オウム真理教放送

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オウム真理教放送(オウムしんりきょうほうそう)あるいはエウアンゲリオン・テス・バシレイアス古典ギリシア語ΕΥΑΓΓΕΛΙΟΝ ΤΗΣ ΒΑΣΙΛΕΙΑΣ, εὐαγγέλιον τῆς βασιλείας, euangelion tēs basileias)は、1992年4月1日から1995年3月23日まで放送されたオウム真理教ラジオ番組放送局である[1]

放送開始の経緯[編集]

そもそも、ロシア国営放送局の国際放送機関である「ロシアの声」(当時はモスクワ放送)の送信機を保持するロシア通信省が、所有する送信機の無償貸し出しを開始したことから、日本では放送内容の問題で放送できないオウム真理教の布教を目的に、関連番組を専門に扱うことを目的として、1992年4月1日から「エウアンゲリオン・テス・バシレイアス」という番組題で放送開始した[1]

題名はギリシャ語で「御国の福音=神聖世界の絶対的真理、あるいは神聖世界の絶対的真理の告知」という意味だった。当初はこの番組題のみがアナウンスされたが、すぐに「オウム真理教放送」という名称があわせてアナウンスされるようになった[1]

放送形態の変遷[編集]

番組は当初、静岡県富士宮市にあった同教団総本部のスタジオで編集・制作され、モスクワ市にあるロシアの声のスタジオに空輸し、ウラジオストク中継基地から日本に向けて放送された[1]

当時は、22:00-00:00(以下、時間はすべて日本時間)の1日2時間の日本語による放送が実施されていた。前半1時間は短波15.315MHz(1992年6月以降は17.710MHz)、後半1時間はロシアの声日本語番組でも使用されていた中波720kHzを通じての放送であった[1]

しかし1993年元日から、短波は季節ごとの周波数変更があることなどから中止、中波は一部地域での受信状態の問題があることから周波数が変更され、1476kHzでの放送となった。これに伴って、放送時間は22:15~翌日の1:15に拡大・変更。その後1994年元日から00:00~03:00に変更され、衛星中継による生放送番組も行われるようになった[1]

他方短波では、1992年6月15日より、英語による番組が05:30と13:30の1日2回(各30分間)、ロシアの声の全世界向け英語放送の一部周波数を利用して放送されるようになった。また、同年9月1日からは、ロシア国内向けのラジオ放送、マヤークを介したロシア語放送も行われるようになった[1]

1995年1月1日麻原彰晃は世界に大きな危機が迫っていると「予言」する放送を行う[2]

同年1月8日、教団信者の高橋英利占星術を用いて神戸で地震があることをラジオ内で予言、その後阪神淡路大震災が発生し話題となる[3][4]

オウム真理教の強制捜査が関連してか同年3月23日「悔いの無い死を迎えようではないか」という麻原のメッセージと「エンマの数え歌」の放送を最後に放送中止となり、そのまま廃局となった[5]

関連書籍[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g オウム真理教放送の開始から中止まで(アジア放送研究会制作「オウム真理教放送録音集」解説文から)
  2. ^ 麻原彰晃『日出ずる国災い近し』1995年 p.16-33
  3. ^ 東京キララ社編『オウム真理教大辞典』2003年 p.85
  4. ^ 麻原彰晃『日出ずる国災い近し』1995年 p.80
  5. ^ 東京キララ社編『オウム真理教大辞典』2003年 p.21

関連記述[編集]

外部リンク[編集]