ホンダ・NSR500V

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ホンダ・NSR500V
Honda NSR500V.jpg
基本情報
エンジン 499.7cc 
車両重量 103kg
      詳細情報
製造国
製造期間 1996年 - 2001年
タイプ
設計統括
デザイン
フレーム アルミツインチューブ
全長x全幅x全高 1,975mm x 595mm x __
ホイールベース 1,360mm
最低地上高
シート高
燃料供給装置 キャブレター
始動方式
潤滑方式
駆動方式 チェーン
変速機 6速カセットタイプ
サスペンション 倒立テレスコピックフォーク
モノショック
キャスター / トレール
ブレーキ カーボンディスク
4ポットキャリパー
鋳鉄ディスク
2ポットキャリパー
タイヤサイズ
最高速度
乗車定員
燃料タンク容量 26L
燃費
カラーバリエーション
本体価格 ¥8,000,000(1997年モデル)
備考
先代
後継
姉妹車 / OEM
同クラスの車 アプリリア・RSW500V2
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ホンダ・NSR500V (エヌエスアールごひゃくブイ) はホンダ・レーシング(HRC)が開発、市販した競技専用のオートバイで、2ストローク500ccV型2気筒エンジンを搭載したロードレーサーである。

概要[編集]

NSR500Vはプライベーターが参戦しやすいマシンを目指して開発され、1996年ロードレース世界選手権500ccクラスにデビューした。V4マシンのNSR500と同じクランクケースリードバルブ式の水冷2ストロークVツインエンジンが搭載された。このエンジンは当時の他のホンダGPレーサーマシンと同じくVバンク角は100度、シングルクランクシャフトを採用する。車両重量は103kg、航空用ガソリン(通称「アブガス」)を入れた場合に135bhpを発生する。

V4マシンよりは40-50馬力ほど非力なものの、より軽く、乗りやすく、ハンドリングの良いマシンに仕上がっている。V4勢よりも速いコーナースピードを維持できるのが最大の武器であり、多くのサーキットでは、単独で走行した場合V4勢と同じぐらいのラップタイムを出すことができた。しかしレース中のバトルでは、コーナー脱出時の加速に優れるV4勢に軍配が上がることが多く、予選では好成績でも決勝が混戦になると順位を落としてしまう傾向があった。

新車価格は、1997年モデルの場合で本体のみの定価が800万円、セットアップキット付きが920万円(いずれも税別)[1]、エンジン・アセンブリーは320万円であった[2]

レース経歴[編集]

NSR500Vを駆る岡田忠之(1996年日本GP)

1996年、ホンダはワークス・チームレプソル・ホンダに2台のNSR500Vを投入し、岡田忠之伊藤真一が実戦での開発を担当することになった。岡田は開幕戦のシャー・アラム・サーキットでポールポジションを獲得した。その後、岡田は6戦で5位以内に入賞し、最終戦のフィリップ・アイランド・サーキットでは2位表彰台に立った。この年の選手権が閉幕した後、スポーツランドSUGOでおこなわれた「MFJグランプリ・スーパーバイクレースin菅生」には多くのGPチームが参戦し、レプソル・ホンダもレギュラーライダー全員が参加した。唯一NSR500Vで参戦した岡田はホンダ・NSR500スズキ・RGV500ヤマハ・YZR500らのV型4気筒勢を抑えて優勝を果たした。

ホンダはシーズンオフもNSR500Vの開発を継続し、1997年シーズンは青木拓磨が実戦を担当することになった。7戦で5位以内に入り、マシンと相性の良いフィリップアイランドでは再び2位表彰台に立った。この年からプライベーターへのマシンの販売が開始され、中でも新興チームグレシーニ・レーシングアレックス・バロスドニントンで表彰台を獲得し、シリーズ9位(ワークスのV4勢4台を凌ぐ成績)に入る活躍を見せた。

1998年から1999年中盤にかけては、セテ・ジベルナウがレプソル・ホンダでNSR500Vを駆り、2戦で表彰台を獲得した。またより多くのチームが500Vを購入するようになり、2000年シーズンごろまでには「プライベーターがコンスタントにポイントを獲得できるコンペティティブなマシン」として地位を確立した。2000年にはユルゲン・ファン・デン・グールベルク2001年には青木治親がそれぞれNSR500Vを駆って「ベスト・プライベーター」賞を獲得した。またNSR500Vをベースとしたカスタムマシンを開発するプライベーターも現れ、日本ではテクニカル・スポーツの手による「TSR AC50M」が知られている。

2002年に最高峰クラスがMotoGPクラスに改編され、4ストローク車が有利になると、2ストローク勢はV型4気筒の車ですら勝負にならない状態となり、NSR500Vの時代は終わりを告げた。

HRCは1996年から2001年の間に33台のマシンを生産した。V4のNSR500は各チームにリースされるだけだったが、NSR500Vは販売されたため、後年多くのマシンが市場に放出されることになった。多くのマシンは個人コレクターに買い取られ、何台かは各国の国内選手権に参戦した。

脚注[編集]

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  1. ^ HRC 市販ロードレーサーNSR500V RS250R RS125R発売のご案内 - Honda・二輪製品ニュース
  2. ^ 日本モーターサイクル史』(p924)より。
  3. ^ a b 日本モーターサイクル史』(p948)より。

参考文献[編集]

ウェブサイト

出版物

関連項目[編集]