滝本太郎弁護士サリン襲撃事件

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オウム真理教 > オウム真理教事件 > 滝本太郎弁護士サリン襲撃事件

滝本太郎弁護士サリン襲撃事件(たきもとたろうべんごしさりんしゅうげきじけん)とは、1994年5月9日に発生したオウム真理教信者による殺人未遂事件VXボツリヌス菌による襲撃についても記述する。

概要[編集]

この事件の被害者である滝本太郎弁護士は、1989年11月に失踪(後にオウム真理教による殺害と判明)した坂本堤弁護士に代わり、オウム真理教被害者対策弁護団の中心人物として教団に対する訴訟を行う傍ら、信者に対するカウンセリングを行っていた。滝本は「空中浮揚なら自分でもできる」と、自ら空中浮揚した写真を信者に見せていた。この写真は滝本が自宅の和室で蓮華座を組み、ジャンプしているのを妻が這いつくばって撮影した。彼が手がけた信者は、ほとんど全員が脱会した。

オウム側は滝本に対し通勤経路にオウムのポスターを貼る、事務所近くに車を並べるなどの嫌がらせを行っていたが[1]、ついに麻原彰晃は「サマナを無理やり下向させている滝本という弁護士がいる。明日もその関係で甲府で裁判がある。滝本に魔法を使う。」と滝本を魔法=サリンで殺害するよう指示した[2]。裁判で青山吉伸富永昌宏らは、「魔法」はLSDだと思っていたとして殺意を否認した[3]

遠藤誠一中川智正池田大作サリン襲撃未遂事件で車の中にサリンが入ってきたことを参考に、アンモニアを使って実験を行い、車のフロントガラスにかけるのが効果的であると報告した[2]。麻原曰く「B型女性はためらわない」[2]ということで、麻原の愛人のマハームドラー・ダーキニー(犯行当時17歳)[4]が実行役に選ばれた。

1994年5月9日、甲府地方裁判所で行われた上九一色村住人とオウム真理教の民事訴訟で住人側からは滝本が、オウム真理教からは青山が出廷した。青山は滝本の車(三菱・ギャラン)を見つけ、青山の運転手である富永を通じ、裏側駐車場に停めた日産・パルサー内に隠れている遠藤、中川、マハームドラー・ダーキニーに連絡した[2]

マハームドラー・ダーキニーは法廷が開廷している隙に、裁判所駐車場駐車していた滝本の車のフロントガラスとボンネットの間に遠沈管サリン約30ccを流し込んだ[5]

滝本は閉廷後運転中に一時眼の前が暗くなるなど視力が弱まる被害を受けるも、前のめりになって運転し、また空気を入れない設定にしていたこともあり命に別状もなく難を逃れた。その後くも膜下出血ではないかと考え診察を受けたこともあった[5][6]。もともと滝本の視力はあまり良くなくメガネを着用していたため、一連のオウム真理教事件が発覚するまで、気が付かなかったという。

その後オウム側は高橋克也が事務所に電話をかけ滝本が生きていることを確認し、井上嘉浩は効果が無いことを示す「サクラ散る」の暗号の電話を麻原に送信。

これを受け麻原は「そうか、サクラが散ったか。いつになったら夢が叶うんだろうか」とボヤいたという[7]

その後[編集]

VXによる毒殺未遂[編集]

1994年9月、デパートで購入したポマードと混ぜたVX溶剤を車のドアノブに塗布されたが手袋をはめていたので吸収されず害はなかった[8]。10月に井上嘉浩らが再度VXで襲撃に向かったが警察官がいたので中止された[2]

ボツリヌス菌による毒殺未遂[編集]

1994年11月4日(坂本堤の命日)、オウムから脱会脱走した両親の施設に取り残されていた子供(2歳)の脱会交渉(青山吉伸林郁夫が出席)が行われた富士宮市の旅館でボツリヌス菌が塗られたコップでジュースを飲んだが、ボツリヌス菌が上手く培養出来ていなかったため健康被害はなかった[9]。林は、遠藤誠一の話ではボツリヌス菌を飲んでも下痢程度とのことで、殺意は無かったとしている[10]

これは奇跡的と言われているが、一方で滝本弁護士は過去に宗教団体に関わる仕事を経験していた事や、オウムと関わるうちに危険な宗教団体だと勘付いていた事から、オウム信者を信用しておらず、オウム信者やその家族と接する際には常に使い捨ての手袋やマスクを着用する、出された食べ物には手をつけない、飲み物も一口舐める程度にするなどの自己防衛を怠っていなかったことが大きかったといえる。

なお、滝本弁護士の家族は全国各地に分かれて避難しており、被害を受けることは無かった[1]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 毎日新聞社会部『オウム「教祖」法廷全記録6』 p.55
  2. ^ a b c d e 松本智津夫被告 法廷詳報告 林郁夫被告公判カナリヤの会公式サイト
  3. ^ 降幡賢一『オウム法廷7』 p.268
  4. ^ 1996年2月に逮捕され、東京家庭裁判所に送致。殺意が認定されず不処分
  5. ^ a b 平成7合(わ)148 殺人,同未遂,犯人蔵匿被告事件 平成14年10月11日 東京地方裁判所
  6. ^ 「備忘録-サリン事件の真実」 滝本太郎ブログ
  7. ^ 江川紹子『魂の虜囚』 p.330
  8. ^ 「資料-滝本車両 VX」 滝本太郎ブログ
  9. ^ 「脱会とは-10」 滝本太郎ブログ
  10. ^ 降幡賢一『オウム法廷3』 p.130

関連項目[編集]