井上嘉浩

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井上 嘉浩
誕生 (1969-12-28) 1969年12月28日
日本の旗 日本 京都府京都市右京区
死没 (2018-07-06) 2018年7月6日(48歳没)
日本の旗 日本 大阪府大阪市都島区大阪拘置所
ホーリーネーム アーナンダ
ステージ 正悟師
教団での役職 諜報省長官
入信 1986年
関係した事件 VX事件
公証人役場事務長逮捕監禁致死事件
地下鉄サリン事件
判決 無期懲役 → 死刑(執行済み)
現在の活動 死亡(刑死)

井上 嘉浩(いのうえ よしひろ、1969年12月28日 - 2018年7月6日)は、元オウム真理教幹部。元死刑囚京都府京都市右京区出身。ホーリーネームアーナンダ。教団内でのステージは正悟師。

来歴[編集]

幼少期はドキュメンタリー番組が好きで世界の貧困問題やの殺処分問題に関心があり、NHK新宗教と若者をテーマにしたドキュメンタリー番組に出演したこともある。父は真面目な性格であったが家でもくつろげず、夫婦喧嘩をよく起こし、父のような生き方をしても幸福はないと感じた。母は自殺未遂をしたこともあった[1][2]武道ヨーガ阿含宗を経て高校2年の頃(1986年)オウム神仙の会のセミナーに参加し麻原彰晃の姿に感銘を覚え、麻原を理想的な親のように感じた。

1988年京都の私立洛南高等学校を卒業し、3月1日に出家。親と麻原との交渉では大学を出てから出家する予定であり、日本文化大学法学部へ入学するが麻原の指示で中退。後に井上は大学を出ていないので教団内では重要な立場に無かったと主張したが、もっとも本人も大学に行く気は無く卒業即出家したがっていたという[1][3]。その後母親もオウムの在家信者となる[4]

1990年石垣島セミナーの頃からヴァジラヤーナの非合法路線に関与する[5]。私立探偵目川重治から盗聴技術を教わったこともあるとされ[6]、教団が省庁制を採用した後は諜報省(CHS)長官として盗聴誘拐不法侵入などを実行、駐車場経営者VX襲撃事件会社員VX殺害事件被害者の会会長VX襲撃事件公証人役場事務長逮捕監禁致死事件地下鉄サリン事件など一連のオウム真理教事件に関与する。新宿駅青酸ガス事件東京都庁小包爆弾事件には首謀者として関わった。地下鉄サリン事件の3日前の尊師通達で正悟師に昇格した。

公証人役場事務長逮捕監禁致死事件で特別指名手配されていたが、1995年5月15日秋川市(現:あきる野市)で発見され、公務執行妨害の疑いで、豊田亨と共に現行犯逮捕される。乗っていた車の中から東京都庁小包爆弾事件島田裕巳宅爆弾事件で使われた爆発物の原料となる物質が発見された。

1995年12月26日付で、オウム真理教から脱会したとして、サマナや信徒宛にメッセージを出し、脱会を促す。メッセージの中では「グルの意思」の名の下になした修行の結果、生じた犯罪行為によって身体は拘束されているが、心は以前よりもずっと自由である旨が記されていた。さらに、教団で培った様々な観念は崩れ去り、覚醒を得ようとするなら「最終解脱者」や「救済者」は必要がない、「尊師」も「正大師」も「サマナ」もそんな階級などいらない、教団など何一つとして必要ないと言い切った[7][8]

裁判[編集]

裁判ではオウム事件を反省する態度を見せたが、自分が重用されていなかったと主張し責任を矮小化・転嫁する傾向があり、証言の信憑性に疑問が持たれた[9]。第一審では死刑求刑されたが、目黒公証役場事務長事件では逮捕監禁罪を認めたが逮捕監禁致死罪を認めず、地下鉄サリン事件では連絡役に留まるとして2000年6月6日東京地裁無期懲役判決を受けた。オウム真理教事件において死刑求刑に対して無期懲役判決が言い渡されたのは初めてであった。

だが検察控訴。さらに新実智光も「今の井上君は『蜘蛛の糸』のカンダタと同じだ」として、地下鉄サリン事件で井上がかなり重要なポジションにあったこと、島田裕巳宅爆弾事件の直後に井上が「やったやった、この事件は新聞に載るくらいの事件だ」と喜んでいたことなどを証言し始めた[10]。これ以前にも井上の部下で運転手だった井田喜広が、井上が坂本堤を「バカなやつ」「悪業だから一家全員をポアした」、薬剤師リンチ殺人事件の被害者を「すごく汚かった」「断末魔がすごい」と面白がっていたと証言したり、遠藤誠一が「井上はよく嘘をつく」「麻原からアーナンダは死に神をも騙すと言われていた」と証言するなど[11]、麻原追及の急先鋒を演じる井上の立場は揺らいでいた[12]

控訴審(東京高裁、2004年5月28日)では目黒公証役場事務長事件の逮捕監禁致死罪を認め、地下鉄サリン事件の現場指揮者ではないが総合調整役として無差別大量殺人に重要な役割を担ったことが認定され、一審判決が破棄されて死刑判決を言い渡された。2009年12月10日上告棄却2010年1月12日に上告審判決に対する訂正申し立てが棄却され[13]、死刑が確定した。オウム真理教事件で死刑が確定したのは9人目。

死刑確定後[編集]

2018年(平成30年)3月14日までは、井上を含め、オウム真理教事件の死刑囚13人全員が、東京拘置所に収監されていた[14][15][16][17]

しかし、2018年1月、高橋克也の無期懲役確定により、オウム事件の刑事裁判が終結した[14][17]。このことから、同年3月14日、麻原彰晃を除く死刑囚12人のうち、7人について、死刑執行設備を持つほかの5拘置所(宮城刑務所仙台拘置支所名古屋拘置所大阪拘置所広島拘置所福岡拘置所)への移送が行われた[14][15][16][17][18]

井上は、新実智光とともに、2018年3月14日付で、大阪拘置所に移送された[18]。移送翌日にあたる2018年3月15日、「死刑回避のためではなく、事実は違うことを明らかにしたい」と東京高裁に再審を請求した[19][20]

2018年7月6日午前、大阪拘置所にて死刑が執行された[21]。両親により2日後に荼毘に付され、浄土真宗の寺で葬儀が営まれている[22][23]。最期の言葉は「まずはよし」[24]。48歳没。再審請求の手続きは終了した。

死刑確定後開かれた共犯者の裁判員裁判での主な証言[編集]

公証人役場事務長殺害説[編集]

死刑確定後の2011年に井上は公証人役場事務長逮捕監禁致死事件の被害者(事務長)の長男に関係者を介して手紙を出した。その内容は、これまで事務長の死因を麻酔薬の副作用と述べていたが、それは事実ではなく、中川智正(当時医師)が故意に殺害した可能性がある、というものだった。しかし、この時点での捜査機関の対応はなかった。

その後2012年1月に平田信が、6月には高橋克也が逮捕され、両名は公証人役場事務長事件に関与していたため、同事件の捜査が再開された。井上の新主張(後述するように井上は「新主張」ではないとも主張しているが、その裏付けは示されていないので「新主張」と表記する)を裏付ける証拠や共犯者の供述はなく、井上が事件発生から16年以上経って自分の過去の証言や供述を覆したこともあり、検察庁の認定は麻酔薬の副作用による死亡ということで変わらなかった。

平田の一審裁判員裁判では、平田が逮捕監禁罪(「致死」はついていない)で起訴されていたこともあり、事務長の死因は争点にならなかった。判決は事務長の死因を麻酔薬の副作用と認定し、井上の証言について「死因について突然新たな供述をするなど、証言は誇張や記憶の混同があるのではないかとの疑問が残る」と指摘している[25]。井上の新主張は採用されないまま、2016年1月13日に最高裁は平田の上告を棄却、確定した[26]

高橋克也の一審裁判員裁判では高橋が逮捕監禁致死罪で起訴されていた上、弁護側が事務長の死因について争ったため、これについて詳しい審理が行われた。「中川が故意に事務長を殺害した可能性がある」との井上の証言に対し、中川は否定したほか、共犯者で元医師の林郁夫は、井上の証言に対して「あり得ない」と証言し、他の共犯者も井上の証言を否定した。2015年4月30日の高橋に対する一審判決は、「井上の証言はその内容が突飛である上に、これに沿う関係者の証言もない」「井上の証言はそのまま信用できないというほかにない」、他方、中川の証言は他の共犯者の「証言などにより支えられている」として事務長の死因を麻酔薬の過量投与による事故と認定し、井上の新主張を採用しなかった[27]。2016年9月7日の高橋に対する控訴審判決も一審判決を支持し、井上の新証言を採用しなかった[28]

井上が新主張を行った理由については、事務長の長男が「これまでの説明とあまりにも違い、すべてを信じることはできない。再審のための証言ではないかと受け止めた」と語っているとおり、中川が井上と無関係に被害者を殺害したのであれば被害者に対する井上の責任は軽くなるため、再審請求が目的だったのではないかと指摘する報道も存在する[29][30]

なお、井上は、中川が事務長を殺害した可能性があるとの話は、自身の一審の段階から弁護人に話しているが弁護人から他に話すことを止められた、とも証言している[31]

菊地直子との対立[編集]

東京都庁小包爆弾事件への関与が問われた菊地直子の一審裁判員裁判で、井上は、小池泰男から手伝いの信者について逮捕される覚悟があるかどうか了解を取るよう求められ、井上が女性信者2人の了解を、中川が菊地の了解をそれぞれ得ることとなった旨や、井上が菊地に爆薬を見せねぎらいの言葉をかけた際に彼女が驚かなかった旨を証言した。一方で中川は、自分が菊地に逮捕される覚悟の有無を確認するという話は記憶がなく、自分は井上らに対し、菊地は「何も分かってないからよろしく」と言ったと証言した。2014年6月30日、東京地裁は井上の証言を信用できるとし、それを菊地が事件を起こすことを認識していた根拠の一つとして、菊地に懲役5年を宣告した。

その後、二審東京高裁は2015年11月27日に判決の中で、井上の証言について、「多くの人が当時の記憶があいまいになっているなか、証言は不自然に詳細かつ具体的」でその信用性は慎重に判断されるべきであると述べ、二審で事実調べした結果によれば井上らは他に重要な役割を担って本件居室(八王子市のアジト)に出入りしていた女性信者2名に対しても活動の目的を秘匿していたと認められる、菊地はクシティガルバ棟での土谷正実の助手であって井上の部下ではなく教団内におけるステージとしても一般信者の2つ上である師補というステージ立場にあったに過ぎず、この菊地に対し井上が殊更に爆薬を見せてねぎらったというのは不自然と言わざるを得ない、などとして、井上の証言よりも中川の証言を信用できるとし、菊地に対する一審懲役5年を破棄して改めて無罪判決を言い渡し[32][33]2017年12月最高裁もこれを支持、無罪が確定した。

その他[編集]

この他、井上と中川の主張は地下鉄サリン事件に使われたサリンの原料を誰が持っていたのかについても対立している(ジフロ問題)。中川は、井上の一審判決間際に、サリン原料が井上の使っていた東京杉並のアジトで保管されていたことを暴露し、高橋克也の一審公判の中でも井上による保管の様相を詳細に語っている。井上はこれを否定し、中川が持っていたと主張している[34][35]。この食い違いについて、中川は2014年5月14日の菊地直子一審公判において、「(井上死刑囚は)過去の裁判で対立した私に対して意地になって、反対のことを言おうとしている」とした上で「井上君の言っていることは事実ではない」と証言した[36][37]

このような井上と他の幹部の主張の食い違いは、中川との間のみにあるのではない。重要事件における自らの立場は補佐役にすぎなかったと主張する井上は、新実智光とはVX事件でどちらが主導的だったのかについて[34]、また、小池泰男とは地下鉄サリン事件の運転手役をどちらが指名したのかについて、真っ向から対立している[38]

人物像[編集]

  • 麻原と話し方や動きがそっくり[2]
  • 高校時代、学校でもヘッドホンオウム真理教の音楽を聞いていた[2]
  • 勧誘が得意で「導きの天才」と呼ばれた[39]。井上が入信させた信者は1000人以上という説もある[40]。在家信徒に入会金や会費を負担させ、その家族や友人などを同意を得ずに名義だけの会員にさせる「黒信徒」を作り、獲得信者数を増やしていた[41]。ある女性信者は法廷で「麻原はくそじじいだが、井上は好きで好きでたまらない」と語っている[42]。また、教団内では中村昇と並ぶプレイボーイと言われた[43]。教団東京青山道場は「アーナンダワールド」で、女性の大半は井上の手下だったという[44]。オウムの他では政治活動家の外山恒一が同世代の井上に思い入れがあり、処刑される前に革命政権をつくって救出したかったという[45]
  • 麻原からぞんざいな扱いを受けることが多々あったと語る。
    • 非常に信心深く、修行に際しては同じ行を繰り返し行うことで知られていたことがワイドショーに出演した元信者の告白などで語られている。ワイドショーでは水中クンバカの行を行い、5分30秒も水中で結跏趺坐を組み続ける姿も放映された。しかし麻原から返ってきた言葉は「何を怖がってんだよ」だった。
    • 手記によると[1]、19歳のとき教団で禁じられている恋愛を行ってしまい、8月の炎天下にコンテナ内で4日間の断水断食を命じられ死にかける。なお、井上は性欲の破戒をしたことは認めつつも童貞であると主張[46]
    • 20歳のときには突然ステージを下げられたうえに修行を命じられた。瞑想修行中に麻原の妻である松本知子から「眠っている」としつこく注意されたが、「私は起きている」と反論すると、麻原から「どこまで歪んだ根性をしてやがるんだ。このバカたれが!」と言われカーボン製の竹刀で50回ほど打擲され、2週間ほど記憶が無くなった。
    • 21歳のときには「お前が救済の邪魔なんだ。お前は単なる駒なんだ。何で言われた通りのことができないんだ、バカ者めが。もう一度言う、邪魔なんだ。お前は駒通りやればいいんだ」と言われたという。
    • 地下鉄サリン事件の際にもサリン到着が遅かったため東京から上九一色村に独断で移動し叱責されている[47]
    • うまかろう安かろう亭にあったカラオケで麻原が女性信者とキャッキャしながらカラオケをしているのを見てのちに「VXをかけてやりたかった」と述べている。
    • 各省庁の大臣クラスのステージは正大師、正悟師、菩師長が大半だったが、井上は1995年3月まで異例の愛師長の最高幹部だった。
  • 逮捕後、飯田エリ子ラブレターまがいの替え歌などを送った。公証人役場事務長逮捕監禁致死事件で井上の立場を支持するよう揺さぶりをかけるためともいわれる[48]
  • 拘置所内で自殺を図ったことがある[49]
  • 尾崎豊のファンだった。「オウムに入った若者たちの心境は尾崎豊の歌の心境に近い」と語っている[50]

俺たちは本当に幸せなのかな?
この世界、金さえあれば何もかも手に入ると考えている大人たち
朝夕のラッシュアワー
時につながれた中年達
夢を失い
ちっぽけな金にしがみつき
ぶらさがっているだけの大人達
工場の排水が
川を流れていくように
金が人の心を汚し
大衆を飢え死にさす

時間に
おいかけられて
歩き回る一日がおわると
すぐつぎの朝
日の出とともに
逃げ出せない
人の渦がやってくる

救われないぜ
これがおれたちの明日ならば
逃げ出したいぜ
金と欲だけがある
このきたない
人波の群れから
夜行列車にのって

— 井上が中学三年生の時の宿題で描いた絵「願望」より[51]

関連事件[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 手記 - Compassion カルトを抜けて罪と向き合う 井上嘉浩
  2. ^ a b c 「井上容疑者と諜報省 オウム青年将校」AERA 1995年5月22日
  3. ^ 降幡賢一『オウム法廷9』 p.32, 67
  4. ^ 『オウム法廷9』 p.34
  5. ^ 『オウム法廷9』 p.71
  6. ^ 目川重治『目川探偵の事件簿 - 京都の秘密調査報告書 データハウス』 1995年 p.17-18
  7. ^ オウム真理教とあの時代Facebook(井上嘉浩の手紙全文)
  8. ^ 『宝島30』1996年3月号(宝島社
  9. ^ 降幡賢一『オウム法廷9』 p.233
  10. ^ 降幡賢一『オウム法廷12』 p.230-235
  11. ^ 降幡賢一『オウム法廷5』 p.53
  12. ^ 降幡賢一『オウム法廷5』 p.42
  13. ^ “オウム事件、井上被告の死刑確定 9人目”. 共同通信. (2010年1月13日). オリジナル2013年5月14日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130514222921/http://www.47news.jp/CN/201001/CN2010011301000753.html 2010年1月14日閲覧。 
  14. ^ a b c “【オウム死刑囚】中川智正らオウム死刑囚7人を移送 執行施設ある5拘置所に分散か(1/2ページ)”. 産経新聞 (産業経済新聞社). (2018年3月14日). オリジナル2018年3月15日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180315132452/http://www.sankei.com/affairs/news/180314/afr1803140030-n1.html 2018年3月15日閲覧。 
  15. ^ a b “【オウム死刑囚】中川智正らオウム死刑囚7人を移送 執行施設ある5拘置所に分散か(2/2ページ)”. 産経新聞 (産業経済新聞社). (2018年3月14日). オリジナル2018年3月15日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180315132503/http://www.sankei.com/affairs/news/180314/afr1803140030-n2.html 2018年3月15日閲覧。 
  16. ^ a b “【オウム死刑囚】移送7人は新実智光、林泰男、早川紀代秀、井上嘉浩、岡崎一明、横山真人、中川智正の各死刑囚(1/2ページ)”. 産経新聞 (産業経済新聞社). (2018年3月14日). オリジナル2018年3月15日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180315132717/http://www.sankei.com/affairs/news/180314/afr1803140037-n1.html 2018年3月15日閲覧。 
  17. ^ a b c “【オウム死刑囚】移送7人は新実智光、林泰男、早川紀代秀、井上嘉浩、岡崎一明、横山真人、中川智正の各死刑囚(2/2ページ)”. 産経新聞 (産業経済新聞社). (2018年3月14日). オリジナル2018年3月15日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/save/http://www.sankei.com/affairs/news/180314/afr1803140037-n2.html 2018年3月15日閲覧。 
  18. ^ a b “オウム死刑囚7人の移送完了 法務省「共犯分離が目的」”. 共同通信 (共同通信社). (2018年3月15日). オリジナル2018年3月15日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180315131539/https://this.kiji.is/346901239646405729 2018年3月15日閲覧。 
  19. ^ 井上嘉浩死刑囚が再審請求 「事実は違う」と主張
  20. ^ オウム井上死刑囚が再審請求=仮谷さん事件「裁判やり直しを」
  21. ^ “麻原彰晃死刑囚ら7人死刑執行 早川・井上・新実・土谷・中川・遠藤死刑囚”. 産経新聞. (2018年7月6日). https://www.sankei.com/affairs/news/180706/afr1807060006-n1.html 2018年7月6日閲覧。 
  22. ^ “7人のうち5人の遺体が親族に オウム元死刑囚 - FNN.jpプライムオンライン” (日本語). FNN.jpプライムオンライン. https://www.fnn.jp/posts/00396062CX 2018年7月11日閲覧。 
  23. ^ “オウム 井上元死刑囚、執行直前「こんなことになるとは」|ニフティニュース” (日本語). ニフティニュース. https://news.nifty.com/article/domestic/society/12198-055693/ 2018年7月12日閲覧。 
  24. ^ “オウム 井上元死刑囚、執行直前「こんなことになるとは」”. TBS. (2018年7月11日). http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3418956.htm 2018年7月11日閲覧。 
  25. ^ 『毎日新聞』2014年3月8日朝刊「再開・オウム裁判:平田被告懲役9年 裁判員、悩み熟慮 食い違い証言、難しい 死刑囚尋問、制度考え」
  26. ^ オウム事件、平田被告の上告棄却 懲役9年確定へ 日本経済新聞 2016年1月15日
  27. ^ 東京地裁平二四合(わ)一三一号・同一五五号・同一七七号・同一八六号、平27・4・30刑六部判決『判例時報』2270 平成27年11月21日号、判例時報社
  28. ^ “元信者の高橋克也被告に2審も無期懲役 事実認定は終結”. 産経ニュース. (2016年9月7日). http://www.sankei.com/affairs/news/160907/afr1609070013-n1.html 
  29. ^ “「19年前の命題、今も~再開したオウム裁判に期待する」”. テレ朝ニュース. (2014年2月12日). http://news.tv-asahi.co.jp/boomerang/contents/details/0102/index.html/ 
  30. ^ 「○○さんは殺害」なぜ今 井上死刑囚 再審請求 準備中(東京読売新聞 2014年月4日朝刊第39面)記事名に被害者である事務長の実名が使われているため、この箇所を伏字とした。
  31. ^ 「生きて罪を償う」井上嘉浩さんを死刑から守る会HP
  32. ^ 『東京読売新聞』2015年11月28日朝刊「元オウム菊地被告、無罪 テロの認識、一転否定 控訴審判決」
  33. ^ 東京高裁平二六(う)一三三一号、平27・11・27刑八部判決
  34. ^ a b 江川紹子 「私が見たオウム幹部の罪と罰(後)」『週刊文春』2015年4月2日春の特大号、文藝春秋
  35. ^ “オウム裁判で分かったこと、残る謎”. Yahoo!ニュース. (2015年4月30日). http://bylines.news.yahoo.co.jp/egawashoko/20150430-00045208/ 
  36. ^ 日本経済新聞2014年5月15日朝刊「オウム都庁爆弾事件、菊地被告の犯意否定、中川死刑囚、元幹部で意見対立」
  37. ^ 中川智正「当事者が初めて明かすサリン事件の一つの真相」『現代化学』2016年11月号62-67頁、東京化学同人
  38. ^ 東京読売新聞1998年4月25日朝刊「松本智津夫被告第76回法廷詳細」
  39. ^ 『オウム真理教大辞典』 p.127
  40. ^ 瀬口晴義『検証・オウム真理教事件』 p.228
  41. ^ https://www.dailyshincho.jp/article/2018/04120800/?all=1&page=1 オウム「地下鉄サリン事件」死刑囚 再審請求は“生への執着ではない
  42. ^ 降幡賢一『オウム法廷 グルのしもべたち上』p.77
  43. ^ 松本聡香『私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか』 p.234
  44. ^ 佐木隆三『大義なきテロリスト』 p.316
  45. ^ 外山恒一ツイート
  46. ^ オウム井上死刑囚驚がくの「童貞宣言」 東京スポーツ
  47. ^ 松本智津夫被告 法廷詳報告 林郁夫被告公判 カナリヤの会
  48. ^ 江川紹子『魂の虜囚』 p.412
  49. ^ オウム真理教家族の会会長「接見で6人の死刑囚が見せた素顔」 (1/2) 〈週刊朝日〉 AERA dot. (アエラドット)
  50. ^ 『オウム法廷9』 p.39
  51. ^ 瀬口晴義『検証・オウム真理教事件』 p.228と降幡賢一『オウム法廷9』 p.37-38から引用。文章は両者で細部に差異があるたため、ここでは『オウム法廷9』をベースとして欠落部分を『検証・オウム真理教事件』で補っている