松本丑太郎

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松本 丑太郎(まつもと うしたろう、天保12年(1841年8月15日 - 明治42年(1909年12月1日)は、松本三郎平の長男。静岡県小笠郡中内田村(後の菊川市)の初代村長。酒造家。

[編集] 人物

幕末の領主、井上志摩守が勤王の志ありて上洛する際、金百両を献納しその意を継ぐ。明治9年家督を相続して以降、牧之原台地を開墾して、最新式の製茶工場を建て、製茶を始めた。

1889年(明治22年)4月、中内田村の初代村長となり、静岡を製茶の一大産地とせんことを志す。1909年(明治42年)12月1日享年69で死去。現在もその徳を讃える石碑が、応声教院の石段西にある。丑太郎の開墾した、牧之原台地の西の集落を「松本開墾」という。

なお長女の節子は板垣退助の嫡男鉾太郎に婚し、のち満蒙開拓を志し、満州国長春市で客死した。

[編集] 系譜

  • 松本氏 家紋は「丸の内橘」。
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松本市平
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松本三郎平 男 男 男 松本玉音
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松本丑太郎
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松浦榮太郎 松本貞次郎 石岡孝平 松本三郎 せつ ゑつ よし いと
        (君平)
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