オリバー・ストーン

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オリバー・ストーン
Oliver Stone
Oliver Stone
本名 William Oliver Stone
生年月日 (1946-09-15) 1946年9月15日(71歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク州ニューヨーク
職業 映画監督
活動期間 1974-
配偶者 レバノンの旗 レバノンNajwa Sarkis (1971-1977)[1]
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 Elizabeth Stone (1981-1993)
大韓民国の旗 韓国チョン・ソンジョン (1996-)
主な作品
プラトーン
ウォール街
7月4日に生まれて
ドアーズ
JFK
ナチュラル・ボーン・キラーズ
ワールド・トレード・センター
スノーデン

ウィリアム・オリヴァー・ストーンWilliam Oliver Stone, 1946年9月15日 - )は、アメリカ合衆国映画監督映画プロデューサー脚本家

ベトナム帰還兵である自身の1年間の実体験を活かし、ベトナム戦争とそれが人間に与えた影響を描いた『プラトーン』で一躍有名になった。多くの作品の傾向として、アメリカ合衆国連邦政府やアメリカ政治を強く批判している。

経歴[編集]

ニューヨーク州ニューヨーク市出身[2]。父ルイスはユダヤ系の株式仲買人で、母はフランス系のカトリック教徒であった。折衷案として米国聖公会で育つ[3][4](しかし、のちに仏教徒となった)。イェール大学で1年間学ぶが、中退してベトナム共和国に赴き、英語を教えるなどして半年程過ごす。帰国後復学するが、再び中退している。

1967年からアメリカ合衆国陸軍に従軍し、ベトナム戦争を経験。空挺部隊に所属し、LRRPと呼ばれる偵察隊に加わっていた。この任務は特殊部隊的な側面を持ち、死傷率がもっとも高かった部隊のひとつである。

除隊後にニューヨーク大学マーティン・スコセッシに師事し映画制作を学んだが、しばらくはシナリオが売れないなどスランプの時期が続いた。1974年ホラー映画邪悪の女王英語版』(日本未公開、原題:Seizure、あるいはQueen of Evil)で長編監督デビュー[5]。脚本を担当した1978年の『ミッドナイト・エクスプレス』で、アカデミー脚色賞を受賞。

プラトーン』『7月4日に生まれて』の2作品でアカデミー監督賞を2度受賞する。その他代表作には『ウォール街』『JFK』『天と地』『ナチュラル・ボーン・キラーズ』『ニクソン』など。

特に『プラトーン』は、自身のベトナム戦争での体験がベースになっていると言われ、戦争という異常な状況下で人間はいかに醜く残酷になるか、そしていかに戦争が非人道的なものであるかを痛烈に訴えている。これらの作品についてはアメリカ国内では賛否が大きく、特にオリバー・ストーンと同じ世代ではその傾向が顕著である。

最近では、次の時代を担う世代への教育的見地から、ドキュメンタリーを通じて、アメリカ現代史を問い直す作業に取り組み、その成果が2012年の映像作品『The Untold History of The United States』に結実した。これを日本放送協会放映権を取得して、NHK-BS1BS世界のドキュメンタリーにより『オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史』というタイトルで、50分番組を10回に分けて、3週にわたり放送された。このドキュメンタリー番組への反響が大きかったため、2013年8月25日に『オリバー・ストーンと語る “原爆×戦争×アメリカ”』という、ストーン監督に加え、脚本を担当した歴史学者ピーター・カズニックNHKスタジオに招き、2氏へのインタビューをメインに据えた2時間番組が放送された。来日した際には、オリバー・ストーンは広島市長崎市沖縄県を訪れ、原爆資料館や米軍基地反対の沖縄住民の元を訪れた。

人物[編集]

現夫人は韓国人のチョン・ソンジョンである。一緒に釜山を訪れて、自身の映画の中で韓国を登場させたことについて問われると「妻が韓国人なので言及したのではない」、「当時はリーマンショックで韓国関連の記録があった」と答えた。さらに、「貯蓄して熱心に働き、賢く行動しなければならないかをアメリカ合衆国に教えてくれる国が韓国だという点を、妻を通じて知った」と韓国は見本になる偉大な国家だと絶賛した[6]

JFK』『ニクソン』『ブッシュ』と現職・元アメリカ合衆国大統領をテーマにした映画を3本製作している。

映画監督を志す前は、19歳の時に小説を書いたりもした。

私生活では3度の結婚歴があり、2度目の妻エリザベス(1993年に離婚)は『トーク・レディオ』『ドアーズ』『JFK』および『天と地』で "Naijo no Ko(内助の功)"とクレジットされた。1984年に生まれた息子は、俳優となって父の作品に出演している。

2008年アメリカ合衆国大統領選挙では民主党候補のバラク・オバマ候補を支持していた。2012年アメリカ合衆国大統領選挙の時は共和党から出馬していたリバタリアンロン・ポール候補を支持していたが、ミット・ロムニーが共和党指名を勝ち取った為、オバマ支持に回った。2016年バーニー・サンダースジル・スタインを支持した。

逮捕[編集]

1967年にベトナム戦争に志願し、翌1968年に除隊した後、メキシコで麻薬におぼれ、ヘロイン所持で逮捕されたが父親に保釈金2500ドルを出してもらって釈放してもらった[7]

1999年マリファナ所持で逮捕、2005年にもマリファナ所持と飲酒運転で再び逮捕されている[8][9]。2008年には自身の映画を撮影中に自身のスタッフ三人と俳優二人が喧嘩して逮捕されている[10]

主な作品[編集]

監督[編集]

製作・製作総指揮[編集]

脚本[編集]

自作への出演[編集]

  • 『キラーハンド』 バム役
  • 『プラトーン』 爆死する司令官役
  • 『ウォール街』 トレーダー役
  • 『7月4日に生まれて』 レポーター役
  • 『ドアーズ』 UCLAの教授
  • 『ニクソン』 ナレーター
  • 『エニイ・ギブン・サンデー』 タグ

他にも俳優としての出演作が有る。『JFK』以降「政府の陰謀」というと引き合いに出されるようになり、『メン・イン・ブラック2』でも陰謀に関連付けられビデオ店の等身大パネルで顔を見せている。また『デーヴ』では自らオリバー・ストーンを演じ、陰謀説を唱えてラリー・キングに窘められるというパロディもこなした。

著作[編集]

  • 『オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史 1 二つの世界大戦と原爆投下』 2013年、早川書房ISBN 4152093676
  • 『オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史: 2 ケネディと世界存亡の危機』 2013年、早川書房ISBN 4152093722
  • 『オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史: 3 帝国の緩やかな黄昏』 2013年、早川書房ISBN 415209379X

脚注[編集]

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関連文献[編集]

外部リンク[編集]