豊田亨

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豊田亨
誕生 (1968-01-23) 1968年1月23日(49歳)
兵庫県加古川市
ホーリーネーム ヴァジラパーニ
ステージ 正悟師
教団での役職 科学技術省次官
入信 1986年9月
関係した事件 地下鉄サリン事件
判決 死刑(上告棄却)

豊田 亨(とよだ とおる、1968年1月23日 - )は、オウム真理教元幹部。確定死刑囚兵庫県加古川市出身。ホーリーネームヴァジラパーニ

教団内でのステージは師長だったが、地下鉄サリン事件3日前の尊師通達で正悟師に昇格した。教団が省庁制を採用した後は科学技術省次官の一人となる。東京大学准教授の伊東乾は大学時代の同級生で友人。元オウム車両省大臣・アレフ幹部だった野田成人は高校・大学の先輩にあたる[1]

来歴[編集]

祖父の代からの教員一家に生まれる。校則に違反するからといって喫茶店にも寄らない真面目な人柄だった[2]白陵高等学校を経て、東京大学理学部物理学科卒業。素粒子理論を専攻し、東京大学大学院理学研究科物理学専攻修士課程修了。

東大時代は、「必ずノーベル賞を取る」と学業で多忙を極める中、寮の行事にも率先して参加していた。性格は誠実で温厚で明るいナイスガイ、好人物であった[3]。物理学の他にもギター少林寺拳法などをやっている多才な一面もあった[4]

大学入学年の1986年9月からオウム真理教の前身であるオウム神仙の会に入会し、1992年4月には博士課程に進学するが1ヶ月経たないうちに中退し、出家信者となった。出家番号は962。

周囲には「女の子の看病をする」と手紙を残し行方不明になり[2]、その後オウムの本を送ってきたため出家していたことが分かった[1]

1990年2月の総選挙の時はお面をかぶりながら、麻原彰晃の側で歌って踊っていた。豊田自身は当時22歳で被選挙権がなかったこともあり、立候補はしていない。

事件への関与と裁判[編集]

教団の核開発を担当し、オーストラリアに「豊田研究所」を持っていた[5]

1995年3月20日地下鉄サリン事件ではサリン散布の実行犯に指名され日比谷線を担当、1人を死亡させ、358名に重傷を負わせた。

同年5月15日井上嘉浩と共に秋川市(現あきる野市)で逮捕[5]。同日発生の東京都庁小包爆弾事件4月30日5月3日5月5日新宿駅青酸ガス事件、この他自動小銃密造事件にも関与し、以上4つの事件で起訴された。

豊田は淡々と冷静に証言するだけだった。豊田は「自分がした行為は人間として許されない」「このような事件が2度と起こらないようにするのが極めて当然である。あのようなことをした人間が生きていること自体が申し訳ない」とあくまで自己責任を主張した。これに関して豊田は地下鉄サリン事件の遺族に宛てた手紙の中で「裁かれる者として、遺族・被害者の方の不快感を増大させる言動を慎むことが最低限のとるべき態度だと考えます」と述べた。

1999年に豊田、杉本繁郎の公判に麻原が証人として出廷した際には、麻原が意味不明な発言などを繰り返したため「松本被告、僕は今日何も言わないつもりできたんですけれども、今日のあなたの態度を見て考えが変わりました。あなたは本当にグルなんですか」と麻原に問いかけた。麻原は黙っているだけだった[6]

また検察官に「麻原に対して現在の心境は」との問いに「広瀬証人として出廷した公判での言動(麻原は宣誓書の署名に関して英語で対応し続け裁判長に退廷を命じられた)については怒りを通り越して哀しい」と共犯への心遣いも見せた。

2000年7月17日第一審では「人格優秀、学業優秀、しかしながら人格等において優れていたとしても、それは、地下鉄サリン事件等の被害者にも言えること」として死刑判決[7]2004年7月28日控訴審ともに死刑判決を受け上告していたが、2009年11月6日に上告棄却が決定し、死刑が確定した[8]2017年現在、東京拘置所収監されている。東京大学出身者の死刑が確定したのは日本国憲法下では初めてであり、旧帝国大学出身者としては下関通り魔殺人事件の犯人(九州大学)についで2人目である。またオウム真理教事件で死刑が確定するのは8人目。

関連事件[編集]

参考文献[編集]

  • 伊東乾 『さよなら、サイレント・ネイビー ―地下鉄に乗った同級生』 集英社、2006年ISBN 4-08-781368-1
  • 降幡賢一 『オウム法廷〈10〉地下鉄サリンの「実行犯」たち』 朝日新聞社、2002年ISBN 4-02-261397-1

脚注[編集]

  1. ^ a b 降幡 2002, p. 60.
  2. ^ a b 降幡 2002, p. 19.
  3. ^ 佐木隆三「大義なきテロリスト」p.34-p.51
  4. ^ 降幡 2002, p. 49.
  5. ^ a b 東京キララ社編集部『オウム真理教大辞典』 p.99
  6. ^ 降幡 2002, p. 211.
  7. ^ 降幡 2002, p. 270.
  8. ^ 地下鉄サリン散布役の2被告、死刑確定へ…上告棄却