閨閥

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閨閥 (けいばつ)は、

  • 広義には政界財界官界さらには王室貴族に属す一族が自身の影響力の保持および、増大を目的に一族の子弟、子女を婚姻させ強固な関係を構築した結果できた血縁によるネットワーク
  • 狭義には妻の一族の勢力を中心に結ばれた人のつながり[1]

のことである。元来は狭義の意味で使う言葉であり[1]、それ以外の血縁関係のネットワークは門閥(もんばつ)と呼ぶべきものであるが[2]、ここでは便宜上門閥も含めた広義の閨閥について解説する。

概説[編集]

政治、経済、官僚組織などはそれぞれの分野に強みや弱みがあるため、各々分野に秀でた一族はそれらを補完するため、他の分野に秀でた一族との間に政略結婚をすることで、一族の存続、影響力の保持、増大を図るようになった。また、それらの家はそれなりの「格式」を誇るため、その家の格式に適合した子女の嫁ぎ先などを考慮した結果、政・財・官において有力な家同士の婚姻が成立することに必然的になる。

日本[編集]

日本においては古来皇室を中心にした政略結婚が広く行われ、天皇の外戚になることによって権力を行使する摂関政治といった政治形態が成立した。

また、武家政権が成立してからも、武家同士、あるいは武家と公家との間の政略結婚は広く行われた。前者の場合、勢力の保持、増大が目的であり、後者では勢力の補完に主眼がおかれているといえる。江戸時代には武家と公家との間の婚姻が将軍家と有力大名家、天皇家と宮家五摂家などの有力公家との間にさかんに行われ、それぞれの影響力の補完が行われた。

明治時代に入ると、華族制度が成立した。華族には公家華族、大名華族、勲功華族などあり、それぞれが格式や実力などに強み弱みがあったため、それぞれを補完するための通婚が行われた。華族は皇室の藩屏なので当然、天皇家、宮家を巻き込んだものとなった。また富国強兵殖産興業の結果現れた資本家や高級官僚も、格式や政治力を得るために華族との通婚を望み、経済的、政策的な支援が期待できることから華族も資本家や高級官僚との婚姻による関係強化を望んだ。

第二次世界大戦後、華族制度は廃止されたため、政・財・官の分野で有力な一族の間での通婚が盛んに行われ、各々の影響力を保持、強化に努めるようになった。政治の分野では国会議員世襲が常態化したため、政界の主導による財界、官界、さらには皇室との間の通婚で複雑な血縁関係が形成されるようになった。特に大蔵省では、「高輪会」と呼ばれる、若手官僚と政財官界の要人の令嬢との見合いパーティーが定期的に開催されていたという[3]。省庁内部での閨閥形成もしばしば見られ、高級官僚が自省庁の若手有望株のキャリアに娘を嫁がせ、自身の影響力拡大を図る例がある。

近年では政界・財界・官界のみならず学界芸能界の有力一族も閨閥を形成しており[4]、学界・芸能界の一族と政界・財界・官界・旧皇族・旧華族と姻戚関係を結ぶケースもみられる。

日本以外[編集]

ヨーロッパでは各国の王室貴族との間の政略結婚が古くから行われており、現在にいたるまで複雑な血縁関係が形成されている。英仏関係に見られる閨閥[5]のように、これはしばしば国境を越える。

アメリカ合衆国では王室や貴族制度がない。代わりに政治家と経済界の有力な家との間に通婚がよく起こる。国連の合衆国要人は軍需産業やジャーナリズムと家族関係にあった[6]

中国台湾では四大家族が勢力を振るい、現在の国際関係に影響を残した。

関連項目[編集]

具体的な人物、一族
作品

参考文献[編集]

脚注・出典[編集]

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  1. ^ a b 『広辞苑 第四版』、793頁。
  2. ^ 『広辞苑 第四版』、2561頁。
  3. ^ 選択」2007年2月号、選択出版
  4. ^ 学者の閨閥を形成している箕作家佐藤朝泰著『門閥―旧華族階層の復権』(立風書房1987年4月10日第1刷発行、ISBN 4-651-70032-2)及び小谷野敦著『日本の有名一族―近代エスタブリッシュメントの系図集』(幻冬舎幻冬舎新書〉、2007年9月30日第1刷発行、ISBN 978-4-344-98055-6)で取り上げられており、芸能人の閨閥を形成しているマキノ家も小谷野著『日本の有名一族』で取り上げられている。
  5. ^ 広瀬隆『赤い楯―ロスチャイルドの謎』 1991年11月 集英社 系図85 イギリス・フランスの歴代首脳と現代大富豪の血族関係
  6. ^ 広瀬隆『地球のゆくえ』 集英社 1994年7月 系図16 国連に仕組まれたPKO