日産・プレジデント
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プレジデント (Nissan President) は、かつて日産自動車が製造・販売していた高級セダンである。
初代モデルは1965年(昭和40年)に発売され、以来3代目モデルまで、主に法人・要人向けの最上級車として、45年間に渡り製造・販売された。2010年(平成22年)8月を以ってシーマと共に生産停止となった[1]。
目次 |
[編集] 概要
主に法人向け・ハイヤー向けの大型乗用車であり、日産自動車のフラッグシップモデルである。主に日本国内における公用車や社用車などとしての使用が想定されており、トヨタ自動車の「センチュリー」が競合モデルとなっていた。国内専用モデルと謳ってはいるが1980年代後半から東南アジア地域のごく一部(香港・シンガポールなど)で輸出販売をしていた。
専用のボディと機構を持っていた初代モデルに対して、1990年(平成2年)に発売された2代目モデルは、『インフィニティQ45』、2003年(平成15年)に発売された3代目モデルは、『日産・シーマ / インフィニティQ45』の、それぞれ派生モデルとなっていた。3代目モデルが最新の安全基準を満たさなくなったことを機に、2010年(平成22年)8月をもって生産を終了した[1]。
[編集] 歴史
[編集] 初代(1965年-1990年)
| 日産・プレジデント(初代) | |
|---|---|
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250型前期
250型後期
リア(250型後期)
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| 販売期間 | 1965年-1990年 |
| 乗車定員 | 6人 |
| ボディタイプ | 4ドアセダン |
| エンジン | Y40型 4.0L V8 OHV 180ps H30型 3.0L 直6 OHV 125ps |
| 変速機 | 3速コラムAT |
| 駆動方式 | FR |
| サスペンション | 前: ダブルウィッシュボーン式 後: リーフ式 |
| 全長 | 5,045mm,5,280mm |
| 全幅 | 1,795mm |
| 全高 | 1,460mm |
| ホイールベース | 2,850mm |
| 車両重量 | 1,600kg(タイプA) |
| -自動車のスペック表- | |
- 1965年(昭和40年)10月21日
- 150型プレジデント発売。セドリック・スペシャル(50型、1963年2月登場)の後継車種であり、当時の国産乗用車の中で車体、エンジン共に最大サイズであった。同時代のアメリカ製大型乗用車と軌を一にする水平基調のコンフォータブルなデザインは、元々2代目セドリック130型用に日産社内デザイナーが計画していたもので、2代目セドリックが会社上層部の意向によりピニンファリーナによる欧州風デザインに差し替えられてしまったため、サイズ拡大のリデザインを受けてプレジデントに転用されたものである。
- 搭載エンジンはY40型V型8気筒OHV3988ccとH30型直列6気筒OHV2974ccの2種類。グレードはタイプA・B・C・Dの4段階でタイプDが最高級仕様となり、その価格は300万円という、当時としては突出した高額[2]であった。
- タイプA・BにH30型、タイプC・DにY40型エンジンが搭載され、Y40型搭載車にはフロントホイールアーチ後部、及びトランクリッド後端に「V8」のエンブレムが付加されていた。フェンダーミラーの調節機能には国産市販車初の電動リモコン式が採用された。また、当時の佐藤栄作首相の公用車としても納入された[3]。販売台数はセンチュリーの倍近くを記録した。
- 1973年(昭和48年)8月29日
- 250型プレジデント発売開始。当時の資料ではフルモデルチェンジと銘打たれてはいるが、基本の車台とキャビン部のエクステリアデザイン等はほぼ不変[4]であり、実際はフルモデルチェンジと言うよりも「ビッグマイナーチェンジ」に近い状態である。変更点はフロントマスクとリアエンドを中心とした大幅なデザインの変更と全長の200mm以上の延長により、より一層アメリカン色を強めた、派手で押し出しの強い即物的スタイリングとなった。また全長延長分のそのほとんどは150型時代に不評だったトランクルーム容量の拡大に費やされ、結果リアオーバーハングの増大へとつながっている。
- 搭載エンジンはY44型V型8気筒OHV4414cc[5]と、150型から引き継いだH30型直列6気筒OHV2974ccの2種類で、グレードはタイプA・B・Dの3段階となり、このうちY44型搭載車はタイプDのみとなった。
- 1975年(昭和50年)4月
- マイナーチェンジ。昭和50年排出ガス規制適合。型式は当初昭和50年排出ガス規制適合も単にH250型だったが制度変更によりA-H250型となる。搭載エンジンがEGI化されたY44E型エンジン1種類のみとなり、グレード構成もタイプD1-D9までの9段階となる。
- 1975年(昭和50年)12月
- 一部改良。トランクリッドハンドル新設。
- 1976年(昭和51年)7月
- マイナーチェンジ。昭和51年排出ガス規制適合。型式がC-H251型となる。
- 1977年(昭和52年)8月
- マイナーチェンジ。最高級グレード「ソブリン」追加。型式がE-H252型となる。
- 1980年(昭和55年)3月
- 一部改良。カセット付AM/FMマルチラジオ、子時計追加。
- 1982年(昭和57年)11月
- マイナーチェンジ。ラジエータグリルの意匠変更、角型4灯ヘッドランプの採用の他、内装ではインストゥルメンタルパネルを一新。ガソリンタンクの容量を75L→95Lへと拡大し、リアサスペンションをパナールロッド付4リンク+コイルスプリングに変更[6]。その他、装備・仕様を向上。
- 1984年(昭和59年)6月
- 一部改良。トランクロックシステムをキーを左に回しておくと室内から開かないように変更、パワーウインドーにロックスイッチ追加。
- 1984年(昭和59年)12月
- 一部改良。
- 1985年(昭和60年)1月
- 「ソブリン」を超える最高級グレード「ソブリンVIP」追加。
- 1986年(昭和61年)3月
- 一部改良。フェンダーミラーの大型化、後席可動式ヘッドレスト追加。「NISSAN」エンブレムの書体変更。
- 1988年(昭和63年)11月
- 一部改良。タイプD、タイプCのホィールカバーをソブリンと同一のものに変更。
- 1989年(平成元年)3月
- シフトロック追加。
- 1990年(平成2年)1月
- カタログ等のエンジン出力表示をネット表示に変更。
[編集] 2代目(1990年-2002年)
| 日産・プレジデント(2代目) | |
|---|---|
| 販売期間 | 1990年-2002年 |
| 乗車定員 | 5人 |
| ボディタイプ | 4ドアセダン |
| エンジン | VH45DE型 4.5L V8 270ps |
| 変速機 | 4速AT |
| 駆動方式 | FR |
| サスペンション | 前: 独立懸架マルチリンク式 後: 独立懸架マルチリンク式 |
| 全長 | 5,225mm, JSタイプ 5,075mm |
| 全幅 | 1,830mm |
| 全高 | 1,425mm |
| ホイールベース | 3,030mm, JSタイプ 2,880mm |
| 車両重量 | 約1,930kg |
| -自動車のスペック表- | |
- 1989年(平成元年)10月
- JG50型プレジデントを東京モーターショーに出展。
- 1990年(平成2年)10月
- JG50型にフルモデルチェンジ。JG50型から生産工場が日産の栃木工場へ移管。グレードは発売当初は油圧アクティブサスペンションを装着したベースグレードのみが用意されるモノグレード。前年の1989年11月に登場した「インフィニティQ45(G50型)」をベースに、ホイールベースを延長、ラジエータグリルを持つ専用フロントマスクとされ、インフィニティQ45の上級車種として設定。搭載エンジンはVH45DE型V型8気筒DOHC4494cc。インフィニティQ45と同エンジンであるが、法人向けとしての性格上、特性が変更されている。海外輸出は、香港・タイ・マレーシア・シンガポール・インドネシアへ向けられ、グレードは何れも「ソブリン」であった。香港地域における中文は「日産首領」である。
- 1992年(平成4年)2月
- グレード追加。新たに油圧アクティブサスペンションのV仕様、マルチリンクサスペンションのD仕様が用意された。さらに、公用・社用車ではなく個人購買層を意識し、インフィニティQ45と同じホイールベースを持つ「プレジデントJS(PG50型)」が登場。
- 1993年(平成5年)
- オーテックジャパンの手による「ロイヤルリムジン」が追加。生産は高田工業が受託していた。
- 1993年(平成5年)4月
- 左側後部座席用のエアバッグ装着車を設定。これは助手席の背面にエアバッグシステムを装着し、後部座席の搭乗者を助けるというもの。その為、助手席シートはスライド量が少なくなり、リクライニング機能もなくなる。同時に助手席エアバッグもオプション設定されたが、後席エアバッグとの同時装着はできなかった。
- 1994年(平成6年)5月
- マイナーチェンジ。外観ではフォグライトやメッキモールの採用、フロントグリルやリヤコンビネーションランプの意匠変更が主な変更。また、内装では新たに木目調パネルが採用された。250型に設定されていた最高級グレード「ソブリン」が復活。V仕様は廃止され、D仕様はタイプDに名称変更された。
- 1998年(平成10年)12月
- マイナーチェンジ。各メッキパーツの手直しが行われ、キセノンヘッドランプが装備された。ナビゲーションシステムも刷新され、コンパスリンク対応のマルチAVシステムとなった。(オプション設定)また、後席エアバッグが廃止され、代わりにY33型シーマにも採用されていた後席サイドエアバッグを全車標準装備とした。
- 2002年(平成14年)12月
- JG50型生産終了。1年弱の間、一度絶版となる。
[編集] 3代目(2003年-2010年)
| 日産・プレジデント(3代目) | |
|---|---|
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前期型(2003年10月-2009年1月)
後期型(2009年1月-2010年8月)
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| 販売期間 | 2003年-2010年 |
| 乗車定員 | 4-5人 |
| ボディタイプ | 4ドアセダン |
| エンジン | VK45DE型 4.5L V8 280ps |
| 変速機 | 5AT |
| 駆動方式 | FR |
| サスペンション | 前: 独立懸架ストラット式 後: 独立懸架マルチリンク式 |
| 全長 | 5,060mm |
| 全幅 | 1,845mm |
| 全高 | 1,500mm |
| ホイールベース | 2,870mm |
| 車両重量 | 1,890kg |
| -自動車のスペック表- | |
- 2003年(平成15年)10月
- PGF50型にフルモデルチェンジし再登場。2年前の2001年1月に登場した「シーマ(F50型)」とコンポーネンツを同一とする上級車種として登場。搭載エンジンもシーマと同様のVK45DE型V型8気筒DOHC4494cc(280ps)を搭載する。外見上の違いとしてはフロントグリル、フードマスコット、リアのナンバープレート位置など。目に見えない相違点としては遮音材が厚くなっており、静音性が向上している。
- グレードは「ソブリン5人乗り」と「ソブリン4人乗り」の2種類のみ。4人乗りにはセダンとしては初めて助手席格納シートが装備された(5人乗りにもオプション設定)。また、後席VIPパックとしてバイブレーター付きリラックスシート、後席テーブル、後席乗降グリップがセットで装備される。このような装備の差で4人乗りは5人乗りより約100万円高い。
- 後席モニター(アームレストにはビデオ入力装備)、後席DVDプレーヤー、BOSEサウンドシステム(8スピーカー)、後席コントロールスイッチなど他の車でオプション設定される様な装備が全て標準装備されている。後席VIPパック装着車は後席を優先したものなので、助手席パワーオットマン機構や助手席アクティブヘッドレストは装備されない。「ソブリン」エンブレムは先代から唯一流用されたパーツであり、フェンダーにグレードエンブレムが装備される日本車は現行モデルではプレジデントのみである。
- 2008年(平成20年)2月
- シーマと共にマイナーチェンジ。標準装備のナビゲーションがカーウイングス対応になる。また、エクストレイル・フーガ・シーマにも採用されたスクラッチシールド塗装を採用。リアコーナーピローが復活したが、カタログ写真等は使いまわしのため、映っているものとそうでないものが混在する。
- 2009年(平成21年)1月14日
- 一部改良。シーマと同様にフードオーナメントが隆起タイプから埋め込みタイプに変更される。
- 2010年(平成22年)8月
- 共通の車台を用いている高級セダンのシーマと共に製造終了し、Webカタログからも削除。日本国内で販売される日産の8気筒エンジン搭載車、ゲート式トランスミッション搭載車、全長5メートル超の乗用車が消滅した。衝突時の安全基準に適合しなくなる為、その安全基準に適合させる開発を進めるには販売台数が足りないためである。両車種とも後継車はなく[1]、日本国内における日産のフラッグシップはフーガに集約される[7]。
[編集] 車名の由来
[編集] 日本国外での実績
トヨタ・センチュリー同様日本国内専用車として販売してきたが、初代後半から2代目以降より日本の近隣諸国への輸出が目立つようになる。香港・タイ・マレーシア・シンガポール等、左側通行/右ハンドル方式を採用している国への販売もある。オセアニアへの輸出もあるが、日本からの中古という名目である。
[編集] 脚注
- ^ a b c 日産:「バブル期の象徴」シーマ生産を8月に終了 プレジデントも 『毎日新聞』 2010年5月26日
- ^ プレジデント発売当時(1965年10月)のトヨタの乗用車最高価格車は、VG10型クラウン・エイトの165万円。
- ^ 佐藤はこれに先立ち、クラウン・エイトを公用車に使用していた。この頃から日本の政治家・財界人の多くが、大型化しすぎたアメリカ車に代わって、プレジデントか、クラウン・エイトの後継モデルであるトヨタ・センチュリーを移動に用いるようになり、黒塗りボディに後部座席のレースカーテンという出で立ちの両車が、東京都心の官庁街・料亭前などを徘徊するようになった。
- ^ 前後サスペンション、ホイールベース、サイドシル部、前後ドアパネル、前後ドアサッシュ、ルーフ、ガラス全般、インストメントパネル等は150型と同一。大型車はサイズにゆとりがあるため、オーバーハング部分の延長・改装による大胆なリデザインは比較的容易である。一例を挙げればフォード・モーターのリンカーンは1961年から1968年まで、キャビンは殆どそのまま、前後オーバーハングを年々延長・改装して毎年のデザインチェンジに対処していた。
- ^ Y44型をベースにボブ・シャープの手によってチューンされたエンジンがIMSAに出場したDatsun、280ZXに搭載されたことがある。それ以前に市販のZにY型エンジンを搭載する案もあったが、実現に至っていない。
- ^ このリアサスペンションの一新で最低地上高が増え、試作車の段階で当時日産の会長であったワンマン経営者・川又克二から、「(後席へ)乗降しづらくなった」とクレームが付き、技術陣は総力を挙げて改良、マイナーチェンジ後の最低地上高を10mm増に抑えたという逸話がある。
- ^ 尚、両者の生産終了に先立ってY51型フーガは発売当時からすでにフラッグシップを名乗っていた(その時点ではシーマ、プレジデントともまだ販売を続けていた)。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- Webカタログバックナンバー プレジデント(JG50・後期I型)
- Webカタログバックナンバー プレジデント(JG50・後期II型)
- Webカタログバックナンバー プレジデント(F50型)
- GAZOO.com 日産・プレジデント(初代)
- GAZOO.com 日産・プレジデント(2代目)