ゲイ・アイコン
ゲイ・アイコン(Gay icon)は、多くのLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)、LGBTコミュニティから支持されている、(歴史上または存命中)著名人のことである。英語圏にはDykonという近年になり普及した言葉もあり、これは"dyke"と"icon"からなる複合語で、レズビアンがアイコン性を感じる著名人のことを指す[1]。
ゲイ・アイコンとされる人物の性別やジェンダーは問わず、彼らの性的指向や性同一性も様々で、同性愛を公言しているか否かにも関連性は無い。ゲイ・アイコンの多くはLGBTの社会運動を支持しているが、彼らの中でキリスト教に熱心な一部の人々はLGBT反対派の意見を取っており、さらにその一部はLGBTの地位向上反対論を擁護する立場を取っている。
現代のゲイ・アイコンは主に女性芸能人が多いが、男性も含まれる。ショーなどでドラァグクイーンが特定の人物になりきって演じる際などは、ゲイ・アイコンの女性がよく取り上げられる。
歴史における例
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歴史上で一番古いゲイ・アイコンは聖セバスティアヌスとされている[2]。セバスティアヌスはキリスト教の聖人かつ殉教者で、屈強で衣服を纏わない身体、矢で射抜かれた様、苦痛な様などの要素は、異性愛・同性愛を問わず芸術家達の興味を絶えず惹きつけ、特に19世紀のゲイカルチャーで人気を得た存在だった[2]。
ジャーナリストのRichard A. Kayeは「現代のゲイ男性がみても聖セバスティアヌスの肖像は同性愛的(はっきり言うなら、同性的なエロティック)なものを感じるし、これはゲイであることを隠さざるを得なかった時代から続くポートレイトの原点だ。」と記している[3]。
セバスティアヌスのゲイ・アイコン的な面を示す例はいくつかあり、劇作家テネシー・ウィリアムズは彼の作品『去年の夏 突然に』で苦労を堪え忍ぶキャラクターの名前に「セバスチャン」の名前を使っている[4]。この名前はアイルランドの作家で詩人のオスカー・ワイルドが、服役を終えた後に使った偽名「セバスチャン・メルモス」(Sebastian Melmoth)の引用元にもなっている。ワイルドはユーモアとダンディでも知られた人物で、彼もまた19世紀の終わりには同性愛者を公表していたと考えられ、ワイルド自身も今日ではゲイ・アイコンと見なされている。[5]
マリー・アントワネットは初期のレズビアン・アイコンで、フランス革命直前に反王室側が流布した文書ではマリーの女性関係の噂が取り上げられ、性的な内容を事細かに書き連ねた噂話を流布された人物である。ヴィクトリア朝時代のイギリスでは、フランス王国派の伝記作家がこの噂を否定したがランバル公妃マリー・ルイーズへの寵愛が美化されて話題となっており、1858年の記録には「神の導きで貴重で偉大な二人の愛があの世で結ばれた」という記述が残されている[6]。彼女の処刑は悲劇の殉死のイメージが影響したのか、19世紀末にはサッフィズム(女性の同性愛、en)のアイコンと見なされていた。マリーは20世紀のレズビアン文学(en)にも影響を残している。イギリスの詩人ラドクリフ・ホールの著書『さびしさの泉』や、ゲイの劇作家Jonathan Brockettはマリーとランバル公妃について「言い訳や見せかけに疲れた哀れな魂よ…」と表現している。[7]
マリーはゲイ・アイコンでもあり、フランスの作家ジャン・ジュネは彼女に魅了された一人である。彼は1947年の演劇「女中たち」で彼女の処刑シーンを再現している[6]。
現代における例
[編集]現代のエンターテイメント界(映画スターおよびミュージシャン)でゲイ・アイコンに挙げられる人物は、いずれも逞しさや独特な個性の強さを持ち、また早世したり悲劇的な最期を遂げた人物が多いことも特徴である。
ジュディ・ガーランド
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現代のゲイ・アイコンの元祖の一人がジュディ・ガーランドである[8]。ジュディはバイセクシュアルであり[9]、"Culture Clash: The Making of Gay Sensibility"の著者Michael Bronskiは、「ストーンウォール時代直前のゲイ・アイコンの中心的な存在」とガーランドを評している[10]。
映画『オズの魔法使』で演じたドロシー役でも知られるガーランドのゲイ・アイコンとしての敬愛度は高く、1950年代のゲイの間で隠語として使われるほどだった[10]。たとえば、"Is he a friend of Dorothy?"(彼はドロシーの友達?)という言い回しは、「彼はゲイ?」という意味で使われていた[10]。
娘のライザ・ミネリもゲイ・アイコンとして扱われる。
マドンナ
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メディアから「クイーン・オブ・ポップ」「クイーン・オブ・ダンスフロア」の異名で呼ばれ、ギネス世界記録で「世界で最も成功した女性歌手」の記録を打ち立てた歌手のマドンナ(en:Madonna as gay icon)は、1982年のデビュー以降、現代のゲイ・アイコンの最も代表的な存在と言える人物になった[11][12][13][14][15][16]。マドンナはそのキャリアを通じて多数のゲイ、レズビアン、トランスジェンダーのファンが存在していることが知られ、彼女はゲイコミュニティに関連する様々な事柄や問題を曲やパフォーマンスで表現、HIV/エイズ危機の最盛期から同性愛者を排斥しようとする現代の政治的政策に至るまでいつの時代もLGBTQの権利を守ろうと積極的に声を挙げ[17]、ゲイクラブでパフォーマンスすることも多くあった。彼女はインタビューで親友の何人かはゲイで、自身が「史上最大のゲイ・アイコン」[18]と評される事を喜び、ゲイを敬愛しているとも言及している。また1990年代初頭のテレビ・インタビューでは「今のアメリカで最も大きな問題は同性愛差別」だと指摘している。
2019年には長年のLGBTQコミュニティへの支援を讃えられ、GLAADより生涯功労賞を受賞した[19]。授賞式ではCNNのアンカー、アンダーソン・クーパーが「LGBTQコミュニティを受容してくれる人物として、マドンナほど素晴らしい味方であり、大きな影響を与えた人物は他にいません」と紹介し、GLAADの会長はマドンナについて「彼女はいつだってLGBTQの大きな味方であり続けたし、これからもそうだろう」「エイズ禍から国際的なLGBTQ問題に至るまで、彼女はいつだって恐れずにLGBTQの人々が受け入れられる世界を目指して推進しています」「彼女の音楽と芸術は長年にわたりLGBTQの人々の命を救う場となり、彼女の肯定的な言葉と行動は数え切れないほどの心と考えを変えてきました」と感謝した[17]。
彼女の1990年のコンサートツアーBlond Ambition Tourではバックダンサーの多くがゲイであり、ツアーの舞台裏を描いた映画『イン・ベッド・ウィズ・マドンナ』にも彼らは登場し[15]、ゲイ・パレードやゲイ同士のキスが映し出されたがこれは当時画期的な事だった[20]。
LGBTQを購買層とした雑誌アドボケートのスティーヴ・ゲドゥラは「1980年代から1990年代の前半にかけて、マドンナの楽曲やビデオのリリース日は、祝日が来るようなものだった。少なくとも彼女のゲイファンにはね[14]」と述べ、アメリカ国内のゲイ男性の間でエイズ感染の輪が拡大していた当時の背景を踏まえて「ゲイファンの後押しでスターダムに上った他のアーティスト達がエイズの問題を理由に彼らとの距離を取ろうとするなかで、マドンナだけがゲイファン達に光を当てるべく舞い戻り、まばゆい輝きを浴びせた存在だった[14]」とコメントしている。"Madonna As Postmodern Myth: How One Star's Self-Construction Rewrites Sex, Gender"の著者、ジョージ=クラウド・ギルベールはゲイ・アイコンとしてマドンナに対して贈られる賛辞は、ジュディ・ガーランドへのものと等しく、彼女達には共通点も多いと指摘している[21]。1999年にはMTV Video Music Awardsでドラァグ・クイーン達がマドンナの歴代のコスチュームを着用するトリビュート・パフォーマンスも行われた[15]。
マドンナは自身のバイセクシャル性や女性との親密な関係でも知られ、特にサンドラ・バーンハードと性的関係があるという噂は、メディアの憶測を呼んだ[22]。
カイリー・ミノーグ
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カイリー・ミノーグはディスコに影響を受けたダンス・ミュージック、個性的で煌びやかな衣装で知られており、ゲイ層から高い支持を受けている[23][24][25][26]。特にゲイ層に向けて活動していなかった初期の頃からどんな時もゲイのファン達がそばにいてくれたとカイリーは語っている。ゲイを公言しているシンガーソングライターのルーファス・ウェインライトはカイリーについて「ゲイがすぐに喜ぶ存在」と評している。カイリーはゲイ・アンド・レズビアン・マルディ・グラのパーティで1994年、1998年、2012年[27]の3回、2018年のパームスプリングスのホワイトパーティ(英: White Party Palm Springs 2018)、ニューヨーク市で行われた2019年のワールドプライドに参加し、2023年にシドニーで開催されたワールドプライドの開会式ではヘッドライナーも務めている[28]。
カイリーは厚いゲイのファン層がある理由を「明確な答えはわからないわ。ゲイのオーディエンスは芸能活動を始めたときからいたから…私が養女になったような感じかしらね」と述べている。彼女は自分が多くのゲイ・アイコンと異なり、悲劇的な人物ではない点と強調している。「悲劇的な髪型や服装をしたことは数えきれないわ。でもそのおかげでより良くなるきっかけになったのよ!」[29]とコメントしている。
1930年代 - 1940年代
[編集]1930年代は、作家、政治活動家、評判の良い有名人に数多くのゲイ・アイコンが存在した。詩人で風刺作家のドロシー・パーカーに数多くのゲイファンが存在したという。とはいえ、ゲイ男性を意味する"Friend of Dorothy"という言葉は、後年になってジュディ・ガーランドが『オズの魔法使』でドロシーを演じた頃になって普及したが[9]、パーカーに端を発すると言われている。

1939年の映画「愛の勝利」でのベティ・デイヴィスの演技はクィア学者のイヴ・セジウィックによって「クローゼットの認識論」の異名で呼ばれている[30]。主人公Judith Traherneを演じたデイヴィスの演技は、どこか秘密を隠した雰囲気と"camp-worthy"というセリフで、ドラマチックな世界に生きる派手なクイーンを連想させ、彼女の人気を押し上げた[30]。"Dark Victory: The Life of Bette Davis"の著者Ed Sikovは、「20世紀のゲイ達は、デイヴィスを見本に自分達のサブカルチャを発展させた」と言及している[30]。
クイア学者Marcella Althaus-Reidは著書"Liberation Theology and Sexuality"で、マレーネ・ディートリヒが最初にハリウッドの評論家の絶賛を受けたドイツ生まれ女優というだけでなく、退廃的かつ美性・完全性・官能性を備えた最初の女性だと述べている[31][32]。 Althaus-Reidは、リオデジャネイロにてアパレシーダの聖母の姿をしたディートリヒの立像がコパカバーナのゲイバーに存在しているのを確認している[32]。黒い聖母を思わせるディートリッヒのイメージは、彼女の華やかさと困難多き姿を物語っている[32]。Althaus-Reidによると、ディートリヒを神格化した立像は、メアリー像と交換されたものであるという。
メイ・ウエストは彼女がデビューした頃からのゲイ・アイコンであり、ゲイの権利をサポートしていたが、彼女のパフォーマンスがキャンプ的なスタイルを連想させるとして顰蹙(ひんしゅく)を買った[33]。
この年代の他のアイコンに、男性との交際の噂があった俳優のケーリー・グラント[34]、カルメン・ミランダ[35]、 レナ・ホーン[36]、ジョセフィン・ベーカー[37]、 エセル・マーマン[38]、グレタ・ガルボ[39]、 キャサリン・ヘプバーン[40]、メイ・ウエスト[41]、ジンジャー・ロジャース[42]、タルラー・バンクヘッド[43]、エディット・ピアフ[44]やノエル・カワードなどがいる。
1950年代 - 1960年代
[編集]1950年代に名声を極めたギリシア系アメリカ人でオペラ歌手のマリア・カラスは、ステージでの魅力的な様や悲劇的な恋愛など波乱に満ちた私生活、舞台を去った後のパリで早世した事などの多くの出来事が彼女をゲイ・アイコンにする要素となった。
11歳でデビューしたオランダの歌手Willeke Albertiは、歌のレパートリーやキャリアの長さ、ゲイ擁護のパフォーマンスなどでゲイ・アイコンと広く認められている[45]。
バーブラ・ストライサンド[46]、スペインの女優カルメン・マウラ、イタリアの歌手ミーナ・マッツィーニ、スコットランドのポップシンガージミー・ソマーヴィル、ドイツのシンガー・ソングライターMarianne Rosenberg、イギリスの歌手ダスティ・スプリングフィールドもゲイ・アイコンと見なされている[47][48][49][50][51]。

ディスコ・ポピュラーミュージックの歌手で女優のシェール は音楽性だけでなく、映画『シルクウッド』でレズビアンを演じてアカデミー助演女優賞にノミネートされるなどした[52]。彼女の娘チャスティティー・ボノはレズビアンである事を17歳の時にカミングアウトしたが、シェールが最初に感じたことは「自責心、恐れ、哀しみ」であったという[52]。シェールがようやく娘の性的指向を受け入れることができた時に、彼女は自身の娘やLGBTの人々が「不公平にも、誰もが持つのと同じ権利を持っていない」という事実を実感した[53]。シェールはLGBTの人々のゲイ・アイコンに留まらず、ゲイ・レズビアン・バイセクシャル・トランスジェンダーの子を持つ異性愛者の親として手本となる人物にもなった[52]。シェールは1997年のPFLAG(レズビアン・ゲイの家族と友人の会)国際会議の基調講演を務めた[52][53]。シェールの音楽界における長いキャリアが多くのゲイファンの支持を集め続けている[54]。"Gay Pride: A Celebration of All Things Gay and Lesbian"の著者William J. Mannは、「私たちが60歳になっても、90歳になったシェールの音楽で踊っているだろう。」と述べている[54]。シェールは自身のキャリアがつまずいた時期にも支えてくれたのはゲイファンたちだったと言及している[55]。
ジョーン・クロフォードは、芸術に身を捧げた生き方で「究極のゲイ・アイコン」と呼ばれている[56]。Lawrence J. Quirkは著書"Joan Crawford: The Essential Biography"にて、彼女の公私両方においてもがく姿に同情してくれるゲイ男性達にクロフォードはアピールしていた、と説明している[57]。クロフォードは1930年代 - 1940年代にかけて素晴らしい映画スターであったが、"joan crawford: Hollywood Martyr"の著者David Bretによると、完璧なゲイ・アイコンになったのは、彼女がカラーで撮影された最初の映画『Torch Song』(1953年)の後だったという。Bretはさらに、女優の赤い髪、濃い目の色、ビクトリーレッドの唇が、ゲイ界の他のセイレーン:ディートリッヒ、ガーランド、タルラー・バンクヘッド、エディット・ピアフ、そして若き日のマリリン・モンローやマリア・カラスに共通する項目であると述べている[56]。

ルシル・ボールもこの時代の卓越したアイコンである。リー・タネン(Lee Tannen)の著書"I Loved Lucy: My Friendship with Lucille Ball"で、彼は共通の友達からボールがはじめてゲイ・アイコンと言われたときの体験を述べている[58]。ウェストハリウッドのバーでは彼女が出演していたテレビシリーズ『アイ・ラブ・ルーシー』を毎週末に見るのが恒例になっているのが知り、ボールはゲイ男性から熱烈な賞賛を受けたと話していた。 米国のゲイ向け雑誌『OUT』のインタビューにて、タネンは「ボールの演じたキャラクター、ルーシー・リカードは何をしても失敗ばかりで、自分みたいだと思うゲイ男性は多かったと思う」と述べてルーシーは正にゲイ・アイコンだ、と自身の意見を説明している[59]。
テレビ伝道師のJim Bakkerの元妻で牧師Jay Bakkerの母タミー・フェイ・メスナーは"究極のドラァグクイーン"と呼ばれている。ラリー・キングとの最後のインタビューで「私が何もかも失った時に、私を助けにきてくれたのはゲイの人々だったの。それ以来私は彼らが大好きだわ。」と語っている[60]。
イタリア系エジプト人のダリダは、生涯を通じて、パリから中東の広いエリアでゲイのファンに支持を得ていた。彼女は死後数年経ってもアイコン性が失われることはなかった[61][62]。
この時代の他のアイコンには、リベラーチェ[63]、ジュリー・アンドリュース[64]、シャーリー・バッシー[65]、デビー・レイノルズ[66]、バーバラ・クック[67]、ロック・ハドソン[63]、ファビュラス・ムーラ、ドリス・デイ[68]、アーサー・キット[69]、クララ・ウォード[70]、マリリン・モンロー[46]、グロリア・スワンソン、エリザベス・テイラー[71]、ミンク・ストール[72]などがいる。
1970年代 - 1980年代
[編集]1970年代のゲイディスコシーンにおける最初のゲイ・アイコンは「クイーン・オブ・ディスコ」と称されたドナ・サマーであり、彼女のダンスナンバーはクラブ好きのゲイコミュニティにとってアンセムであった[34]。彼女の代表曲"Love to Love You Baby"(邦題:愛の誘惑)はゲイ・アンセムに留まらず、"absolute disco epic"(完全なるディスコの叙事詩)とまで評されるほど全てのセクシャリティに渡って愛された。この曲はヨーロッパのディスコから火が付いた後アメリカへ飛び火し、レコード界のムーブメントが数年に渡り影響を受けるほどのインパクトがあった[73]。しかしながら、エイズ禍が広がりを見せ始めた1980年代にキリスト教を信仰し始めたサマーは、「AIDSはゲイに対する天罰である」と同性愛嫌悪の意見を述べたというデマが流れ[74]、批判の波に巻き込まれることになる。この事件で彼女はゲイ・コミュニティから見放されることになった[21]。
1983年のアトランティックシティの後、カムバックを果たしたことを大変喜んでいたサマーはファンに話していた。サマーがキリスト教信仰を新たに始めたことを知るエイズ患者の男性ファンが、サマーに自分のために祈りを捧げて欲しいとお願いし、彼女は喜びを口にしていたが、誰かが彼女の行為が偽善的だと騒ぎ出した。その時点で会場のファンにどよめきが走り、非礼な一部のファンが「劇場から出ろ」と叫ぶなど、多くの目撃者が加熱した現場に陥っていたと証言している。サマーは「ゲイコミュニティにエイズが表れたのは、無謀なライフスタイルが原因だ」と述べているが、「エイズが神からの罰」とは語っていなかったと状況を知る複数のファンが証言している。サマーとゲイのファンが共に祈り、前述のファンにキリストの教えに戻るよう声を掛けて抱擁を交わした[75]。—D.L. Groover、OutSmart magazine
1980年代中盤の間、サマーの広報はデマについての否定声明を数回に渡って出し[75]、レコード業界とゲイコミュニティの一部が彼女を支え続けた。しかしながら、サマー自身はこの件について沈黙を続け、彼女が直接言及するのは数年後のことになる[75]。1989年に雑誌アドボケートのインタビューに答え、自分のキャリアはオープンゲイの多くのスタッフと共に築いてきたし、ゲイを理由に彼らを批難したことは一度も無い[75]と述べ、「私は性的指向で人を見たりしない。ゲイかストレートかで人を判断したりしないわ。私の愛は人としての思いやりから成っているのよ。」[75]と述べた。 同じディスコシンガーグロリア・ゲイナーも彼女のシングル"I Will Survive"がフェミニストとゲイの社会運動のアンセムになっていることでゲイコミュニティからの大きな支持を受けていた[76]。さらにダイアナ・ロス、グレイス・ジョーンズ、メルバ・ムーア、ロリータ・ハロウェイらも、DJやゲイの客たち、LGBTコミュニティから厚い支持を受けた[77]。

オーストラリア出身の歌手オリビア・ニュートン=ジョンは同性婚支持の表明、『グリース』『ザナドゥ』などゲイから人気がある映画への出演、1981年のヒット曲「フィジカル」のMVにいち早くゲイの男性を登場させたことからゲイ・アイコンの一人として数えられている[78]。
歌手のキャス・エリオットは、ファッション性と個性を尊重する歌詞("Make Your Own Kind of Music"や"Different"など)や、自由な恋愛や歌唱力のインパクトで知られている。彼女の曲は1996年のゲイ映画『とても素敵なこと-初恋のフェアリーテール-』で使用されている。歌手で女優のベット・ミドラーは1970年代のゲイ・アイコンとして認識されるが、ブロードウェイシアターでのパフォーマンスの後、ニューヨークのゲイ向けバスハウスのContinental Baths内のクラブでパフォーマンスを始めた。彼女はここでピアノ伴奏をお願いしたバリー・マニロウと親しくなり、その後彼がミドラーの最初のメジャーアルバム「The Divine Miss M」(1973年)をプロデュースすることとなる。
(エイズ禍が)広まる場所だったけど、(バスハウスで歌っていた)あの頃を今でも誇りに思うわ。ゲイ解放運動の先端に立っているような気分だったし、私もその役に立っていたと思いたいわ。そう、誇りを持って「バスハウスのベティ」って肩書きを持っているのよ[79]。—Bette Midler、Houston Voice
1970年代から1980年代に掛けてのゲイコミュニティで 大きな支持を得ていたアーティストに、ダイアナ・ロス[80]、グレイス・ジョーンズ、Charo[81]、エレイン・ペイジ[82]、 ドリー・パートン[83]がいる。またイギリス人には、作家クエンティン・クリスプ[63]、クイーンのメンバーでフレディ・マーキュリー[84][11]、バイセクシャルではデヴィッド・ボウイ[85]らがゲイ・アイコンにいる。
カルチャー・クラブのボーイ・ジョージは著名なゲイ・アイコンの一人であり[86][87][88][89][90]、その目を惹くルックスとクィアな雰囲気によって世間の注目をいち早く集めた[87]。エルトン・ジョン[11][91]もこの時代にゲイ・アイコンとなっていたが、1990年代にかけてより大きな存在になっていく。

ジャネット・ジャクソンは、彼女の6枚目のアルバム『ザ・ヴェルヴェット・ロープ』(The Velvet Rope、1997年)のリリース後に著名なゲイ・アイコンとなった[92][93][94][95]。このアルバムはNational Black Lesbian and Gay Leadership Forumからの高い評価を受け、1998年の第19回GLAADメディア賞では性的指向や同性愛嫌悪を扱った音楽として評価されて優秀音楽アルバム賞を受賞した[96]。2004年にはニューヨークで開催されたプライド・ダンスのイベントに出演[95]。2008年にはジャネットがLGBTの人々の平等性をエンターテイメントを通じて支えた功労を評価され、メディア・モニタリング団体の中傷と闘うゲイ&レズビアン同盟よりヴァンガード賞が贈られた[95][96]。GLAADの代表Neil G. Giulianoは「ジャクソンさんは、我が国が直面している深刻なLGBTの人々に対する名誉毀損に立ち向かう私たちと共にあり、LGBTコミュニティ内外からの絶大な支持を受けている」とコメントしている[96]。

シンディ・ローパー[97]はマドンナとともにウーマンリブの先駆者であるとともに[98]、1983年に発売されたシンディのデビュー・アルバム『シーズ・ソー・アンユージュアル』は、彼女の代表曲ともなる「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン」などが持つゲイフレンドリー、レズビアンフレンドリーな力強さで多くのファンを獲得した[99]。シンディは人々を公平に分け隔てなく扱う姿勢を「世界の視点を変えよう」という1960年代の音楽から学んだといい[100]、1970年代に姉がカミングアウトした事もあって[100]、それ以来ゲイの権利擁護派に立ち、LGBTの人々への支援や「アメリカ人としてお互いを知らなくてはいけないし、平等は公平でなくてはなりません。人を愛する事で差別を受けた多くの人々がいるかもしれません。より大きな声を上げましょう。」と権利平等派への投票の呼びかけを行っている[100]。LGBTの権利支援の活動は、シンディが毎年行う「True Colors Tour」のテーマになっている。
タリアはラテンアメリカのゲイ・アイコンの一人で、彼女のシングル曲で1980年代にスペインのバンドAlaska y Dinaramaのヒット曲のカバー"¿A_quién_le_importa?"(誰が心配するの?)は、スペイン語圏のLGBTコミュニティでゲイ・アンセムになっている。また、メキシコのポップシンガーグロリア・トレビもその一人である。グロリアは、差別を受けた男性がドラァグクイーンに成長する内容の曲"Todos Me Miran"(皆が私を見ている)のリリース後に人気が高まったが、彼女はそれまでメキシコのゲイ・レズビアンコミュニティにのみ知られる存在であった。パウリナ・ルビオもラテンアメリカでゲイ・アイコンとされていて、同性婚の活動支援や、「マドンナとセックスしたい」と公に発言したことで話題と支持を得た[101]。
様々な文化にまつわる有名人の告白を取り上げた番組『オプラ・ウィンフリー・ショー』の司会オプラ・ウィンフリーはイエール大学の社会学学者、ジョシュア・ガムソンの著書"Freaks Talk Back"の中で、「タブロイド・トークショーのジャンルはウィンフリー[102]とフィル・ドナヒューが裾野を広げ、それまで性的な規格にそぐわない人々とされてきた性的少数者の人々を衝撃力の大きいメディアに登場させる機会を数十年にわたって提供してきた点で20世紀におけるどの活動よりも貢献が大きく、ゲイをメインストリームに押し上げ、また社会的受容を広げる役割を果たしている。」と評価され、エレン・デジェネレスはウィンフリーに相談をした後にシチュエーション・コメディの『エレンの部屋』の中で自身がレズビアンであることをカムアウトした。ウィンフリーは1990年代中盤にタブロイド・トーク体裁のジャンルから離れたが、彼女のその面における役割は、リッキー・レイクやジェニー・ジョーンズジェリー・スプリンガーなどが受け継ぎ、ウィンフリーはゲイフレンドリーな番組の放送を続けている。ウィンフリーの番組「Oprah's Big Give」は同性愛を公言している司会者ネイト・バーカスが登場する初のリアリティ番組として知られている。ウィンフリーの番組はGLAADメディア賞に幾度となくノミネートされ、2007年に賞を受賞している[103]。ウィンフリーのゲイ・アイコン性は、大衆文化にも広まっている。リアリティ番組の一つ「The Benefactor」では、ウィンフリーに多大な影響を受けたアフリカ系アメリカ人のゲイ男性が主人公で、彼は「ウィンフリーならどうするか?」を自問してから行動をしている。ゲイの歌手アダム・ランバートもウィンフリーに大きな影響を受けたファンであることを自認している[104]。
この年代のアイコンには他にバナナラマ[105]、エステル・ゲティ、ビアトリス・アーサー[106]、ジョーン・コリンズ[107]、アニー・レノックス[108]、ヴィレッジ・ピープル[109]、トーリ・エイモス[110]、ティナ・アリーナ[111]、ケイト・ブッシュ[112]、イーディス・ブーヴィエ・ビール[113]、キャシー・グリフィン[114]、ロブ・ハルフォード[115]、スティーヴィー・ニックス[116]、イザベラ・ロッセリーニ[117]、リーバ・マッキンタイア[118]、ハワード・スターン[119]などがいる。
1990年代 - 2000年代
[編集]マライア・キャリー[120]は長年のLGBTQコミュニティへの関与から2016年にGLAADメディア賞でアライ・アワードを受賞した[121]。
カイリー・ミノーグの妹のダニー・ミノーグもこの時代からゲイ・アイコンの一人であり[122]。LGBTQの権利支援に積極的であり、マルディ・グラにも参加しているほか[123]、ゲイの男性を対象としたデート番組『I Kissed a Boy』の司会を務めるなどしている[124]。
ステージでの奔放な振る舞いや権威をものともしない性格で有名なロックミュージシャンのコートニー・ラブは1990年代中盤のゲイ・アイコンとされた[125]。ラブ自身の私生活はドラッグに溺れたものであったが、彼女の生い立ちや落ち込みを見せる姿、アーティストとしての激しさ全てがゲイ・アイコンとなる要素を備えていた。ラブは十代から二十代の初めまでゲイ男性やドラァグクイーン達と交流を重ねた時期があった[126][127]。ラブの熱狂的なゲイファン層については、2010年にホールの4枚目のアルバムがリリースされた際にニューヨーク・プレスの記事[128] で取り上げられた[129]。

トルコのエレクトロポップシンガー、ハンデ・エネル[130][131][132]はゲイ・オーディエンスとの関係性について「強い絆が存在する」[133]と述べている。エネルはキャリアの中で新しいスタイルに挑戦しており、反偏見の立場の人物であることがゲイ・オーディエンスによく知られている。またゲイクラブによく出没することが知られており[134]、ゲイクラブでのパフォーマンスを行うトルコでは数少ないシンガーの一人とされている[135]。またゲイがテーマのトルコ映画『Kraliçe Fabrikada』でゲイ・アイコンとして取り上げられたことを喜んでいる[136]ほか、İstanbul Gay Pride 2009に参加する[136]など、積極的な反応をしている。

イギリスのポップシンガー、ソフィー・エリス・ベクスターもゲイ・コミュニティと密接な関係を築いているアイコンの一人であり、権利の支援活動にも積極的に取り組んでいる[137][138][139]。ソフィーはLGBTQのファン達がいることによって安心しながらワクワクしてパフォーマンスすることが出来る、自由な表現力は彼らのおかげと述べている[140]。
女優メーガン・ムラーリーはゲイに人気があるテレビドラマ『ふたりは友達? ウィル&グレイス』のカレン・ウォーカー役がヒットした事で、ゲイ・アイコンとなった[141]。あるコメンテーターはこの番組のムラーリーについて「彼女と仲良くなりたい、彼女になりたいと思う男女両方のゲイファンの心を魅了する役だ」と述べている[141]。
ボリウッドの俳優アビシェーク・バッチャンはインド国内の調査でゲイ・アイコンとして認定された。同性愛を恥とする風習の残るインドにあって、「どんな人からの好意や愛も歓迎です」と述べたと伝えられている。彼自身は異性愛者だが、ゲイ男性の厚いファン層があることを喜んでいる[142][143]。
スパイス・ガールズ[144]もゲイ・アイコンのグループとして人気を集め、ヴィクトリア・ベッカム[145]、メラニー・チズム[146]といったメンバーもゲイ・アイコンに数えられる。特にメラニーはゲイコミュニティへの支援の功績を讃えられアティテュードの功労賞にも選出された[146]。
この時代メディア関連の人物や著名人で性的指向を公表した人々でゲイ・アイコンになった人物にはウィル・ヤング[147][148]、ニール・パトリック・ハリス[63]、K.d.ラング[149]、ロージー・オドネル[150]、T・R・ナイト[63]、ランス・バス[63]、ルーファス・ウェインライト[151]、ジョージ・タケイ[63]などがいる。
またこの時代のゲイ・アイコンには他にもブリトニー・スピアーズ[152]、ルーシー・ローレス[63]、クリスティーナ・アギレラ[153]、ビヨンセ[34]、ビョーク[154]、キム・キャトラル[155]、マーガレット・チョー[156]、カート・コバーン[157]、ヒラリー・ダフ[158]、ティナ・フェイ[159]、ジェイク・ジレンホール[160][161]、 アン・ハサウェイ[162]、パリス・ヒルトン[163]、マクフライ[164]( ハリー・ジャッド[165])、サラ・ジェシカ・パーカー[63]、リアーナ[166][167]、シザー・シスターズ[88]、エレン・ポンピオ[168]、クロエ・セヴィニー[169][170][171]、トリ・スペリング[172][173]、グウェン・ステファニー[174]、ネイト・シルバー[175]などがいる。
2010年 - 現在
[編集]2010年代からは数多くのエンターテイナーが新世代のゲイ・アイコンとして名を挙げられる事がある。一例にガールズ・アラウド[176]、ジェニファー・ハドソン[177]、Kazaky[178]、マルーマ[179]、マイリー・サイラス[180]、サム・スミス[88]、レディー・ガガ[88]、リアム・ペイン[181]、ケイティ・ペリー[182]、ジョジョ・シワ[183]などがいる。
サブリナ・カーペンターは新世代のゲイ・アイコンとして有名になり、2025年のMTV Video Music Awardsでは反トランスジェンダー政策がアメリカ国内で加速する中、トランス当事者を含むドラァグ・クイーンをダンサーに起用し、「トランスの権利を支持せよ」、トランスジェンダーの愛称「Dolls」を用いた「Dolls Dolls Dolls」、「お互いを愛そう」というメッセージのプラカードをパフォーマンス中に取り入れた[184]。
性的指向を公表した男性の中ではオリー・アレクサンダー[11][185][186][187]やリル・ナズ・X[88][186][188][189]、アダム・ランバート[190]が新世代のアイコンとして取り上げられている。更にトロイ・シヴァンもゲイ・アイコンと呼ばれることがあるが、本人はそういった肩書きを嫌っている[191]。
- リル・ナズ・X(2023年)
- オリー・アレクサンダー(2024年)
スポーツ界
[編集]マルチナ・ナブラチロワ[46]、ビリー・ジーン・キング、ベン・コーエン[192][193]、デビッド・ベッカム、クリスティアーノ・ロナウド[194]などがゲイ・アイコンとされている[195]。
政界
[編集]
政治界においても数多くのゲイ・アイコンが存在するが、ダイアナ[197]、ジョージ・マスコーニ[198]、Coretta Scott King[199]、エイブラハム・リンカーン[200]、ウィニー・マンデラ[201]、ヒラリー・クリントン[202]、エバ・ペロン[203]、ジャクリーン・ケネディ・オナシス[204]、イメルダ・マルコスなどが著名な存在とされている。アイルランドの人権活動家ロジャー・ケースメントは20世紀初頭のゲイ・アイコンであった[205]。前述の女性人権活動家のコレッタ・スコット・キングはゲイコミュニティにおけるゲイの権利運動家のなかでも評価の高い人物だった[199]。 コレッタの人生において、彼女の夫マーティン・ルーサー・キング・ジュニアが導いた公民権運動の成功は、LGBT運動のそれと一致したものだった[199]。
私はレズビアンやゲイ達の権利について語るべきではない、人種の平等に関する論点では批判に回るべきだという声を未だに耳にします。その時にはマーティン・ルーサー・キング・ジュニアの「非正義はどこにあっても、あらゆる正義の脅威となる」の言葉を思い出すようにしています。マーティン・ルーサー・キング・ジュニアが思い描いた子供達が同じテーブルに集うなかに、レズビアンとゲイの子供達が加わることを皆が願うよう、訴えていきたい。[199]。—Coretta Scott King、Metro Weekly
米サンフランシスコの政治家ハーヴェイ・ミルクはアメリカ国内で最初にゲイを公表して選挙で選ばれた公職者で、1978年にブリッグス州上院議員が成立を目指した投票法案「条例6」(教職にある同性愛者をその性的指向を理由に解雇できるとする条例、en)の破棄に尽力した人物ある。彼は議員としてごく僅かな期間のうちに暗殺されてしまったため、ゲイの地位向上における殉職者として有名で、LGBTまたは性指向が定まっていない高校生のための学校「Harvey Milk High School」に名を残すなど良きロールモデルとして慕われている[206]。彼の生涯は映画『ミルク』で映画化され、主演のショーン・ペンはアカデミー主演男優賞を獲得し、映画が公開となった2008年にはカリフォルニア州法案8(婚姻を男女間に限るSec. 7.5を無効とする法案)が通過した[207]。彼らは精神的強さやスタイル、思いやりや人権平等化の活動が評価された人物達である。
皮肉にもアイコンになってしまった例として反同性愛の活動家アニタ・ブライアントがいる[208]。 1970年代にかけてブライアント達が展開した"Save Our Children"キャンペーンは、同性愛と児童虐待を強引に結びつけ、同性愛は当事者の心における自然発生的なものでなく、同性愛者が引きずり込み仲間を増やしているという主張を激しく行っていた[209]。カリフォルニア州上院議員のジョン・V・ブリッグスはこの活動を"愛国的"で神聖な戦いで、同性愛からアメリカの子供を守る勇気ある行動だと支持した[209]。 しかしながら、雑誌アドボケートのBruce C. Steeleは、ブライアントのゲイ権利活動に対する十字軍的行動は、彼女自身をその言葉と同義語にさせてしまったと述べている。
10年ほど前に私がアメリカの書籍販売団体のコンベンションにいたときにブライアントが現れて、フロリダ・オレンジ・ジュースのスポークスパーソンの仕事などを例に出して、同性愛が彼女のキャリアを破壊してしまったことを未だに怨めしく訴えていた。[208]—as told to Bruce C. Steele、The Advocate
皮肉にも、フロリダ・オレンジ・ジュースのボイコットがブライアントの仕事を失った直接的な理由ではないが、ブライアントの反同性愛の活動は彼女自身をその犠牲者にしてしまった。
展示キュレーターで、ワシントンにあるスミソニアン博物館の元展示責任者のJohn Coppolaは「偶然にも、アニタ・ブライアントの活動はゲイ権利活動の好機となってしまった。彼女とその支持者の横暴さはゲイ権利活動を充分すぎるほど活気づけてしまった[210]」と述べている。ブライアントの反LGBT活動から30年を記念した式典がStonewall Library & Archivesで行われ、この式典の代表Jack Rutlandは彼女を"The Mother of Gay Rights"(ゲイ権利の母)と讃えた[210]。
レズビアン・アイコン
[編集]
レズビアン・アイコンと呼ばれる人物は、殆どの場合がレズビアンまたはバイセクシャルで、かつ本人が公言しているか噂のある、パワフルな女性である[46]。しかしながら、一部の男性著名人もレズビアン・アイコンに含まれることもある。ジェームズ・ディーンはその一例で[211]、マーロン・ブランドも男性的レズビアンのイメージに似た風貌(en)や、1950年代[212]以降の彼自身のイメージからレズビアン・アイコンとされている[213][214]。
マイナーなレズビアン・アイコンのジョニー・キャッシュは、彼の「男らしさに対する不安感や苦しみがレズビアンの要素である」[215]という旨の主張が批判の的となった人物である。サイエンスフィクションの著者フォレスト・J・アッカーマンはレズビアン人権団体Daughters of Bilitisの初期の活動を支えたことから、"honorary lesbian"(名誉レズビアン)の異名で知られる。彼は"Laurajean Ermayne"のペンネームでレズビアンのフィクション小説を書いていたことがある。
フィクションにおける例
[編集]数多くの架空のキャラクターがゲイ・アイコンであるとされている。アメリカン・アニメーションの黄金時代につくられたワーナー・ブラザース・カートゥーン(Warner Bros. Cartoons)のキャラクターに、擬人化されたウサギバッグス・バニー(米TV Guideが史上最高のアニメキャラクターの一人と総称されたキャラクター)は、「クィアカルチャーアイコンで、パロディのディーバ」と評される。[216][217][218]スポンジ・ボブのキャラクターの一人パトリック・スターは性的な暗喩を持つダブルミーニングなセリフを呟くことで、新たなゲイ・アイコンの仲間入りをしている。
コミックにおいてもゲイ・アイコンは存在する。『バットマン』における同性愛的解釈や、オリジナルのロビン、ディック・グレイソンは文化的にも興味深いが、精神科医フレドリック・ワーサムの著書『無垢への誘惑』(1954年)など学術研究においても関心を集めることがある。
1950年代の中盤に、ワーサムは反コミックブックの全国キャンペーンを展開し、コミックブックが子供を性と暴力を結びつけるという説をアメリカ人に主張していた[219]。 バットマンとロビンの関係性についてワーサムは「成熟した大人のそばにいる若者という形態や「ガニメデとゼウス」的な恋愛関係に繋がるバットマンのようなストーリーは、同性愛指向を定着させる原因となる」と断言している[220]。"Containing America: Cultural Production and Consumption in Fifties America"の著者Nathan Abramsとジュリー・ヒューズは、バットマンとロビンを同性愛的解釈と結びつけることは前述のワーサムの著書の前にも存在したと指摘している[221]。ワーサムは彼の著書について、実際にはカリフォルニアの精神科医が以前に研究したものに刺激されたものだと主張している[221]
バットマンと悪役ジョーカーの関係性も、多くの人によって同性愛的な解釈をされている。『バットマン: ダークナイト・リターンズ』の著者フランク・ミラーは彼らについて「homophobic nightmare (反同性愛者の悪夢)」と語り、彼らの性的衝動が犯罪取り締まりに駆り立て、結びの言葉「彼がゲイ(同性愛・陽気な)だったら、まともだったろう」の言葉に繋がっているのだと分析している[222]。また、スーパーマンもゲイ・アイコンの一つである[223]。
1960年代にLGBTカルチャーに最も影響を与えたテレビ番組にコメディ番組『奥さまは魔女』がある。キャンプ的なキャラクター性はさておき、この番組には2人のゲイ出演者(ディック・サージェントとポール・リンデ)がいる。番組のスター、エリザベス・モンゴメリーとサージェントは、1990年代前半のロサンゼルスで行われたゲイ・パレードのグランドマーシャルだった。他の例にはサイエンスフィクションの番組『バフィー 〜恋する十字架〜』や、『オール・マイ・チルドレン』のビアンカ・モンゴメリーがある。
日本の男女ゲイ・アイコン、LGBTアイコン
[編集]日本でも多くの女性、男性、ゲイの俳優、歌手がゲイの間で人気を獲得してきた。ゲイ・アイコンとなるアイドルは女性が多く、振り付けがありファンが一緒に踊れるような歌手が支持を受けやすい傾向にある。
ニュー・ミュージック、J-POP系のアーティストである松任谷由実[224]と中島みゆき[225]、松田聖子[226]などは日本の代表的なゲイ・アイコンとして知られる。
1960年代から1970年代出身のゲイ・アイコンとしては、高倉健、三島由紀夫、赤木圭一郎[227]、カルーセル麻紀、美輪明宏らだった[227]などがおり、1970年代には山口百恵、ピンクレディーといったアイドルも人気者になった。1980年代には早見優、柏原芳恵などが概ねゲイシーンでも好評であった。早見は2016年にLGBTQについて「「人間愛として考えてほしい」と理解を求め、LGBTQに寄り添う姿勢を見せた、早見は知人に同性カップルが多いとも述べている[228]。
1990年代出身のアーティストやグループでは華原朋美、安室奈美恵、MAX、SPEED、浜崎あゆみが人気だった。MAXがゲイイベントに出演した際にイベント関係者は「MAXの曲はどれも覚えやすいし、踊りやすいし、盛り上がりやすいからゲイ達には大人気」と語っている[229]。槇原敬之はタレントで女装家のミッツ・マングローブから「多くのゲイ男性たちの心の拠り所」と称され、ゲイ・アイコンとされる女性歌手の多くが刺激を与える存在ならば槇原はゲイ男性にとって「御守り」のような存在であるとしている[230]。
2000年代に入ると、モーニング娘。や松浦亜弥を含むハロー!プロジェクトが人気になり、2000年代後半にはAKB48やPerfumeへと人気が分散した。2010年代はKARAや少女時代といったK-POPスターが人気を獲得。そして、AKB48以外のAKB48グループも注目を集め、ももいろクローバーZやきゃりーぱみゅぱみゅが人気を獲得している。また、この時期にモーニング娘。の人気が再燃した。
日本でゲイ・アイコンとされる著名人の一部は、ゲイから熱い支持を受けていることを理解している。例えば、松任谷由実は「告白」、宇多田ヒカル[231]は「ともだち」など同性愛をテーマにした楽曲を発表している。松田聖子はゲイイベントに出演したほか[226]、LGBT向けの雑誌で特集されインタビューを受けるなどしている[232]。MAXもゲイイベントに出演、「Tacata'」は新宿2丁目界隈で大きな人気を得た[229]。宇多田ヒカルは2021年、ノンバイナリーであることをカミングアウトしている[233]。
脚注
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