ペドロ・アルモドバル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ペドロ・アルモドバル
Pedro Almodóvar
Pedro Almodóvar
2016年カンヌ国際映画祭にて
本名 Pedro Almodóvar Caballero
生年月日 (1951-09-24) 1951年9月24日(65歳)
出生地 シウダー・レアル県カルサーダ・デ・カラトラーバ
国籍 スペインの旗 スペイン
職業 映画監督脚本家映画プロデューサー
主な作品
オール・アバウト・マイ・マザー
トーク・トゥ・ハー
ボルベール〈帰郷〉

ペドロ・アルモドバル(Pedro Almodóvar, 1951年9月24日 - )は、スペイン映画監督脚本家映画プロデューサーである。

生い立ち[編集]

シウダー・レアル県カルサーダ・デ・カラトラーバで4人兄弟のひとりとして出生。資料によっては1949年生まれと表記される場合がある。父は字がほとんど読めず、ラバでワイン樽を運搬する仕事で一生のほとんどを過ごしたため、アルモドバルは母に依頼された地元の非常勤講師から読み書きを教わった。8歳のとき、両親から司祭になることを期待され、スペイン西部の町カセレスの寄宿学校に送られた。カセレスでは学校の近くにカルサーダにはなかった映画館があり、ここで初めて映画に触れた。後に「私が映画館から学んだものは、司祭から受けたものよりもはるかに真の教育となった」と述べている。神学校での性的虐待を描いた『バッド・エデュケーション』は、少年時代のアルモドバル自身の体験を基にした半自伝的映画である。

アルモドバルは両親の希望に反して映画監督になる夢を抱き、1967年にマドリードに移ったが、フランシスコ・フランコ・バーモンデ独裁政権によって国立映画学校が閉鎖されてしまった。路頭に迷った彼はフリーマーケットの売買で食いつなぐなどさまざまな仕事をした後、国営電話会社の職を得て12年間勤務した。ここでは午後3時に仕事が終わっていたため、アルモドバルは残りの時間を目標に費やすことができた。

スペインがフランコ政権から民主化へ移行するなかで起こった反権威的な音楽・絵画・映像などの芸術活動に加わった。パンクバンドに属していたこともある。反体制派の雑誌に漫画を寄稿したり、実験的な演劇集団と交流するうち、カルメン・マウラと出会った。

キャリア[編集]

22歳のとき8mmカメラを購入し、1974年最初の短編映画を撮った。資金難に苦しみながらもカルメン・マウラらの助けを借りて1980年に自主制作した初の長編映画 Pepi, Luci, Bom y otras chicas del montón は、4年にわたって深夜上映が続くほどのカルト的人気を博し、予算の7倍の興行収入を叩き出した。

以後ほぼ1年に1本のペースで矢継ぎ早に作品を発表。初期から中期はその独特なストーリーと世界観、強烈な色彩感覚などから国内外で熱狂的なファンを獲得。7本目の『神経衰弱ぎりぎりの女たち』でヴェネツィア国際映画祭脚本賞を受賞、アカデミー外国語映画賞にノミネートされるなど、世界に名を知られる存在となった。

中期の『ハイヒール』(1991年)あたりから作風に円熟味が増し、続く『キカ』(1993年)はセンセーショナルを巻き起こし、新たな作風を獲得していった。息子を失った母親を描いた『オール・アバウト・マイ・マザー』(1999年)でアカデミー外国語映画賞をはじめ多数の賞を受賞。これ以降作品を出すたびに世界の映画賞にノミネートされるようになった。続く『トーク・トゥ・ハー』で、非英語映画としては『男と女』(1966年)以来となるアカデミー脚本賞を受賞するなど、スペインを代表する映画監督の一人となった。

『オール・アバウト・マイ・マザー』『トーク・トゥ・ハー』に続く「女性賛歌三部作」の三作目として製作され、第59回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された『ボルベール〈帰郷〉』(2006年)は、脚本賞と主演女優賞(ペネロペ・クルスカルメン・マウラロラ・ドゥエニャス、ブランカ・ポルティージョ、ヨハナ・コボ、チュス・ランプレヴら6名全員に対して)を獲得した。

2001年にアメリカ芸術科学アカデミーの外国名誉会員に選出され、2009年には映画芸術への貢献に対してハーバード大学から名誉博士号を授与された。

特徴[編集]

メロドラマやポップカルチャーのスタイルを利用しながら、複雑な脚本やブラック・ユーモア、光沢のある色彩を使用する。人間の欲望や情熱、家族や個人のアイデンティティといった問題をテーマにすることが多い。

女優はカルメン・マウラビクトリア・アブリルペネロペ・クルス、男優はアントニオ・バンデラスを起用することが多い。

同性愛者であることを公言している。

作品[編集]

映画[編集]

公開年 邦題
原題(英題)
役職 備考
1980 Pepi, Luci, Bom y otras chicas del montón 監督 日本未公開・DVD未発売
1982 セクシリア
Laberinto de pasiones (Labyrinth of Passion)
監督
1983 バチ当たり修道院の最期
Entre tinieblas (Dark Habits)
監督
1984 グロリアの憂鬱
¿Qué he hecho yo para merecer esto? (What Have I Done to Deserve This?)
監督
1986 マタドール〈闘牛士〉 炎のレクイエム
Matador (Matador)
監督
1987 欲望の法則
La Ley del deseo (Law of Desire)
監督
1988 神経衰弱ぎりぎりの女たち
Mujeres al borde de un ataque de nervios (Women on the Verge of a Nervous Breakdown)
監督
1990 アタメ
¡Átame! (Tie Me Up! Tie Me Down!)
監督
1991 ハイヒール
Tacones lejanos (High Hells)
監督
1993 キカ
Kika
監督
1995 私の秘密の花
La flor de mi secreto (The Flower of My Secret)
監督
1997 ライブ・フレッシュ
Carne trémula (Live Flesh)
監督
1999 オール・アバウト・マイ・マザー
Todo sobre mi madre (All About My Mother)
監督
2002 トーク・トゥ・ハー
Hable con ella (Talk to Her)
監督
2004 バッド・エデュケーション
La mala educación (Bad Education)
監督
2006 ボルベール〈帰郷〉
Volver
監督
2009 抱擁のかけら
Los abrazos rotos (Broken Embraces)
監督
2011 私が、生きる肌
La piel que habito (The Skin I Live In)
監督
2013 アイム・ソー・エキサイテッド!
Los amantes pasajeros (I'm So Excited)
監督
2014 人生スイッチ
Relatos salvajes (Wild Tales)
製作
2016 ジュリエッタ[1]
Julieta
監督

書籍[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]

外部リンク[編集]