。チャレリア英語版で使われるメキシコの国馬は、アステカ英語版種である。スペインから持ち込まれた伝統である闘牛も人気である。メキシコには世界最大の闘牛開催場であり、48.000人を収容可能なメキシコシティのプラザ・デ・トロス英語版がある。

サッカーはメキシコで一番人気があるチームスポーツである。ほとんどの州に独自のサッカー代表チームがある。同国の重要なチームには、CDグアダラハラクラブ・アメリカクルス・アスルクラブ・ウニベルシダ・ナシオナルがある。注目に値するプレイヤーには、ウーゴ・サンチェスクラウディオ・スアレスルイス・エルナンデスフランシスコ・パレンシア英語版クアウテモク・ブランコギジェルモ・オチョアハレド・ボルヘッティラファエル・マルケスパベル・パルドラモン・ラミレス英語版ホルヘ・カンポスハビエル・エルナンデス・バルカサールオスワルド・サンチェスなどが挙げられる。

メキシコシティ出身のメキシコ人闘牛士

メキシコはボクシングの伝統でも知られており、フリオ・セサール・チャベスサルバドル・サンチェスホセ・ナポレスリカルド・ロペスルーベン・オリバレスカルロス・サラテエリック・モラレスマルコ・アントニオ・バレラシュガー・ラモスファン・マヌエル・マルケスなどの世界チャンピオンを輩出している。その他人気のレクリエーション活動には、ルチャリブレ(メキシコのプロレス)、野球釣りスキューバ・ダイビングハイアライバスケットボールなどがある。

同国は1968年の夏季オリンピック1970年1986年FIFAワールドカップを主催しており、FIFAワールドカップを二度主催した最初の国である。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ Learn Spanish in Mexico - Spanish Courses in Mexico - Spanish Schools in Mexico”. Spanish-Language.com. 2010年2月18日閲覧。
  2. ^ Mexico - General country information”. MoveOnNet.eu. 2010年2月18日閲覧。
  3. ^ Amerindian Words in English”. Zompist.com. 2010年2月18日閲覧。
  4. ^ Religión (PDF)”. Censo Nacional de Población y Vivienda 2000. INEGI英語版 (2000年). 2009年8月2日閲覧。
  5. ^ Church attendance”. Study of worldwide rates of religiosity. University of Michigan (1997年). 2007年1月3日閲覧。
  6. ^ The Largest Catholic Communities”. Adherents.com. 2007年11月10日閲覧。
  7. ^ http://www.mexconnect.com/articles/1064-mexican-muralists-the-big-three-orozco-rivera-siqueiros
  8. ^ Mexico Wine Routes & Regions - Vineyards & Wineries of Baja”. chiff.com. 2010年2月18日閲覧。

外部リンク[編集]