こいぬ座

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
こいぬ座
Canis Minor
Canis Minor
属格 Canis Minoris
略符 CMi
発音 [ˌkeɪnɨs ˈmaɪnər]、属格:/ˈkeɪnɨs mɨˈnɒrɨs/
象徴 the lesser Dog
概略位置:赤経 8
概略位置:赤緯 +5
広さ 183平方度 (71位
主要恒星数 2
バイエル符号/
フラムスティード番号
を持つ恒星数
14
系外惑星が確認されている恒星数 0
3.0等より明るい恒星数 2
10パーセク以内にある恒星数 1
最輝星 プロキオン(α CMi)(0.37
最も近い星 プロキオン (α CMi);(11.46光年)
メシエ天体 0
流星群 Canis-Minorids
隣接する星座 ふたご座
いっかくじゅう座
うみへび座
かに座
テンプレートを表示

こいぬ座(こいぬざ、小犬座、Canis Minor)は、現在の88星座の1つ。2世紀頃にクラウディオス・プトレマイオスが選んだいわゆる「トレミーの48星座」の1つ。

α星は、全天21の1等星の1つで、プロキオンと呼ばれる。プロキオンと、おおいぬ座α星のシリウスオリオン座α星のベテルギウスの3つの1等星が作る三角形のアステリズムは「冬の大三角」と呼ばれる[1]。α星とβ星以外には目立つ星のない、小さな星座である。

主な天体[編集]

恒星[編集]

国際天文学連合 (IAU) によって2個の恒星に固有名が認証されている[2]

  • α星:見かけの等級0.37等とこいぬ座で最も明るい恒星で、全天21の1等星の1つとされる[3]F型主系列星のA星と白色矮星のB星[4]からなる連星系で、主星Aは「プロキオン[5](Procyon)」という固有名で知られる。これは、ギリシャ語で「犬の前に居る者」を意味する : Προκύων から生まれた呼び名で、シリウスが昇る直前に昇っていたことに由来する[6]
  • β星:見かけの等級2.89等の3等星[7]。A星には「ゴメイサ[5](Gomeisa)」という固有名が付けられている[2]

星団・星雲・銀河[編集]

面積が狭く、10等より明るい星雲・星団はこの星座にはない。

由来と歴史[編集]

古今図書集成に描かれた井宿星官。左中段に南河、上段に水位が描かれている。

古代ギリシアでは、「犬の前」を意味する「プロキオン (Προκύων)」という名前が、こいぬ座とこいぬ座で最も明るい星の両方を指す言葉として使われていた[8][9]。紀元前3世紀頃のアラートスの教訓詩『ファイノメナ』では1つの星に対して、エラトステネースの『カタステリスモイ』では星座に対して、それぞれ「プロキオン (Προκύων)」という言葉が用いられている[8]

2世紀頃にクラウディオス・プトレマイオスは、著書『アルマゲスト』の中で、おおいぬ座の「キオン (Κύων)」に対して、その前に天に上ってくるこの星座を「犬の前」を意味する「プロキオン (Προκύων)」と呼んで48の星座の1つに挙げた[9]。エラトステネース、ヒュギーヌスヒッパルコス、そしてプトレマイオスのいずれも、この星座には3つの星しかないとしていた[8]

19世紀のイギリスの天文学者リチャード・アンソニー・プロクター英語版は、星座名を簡略化するために、おおいぬ座を「Canis(犬)」、こいぬ座を「Felis(猫)」とすることを提案した[10][11]が、世に受け入れられることはなかった。

1922年5月にローマで開催されたIAUの設立総会で現行の88星座が定められた際にそのうちの1つとして選定され、略称はCMiと定められた[12]

中世イスラム世界

10世紀頃のイランブワイフ朝の天文学者アブド・アッ=ラフマン・アッ=スーフィーの著書『星座の書 (Kitāb Ṣuwar al-Kawākib al-Thābita)』では、こいぬ座は「小さい方の犬」を意味する「アル=カルブ・アス=アスガル (al-Kalb al-Asghar)」と呼ばれていた[13]。これは、おおいぬ座を「大きい方の犬」という意味の「アル=カルブ・アル=アクバル (al-Kalb al-Akbar)」と呼んだことに対応している[13]

中国

中国の天文では、こいぬ座の星のうち5つの星が二十八宿の南方朱雀七宿の第1宿の「井宿」の一部とされた[9][14]。ε・β・αの3星は「南河」と呼ばれる星官を成し、6番星と11番星はかに座の2つの星とともに「水位」という星官を成した[9][14]

神話[編集]

19世紀の星座カード集『ウラニアの鏡』に描かれたこいぬ座。

古代ギリシアには、こいぬ座に神話・伝承は存在しなかった[8]。こいぬ座はおおいぬ座とともにオリオンの犬と見做されたが、オリオンと犬にまつわる伝承は存在しない[8]

こいぬ座に関連する伝承が生まれたのは、時を下った古代ローマ時代になってからである。1世紀頃の著作家ヒュギーヌスは著書『天文詩 (Poeticon astronomicon)』の中で、アッティカ地方を舞台とする伝承として、豊穣神リーベルからブドウとワインの製法を教わったイーカリオスの飼い犬マイラに関する話を伝えている[9][15]。この伝承では、非業の死を遂げたイーカリオスと娘のエーリゴネー、飼い犬のマイラを悼んだユピテルが、イーカリオスをうしかい座、エーリゴネーをおとめ座、マイラをプロキオンとして天に上げた、としている[15]

日本では「狩人アクタイオーンの猟犬メランポスがこいぬ座となった」とする話が「ギリシャ神話」として紹介されることがあるが、その元となった星座にまつわる神話・伝承を伝える古代ギリシア・古代ローマの文献は示されておらず[16][17][18]、出所が不明である。たとえば、アラートスの『ファイノメナ』[19]エラトステネースの『カタステリスモイ』、ヒュギーヌスの『天文詩 (Poeticon astronomicon)』[8]伝アポロドーロスの『ビブリオテーケー[20]オウィディウスの『変身物語 (Metamorphoses)』[21]などの星座と関連したギリシア・ローマ神話の出典とされる文献には、「メランポスがこいぬ座のモデルとなった」と伝える文言は一切見られない。オウィディウスの『変身物語』にはアクタイオーンの飼い犬としてメランプスが登場するが、それは名前の挙げられた36匹の飼い犬の1匹としてであり、こいぬ座との関連は一切語られていない[21]。辛うじて、19世紀末のアメリカのアマチュア博物学者リチャード・ヒンクリー・アレンの著書『Star-Names and Their Meanings』 (1899) でアクタイオーンの飼い犬とこいぬ座に関係がある可能性が示されているが、それも「神話学者はアクタイオンの犬、ディアナの犬、エジプトのアヌビスなどとしているが」とわずかに触れられたのみである[11]

呼称と方言[編集]

日本では、明治期に「小犬[22]」と訳されてから和名が変わることはなかった[23][24]。戦後の1952年(昭和27年)7月に日本天文学会が「星座名はひらがなまたはカタカナで表記する」[25]とした際に「こいぬ」が日本語の学名として定まり[26]、以降この呼び名が継続して用いられている。

方言[編集]

αとβの2つの星のペアを「フタツボシ」と呼んでいたことが神奈川県横須賀市長井で記録されている[27]。漁師は、11月の夜明け頃にフタツボシが南中するのに合わせてキス釣りの底延縄漁に出掛けたという[27]。また、宮城県本吉郡唐桑町(現・気仙沼市)には、この2つの星のペアを門松の柱に見立てて「ミナミマツグイ(南松杭)」と呼んでいた[27]。これはカストルポルックスのペアを「キタノマツグイ(北松杭)」と呼んだのと対を成す呼び名であった[27]

出典[編集]

  1. ^ 冬の星空を楽しもう”. AstroArts. 2022年12月22日閲覧。
  2. ^ a b IAU Catalog of Star Names (IAU-CSN)”. 国際天文学連合 (2022年4月4日). 2022年12月22日閲覧。
  3. ^ "alp CMi". SIMBAD. Centre de données astronomiques de Strasbourg. 2022年12月22日閲覧
  4. ^ "alp CMi B". SIMBAD. Centre de données astronomiques de Strasbourg. 2022年12月22日閲覧
  5. ^ a b 『ステラナビゲータ11』(11.0i)AstroArts。 
  6. ^ Kunitzsch, Paul; Smart, Tim (2006). A Dictionary of Modern star Names: A Short Guide to 254 Star Names and Their Derivations. Sky Pub. Corp.. p. 24. ISBN 978-1-931559-44-7 
  7. ^ "bet CMi". SIMBAD. Centre de données astronomiques de Strasbourg. 2022年12月22日閲覧
  8. ^ a b c d e f Condos 1997, pp. 62–63.
  9. ^ a b c d e Ridpath, Ian. “Canis Minor”. Star Tales. 2022年12月22日閲覧。
  10. ^ Proctor, Richard A. (1872). A new star atlas for the library, the school, and the observatory : in twelve circular maps. London: Longmans, Green. p. 17. OCLC 5581005. https://books.google.com/books?id=yzRRAAAAYAAJ 
  11. ^ a b Allen, Richard H. (2013-2-28). Star Names: Their Lore and Meaning. Courier Corporation. pp. 131-135. ISBN 978-0-486-13766-7. https://books.google.com/books?id=vWDsybJzz7IC 
  12. ^ Ridpath, Ian. “The IAU list of the 88 constellations and their abbreviations”. Star Tales. 2022年12月27日閲覧。
  13. ^ a b 近藤二郎 『星の名前のはじまり-アラビアで生まれた星の名称と歴史』誠文堂新光社、2012年8月30日、46-57頁。ISBN 978-4-416-21283-7 
  14. ^ a b 大崎正次「中国の星座・星名の同定一覧表」 『中国の星座の歴史』雄山閣出版、1987年5月5日、294-341頁。ISBN 4-639-00647-0 
  15. ^ a b Condos 1997, pp. 49–54.
  16. ^ 野尻抱影 『星座の話』(改訂版2刷)偕成社、1977年9月、261-264頁。ISBN 4037230100NCID BB30525977 
  17. ^ 草下英明 『星座手帖』社会思想社、1969年、216頁。ISBN 978-4-3901-0658-0 
  18. ^ 長島晶裕/ORG 『星空の神々 全天88星座の神話・伝承』新紀元社、2012年。ISBN 978-4-7753-1038-0 
  19. ^ 伊藤博明、佐川美智子 『グロティウスの星座図帳 : ゲルマニクス"アラトスのファイノメナ"の邦訳』 No.1、千葉市立郷土博物館〈天文資料解説集〉、1999年3月31日、100頁。 NCID BA84126606 
  20. ^ アポロドーロス 著、高津春繁 訳 『ギリシア神話』(第2刷)岩波書店、1994年9月5日。ISBN 4-00-007132-7 
  21. ^ a b オウィディウス 著、中村善也 訳 『変身物語(上)』(第26刷)岩波書店、2012年4月5日。ISBN 4-00-321201-0 
  22. ^ ジェー、ノルマン、ロックヤー 著、木村一歩内田正雄『洛氏天文学 上冊』文部省、1879年3月、57頁https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/831055 
  23. ^ 天圖の説明」『天文月報』第1巻第5号、1908年8月、 12頁、 ISSN 0374-2466
  24. ^ 星座名」『天文月報』第2巻第11号、1910年2月、 11頁、 ISSN 0374-2466
  25. ^ 『文部省学術用語集天文学編(増訂版)』(第1刷)日本学術振興会、1994年11月15日、316頁。ISBN 4-8181-9404-2 
  26. ^ 星座名」『天文月報』第45巻第10号、1952年10月、 13頁、 ISSN 0374-2466
  27. ^ a b c d 北尾浩一「第1章「冬の星」第4節「こいぬ座」」 『日本の星名事典』(初版第1刷)原書房、2018年5月30日、165-169頁。ISBN 978-4-562-05569-2 

参考文献[編集]

座標: 星図 08h 00m 00s, +05° 00′ 00″