乗馬

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乗馬

乗馬(じょうば)は、広義にはに乗る行為(騎乗)全般を狭義には近代馬術を指す。また乗用に用いられる馬(乗用馬)そのものを指す。

騎乗[編集]

乗馬の目的は、歴史的にはまず移動である。20世紀前半に自動車に取って代わられるまでは、乗馬は陸上における個人の移動手段の筆頭であった。次に乗馬の機動性を活かした、役務の提供があげられる。古くは軍馬として騎兵とともに戦争に従事した。またカウボーイにみられるように、牧畜にも利用される。現代では、警察による警備や、広大な自然公園等での巡回にも用いられている。

そして現代では、乗馬は趣味スポーツとして人々に楽しまれている。スポーツ競技としては、騎乗の正確さや活発さなどを競う馬術競技や、馬の速さ、着順を競う競馬、乗馬ホッケーとでもいうべきポロ、カウボーイの腕自慢から発展したロデオなどの種類がある。また、競技にとらわれず、野外での乗馬を楽しむ外乗、逍遥乗馬や狐狩りに代表される猟騎、より身近には乗馬学校・乗馬クラブでの練習等、騎乗自体を楽しむためにも乗馬は幅広く親しまれている。また近年、乗馬による心身の癒し効果の見地より、治療行為としての乗馬(ホースセラピー)がドイツアメリカから始まって世界に広がりつつある。

中近世の日本では、馬術は長く武芸の一つとして位置づけがなされており、基本的に武士のみに許されていた。それ以外は馬子など別の者に馬を引かせる場合に限って騎乗が許され、たとえ自分の馬でも自ら手綱を握ることはできなかった。1871年明治4年)になり、ようやく平民の乗馬が許可された[1][2]。しかし、その後も民間の乗馬人口はさほど増えることはなく、馬術の大きな拠点は陸軍であった。日本では、その歴史的経緯から、乗用馬を自宅で飼育する例はまれであり、ほとんどの場合は乗馬学校・乗馬クラブで騎乗することになる。乗馬機会の提供や技術習得を目的とした乗馬サークル、乗馬スクールなどの団体も多く設立されている。

「乗馬」という言葉は、騎乗全般をさすとともに、「馬術」と比べて“騎乗の楽しみ”の側面を重視した表現として用いられる。

乗用馬[編集]

広義には乗用に用いられる全ての馬を指すが、現代の日本においては競走馬と区別されることが多い。これは日本の競馬においては競走馬を引退した馬を乗馬と呼んでいるためである(理由は後述)。

乗用馬の頭数を全国で見ると、平成24年時点で5,150頭存在している(公益社団法人 全国乗馬倶楽部振興協会の統計による)[3]。品種は日本ではサラブレッド、アングロアラブ、セルフランセ、クォーターホース、日本乗系種等が主体。

乗馬への転身という意味[編集]

競走馬が成績不振で引退する場合、日本では身の振り方として乗馬と発表される場合が多い。その数は中央競馬地方競馬合わせて年間2500頭にもなる(全抹消理由中第2位)。しかし、国内における乗馬需要はそれよりも小さく、相当数の元競走馬が仲介業者の手を経て家畜飼料・加工用として処分されている。こうした実態からして、「乗馬」を「馬の廃用」を意味する隠語として用いることもある。

ギャラリー[編集]

備考[編集]

  • 乗馬は陸上だけに限らず、水中においても行われ、日本では水馬(水中で馬の足の届かない状態から操り、泳がせる泳法馬術)がその例といえる。軍事面においても深い川を渡る際にはこうした技法が必要とされた。
  • 江戸時代において、別式と呼ばれる女性武芸者は馬術もたしなんでいたため、前近代に女性の乗馬例がないというわけではない。

脚注[編集]

  1. ^ 1871年(明治4年)6月5日許可。岩波書店編集部『近代日本総合年表』1968年11月、46頁
  2. ^ 古代では「宗教目的での乗馬」もあり(葵祭の女人列も参照)、『続日本紀天平宝字8年(764年)10月30日条に、命で東海・東山の「騎女(むまのり おんな)」をたてまつるよう指示が出されている。また、『今昔物語集』(12世紀前半成立)にも、女を馬に乗せ、男は徒歩で丹波国へ行く話がある。この記述からもわかるように、軍事面以外でも、古代から女は乗馬を嗜んでいた。中世でも『園太暦』に騎女(めき)の記述は残る他、巴御前坂額御前の記録がある。
  3. ^ H25年度馬関係資料 - 乗用馬関係 (PDF)”. 農林水産省. 2014年9月3日閲覧。
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]