ホンダ・NSR

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ホンダ・NSR(エヌエスアール)は本田技研工業が製造していたレーサーレプリカに分類される、2ストロークエンジンを搭載したオートバイのシリーズである。「New Sprinter Racing」の頭文字をとって車名とした[要出典]

概要[編集]

NSRシリーズの最初のモデルは、1986年NSR250Rであった。その後、公道走行用の車種とレース専用車として、排気量別に数車種ずつが製造されていた。

NSR50/80[編集]

NSR50
1989年仕様[1]
Honda NSR 50.jpg
基本情報
排気量クラス 原動機付自転車
車体形式 A-AC10
エンジン AC08E型 49cc 2ストローク
水冷単気筒
内径x行程 / 圧縮比 39.0mm x 41.4mm / 7.2:1
最高出力 5.3kW (7.2PS)/10,000rpm
最大トルク 0.65kgf・m/7,500rpm
乾燥重量 77kg
車両重量 86kg
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NSR80
1992年仕様[1]
Nsr80.JPG
基本情報
排気量クラス 小型自動二輪車
車体形式 HC06
エンジン HC04E型 79cc 2ストローク
水冷単気筒
内径x行程 / 圧縮比 49.5mm x 41.4mm / 7.1:1
最高出力 8.8kW (12PS)/10,000rpm
最大トルク 0.97kgf・m/8,000rpm
乾燥重量 78kg
車両重量 87kg
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NSR50・NSR80は共に1987年発売された。当時スズキより発売されたGAGが開拓し、ヤマハYSR50で追従したミニ・レーサーレプリカというジャンルが脚光を浴びていたが、GAGやYSRはあくまで外見だけレーシングマシンの縮小版というパロディ指向であった。しかしNSR50は本物のマイクロ・レーサーを目指し、走りの面でも妥協を許さずレーサー・NSR500の車体を3/4のサイズダウンモデルとして発売された。 そのサイズから俗に関東ではNチビ関西ではエヌゴと呼ばれる。ライバルとして位置づけられたのはヤマハYSR50(後にTZM50R)であり、NSR50は各地で行われていた50ccレース(ミニバイクレース)でその性能を発揮した。

NSR80は50のボアアップ版であり、公道を30km/hの制限なく合法的に走ることができるためのモデルといえる。こちらは俗にNッパチもしくはNはちとも呼ばれる。

NSR50については現在も行われている50ccレース用に根強い要望があることから、レース専用車両のNSR Miniとして販売が続けられていたが2008年をもって販売終了となった。

NSR50は大きく分けて5種類に分類できる。

1. 1987年型 - 1988年型

デビュー当時のモデルで外見の特徴はチャンバーのサイレンサー部分がまっすぐ伸び(通称:ダウンチャンバー)ホイールは3本スポーク、トップブリッジは鉄製。また、燃料コックに不具合があり早々に部品販売が終了している。また、サスペンションが50と80ではバネレートなどが異なる。

このモデルに装着されていたダウンチャンバーは50ccレースのノーマルクラスでは好評で、後期型に乗るライダーもこのダウンチャンバーを装着する者が多い。しかしサーキットでは膨張室が路面に抵触してしまうことが多く、ハンマーで少し潰してバンク角を稼いでいた。

2. 1989年型 - 1992年型

外見の特徴はチャンバーのサイレンサー部分がシートカウルに向かって上に伸び(通称:アップチャンバー)アッパーカウルはライト廻りがシャープな形状となった。シートカウルは1987 - 1988年型と共通。燃料コック及びタンクの形状に若干の修正が施されている。サスペンションが強化されコーナリング性能が向上した。

3. 1993年型 - 1994年型

外見の特徴はホイールが6本スポークとなった。カウル類は1989年~1992年型と同型。エンジンはシリンダーヘッドが設計変更された。しかし3本スポークのほうが強度が高く、50ccのレースでは3本スポークを愛好するライダーが多い。サスペンションやフレームに大きな変更はないが、サイドスタンドスイッチが導入され安全面での配慮がなされている。また、ヘッドライトが常時点灯になった。

4. 1995年型 -

ヤマハから打倒NSRを強く意識し発売されたTZM50Rに対抗するため、大幅なマイナーチェンジ というよりモデルチェンジを行われた公道仕様の最終型である。(通称:95NSR)外見の特徴としてはアッパーカウルとアンダーカウル、タンクの形状は1989年型以降と同じであるが、シートカウルが兄貴分のNSR250Rに似たテールエンドが跳ね上がったタイプとなり、(当時の現行モデルであるMC28型よりもMC21型に似ている。)素材も変更され一体成形となった。フレームも一新され、ステアリングヘッドアングルの変更、剛性の向上が図られシートカウルの固定にはスペシャルスクリューが用いられている(これ以前はメインキーで着脱)。スイングアームも変更が施され、左右非対称の形状から左右対称の形状となり、軸受けもベアリングに変更された(94年まではゴムブッシュ)。点火方式も変更され、ACジェネレーターも専用のものが付く。クラッチ回りも新設計になり それまでの年式のものとはまったく違った特性になった。また、動力性能の向上に伴いラジエータも大型のものとなった。足回りについてもまったく別物となり、フロントフォークの設計変更、トップブリッジも新設計のアルミ製、リアサスペンションもイニシャル調整ができるものとなり、シフトペダルもリンク式のものとなった。この95NSRのノーマルリアサスペンションが扱いやすく好評で初心者はもとよりエキスパートライダーもサスペンションのセッティングに困った時などに使用する者が多い。

しかし50ccレースで使用する場合にはこの新設計の電気系は不評で、1994年型以前若しくはMBX80のものを使用するのが一般的(後にはNSRミニ=NSR80のものを使用するユーザーが多かった。NSR80とMBX80は互換あり)。また、リンク式のシフトペダルは転倒時にはすぐ破損してしまうことから、取り外すライダーが多かった。

公道仕様のNSR50は、同時期のホンダワークスNSR500のカラーリングに似たものが施されていた。


NSR-mini[編集]

NSR50をベースとした競技仕様車である。公道を走行する必要がないことから最初から保安部品(ヘッドライト・ウインカー・ブレーキランプ・ホーン類)やスピードメータ、バックミラー・エンジン始動用のキックペダル等などは装備されておらず、形式も公道仕様がAC10に対しレース用としてRS50という型式を与えられた。当然のことながらナンバーを取得して公道を走行することはできない。

ベースとなっているのは1995年型以降のNSR50後期型(AC10-17****以降)であるが、電気系統は新設計。また、最初から混合オイル仕様となっている。更にラジエータは1995年型のNSR50ものよりも更に大型の銀色に光るアルミ製のものが装備され、冬場はガムテープで半分ほど塞がないと冷えすぎてしまうほどの冷却効果を得られるようになった。

足回りについてはフロントフォークはイニシャル調整が可能、リアサスは減衰力が調整可能なタンク別体式となり、オプションでソフトとハードのスプリングが用意されている。またこの車両より、長年使用されたプログレッシブレートのフロントフォークスプリングは廃され、シングルレートスプリングとなり、フロントサスペンションのダンパーもより減衰力の高いものへ変更を受けている。

カウルは1995年型以降と同型ながら塗装はされておらず白色。ヘッドライト用の穴は別パーツのゼッケンプレートで塞がれている。ホイールはNSR50前期型用の3本スポーク。チャンバーはNSR50後期型と同形状のアップチャンバーだが、色はサイレンサー部もフラットブラックのmini専用仕様となっており、Mクラスにおけるレースで定評があった。NSR-miniをレースで使用する場合、やはり電気系統を1994年型以前のものに変更するのが一般的であったため、2002年に標準で1994年式ACGとNSR80用イグナイターが装備されることとなった。

なお、ミニバイクレース界におけるNSF100の普及と、2stから4stへの時代の流れにより2009年春モデルを最後に販売を終了した。

NSR75[編集]

スペインホンダで生産された排気量75ccのマシンであるが、車体はNSRと言うよりNS-1に近い。タンデム可能なシートが装備されており、その関係でメットインスペースになっているフロントが通常のタンクになっている。海外では、この車体に50ccのエンジンを載せた物がNS-1の名称を与えられている。

NSR125[編集]

NSR125 前面
NSR125
NSR125F左側面

イタリアホンダで生産されていた前代NS125Rの後継モデルであり、ネイキッド仕様のNSR125F(後のNSR125F RAIDEN)とフルカウルのNSR125Rが生産されていた。日本国内でも1989年にNSR125Fが1000台限定で正規輸入モデルとして市販された。典型的な2ストロークエンジンの特性と音色を奏でていた。Adriatico(アドリアティコ)の愛称を持つこの車両は、いわゆるフルパワーモデルではなく、エアクリーナーボックスにリストリクターの装着やエキゾーストパイプにインナーパイプを装着するなどして当時の日本国内における最高出力(22馬力)規制に適合させたディチューン仕様だった。

もともと当時の欧州市場向けに企画されたモデルであり各パーツは、一般的なホンダの市販モデルでは見ることができない海外の部品メーカー製の物が多用されていた。キャブレターがデロルト社製、足廻りは、マルゾッキ社製フロントフォーク、斬新な3本スポーク・デザインのグリメカ社製アルミキャスト・ホイール、ピレリー社製の幅広タイヤ(前・100/80-17、後・130/ 70-18)に、前後共ディスクブレーキを装備し、特に前輪には、大径316mmのシング ルディスクを採用するなど充実した装備としている。また、パガーニ社製のヘッドライト、ウインカー、テールライトに加え、ハンドル、変速機、チェーン、ステップ類にいたるまでイタリア製部品を採用していた。


NSR150[編集]

NSR150[2]
No motorcycle.png
基本情報
メーカー ホンダ
エンジン 149cc 
内径x行程 / 圧縮比 59mm x 54.5mm / 6.8:1
最高出力 31ps/10,500rpm
最大トルク 2.2kg-m/10,000rpm
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タイ2002年まで生産されていた。2灯式の前照灯を持つレプソルカラーのNSR150SPと一般モデルのNSR150RRがあった。NSR250Rに比べると安価で入手できたモデルで[要出典]、生産終了後もタイ・ホンダ製のオートバイを専門に扱う輸入販売店によって、中古車両の再生という形で販売が行われていた[1]

HRCから販売されたレース専用車両のNSR150は、NSR150SPから保安部品を取り外し、エンジンなどにレース専用部品を取り付けた仕様で生産された。鉄フレームの強度不足などの理由から亀裂の発生が指摘された。[要出典]

NSR250R/SP/SE[編集]

NSR250WGPの競技車両であるワークスレーサーNSR500のレプリカで、市販車ではNSRの最上級モデルになる。大きく4車種に分かれる。初代モデルから、ヤマハTZR250RスズキRGV250Γとの三つ巴で熾烈な2ストローク技術競争が繰り広げられ、1987年から1990年の間は毎年モデルチェンジが行われていた。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 1989年5月22日プレスリリース
  2. ^ 日本モーターサイクル史』(937)

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]