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「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」(The Long And Winding Road)は、ビートルズの楽曲である。
[編集] 解説
レノン=マッカートニーの作品。実質的にはマッカートニーの作った楽曲である。リードヴォーカルはポール・マッカートニー。末期の楽曲で、1970年に発表されたラスト・アルバム『レット・イット・ビー』の収録曲である。アメリカ合衆国と日本ではこの曲がラスト・シングルとして発表されている(1970年10月、B面は「フォー・ユー・ブルー」)。ビルボード(Billboard)誌では、1970年6月13日に週間ランキング第1位を獲得。ビルボード誌1970年年間ランキングは第45位。『キャッシュボックス』誌でも2週連続第1位を記録し、年間ランキング36位。アメリカだけで100万枚以上のセールスを記録している。
「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」は彼らのドキュメンタリー映画のサウンドトラック・アルバム『ゲット・バック』の収録曲として1969年1月に録音された。このサウンドトラックのコンセプトはオーヴァー・ダブを使わず、またセッション・ミュージシャンを雇わず(例外的にビリー・プレストン・・・オルガン演奏が起用されている)デビュー当時の録音技法に戻ってレコーディングするというものであった。しかし完成されたアルバム『ゲット・バック』の出来は思わしくなく、テスト盤が作製されるまでに至ったものの最終的にリリースは見合わされた。その後アルバムはフィル・スペクターによって再プロデュースされ、アルバム・タイトルも『レット・イット・ビー』に変更され発表された。フィル・スペクターは再プロデュースに際し当初のコンセプトを顧ることなく外部ミュージシャンによるオヴァー・ダブを採り入れている。ストリングス・スコアを書いたアレンジャーはリチャード・ヒューソン。「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」にはオーケストラと女声コーラスが加えられたが、この措置に対しポール・マッカートニーは不快の念を持ち、以後フィル・スペクターとの関係にわだかまりが生じた(事実、ポール・マッカートニーが「Q MAGAZINE」の賞でスペクターが選ばれたとき、その会場で「早く帰らないとフィルにコーラスとストリングスをダビングされちゃうよ~」とスペクターの改変を非難する冗談を言ったことがある。)。
『ザ・ビートルズ・アンソロジー3』及び『レット・イット・ビー...ネイキッド』に、当初のコンセプトであったバンドのメンバーだけの演奏による、同曲の(別々の)ヴァージョンが収録されている。なお、後者は映画『レット・イット・ビー』の演奏(1969年1月31日の室内ライブの演奏)から取られているが、途中の歌詞"Anyway you never know"が、"Anyway you always know"に変えられており、プロデューサーはこの歌詞がポールの最終意思と判断してこのまま収録した。
この曲についてポールは「あの頃の僕は疲れきっていた。どうしてもたどり着けないドア、達し難いものを歌った悲しい曲だよね。終点に行き着くことのない道について歌ったんだ」と語っている[1]。
ジョージ・ハリソンが選曲した「THE BEATLES / 1967-1970」(通称「青盤」)では最後の曲になっている。
[編集] ビートルズ解散後、ポール・マッカートニーのレパートリーとして
ポール・マッカートニーのウイングス時代のライヴでは、この曲の本来の姿であるアコースティック版が幾度か披露されている(『ウイングスU.S.A.ライヴ!!』などに収録)。しかし、1989年以降のソロ・ライヴでは、ヒットしたフィル・スペクター・ヴァージョンに愛着を持つファンに配慮してか、シンセサイザーによってストリングスとブラス・セクションが控えめではあるが再現された演奏になった(『ポール・マッカートニー・ライブ!!』等に収録)。
またポール・マッカートニーはソロでこの曲のスタジオ録音を2回発表している。1回目は1984年にポールのソロ・アルバム『ヤァ!ブロード・ストリート』に、同名の映画のサウンドトラックとして再録したヴァージョンで、2回目はアルバム『フラワーズ・イン・ザ・ダート』の、1990年に発売された来日記念特別盤『スペシャル・パッケージ』に収録された「ヴィデオ・ヴァージョン」である。
[編集] その他
チューリップの楽曲「青春の影」の歌詞は、この曲をモチーフにしている。
[編集] 収録アルバム/シングル
[編集] 脚注
- ^ 出典は、アルク英語出版 「英語で歌おう ビートルズ編」山本和雄氏の解説から