ショーン・レノン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ショーン・タロー・オノ・レノン
(Sean Taro Ono Lennon)
ショーン・レノン、2007年4月29日サンフランシスコにて
ショーン・レノン、2007年4月29日サンフランシスコにて
基本情報
出生名 ショーン・タロー・オノ・レノン(Sean Taro Ono Lennon)
出生日 1975年10月9日(32歳)
出身地 アメリカ合衆国
ニューヨーク州
ジャンル ロックポップス
職業 シンガー・ソングライター
俳優脚本家
担当楽器 ギターベース・ギターピアノドラムス
活動期間 1991年 - 現在
レーベル キャピトル・レコード
東芝EMI
(過去:グランド・ロイヤル・レコード
共同作業者 チボ・マット
Dopo Yume
影響 ビースティ・ボーイズ
ザ・ビーチ・ボーイズ
ビートルズ
ポール・マッカートニー
ジョン・レノン
オノ・ヨーコ
公式サイト seanlennon.com
  

ショーン・レノンSean Taro Ono Lennon - ショーン・タロー・オノ・レノン、1975年10月9日 - )は、アメリカニューヨーク出身の、音楽家・ミュージシャン。父は元ビートルズジョン・レノン、母は前衛芸術家オノ・ヨーコチボ・マットのサポート・メンバーとして1990年代後半に活動し、2006年までにソロ・アルバムを2枚、ミニ・アルバムを1枚発売している。

目次

[編集] 生い立ち

ジョン・レノンオノ・ヨーコ夫妻の結婚6年目にして初めて誕生した息子。誕生日は父親と同じ10月9日である。安田善次郎の玄孫(やしゃご)にあたる。

名付け親は、別居したジョンとヨーコの寄りを戻すきっかけを作ってくれたエルトン・ジョンで、ジョン・レノンの民族的ルーツであるアイルランドでの「ジョン」に相当する最もポピュラーな男子名ということで、「ショーン」を提案したという。ミドルネームの「タロー」はジョンから「なにか日本語の名前を付けてくれ」と頼まれたヨーコにより、「ジョン」に相当する日本語のポピュラーな男子名が「太郎」だということで名付けられた。

ショーンが生まれて間もない頃、ジョンは絶え間の無いレコード制作に辟易していたようで、その後所属レコード会社との契約が切れると何処のレーベルとも契約を交わすことなく音楽活動を停止している。

その後ジョンは主夫(ハウス・ハズバンド)となり、幼いショーンを育てることに没頭したと言われているが、実際のところどのような生活を送っていたかについては、未だに明らかにされていないことも多く、この時期については謎も残っている。

1977年以降は一家で、日本の軽井沢にある小野家の別荘や、定宿の万平ホテルに長期間滞在し、主に旧軽井沢や離山房(喫茶店)でショーンを連れて歩くジョンの姿は現地で多く目撃されている。

1980年12月8日(日本時間9日)、ジョンが殺害される。この事件以降の数年間について、ヨーコは自らのアルバムのライナーノーツの中で「1981年から1983年にかけての私とショーンは、まるで雪原の中に二人して立っているような思いだった」と記している。

[編集] 経歴

1984年に発表された、父ジョンやエルヴィス・コステロなどによるヨーコの楽曲をカヴァーしたものを集めたコンピレーションアルバム、『Every Man Has A Woman~ジョンとヨーコの仲間たち』で初めてレコード・デビュー。

1988年ビートルズロックの殿堂入りした際には、ビートルズのジョージ・ハリスンリンゴ・スター、異母兄ジュリアン・レノン(ジョンが前妻とのあいだにもうけた長男)などとともにその授賞パーティに姿を見せた。

ジョンが亡くなってから10年後の1990年には、ヨーコや佐野元春などによる企画盤『HAPPY BIRTHDAY, JOHN』に参加。1992年には(ジョンがショーンに捧げた「ビューティフル・ボーイ」がCFソングとして流れる)資生堂のCMに出演している。

1994年にジョンがソロ・アーティストとして殿堂入りを果たした際にも、ポール・マッカートニーと共に母子揃って授賞式に出席している。また同年公開のジョンの伝記映画『イマジン ジョン・レノン』などにも出演し、話題を呼んだ。

1990年代中盤からは音楽家としての活動を本格的に始動。1991年レニー・クラヴィッツのアルバム『ママ・セッド』ではゲスト参加し、母ヨーコのアルバム『ライジング』(1995年発表)ではバックバンド「IMA」として演奏面でも全面的にサポート。また、チボ・マットのサポート・メンバーとしても活躍した。

1998年にはビースティ・ボーイズが主宰していたグランド・ロイヤル・レコードから初のソロ・アルバム『イントゥ・ザ・サン』を発表(プロデューサーはチボ・マットの本田ゆか)。これといったヒットにこそならなかったものの、評論家の間では概ね好評を博した。同年に本田らチボ・マットのメンバーを従えた来日公演も行う。来日時に出演したフジテレビ系の音楽番組、『LOVE LOVEあいしてる』の1コーナー「プリプリプリティ」で、篠原ともえと友達になる。ショーンは自身のミドルネームにちなんだウルトラマンタロウのイラストを描いて見せ「ボクノ、ナマエハ、タローデス」と日本語で自己紹介している。後日篠原は、ショーンのステージにゲスト参加した。その影響からかショーン自身何度か「シノラー」化(ウサギ耳にアニメのTシャツ、アクセサリー、可愛いデザインのZO-3ギターなど)したこともある。

翌年には日本限定で東芝EMIより同作からのバージョン違いやリミックス、アウトテイクなどを集めたミニアルバム『ハーフ・ホース、ハーフ・ミュージシャン』が発売された。

2001年にグランド・ロイヤルが閉鎖した後はキャピトル・レコードと新たに契約を交わしている。その後の活動は再び他アーティストの作品のゲスト参加が主となり、自身のソロ作品は長い間発表されなかった。

2005年には、村上龍の同名小説が原作の映画『コインロッカー・ベイビーズ』に、浅野忠信らとともに出演する予定であることが日本のスポーツ紙に報道された。共同脚本にも参加している。

2006年9月26日にアメリカで、2作目のソロ・アルバム「フレンドリー・ファイア」が8年ぶりにリリースされる。 1枚目よりおとなしめの曲調が多い作品となった。

その際、「今となっては浅はかだったが」と前置きした上で、自分が少年時代からのニルヴァーナファンで、ドラムのデイヴ・グロールに「ニルヴァーナに入れてくれ」と手紙にデモテープを入れて頼んだ事があるのを明かした。返事は「君の送ってくれた音楽をいつも聞いているけど、フー・ファイターズという新バンドをやるので出来ない」というものだったが、新バンドが出来ることに喜んだという。「この方向がもし違ったら、自分の2枚目のアルバムが出来なかったかもしれない」とも語っている。

2007年8月には東京・大阪で行われたサマーソニック出演のため来日。次いで11月23日30日には、東京・大阪・福岡のビルボード・ライヴにて単独来日公演を行う予定であったが、本人の都合により中止となった。

2008年5月ホンダ・フリードのCMに出演(ちなみに異母兄のジュリアン・レノンも1980年代にホンダのCMに出演したことがある)。[1][2]

音楽面のパートナーである本田ゆかと、長年公私にわたって交際している。2000年代前半に本田と別れていた時期があり、その間はビジュー・フィリップス(ママス&パパスのジョン・フィリップスの娘)やエリザベス・ジャガー(ミック・ジャガーの娘)などとの恋愛が報じられた。

[編集] ディスコグラフィ

[編集] スタジオ・アルバム

  • イン・トゥ・ザ・サン - Into The Sun1998年5月8日
    1. ミステリー・ジュース - Mystery Juice
    2. イントゥ・ザ・サン - Into the Sun
    3. ホーム - Home
    4. バスタブ - Bathtub
    5. ワン・ナイト - One Night
    6. スペースシップ - Spaceship
    7. フォトシンセシス - Photosynthesis
    8. キュー - Queue
    9. トゥー・ファイン・ラヴァーズ - Two Fine Lovers
    10. パート・ワン・オブ・ザ・カウボーイ・トリロジー - Part One of the Cowboy Trilogy
    11. ウェイステッド - Wasted
    12. ブリーズ - Breeze
    13. ショーンズ・テーマ - Sean's Theme
    14. インターミッション - Intermission (B)
    15. 5/8 - 5-8 (B)
  • ハーフ・ホース,ハーフ・ミュージシャン1999年2月10日
    1. キュー(ラジオ・ミックス) - Queue (Radio Mix)
    2. スペースシップ(ラジオ・ミックス) - Spaceship (Radio Mix)
    3. ドリーム - Dream
    4. ハート&ラング(テキサス・モーテル・ヴァージョン) - Heart & Lun (Texas Motel Version)
    5. 5/8 - 5-8
    6. ピラミッド - Pyramid
    7. ハピネス(オン・ザ・バス・ヴァージョン) - Happiness (On the Bus Version)
    8. イントゥ・ザ・サン(ムーグ・リミックス) - Into the Sun (Moog Remix)
  • フレンドリー・ファイア - Friendly Fire2006年9月29日
(B) は日本盤のみのボーナストラック

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ ホンダ・フリード スペシャルギャラリー
  2. ^ ホンダ・フリード CM INFORMATION

[編集] 外部リンク