ユリア・ソーンツェワ

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Yuliya Solntseva
ユリア・ソーンツェワ
ユリア・ソーンツェワ
1924年
本名 Yuliya Ippolitovna Solntseva
別名義 Julia Solntseva
生年月日 (1901-08-07) 1901年8月7日
没年月日 (1989-10-28) 1989年10月28日(満88歳没)
出生地 ロシア帝国の旗 ロシア帝国 モスクワ
死没地 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦 ロシア・ソビエト社会主義共和国(現ロシアの旗 ロシア
国籍 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
職業 映画監督脚本家映画プロデューサー女優
ジャンル 映画
活動期間 1924年 - 1979年
活動内容 1924年 女優としてデビュー
1961年 カンヌ国際映画祭監督賞受賞
1975年 第28回カンヌ国際映画祭審査員就任
配偶者 アレクサンドル・ドヴジェンコ

ユリア・イッポリトヴナ・ソーンツェワユーリア-、Yuliya Ippolitovna Solntseva, 1901年8月7日 - 1989年10月28日)は、ソビエト連邦(現ロシア)の映画監督脚本家映画プロデューサー女優である。

人物・来歴[編集]

1901年(明治34年)8月7日、革命前のロシア帝国モスクワに生まれる。

1924年(大正13年)、ヤーコフ・プロタザーノフ監督のSF映画アエリータ』に、火星の女王アエリータ役で主演して、女優としてデビューした。

ウクライナ出身の映画監督アレクサンドル・ドヴジェンコと結婚し、ドヴジェンコの監督作に出演する。1939年(昭和14年)からはドヴジェンコと共同監督を始める。

1949年(昭和24年)、ドヴジェンコ監督の『ミチューリン』でスターリン国家賞を受賞する。1956年(昭和31年)、ドヴジェンコと死別する。1961年(昭和36年)、ソーンツェワの監督作『戦場』が、第14回カンヌ国際映画祭のコンペティションに出品され、監督賞と技術大賞特別賞受賞を受賞した。1964年(昭和39年)の監督作『魅せられたデスナ河』はフランスでも公開され、フランスの映画批評誌『カイエ・デュ・シネマ』誌上で、ジャン=リュック・ゴダールが1965年(昭和40年)のベストワンに推した。1975年(昭和50年)には、第28回カンヌ国際映画祭のコンペティションで審査員に就任した。

1979年(昭和54年)、78歳のころ、監督作『三次元における世界』を発表、同作を最後に引退した。80歳を迎えるころ、ソ連人民芸術家の称号を受けた。

1989年(平成元年)10月28日、死去した。満88歳没。

おもなフィルモグラフィ[編集]

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外部リンク[編集]