シェール
| シェール Cher | |||||||||||||||||||||||||||
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2010年 | |||||||||||||||||||||||||||
| 本名 | Cherilyn Sarkisian (出生時) | ||||||||||||||||||||||||||
| 生年月日 | 1946年5月20日(72歳) | ||||||||||||||||||||||||||
| 出生地 | カリフォルニア州・エルセントロ | ||||||||||||||||||||||||||
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| 職業 | 歌手・俳優 | ||||||||||||||||||||||||||
| ジャンル | ポップ・ディスコ・ダンス・フォーク | ||||||||||||||||||||||||||
| 活動期間 | 1963年 - | ||||||||||||||||||||||||||
| 配偶者 |
ソニー・ボノ (1964–75年) グレッグ・オールマン (1976–79年) | ||||||||||||||||||||||||||
| 著名な家族 | チャズ・ボノ(長女→長男) | ||||||||||||||||||||||||||
| 公式サイト | www.cher.com | ||||||||||||||||||||||||||
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| 備考 | |||||||||||||||||||||||||||
| ハリウッド名声の歩道 | |||||||||||||||||||||||||||
シェール(Cher [ˈʃɛər], 1946年5月20日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州エル・セントロ出身の歌手・女優。
来歴[編集]
父親ジョン・サーキシアンはアルメニア系、母親ジャッキー・ジェーン・クラウチはチェロキー・インディアン、アイルランド、ドイツ等の血を引く[1]。両親はシェールが10ヵ月の時に離婚したが、その後も数回結婚・離婚を繰り返したという[2]。母親は後にジョージア・ホルトの名前で女優としてテレビに出演するようになり、シェールも子供時代にエキストラとして出演したことがある。しかし母親の再婚・離婚に伴い転居の多い貧しい幼少時代であった[3]。
16歳で学校を中退し、ロサンゼルスに移って演技のクラスを受けるようになる。歌手のソニー・ボノに見出され18歳で彼と結婚。"ソニー&シェール"の名で活動を始め、「アイ・ガット・ユー・ベイブ」などがヒットしたが、1975年に離婚。
デュオと並行して、1966年頃よりソロとしても活躍し始める。チェロキーの血筋を全面に押し出したイメージ戦略で「悲しきジプシー」「ハーフ・ブリード」「ダーク・レディ」(邦題は「悲しき恋占い」)などが全米No.1に輝き、日本でも頻繁にラジオで流された。
1975年6月にはグレッグ・オールマンと結婚するが、結婚から9日後にシェールが離婚訴訟を提起するというトラブルもあった[4]。その後オールマンと和解し、1977年には「オールマン・アンド・ウーマン」名義でオールマンとのデュエット・アルバム『Two the Hard Way』をリリースしたが[4]、1979年に離婚。
その後はディスコサウンドも取り入れた「テイク・ミー・ホーム」が1979年に大ヒット。1987年にはゲフィン・レーベルに移籍し、マイケル・ボルトンやデスモンド・チャイルドらがソングライティングに加わったロック色の濃いアルバム『Cher』をリリース。ファーストシングルの「I Found Someone」が10位、セカンドシングルの「We All Sleep Alone」が14位とシングルヒットを飛ばした。アルバムもプラチナディスクを獲得している。
その後、ピーター・セテラとのデュエット「After All (Love Theme From Chances Are)」が6位とヒットを放っている中で、アルバム『Heart Of Stone』リリース。レコーディングには、当時彼女と付き合っていたボン・ジョヴィのリッチー・サンボラも加わっている。このアルバムからのファーストシングル「If I Could Turn Back Time」が3位とヒットを放つと、続く「Just Like Jesse James」が8位、サードシングルの「Heart Of Stone」も8位とヒットシングルを連発した。特に「If I Could Turn Back Time」のプロモーションビデオはアメリカ海軍の軍艦上でロケが行なわれ、多数の水兵のエキストラを前にしてのT-バックスーツでの出で立ちが耳目を惹いた。
その後、1991年に『Love Hurts』。ワーナーへの移籍を経て、1995年に『It's A Man's World』をリリースするものの、ビッグヒットには到らなかった。
しかし、1998年にヨーロッパで先行してリリースしたシングル「Believe」が大ヒット。その後、各国で1位を記録した。このヒットを受け"Believe"は米国でも1位を獲得し、世界を席捲した。この曲により、彼女はグラミー賞最優秀ダンス・レコーディング賞を受賞し、自身初のグラミー受賞を果たしている[5]。しかも、この「Believe」は世界中のヒット曲をランキングしたワールドチャートにて現在歴代1位という輝かしい大記録を保持している。
1999年には、ニューヨークのビーコン・シアターで行われたディーヴァズ・ライヴに、ティナ・ターナーやエルトン・ジョン、ホイットニー・ヒューストンらと共に出演、「If I Could Turn Back Time」「Believe」の2曲と、ティナ・ターナー・エルトン・ジョンと共に「Proud Mary」の合わせて3曲を披露した。同様に2002年にラスベガスのMGMグランドで行われた「ディーヴァズ・ライヴ エルヴィス・プレスリー・トリビュート」にもセリーヌ・ディオンやメアリー・J. ブライジ、ディクシー・チックスらと共に出演し、「Believe」「Song For The Lonely」「Heartbreak Hotel」(「ハートブレイク・ホテル」、エルヴィス・プレスリーのヒット曲)の3曲と、シンディ・ローパーとのデュエットで「If I Could Turn Back Time」の合わせて4曲を披露した。2000年以降は、北米、ヨーロッパを中心に大規模なワールド・ツアーを開催した。「フェアウェル・ツアー」と題された最後のワールド・ツアーも数年に渡り行われ大成功を収めた。
2013年9月20日(日本では9月25日)にソロアルバムとしては2001年の"Living Proof"以来12年ぶりとなるスタジオアルバム"Closer To The Truth"をリリース、Billboard200において初登場3位を記録、自身の初登場記録("Believe"と"Very Best of Cher"が初登場4位を記録)を塗り替えた(Sonny & Cher時代に"Look At Us"が初登場2位を記録したことはある)。さらに、その"Look At Us"が発表された1965年から2013年の"Closer To The Truth"まで48年以上の歳月にわたってビルボード上でtop5に入るアルバムをリリースした人物としての記録も塗り替えた(その前は48年弱のバーブラ・ストライサンド)。[6]
女優としての活動[編集]
1982年のロバート・アルトマン監督の『わが心のジミー・ディーン』から本格的に女優としての活動を始める。
1983年の『シルクウッド』でゴールデングローブ賞の助演女優賞を、1984年の『マスク』でカンヌ国際映画祭の女優賞を、1987年の『月の輝く夜に』でアカデミー賞の主演女優賞を受賞した。『月の輝く夜に』受賞時におけるシースルーのドレスは今でも語り継がれている程人々にインパクトを与えた。これまでもそのエロチックな姿態や衣装で何かと注目を集めたシェールだが、プライベートな嗜好でも常に話題性に富み、臀部にはバタフライの刺青を入れるなど全身にあらゆるタトゥーを入れていた事は有名であった。
1960年代からの長い芸歴ではあるが、あくまでも音楽活動がメインであり、映画ファンにも知られるようになったのは女優活動も活発に行うようになった1980年代後半からである。
アルバム[編集]
- 3614 Jackson Highway (1969)
- Gypsies, Tramps & Thieves (1971)
- Foxy Lady (1972)
- Bittersweet White Light (1973)
- Half Breed (1973)
- Dark Lady (1974)
- Stars (1975)
- I'd Rather Believe In You (1976)
- Cherished (1977)
- Take Me Home (1979)
- Prisoner (1979)
- I Paralyze (1982)
- Cher (1987)
- Heart Of Stone (1989)
- Love Hurts (1991)
- It's A Man's World (1995)
- Believe (1998)
- Living Proof (2001)
- Live - The Farewell Tour (2003)
- The Long And Winding Road (2006)
- The Best of Cher: The Imperial Recordings 1965-1968 (2007)
- Closer to the Truth (2013)
- Dancing Queen (2018)
主な出演作品[編集]
| 公開年 | 邦題 原題 |
役名 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1982 | わが心のジミー・ディーン Come Back to the 5 & Dime, Jimmy Dean, Jimmy Dean |
シシー | |
| 1983 | シルクウッド Silkwood |
ドリー・ペリカー | ゴールデングローブ賞 助演女優賞 受賞 |
| 1985 | マスク Mask |
フローレンス・デニス(ラスティ) | カンヌ国際映画祭 女優賞 受賞 |
| 1987 | イーストウィックの魔女たち The Witches Of Eastwick |
アレクサンドラ・メドフォード | |
| 容疑者 Suspect |
キャスリーン | ||
| 月の輝く夜に Moonstruck |
ロレッタ・カストリーニ | アカデミー主演女優賞 受賞 主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門) 受賞 | |
| 1990 | 恋する人魚たち Mermaids |
ミセス・フラックス | |
| 1992 | ザ・プレイヤー The Player |
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| 1996 | スリーウイメン/この壁が話せたら If These Walls Could Talk |
ベス・トンプソン | テレビ映画 監督・出演 |
| 1998 | ムッソリーニとお茶を Tea with Mussolini |
エルサ | |
| 2003 | ふたりにクギづけ Stuck On You |
シェール | |
| 2010 | バーレスク Burlesque |
テス | |
| 2011 | Mr.ズーキーパーの婚活動物園 Zookeeper |
ライオンのジャネット | 声のみ |
| 2018 | マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー Mamma Mia! Here We Go Again |
ルビー |
補注・出典[編集]
- ^ Bego 2004, p. 11: Sarkisian's profession; Berman 2001, p. 17: Sarkisian's nationality and personal problems, Crouch's profession; Cheever 1993: Crouch's ancestry.
- ^ Berman 2001, p. 17: Cher's parents divorcing when she was ten months old; Parish & Pitts 2003, p. 147: Cher's father was rarely home when she was an infant. Her parents married and divorced three times.
- ^ Berman 2001, p. 18: Cher's family often had little money; Parish & Pitts 2003, p. 147: Cher's family moving from place to place.
- ^ a b Cagle, Jess (1992年7月10日). “Gregg Allman and Cher's troubled marriage”. Entertainment Weekly. 2015年11月15日閲覧。
- ^ Cher | Awards | AllMusic
- ^ [1] [2]、2013年10月3日閲覧。
外部リンク[編集]
- Cher.com
- Warner Bros. Records
- Cher - インターネット・ムービー・データベース(英語)
- シェール - ワーナーミュージック・ジャパン
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