キング・ファレ

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バッドラック・ファレ
プロフィール
リングネーム バッドラック・ファレ
キング・ファレ
本名 ファレ・シミタイトコ
ニックネーム ジ・アンダーボス
バウンサー
心優しき大男
身長 193cm
体重 113kg
誕生日 1982年1月8日(31歳)
出身地 トンガの旗 トンガラパハ
所属 新日本プロレス
スポーツ歴 ラグビー
トレーナー 永田裕志
デビュー 2010年4月4日
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ファレ・シミタイトコFale Simitaitoko、男性、1982年1月8日 - )は、トンガ王国プロレスラー新日本プロレス所属。ラパハ出身。血液型はO型。リングネームはキング・ファレKing Fale)を経てバッドラック・ファレBad Luck Fale)。

目次

来歴 [編集]

11人兄弟の8番目という大家族の中で育ち3歳からラグビーを始める。6歳の時、一家全員でニュージーランドオークランドに移住。ラグビーニュージーランド代表(オールブラックス)ジョン・カーワンに憧れ同国の名門大学へ進学。卒業後は徳山大学ラグビー部監督の紹介により、2002年、同大学へと進学した。その後チームの中心として活躍し中国四国地区代表チームへ幾度も成し上げた。

大学卒業後、2006年4月に株式会社サニックスに入社し福岡サニックスブルースの一員となるも、2年という短期間で退団。その後、堪能な語学力を活かし、英会話教師として働いていたが、ラグビー時代からの友人でありトンガ出身の大相撲力士南乃島の誘いで2009年5月、新日本プロレスの入団テストを共に受ける予定だったが、南乃島はこれをドタキャン。厳しいメニューをこなし見事合格を勝ち取った。

6月より練習生としてトレーニングを積み、一般公募していたリングネームから「キング・ファレ」と名づけられ、2010年4月4日に中西学戦でデビューを飾る。9月に永田裕志率いる青義軍に加入し、対抗勢力にあたるヒールユニットCHAOSと抗争を繰り広げる。2011年には永田とのタッグでG1 TAG LEAGUEに初出場した。

2012年2月10日、若手主体興行「NEVER」で永田とのシングルマッチで敗れた後、武者修行のためアメリカに遠征。NWAヒューストンのリングでデビュー戦を行った。

2013年4月7日に凱旋。同日に行われた両国国技館大会の第1試合終了後、プリンス・デヴィットに加担する形で田口隆祐を襲撃。デヴィットは田口とのタッグで活動していたApollo 55を解散するのと同時に、ファレを自身のバウンサーであるとマイクパフォーマンスを行い、新たにタッグチームを結成した。

人物 [編集]

  • 右肩に「侍魂」の文字と、左肩に和彫りの龍とポリネシアンタトゥーを融合した刺青を施している。

得意技 [編集]

サモアンドロップ
ファイヤーマンズキャリーの要領で相手を担ぎ、後方へ体重を浴びせながら倒れ込む。
T-SHOCK
リバースフルネルソンの体勢から相手を肩口に担ぎ込み、マットに自らの膝をついて背中や腰へ衝撃を与える。
クリフハンガー
ファレが使用するダイビングラリアットの名称でエアリアルムーブの一つ。
ショルダータックル
バックボーンとその巨体を活かし、格上の選手との打撃合戦の際はほぼ打ち勝っている。時折使用するジャンピング式はチェンジ・オブ・ペースの一つとされている。
ジャンピング・ヘッドドロップ
ロープに跳び仰向けになった相手の肩口に頭を叩きつける。

入場テーマ曲 [編集]

  • Let's get crazy

関連項目 [編集]

外部リンク [編集]