福岡県立東筑高等学校

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福岡県立東筑高等学校
県立東筑高校正門.jpg
過去の名称 福岡県東筑尋常中学校
福岡県立東筑中学校
福岡県東筑中学校
国公私立の別 公立学校
設置者 福岡県の旗 福岡県
学区 福岡県第3学区
併合学校 福岡県立折尾高等学校(初代)
八幡市立八幡商業高等学校
校訓 文武両道 質実剛健
設立年月日 1898年
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 3学期制
高校コード 40128F
所在地 807-0832
福岡県北九州市八幡西区東筑一丁目1番1号
外部リンク 公式サイト
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校内配置図(現在は撤去済み)

福岡県立東筑高等学校(ふくおかけんりつ とうちくこうとうがっこう、Fukuoka Prefectural Tochiku High School)は、福岡県北九州市八幡西区東筑一丁目にある共学の県立高等学校。全日制普通科スーパーサイエンスハイスクール(SSH)及びふくおかスーパーハイスクール (FSH)指定校。

沿革[編集]

(旧制)福岡県立東筑中学校[編集]

(新制)福岡県立東筑高等学校[編集]

  • 1948年(昭和23年)4月 - 学制改革により、「福岡県立東筑高等学校」(現校名)が開校。この時点では男子校であった。
  • 1949年(昭和24年)
    • 5月 - 福岡県立折尾高等学校(初代、女子校)と八幡市立八幡商業高等学校を統合し、全日制普通・家庭・商業科、定時制普通・商業科を有する総合高等学校、男女共学校となる。
    • 6月4日 - 新校章を制定。PTA結成総会を開催。
  • 1952年(昭和27年)
    • 10月 - 折口信夫による新校歌(現校歌)の作詞が完成。
    • 11月 - 信時潔による新校歌(現校歌)の作曲が完成。
  • 1956年(昭和31年)4月1日 - 商業科・家庭科が分離し、福岡県立折尾高等学校(二代目、男女共学)として独立。それに伴い、全日制普通課程高校となる。
  • 1957年(昭和32年)11月30日 - 創立以来のシンボルであった運動場中央の一本が枯れ、伐採される。
  • 1958年(昭和33年)10月 - 運動場を整備。創立60周年記念図書館が完成。
  • 1963年(昭和38年)6月12日 - 剣道場が完成。
  • 1965年(昭和40年)5月8日 - 学校食堂が完成。
  • 1968年(昭和43年)3月29日 - 音楽教室が完成。
  • 1979年(昭和54年)3月2日 - 体育館・柔剣道場が完成。
  • 1981年(昭和56年)
  • 1987年(昭和62年)6月6日 - 東筑会館が完成。
  • 1998年平成10年)5月26日 - 多目的ホールが完成。
  • 2011年(平成23年)7月 - 新本館が完成。
  • 2013年(平成25年)- 文部科学省よりスーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定され、元NASA宇宙飛行士による講演会が行われる。
  • 2014年(平成26年)3月 - スーパーサイエンスハイスクール(SSH)指定によりこれまでの海外研修の内容をより充実させ、マイクロソフトエンジニアとの議論、マサチューセッツ工科大学ハーバード大学航空機メーカーのボーイングの視察を行う「海外ジニアス研修」を選抜生徒20名と引率教諭4名が8日間に渡り実施。

学校行事[編集]

1学期

  • 4月 - 入学式
  • 5月 - 新入生宿泊体験学習、中間考査、生徒総会
  • 6月 - 東筑・小倉高校定期野球大会、文化祭、東筑会(同窓会)総会、期末考査
  • 7月 - クラスマッチ、保護者会
  • 8月 - 夏季課外(補習)、中学生体験入学、1・2年課題考査

2学期

  • 9月 - 3年実力考査、体育祭
  • 10月 - 中間考査
  • 11月 - 2年シンガポール修学旅行(2014年度から)、期末考査
  • 12月 - 保護者会、冬季課外

3学期

  • 1月 - 1・2年課題考査、1年スキー教室(2012年度まで)、3年大学入試センター試験、2年リアルチャレンジ
  • 2月 - 学年末考査
  • 3月 - 卒業式、国内研修,海外研修(1,2年選抜生徒のみ)、クラスマッチ(1,2年のみ)、高校入試

進学[編集]

難関国立大学への現役合格志向が強い。九州地区関係高等学校連絡協議会(東筑、熊本鶴丸宮崎西佐賀西)を開き、情報交換を行っている」[2]

2007年(平成19年)は、主要国立7大学(北大東北大名大阪大・九大・一橋大・東工大)への現役合格率が26.6%で全国1位[3]

2008年(平成20年)は、旧帝大+国公立大学医学部への現役合格率が26.9%、全国公立高校8位(西日本公立高校1位)[4]

2011年は、難関国立10大学(旧帝大・東工大・一橋大・神戸大)への現役進学者数が全国8位[5]

2013年は、難関9国立大(旧帝大・東工大・一橋大)への現役進学率が西日本17位(公立7位)[6]

2014年は、難関9国立大(旧帝大・東工大・一橋大)への現役進学率が西日本20位(公立9位)[7]

2016年は、国公立大学歯学部への合格者数が全国2位(公立1位)[8]

部活動[編集]

約8割の生徒が部活動に参加しており、2010年度(平成22年度)福岡県高等学校体育連盟「高校総体学校表彰」は、学校対抗の部で優勝。

運動部[編集]

文化部[編集]

校歌・応援歌[編集]

東筑高等学校校歌[編集]

3番まであり、最後の方に校名の「東筑」が登場する。
一、筑紫の國の 國の崎 とほく霞みて、海に入る 
      遠賀の水門も 望むべし 目翳をかざせ 汐境 
      響灘 玄海の波 澄みわたる 朝の幻 
      馴れ馴れて 海の若人 
      吾こそは 洋の獨り子 吾らかく 若々し 
      身は健かに 気宇ひろく 筑紫の海の如 あらむ

二、大獅子吼して 汽車来たる 遠賀川橋 驀地に 
      汽罐は晝を鳴りわたる 折尾の空に 聳るもの 
      青嵐 丘をめぐりて すがすがし わが学校 
      若き日の 代々の先輩 
      年を経し わが傳統 吾らかく 勤しめり 
      心ただしく 才高く 筑紫の山の如 あらむ

三、ここに日本はじまれる 筑紫に 吾等生れあひ 
      ああ言ひ知らぬ    誇らしさ
      鑛坑にとどろくもの聲は
      甦り来る 國の音 さ夜深き 皿倉おろし 
      ともし火を 高くかかげよ 
      あきらかに  わが道を見む  吾らかく  さやかなり 
      智慧明らかに 認識よく 筑紫の空の如 あらむ 

      よきかな東筑 うるわしく 
      東筑 東筑 寛かなれ
      ああ 東筑

東筑中学校校歌(初代)[編集]

  • 作詞・岡野代忠
  • 作曲・高浜孝一
一、筑紫の東 折尾の丘に
      巍然と立てる 我等の母校
      天の啓示せる 誠の道は
      我等が進まん 理想の標

二、我等の心は 正義を照す
      邪念の払ひ 邪欲を除けて
      我等の血潮は 同情に満つ
      溢れて注がん 総ての者に

三、天は自助ある 勇者を助く
      我等は励まん 学の業を
      いざや東筑 九百の健児
      振ひ興せよ 誠の道を

東筑中学校校歌(二代)[編集]

  • 作詞・久保勘三郎
  • 作曲・陸軍戸山軍楽隊
一、天に二日の渡るなく   地に一君の定めあり
      世紀の波を乗り越えて   無窮に続く皇統に
      生けるしるしぞ防人の   意気は東亜の天を衝く
      我れは九州男児なり

二、日方吹らし水茎の    岡の水門の潮騒に
      船を留めて仰ぎ見る    空は大和か三韓か
      行く雲遠く風寒し    撃ちてし止まん我もまた
      君の御循とならむ身は

三、心筑紫の益荒男が    幾春秋を送りたる
      母校の庭に咲く花の    色香もしるき若桜
      散りて甲斐ある勲しに    命を捨てて名を惜しむ
      我等が意気を偲ばずや

四、日は皿倉に輝けど    煙は暗し洞の海
      大地にいどむ人力の    果敢なき技を問ふ勿れ
      鉄火と燃ゆる報国の    心は同じ戦場ぞ
      倒れて後に止まむのみ

五、鳴呼西陣の空晴れて    御校威輝く大東亜
      図南の望み今成りて    翼をのばす三千里
      いざ南海へ大陸へ    友に続いて雄飛せん
      我れは東筑健児なり

応援歌(凱歌)[編集]

3番まであり。小倉高校との定期戦において歌われる。

第二応援歌『轟け凱歌』[編集]

逍遙歌『黎明告ぐる皿倉に』[編集]

  • 作詞・白石純一郎
  • 作曲・原田テルミ

著名な出身者・関係者[編集]

政治[編集]

経済[編集]

行政[編集]

研究[編集]

芸能・文化[編集]

思想[編集]

マスコミ[編集]

森功 ジャーナリスト、ノンフィクション作家

スポーツ[編集]

軍人[編集]

元教員[編集]

歴代校長[編集]

代数 氏名 着任年月日
初代 大森藤蔵 明治31年6月1日
第2代 神谷四郎 明治32年1月24日
第3代 金沢来蔵 明治33年8月3日
第4代 小寺甲子二 明治38年9月14日
第5代 尾田信直 明治38年11月15日
第6代 吉田豊 明治40年2月21日
第7代 中垣安太郎 明治44年9月22日
第8代 塚田節夫 大正5年3月14日
第9代 岡野代忠 大正6年3月31日
第10代 安河内健児 大正15年9月27日
第11代 有光一 昭和3年3月9日
第12代 矢野礒 昭和9年9月1日
第13代 藤崎弁蔵(中8) 昭和17年3月31日
第14代 土肥富栄 昭和21年3月31日
第15代 長野文一郎(中14) 昭和23年7月10日
第16代 舟越節夫(中20) 昭和25年9月30日
第17代 宮崎百太郎 昭和37年4月10日
第18代 岸秀一 昭和41年4月6日
第19代 赤間一之助 昭和45年4月1日
第20代 村上修一 昭和47年4月1日
第21代 瀬尾秀巳 昭和54年4月2日
第22代 主静雄 昭和57年4月1日
第23代 北輝男 昭和62年4月1日
第24代 久保田昌秀 平成2年4月1日
第25代 柴田正治 平成6年4月1日
第26代 前川昭治 平成8年4月1日
第27代 北島龍雄(高14) 平成11年4月1日
第28代 松岡教知 平成14年4月1日
第29代 古田智信 平成15年4月1日
第30代 増田俊明(高22) 平成16年4月1日
第31代 柴田晴夫(高24) 平成24年4月1日
第32代 花岡俊彦 平成26年4月1日

アクセス[編集]

鉄道

バス

周辺の学校[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 「決戦教育措置要綱」に基づき、1945年(昭和20年)4月1日から1年間、国民学校初等科を除き、学校における授業が原則として停止することとされたため。第二編 戦後の教育改革と新教育制度の発展 - 文部科学省ウェブサイト
  2. ^ 『東筑百年史』
  3. ^ 週刊朝日2007年6月29日号「全国トップ649高校“真の実力”現役大学進学率ランキング」
  4. ^ 週刊朝日2008年5月23日号「本当の教育力のある高校」
  5. ^ サンデー毎日2011年7月17日号「難関大『現役進学者数』全国トップ500高校ランキング」
  6. ^ サンデー毎日2013年6月30日号「全国1800高校 難関大『現役』進学者数 西日本編」
  7. ^ サンデー毎日2014年7月6日号「全国1900高校 難関大『現役』進学実績 西日本編」
  8. ^ サンデー毎日2016年5月8・15日合併号「国公立大・私立大歯・薬・看護学部合格者 高校別ランキング」
  9. ^ 2011年(平成23年)の第93回全国高等学校野球選手権大会福岡大会では13年ぶりに決勝戦に進出したが、九州国際大学付属高等学校に敗れ準優勝となった。
  10. ^ a b 平成になってから夏の甲子園に福岡県代表として出場した学校の中で、東筑高校は唯一の公立高等学校である。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]