横山真人

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
横山真人
誕生 (1963-05-16) 1963年5月16日(55歳)
神奈川県伊勢原市
ホーリーネーム ヴァジラ・ヴァッリィヤ
ステージ 正悟師
教団での役職 科学技術省次官
入信 1988年2月
関係した事件 地下鉄サリン事件
判決 死刑(上告棄却)

横山 真人(よこやま まさと、1963年5月16日 - )は、オウム真理教元幹部。確定死刑囚神奈川県出身。ホーリーネームヴァジラ・ヴァッリィヤ

教団内でのステージは師長だったが、地下鉄サリン事件3日前の尊師通達で正悟師に昇格した。教団が省庁制を採用した後は科学技術省次官の一人となる。

地下鉄サリン事件の実行犯の1人。サリンを散布した車両では死者を出さなかったが、共同正犯として裁かれ、2007年に死刑が確定した。

来歴[編集]

神奈川県伊勢原市で市役所勤務の公務員の長男として生まれる。大人しく無口な子供だった。1986年東海大学工学部応用物理学科卒業。在学中は太陽電池などのクリーンエネルギー開発を専攻した。卒業後は沖電線へ就職したが、「自分の製作した機械が導入されることによって合理化でリストラが出るのでは」と罪悪感を抱いていた[1]

1988年2月、書店で手に取った麻原彰晃の著書『マハーヤーナ・スートラ』を1日で完読し感銘を受け、翌日にはオウム本を大量に購入。「真理を追究することに生きがいを感じた」と、『マハーヤーナ・スートラ』を読んでから僅か10日後に入信した[2]1989年5月15日に教団で偉くなるため修行に励みたいと、家族と相容れぬまま縁を断ち出家した[3][2]

教団内では「自分に与えられた作業を黙々とやる、非常に誠実で実直」「明るくて話しやすい、紳士的な穏やかな感じの人、ワークには黙々と努力するタイプ」「真面目で責任感が強く、不平不満を言わない、頼れる存在」と信頼されていた[1]

村井秀夫の運転手や、機械の修理などをしていたが[2]、教団の武装化路線に伴い、AK-74自動小銃の製造を任された(自動小銃密造事件)。のちに地下鉄サリン事件共犯になる広瀬健一豊田亨と共に行ったが、世間話も一切しないで作業に取り組んでいた[2]。人付き合いを好まずワークに篭りがちで、松本サリン事件が起きたことや、自分の所属する科学技術省の次官が誰かも知らなかった[4]

地下鉄サリン事件においては、東京メトロ丸ノ内線池袋行き列車でのサリン散布実行犯となった。「強制捜査を阻止するために警察官を狙う」と言われていたのに、いざ地下鉄に乗車すると、周りの乗客は警察官でなくごく普通のサラリーマンばかりで「なぜ普通の人たちにサリンを撒かないといけないのだろうか」と疑問に思ったという[2]。結果的にサリン1袋しか穴をあけることができず、横山がサリンを散布した車両では約200人の重傷者を出したが、唯一死者を出さなかった。

32歳の誕生日当日に逮捕され[5]、地下鉄サリン事件、自動小銃密造事件で起訴された。取調官から、麻原の写真を踏まさせられたこと[6]取調官に暴行され歯が折れたこともあり、「このような暴力に屈して話をするような私ではありません、ここにはだれも信用できる人はいません、もう今後は一切しゃべりたくありません。」[1]として自らが事件を語ることはほとんどなかった。

1999年9月30日の第一審では、地下鉄サリン事件では横山自身がサリンを散布した車両では死者を出さなかったが、地下鉄サリン散布計画の内容全体を熟知し関与したことを裁判所は重視し、地下鉄サリン事件全体の関与者の一人として殺人罪が適用され、オウムへの帰依心を表明していたこともあって[2]死刑判決を受けた[7]。一審判決後、弁護団に「死刑の方が被害者に納得してもらえる」と述べた。その後、2003年5月19日控訴審でも死刑判決を受けた[8]。その後最高裁上告したが、2007年7月20日に最高裁は上告を棄却。死刑が確定した。オウム真理教事件で死刑が確定するのは3人目である。地下鉄サリン事件の実行犯で死刑が確定したのは初めてであった[9]

死刑確定後[編集]

2018年(平成30年)3月14日までは、横山を含め、オウム真理教事件の死刑囚13人全員が、東京拘置所に収監されていた[10][11][12][13]。しかし、2018年1月、高橋克也の無期懲役確定により、オウム事件の刑事裁判が終結した[10][13]

オウム裁判終結に伴い、同年3月14日、麻原彰晃を除く死刑囚12人のうち、7人について、死刑執行設備を持つほかの5拘置所(仙台拘置支所名古屋拘置所大阪拘置所広島拘置所福岡拘置所)への移送が行われた[10][11][12][13][14]。横山は同日付で、岡崎一明とともに、名古屋拘置所に移送された[14]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c 平成12(う)682 殺人等被告 平成15年5月19日 東京高等裁判所 棄却 東京地方裁判所
  2. ^ a b c d e f 佐木隆三「大義なきテロリスト」p.216-p.233
  3. ^ 降幡賢一『オウム法廷8』 p.56
  4. ^ 降幡賢一『オウム法廷8』 p.328
  5. ^ 平成7(合わ)146 平成11年9月30日 東京地方裁判所
  6. ^ 2015年2月5日地下鉄サリン事件から20年:オウムの現在とカルトからの脱出」 西田公昭立正大教授・滝本太郎弁護士・山口貴士弁護士
  7. ^ 地下鉄サリン事件で横山被告に死刑判決 毎日新聞 1999年9月30日
  8. ^ オウム横山被告に2審も死刑判決・東京高裁
  9. ^ 元オウム:横山被告の死刑確定へ 地下鉄サリン散布役で初
  10. ^ a b c “【オウム死刑囚】中川智正らオウム死刑囚7人を移送 執行施設ある5拘置所に分散か(1/2ページ)”. 産経新聞 (産業経済新聞社). (2018年3月14日). オリジナル2018年3月15日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180315132452/http://www.sankei.com/affairs/news/180314/afr1803140030-n1.html 2018年3月15日閲覧。 
  11. ^ a b “【オウム死刑囚】中川智正らオウム死刑囚7人を移送 執行施設ある5拘置所に分散か(2/2ページ)”. 産経新聞 (産業経済新聞社). (2018年3月14日). オリジナル2018年3月15日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180315132503/http://www.sankei.com/affairs/news/180314/afr1803140030-n2.html 2018年3月15日閲覧。 
  12. ^ a b “【オウム死刑囚】移送7人は新実智光、林泰男、早川紀代秀、井上嘉浩、岡崎一明、横山真人、中川智正の各死刑囚(1/2ページ)”. 産経新聞 (産業経済新聞社). (2018年3月14日). オリジナル2018年3月15日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180315132717/http://www.sankei.com/affairs/news/180314/afr1803140037-n1.html 2018年3月15日閲覧。 
  13. ^ a b c “【オウム死刑囚】移送7人は新実智光、林泰男、早川紀代秀、井上嘉浩、岡崎一明、横山真人、中川智正の各死刑囚(2/2ページ)”. 産経新聞 (産業経済新聞社). (2018年3月14日). オリジナル2018年3月15日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/save/http://www.sankei.com/affairs/news/180314/afr1803140037-n2.html 2018年3月15日閲覧。 
  14. ^ a b “オウム死刑囚7人の移送完了 法務省「共犯分離が目的」”. 共同通信 (共同通信社). (2018年3月15日). オリジナル2018年3月15日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180315131539/https://this.kiji.is/346901239646405729 2018年3月15日閲覧。 

関連事件[編集]