アルゴ座
アルゴ座(アルゴざ、Argo)は、現在は用いられなくなった南天の星座の1つ。その名称はギリシア神話に登場する船、アルゴーにちなむ。アルゴ船座[1](アルゴせんざ、Argo Navis)、あるいは単に Navis[2][3] (船座) ともいう。プトレマイオス星座(トレミーの48星座)の1つであったが、現在は、りゅうこつ座、ほ座、とも座の3つに分割されている。
由来と歴史[編集]
『アルマゲスト』に見えるプトレマイオス星座の1つだが、それ以前のアラートスの『ファイノメナ』にも詩われている歴史の古い星座である。ギリシアの詩人たちによれば、星座となっているアルゴー船は、船首部分を欠いた不完全な形であるという。プトレマイオスが定義したアルゴ座は、現在の「らしんばん座」と「とも座」の大部分、それに「ほ座」の西半分ほどの領域であった。カノープスは現在「りゅうこつ座」の北西端にあるが、プトレマイオスの定めたアルゴ座では南西端だった。
ティコやヘヴェリウス、フラムスティードらは「とも座」の北側しか観測できなかったが、大航海時代を迎えて南天の観測がヨーロッパにもたらされると、バイエルの星図やハウトマンの星表で「りゅうこつ座」の大部分と「ほ座」の東半分が付け加えられた。しかし、その領域にはプトレマイオスがなにも記述していなかったため、バイエルはアルゴー船の船首をもぎ取った巨大な岩 (シュムプレーガデスの岩) を置いた[4]。
1676年にセントヘレナ島で南天の星を観測したハレーは、1678年に刊行した星表 Catalogus Stellarum Australiumの中で、バイエルが置いた岩の部分を樫の木に置き換えた[5]。またプランシウスは、Arca Noehi (ノアの方舟座)と改名し、3本マストの近代的な帆船を描いた。
1756年に出版された、フランス科学アカデミーの1752年版『紀要』の中で、フランスの天文学者ラカーユの星表と天球図が収録された[6]。この中でラカーユはチャールズの樫の木座を廃してアルゴ座の一部分に戻し、船のマストの部分をアルゴ座から切り離して新たに羅針盤座 la Boussoleを設定した[注 1][7]。またラカーユは星表の中で、アルゴ座を構成する星にdu Navire (船) 、Corps du Navire (船体) 、Pouppe du Navire (船尾) 、Voilure du Navire (帆) という区別を付けている。これらの区分は、ラカーユ死後の1763年に出版された星表 Coelum australe stelliferum では、それぞれラテン語で Argûs、Argûs in carina 、Argûs in puppi、Argûs in velisとされた[8]。
ラカーユは、彼が設定したアルゴ座の領域にある明るい星に、ギリシャ文字でαからωまで符号を付けた。さらに、Corps du Navire、Pouppe du Navire、Voilure du Navire と区分した領域のそれぞれにラテン文字の小文字で a、b、c……z 、続いて大文字で A、B、C…… Z と符号を付けた[6]。ラカーユはバイエルと異なり、 a の代わりに A を用いることはせず、a星を設けている[注 2]。
アメリカのアマチュア博物学者リチャード・ヒンクリー・アレンは、1899年に刊行した著書『Star Names, Their Lore and Meaning』の中で、「最近の天文学者は参照の便宜を図るために(アルゴ座を)区分しており、それらは Carina(竜骨、恒星268個)、Puppis(船尾、恒星313個)、Vela(帆、恒星248個)の3つの領域として知られている。」と述べており、19世紀末の時点でもアルゴ座が3つに区分された領域を持つ1つの巨大な星座として扱われていたことを示している[9]。
1922年の第1回国際天文学連合総会において現行の88星座が提案された際、従来「アルゴ座」とされた領域は、とも座、ほ座、りゅうこつ座の3つに分けられた。同時に、「とも座」・「ほ座」・「りゅうこつ座」の総称としてラテン語名の Argo (属格形は Argus) と略符の Arg が制定された[10][11]。日本でも1974年に刊行された『学術用語集・天文学編』で番外として和名の「アルゴ座」を制定したが、これを実際に使用していたのは野尻抱影くらいで、現在の各種星座表では使われていない。また、1994年に刊行された『学術用語集・天文学編(増訂版)』では、「アルゴ座」の項目が削除されている[12]。
上述のように、ラカーユは星表においてアルゴ座の各部分を区分しただけであり、ラカーユがアルゴ座を「とも座」・「ほ座」・「りゅうこつ座」の3つ、あるいは「らしんばん座」を加えて4つに分割したという事実はない。実際にラカーユの南天天球図を見ても、単に le Navire (船) とあるだけであり、「とも座」・「ほ座」・「りゅうこつ座」に当たる星座名は描かれていない[13]。
アルゴ座の恒星一覧[編集]
アルゴ座の領域に位置する恒星にはラカーユによっていわゆる「バイエル符号」が振られた。これらの恒星は、以下の星座に分かれている。
りゅうこつ座[編集]
ほ座[編集]
とも座[編集]
脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
- ^ ハーマン・メルビル『白鯨』阿部知二訳、岩波書店。
- ^ Bayer, J. (1603). Uranometria. p. Qq recto, table 40.
- ^ Flamsteed, J. (1725). "Catalogus Britannicus Stellarum Inerrantium", Historia Coelestis Britannica, vol. 3. pp.31-32, et passim.
- ^ Ridpath, Ian. “Argo Navis”. 2015年7月12日閲覧。
- ^ Ridpath, Ian. “Robur Carolinum”. 2015年7月12日閲覧。
- ^ a b Felice Stoppa. “Planisphere contenant les Constellations Celestes comprises entre le Pole Austral et le Tropique du Capricorne.”. Atlas Coelestis. 2015年7月12日閲覧。
- ^ Ridpath, Ian. “Argo Navis”. 2015年7月12日閲覧。
- ^ Nicolas Louis de La Caille (1763). Coelum australe stelliferum. pp. 192-196 2015年7月12日閲覧。
- ^ Richard H. Allen (2013-2-28). Star Names: Their Lore and Meaning. Courier Corporation. pp. 64-65. ISBN 978-0-486-13766-7
- ^ International Astronomical Union (1922). Transactions of the IAU. 1. International Astronomical Union. p. 158
- ^ Ridpath, Ian. “The IAU list of the 88 constellations and their abbreviations”. 2021年5月30日閲覧。
- ^ 『文部省 学術用語集 天文学編(増訂版)』(第1刷)日本学術振興会、1994年11月15日。
- ^ 村山定男 『キャプテン・クックと南の星』(初)河出書房、2003年5月10日、51-55頁。ISBN 978-4-309-90533-4。
参考文献[編集]
- 草下英明 『星座手帖』社会思想社、1969年、169頁。ISBN 978-4390106580。