東海大学付属高輪台高等学校・中等部

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東海大学付属高輪台高等学校・中等部
TokaiTakanawadaiHS.jpg
過去の名称 電気通信工業学校
東海工業学校
東海高等学校
東海電波高等学校
東海大学高輪台高等学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人東海大学
設立年月日 1944年
共学・別学 男女共学
中高一貫教育 併設型(外部混合有)
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 2学期制
高校コード 13533A
所在地 108-8587
公式サイト 東海大学付属高輪台高等学校・中等部
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東海大学付属高輪台高等学校・中等部(とうかいだいがくふぞくたかなわだいこうとうがっこう・ちゅうとうぶ)は、東京都港区高輪に所在し、中高一貫教育を提供する東海大学付属私立中学校高等学校。高等学校において、中等部から入学した内部進学の生徒と高等学校から入学した外部進学の生徒との間では、第1学年から混合してクラスを編成する併設型中高一貫校である[1]

沿革[編集]

  • 1937年 - 財団法人電気通信工業学校設立。
  • 1942年 - 学校法人東海大学の前身となる財団法人国防理工学園設立。
  • 1943年 - 航空科学専門学校開校。
  • 1944年 - 財団法人国防理工学園が電波兵器技術養成所を開設。財団法人電気通信工業学校に電気通信工業学校が、財団法人国防理工学園が電波科学専門学校を開校(電波工業学校を併設)。財団法人国防理工学園に財団法人電気通信工業学校(電気通信工学校)を合併
  • 1945年 - 財団法人国防理工学園を財団法人東海学園と改称。航空科学専門学校と電波科学専門学校を合併し、東海専門学校と改称。電気通信工学校と電波工業学校を合併し、東海工業学校と改称。電波兵器技術練成所を閉鎖。東海専門学校を東海科学専門学校と改称
  • 1947年 - 新学制施行による東海中学校開校
  • 1948年 - 新学制施行により、東海工業学校を東海高等学校と改称(電気通信科)
  • 1952年 - 東海高等学校を東海電波高等学校と改称
  • 1954年 - 東海中学校廃止
  • 1957年 - 東海電波高等学校に電子科設置
  • 1960年 - 東海電波高等学校に計測科、原子科設置
  • 1963年 - 東海電波高等学校に普通科設置
  • 1965年 - 学校法人東海大学より分離し、学校法人東海高輪学園による運営となる
  • 1968年 - 東海電波高等学校を東海大学高輪台高等学校に改称
  • 1987年 - 東海大学高輪台高等学校の電気通信科、電子科、計測科、原子科を電子通信科、情報理数科に改編
  • 1990年 - 東海大学高輪台高等学校を東海大学付属高輪台高等学校に改称。学校法人東海大学に学校法人東海高輪学園合併
  • 1992年 - 東海大学付属高輪台高等学校の電子通信科を生徒募集停止
  • 1996年 - 東海大学付属高輪台高等学校の情報理数科を生徒募集停止。新校舎建設に伴い仮移転。1957年から1971年にかけて建設されたすべての旧校舎を解体
  • 1998年 - 男女共学化。新校舎竣工。創立55周年記念式典を挙行
  • 1999年 - 二学期制を導入
  • 2001年 - 東海大学付属高輪台高等学校の電子通信科、情報数理科、定時制課程を廃止
  • 2002年 - さいたま新都心に総合グラウンド開設
  • 2004年 - 総合グランドにクラブハウス竣工。東海大学付属高輪台高等学校が文部科学省より「スーパーサイエンスハイスクール (SSH)」の指定を受ける。創立60周年記念式典・祝賀会を開催
  • 2005年 - 総合グラウンド2期工事として野球場のネットフェンスを17mに上げ、照明設備を設置、屋外に変電設備設置、井水散水設備完成。東海大学付属高輪台高等学校中等部設置委員会発足
  • 2006年 - 総合グラウンドに全天候型・ナイター完備のテニスコート、移動式ラグビーポール、サブグラウンド(跳躍競技用砂場、ブルペン)、野球場外野ネットフェンス、ダックアウト、カウントボード、スコアーボード完成
  • 2007年 - 総合グラウンドサッカー場外部フェンス、排水用側溝完成。東海大学付属高輪台高等学校中等部開校。アクティブボード(電子黒板)を中等部2教室、化学、生物実験室に設置。東海大学付属高輪台高等学校が「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」に5年間の継続新規指定を受ける
  • 2008年 - アクティブボード(電子黒板)全普通教室、物理実験室、第一会議室、移動用を配備。総合グラウンド(サッカー・ラグビー・陸上競技・ラグビー場)の整地作業、外周の除草作業
  • 2012年 - 文部科学省より第3期「スーパーサイエンスハイスクール (SSH)」の5年間の継続新規指定を受ける。

交通[編集]

最寄り駅は、白金高輪駅泉岳寺駅であり東京の一等地に立地している。東京メトロ南北線(都営地下鉄三田線も含む)自体が比較的新しく開通した線であるため、必然的に駅が深い位置にある。校名の「高輪台」という名の通り、学校自体が台地の上にあるため緩やかな坂を上って登校する[2]

設備[編集]

  • 地上6階・地下3階の合計9フロアを有し、校舎が立派な外観であることもあり、この点でも非常に人気が高い。
  • 校舎からは、レインボーブリッジ東京タワーが見渡せる環境にあり、[要出典]台地に立っている関係上、泉岳寺駅側から見ると「9階建ての建物に見える」と言う声も多い。[要出典]
  • エレベーターが3基(1基24人乗り)備わっている。これは登校時や昼休みの時でも、生徒が自由に使用することができる。
  • 全館冷暖房完備で、各階にコミュニケーションホールを設けているほか、トイレ・洗面所がありトイレにはウォシュレット、自動水洗、ジェットタオルが設置されている。廊下は4m30cmと幅広い。
  • コンピュータールームは地下2階に1部屋、地上3階に2部屋の合計3部屋を有し、コンピューターの総台数も200台以上あり、パソコンは新しくWindows7 Professional・Intel Core i5を搭載したNEC機なのだが、台数が多い関係で室内は高温になってしまうこともある。クーラーは教師の許可がなくても気温などの条件を満たせばいつでも付けられるようになっている。
  • 地下2階には自動販売機が5台設置してある。また、同階には売店と400席あるカフェテリア(食堂)がある。
  • 2008年より全教室に電子黒板を設置し、インターネットやDVDなども見られる。

総合グラウンド[編集]

  • 2004年にさいたま新都心駅付近(さいたま市浦和区大原5丁目4番)に、東京ドームの約2.5倍の広さを誇るグラウンドが開設。全天候型テニス場・野球場・サッカー場(サッカー場には2013年に人工芝が敷設)、クラブハウス等があり、また、ナイター設備を備えており暗くなってきても練習することが可能である。
  • 以前まで、総合グラウンドは地質的に水はけが非常に悪く雨が降った翌日にも使用するのが困難となるため授業や体育祭が延期・中止になることもしばしばあった。しかし、水はけを改善するための工事が完了したため、多少の雨なら翌日にも使用可能になった。平日は、学校からバスで送迎を行っている。体育祭やスポーツ大会もここで開催される。学校から部活や行事などで移動する場合は、バス移動になることが多く移動で1時間ほどかかる。

部活動[編集]

  • 毎年、卒業生の約90%が東海大学に進学しており卒業する日までしっかりと部活動に取り組める。
  • 吹奏楽部は全国的に有名であり、2005年から2007年にかけ全日本吹奏楽コンクールへ3年連続出場、3年連続金賞受賞という記録を打ち立てた。
  • サッカー部は2009年に行われたインターハイ(高校総体)に出場を果たすが、東北の強豪、青森山田高に2-4で敗れている。2016年にも2回目のインターハイ出場を果たしている。
  • 野球部は2008年と2017年に夏の東東京大会の決勝進出、2015年には選抜高校野球大会21世紀枠推薦校(秋の都大会でベスト4)として東京都から推薦されるなど健闘している。夏の大会の決勝戦では、2008年には関東第一高に5-11で、2017年では二松学舎大附属高に1-9で敗れ、甲子園初出場の夢は叶わなかった。なお、2010年に東海大市原望洋が甲子園に出場したことにより、野球部のない東海大望星を除き、東海大系列13校の中で、春夏通じて唯一の甲子園未出場の学校となっている。
  • 各部活動も非常に盛んで、ダンス部は全国大会上位進出の常連であり、ここ最近では、柔道部が全国高等学校柔道選手権・関東大会出場、剣道部が関東大会出場、スキー部がインターハイ(高校総体)国体・関東大会出場をそれぞれ果たしている。さらに、近年活躍の目立つゴルフ部は、2015〜17年、毎年東京代表として、関東高校ゴルフ選手権決勝大会に進んでいる。特に団体戦は2大会連続、個人戦は5大会で連続出場を果たしている。 2017年夏季東京都選手権においても、個人戦は1位タイ準優勝と4位に、団体戦も石川遼を輩出した10年連続全国大会に出場中の強豪杉並学院に続き準優勝している。

剛健旅行[編集]

  • 中等部男女は15.8km(雨天時は、10.7km)、高校男子は39.7km(雨天時は、30.6km)、高校女子は27.0km(雨天時は、21.9km)を歩く行事であり、年1回開催される。中等部男女・高校女子は昼間にスタートする。そして、高校男子は夕方から歩き始め、足の遅い生徒は真夜中の山中を歩き通すことで完歩することになる。
  • 1996年と2006年は、雷雨により中止となった。また、2014年は台風接近により中止になった。ただし、予報よりも早く通り過ぎたため当日は台風一過で快晴だった。当初は、山梨県塩山市塩山北中学校から奥多摩湖レストハウスまでの山中の青梅街道を夜通し歩くというものであったが、その後、群馬県嬬恋村にある東海大学嬬恋研修センター周辺の道に場所が変更になり、現在に至る。

校則[編集]

  • 携帯電話は持っていっても良いが、携帯ゲーム機は中等部は禁止になっている。
  • 服装などは男女問わず厳しい。ネクタイが少しでも下がっていると警告される。また、髪型などに関しても厳しい。月に一回の頭髪検査があり、耳や襟に少しでも髪の毛がかかっていた場合は、髪を切り、許可がでるまで先生に見せに行かなければならない。
  • 建学祭に関しても校則が厳しいせいか、あまり自由なことはできない。ちなみに、各クラスごとに製作する「クラスTシャツ」というものがあるが、これは教室内のみで着用することとなっている。

著名な出身者[編集]

脚注および参照[編集]

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  1. ^ 東海大学付属高輪台高校の学校情報(高校受験パスナビ)旺文社)の「ワンポイント情報」の冒頭に「●内部進学生とは1年次から混合クラス。」と掲載されている。
  2. ^ 鉄道利用通学に限る。
  3. ^ 約100段にも及ぶ港区役所高輪支所脇の階段か天神坂を登る必要がある。この場合、合計で250段近くの階段を登らなくてはならない。一番出口にはエスカレーターエレベーターが設置されているが、登校時間でもある平日午前8時過ぎから8時15分頃まではエスカレーターに当校の生徒の行列ができることもある。
  4. ^ 公式サイト上でのデータ。地図上の距離から単純に算出されたが、土地の高低差があるために6分で向かうことは到底不可能で、実際の所要時間は10分以上とされる。
  5. ^ 斜度は緩めであるが距離が長い伊皿子坂を登る必要がある。
  6. ^ 徒歩で通うことも可能であるが、桂坂もしくは柘榴坂を登る必要があり、徒歩では少し距離がある。品川駅からは上記の都営バス目黒駅行(品93)で、最寄りバス停の高輪警察署まで行くことができる。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]