非公式サッカー世界王者

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現在の非公式サッカー世界王者
ドイツの旗 ドイツ
タイトル奪取
2014年7月13日: 1-0 vs アルゼンチンの旗 アルゼンチン
2014 FIFAワールドカップ・決勝
エスタジオ・ド・マラカナンブラジルの旗 リオデジャネイロ
次戦
2014年9月3日 vs アルゼンチンの旗 アルゼンチン, 親善試合
エスプリ・アレーナドイツの旗 デュッセルドルフ

非公式サッカー世界王者[注 1](ひこうしきサッカーせかいおうじゃ、: Unofficial Football World Championships, UFWC)は、サッカーナショナルチーム(A代表)の試合をタイトルマッチに見立て、ボクシングプロレスのように、PK戦を含み現在の王者を破ったチームが新王者となる方法で世界王者を決定する仮想上のタイトルである[1]。UFWCはファン活動であり、国際サッカー連盟をはじめ、いかなる団体からも公認を受けていない。

現在、世界王者のタイトル保持者として認められているのは、2014年7月13日にアルゼンチンを破ったドイツである。

概要[編集]

このアイデアは、スコットランド代表のファンが冗談で始めた。同チームが1967年4月15日のブリティッシュ・ホーム・チャンピオンシップで、1966年のワールドカップ王者イングランドを破った事がきっかけである。イングランドは、この試合でワールドカップ優勝後に初めて敗れた[1]

それから何十年も後にインターネットが普及すると、この非公式世界王者のウェブサイトが開設され[1]、1872年まで遡ってのデータがまとめられた。これをイギリスのサッカー雑誌『フォーフォーツー』が特集に取り上げたことで広く認知され、同誌が編集に携わり始めた。

歴史[編集]

1872年、イングランドとスコットランドの間で初めて行われたサッカー国際試合の模様を伝える絵[2]

初期[編集]

サッカー初の国際試合は、1872年11月30日にハミルトン・クレシェント英語版にてイングランドとスコットランドの間で行われ、0-0のスコアレスドローに終わった[3]。その3か月後、1873年3月8日にケンジントン・オーバル英語版で再戦があり、4-2でイングランドが勝利してUFWC初代チャンピオンの地位を得た[1][4]。1876年からはウェールズが、1882年からはアイルランドが、それぞれ国際試合に参加するようになった。王座はイングランドとスコットランドの間で争われ続けたが、1903年3月にアイルランドがスコットランドを3-0で下したことで、3か国目のチャンピオンが誕生した。ウェールズの王座獲得は、1907年3月にスコットランドを1-0で破るまで待たねばならなかった。

1908年に王座を奪回したスコットランドはイングランドと同様、グレートブリテン及びアイルランド連合王国の構成国(これらはホーム・ネイションズと呼ばれる)としか試合を行わなかった。1909年末にイングランドが、ブリテン諸島以外の国との国際試合で初勝利を挙げた。

アイルランドが1927年にイングランドに勝利して3度目のチャンピオンとなったが、当時「アイルランド」の名称を使うチームは2つあり、この時のチームはアイリッシュ・フットボール・アソシエーションが管轄するサッカー北アイルランド代表を指す。

しばらくの間、UFWC王座が海外に流出することはなかった。それは、ホームネイションズが1930年1934年1938年のワールドカップに参加しなかったためであり、また、第一次世界大戦第二次世界大戦の影響からサッカーの国際化が遅れたためでもある。

1930年代から2000年まで[編集]

1931年5月16日、UFWCは初めてブリテン諸島外に移り、オーストリアが新王者となった[5]。しかし1932年7月12日にイングランドがオーストリアを4-3で下したことで、UFWCはまたもホームネイションズ内で争われる時代に入った。1940年代に入るとヨーロッパ大陸の国々、特に第二次世界大戦中は枢軸国と中立国がその地位を占めた。1950年のワールドカップを前にイングランドが王座を取り戻したが、本大会の第1ラウンド(6月29日)ではイングランドがアメリカ合衆国に0-1で敗れる番狂わせ (en) が起こり、初めてタイトルが大西洋を越えた[6]。さらに、同グループ最終戦でアメリカ合衆国を破ったチリがUFWC新王者となり、しかも同国が第1ラウンドを突破できなかったので、タイトルは南アメリカに渡った[7]

FIFAの地区

タイトルがアメリカ州にある間、1963年にはキュラソー島がチャンピオン国となった[8]。CONCACAF選手権(現:CONCACAFゴールドカップ)でメキシコに2-1で勝利したためで、4日後にはコスタリカに敗れたため王座を失うのだが、史上最小のチャンピオン国として名を残している。その後、1966年のワールドカップ開催までに、UFWCはソ連の手によってヨーロッパに戻った。そして1967年に行われたイングランドとスコットランドの試合結果から、UFWCのアイデアが生まれた。1978年の途中まではこのタイトルはヨーロッパの国々が保持したが、同年のワールドカップアルゼンチンが奪い、それ以降4年間は南アメリカ諸国の手にあった。ヨーロッパ勢がタイトルを奪還するのは、1982年のワールドカップポーランドペルーを下したときで、次の年にはアルゼンチンが王座に返り咲いたが、それを除けばヨーロッパの国がしばらくの間タイトルを保持し続けることになる。

1992年、UFWCはアメリカ合衆国が奪い、1試合だけオーストラリアが、続けて南アメリカの国が数試合保持した後、ヨーロッパに戻った。アジア初のタイトル所有国は1995年にコロンビアに勝利した韓国だったが、ユーゴスラビアがヨーロッパに奪い返した[9]。1998年3月にドイツが親善試合でブラジルに敗れるまで、ヨーロッパ勢がタイトルを守り続けた。同年のワールドカップ直前に、UFWCはアルゼンチンに移った。そして、本大会中に争奪が続いたタイトルは決勝戦でブラジルを破った開催国のフランスが得た。

2001年から2010年まで[編集]

UEFA欧州選手権2000開幕時点ではドイツが王座を保持していたが、大会中にイングランドや優勝国フランスの手に渡って、2002年のワールドカップ開催直前にはオランダがチャンピオンとなった。ところが、そのオランダがヨーロッパ予選を勝ち抜けず本大会出場を逃したため、本大会ではUFWCタイトルマッチは行われないことになった。同国は2003年9月10日にチェコに1-3で敗れてタイトルを失った。

アイルランドがチェコを破り、さらに2004年5月にはナイジェリアがアイルランドを下したことで、UFWCはアフリカのものになった[10]。それは同年末に小国アンゴラに移り、2005年初めにはジンバブエが確保した。6か月後にはナイジェリアが奪還したが、11月にはルーマニアが勝利して、ヨーロッパ勢がタイトルを奪った[11]。その6か月後、今度は南アメリカのウルグアイが奪取した。この時点で既にウルグアイは2006年のワールドカップ出場権を逃していたため、2大会連続でUFWCはワールドカップで争われなかった。

2006年11月15日、グルジアがヨーロッパのUFWC奪回に成功した。UFWCタイトル防衛回数ランキングで常に1位にあるスコットランドが2007年3月24日にグルジアを下し、約40年ぶりにタイトルホルダーとなった。前回のタイトル奪取は1967年4月15日に敵地ウェンブリー・スタジアムでイングランドに勝利したときで、このときは1か月後に行われた次の試合でソ連に敗れている。そして今回のタイトルも、4日後には2006年のワールドカップ優勝国イタリアに敗れ、防衛に失敗した。その後ハンガリートルコギリシアスウェーデンと転々とし、2010年のワールドカップ前には、優勝候補のひとつオランダが確保した。本大会ではスペインが決勝戦でオランダに勝ち、大会初優勝を果たすとともにUFWCも得た。

2010年9月7日の親善試合でアルゼンチンがスペインに勝利し王座を得たが、10月8日にはアルゼンチンを破った日本に王座が移動した[12]

2011年以降[編集]

日本はタイトルを防衛したまま2011年1月のアジアカップを無敗で優勝し、キリンカップ2011でも2引き分けで防衛するも、2011年11月15日に行われた2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選・第5戦の北朝鮮に0-1で敗れ、1年以上保持してきた王座を北朝鮮代表に渡すこととなった。

その後、北朝鮮代表は、AFCチャレンジカップでは全勝優勝を果たすなど、2012年は1年間王座防衛を続け、翌2013年1月の東アジアカップ2013最終予選でも、予選突破こそならなかったものの、予選突破したオーストラリアに引き分けた以外全勝したことにより防衛を続けていた。しかし、2013年1月23日、タイで開催されたキングス・カップ初戦で、スウェーデンにPK戦の末破れ、約1年2カ月に亘って防衛したタイトルを譲ることとなった。そのスウェーデンも、キングスカップ決勝でフィンランドに勝ち1度防衛を果たしたが、11日後の2月6日にホームでアルゼンチンに2-3で破れ、アルゼンチンが2010年日本に敗れタイトルを失って以来の王座に返り咲いた。

アルゼンチンは、2014 FIFAワールドカップ・南米予選などを戦う中で8度防衛を果たしたが、2013年10月15日、予選最終戦のウルグアイ戦で敗れ王座を明け渡した。ウルグアイが王座を守ったまま2014年ワールドカップ本大会に持ち込まれ、コスタリカ、オランダ、アルゼンチンを経た末に大会優勝国のドイツがタイトルを同時に獲得した。

ランキング[編集]

UFWCはあくまで非公式のタイトルであるため、過去の所有国を格付けする基準は無い。UFWCを管理するウェブサイトは、タイトルをかけた試合数や勝利数および保持期間(日数)と獲得した回数などを表示している。

本テーブルは、タイトルを奪取した試合を除いて防衛した試合数(タイトル防衛数)、タイトルを得てから失うまでの日数、その期間に行われた試合数、延長戦PK戦を含む勝利数を表示する。

ランク
国・地域名
タイトル
防衛戦数
タイトル
保有日数
タイトル
奪取回数
タイトル戦
勝利数*
最終タイトル
保有年月日
1 スコットランドの旗 スコットランド 103 13,003 20 86 2007年3月28日
2 イングランドの旗 イングランド 88 7,506 21 73 2000年6月20日
3 アルゼンチンの旗 アルゼンチン 70 2,729 13 53 2014年7月13日
4 オランダの旗 オランダ 65 2,303 10 50 2014年7月9日
5 ロシアの旗 ロシア[注 2] 50 1,580 6 41 2000年2月23日
6 ブラジルの旗 ブラジル 37 1,251 7 29 1998年7月12日
7 ドイツの旗 ドイツ[注 3] 36 1,216† 10 28 現チャンピオン
8 フランスの旗 フランス 34 1,333 6 25 2001年3月28日
9 スウェーデンの旗 スウェーデン 30 1,519 7 28 2013年2月6日
10 イタリアの旗 イタリア 30 1,002 9 27 2007年8月22日
11 ハンガリーの旗 ハンガリー 27 1,138 7 17 2008年9月10日
12 ウルグアイの旗 ウルグアイ 26 1,273 7 20 2014年6月14日
13 スペインの旗 スペイン 24 1,256 5 17 2010年9月7日
14 チェコの旗 チェコ[注 4] 23 648 5 15 2004年3月31日
15 オーストリアの旗 オーストリア 16 816 2 12 1968年6月16日
16 日本の旗 日本 16 403 1 11 2011年11月15日
17 スイスの旗 スイス 14 1,124 7 10 1994年6月26日
18 ウェールズの旗 ウェールズ 13 1,821 8 12 1988年9月14日
19 コロンビアの旗 コロンビア 13 1,109 3 8 1995年7月31日
20 チリの旗 チリ 13 1,066 4 11 1982年3月30日
21 朝鮮民主主義人民共和国の旗 北朝鮮 13 435 1 10 2013年1月23日
23 ギリシャの旗 ギリシャ 12 528 2 11 2008年5月24日
24 パラグアイの旗 パラグアイ 11 452 2 7 1979年12月5日
25 ペルーの旗 ペルー 11 308 4 7 1982年6月22日
26 ルーマニアの旗 ルーマニア 10 269 4 8 2006年5月23日
27 ブルガリアの旗 ブルガリア 9 422 3 6 1985年9月4日
28 コスタリカの旗 コスタリカ 9 181 2 8 2014年7月5日
29 北アイルランドの旗 北アイルランド[注 5] 8 2,709 4 5 1933年10月14日
30 アンゴラの旗 アンゴラ 8 280 1 7 2005年3月27日
31 ジンバブエの旗 ジンバブエ 8 195 1 7 2005年10月8日
32 ベルギーの旗 ベルギー 7 188 4 5 1990年1月17日
33 ユーゴスラビアの旗 ユーゴスラビア[注 6] 5 144 3 5 1995年5月31日
34 アイルランド共和国の旗 アイルランド 5 122 2 3 2004年5月29日
35 ボリビアの旗 ボリビア 5 55 3 5 1994年4月20日
36 ポーランドの旗 ポーランド 5 41 2 4 1989年5月7日
37 ナイジェリアの旗 ナイジェリア 4 61 2 4 2005年11月16日
38 ポルトガルの旗 ポルトガル 3 314 2 2 1992年6月4日
39 デンマークの旗 デンマーク 3 75 2 3 1989年8月23日
40 エクアドルの旗 エクアドル 3 63 1 2 1965年8月22日
41 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 3 13 2 2 1992年6月14日
42 グルジアの旗 グルジア 2 129 1 2 2007年3月24日
43 イスラエルの旗 イスラエル 2 63 1 1 2000年4月26日
44 トルコの旗 トルコ 2 35 1 1 2007年10月17日
45 メキシコの旗 メキシコ 1 290 1 1 1963年3月24日
46 ベネズエラの旗 ベネズエラ 1 21 1 1 2006年10月18日
47 韓国の旗 韓国 1 4 1 1 1995年2月4日
48 オーストラリアの旗 オーストラリア 1 4 1 1 1992年6月18日
49 オランダ領アンティルの旗 オランダ領アンティル 1 4 1 1 1963年3月28日

*延長戦PK戦の勝利を含む。
† 2014年7月31日現在

ルール[編集]

  • 国際試合で最初に勝利したチームを、Unofficial Football World Champions 初代王者とする。1872年にイングランドとスコットランドとの間で行われた初の国際試合は引き分けとなったが、これもタイトルマッチとして認める。よって、翌年の再戦に4-2で勝利したイングランドが初代王者となる。
  • タイトルマッチは、国際サッカー連盟が定める国際Aマッチとし、勝者がチャンピオンを引き継ぐ[13]
  • 引き分けとなった場合は、チャンピオンはタイトルを防衛する。
    • 延長戦PK戦で決着した試合は引き分けとは扱わない。
  • タイトルマッチは、理事会が認可した規則に従って行われる[13]

トロフィーとマスコット[編集]

UFWC獲得国のサッカー協会には、サッカーとクリケットの国際的な公式大会開催に尽力したチャールズ・ウィリアム・アルコック英語版にちなんだCW Alcockカップが贈呈される。これは実物またはイメージ(画像)を送付する手段が取られる[14]

UFWCには、緑色の恐竜をモデルにした公式マスコット「ヒューイー (Hughie)」がいる。恐竜が使われる理由は、UFWCが立案された際、サッカー国際試合の歴史を遡って調査した作業を、恐竜の化石発掘に喩えたためである[15]

記録[編集]

連続防衛回数

2011年11月24日段階で世界王者が連続して防衛を遂げた記録は、2008年に王座に就き2010年まで維持したオランダの21回[16]、次いで1880年から1888年まで20回防衛のスコットランド、3位には1996年から1998年に15回のドイツと、同じく2010年から2011年まで15回防衛した日本が続く[17]

最多得点と最大得失点差

タイトルマッチにおける最多得点は、1899年2月18日にイングランドが13-2でアイルランドに勝利した試合である。この得失点差11もまた最大であり、1901年2月23日にスコットランドが11-0でアイルランドを破った試合と並ぶタイ記録となる。なお、後者のスコットランドの勝利は、相手を0封した試合での最多得点でもある[18][19]

国際大会におけるUFWC戦跡[編集]

大陸別選手権大会は、UFWC争奪にからむ試合が行われた回のみ表示する。

FIFAワールドカップ[編集]

UFWC が
持ち込まれたか
開幕時の
タイトル保有国
閉幕時の
タイトル保有国
不参加の
タイトル保有国
大会優勝国
1930年 No - - イングランドの旗 イングランド ウルグアイの旗 ウルグアイ
1934年 No - - イングランドの旗 イングランド イタリア王国の旗 イタリア
1938年 No - - スコットランドの旗 スコットランド イタリア王国の旗 イタリア
1950年 Yes イングランドの旗 イングランド チリの旗 チリ - ウルグアイの旗 ウルグアイ
1954年 No - - パラグアイの旗 パラグアイ 西ドイツの旗 西ドイツ
1958年 Yes アルゼンチンの旗 アルゼンチン ブラジルの旗 ブラジル - ブラジルの旗 ブラジル
1962年 Yes スペインの旗 スペイン メキシコの旗 メキシコ - ブラジルの旗 ブラジル
1966年 Yes ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦 イングランドの旗 イングランド - イングランドの旗 イングランド
1970年 No - - スイスの旗 スイス ブラジルの旗 ブラジル
1974年 Yes オランダの旗 オランダ 西ドイツの旗 西ドイツ - 西ドイツの旗 西ドイツ
1978年 Yes フランスの旗 フランス アルゼンチンの旗 アルゼンチン - アルゼンチンの旗 アルゼンチン
1982年 Yes ペルーの旗 ペルー イタリアの旗 イタリア - イタリアの旗 イタリア
1986年 Yes 西ドイツの旗 西ドイツ アルゼンチンの旗 アルゼンチン - アルゼンチンの旗 アルゼンチン
1990年 No - - ギリシャの旗 ギリシャ 西ドイツの旗 西ドイツ
1994年 Yes ルーマニアの旗 ルーマニア コロンビアの旗 コロンビア - ブラジルの旗 ブラジル
1998年 Yes アルゼンチンの旗 アルゼンチン フランスの旗 フランス - フランスの旗 フランス
2002年 No - - オランダの旗 オランダ ブラジルの旗 ブラジル
2006年 No - - ウルグアイの旗 ウルグアイ イタリアの旗 イタリア
2010年 Yes オランダの旗 オランダ スペインの旗 スペイン - スペインの旗 スペイン
2014年 Yes ウルグアイの旗 ウルグアイ ドイツの旗 ドイツ - ドイツの旗 ドイツ

どのワールドカップ大会でも、UFWC保有国が決勝戦を制してタイトルを防衛した例はない。1974年と2010年の大会ではUFWC王者オランダが決勝まで進んだが、それぞれ西ドイツとスペインに敗れ、ワールドカップ優勝を逃すとともにUFWCタイトルも失った。西ドイツも1986年に決勝まで残ったが、予選からトーナメントを通じてタイトルは4か国間を移動し、決勝の開始時点でアルゼンチンがタイトルを持っていた。

ノックアウトトーナメントという仕様上、決勝トーナメントにUFWCタイトルが持ち込まれた場合は自動的に大会の優勝者がタイトルを獲得することになる。1950年大会のチリ、1962年のメキシコ、1994年のコロンビアはそれぞれ決勝トーナメントに進出しなかったが、グループリーグでUFWCタイトルを勝ち取った。

FIFAコンフェデレーションズカップ[編集]

開幕時のタイトル保有国 閉幕時のタイトル保有国 大会優勝国
1992年 アルゼンチンの旗 アルゼンチン アルゼンチンの旗 アルゼンチン アルゼンチンの旗 アルゼンチン

UEFA欧州選手権[編集]

開幕時のタイトル保有国 閉幕時のタイトル保有国 大会優勝国
1976年 チェコスロバキアの旗 チェコスロバキア チェコスロバキアの旗 チェコスロバキア チェコスロバキアの旗 チェコスロバキア
1984年 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ユーゴスラビア フランスの旗 フランス フランスの旗 フランス
1996年 ロシアの旗 ロシア ドイツの旗 ドイツ ドイツの旗 ドイツ
2000年 ドイツの旗 ドイツ フランスの旗 フランス フランスの旗 フランス

南米選手権/コパ・アメリカ[編集]

開幕時のタイトル保有国 閉幕時のタイトル保有国 大会優勝国
1953年 ブラジルの旗 ブラジル ウルグアイの旗 ウルグアイ パラグアイの旗 パラグアイ
1955年 パラグアイの旗 パラグアイ アルゼンチンの旗 アルゼンチン アルゼンチンの旗 アルゼンチン
1956年* アルゼンチンの旗 アルゼンチン ブラジルの旗 ブラジル ウルグアイの旗 ウルグアイ
1957年 アルゼンチンの旗 アルゼンチン ペルーの旗 ペルー アルゼンチンの旗 アルゼンチン
1959年 ブラジルの旗 ブラジル ブラジルの旗 ブラジル アルゼンチンの旗 アルゼンチン
1959年* アルゼンチンの旗 アルゼンチン ペルーの旗 ペルー ウルグアイの旗 ウルグアイ
1979年 パラグアイの旗 パラグアイ チリの旗 チリ パラグアイの旗 パラグアイ
1993年 アルゼンチンの旗 アルゼンチン アルゼンチンの旗 アルゼンチン アルゼンチンの旗 アルゼンチン

*:開催当時はカップ戦扱いではなかったが、後に南米サッカー連盟が正式なチャンピオンシップとして認定した。

CONCACAF選手権/ゴールドカップ[編集]

開幕時のタイトル保有国 閉幕時のタイトル保有国 大会優勝国
1963年 メキシコの旗 メキシコ コスタリカの旗 コスタリカ コスタリカの旗 コスタリカ

AFCアジアカップ[編集]

開幕時のタイトル保有国 閉幕時のタイトル保有国 大会優勝国
2011年 日本の旗 日本 日本の旗 日本 日本の旗 日本

その他[編集]

アフリカネイションズカップOFCネイションズカップには、今のところUFWCタイトルが持ち込まれた実績がない。

日本とUFWC王座[編集]

日本は2010年の6月までに5回UFWCタイトルマッチに挑んだが、いずれも勝利を挙げることができなかった[20]。2010年10月8日、アルベルト・ザッケローニ率いるサッカー日本代表がホームの埼玉スタジアム2002リオネル・メッシを擁するアルゼンチンを迎え、岡崎慎司の得点によって1-0で勝利[12]。6度目のタイトル挑戦で初のUFWCチャンピオンとなった[20][21]。日本の初戴冠後、日本は15戦(10勝5分。PK戦勝利はUFWCの規定に基づき勝利と数える)王座を保持し続けるものの、2011年11月15日に北朝鮮に敗れ、王座を手放した。

日本のタイトルマッチでの戦績は以下の通り。

日付 タイトル保有国 試合結果 挑戦国 大会および会場
1998年6月14日 アルゼンチンの旗 アルゼンチン(防衛) 1 - 0 日本の旗 日本 1998年FIFAワールドカップ・フランス大会
スタッド・トゥールーズフランスの旗 トゥールーズ
2001年3月24日 フランスの旗 フランス(防衛) 5 - 0 日本の旗 日本 親善試合
スタッド・ド・フランスフランスの旗 サン=ドニ
2001年4月25日 スペインの旗 スペイン(防衛) 1 - 0 日本の旗 日本 親善試合
エスタディオ・ヌエボ・アルカンヘルスペインの旗 コルドバ
2009年9月5日 オランダの旗 オランダ(防衛) 3 - 0 日本の旗 日本 親善試合
デ・フロルーシュ・フェステオランダの旗 エンスヘーデ
2010年6月19日 オランダの旗 オランダ(防衛) 1 - 0 日本の旗 日本 2010年FIFAワールドカップ・南アフリカ大会
モーゼス・マヒダ・スタジアム南アフリカ共和国の旗 ダーバン
2010年10月8日 アルゼンチンの旗 アルゼンチン 0 - 1 日本の旗 日本(奪取) キリンチャレンジカップ
埼玉スタジアム2002日本の旗 さいたま
2010年10月12日 日本の旗 日本(防衛) 0 - 0 韓国の旗 韓国 親善試合
ソウルワールドカップ競技場韓国の旗 ソウル
2011年1月9日 日本の旗 日本(防衛) 1 - 1 ヨルダンの旗 ヨルダン AFCアジアカップ2011
カタールSCスタジアムカタールの旗 ドーハ
2011年1月13日 日本の旗 日本(防衛) 2 - 1 シリアの旗 シリア AFCアジアカップ2011
カタールSCスタジアムカタールの旗 ドーハ
2011年1月17日 日本の旗 日本(防衛) 5 - 0 サウジアラビアの旗 サウジアラビア AFCアジアカップ2011
アフメド・ビン=アリー・スタジアムカタールの旗 アル・ラーヤン
2011年1月21日 日本の旗 日本(防衛) 3 - 2 カタールの旗 カタール AFCアジアカップ2011
アル・ガラファ・スタジアムカタールの旗 ドーハ
2011年1月25日 日本の旗 日本(防衛) 2 - 2 aet
(PK 3 - 0)
韓国の旗 韓国 AFCアジアカップ2011
アル・ガラファ・スタジアムカタールの旗 ドーハ
2011年1月29日 日本の旗 日本(防衛) 1 - 0 aet オーストラリアの旗 オーストラリア AFCアジアカップ2011
ハリーファ国際スタジアムカタールの旗 ドーハ
2011年6月1日 日本の旗 日本(防衛) 0 - 0 ペルーの旗 ペルー キリンカップ2011
新潟スタジアム日本の旗 新潟
2011年6月7日 日本の旗 日本(防衛) 0 - 0 チェコの旗 チェコ キリンカップ2011
横浜国際総合競技場日本の旗 横浜
2011年8月10日 日本の旗 日本(防衛) 3 - 0 韓国の旗 韓国 キリンチャレンジカップ
札幌ドーム日本の旗 札幌
2011年9月2日 日本の旗 日本(防衛) 1 - 0 朝鮮民主主義人民共和国の旗 北朝鮮 2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
埼玉スタジアム2002日本の旗 さいたま
2011年9月6日 日本の旗 日本(防衛) 1 - 1 ウズベキスタンの旗 ウズベキスタン 2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
パフタコール・スタジアムウズベキスタンの旗 タシュケント
2011年10月7日 日本の旗 日本(防衛) 1 - 0 ベトナムの旗 ベトナム キリンチャレンジカップ
ホームズスタジアム神戸日本の旗 神戸
2011年10月11日 日本の旗 日本(防衛) 8 - 0 タジキスタンの旗 タジキスタン 2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
大阪市長居陸上競技場日本の旗 大阪
2011年11月11日 日本の旗 日本(防衛) 4 - 0 タジキスタンの旗 タジキスタン 2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
パミール・スタジアムタジキスタンの旗 ドゥシャンベ
2011年11月15日 日本の旗 日本 0 - 1 朝鮮民主主義人民共和国の旗 北朝鮮(奪取) 2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
金日成競技場朝鮮民主主義人民共和国の旗 平壌

他のUFWCタイトル[編集]

最下位賞[編集]

現在の非公式サッカー最下位チーム
カンボジアの旗 カンボジア
最下位継承
2011年7月3日: 2-6 aet vs ラオスの旗 ラオス, WC2014・アジア1次予選
ニュー・ラオス・ナショナルスタジアムラオスの旗 ヴィエンチャン
最下位残留
2012年9月5日[22] 0-0 vs フィリピンの旗 フィリピン, 親善試合
オリンピックスタジアムカンボジアの旗 プノンペン
2012年10月5日 1-5 vs 東ティモールの旗 東ティモール, AFFスズキカップ2012予選
トゥウンナ・スタジアムミャンマーの旗 ヤンゴン
2012年10月7日 0-1 vs ラオスの旗 ラオス, AFFスズキカップ2012予選
トゥウンナ・スタジアムミャンマーの旗 ヤンゴン
2012年10月9日 2-3 vs ブルネイの旗 ブルネイ, AFFスズキカップ2012予選
トゥウンナ・スタジアムミャンマーの旗 ヤンゴン
2012年10月11日 0-3 vs ミャンマーの旗 ミャンマー, AFFスズキカップ2012予選
トゥウンナ・スタジアムミャンマーの旗 ヤンゴン
2013年3月22日 0-7 vs トルクメニスタンの旗 トルクメニスタン, AFCチャレンジカップ2014予選
リサール・メモリアル・スタジアムフィリピンの旗 マニラ
2013年3月24日 0-8 vs フィリピンの旗 フィリピン, AFCチャレンジカップ2014予選
リサール・メモリアル・スタジアムフィリピンの旗 マニラ
2013年11月19日 0-2 vs グアムの旗 グアム, 親善試合
オリンピックスタジアムカンボジアの旗 プノンペン
2013年11月24日 0-1 vs シンガポールの旗 シンガポール, 親善試合
ホウガン・スタジアムシンガポールの旗 シンガポール
次戦
未定

1873年3月8日の試合に勝ったイングランドから勝者の系譜が続いているならば、同様にスコットランドに始まる敗者の系譜も続いているはずであり、そのチームはいわば現時点の世界最弱ではないか。このような意見がUFWCフォーラム(掲示板)で提案され、王者の決定と同じ手法で世界最弱の歴史が調査された。この座をUFWCでは「Wooden Spoon」(木の匙‐「最下位賞」の意味[23])と名づけている。[24]

王者同様、当初は敗者もホームネイションズの中で、主にウェールズとアイルランドの間で競われた。これがヨーロッパ大陸に渡ったのは、1926年にベルギーがイングランドに3-5で敗れたことに始まる。1940年まで、この位置はフィンランドエストニアラトビアリトアニアの4カ国の間で行き来された。しかし1940年8月5日に当時の最弱国ラトビアソビエト連邦に併合されラトビア代表が消滅したために世界最弱の系譜は一旦途絶えた。しかし、24日後に行われた別の国際大会で負けたフィンランドに世界最弱の座を引き継ぐこととされた。フィンランドはその後9年間24試合に渡って勝利を手にできなかったが、やっとデンマークに勝ってこの不名誉な称号を返上した。この座はすぐにノルウェーに移り、スカンディナビア三国とフィンランドの間を最下位賞の称号は行き来した。[24]

1953年、スウェーデンに2-4で破れたフランスがこの位置についたが、すぐにアイルランドを経てルクセンブルクへ渡り、同国に7年間居座った。しかし1962 FIFAワールドカップ・予選で勝利してポルトガルに押し付けた。ポルトガルはブルガリアに勝って逃れたが、後に同国に敗れ戻って来てしまった。そして1963年4月、最下位賞にあったポルトガルは前年のワールドカップ優勝国ブラジルとの対戦が組まれた。ここに非公式世界最弱と公式な世界最強の2国が激突、結果はポルトガルが1-0で勝利し、ブラジルは不名誉な地位を受け継いでしまった。しかし3日後にはベルギーに5-1で勝ち、ブラジルはこれをアメリカ州から追い出した。その後、フランス、ブルガリア、ギリシャを経由し、1966年から長い期間フィンランドがその座を占めながらも一度だけスペインに勝利したこともあった。1972年以降はアルバニアやノルウェー、北アイルランドを経て1975年にはスウェーデンが最下位賞対象国となった。[24]

1975年5月、スウェーデンはアルジェリアに4-0で勝利し、最弱の座はアフリカに渡った。しかし1976年1月にサウジアラビアを3-1で負かせ、以後最下位賞の称号はアジアの国々でやり取りされている。[24]

1970年代にアラブ首長国連邦バーレーンオマーン中東を、1980年代にはバングラデシュマレーシアブルネイシンガポール東南アジアを巡り、1988年に再度オマーンが敗れると1993年にマレーシアに勝つまでそこに留まった。数ヵ月後にマレーシアはマカオを破り、3年後の1996年にマカオはフィリピンを破った。以後21戦負け続けたフィリピンは2000年のAFCアジアカップ2000予選にて勝ちを手にし、世界最弱国はグアムとなった。何度もの試合を10点以上の失点で涙を呑んだグアムも、2009年の東アジアサッカー選手権2010予選でついにモンゴルから勝ちを掴み、不名誉な座を脱した。以後、モンゴルとマカオの間で争われた[24]。2011年2月16日マカオはAFCチャレンジカップ2012予備予選でカンボジアに勝利し[25]、木の匙はカンボジアに渡った[26]

非公式女子サッカー世界王者[編集]

現在の非公式女子サッカー世界王者
ドイツの旗 ドイツ
タイトル奪取
2014年3月12日: 3-0 vs 日本の旗 日本, アルガルヴェ・カップ2014
エスタディオ・アルガルヴェポルトガルの旗 ファロ
タイトル防衛
2014年4月5日: 3-2 vs アイルランド共和国の旗 アイルランド, 2015 FIFA女子ワールドカップ・ヨーロッパ予選
タラト・スタジアムアイルランド共和国の旗 ダブリン
2014年4月10日: 4-0 vs スロベニアの旗 スロベニア, 2015 FIFA女子ワールドカップ・ヨーロッパ予選
SAPアレーナドイツの旗 マンハイム
2014年5月8日: 9-1 vs スロバキアの旗 スロバキア, 2015 FIFA女子ワールドカップ・ヨーロッパ予選
シュタディオン・アン・デル・ブレーマー・ブリュックドイツの旗 オスナブリュック
2014年6月19日: 2-1 vs カナダの旗 カナダ, 親善試合
BCプレイス・スタジアムカナダの旗 バンクーバー
次戦
2014年9月13日: vs ロシアの旗 ロシア, 2015 FIFA女子ワールドカップ・ヨーロッパ予選
開催地未定(ロシアの旗

女子サッカーの非公式世界王者 (: Womens Unofficial Football World Championships, WUFWC) の歴史[注 7]は男子よりも100年程新しく、1971年にフランスアーズブルックオランダを迎えて行われ、4-0で勝利した試合を皮切りに始まった。この王座はスイス、オランダ、イングランドを短い間に経由し、1975年から1984年の間はスカンジナビアのスウェーデンデンマークノルウェーが占めた[27]

1984年、第1回UEFA欧州女子選手権が開催され、王者スウェーデンは順当に王位を維持し駒を進め、ホーム・アンド・アウェーで行われる決勝を1-0の1勝1敗で分けたためPK戦で決着をつけ選手権を勝利したが、2戦目のアウェーでは敗れたためにWUFWCはイングランドに移る奇妙な結果となった。その後西ドイツベルギーイタリアなども名を連ねながら王座はヨーロッパを巡ったが、1987年にアメリカがノルウェーに勝利し、WUFWCは世界を巡る時代へ突入した[27]

当初はアメリカとヨーロッパの国々が王座を奪い合ったが、1994年に中国がノルウェーに勝ってアジアに初のタイトルをもたらしたが、5日後には失った。南アメリカはこれに遅れる1997年にブラジルが勝ち取った。タイトルはアメリカ州・ヨーロッパ・アジアを動き回り、2000年にはカナダ、2001年には北朝鮮が初めて王座を占めた。1991年から始まったFIFA女子ワールドカップには毎回WUFWCは持ち込まれた。その他にも王座は移動し、スコットランドウクライナが王者になったこともあった[27]

2011年のFIFA女子ワールドカップ開幕前、当時の王者イングランドは5月23日にオーストラリアに敗れた。これはイギリスで報道されなかったため混乱を招いたが、FIFAとオーストラリアからの情報で確認された。本大会ではオーストラリアが保持していた王座をグループリーグでブラジルが奪い、準々決勝でアメリカに渡ったのち[28]、7月17日の決勝戦で勝利した日本が得て[29]、男女同時に王座を確保した8カ国目(のべ10カ国目)の代表となった[27]

  • オランダ:1974年5月11日 - 5月31日[27]
  • イングランド:1975年3月12日 - 6月15日[27]
  • スウェーデン:1989年5月7日 - 6月14日[27]
  • オランダ:1991年5月28日 - 6月12日[27]
  • アメリカ合衆国:1992年6月2日 - 6月13日[27]
  • ドイツ:1997年10月9日 - 10月12日[27]
  • ブラジル:1998年3月25日 - 4月29日[27]
  • ブラジル:1998年7月7日 - 7月12日[27]
  • イタリア:2007年3月28日 - 4月6日[27]
  • 日本:2011年7月17日 - 11月15日[29]
  • ドイツ:2014年7月13日 - (継続中)

その他[編集]

UFWCではサッカーの大陸別非公式王者[28]、または他のスポーツやカテゴリーでも同様のタイトルを検討している[30]

類似の試み[編集]

ナサシ・バトン[編集]

同様の仮想的なタイトルに、ホセ・ナサシバトンがある。これは第1回ワールドカップ優勝国のウルグアイを起点とし、当時チームのキャプテンの名前を名称に始められた。ナサシ・バトンは基本的にUFWCと同じタイトルの受け渡しをルールとするが、考慮する試合の勝敗は90分間経過時点を当てはめている。[31]

現在のタイトルホルダーは、2013年11月19日の親善試合で韓国に勝ったロシアである。近年にナサシ・バトンとUFWCの間で生じた典型的な差異は、2010年ワールドカップ決勝におけるスペイン対オランダ戦である。90分経過時点では同点だったためナサシ・バトンのタイトルは移行せずオランダに残り、UFWCでは延長戦の結果からスペインに移された。

ヴァーチャル・ワールドチャンピオンシップ[編集]

ヴァーチャル・ワールドチャンピオンシップ (The Virtual World Championship) は、UFWCと同じくタイトルマッチ形式を用いながら、対象をFIFA主催試合およびその予選に限定するものである。これは、親善試合などを含めると常に強いチーム同士が戦うわけではなく、王座が中堅チームに移った間にどこが保有しているかわからなく可能性があるという批判がUFWCに対してあるので、この問題を回避するために考えられた。この方式では、1908年ロンドンオリンピック決勝からタイトル争いを始めている。ただし、1936年ベルリンオリンピック以降のオリンピックにおけるサッカーの試合は、参加チームがフル代表ではなくなったため考慮していない。[32]

現在の王者は、2013年10月15日に行われた2014年のワールドカップ南米予選でアルゼンチンを破ったウルグアイである。ヴァーチャル・ワールドチャンピオンシップでは90分経過時点での結果が考慮される。

パウンド・フォー・パウンド・ワールドチャンピオンシップ[編集]

スコットランドのサッカー雑誌が提案した[33]パウンド・フォー・パウンド・ワールドチャンピオンシップ (Pound for Pound World Championship) というものも存在する。ヴァーチャル・ワールドチャンピオンシップとほぼ同じ運用ながら、対象試合を両チームの実力が拮抗する試合に限定するので、FIFA公認の親善試合なども対象となる。また、UFWCと同じく延長戦やPK戦の結果も勝敗に反映する。他のチャンピオンシップと大きく異なる点は、起点を1930年ワールドカップに置くところと、ワールドカップ決勝開始時に当時のチャンピオンが王座を自動的に返上しなければならないルールにある。したがって、4年に1度必ずリセットされ、ワールドカップ優勝国が必ずパウンド・フォー・パウンド世界王者になる。[34]

現在の王者は2013年6月30日のコンフェデレーションズカップで2010年ワールドカップ優勝国のスペインを破ったブラジルであり、次の防衛戦は2014年ワールドカップである。最近のUFWCとの乖離は、2010年9月の親善試合で、スペインがアルゼンチンに敗れた時点に始まった。

メディアの報道[編集]

UFWCの一般的認知度は低い。しかし、特定の対戦を報道する際、その解説にこれらチャンピオンシップを加えて試合の価値を知らしめることがしばしばメディアで行われる[35][36][37]

2011年1月には日本代表がアジアカップで勝ち進んだことで、日本でも時事通信社配信による長田浩一のコラム[38]夕刊フジ[21]などで報道・紹介された。

関連項目[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

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  1. ^ 正式な日本語名が決まっているわけではないが、長田浩一「“世界王者”のまま決勝へ進め!」(時事通信社)に基づき、訳語を定める。
  2. ^ ロシアには、1990年以前のソ連時代を含む。
  3. ^ ドイツには1945-1990年の西ドイツを含む。
  4. ^ チェコには、1993年までのチェコスロバキアを含む。
  5. ^ 北アイルランドには、1921年までのアイルランドを含む。
  6. ^ FIFAによって、セルビア・モンテネグロ(1995年に保有)の記録は新たに樹立されるまで ユーゴスラビア王国(1939年に保有)とユーゴスラビア社会主義連邦共和国(1984年に保有)に含まれるため、それに倣う。
  7. ^ UFWCフォーラムには非公式女子サッカー王者のリストがあるが、この内容とUFWC NEWSの記事内容には異なる部分がある。本項ではUFWC NEWSの記述を元とする。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d About” (英語). UFWC. 2011年7月18日閲覧。
  2. ^ The Official History Of The Football Association ISBN 0356191451
  3. ^ Scotland vs England 1872” (英語). UFWC. 2011年7月18日閲覧。
  4. ^ England vs Scotland 1873” (英語). UFWC. 2011年7月18日閲覧。
  5. ^ Austria 5-0 Scotland 1931” (英語). UFWC. 2011年7月18日閲覧。
  6. ^ England vs USA 1950” (英語). UFWC. 2011年7月18日閲覧。
  7. ^ Results1872-1966” (英語). UFWC. 2011年7月18日閲覧。
  8. ^ Mexico vs Dutch Antilles 1963” (英語). UFWC. 2011年7月18日閲覧。
  9. ^ Results1967-1999” (英語). UFWC. 2011年7月18日閲覧。
  10. ^ Results2000-2008” (英語). UFWC. 2011年7月18日閲覧。
  11. ^ Romania vs Nigeria 2005” (英語). UFWC. 2011年7月18日閲覧。
  12. ^ a b Report Japan 1-0 Argentina” (英語). UFWC. 2011年7月18日閲覧。
  13. ^ a b Rules” (英語). UFWC. 2011年7月18日閲覧。
  14. ^ Trophy” (英語). UFWC. 2011年7月18日閲覧。
  15. ^ Mascot” (英語). UFWC. 2011年7月18日閲覧。
  16. ^ Uruguay 2-3 Netherlands” (英語). UFWC. 2011年10月24日閲覧。
  17. ^ Unofficial football champions Japan eye record-breaking run” (英語). UFWC. 2011年10月24日閲覧。
  18. ^ The biggest ever UFWC title match wins” (英語). UFWC. 2011年10月24日閲覧。
  19. ^ UFWC Title Match Results 1872-1966” (英語). UFWC. 2011年10月24日閲覧。
  20. ^ a b Japan try again for UFWC glory” (英語). UFWC. 2011年7月18日閲覧。
  21. ^ a b 「現世界王者は日本代表」 英サイト認定”. 夕刊フジ. 2011年7月18日閲覧。
  22. ^ Misfiring Azkals settle for Cambodia draw”. Sports Interactive Network Philippines (2012年9月5日). 2012年9月5日閲覧。
  23. ^ Wooden Spoon”. Weblio英和辞典. 2011年7月18日閲覧。
  24. ^ a b c d e Wooden Spoon:revealing the WORST team in the world” (英語). UFWC. 2011年7月18日閲覧。
  25. ^ Macau3-2Cambodia” (英語). AFC. 2011年7月18日閲覧。
  26. ^ UFWC spin-offs update” (英語). UFWC. 2011年7月18日閲覧。
  27. ^ a b c d e f g h i j k l m WUFWC: Womens Unofficial Football World Championships” (英語). UFWC. 2011年7月18日閲覧。
  28. ^ a b UFWC spin-offs update: part 2” (英語). UFWC. 2011年7月18日閲覧。
  29. ^ a b Japan take women’s UFWC title in World Cup win” (英語). UFWC. 2011年7月18日閲覧。
  30. ^ UFWC Forum” (英語). UFWC. 2011年7月18日閲覧。
  31. ^ RSSSF - Nasazzi's Baton
  32. ^ RSSSF - Virtual World Championship
  33. ^ The Away End
  34. ^ The Away End - Pound for Pound World Championship
  35. ^ Tartan Army still celebrating 12:01AM GMT 25 Mar 2007
  36. ^ Another World Championship June 25, 2006, 10:43 pm
  37. ^ Πρωταθλήτρια κόσμου η Ελλάδα!
  38. ^ 長田浩一「“世界王者”のまま決勝へ進め!」 - 時事ドットコム(時事通信社配信)
  39. ^ UFWC Result

読書案内[編集]

  • Unofficial Football World Championship Paul Brown著、2011年、Superelastic、ISBN 978-0956227027
    • 『サッカー非公式世界王者の歴史』 ポール・ブラウン著、宇都宮徹壱監修、伊藤綺訳、2011年、飛鳥新社、ISBN 978-4864101066

外部リンク[編集]