デイヴ・グロール
| デイヴ・グロール Dave Grohl |
|
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | David Eric Grohl |
| 出生 | 1969年1月14日(44歳) |
| 出身地 | |
| ジャンル | オルタナティヴ・ロック グランジ ハードコア・パンク ハードロック ヘヴィメタル |
| 職業 | ミュージシャン、シンガーソングライター |
| 担当楽器 | ボーカル、ドラムス、ギター、ベース、ピアノ、パーカッション |
| 活動期間 | 1987年 - |
| レーベル | RCAレコード キャピトル・レコード DGCレコード ディスコード・レコード |
| 共同作業者 | ニルヴァーナ フー・ファイターズ クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ ゼム・クルックド・ヴァルチャーズ テネイシャスD |
| 著名使用楽器 | |
| ギブソン・SGカスタム ギブソン・DG-335 ギブソン・トリニロペス ギブソン・ファイヤーバード |
|
デヴィッド・エリック・グロール(David Eric Grohl、1969年1月14日- )はアメリカのミュージシャン。ロックバンド、ニルヴァーナの元ドラマーで、現在はフー・ファイターズのボーカル、ギターを務め、ジョン・ポール・ジョーンズらと共に結成した「ゼム・クルックド・ヴァルチャーズ」のドラマーも務めている。
目次 |
経歴[編集]
生い立ち~初期の音楽活動[編集]
オハイオ州ウォーレンで生まれる。幼少期にバージニア州スプリングフィールドを経てワシントンDCへ移る。ワシントンDCに転居してから3年後に両親が離婚し、姉と共に母に引き取られる。12歳の時にギターを始める。数年後、熱烈なパンク・ロックファンであった従兄弟の影響でパンクに目覚める。その後、友人とバンドを結成し最初はギターを担当していたが、しばらく後にドラムに転向する。
17歳の時に高校中退、ワシントンDCでハードコア・パンクバンドにドラマーとして加入。次第にドラマーとしての腕が評価されるようになり、メルヴィンズと親交を持つようになる。メルヴィンズのバズ・オズボーンを介してグロールはニルヴァーナのカート・コバーン、クリス・ノヴォセリックと出会う。
1990年にスクリームは唐突に解散してしまう。グロールはバズに電話で相談し、ニルヴァーナが新しいドラマーを探していることを知る。バズはノヴォセリックにグロールの電話番号を教え、彼をシアトルに誘った。グロールはドラムセットだけを持ってシアトルへと渡る。その後しばらくコバーンの家に寝泊りし、ニルヴァーナのオーディションを受ける。過去に在籍したドラマーの技術に不満を持ち続けていたコバーンは、グロールのドラミングを絶賛、即座に加入が決まった。
ニルヴァーナ[編集]
詳細は「ニルヴァーナ (バンド)」を参照
デイヴ加入後にリリースされたアルバム『ネヴァーマインド』は全世界で2,000万枚近いヒットを記録し、ニルヴァーナを一躍スターダムに押し上げる。『ネヴァーマインド』のヒットには、コバーンのソングライターとしての才能もさることながら、グロールの優れたドラミングとコーラスワークも貢献していると評価する専門家やファンも少なくない。続く『イン・ユーテロ』からシングルカットされた『ハート・シェイプト・ボックス』のカップリング曲「マリゴールド」ではグロールが作詞・作曲・ボーカルを務めており、これはニルヴァーナのオリジナル曲では唯一、コバーン以外のメンバーによる作品となっている。しかし、1994年4月にコバーンが自殺したことでニルヴァーナは解散する。
フーファイターズ[編集]
詳細は「フー・ファイターズ」を参照
ニルヴァーナ解散後、グロールはニルヴァーナ時代から密かに作り続けていた楽曲のレコーディングを開始。ほぼ全ての楽器を自ら担当し、1995年、それらの楽曲をソロプロジェクトフー・ファイターズのファーストアルバムとしてリリースする。その後、ギタリストのフランツを初めとするメンバーを集め、フー・ファイターズはバンドとして活動を開始。ニルヴァーナ時代とは打って変わってボーカル兼ギターのフロントマンを務める。現在までに7枚のアルバムをリリースし、複数回にわたってグラミー賞を受賞するなど成功を収めている。
その他の音楽活動[編集]
2000年代からフー・ファイターズとは別にヘヴィメタルのプロジェクト、プロボットも始動。レミー・キルミスター(元ホークウィンド、モーターヘッド)、マックス・カヴァレラ(元セパルトゥラ、ソウルフライ、カヴァレラ・コンスピラシー)、キング・ダイアモンドらをゲストに迎えた同名のアルバムが2004年にリリースされている。
この他、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ(QOTSA)、キリング・ジョーク、キャット・パワー、ガービッジ、ナイン・インチ・ネイルズなどの作品にドラマーとして参加。QOTSAではフジ・ロック・フェスティバルにもドラマーとして帯同した。
2009年に、QOTSAのジョシュ・オムとレッド・ツェッペリンのジョン・ポール・ジョーンズと共にスーパーバンド「ゼム・クルックド・ヴァルチャーズ」を結成[1]、同年11月にアルバムをリリースした。グロールはここでもドラムを担当している。また、ポール・マッカートニーと交流を持ち、2009年のグラミー賞でのライブ、2009年のリヴァプールにおけるチャリティ・ライヴ「チルドレン・イン・ニード」で共演をしている。
人物[編集]
- 明るく誠実な人柄で知られる。ニルヴァーナ時代は気難しく人見知りの激しいコバーンの替わりにスポークスマンを務める事も多かった。
- カートの妻であったコートニー・ラヴとは犬猿の仲で知られており、ときおり両者の誹謗中傷の応戦がマスコミを通じて行われることもある。
- 1992年のMTV Video Music Awardsではマイケル・ジャクソンの格好で登場し、「I'm a king of Grunge」と皮肉めいたギャグを飛ばした。
- 現在より過去の活動を引き合いに出される事を嫌うミュージシャンも多い中、ニルヴァーナでの活動に対して肯定的な態度を取っている。
- 首筋にフー・ファイターズのロゴマークを象った「FF」というタトゥーを入れている(3rdアルバムのジャケット写真にも使用されている)。
- かつては喫煙者だったが、2008年頃にタバコをやめた[2]。
- 中毒と呼べるほどのコーヒー好きであり、2010年3月にはカフェインの過剰摂取が原因で体調を崩し、病院で診察を受けた[3]。
- 2010年の「ローリング・ストーン誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のドラマー」に於いて、ジョン・ボーナム、ニール・パート、キース・ムーンに続く第4位に選ばれている。
- 非常に強くドラムを叩くプレースタイルのため、ニルヴァーナ時代のMTV・アンプラグド・イン・ニューヨーク収録は「脱退も考えるほどの悪夢だった」と後に振り返っている[4]。
脚注[編集]
|
|||||||||||||||||||||||