ホンダ・NSR250R

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ホンダ・NSR250R
Nsr250sp.jpg
基本情報
排気量クラス 軽二輪
車体型式 MC28
エンジン MC16E型 249cc 
内径x行程 / 圧縮比 __ x __ / __
最高出力 40ps/9,000rpm
最大トルク 3.3kgm/8,500rpm
      詳細情報
製造国
製造期間 1986年 - 1999年
タイプ レーサーレプリカ
設計統括
デザイン
フレーム ダイヤモンド
全長x全幅x全高 1970mm x 650mm x 1045mm
ホイールベース 1340mm
最低地上高
シート高 770mm
燃料供給装置 キャブレター (TB10)
始動方式
潤滑方式
駆動方式 チェーンドライブ
変速機 常時噛合式6段リターン
サスペンション テレスコピック式
スイングアーム式'86~'93
片持ちスイングアーム'94~'99 (プロアーム)
キャスター / トレール
ブレーキ 油圧式ダブルディスク
油圧式ディスク
タイヤサイズ
最高速度
乗車定員 2人
燃料タンク容量 16L
燃費
カラーバリエーション
本体価格
備考 スペックはNSR250R SP (MC28)、1996年モデルのもの
先代 ホンダ・NS250R
後継
姉妹車 / OEM
同クラスの車 ヤマハ・TZR250R
スズキ・RGV250Γ
アプリリア・RS250
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NSR250R(エヌエスアールにひゃくごじゅうアール)は本田技研工業レーサーレプリカタイプの2ストロークオートバイである。車名のNSRはNew Sprinter Revolutionの略である[要出典]。競技車両であるワークスレーサーNSR500のレプリカで、市販車のNSRシリーズの中ではフラッグシップモデルになる。

概要[編集]

ホンダは、WGPNS500が1983年にチャンピオンを得るなど、レース部門での2ストロークのオートバイの成功を収めた。一方、市販車部門ではヤマハRZ250/350のヒットにより販売で大きく水をあけられていた。RZに対抗してまずは4ストロークのCBX400FVT250Fを発売すると爆発的ヒットとなったが、直接競合する2ストローク車種が不在であった事と更にヤマハに差をつけるべく、MVX250Fを投入した。しかし、同時期のヤマハRZ250RスズキRG250Γと比べると販売では失敗となってしまった。再度、市場に参入すべく1984年のNS250F/Rの発売で販売は互角となった。ヤマハはその後、TZR250を発売させホンダとのリードを広げる。それに対抗すべく1986年にNSR250Rを投入する。抜群の速さを誇るNSRは発売当初から大ヒットする。初代モデルより、ヤマハTZR250RスズキRGV250Γとの三つ巴による熾烈な2ストローク技術開発競争が繰り広げられ、1987年から1990年の間は毎年モデルチェンジが行われた。NSRのヒットで2ストバイク市場のトップを奪うことになり、その後はTZR250Rと市場を分け合った。NSRは型式で大きくMC16、MC18、MC21、MC28の4種類に分けられる。なお、歴代モデルすべて一貫して始動方法はキックスターターのみを採用し、セルスターターは装備されていなかった。

歴史[編集]

NSR250RG(初代)MC16[編集]

NSR250RG MC16

1986年NS250Rのフルモデルチェンジ車として登場した[1]。新設計の“目の字”断面をもつアルミニウム製ツイン・スパーフレームに、クランクケースリードバルブの水冷2ストローク90°V型2気筒エンジンを搭載し、競技専用車RS250Rをそのまま公道用にスケールダウンしたようなレーシーな姿をまとっていた。エンジンのクランクケースなど、一部部品には「HONDA RACING」の刻印が入り、競技用車両とパーツの設計を一にしている点も注目された。

NSR250RJ~RK(2代目)MC18[編集]

1988年モデルカスタム車
1989年モデルカスタム車

スピードリミッター無しの最後のモデル。2代目のモデルは1987年11月に登場した[2]。なお、この1988年モデル[3]は市販レーサーのRS250と同時開発された[要出典]
このモデルは約2年間販売され、1989年式は1989年2月に発売された[4]。このモデルからテールランプの意匠が丸目2灯となった。

1989年式では、エンジンの出力特性を制御するコンピューターがPGM-II(PGMとはprogramedの略)へ、キャブレターがPGMキャブレターIIへ進化するなどし、最高出力45ps/9,500rpm 最大トルク3.7kgm/8,500rpm と'88NSRと変わらないものの、前年式よりも幾分マイルドな出力特性が与えられた。
この年はFIMのレース規則が変更され、カウル前端をフロントタイヤの中心線よりも前方まで伸ばすことができるようになったが、公道モデルのNSRもそれにあわせて形状が変更された。

また、MC18からは上位グレードとしてSP(Sports Production)が限定リリースされた。
これらはマグネシウムホイールと乾式多板クラッチ('89)が装備され、'88NSR SPには、ロードレース世界選手権 (WGP) GP500クラスで活躍するワークスチーム、ロスマンズ・ホンダレーシングのNSR500と同じ「ロスマンズカラー」、'89NSR SPには、WGP GP250クラスで活躍するワークスチーム、味の素・ホンダレーシングの清水選手の「味の素テラカラー」軽量のマグネシウム製ホイールや高効率の乾式多板クラッチを標準装備した2サイクル・スーパースポーツバイク「ホンダNSR250 SP」が、それぞれ用意された。

MC18にはSPグレードとは別に、F3用キットパーツをあらかじめ組み込んだコンペティション用コンプリートマシンとしてHRCより少数が発売された「NSR250RK」が存在する(紛らわしいがHRCのKはキットパーツのKであり市販車の年式(89年モデル)をあらわすNSR250RKとは別)。
これはNSR-SPをベースに、専用の補強入りフレームや専用の車高調整機構付きサスペンション、多数の変更が加えられたエンジンや電装を装備したTT-F3専用車両であり、SPとはまったくの別物と言ってよい。エンジン部品で専用なのはクランクケースのみだが、純正と同じ金型から生み出されながら、ほぼ全ての部品が同年式の競技専用車であるRS250の部品と見まがうばかりに加工されたものであり、その動力性能はRS250に肉薄するほどである。
その価格差から細部のクオリティは見劣りするものの、そうして世に送り出されたRK達はサーキットを席巻し、GP250クラスと互角に近いタイムを叩き出し、4ストローク400ccの車両を打ちのめし続けた。
惜しむらくはRKが生み出されたわずか数年後にTT-F3クラスが廃止されてしまったことである。

なお、この車両はスリックタイヤ対応のためホイールサイズもRS250と同等に変更されている(Frは可能だがRrに互換性はない)。専用キャブレターボックスと専用ダクトを装備し、PGMキャブレターは装備されていない。ACGは専用品の軽量ローターを使用するため公道用NSRと互換はない。

NSR250RL~RN (3代目)MC21[編集]

NSR250R SE
MC21-SP仕様カスタム車

1990年2月登場の3代目モデルは大きな外観デザイン変更を受けた[5]。アッパーカウル形状はスラントノーズで、小さく特徴的だったヘッドライトはスマートな薄型幅広形状の2灯ハロゲンヘッドライトに変更された。リアシートカウルは上方へ跳ね上がり、クラウチングスタイルとなる。

もっとも大きな外観上の変更点は、スイングアームへの“ガルアーム”の採用である。「ガルアーム」とは、V型2気筒エンジンの後方シリンダーから延びる排気用チャンバー形状の高効率化を目的として、右側スイングアームと前方シリンダーの排気チャンバーが干渉しないよう、スイングアームを「への字」に屈曲させたもの。ホンダワークスレーサーでは'89年のNSR500から採用された技術である。

また、エンジンはシリンダー、シリンダーヘッド、クランクケース、クランクシャフト等の主要部品が新設計され、出力特性を制御するコンピューターもPGM-IIIに進化し、扱いやすさを兼ね備えた出力特性が与えられた。

このMC21では1990年4月にSPが発売[6]され、1991年5月にSPとSTDモデルの中間に位置するSEが発売[7]された。1992年1月にMC21後期型とSE、SPが発売[8]

また、MC21はジムカーナライダーの中でも特に戦闘力の高い車両とされており、大会になると上位陣の大半(現在はかなり減ったが、それでもまだ多い)がNSR250Rで占められるなど猛威を振るっている。

なお、MC21までが45馬力、MC28はオートバイメーカー4社の自主規制により40馬力になっている。

グレード[編集]

  • STD(スタンダード仕様)
  • SE(SPベースだが一般公道向きのSTDと同じミッションで乾式多板クラッチや前後サスペンションに減衰力調整機構を装備)
  • SP(前後マグネシウムホイールを装備。ロスマンズやHRCなどのワークスカラーを採用)

NSR250RR~RT (4代目)MC28最終型[編集]

MC28-SP仕様カスタム車その1
MC28-SP仕様カスタム車その2

1993年に登場したモデル[9]で、NSR250Rとしては最終モデルになる。外観上最大の変更点は、MC21で採用された「ガルアーム」が片持式スイングアームである「プロアーム」になった点ではあるが、これは耐久レーサーRVFからのフィードバックである(WGPマシンはアームの向きが逆でチェーンラインも逆になる)。 またチャンバーの入り口を絞ることにより40馬力にパワーダウンされているが、 社外品のチャンバーに交換することにより本来のパワーにすることが可能である。
エンジンマネージメントシステムはPGM-IVに進化。ハンドルロックの解除やエンジンを始動する際に使用するキーは、PGMメモリーカードと呼ばれるカードキーとなり、通常の公道用PGMメモリカードの他に、競技専用のPGMメモリカードを使用することでエンジンの特性を簡単に変更することができた。
またこのモデルからヘッドライトが常時点灯型となった。

主な新機能[編集]

  • 片持ち式リンク式スイングアーム、プロアームの採用。
  • 2輪車初のカードキー(PGMメモリーカード)採用。
  • 液晶デジタル表示のスピードメーターに変更。
  • ハザードランプスイッチ装備。
  • ポジションランプ内蔵型ウインカーを採用。

グレード[編集]

  • STD(スタンダード仕様)
  • SE(乾式多板クラッチや前後サスペンションに減衰力調整機構を装備。)
  • SP(SEをベースに、マグテックホイール(エンケイ製のマグネシウム合金を使用した廉価な軽量ホイール)・フロントサスペンションは、路面追従性に優れたニュー・カートリッジタイプを装備(工具なしで減衰調整可能)ロスマンズやHRC[10]レプソルホンダ[11]などのワークスカラーを採用)

1990年代後半、日本国内において関心が高まっていた排ガス規制問題(特に都市部における)に対しホンダは、「今後の市販車は50ccのスクーターからスポーツモデルまで、2ストロークエンジンでは自動車排出ガス規制の新基準に適合しないため、一部の競技専用車を除き、全てクリーンな4ストロークエンジンPGM-FIを採用していく」という方針を固め、NSR250Rも日本国内では1999年を最後に販売が終了した。なお、最終的にSEグレードのみが販売され、輸出車は存在せず日本国内モデルとして1980年代、1990年代初期に旋風を巻き起こしたNSR250Rの歴史に幕を降ろすこととなる。

2011年現在、2ストロークのレーサーレプリカは新車のラインナップとして存在しないため、希少価値や愛好家からの局所的人気により、NSRに限らず中古車市場では新車時の価格を上回る高い値段で取引されることもある。状態の良いものになると、車両価格が現行1000ccクラスと同等となる車両まで存在する。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 水冷2サイクルV型2気筒エンジン搭載のスーパースポーツバイク「ホンダ・NSR250R」を発売
  2. ^ 最新技術を随所に採用した2サイクル・スーパースポーツバイク新型「ホンダ・NSR250R」を発売
  3. ^
    世界初、マグネシウム製ホイールを標準装備した2サイクル・スーパースポーツバイク「ホンダNSR250R SP」を発売
  4. ^ 2サイクル・90度Vツインエンジン搭載のスーパースポーツバイク「ホンダNSR250R」のスタイルや機能を充実させ発売
  5. ^ 軽快で高い運動性能を発揮する2サイクル・スーパースポーツバイク「ホンダ NSR250R」を発売
  6. ^ マグネシウム製ホイールや乾式多板クラッチを標準装備した2サイクル・スーパースポーツバイク「ホンダNSR250R SP」を発売
  7. ^ 軽快で高い運動性能を発揮する2サイクル・スーパースポーツバイク「ホンダ NSR250R/NSR250R・SE/NSR250R SP」のカラーリングを一新し発売
  8. ^ 軽快で高い運動性能を発揮する2サイクル・スーパースポーツバイク「ホンダ NSR250R SP/フラッシュカラー・スペシャル」を限定発売
  9. ^ 世界初のPGMメモリーカード・システムを採用した2サイクル・スーパースポーツバイク「ホンダNSR250R」3タイプを発売
  10. ^ 軽快で高い運動性能を発揮する2サイクル・スーパースポーツバイク「ホンダ NSR250R SP」のカラーリングを一新し発売
  11. ^ 軽快で高い運動性能を発揮する2サイクル・スーパースポーツバイク「ホンダ NSR250R SP」のカラーリングを一新し発売

参考文献[編集]

  • 八重洲出版『HONDA 50 Years ホンダ50年史』より

外部リンク[編集]