Portal:交通史
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特集項目秀逸な記事 小辺路は弘法大師によって開かれた密教の聖地である高野山と、熊野三山の一角である熊野本宮大社とを結ぶ道である。熊野古道の中では、起点から熊野本宮大社までを最短距離(約70キロメートル)で結び、奥高野から果無山脈にかけての紀伊山地西部の東西方向に走向する地質構造を縦断してゆく。そのため、大峯奥駈道を除けば最も厳しいルートである。(→#自然誌参照) 近世以前の小辺路は紀伊山地山中の住人の生活道路であり、20世紀になって山中に自動車の通行できる道路が開通してからも、おおよそ昭和30年代までは使用され続けていた。そうした生活道路が、熊野と高野山を結ぶ参詣道として利用されるようになったのは近世以後のことであり、小辺路の名も近世初期に初出する。小辺路を通行しての熊野ないし高野山への参詣記録は近世以降のものが大半を占め、近世以前の記録もいくつか確認されているが少数である。(→#歴史参照) 高野山(和歌山県伊都郡高野町)を出発した小辺路はすぐに奈良県に入り、吉野郡野迫川村・十津川村を通って柳本(十津川村)付近で十津川(熊野川)に出会う。柳本を発って果無山脈東端にある果無峠を越えると和歌山県側に入り、田辺市本宮町八木尾の下山口にたどり着く。ここから……続きを読む 関所の記事 栃本関所(とちもとせきしょ)は、 武蔵・甲斐の間を通じる雁坂峠を越す秩父往還で武州に置かれた山間部の関所である。現在の埼玉県秩父市大滝村栃本に相当する。菅平宿に接していることから、別称に菅平関がある。 栃本関所の番頭は大村家が勤めていた。 戦国時代は、敵の侵攻に対する要衝とされていたが、江戸時代には警備となっていた。栃本関所は、江戸時代成立以前は軍事的な警備を目的としたが、江戸時代には、「入鉄炮出女」の監視の役割を果たした。また、栃本の奧にあった真の沢・股の沢・小荒川の金山の監視が重要な役割であった。 寛永8年(1631年)栃本関所の警備強化のため、武州麻生村と甲州河本村に加番所が設置され、麻生加番所、川浦加番所とされた。関守は、栃本・上中尾・下納・大久保の四組が栃本関所・麻生加番所の警備を勤めた ……続きを読む |
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