ホール (バンド)

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ホール
HoleSXSW2010(wide).jpg
2010年
基本情報
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ロサンゼルス
ジャンル オルタナティヴ・ロック
グランジ
活動期間 1989年 - 2002年
レーベル ゲフィン
ユニバーサル・ミュージック
メンバー コートニー・ラブリード・ボーカルギター
(1989年 - 2002年、2009年 - )
ミーコ・ラーケン(リード・ギター
(2009年 - )
スコット・リップス(ベース
(2011年 - )
ショーン・デイリー(ドラムス
(2011年 - )
旧メンバー スチュー・フィシャー(ベース
(2009年 - 2011年)
エリック・アーランドソン(リード・ギター
(1989年 - 2002年)
サマンサ・マロニー(ドラムス
(1998年 - 2002年)
メリッサ・オフ・ダ・マーベース
(1994年 - 1999年)
パッティー・シェメル(ドラムス
(1993年 - 1998年)
キャロライン・ルー(ドラムス
(1989年 - 1992年)
ジル・エメリ(ベース
(1989年 - 1992年)
クリステン・パーフ(ベース
(1993年 - 1994年)
レズリー・ハーディー(ベース
(1992年 - 1992年)

ホールHole)は、アメリカ合衆国ロサンゼルス1989年コートニー・ラブを中心に結成されたロックバンド。コートニーの夫カート・コバーンニルヴァーナ、元交際相手のビリー・コーガン率いるスマッシング・パンプキンズらと並び、1990年代を中心に世界的に高い人気を誇った。

活動期間中は、様々な事情で幾度となくメンバーが交代した。解散時の編成は、リードボーカル兼ギターがコートニー・ラブ(Courtney Love)、リードギターがエリック・アーランドソン(Eric Erlandson)、ドラムスはサマンサ・マロニー(Samantha Maloney)。なお、この時点でのベーシストは不在。

メンバー[編集]

脱退[編集]

エリック以外は、全員女性。メリッサ以外は、全員アメリカ合衆国出身。
主要メンバー以外は、日本語表記が成されていない、一定していないため、英語表記のままとする。

参加作品[編集]

  • メンバープロフィールの後の記号を参照
○:Pretty on the Inside
△:Live Through This
◎:Ask for It
●:The First Session
□:My Body, the Hand Grenade
☆:Celebrity Skin

来歴[編集]

:本稿の記述におけるCDのリリース日、映画の公開日等は全てアメリカ合衆国におけるもの

結成[編集]

  • 10代から音楽活動を行い、フェイス・ノー・モアのボーカルを一時期務めるなど、ミュージシャンに知己の多かったコートニー・ラブが、1989年にロサンゼルスで結成。2年後の1991年9月7日、1stアルバム『プリティ・オン・ジ・インサイド(Pretty on the Inside)』を、ニューヨークのキャロラインレコードというインディーズ・レーベルからリリース。コートニー自身が、娼婦だった体験などを赤裸々に歌い上げた作品で、欧米ツアーを成功させた。ちなみに、このアルバムはソニック・ユースキム・ゴードンがプロデュースしている。
  • また、この年にコートニーはカートと出会い、既にトップスターだったカートとの交際はセンセーショナルに報道され、皮肉にもコートニーとバンド自身の知名度を上げることに一役買うこととなった。

Live Through This[編集]

  • こうした私生活のトラブルやメンバーの交代が相次ぐが、1993年には、ニルヴァーナの所属レーベルでもあるゲフィンと契約。メジャーデビュー作となるアルバムの制作を行う。この作品は、1994年4月12日リリースが告知されるが、発売1週間前の同年4月5日に、カートが散弾銃で自殺を遂げる。この事件には、不審な点も多かった事から、他殺説も含めた様々な憶測が飛び交い、中には「カートはコートニーに殺された」と主張する者もいた。
  • そうした事態を乗り越えて、予定通り2nd(メジャー1st)アルバム『リブ・スルー・ディス(Live Through This)』はリリースされた。なお、一部の曲でカートがバックボーカルを務めており、一部にはソングライティングにも携わったという疑惑もあったが、コートニーはそれを否定している。
  • この作品は、その内容もさりながら、やはりセンセーショナルな話題性で大きな商業的成功を収め、ビルボードでは最高52位止まりながらロングセールスで、米国のプラチナムディスクを獲得した。ちなみに、このアルバムの裏ジャケットに写っているのは、少女時代のコートニーである。

Session[編集]

  • しかし、悲劇は続き、このアルバムにも参加したベーシストのクリステン・パーフ(Kristen Pfaff)が1994年6月16日ヘロインオーバードース(過剰摂取)で変死した。バンドは代役にメリッサ・オフ・ダ・マー(Melissa Auf der Maur)を迎え、大規模なツアーを成功させた。1995年2月14日にはMTVアンプラグドに出演し、オリジナル曲に加えて、当時未発表曲だったニルヴァーナの『ユー・ノウ・ユア・ライト(You Know You're Right)』などを演奏している。
  • また、この時期には、初期のレア音源集も発表されている。1995年9月8日には『アスク・フォー・イット(Ask for it)』(1991年11月19日1992年春のセッションを収録)、1997年8月26日には『ザ・ファースト・セッション(The First Session)』(1990年のセッションを収録)、同年10月28日には『マイ・ボディ・ザ・ハンド・グレネード(My Body, the Hand Grenade)』(B面曲や未発表曲を集めたミニアルバム)がリリースされた。

映画[編集]

  • 一方では、1996年に公開されたミロシュ・フォアマン(Milos Forman)監督の映画『ラリー・フリント(The People vs. Larry Flynt)』で、コートニーは女優として、ニューヨーク映画批評家協会とボストン映画批評家協会の最優秀女優賞、シカゴ映画批評家協会の最優秀新人女優賞を受賞。1999年ゴールデングローブ賞最優秀女優賞にもノミネートされ、ホール以前の1986年から活動していた女優としての地位を確立する。

Celebrity Skin[編集]

  • こうした事情から、バンド活動は停滞するが、1997年から約1年半に亘って、ロサンゼルスとロンドン、ニューヨークでセッションを行い、1998年9月8日に、3rd(メジャー2nd)アルバム『セレブリティ・スキン(Celebrity Skin)』がリリースされた。このアルバムは、スマッシング・パンプキンズビリー・コーガンの助力を受けて完成した。また前作が「ソングライティングにカートの助力を仰いだ」という疑惑にさらされた事から、ビリーら外部の人間を含めた、ソングライターのクレジットを明記している。なお、この作品では、コートニーはギターを弾いておらず(全てエリックの演奏)、作詞と歌唱に専念したという。また収録曲『ボーイズ・オン・ザ・レイディオ(Boys On The Radio)』は亡きカートに捧げた歌である。ビルボードでは最高8位、全英でも最高11位を記録し、グラミー賞にノミネートするなど商業的にも成功を収めた。

争議[編集]

  • しかし、バンドは契約を巡って、レコード会社ユニバーサル・ミュージックと争議を起こし、遂には訴訟問題にまで発展した。再びバンドの活動は停滞する。1999年10月には、ベースのメリッサが、以前からファンだったというスマッシング・パンプキンズに加入するため脱退、バンドはメンバーの補充も行わず、実質的に活動休止状態となった。

解散[編集]

  • バンドが停滞している時期にも、サマンサがモトリー・クルー2000年ライブツアーに参加するなど、個別の活動は行われていた。サマンサは、このツアーで、ホール時代唯一の来日公演を果たしている。
  • その後も、活動再開については様々な憶測や希望が飛び交うが、最終的には、2002年5月に、コートニーとエリックがバンドのウェブサイトで解散を宣言した。

その後[編集]

  • コートニーは、女優としての活動や私生活上のトラブルが続き、一時は元メンバーのPatty Schemelらと新バンドバスタード(BASTARD)を結成するも、立ち消えとなった。結局彼女は、ソロとして音楽活動を再開し、2004年2月10日に1stアルバム『アメリカズ・スウィートハート(America's Sweetheart)』をリリースした。この作品には、サマンサやPattyも参加している。その後ツアーも行い、2007年には2ndアルバムをリリース予定。

再結成[編集]

2010年、再結成を表明。 しかし、この再結成でのバンドメンバーのうち、オリジナル・メンバーはコートニー・ラブのみで、あとのメンバーは新しい顔ぶれとなった。 また、1st~3rdアルバム時のような、Gt.のエリック以外は全員女性、といった編成でもなくなり、コートニー以外は全員男性である。 この再結成に際し、オリジナルメンバーであるエリック・アーランドソンは、『自分抜きでのHOLE再結成は法的にあり得ない』と物言いをつけた。 2010年4月27日、HOLE名義としては12年ぶりとなるオリジナルアルバム『Nobody's Daughter』がリリースされた。 2010年夏にはSUMMER SONICで来日。

ディスコグラフィー[編集]

アルバム[編集]

  • Pretty on the Inside 1991年9月17日
  • Live Through This 1994年4月12日
  • Ask for It 1995年9月8日
  • The First Session 1997年8月26日
  • My Body, the Hand Grenade 1997年10月28日
  • Celebrity Skin 1998年9月8日
  • Nobody's Daughter 2010年4月27日

シングル[編集]

  • Retard Girl 1990年4月
  • Dicknail 1991年3月
  • Teenage Whore 1991年8月
  • Beautiful Son 1993年4月
  • Miss World 1994年5月12日
  • Doll Parts 1994年11月15日
  • Violet 1995年1月1日
  • Softer, Softest 1997年1月
  • Celebrity Skin 1998年10月8日
  • Malibu 1998年12月29日
  • Awful 1997年4月27日
  • Be a Man 2000年3月28日

関連項目[編集]