鳥羽水族館
| 鳥羽水族館 TOBA AQUARIUM |
|
|---|---|
| 施設情報 | |
| 正式名称 | 株式会社 鳥羽水族館 |
| 愛称 | TOBA AQUARIUM |
| 前身 | 丸幸商店 |
| 専門分野 | 総合 |
| 事業主体 | 株式会社 鳥羽水族館 |
| 管理運営 | 株式会社 鳥羽水族館 |
| 館長 | 古田正美 |
| 面積 | 24,537.155m2 |
| 頭数 | 20,000頭 |
| 種数 | 1,000種超[1] |
| 水槽総容量 | 6,000t |
| 来園者数 | 94万人(2009年)[2] |
| 主な飼育動物 | ラッコ・ジュゴン |
| 開館 | 1955年5月15日 |
| 所在地 | 〒517-8517 三重県鳥羽市鳥羽三丁目3番6号 |
| 位置 | |
| アクセス | 近鉄志摩線中之郷駅より徒歩2分 |
| 公式サイト | 鳥羽水族館 |
鳥羽水族館(とばすいぞくかん、TOBA AQUARIUM)は、三重県鳥羽市に本拠地を置く、世界屈指の規模を誇る水族館である。水族館自体も太陽系最大級の超水族館をキャッチコピーとしている。自然の環境を再現したゾーンが12あり、それらには約1000種類[1]20,000点もの海や川の生き物が飼育・展示されている。通路は観覧順序を無くした自由通路となっており、通路全長は約1.5kmである。2009年(平成21年)の入場者数は94万人で日本全国の水族館で第8位である[2]。
目次 |
概要[編集]
1955年(昭和30年)に開館した私営の水族館である。社会教育施設として文部科学省の博物館の指定を受け学術研究にも努めている。三重県立博物館とは密接な協力関係にある[3]。
歴史[編集]
開館の契機となったのは、ミキモト真珠島を訪れる観光客が船で真珠島に渡る際[注 1]、対岸の丸幸水産の生け簀が見え、帰りにそれを見学に観光客が来たことによる[4]。これを受け1955年(昭和30年)5月15日に合資会社丸幸商店が[5]日本で26番目の水族館としてオープンさせた。当時の入場料は20円(小人は半額)で専属の職員は5名だったが、丸幸水産の社員も運営に駆り出されたという[6]。最初の水族館は200坪の池を4つに区切り、ペンギン・アシカ・タイ・ハマチなどを放流した「手作りの水族館」で[4]、ガイドのいることを売りにしていた[6]。1956年(昭和31年)には株式会社鳥羽水族館となった[5]。
当初は現在地より西寄りにあったが、手狭になったため、神鋼電機旧鳥羽工場用地だった現在地を譲り受け1990年(平成2年)に移転した。
オープン以後、多くの家族連れらが訪れ、通算5000万人を超える全国最多入館者数を誇っている。2009年(平成21年)8月3日には日本初となる入館者数累計5500万人を達成。会館55周年にあたる2010年(平成22年)3月8日には5555万5555人に達した。
絶滅の危機にある希少海洋生物の保護・育成にも力を入れており、スナメリの赤ちゃん誕生、日本初のラッコ2世の誕生、ジュゴン飼育の世界記録11,475日(31年5か月)[7]も保持している。世界記録を更新していたオスのジュゴン・じゅんいちは2011年(平成23年)2月10日に推定33歳で亡くなった[7]。
創設者・前館長の中村幸昭は現在、名誉館長。中村は、渋沢敬三から「よい水族館に育て、利益が上がったら学術研究、社会教育に還元しなさい」と言われ、この言葉を胸に刻み[6]上述の通り実現している。2011年(平成23年)現在、館長は古田正美[8]。
館内[編集]
- パフォーマンススタジアム - 人気のアシカ達のショーを見せてくれる。
- 海獣の王国 - オットセイやアザラシといった海獣を飼育・展示している。
- 人魚の海 - ジュゴンを展示。
- 古代の海 - カブトガニ、オウムガイ、ハイギョなどいわゆる生きている化石を展示。シーラカンスの映像展示もある。
- コーラルリーフ・ダイビング - 熱帯魚や、ウミガメ、サンゴを公開。
- 伊勢志摩の海・日本の海 - スナメリやカニ・ウツボなど、日本近海や伊勢湾に生息する生き物を公開。
- 日本の川 - ヤマメなど日本の河川に生息する魚を展示。
- ジャングルワールド - マナティやピラルクー、カピバラ[1]など、アマゾン川や流域のジャングルに住む生き物を紹介。
- 極地の海 - ラッコ、イロワケイルカ、バイカルアザラシを展示。
- 水の回廊 - フンボルトペンギン、コツメカワウソ、ツメナシカワウソ、セイウチなどを展示。
- ザリガニコーナー- アメリカザリガニ、ヤビー、マロンロブスター、ニホンザリガニなど常時、数種類のザリガニを展示。
水中入社式[編集]
鳥羽水族館では、大型水槽の中で「水中入社式」と呼ばれる入社式を毎年開催している[9]。水族館の先輩職員の発案で始まり[10]、2013年(平成25年)で7回目になる[11]。
水中入社式は、ウェットスーツの上からスーツを着た新入社員(飼育員)が、ボンベを背負い水中メガネと足ひれを装着して水槽に入り、防水加工を施した辞令を受け取り、「初仕事」として水中で水槽のガラスを磨く、というものである[12]。入社式の様子は一般の来館者が見ることができ、新入社員は来館者に向けて水中で挨拶を行う[9]。2013年の新入社員の1人は、式後に「Wikipediaに載っていないような情報を発信していきたい」とコメントした[11]。
その他[編集]
NHKの「みんなのうた」で1986年(昭和61年)頃に放送されていた曲「いたずラッコ」のバックで流れているラッコの実写映像の撮影地は、ここ鳥羽水族館である。
入り口では日本語のほかに、中国語、韓国語、英語のパンフレットも配布している。台湾語のパンフレットも用意されているが、実際には繁体字版中国語のパンフレットである。ビン南語(台湾語)のパンフレットではない。
鳥羽水族館で2007年9月から飼育されているダイオウグソクムシの1個体 (No.1) は、2009年1月2日に餌を食べて以来、月1度の餌やりにも反応せず、2013年1月に絶食から5年目に達し話題となっている[13]。もともと飢餓に強いダイオウグソクムシであるが、ここまで長い期間絶食した例はない。ニコニコ生放送では絶食状態のダイオウグソクムシの様子を長時間配信する企画を行い、思わぬ人気を博す。それとは別個体であるNo.9、愛称「9号たん」が2013年6月に死亡した際は追悼放送が告知された。
交通[編集]
- 電車:近鉄志摩線「中之郷駅」正面。特急などが停車しないため、広告などでは鳥羽駅利用とされている。鳥羽駅から約2km(徒歩約15分。JR東海参宮線も利用可能)。
- 船:伊勢湾フェリーで鳥羽港からすぐ。
- 自家用車:400台を収容する有料駐車場アクアパーキングが隣接している。
- バス:三重交通CANばす「鳥羽水族館」下車。またはかもめバス「鳥羽水族館」下車。
脚注[編集]
注釈
- ^ 当時、ミキモト真珠島には現在のように「パールブリッジ」が架けられていなかったため、鳥羽本土から船で島へ渡っていた。
出典
- ^ a b c 朝日新聞社"カピバラも仲間入り 鳥羽水族館、1千種類超える"2011年1月15日.(2011年2月25日閲覧。)
- ^ a b 観光スポット総合案内"水族館の入場者数ランキング « 観光スポット 総合案内 /個別ご案内コーナー"(2011年2月25日閲覧。)
- ^ 藤岡(1974):156ページ
- ^ a b 岩中ほか(1992):126ページ
- ^ a b 鳥羽市史編さん室(1991):1312ページ。
- ^ a b c 伊勢志摩国立公園指定50周年記念事業実行委員会 編(1997):65ページ
- ^ a b 林(2011)
- ^ 朝日新聞社"飼育記録世界一、鳥羽水族館のジュゴン死ぬ"2011年(平成23年)2月11日.(2011年(平成23年)2月25日閲覧。)
- ^ a b “魚やカメも門出お祝い 鳥羽水族館で水中入社式”. 日本経済新聞. (2013年3月31日). オリジナルの2013年4月18日時点によるアーカイブ。 2013年4月18日閲覧。
- ^ 鳥羽水族館 (2013年3月31日). “今年も開催 大水槽で水中入社式”. 鳥羽水族館. 2013年4月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年4月18日閲覧。
- ^ a b “鳥羽水族館で「水中入社式」-黒のスーツの上に空気ボンベ背負って”. 伊勢志摩経済新聞. (2013年3月31日) 2013年4月18日閲覧。
- ^ 「飼育員1年生 水槽で入社式 鳥羽水族館 スーツ姿でドキドキ、ブクブク…。」中日新聞2013年4月7日付朝刊、ジュニア中日17ページ
- ^ 謎の深海生物「ダイオウグソクムシ」絶食1523日、啓蟄でも食べず 2013年3月5日
参考文献[編集]
- 伊勢志摩国立公園指定50周年記念事業実行委員会 編『伊勢志摩国立公園50年史』伊勢志摩国立公園指定50周年記念事業実行委員会、1997年(平成9年)3月24日、205pp.
- 岩中淳之・上村芳夫・浦谷広己・恵良 宏・岡田 登・奥 義次・西城利夫・藤本利治・間宮忠夫・山中喜久子・和田年弥『図説 伊勢・志摩の歴史<下巻>』郷土出版社、1992年(平成4年)8月15日、155pp. ISBN 4-87670-028-1
- 鳥羽市史編さん室『鳥羽市史 下巻』平成三年三月二十五日、鳥羽市役所、1347pp.
- 林 一茂"ジュゴン:鳥羽水族館のじゅんいち死ぬ 寄り添い30年、肩落とす浅野副館長"毎日新聞三重版.2011年(平成23年)2月11日.
- 藤岡 薫(1974年(昭和49年))"研究調査に重点の三重県立博物館"季刊自然科学と博物館(科学博物館後援会).41:156.
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
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