カルロス・サラテ

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カルロス・サラテ
基本情報
本名 Carlos Zárate Serna
通称 Cañas
階級 バンタム級
国籍 メキシコの旗 メキシコ
誕生日 1951年5月23日(63歳)
出身地 メキシコ、メキシコシティ
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 70
勝ち 66
KO勝ち 63
敗け 4
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カルロス・サラテ・セルナCarlos Zárate Serna、男性、1951年5月23日 - )は、メキシコプロボクサー。元WBC世界バンタム級チャンピオン。名門ルピータジムでクーヨ・エルナンデスからボクシングの手ほどきを受け、軽量級では考えられない脅威のKO率を誇り怪物とまで言われた。地元メキシコ以外でも絶大な人気を得た選手である。

息子のカルロス・サラテ・ジュニアもライト級のプロボクサー。元WBOスーパーフライ級ラテン王者のホエル・ルナ・サラテは甥にあたる。

来歴[編集]

1969年、メキシコ・グアンデス・デ・オロで優勝。

1970年2月2日、プロデビュー戦を3RKOで飾る。

デビュー戦から23戦目まで全てKO勝利。24戦目で初めて判定決着にもつれ込むも、次の試合から39戦目まで連続KO勝ちを収め、この頃には現役世界王者からも恐れられる存在となっていた。

1976年5月8日、40戦目にして世界初挑戦。WBC世界バンタム級王者ロドルフォ・マルチネスに挑み、9RKOで勝利。この王座は9度防衛し、全てKO勝ちであった。

1977年4月23日、3度目の王座防衛後に、WBA世界バンタム級チャンピオンアルフォンソ・サモラとのノンタイトル戦が実現する。当時サモラは29戦29勝29KOというパーフェクトレコードを誇り、メキシコでサラテと人気を二分し、両者の頭文字から『Zボーイズ』と呼ばれるほどの実力選手であった。その注目された若きメキシカン同士の対決はサラテが4RKOで勝利した。

1978年10月28日、2階級制覇を目指し、バンタム級の王座を保持したままWBC世界ジュニアフェザー級の王者ウイルフレド・ゴメスに挑戦する。バンタム級では向かう所敵なしのサラテだったが、一階級上のKOキング・ゴメスに押し込まれ5RKO負け。プロ初の敗北がKO負けとなってしまった。

1979年、デビューを控え武者修業中の古口哲スパーリングで胸を貸し、プロの洗礼を浴びせる。

1979年6月3日、WBC世界バンタム級王座10度目の防衛戦で同門の後輩たるルペ・ピントールに判定負けし、現役引退

1986年、約7年の沈黙を破り、現役復帰する。復帰後ノンタイトル戦で12戦12勝(10KO)し、世界挑戦権を得る。

1987年10月16日、WBC世界ジュニアフェザー級王者ジェフ・フェネックに挑戦。しかし4R負傷判定に敗れる。翌1988年2月29日にはフェネックが返上した同王座への決定戦に出場するも、ダニエル・サラゴサに10RTKOで敗れ戴冠ならず。この試合を最後に引退。

1994年国際ボクシング名誉の殿堂博物館に殿堂入り。

戦績[編集]

  • アマチュア
    • 36戦33勝(30KO、RSC)3敗
  • プロ
    • 70戦66勝(63KO)4敗

獲得タイトル[編集]

  • アマチュア
    • メキシコ・ゴールデングローブ優勝
  • プロ
    • 第11代WBC世界バンタム級王座(9度防衛)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]


前王者
ロドルフォ・マルチネス
第11代WBC世界バンタム級王者

1976年5月8日 - 1979年6月3日

次王者
ルペ・ピントール