島田裕巳宅爆弾事件

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島田裕巳宅爆弾事件(しまだひろみたくばくだんじけん)は、1995年平成7年)3月東京で発生した爆発事件である。一連のオウム真理教事件のひとつ。

概要[編集]

1995年平成7年)3月19日午後7時25分頃、東京都杉並区マンションの1階玄関出入口ガラスドアで時限式起爆装置が爆発した。

その後の捜査で、オウム真理教信者らが同教団に好意的とされた宗教学者日本女子大学元教授・島田裕巳の(以前住んでいた)自宅マンションを爆破したことが判明する。反オウムの者による犯行に見せかけた自作自演行為で、地下鉄サリン事件直前のリムジン謀議で東京総本部火炎瓶事件と共に実行が決定され、警察の捜査を撹乱することを目的としていた偽旗作戦であった。井上嘉浩が主体となって実行したが、井上によると計画を提案したのは青山吉伸であるという(火炎瓶事件は井上が提案)[1]

この事件では井上嘉浩山形明平田信の他、陸上自衛隊第1空挺団3等陸曹(火炎瓶事件にも関与)を含む数名が爆発物取締罰則違反容疑で逮捕起訴されて有罪となった。平田は2012年(平成24年)2月に起訴され、オウム真理教事件では初めて裁判員裁判で審理されることになった[2]

また、同容疑で2004年平成16年)7月に石川公一が逮捕されたが、警察庁長官狙撃事件の捜査を目的とした別件逮捕であり、後に釈放され、不起訴処分となった。

脚注[編集]

  1. ^ 降幡賢一『オウム法廷2 下』 p.129
  2. ^ 併せて平田が起訴された事件である公証人役場事務長逮捕監禁致死事件(逮捕監禁罪)、オウム真理教東京総本部火炎瓶事件(火炎びん処罰法違反)は罪状自体は裁判員裁判の対象外であったが、島田裕巳宅爆弾事件(爆発物取締罰則違反)は裁判員裁判の対象であったため、平田の裁判で3事件が裁判員裁判となった。

参考文献[編集]

  • 『オウム法廷2 下』(朝日新聞社 1998年)