ヨーガ

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庭園に坐すヨーギー

ヨーガ: योग , yoga)とは、古代インドに発祥した伝統的な宗教的行法で、心身を鍛錬によって制御し、精神を統一して古代インドの人生究極の目標である輪廻転生からの「解脱(モークシャ)」に至ろうとするものである[1][2]ヨガとも表記される。漢訳は瑜伽(ゆが)。

北米などで流行しているフィットネス的なヨーガは宗教色を排した身体的なエクササイズとして行われているが、本来のヨーガはインドの諸宗教と深く結びついており、バラモン教ヒンドゥー教仏教ジャイナ教の修行法でもあった。現代ではインドのカトリック教会でもヨーガが取り入れられ、クリスチャン・ヨーガとして実践されている[3]

概説[編集]

森林に入り樹下などで沈思黙考に浸る修行形態は、インドではかなり古い時代から行われており、アーリヤ人侵入以前のインダス文明から行われていたらしいといわれている[4]仏教に取り入れられたヨーガの行法は中国・日本にも伝えられ、坐禅となった[† 1]ウパニシャッドにもヨーガの行法がしばしば言及され、正統バラモン教ではヨーガ学派に限られずに行われた[† 2]ジャイナ教でもヨーガの修行は必須であり、仏教の開祖である釈迦もヨーガを学んでいる[2]。祭儀をつかさどる司祭たちが神々と交信するための神通力を得ようと様々に開発した思想と実践法は、2~4世紀に六派哲学ヨーガ学派の根本経典『ヨーガ・スートラ』として、現在の形にまとめられたと考えられている。

ただし、現在ヨーガと呼ばれるものの多くは動的なものであり、人間の心理に重きを置く静的な古典ヨーガの流れではない。動的なヨーガは、肉体的・生理的な鍛錬(苦行)を重視し、気の流れを論じ、肉体の能力の限界に挑み、大宇宙の絶対者ブラフマンとの合一を目指すハタ・ヨーガ[2]のヴァリエーションである[6]。「ハタ」は「力、暴力、頑固」などを意味する[6]。ハタ・ヨーガはヨーガの密教版ともいうべきもので、12~13世紀のシヴァ教ナータ派のゴーラクシャナータ英語版(ヒンディー語でゴーラクナート)を祖とする[6]アーサナ(体位座法)や、プラーナーヤーマ(調息、呼吸法)、ムドラー(印相)などの身体的修練を重視した。ハタ・ヨーガはクンダリニー・ヨーガとも呼ばれ、その主張はヒンドゥー教のシヴァ派やタントラ仏教(後期密教)の聖典群(タントラ)、『バルドゥ・トェ・ドル(チベット死者の書)』の説と共通点が多く、プラーナ(生命の風、)、チャクラ(神経叢)、ナーディー(神経脈管)が重要な概念となっている[2]

なお、ヨーガは現代人の生活に入り込んでおり、洞窟潜水などにヨーガを取り入れているダイバーもいる。最近ではヨーガを取り入れるスポーツクラブもあるが、アメリカを経由したものが多く、元来のヨーガとは似て非なるものも多い。健康法として多くの効果が喧伝される一方、様々な危険性も指摘されている[7][8]

「ヨーガ」という言葉[編集]

ヨーガ (योग) は、「牛馬にくびきをつけて車につなぐ」という意味の動詞根√yuj(ユジュ)から派生した名詞で、「結び付ける」という意味もある[4]。つまり語源的に見ると、牛馬を御するように心身を制御するということを示唆しているようである。『ヨーガ・スートラ』は「ヨーガとは心の作用のニローダである」(第1章2節)と定義している[9](ニローダは静止、制御の意[10])。森本達雄によると、それは、実践者がすすんで森林樹下の閑静な場所に座し、牛馬に軛をかけて奔放な動きをコントロールするように、自らの感覚器官を制御し、瞑想によって精神を集中する(結びつける)ことを通じて「(日常的な)心の作用を止滅する」ことを意味する[4]

ヨーギニーの像、10世紀

日本では一般に「ヨガ」という名で知られているが、サンスクリットでは「यो」(ヨー)の字は常に長母音なので「ヨーガ」と発音される[† 3]仏教においては元のサンスクリットを漢字で音写して「瑜伽」(ゆが)と呼ぶか、あるいは意訳して「相応」とも呼ぶ(詳細は瑜伽の項参照)。

ヨーガの行者は日本では一般にヨーギーまたはヨギと呼ばれるが、ヨーガ行者を指すサンスクリットの名詞語幹は男性名詞としてはヨーギン (योगिन्)、女性名詞としてはヨーギニー (योगिनी) であり、ヨーギーはヨーギンの単数主格形(日本語にすると「一人の男性行者は」)に当たる[11]。現代日本ではヨーガを行う女性を俗にヨギーニと呼ぶことがあるが、前述のようにサンスクリットでは「ヨー」は常に長母音なので、女性名詞はヨーギニー (yoginī) であってヨギーニではない[12]

修行者は男性であった[† 4]タントリズムの性的ヨーガにおいて男性行者の相手となった女性はヨーギニーと呼ばれた[† 5]。南インドで、親が娘を神殿や神(デーヴァ)に嫁がせる宗教上の風習デーヴァダーシー(神の召使い)の対象となった女性もヨーギニーと呼ばれた[20]。彼女たちは伝統舞踊を伝承する巫女であり[21]神聖娼婦、上位カーストのための娼婦であった[20][22](1988年まで合法であった[20])。20世紀インドの女性ヨーガ行者としてはアーナンダ・マイー・マー英語版が有名である[23]

歴史[編集]

原始ヨーガ[編集]

紀元前2500~1500年頃の彫像

明確な起源は定かではないが、紀元前2500年-1800年のインダス文明に、その遠い起源をもつ可能性が指摘されている。同文明の都市遺跡のモヘンジョ・ダロからは、坐法を組み瞑想する神像や、様々なポーズをとる陶器製の小さな像などが見つかっている。

ヨーガという語が見出される最も古い書物は、紀元前800年-紀元前500年の「古ウパニシャッド初期」に成立した『タイッティリーヤ・ウパニシャッド』である。また、紀元前350年-紀元前300年頃に成立したとされる『カタ・ウパニシャッド』にはヨーガの最古の説明がある。

感官の確かな制御がヨーガである (『カタ・ウパニシャッド』6-11)

古典ヨーガ[編集]

パタンジャリの典型的な像

2世紀-4世紀ごろ、その実践方法が『ヨーガ・スートラ』としてまとめられ、解脱への実践方法として体系づけられた。編纂者はパタンジャリとされるが、彼のことはよくわかっていない。同書を根本教典として「ヨーガ学派」が成立した。同派は、ダルシャナ(インド哲学)のうちシャド・ダルシャナ(六派哲学)の1つに位置づけられている。

ヨーガ学派の世界観・形而上学は、大部分をサーンキヤ学派に依拠しているが、ヨーガ学派では最高神イーシュヴァラの存在を認める点が異なっている[2]。内容としては主に観想法(瞑想)によるヨーガ、静的なヨーガであり、それゆえ「ラージャ・ヨーガ」(=王・ヨーガ)と呼ばれている。その方法はアシュターンガ・ヨーガ(八階梯のヨーガ)と言われ、ヤマ(禁戒)、ニヤマ(勧戒)、アーサナ(座法)、プラーナーヤーマ(調気法、呼吸法を伴ったプラーナ調御)、プラティヤーハーラ(制感、感覚制御)、ダーラナー(精神集中)、ディヤーナ(瞑想、静慮)、サマーディ(三昧)の8つの段階で構成される[24][25]。 『ヨーガ・スートラ』では、ヨーガを次のように定義している。

ヨーガとは心素の働きを止滅することである (『ヨーガ・スートラ』1-2)
その時、純粋観照者たる真我は、自己本来の姿にとどまることになる (『ヨーガ・スートラ』1-3)[25]

後期ヨーガ[編集]

12世紀-13世紀には、タントラ的な身体観を基礎として、動的なヨーガが出現した。これはハタ・ヨーガ(力〔ちから〕ヨーガ)と呼ばれている。現在世界中に普及しているヨーガはこのハタ・ヨーガの方法である。内容としては難しい坐法(アーサナ)や調気法(プラーナーヤーマ)を重視し、超能力や三昧を追求する傾向もある。経典としては『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』、『ゲーランダ・サンヒター』、『シヴァ・サンヒター』がある。

他に後期ヨーガの流派としては、古典ヨーガの流れを汲むラージャ・ヨーガ、社会生活を通じて解脱を目指すカルマ・ヨーガ(行為の道)、人格神への献身を説くバクティ・ヨーガ(信愛の道)、哲学的なジュニャーナ・ヨーガ(知識の道)があるとされる[26]。後三者は19世紀末にヴィヴェーカーナンダによって『バガヴァッド・ギーター』の三つのヨーガとして提示された[27]

近代[編集]

科学的な研究は1920年代にインドマハーラーシュトラ州ロナワラ市に設立されたカイヴァルヤダーマ・ヨーガ研究所で開始され、インド中央政府はその後、8校の「ヨーガと自然療法医科大学」をはじめ30校を超える大学にヨーガ学科を設置してきている。その内の1つであるスワーミー・ヴィヴェーカーナンダ研究財団の教育部門は、インド中央政府人的資源管理省より2002年5月にヨーガ大学院大学として認定を受け、修士号博士号を発行している。

日本の状況[編集]

最初に瑜伽として日本にヨーガが伝わったのは、大同元年(806年)、より帰国した空海にまでさかのぼる。その後、真言宗や天台宗の「阿字観」等の密教行法として、現在に伝わっている。禅宗でいうは仏教の代表的な修行のひとつ「禅定」であるが、その原語はディヤーナ(禅那)で、ヨーガ・スートラ第2章に記述されるディヤーナと同語である。

現在巷で流行している健康法としてのヨーガは昭和時代に伝播したが、伝統的ヨーガを導入した新興宗教団体オウム真理教による一連の事件の影響で、一時下火になった。

だが2004年頃から健康ヨーガは再びブームとなり、ダイエット方法の1つとしてテレビで紹介されたり、CMで使用されることが増えた。フィットネスクラブなどでは、エアロビクスと同じようなスタジオプログラムの1つとして行なわれている。この流行はインドから直接流入したものではなく、アメリカ、特にニューヨークハリウッドでの流行が影響したものと考えられ、近年では同流行がインドへ逆輸入されている。

なお、伝統的ヨーガ系のグループには現在でも、イニシエーションを行なうなど宗教団体的側面を持つものもある。

内容[編集]

6つのチャクラの図、18世紀

主たる座法はパドマ・アーサナ(蓮華坐)である(結跏趺坐に相当)。

ヨーガは実践上、インド古来のチャクラ理論に依拠している。

人体内に大きな6または7つのチャクラ(चक्र、輪、車輪)と小さなチャクラがありそれを目覚めさせれば、またはクンダリニーを体内の脊椎にそって上昇させると悟りがひらけると一部の人たちは言うが、全くそういうことはない。実際は、タイティリーヤ・ウパニシャッドで説明される、生気レベル(プラーナーマヤ・コーシャ)の覚醒にすぎず、修行の「入り口」に立ったにすぎない。また、生気レベルの覚醒それ自体は霊格の向上をもたらさず、あくまでもカルマ・ヨーガの実践や世俗との係わりの中での人格の向上や、その他のヨーガを「総合的」に実践することにより、霊格は向上していくものと心得るべきである。[独自研究?]

7つのチャクラ[編集]

  1. ムーラーダーラ (मूलाधार)
  2. スワーディシュターナ (स्वाधिष्ठान)
  3. マニプーラ (मणिपूर)
  4. アナーハタ (अनाहत)
  5. ヴィシュッダ (विशुद्ध)
  6. アージュニャー (आज्ञा)
  7. サハスラーラ (सहस्रार)

種類[編集]

伝統的ヨーガ[編集]

ラージャ・ヨーガ (राज योग)[編集]

「ラージャ」は「王の」という意味である。「マハー(偉大な)・ヨーガ」とも呼ばれる。根本教典はパタンジャリの『ヨーガ・スートラ』(紀元後2-4世紀)。第2章29節は、ヨーガには以下の8部門があると説いている。

  1. ヤマ(禁戒)
  2. ニヤマ(勧戒)
  3. アーサナ座法
  4. プラーナーヤーマ(調気、調息)
  5. プラティヤーハーラ(制感)
  6. ダーラナー(凝念)
  7. ディヤーナ(静慮)
  8. サマーディ(三昧

その第2段階(ニヤマ)のうち、苦行、読誦、自在神への祈念の3つをクリヤー・ヨーガ(行事ヨーガ)という(『ヨーガ・スートラ』2:1)[28]。クリヤーは行為の意で、『ヨーガスートラ』でのクリヤー・ヨーガは準備段階に当たる。

これら8つの段階で構成されることから、ラージャ・ヨーガをアシュターンガ・ヨーガ(八支ヨーガ)[† 6]とも言う。

ヴィヴェーカーナンダは19世紀末にジュニャーナ、バクティ、カルマ、ハタを四大ヨーガとして、その総称をラージャ・ヨーガとしたが[29]、後にラージャ・ヨーガは第5のヨーガを指す言葉とされるようになった[30]。今日ではラージャ・ヨーガは『ヨーガ・スートラ』に示される古典ヨーガと同義とされる[31]。ただし、ラージャ・ヨーガという言葉の文献上の初出はハタ・ヨーガの教典『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』にある[† 7]

ハタ・ヨーガ (हठयोग)[編集]

ハタ・ヨーガを実践する人々。写真のなかのポーズのうち、頭立ち(逆立ち)のポーズは「シールシャ・アーサナ」といい、精神の調和と強化などの様々な効能により、古くからアーサナの王様と位置づけられている。

「ハタ」は「力」(ちから)を意味する。教義上、「ハ」は太陽、「タ」は月をそれぞれ意味すると説明されることもある[† 8][33]アーサナ(姿勢)、プラーナーヤーマ呼吸法)、ムドラー(印・手印や象徴的な体位のこと)、クリヤー/シャットカルマ(浄化法)、バンダ(制御・締め付け)などの肉体的操作により、深い瞑想の条件となる強健で清浄な心身を作り出すヨーガ。その萌芽は8-9世紀[34]ないし9-10世紀頃[35]に遡り、13世紀のゴーラクシャナータによって確立したとされる[34][† 9]。『ハタ・ヨーガ』と『ゴーラクシャ・シャタカ』という教典を書き残したと言われているが、前者は現存していない[37]。インドにおいて社会が荒廃していた時期に密教化した集団がハタ・ヨーガの起源と言われる場合もある。悟りに至るための補助的技法として霊性修行に取り入れるならば、非常に有効であるが、理解の偏ったものは肉体的操作ばかりに重きがおかれ、秀逸なハタ・ヨーガの可能性を極端に狭めることとなる。なお、スポーツのストレッチなどはこのヨーガのアーサナ(姿勢)に由来している。欧米など世界的に学習されているハタ・ヨーガの大半は、アーサナが中心で、身体的なエクササイズの側面が重視されている。

クンダリニーの重要性を説くため、クンダリニー・ヨーガ (कुण्डलिनी योग) とも呼ばれる[2]。クンダリニー・ヨーガはハタ・ヨーガの奥義とされるラヤ・ヨーガのことを指し[38]、その行法はハタ・ヨーガからタントラ・ヨーガの諸流派が派生していくなかで発達した[39]。ムーラーダーラに眠るというクンダリニーを覚醒させ、身体中のナーディーやチャクラを活性化させ、悟りを目指すヨーガ。密教の軍荼利明王は、性力(シャクティ)を表わすクンダリー(軍荼利)を神格化したものであると言われることもある[40]。別名ラヤ・ヨーガ。クンダリニーの上昇を感じたからヨーガが成就したというのは早計で、その時点ではまだ「初期」の段階にすぎない。格闘家に愛好者が多い「火の呼吸」はクンダリニー・ヨーガの側面もあるがイコールではない。チベット仏教のトゥンモ(内なる火)などのゾクリム(究竟次第)のヨーガや、中国の内丹術などとも内容的に非常に近い。

クンダリニー・ヨーガを実践するにあたっては重大な注意点がある。クンダリニーが一旦上昇を始めると、本人の力だけではそれをコントロールできなくなることがある。具体的には、クンダリニーが上昇して頭部に留まってしまい、それを再び下腹部に下げることも、頭部から抜けさせることもできなくなり、発熱頭痛、またそれが長期に渡ると、脊髄を痛めたり、精神疾患を起こすことさえある。

したがってこのヨーガは、自己流または単独実践は避け、しかるべき師に就いて実践すべきであるとされている。「しかるべき師」とは、たんに知識豊富で多少の呼吸法ができる師のことではなく、自身がクンダリニーの上昇経験を持ち、かつそれを制御できる師のことである。そうでなければ上昇を始めた他人(弟子)のクンダリニーの制御は不可能に近い。さらに、師に就く場合、その師がどの師からの指導を受け、またその先先代の師はどの師なのか、少なくとも2、3代先の師まで辿れる師に就くことが望ましい。しかしながらそうした人物に出会うのは難しい。また、自らクンダリニーを制御できることを標榜する人物は、その時点で、クンダリニーに対する執着を棄てきれず、神に対して敬虔なヨーガの精神に反する生き方をしていると世間にアピールするようなものであり、そうした人物を師と仰ぐのは危険とする意見がある。しかしながら、クンダリニー云々を標榜できる人物でなければ制御は難しいとする意見もある。

このヨーガは段階が進むほど師を必要とするという意見があり、特にクンダリニーの体内自覚を感じてから先は、必ず師の指導の元にヨーガを実践すべきとされる。一方で、ある程度の段階に達すると師をそれほど必要としなくなるという意見もある。

クンダリニー・ヨーガの効果は、現代のアーサナが中心のハタ・ヨーガの効果のように身体が柔らかくなったり、以前に比べて健康になったという、割合穏やかな効果に比べ、クンダリニーの上昇に伴うチャクラの開眼という劇的なものがあり、自分が超能力者や超人になったかのような”錯覚”を覚えてしまうことが往々にしてある。その故に、一度効果(クンダリニーの体内自覚)が出始めると、他のヨーガに比べて非常にのめり込みやすいという特徴がある。

クンダリニーの自覚が修行の完成と錯覚するのは危険である。クンダリニーの自覚と修行者の人格的向上とは無縁といえる。クンダリニーの自覚に修行の目的が置かれてしまっては”主客逆転”、”本末転倒”である。手段が目的にならぬよう修行者は努めねばならず、本来の修行の「目的」を達するならば、そうしたクンダリニーをはじめ、チャクラなど肉体次元、生気次元へのこだわりを無くすことに努めることが先決とされる。[要出典]また、生気レベルの覚醒それ自体は霊格の向上をもたらさず、あくまでもカルマ・ヨーガの実践や世俗との係わりの中での「人格」の向上や、その他のヨーガを総合的に実践することにより、霊格は向上していくものと心得るべきである。[独自研究?]

カルマ・ヨーガ (कर्म योग)[編集]

日常生活を修行の場ととらえ、善行に励みカルマの浄化を図るヨーガ。見返りを要求しない無私の奉仕精神をもって行う。カルマ・ヨーガの教典は『バガヴァッド・ギーター』。

バクティ・ヨーガ (भक्ति योग)[編集]

クリシュナが『バガヴァッド・ギーター』をアルジュナに説く場面

神への純粋な信愛を培い、グルがいる場合はグルを、その他の普遍的な愛の対象がある場合はその対象を、超意識(宇宙的な意識)の化身とみなし、全てを神の愛と見て生きるヨーガ。 古典文学『マハーバーラタ』(マハーバーラタム、महाभारतम्)にある有名なクルクシェートラの戦いで、クリシュナが勇者アルジュナに説いたとされる『バガヴァッド・ギーター』(भगवद्गीता=神の詩)は、バクティ・ヨーガやカルマ・ヨーガの本質を謳っているため、ヴィシュヌ(ナラヤン)の転生として実在したとされるクリシュナが開祖とも言える。また、近代の大覚者ラーマクリシュナとシヴァーナンダ、現代のサッティヤーナンダは、現代においてはこのバクティ・ヨーガこそ最も必要であると説いている。

このヨーガを主軸に据えるグルの団体において、弟子・信者はグルの指導に帰依することになるが、サティヤ・サイ・ババシュリ・チンモイは、弟子の病気などのカルマを引き受けることも行っていたとされる。新興宗教の中には、インド人の信頼できるグルの指導を受けずに、このヨーガを取り入れている団体が多いが、自らのエゴが消滅できていないことを理解できない団体運営者によって独自の解釈がされており、大変危険である。間違った「自称グル」(大抵そのグルのグルが誰であるか、公表できない)を師と仰ぐと、一生を棒に振ることにもなりかねないため、事前に十分調査をし、常に一般常識に照らし合わせることが重要とされる。

このヨーガの行者をバクタ (भक्त) という。

ジュニャーナ・ヨーガ (ज्ञान योग)[編集]

高度な論理的熟考分析により、真我悟るヨーガ。20世紀を代表する聖者の一人であるラマナ・マハルシは、このヨーガで大悟したとされているが、一般的に難易度の高いヨーガと云わざるを得ない。だが、巧く実践可能であるならば最も高度なヨーガとなりうるとの意見もある。ギャーナ・ヨーガとも表記される[† 10]。 このヨーガの行者はジュニャーニ (ज्ञानि) と呼ばれる。

マントラ・ヨーガ (मंत्र योग)[編集]

マントラを使うヨーガ。ガーヤトリー・マントラをはじめ、マハー・マントラ、ハレークリシュナ・マントラ等、主にサンスクリット語のインヴォケーション・マントラ(神を讃えるマントラ)などが広く用いられている。

師から弟子へと贈られるパーソナル・マントラ(最大でも4音節)は、個人別で大変差がある霊的成長を目的に、師によって特別にデザインされたアクシャラ音の強力な組合せである。そのマントラの振動は、練習者の肉体と霊体を浄化するだけでなく、その個人に必要な特定のチャクラを覚醒させる大きな手助けとなる。ヨーガの霊的求道者が、一生を通して毎日行う、大変重要なヨーガ練習の基本。

音(ヴァイブレーション=振動)のヨーガである、ナーダ・ヨーガ(नादयोग)の一種。

マントラに簡単なメロディをつけ、コール・アンド・レスポンス(初めに一人が一節を歌い、次に参加者が同様に歌う)方式で、複数人から大勢で歌うキールタン(कीर्तन)は、マントラの振動エネルギーをキルタニストが増幅させ、その場に大きなエネルギー・フィールドを構築する。キルタニストと自主的な参加者だけでなく、その場に居合わせた者まで浄化する優れた練習法。

キールタンと混同されやすいものにバジャン (भजन) がある。バジャンを歌うシンガーは確かに何某かの影響を受けるが、居合わせた者は、普通の音楽を楽しむ程の影響しか受けられないばかりでなく、バジャン・シンガー自身、聴衆の前で歌を披露することによって、自分のエゴを増幅させない注意が常に必要である。

古代のヨーガのテクニックによって悟りを得たブッダを開祖とする仏教のうち、日本の密教でいう真言や梵字は、このサンスクリット語の音を、多くは最終的に中国語に訳したものが、大陸を通って日本に輸入されているもので、輸入した日本人とそれを継承した日本人の外国語に対する聴力と発音能力の限界からか、本来のアクシャラ(サンスクリット語の各1音)の音とは異なる場合も多い(例:般若心経の「ギャーテー、ギャーテー」は「ジャーテー、ジャーテー=行って、行って」)。

現代では、ヒンドゥー教系新宗教とも言われる超越瞑想で、マントラを心の中で唱えて雑念を追い払う瞑想(超越瞑想)が行われる。

ジャパ・ヨーガ (जप योग)[編集]

基本的には、数珠を用いて定数のマントラを唱えるヨーガ。パーソナル・マントラの日々の練習は、この代表的なもの。目的に応じて、その他のマントラでも、もちろん行われる。

ジャパ用の数珠は、その練習に精妙なエネルギーを利用するので、ヨーガ的には天然素材であるが、キリスト教徒やイスラム教徒、仏教徒のジャパ用のロザリオ、念数などは、一部ガラス製のものも見受けられる。ジャパ練習のためには数珠の素材は大変重要で、目的や伝統、教義等によって異なる。トゥルシー聖樹、ルドラクシャ(菩提樹の実)、白檀、紫檀、水晶等が一般的。ビーズの総数はヨーガ的な伝統では108個であるが、半分数の54個、4分の1数の27個の簡易タイプも普及している。

紙に、定数のマントラの文字を書いてゆくものを、リキタ・ジャパという。

チベットのヨーガ[編集]

チベット語ではヨーガのことをネンジョル (ワイリー方式rnal 'byor) という。チベット密教にもさまざまなヨーガが伝承されている。

夢のヨーガ[編集]

チベット仏教密教の階梯で行われるもので、伝統的に明晰夢を訓練で導き出す技術を養ってきた[41]。最初は夢の中で、次は夢のない睡眠の中で、さらに24時間常にはっきり覚醒した状態を保つ訓練を行い、最終的に通常の覚醒そのものが夢であるという認識を目指す[41]

日本のヨーガ[編集]

阿字観[編集]

別名阿字観ヨーガ・密教ヨーガとも。真言宗の伝統的な瞑想法で、阿字観ハタ・ヨーガアーサナを取り入れたもの[独自研究?]。元々、真言密教における僧侶の鍛錬の方法であった。真言宗の布教方法として確立している。蓮華の花の上の(月を表す)月輪の中に、大日如来を表す梵字の阿字が描かれた掛け軸を、半眼で見つめる。

近年の種類[編集]

スポーツジムのヨーガ教室

ハタ・ヨーガにフィットネス等の要素を取り入れ改良を加えたものが、現代人に人気である。

アシュターンガ・ヨーガ[編集]

現在のパワー・ヨーガの源流ともなっているヨーガ。呼吸と共にアーサナを行う。しかし本来はラージャ・ヨーガの修行体系を指し、このことは『ヨーガ・スートラ』第2章29節に記述されている。

現在、一般的にヨーガのシーンでアシュターンガ・ヨーガと呼ばれているものは、正式にはアシュターンガ・ヴィニヤーサ・ヨーガという。「現代ヨーガの父」と呼ばれるティルマライ・クリシュナマチャーリヤに教えを受けたパッタビ・ジョイスがこのヨーガの創始者である。現在は継承者でパッタビ・ジョイスの孫であるシャラスが指導している。このヨーガの大本山とされる南インドの都市マイソールのアシュターンガ・ヨガ・リサーチ・インスティテュート (AYRI) には、世界中からこのヨーガの教えを求めて多くのヨーギーとヨーギニーが集まり、マイソールに住み込み、練習に励んでいる。

パワー・ヨーガ[編集]

アシュターンガ・ヨーガをベースにしたヨーガで、アーサナを通して肉体に負荷をかけることにより脂肪を燃焼させ、美しい肉体を作ることを目的として主にアメリカで開発された。

ハタ・ヨーガが、1つのポーズをとったまま一定時間静止した上で次のポーズに移行するのに比べ、アシュターンガ・ヨーガをベースにしたパワー・ヨーガは、各種ポーズをストレッチのように一連の流れの中で行うのが特徴である。また、アシュターンガ・ヨーガに比べ、1つのポーズの静止時間は長く、この点ではハタ・ヨーガの要素も取り入れられている。

もっとも、その目的はハタ・ヨーガとは異なり、アイソメトリックな運動によるフィットネスが主な目的。過度な負荷は乳酸を増加させるだけでなく、腰痛、関節痛などを引き起こすことが指摘されていることから実習には注意が必要。

肉体的に健康な若者に人気がある。ハリウッドスターを中心に一大ブームとなり先進諸国に広がったことから「ハリウッド・ヨーガ」ともいう。

マタニティ・ヨーガ[編集]

妊産婦向けのヨーガ。ヨーガの体操や呼吸法を通して一体感を味わえることが、命の尊さを再認識し、出産後の子育てが意欲的に取り組めるようになるといわれる。呼吸と共に行うヨーガの体操は妊婦の心の状態を安定させる効果や、分娩時の痛みのコントロールにもつながるという。

ヨーガ・セラピー[編集]

多くのストレス関連疾患に対して著効があることから、近年、医療機関での導入が進んでいる[独自研究?]。日本国内では一般的に「ヨーガ療法」と呼ばれる。

著名なヨーガ指導者[編集]

ヨーガにおけるグルとは、普通の指導者ではなく、魂の教師そのものである。グルと弟子の関係は、弟子にとれば人生の全てである。神そのものが真のグルだが、グルはそれが具現したものととらえられる。

存命人物

理論家[編集]

  • 山口恵照(1918年 - ) - 古代インド哲学、サーンキヤ哲学研究者

脚注[編集]

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補注[編集]

  1. ^ 禅宗の坐禅とヨーガの瞑想は、思想・方法とも、必ずしも同じというわけではない[5]
  2. ^ 唯物論チャールヴァーカと祭事に専念するミーマーンサー学派を除く[2]
  3. ^ ただし、日本語の長母音はサンスクリット語の三倍母音なので長くのばしすぎるのも問題である。インド人の発音を聞くとヨゥガと言っているように聞こえる。
  4. ^ マヌ法典』では、女性はどのヴァルナ(身分)であっても、輪廻転生するドヴィジャ(二度生まれる者、再生族)ではなく一度生まれるだけのエーカージャ(一生族)とされていたシュードラ(隷民)と同等視され、女性は再生族である夫と食事を共にすることはなく、祭祀を主催したり、マントラを唱えることも禁止されていた[13]
  5. ^ インド研究家の伊藤武によると、ヨーギニーという言葉は本来、たんなる女性ヨーガ行者というよりも、尸林英語版(シュマシャーナ)で土俗信仰の女神を祀り特異な儀礼にたずさわった巫女たちを指す言葉で、魔女の意味合いを帯びるようになった。その多くは被差別カーストの出身であった[14]。母系制社会を形成していた彼女たちは、中世インドの後期密教の時代にヨーギニー(瑜伽女)またはダーキニー(拏吉尼)と呼ばれた[15]。彼女らは男性行者を導く師の役割を演じることもあり[16]、その時代の大成就者英語版たちの伝記である『八十四成就者伝』には悟りを得た女性が複数登場する[17]。後期密教の性的儀礼における男性行者の相手の女性はムドラー(印契)とも呼ばれた[18]。『ハタヨーガ・プラディーピカー』は、ヴァジュローリー・ムドラーでラジャス(性分泌物と解される)を再吸収し、保持することのできる女性をヨーギニーと呼んでいる[19]
  6. ^ アシュタ=8つ、アンガ=枝、支分、部門。
  7. ^ 伊藤武の解釈するところによると、『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』のいうラージャ・ヨーガはハタ・ヨーガの奥義を意味し、ラヤ・ヨーガ(クンダリニー・ヨーガ)のことを指している[32]
  8. ^ 印度哲学研究者の山下博司によると、これは通俗語源的な解釈である。
  9. ^ ゴーラクシャを山下は10-12世紀[36]、伊藤は12世紀前半の人物とする[37]
  10. ^ 日本ヴェーダーンタ協会での表記。ヴィヴェーカーナンダの講演集の日本語版に『ギャーナ・ヨーガ』というタイトルのものがある。

出典[編集]

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  2. ^ a b c d e f g 川崎 1993.
  3. ^ 山下 2009, 第9章 ヨーガの今, 「ヨーガの意義と世界宗教」.
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  7. ^ ブロード, 坂本訳 2013.
  8. ^ How Yoga Can Wreck Your Body(ヨガはどのようにあなたの身体を破壊するのか) ニューヨークタイムズ、2012年
  9. ^ 立川 2008.
  10. ^ 伊藤 2011, p. 90.
  11. ^ 山下 2009, 第1章 「ヨーガ」の語源と関連用語, 「ヨーギンとヨーギニー - 「ヨーガ行者」を意味する言葉」.
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  21. ^ ブリハディーシュワラ寺院 神谷武夫
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  40. ^ 佐藤 2009, pp. 308-309.
  41. ^ a b 安藤 2003.

参考文献[編集]

  • 佐保田鶴治 著 『ヨーガ根本教典』 平河出版社、1973年
  • 佐保田鶴治 『解説ヨーガ・スートラ』 平河出版社ISBN 978-4892030314
  • スワミ・ヨーゲシヴァラナンダ 『魂の科学』 木村慧心訳、たま出版ISBN 978-4884811105(旧版:木村一雄訳 1984年)
  • 森本達雄 著 『ヒンドゥー教―インドの聖と俗』 中央公論新社〈中公新書〉、2003年ISBN 4-12-101707-2
  • 川崎信定 著 『インドの思想』 放送大学教育振興会、1993年ISBN 4-595-21344-1
  • ウィリアム・J. ブロード 著 『ヨガを科学する―その効用と危険に迫る科学的アプローチ』 坂本律 翻訳、晶文社、2013年
  • ロバート・T・キャロル 著 『懐疑論者の事典 下』 小久保温・高橋信夫・長澤裕・福岡洋一 訳、日本語版編集委員 小内亨(おさない内科クリニック院長)・菊池聡(信州大学准教授)・高橋昌一郎(國學院大学教授)・皆神龍太郎(科学ジャーナル)、楽工社、2008年
  • 安藤治 著 『瞑想の精神医学』 春秋社、2003年
  • 山下博司 『ヨーガの思想』 講談社〈講談社選書メチエ〉、kindle版。
  • 伊藤武 『図説 ヨーガ大全』 佼成出版社、2011年
  • 田中公明 『性と死の密教』 春秋社、1997年
  • ツルティム・ケサン正木晃 『チベット密教』 筑摩書房〈ちくま新書〉、2000年
  • 佐藤任 『密教の神々 その文化史的考察』 平凡社〈平凡社ライブラリー〉、2009年(旧版:平河出版社 1979年)
  • 立川武蔵 『ヨーガと浄土 ブッディスト・セオロジーV』 講談社〈講談社選書メチエ〉、2008年
  • 立川武蔵 『宗教の世界史 2 ヒンドゥー教の歴史』 山川出版社、2014年
  • ミルチャ・エリアーデ 『エリアーデ著作集 第10巻 ヨーガ2』 立川武蔵訳、せりか書房、1987年
  • ゲオルグ・フォイヤーシュタイン英語版 『考えるヨガ』 スタジオ・ヨギー監訳、ロハスインターナショナル、2005年

関連項目[編集]