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こいぬ座

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
こいぬ座
Canis Minor
Canis Minor
属格形 Canis Minoris
略符 CMi
発音 [ˌkeɪnɨs ˈmaɪnər]、属格:/ˈkeɪnɨs mɨˈnɒrɨs/
象徴 小さいほうの犬[1][2]
概略位置:赤経  07h 06m 39.4373s -  08h 11m 41.1339s[3]
概略位置:赤緯 +13.2238064° - −0.3693900°[3]
20時正中 3月中旬[4]
広さ 183.367平方度[5] (71位)
バイエル符号/
フラムスティード番号
を持つ恒星数
14
3.0等より明るい恒星数 2
最輝星 プロキオン(α CMi)(0.37等)
メシエ天体数 0
確定流星群 無し[6]
隣接する星座 ふたご座
いっかくじゅう座
うみへび座
かに座
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こいぬ座(こいぬざ、ラテン語: Canis Minor)は、現代の88星座の1つで、プトレマイオスの48星座の1つ[2]。イヌをモチーフとしており、より大きなおおいぬ座との対比で「小さい方の犬」を意味する学名が付けられている[2]。α星とβ星以外には目立つ星のない、小さな星座である。

α星プロキオンは全天21の1等星の1つで、プロキオンとおおいぬ座のα星シリウス、オリオン座のα星ベテルギウスの3つの1等星が形作る三角形のアステリズムは「冬の大三角 (英: Winter Triangle)」と呼ばれる[7]。

由来と歴史

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古代ギリシアでは、「犬の前」を意味する「プロキュオーン (Προκύων)」という名前が、こいぬ座とこいぬ座で最も明るい星の両方を指す言葉として使われていた[8][2]。紀元前3世紀前半のマケドニアの詩人アラートスの教訓詩『パイノメナ (古希: Φαινόμενα)』では「プロキュオーン (προκύων[9]) も双子の下方に美しく輝く[10]」と記され、紀元前3世紀後半の天文学者エラトステネースの『カタステリスモイ (古希: Καταστερισμοί)』でも「プロキュオーン (Προκύων)」という言葉が用いられている[8][11]。古代ローマでも引き続きプロキオン (Procyon) の名が使われた。1世紀初頭の古代ローマの著作家ヒュギーヌスの『天文詩 (羅: De astronomia)』でも「大きいほうの犬よりも先に昇ってくるので Procyon と呼ばれる」と記されている[11]。

帝政ローマ期2世紀頃のクラウディオス・プトレマイオスは、天文書『マテーマティケー・シュンタクシス (古希: Μαθηματικὴ σύνταξις)』、いわゆる『アルマゲスト』の中で、おおいぬ座の「キュオーン (Κύων)」に対して、その前に天に上ってくるこの星座を「犬の前」を意味する「プロキュオーン (Προκύων)」と呼んで48の星座の1つに挙げた[2]。この星座の星の数は、エラトステネースやヒュギーヌス、ヒッパルコスは3個としており、プトレマイオスは2個としていた[8][注 1]。

10世紀頃のイラン・ブワイフ朝の天文学者アブドゥッ゠ラフマーン・アッ゠スーフィーの著書『星座の書 (كتاب صور الكواكب الثابتة Kitāb ṣuwar al-kawākib aṯ-ṯābita / al-thābita)』では、こいぬ座は「小さい方の犬」を意味する「アル゠カルブ・アル゠アスガル (الكلب الأصغر al-kalb al-aṣġar / al-aṣghar)」と呼ばれていた[18][19]。これは、おおいぬ座を「大きい方の犬」という意味の「アル゠カルブ・アル゠アクバル (الكلب الأكبر al-kalb al-akbar)」と呼んだことに対応している[18][20]。

ヨハン・バイエルの『ウラノメトリア』(1603年)に描かれたこいぬ座。

イスラム世界からヨーロッパに天文学が流入したのちのルネサンス期以降は、主に Canis Minor が星座名として使われるようになった。17世紀初頭のドイツの法律家ヨハン・バイエルは、1603年に刊行した星図『ウラノメトリア』で、星座名を CANIS MINOR として、α から η までのギリシャ文字8文字を用いてこいぬ座の星に符号を付した[21][22]。

19世紀イギリスの天文学者リチャード・アンソニー・プロクター(英語版)は、星座名を簡略化するために、おおいぬ座を「Canis(犬)」、こいぬ座を「Felis(猫)」とすることを提案した[23][24]が、世に受け入れられることはなかった。

1922年5月にローマで開催されたIAUの設立総会で現行の88星座が定められた際にそのうちの1つとして選定され、星座名は Canis Minor、略称は CMi と正式に定められた[25]。

中国

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古今図書集成に描かれた井宿の星官。左中段に南河、上段に水位が描かれている。

ドイツ人宣教師イグナーツ・ケーグラー(戴進賢)らが編纂し、清朝乾隆帝治世の1752年に完成・奏進された星表『欽定儀象考成』では、こいぬ座の星のうち5つの星が二十八宿の南方朱雀七宿の第1宿の「井宿」の一部とされた[2][26]。ε・β・αの3星はオルドス高原を東に流れる黄河の本流を表す星官「南河[注 2]」に配され、6・11 の2星はかに座の2つの星とともに河川の水面の高さを表す星官「水位」に配された[2][26]。

神話

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19世紀の星座カード集『ウラニアの鏡』に描かれたこいぬ座。

古代ギリシアには、こいぬ座に神話・伝承は存在しなかった[8]。こいぬ座はおおいぬ座とともにオリオンの犬と見做されたが、オリオンと犬にまつわる伝承は存在しない[8]。

こいぬ座に関連する伝承が生まれたのは、時を下った古代ローマ時代になってからである。1世紀頃の著作家ヒュギーヌスは著書『天文詩 (Poeticon astronomicon)』の中で、アッティカ地方を舞台とする伝承として、豊穣神リーベルからブドウとワインの製法を教わったイーカリオスの飼い犬マイラに関する話を伝えている[2][27]。この伝承では、非業の死を遂げたイーカリオスと娘のエーリゴネー、飼い犬のマイラを悼んだユピテルが、イーカリオスをうしかい座、エーリゴネーをおとめ座、マイラをプロキオンとして天に上げた、としている[27]。

日本では「狩人アクタイオーンの猟犬メランポスがこいぬ座となった」とする話が紹介されることがある[28][29][30][31]が、この説の出典となる星座にまつわる神話・伝承を伝える古代ギリシア・ローマの文献は全く示されておらず[28][29][30][31]、出所不明の伝承である。たとえば、アラートスの『パイノメナ』[32]、エラトステネースの『カタステリスモイ』、ヒュギーヌスの『天文詩 (Poeticon astronomicon)』[8]、伝アポロドーロスの『ビブリオテーケー』[33]、オウィディウスの『変身物語 (Metamorphoses)』[34]などの星座と関連したギリシア・ローマ神話の出典とされる文献には、「メランポスがこいぬ座のモデルとなった」と伝える文言は一切見られない。オウィディウスの『変身物語』にはアクタイオーンの飼い犬としてメランプスが登場するが、それは名前の挙げられた36匹の飼い犬の1匹としてであり、こいぬ座との関連は一切語られていない[34]。辛うじて、19世紀末のアメリカのアマチュア博物学者リチャード・ヒンクリー・アレンの著書『Star-Names and Their Meanings』 (1899) でアクタイオーンの飼い犬とこいぬ座に関係がある可能性が示されているが、それも「神話学者はアクタイオンの犬、ディアーナ[注 3]の犬、エジプトのアヌビスなどとしているが」とわずかに触れられたのみである[24]。

呼称と方言

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世界で共通して使用されるラテン語の学名は Canis Minor、日本語の学術用語としては「こいぬ」とそれぞれ正式に定められている[36]。現代の中国でも、小犬座[37][38]という名称が使われている。

日本では、明治初期の1874年(明治7年)に文部省より出版された関藤成緒の天文書『星学捷径』や1879年(明治12年)にノーマン・ロッキャーの著書『Elements of Astronomy』を訳して刊行された『洛氏天文学』で「小犬」と紹介された[39][40]。その後も和名が変わることはなく[41][42]、1944年(昭和19年)に天文学用語が見直しされた際も「小犬(こいぬ)」とされた[43]。戦後の1952年(昭和27年)7月に日本天文学会が「星座名はひらがなまたはカタカナで表記する」[44]とした際に「こいぬ」が日本語の学名として定まり[45]、以降この呼び名が継続して用いられている。

方言

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αとβの2つの星のペアを「フタツボシ」と呼んでいたことが神奈川県横須賀市長井で記録されている[46]。漁師は、11月の夜明け頃にフタツボシが南中するのに合わせてキス釣りの底延縄漁に出掛けたという[46]。また、宮城県本吉郡唐桑町(現・気仙沼市)には、この2つの星のペアを門松の柱に見立てて「ミナミマツグイ(南松杭)」と呼んでいた[46]。これはカストルとポルックスのペアを「キタノマツグイ(北松杭)」と呼んだのと対を成す呼び名であった[46]。

主な天体

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銀河平面に近い位置にあるが、目立つ星団や星雲はない。1等星のプロキオンと3等星のゴメイサを除けば、あとは4等星以下の暗い星ばかりである。

恒星

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2024年1月現在、国際天文学連合 (IAU) によって2個の恒星に固有名が認証されている[47]。

星団・星雲・銀河

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チリ アタカマ砂漠のセロ・パラナル山にあるヨーロッパ南天天文台 (ESO) の超大型望遠鏡VLTが撮影した惑星状星雲Abell 24。

流星群

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2023年12月現在、こいぬ座の名前を冠した流星群で、IAUの流星データセンター (IAU Meteor Data Center) で確定された流星群 (Established meteor showers) とされているものはない[6]。

脚注

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注釈

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  1. ↑ エラトステネースは3個[12]、エラトステネースに依拠しているヒュギーヌスでも3個である[13]。しかし、紀元前2世紀のヒッパルコスは2個とし、そのうちのプロキオンでない方を二重星としている[14]。ヒッパルコスを受け継いだプトレマイオスは、二重星には触れずに、単に2個としている[15]。それ以後はプトレマイオスが踏襲され、アラビアでもヨーロッパでも2個とされてきた。16世紀のコペルニクスでも2個である[16][17]
  2. ↑ 南河に対して、ふたご座のρ・α・βの3星が、黄河本流の北側を流れる分流の烏加河を示す星官「北河」とされていた[26]。
  3. ↑ ギリシア神話のアルテミスに当たる[35]。

出典

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  1. ↑ “The Constellations”. 国際天文学連合. 2024年1月16日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 Ridpath, Ian. “Canis Minor”. Star Tales. 2024年1月16日閲覧。
  3. 1 2 “Constellation boundary”. 国際天文学連合. 2024年1月10日閲覧。
  4. ↑ 山田陽志郎「星座」『天文年鑑2024年版』2023年11月30日、328-331頁。ISBN 978-4-416-11545-9。
  5. ↑ “星座名・星座略符一覧(面積順)”. 国立天文台(NAOJ). 2026年1月1日閲覧。
  6. 1 2 “流星群の和名一覧(極大の日付順)”. 国立天文台 (2023年12月30日). 2024年1月16日閲覧。
  7. ↑ “冬の星空を楽しもう”. AstroArts. 2024年1月20日閲覧。
  8. 1 2 3 4 5 6 Condos 1997, pp. 62–63.
  9. ↑ Aratus. “Aratus Solensis, Phaenomena”. Perseus Digital Library. 2024年1月12日閲覧。
  10. ↑ アラトス、二カンドロス、オッピアノス 著、伊藤照夫 訳「星辰譜」『ギリシア教訓叙事詩集』(初版第1刷)京都大学学術出版会、京都、2007年10月15日、41頁。ISBN 978-4-87698-170-0。OCLC 676527275。
  11. 1 2 Hard, Robin (2015-08-01). “20. Canis Minor, the Little Dog, known to the Greeks as Procyon”. Constellation Myths: with Aratus's Phaenomena. Oxford Worlds Classics. Oxford University Press. pp. 64-65. ISBN 978-0-19871-698-3. OCLC 1026890396
  12. ↑ Olivieri, A. (ed.), Pseudo-Eratosthenis Catasterismi, Leipzig: Teubner (1897), p. 50b.
  13. ↑ Viré, Gh. (ed.), Hygini De astronomia, Stuttgart / Leipzig: Teubner (1992), p. 120.
  14. ↑ Manitius, C. (ed.), Hipparchi Arati et Eudoxi Phaenomena commentarium, Leipzig: Teubner (1894), pp. 230 (Lib.III Cap.1.§13), 242 (Lib.III Cap.2.§13).
  15. ↑ Ptolemaeus, Claudius (1903). Heiberg, J. L.. ed (ラテン語). Claudii Ptolemaei opera quae exstant omnia Vol. 1 Syntaxis mathematica / edidit J. L. Heiberg Ps. 2 Libros VII - XIII continens. Lipsiae: Teubner. p. 146. OCLC 257849268
  16. ↑ Copernicus, N., De revolutionibus orbium coelestium, Nürnberg: Petreius (1543), fol. 59b
  17. ↑ コペルニクス 著、高橋憲一 訳『完訳 天球回転論 - コペルニクス天文学集成』みすず書房、2017年、141頁。ISBN 978-4-622-09594-1。
  18. 1 2 近藤二郎『星の名前のはじまり-アラビアで生まれた星の名称と歴史』誠文堂新光社、2012年8月30日、46-57頁。ISBN 978-4-416-21283-7。
  19. ↑ ʿAbd ar-Raḥmān aṣ-Ṣūfī, Kitāb ṣuwar al-kawākib aṯ-ṯābita, Haidarābād: Dāʾirat al-maʿārif al-ʿuṯmāniyya (1954), p. 293.
  20. ↑ ʿAbd ar-Raḥmān aṣ-Ṣūfī, Kitāb ṣuwar al-kawākib aṯ-ṯābita, Haidarābād: Dāʾirat al-maʿārif al-ʿuṯmāniyya (1954), p. 285.
  21. ↑ Bayer, Johann (ラテン語). Ioannis Bayeri Uranometria omnium asterismorum continens schemata, nova methodo delineata aereis laminis expressa. excudit Christophorus Mangus. doi:10.3931/E-RARA-309 2024年1月21日閲覧。
  22. ↑ Bayer, Johann (ラテン語). Ioannis Bayeri Uranometria omnium asterismorum continens schemata, nova methodo delineata aereis laminis expressa. excudit Christophorus Mangus. doi:10.3931/E-RARA-309 2024年1月21日閲覧。
  23. ↑ Proctor, Richard A. (1872). A new star atlas for the library, the school, and the observatory : in twelve circular maps. London: Longmans, Green. p. 17. OCLC 5581005
  24. 1 2 Allen, Richard H. (2013-2-28). Star Names: Their Lore and Meaning. Courier Corporation. pp. 131-135. ISBN 978-0-486-13766-7
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  26. 1 2 3 大崎正次「中国の星座・星名の同定一覧表」『中国の星座の歴史』雄山閣出版、1987年5月5日、294-341頁。ISBN 4-639-00647-0。
  27. 1 2 Condos 1997, pp. 49–54.
  28. 1 2 野尻抱影『星座の話』(改訂版2刷)偕成社、1977年9月、261-264頁。ISBN 4037230100。 NCID BB30525977。
  29. 1 2 草下英明『星座手帖』社会思想社、1969年、216頁。ISBN 978-4-3901-0658-0。
  30. 1 2 長島晶裕/ORG『星空の神々 全天88星座の神話・伝承』新紀元社、2012年。ISBN 978-4-7753-1038-0。
  31. 1 2 早水勉『Web連動 ビジュアル星空大全』技術評論社。ISBN 978-4-297-13773-1。
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  33. ↑ アポロドーロス 著、高津春繁 訳『ギリシア神話』(第2刷)岩波書店、1994年9月5日。ISBN 4-00-007132-7。
  34. 1 2 オウィディウス 著、中村善也 訳『変身物語(上)』(第26刷)岩波書店、2012年4月5日。ISBN 4-00-321201-0。
  35. ↑ 早水勉. “星座の神話 定説検査(3) - 月の女神アルテミス,セレネ,ディアナ,ルナの関係”. HAL星研. 2025年4月15日閲覧。
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  38. ↑ 大崎正次「辛亥革命以後の星座」『中国の星座の歴史』雄山閣出版、1987年5月5日、115-118頁。ISBN 4-639-00647-0。
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参考文献

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座標: 星図 08h 00m 00s, +05° 00′ 00″