三波豊和

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
みなみ とよかず
三波 豊和
本名 北詰 豊和
生年月日 (1955-08-10) 1955年8月10日(67歳)
出生地 日本の旗 日本東京都
国籍 日本
民族 日本人
血液型 B型
職業 俳優タレント歌手
活動期間 1960年代 - 現在
配偶者 既婚
事務所 青年座映画放送
テンプレートを表示

三波 豊和(みなみ とよかず、1955年8月10日 - )は、日本俳優タレント。本名:北詰 豊和(きたづめ とよかず)。

東京都中野区出身。青年座映画放送所属。以前はホリプロ太田プロダクションに所属していた。

演歌歌手浪曲師三波春夫(本名:北詰文司)の長男

小学校から高校までの12年間を暁星学園で過ごし、慶應義塾大学文学部史学科国史専攻卒業。日本舞踊名取(藤間勘豊)。

来歴・人物[編集]

1965年歌舞伎座「三波春夫特別公演」で初舞台に立った[1]。これ以降も親子で「三波春夫特別公演」に出演を果たしている[2]

1976年に、『青春よ翔べ』で歌手としてデビュー[3]。20代前半は歌手としても活動していたが[4]、その後は俳優・タレントとしての活動がメインとなる。

デビュー曲のキャンペーンで全国を回り、「500円[5]をいただいて、レコードにサインをして手渡しするありがたさは大変」と感じたという[3]

2005年6月22日には、愛知万博の開催に合わせ、お笑い芸人キャイ〜ンとのデュエットで父・三波春夫の「世界の国からこんにちは」をカバーした「世界の国からこんにちは2005」をリリースする[6]

自身の好きなゴルフ(HD9)を始め、テニススキー水泳乗馬ダイビングボウリングビリヤードなど、スポーツを中心に多彩な趣味を持っている。

鉄道ファンとしても知られており、鉄道模型にも造詣が深い人物である。NHK教育テレビの『趣味悠々』水曜日の放送で、2007年2月7日から3月28日まで「ようこそ!鉄道模型の世界へ レイアウト制作入門」の司会を務めた。またコミュニティサイトのトレイン・トレインの掲示板にも自己紹介トピックで書き込みを行っている。

テレビに出演する際の衣装として、ヨネックス製のゴルフウェアなどを着用する頻度が高い。これは父がヨネックス会長の米山稔と同郷の幼馴染みで親交があった縁もあり、同社関連の宣伝イベント出演なども多い。

歌舞伎役者の18代目中村勘三郎は小学校時代からの親友同士である。暁星小学校時代はクラスメイトであり、互いの家に遊びに行くほどの仲だった[7]

竹内まりやとは慶応大学時代の同期であり、歌手活動を行っていた際には共演もしている。また夫である山下達郎は豊和の父である三波春夫のファンであり、洋楽の傍ら「チャンチキおけさ」をよく歌っている。

2013年10月13日放送の『カラオケ★バトル 芸能界No.1決定戦3』(テレビ東京)の方に出場して決勝戦まで進出し、見事優勝を果たしている。

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

バラエティ・教養[編集]

その他のテレビ番組[編集]

ラジオ番組[編集]

舞台[編集]

吹き替え[編集]

ディスコグラフィー[編集]

シングル[編集]

# 発売日 A/B面 タイトル 作詞 作曲 編曲 規格品番
CBSソニー
1 1976年5月1日 A面 青春よ翔べ 麻生香太郎 三木たかし SOLB-415
B面 陽が昇る
2 1976年 A面 俺たちの時代へ 麻生香太郎 三木たかし 06SH 59
B面 あゝ甲子園
3 1976年 A面 いつの日かあなたに 麻生香太郎 三木たかし 06SH 101
B面 久美子
4 1977年 A面 青春のカタログ 阿木燿子 宇崎竜童 竜崎孝路 06SH 134
B面 うそのなる木

アルバム[編集]

オリジナル・アルバム[編集]

発売日 タイトル 備考/規格品番
CBSソニー
1st 1976年 青春よ翔べ 25AH 56
2nd 1976年
12月21日
いつの日かあなたに 25AH 130

ベスト・アルバム[編集]

  1. オール・ソングス・コレクション/三波豊和

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 公式プロフィール
  2. ^ 「読売新聞」1967年8月1日「三波春夫特別公演」広告。
  3. ^ a b 「朝日新聞」1976年7月24日夕刊。
  4. ^ CD化が現実に!”. 三波豊和の『あんな話こんな話』 (2012年3月1日). 2013年12月23日閲覧。
  5. ^ 1975年当時のシングルレコード盤の価格。
  6. ^ ポニーキャニオン、PCCA-70121
  7. ^ 三波豊和の『こんな話あんな話』「波野君が逝ってしまった…」(2012年12月5日更新)
  8. ^ 男性ゲスト陣としては最多出演者であった。また1985年には、正レギュラー・車だん吉が腰痛療養中の代役も務めている。
  9. ^ 河合敦の授業の際にゲスト出演。
  10. ^ コートニー・B・ヴァンスの吹き替えを担当した。

外部リンク[編集]