キャット・スティーヴンス

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ユスフ・イスラム (Yusuf Islam)
旧名: キャット・スティーヴンス(Cat Stevens)
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基本情報
出生名 スティーヴン・デメトレ・ジョルジオ (Steven Demetre Georgiou)
出生 1948年7月21日(66歳)
出身地 イングランドの旗 イングランドロンドン
ジャンル フォーク・ロック
ポップス
職業 シンガー・ソングライター
担当楽器 ヴォーカルギタークラシック・ギター、 オヴェーション・ギター、 ベース・ギター、 エレクトリック・マンドリン、 ブズーキキーボードハープシコード、 ポリモーグ、 ペニー・ホイッスル、 ドラムスパーカッション
活動期間 1966年 – 1978年
2006年 – 現在
レーベル アイランド・レコード, A&Mレコード, ポリドール, Mountain of Light, Jamal
公式サイト www.catstevens.com
www.yusufislam.org.uk

{{{Influences}}}

キャット・スティーヴンス英語: Cat Stevens)とは、イギリスのミュージシャン、ユスフ・イスラムYusuf Islam1948年7月21日 – )のかつての芸名[1]。彼はロンドン出身のシンガー・ソングライター教育家、慈善活動家であり、イスラム教への改宗者としても知られている。

キャット・スティーヴンスとして1960年代後半以来世界中で6000万枚以上のアルバムを売り上げた。スティーヴンスのアルバム『父と子』と『ティーザー・アンド・ファイヤーキャット』はアメリカ合衆国だけでそれぞれ300万枚以上のセールスを記録し、全米レコード協会によってトリプル・プラチナムに認定されている。つづく『キャッチ・ブル・アット・フォー』はアメリカ国内では発売後2週間で50万枚を売り上げ、ビルボード誌のアルバムチャートの首位の座を3週連続キープした。楽曲「ザ・ファースト・カット・イズ・ザ・ディーペスト」が4人の異なるアーティストによってそれぞれヒットしたことにより、彼の作品はふたつのASCAPソングライティング・アワードの表彰を受けている。

栄光の頂点にあった1977年に、スティーヴンスはイスラム教に改宗する。その翌年に自らの名前をユスフ・イスラムに改めた彼は、ムスリム共同体の教育問題や慈善活動に身を捧げるために音楽業界を離れた。それから28年後の2006年にポピュラー・ミュージック界に復帰し、『アン・アザー・カップ』と題されたアルバムをリリースしている。

2004年のマン・フォー・ピース・アワードや2007年のメディタレニアン・プライズ・フォー・ピースなど、世界平和を訴える活動によってこれまでにいくつかの賞を受賞している。現在彼は妻と5人の子供たちとともにロンドンのブロンズベリー・パークに住んでおり、毎年一時期をドバイで過ごしている[2]

生い立ち (1948年 - 1965年)[編集]

イスラムは本名スティーヴン・ジョルジオ、ギリシャキプロス人の父ステイヴロス・ジョルジオと、スウェーデン人の母イングリッド・ウィックマンの3番目の子供として生まれた。ロンドンのソーホーにあるピカデリー・サーカスから数ステップほど離れた場所に位置するシャフツベリー・アヴェニューで、彼の両親はムーラン・ルージュという名のレストランを営んでいた。当時一家は全員そこで働いており、店の上に住居を構えていた。父親はギリシャ正教徒、母親はバプテストであったが、スティーヴンスはマックリン・ストリートにあるセント・ジョセフ・ロマン・カトリック小学校というカトリック系の学校に通っていた。スティーヴンスがおよそ8歳のころに両親は離婚するが、その後もレストランを共同で経営し同居を続けた。12歳のとき、すでにピアノを弾けるようになっていたスティーヴンスは、加えてギターを演奏したり作曲を始めるようになった。それから数年後、母親はスティーヴンスを連れて母国のイェヴレに帰り、そこで彼は画家をしていた叔父の影響で絵画の技術を上達させることになる。

16歳のとき、学校を離れた彼はハマースミス・アート・スクールに入学するが、そこでものちに放校されてしまう。スティーヴンスは自らの音楽家としてのキャリアを切り拓くことを決断したが、それでもデビュー後に彼はアルバムのアートワークを自ら手がけ、美術にいそしんでいる。なお、彼が最初にフォーク・ミュージックに影響をうけたのもちょうどこのころであった[3]

音楽家としての経歴 (1966年 - 1978年)[編集]

初期の音楽活動[編集]

彼はコーヒーハウスやパブで演奏するようになった。自分のギリシャ系の名前は覚えづらく芸名には相応しくないと考えた彼は、新たな名を探した。当時のことを彼はこう述懐している。「誰かがレコードショップで"スティーヴン・デメトレ・ジョルジオのアルバムはどこにあるか"と尋ねる光景が、私には想像できなかった。それにイギリスや、とくにアメリカでは、人々は動物を愛するからね」[4]かくして彼が使うことにした芸名はキャット・スティーヴンス (Cat Stevens)であった。伝えられたところによれば、スティーヴンスの女友達が彼の瞳を「まるで猫のようだ」と言ったことがこの芸名の由来になったという。

1966年、18歳のスティーヴンスはマネージャーでプロデューサーのマイク・ハーストに見出される。かつてスプリングフィールズというヴォーカル・グループの一員であったハーストはスティーヴンスのデモテープの編曲を手がけ、彼がレコード会社との契約をとりつけることができるように計らった。スティーヴンスの黎明期のシングル「アイ・ラヴ・マイ・ドッグ」と「マシュー・アンド・サン」(後者は1967年初頭に発表された彼のファースト・アルバムのタイトルにもなった)はイギリスのヒットチャートでトップ10にランクインし、続いてデビュー・アルバムもチャートに姿を現すようになった。

それから2年ほど、彼はジミ・ヘンドリックスからエンゲルベルト・フンパーディンクまで、実に幅広いミュージシャンとともにツアーやレコーディングを行った。イギリスの公式チャートにおけるいくつかのヒットにより、スティーヴンスはティーン・ポップのセンセーションの一派と考えられていた。このような成功の原因のひとつは海賊ラジオ局「ワンダフル・レイディオ・ロンドン」が彼のレコードを流したことにあった。このラジオ局が終焉を迎えた1967年8月には、彼は同様にして利益を得たほかのアーティストとともに放送に参加して閉鎖を惜しんだ。

彼が1967年の12月に発売した2枚目のアルバム『ニュー・マスターズ』は、イギリスではチャートに入ることができなかった。このアルバムは現在「ザ・ファースト・カット・イズ・ザ・ディーペスト」を収録した作品としてよく知られている。この楽曲はこれまでP.P.アーノルド、キース・ハンプシャー、ロッド・スチュワートシェリル・クロウといった多くのアーティストによってカヴァーされてその都度世界各国でヒットし、いくつかの作曲賞も受賞している。

移ろいやすいポップ・スターとしての生活に身をおいた19歳のスティーヴンスは、1968年の初頭から重い結核に患わされるようになった。数か月の入院と1年の休業を余儀なくされた彼は自らの人生について疑問を抱きはじめ、瞑想にうちこんだり、さまざまな宗教についての書物を読んだりするようになった。菜食主義者に転向したのも当時のことである。[4]精神世界への開眼や疑問から、スティーヴンスは初期の作品よりももっと内向的な40作もの楽曲を書き上げた。これらの作品の多くがその後数年間に発表された彼のアルバムの中に収録されることとなる。[5]

結核からの復活[編集]

健康を取り戻し、国際的成功への足がかりとなる世界に自らの音楽を届けたいという新たなる熱意と一連の内向的な楽曲を携えた彼は、1970年にアメリカ国内でのレコードの配給先となるアイランド・レコードと新たに契約を交わす(当時北米でこのレーベルはA&Mとライバル関係にあった)。そこから最初に発売したアルバムが、初期のポップな作品とは趣を異にしたフォーキーで内向的な世界が描かれた『白いバラ』である。彼の当時のガールフレンドであった女優のパティ・ダーバンヴィルのことを歌った「白いバラ」、デビューまもない10代のころの経験を題材にした「ポップ・スター」、ジェネシスの当時のフロントマンだったピーター・ガブリエルフルートで参加した「カトマンズ」などをフィーチャーしたこのアルバムは、1970年代に人気を博したソロのシンガーソングライターによる黎明期の代表作のひとつとして知られている。

『白いバラ』に続いて発売されたのは、彼の世界的なブレイクを誘発した『父と子』であった。日常の風景や問題を題材にしつつ、なんらかの霊的イメージをまじえたキャッチーな歌詞を特徴とした彼の独特かつ新鮮な作風が確立されたこの作品は、全米ビルボード誌のアルバム・チャートでトップ10にランクインし、発売から半年後には合衆国内だけで50万枚以上を出荷してゴールド・ディスクに認定された。この作品には全米トップ20ヒット「ワイルド・ワールド」や「ハード・ヘッデド・ウーマン」、さらには曖昧な自伝のような歌詞が印象的な「父と子」が収められている。2001年にはアメリカ合衆国におけるこのアルバムの売上は300万枚に達し、全米レコード協会によってマルチ・プラチナムに認定された[6]。2003年に『ローリング・ストーン』誌が発表した「史上最も素晴らしいアルバム500枚」のリストでは、この作品は206位にランクインしている[7]

アルバム『父と子』の成功によって、彼はもはやほかのミュージシャンのコンサートで前座を務めるような存在ではなくなっていた。また、同時期には、スティーヴンスを題材にした「悲しい伝説」「瞳に恋して」などの楽曲を全米チャートにランクインさせたカーリー・サイモンとの交際も噂された[8]。スターになった彼は、ギターやバック・コーラス、ハーモニー・ヴォーカルを務めるアラン・デイヴィーズをしたがえて、自身のコンサート・ツアーを開始する。セッションを通じて知り合った2人は、30年以上に渡る強固な友情を築いた。2008年2月28日にこの世を去るまで、デイヴィーズはほぼすべてのスティーヴンスのライヴ・パフォーマンスにおいて不可欠な存在であり続けた。

音楽的成功[編集]

1970年代初頭の作品において独自のサウンドを構築した彼は、その後数年に渡って順風満帆なキャリアを歩んだ。1971年のアルバム『ティーザー・アンド・ファイアーキャット』はビルボードのチャートで2位まで上昇して発売後3週間でゴールド・ディスクに認定された。エリナー・ファージョンが作詞した賛美歌のカヴァー「雨にぬれた朝」(ピアノはリック・ウェイクマンが演奏)や「ピース・トレイン」、「ムーンシャドウ」などのヒット曲がアルバムには収録されている。『父と子』と同様に米国で300万枚以上のセールスを記録したこの作品は、2001年に2作揃ってRIAAによるマルチ・プラチナムの認定を受けた。

ボストン・ラジオ・ステーションによるインタビューの中で、スティーヴンスはアルバム『ティーザー・アンド・ファイアーキャット』についてこう述べている。

"I get the tune and then I just keep on singing the tune until the words come out from the tune. It's kind of a hypnotic state that you reach after a while when you keep on playing it where words just evolve from it. So you take those words and just let them go whichever way they want... 'Moonshadow'? Funny, that was in Spain, I went there alone, completely alone, to get away from a few things. And I was dancin' on the rocks there... right on the rocks where the waves were like blowin' and splashin'. Really, it was so fantastic. And the moon was bright, ya know, and I started dancin' and singin' and I sang that song and it stayed. It's just the kind of moment that you want to find when you're writin' songs."[9]


『ティーザー・アンド・ファイアーキャット』が発売された年に、彼はいくつかの楽曲を映画『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』のサウンドトラックに提供した。それらの作品は後年にベスト盤がリリースされるまで、彼の他のどのレコードでも聴けなかったものである。映画は長年に渡ってカルト的な人気を誇っており、スティーヴンスが音楽活動を休止していた期間にも彼の音楽の魅力を広く大衆に知らしめるきっかけの作品となった。

1972年に発売されたスティーヴンスの次のアルバム『キャッチ・ブル・アット・フォー』は、彼にとって最も短期間のうちにアメリカ合衆国で成功を収めた作品である。アルバムはわずか15日でゴールド・ディスクに達し、「ビルボード」の首位を3週間にわたって保持した。内省的でスピリチュアルな歌詞は前二作を踏襲しつつも、歌唱やサウンドの面では以前よりエッジの効いた作風がこのアルバムの特徴となっている。「スウィート・スカーレット」はカーリー・サイモンが彼について書いた2曲の作品に対するアンサー・ソングである。この作品からは「人生はさすらい」がシングル・カットされ、HOT100で16位まで上昇した。発売から29年後の2001年に、アルバム『キャッチ・ブル・アット・フォー』は全米でプラチナ・ディスクに認定された。

1970年代に発売された一連の彼のレコードは、いずれもチャート上での安定した成績を収めた。彼がキャット・スティーヴンス名義で発表した最後のアルバムとなったのは、1978年暮れの『バック・トゥ・アース』である。彼が現役として活動していた時期から現在までに、数枚のベスト盤が発売されている。最も商業的に成功したのは1975年に発売された『グレイテスト・ヒッツ』で、このアルバムはアメリカ合衆国だけで400万枚以上のセールスを記録した。2003年5月には『Remember Cat Stevens』と題されたベスト盤の欧州各国での総売上が100万枚を突破したことにより、 彼は国際レコード産業連盟によって表彰されるプラチナム・ヨーロッパ・アウォードの一人目の受賞者となった[10]

1977年に発売されたイギリスの歌手エルキー・ブルックスとのデュエット「想い出のスクールヤード」は、スティーヴンスが最後にチャートに送りこんだヒット曲である。ちなみに、この曲が発売された際、ブルックスの名はふせられていた[11]

彼のキャット・スティーヴンス名義での実質的な最後のライヴとなったのは、1979年11月22日にウェンブリー・スタジアムで開かれたユニセフによる慈善目的のザ・イヤー・オブ・ザ・チャイルド・コンサートであった。

イスラム教への改宗[編集]

When Stevens nearly drowned in an accident in Malibu in 1975,[12] he reports having pleaded with God to save him. Stevens described the event in a VH1 interview some years later: "I suddenly held myself and I said, 'Oh God! If you save me, I'll work for you.'" The near-death experience intensified his long-held quest for spiritual truth. He had looked into Buddhism "Zen and I Ching, numerology, tarot cards and astrology",[13] but when his brother David gave him a copy of the Qur'an, Stevens began to find peace with himself and began his transition to Islam.

He formally converted to the Islamic faith in 1977 and took the name Yusuf Islam in 1978[14], saying that he "always loved the name Joseph" and was particularly drawn to the story of Joseph in the Qur'an.[15][16] (Yusuf is the Arabic version of the name Joseph.)

ユスフ・イスラムとして (1978年-現在)[編集]

イスラム教新興と音楽のキャリア[編集]

Following his conversion, Yusuf Islam abandoned his career as a pop star. Song and the use of musical instruments is an area of debate in Muslim jurisprudence, considered harām by some, and this is the primary reason he gave for retreating from the pop spotlight.

He decided to use his accumulated wealth and continuing earnings from his music career[17] on philanthropic and educational causes in the Muslim community of London and elsewhere. In 1981, he founded the Islamia Primary School in Salusbury Road in the north London area of Kilburn; その後、彼はみずから設立したスモール・カインドネスというチャリティ団体の代表に就任した。この団体は当初飢饉の犠牲となった難民たちを支援するために立ちあげられ、現在ではバルカン諸国やインドネシア、イラクなどで貧困にあえぐ家庭や孤児を援助する活動を続けている。彼はまた1985年から1993年にかけて、慈善団体のムスリム・エイドの代表も務めていた。[18]

1985年、ユスフ・イスラムは改宗後初めて公の場に姿を見せることを決意する。その舞台となるはずだったのが、エチオピアを襲った飢饉を救うために催された、かの歴史的なチャリティ・コンサート「ライヴエイド」であった。ところが、このイヴェントのために特別に新曲まで用意してあったにもかかわらず、エルトン・ジョンのセットが長引いたために、結局彼は最後まで出演することができなかった。[19]

サルマン・ラシュディにまつわる論争[編集]

The singer attracted controversy in 1989, during an address to students at London's Kingston University, where he was asked about the fatwa calling for the death of author Salman Rushdie. Newspapers quickly interpreted his response as support for the fatwa, but he released a statement the following day clarifying that he had not been supporting vigilantism, and was merely explaining the legal Islamic punishment for blasphemy.[20] Subsequent comments of his in 1989 were also seen as support of the fatwa.

While there has been an on-going debate over the degree to which the singer supported the call for the assassination of Rushdie, the incidents left an indelible mark on his reputation as a "man of peace".[21] He maintains that he was misinterpreted.[22][5]

911・アメリカ同時多発テロ事件[編集]

Yusuf Islam immediately and vehemently spoke out against the September 11, 2001, attacks on the United States, saying:

"I wish to express my heartfelt horror at the indiscriminate terrorist attacks committed against innocent people of the United States yesterday. While it is still not clear who carried out the attack, it must be stated that no right-thinking follower of Islam could possibly condone such an action. The Qur'an equates the murder of one innocent person with the murder of the whole of humanity. We pray for the families of all those who lost their lives in this unthinkable act of violence as well as all those injured; I hope to reflect the feelings of all Muslims and people around the world whose sympathies go out to the victims of this sorrowful moment."[23]

He appeared on videotape on a VH-1 pre-show for the October 2001 Concert for New York City, condemning the attacks and singing his song "Peace Train" for the first time in public in more than 20 years, an a cappella version. He also donated half of his box-set royalties to the September 11 Fund for victims' families, and the other half to orphans in underdeveloped countries.[24]

アメリカ合衆国への入国拒否[編集]

On 21 September 2004, Yusuf Islam was traveling on a United Airlines flight from London to Washington, en route to a meeting with singer Dolly Parton, who had recorded "Peace Train" several years earlier and was planning to include another Cat Stevens song on an upcoming album. While the plane was in flight, the Computer Assisted Passenger Prescreening System flagged his name as being on a no-fly list. Customs agents alerted the Transportation Security Administration, which then diverted his flight to Bangor, Maine, where he was detained by the FBI.[25]

The following day, Yusuf Islam was deported back to the United Kingdom. The United States Transportation Security Administration claimed there were "concerns of ties he may have to potential terrorist-related activities." [26] The United States Department of Homeland Security specifically alleged[要出典] that Yusuf Islam had provided funding to the Palestinian Islamic militant group Hamas.

The deportation provoked a small international controversy and led British Foreign Secretary Jack Straw to complain personally to Secretary of State Colin Powell at the United Nations.[27] Powell responded by stating that the watch list was under review, and added, "I think we have that obligation to review these matters to see if we are right."[28]

Yusuf Islam believes his inclusion on the watch list may have simply been an error, a mistaken identification of him for a man with the same name, but different spelling. On 1 October 2004 Yusuf Islam requested the removal of his name, "I remain bewildered by the decision of the US authorities to refuse me entry to the United States."[29] According to a statement by Yusuf Islam, the man on the list was named "Youssef Islam", indicating that Yusuf Islam himself was not the suspected terrorism supporter.[15]

Two years later, in December 2006, Yusuf Islam was admitted without incident into the United States for several radio concert performances and interviews to promote his new record.[30][31]

名誉毀損に対する勝訴[編集]

In October 2004 the British newspapers The Sun and The Sunday Times voiced their support for Yusuf Islam's deportation by the U.S. government, claiming that he had supported terrorism. Yusuf Islam sued for libel and received a substantial out-of-court "agreed settlement" and apologies from the newspapers.[32] Both newspapers acknowledged that Yusuf Islam has never supported terrorism and that, to the contrary, he had recently been given a Man of Peace award from the private Nobel Peace Prize Laureates Committee.

Yusuf Islam responded that he was "...delighted by the settlement [which] helps vindicate my character and good name.... It seems to be the easiest thing in the world these days to make scurrilous accusations against Muslims, and in my case it directly impacts on my relief work and damages my reputation as an artist. The harm done is often difficult to repair", and added that he intended to donate the financial award given to him by the court to help orphans of the tsunami in the Indian Ocean.[32]

Yusuf Islam wrote about the experience in a newspaper article titled "A Cat in a Wild World".[33]

音楽業界への復帰[編集]

For several years during the 1990s, Yusuf Islam made recordings featuring lyrics about Islamic themes accompanied only by basic percussion instruments, which he felt were acceptable to his faith. In the late 1990s, he was featured as a guest singer of "God Is the Light" on an album by the Nasheed group, Raihan.

He produced a children's album in 2000 called A Is for Allah after realizing there were few materials designed to educate children about Islam.[34] He also established the record label called Mountain of Light Productions, which donates a percentage of its proceeds to Islam's Small Kindness charity.

On the occasion of the 2000 re-release of his Cat Stevens albums, Yusuf explained that he had stopped performing in English due to his misunderstanding of the Islamic faith. "This issue of music in Islam is not as cut-and-dried as I was led to believe . . . I relied on heresy (sic)[35], that was perhaps my mistake."[34]

In 2003, after repeated encouragement from within the Muslim world, Yusuf Islam once again recorded "Peace Train" for a compilation CD, which also included performances by David Bowie and Paul McCartney. He performed "Wild World" in Nelson Mandela's 46664 concert with his former session player Peter Gabriel, the first time he had publicly performed in English in 25 years. In December 2004, he and Ronan Keating released a new version of "Father and Son" that debuted at number two, behind Band Aid 20's "Do They Know It's Christmas?". The proceeds of "Father and Son" were donated to the Band Aid charity. Keating's former group, Boyzone, had a hit with the song a decade earlier.

In a 2005 press release, he explains his revived recording career:

After I embraced Islam many people told me to carry on composing and recording but at the time I was hesitant for fear that it might be for the wrong reasons. I felt unsure what the right course of action was. I guess it is only now after all these years that I've come to fully understand and appreciate what everyone has been asking of me. It's as if I've come full circle - however, I have gathered a lot of knowledge on the subject in the meantime.[36]

In early 2005, Yusuf Islam released a new song entitled "Indian Ocean" about the 2004 tsunami disaster. The song featured Indian composer/producer A. R. Rahman, A-ha keyboard player Magne Furuholmen and Travis drummer Neil Primrose. Proceeds of the single went to help orphans in Banda Aceh, one of the areas worst affected by the tsunami, through Islam's Small Kindness charity. At first, the single was released only through several online music stores but later highlighted the compilation album Cat Stevens: Gold.

On 28 May 2005, Yusuf Islam delivered a keynote speech and performed at the Adopt-A-Minefield Gala in Düsseldorf. The Adopt-A-Minefield charity, under the patronage of Sir Paul McCartney, works internationally to raise awareness and funds to clear landmines and rehabilitate landmine survivors. Yusuf Islam attended as part of an honorary committee which also included Sir George Martin, Sir Richard Branson, Dr. Boutros Boutros-Ghali, Klaus Voormann, Christopher Lee and others.[37]

In mid-2005, Yusuf Islam played guitar for the Dolly Parton album, Those Were the Days, on her version of his "Where Do the Children Play". (Parton had also covered "Peace Train" a few years earlier.)

In May 2006, in anticipation of his forthcoming new pop album, the BBC1 programme "Imagine" aired a 49-minute documentary with Alan Yentob called Yusuf: The Artist formerly Known as Cat Stevens. This documentary film features rare audio and video clips from the late 1960s and 1970s, as well as an extensive interview with Yusuf Islam, his brother, several record executives, Bob Geldof, Dolly Parton, and others outlining his career as Cat Stevens, his conversion and emergence as Yusuf Islam, and his return to music in 2006. There are clips of him singing in the studio when he was recording An Other Cup as well as a few 2006 excerpts of him on guitar singing a few verses of Cat Stevens songs including "The Wind" and "On the Road to Find Out". [38]

Yusuf has credited his 21 year old son Muhammad Islam, also a musician and artist, for his return to secular music, when the son brought a guitar back into the house, which Yusuf began playing.[5] Muhammad's professional name is believed to be "Yoriyos"[39] and his debut album was released in February 2007.[40] Yoriyos also created the art on Yusuf's album An Other Cup.

Starting in 2006, the Cat Stevens song "Tea for The Tillerman" was used as the theme tune for the Ricky Gervais BBC-HBO sitcom Extras. A Christmas-season television commercial for gift-giving by the diamond industry aired in 2006 with Cat Power's cover of "How Can I Tell You".

In December 2006, Yusuf was one of the artists that performed at the Nobel Peace Prize Concert in Oslo, Norway, in honour of the prize winners, Muhammad Yunus and Grameen Bank. He performed the songs "Midday (Avoid City After Dark)," "Peace Train," and "Heaven/Where True Love Goes." Yusuf also gave a concert in New York City that month as a "Jazz at Lincoln Center" event, recorded and broadcast by KCRW-FM radio, along with an interview by Nic Harcourt. Accompanying Yusuf on guitar was Alun Davies, who played guitar on many of his Cat Stevens records.

In April 2007, BBC1 broadcast a concert given at the Porchester Hall by Yusuf as part of BBC Sessions, his first live performance in London in 28 years (the previous being the UNICEF Year of the Child concert in 1979.) He played many new songs along with some of his classics, "Father & Son", "The Wind", "Where Do the Children Play?", "Don't Be Shy", "Wild World", and "Peace Train".

In July 2007, Yusuf performed at a concert in Bochum, Germany, in benefit of Archbishop Desmond Tutu's Peace Centre in South Africa and the Milagro Foundation of Deborah and Carlos Santana. The audience included Nobel Laureates Mikhail Gorbachev, Desmond Tutu and other prominent global figures. He later appeared as the finale act in the German leg of Live Earth in Hamburg performing some classic Cat Stevens songs and more recent compositions reflecting his concern for peace and child welfare. His set included Stevie Wonder's "Saturn", "Peace Train", "Where Do the Children Play?", "Ruins", and "Wild World".

Yusuf performed at the Peace One Day concert at the Royal Albert Hall on 21st September 2007. [41]

『アン・アザー・カップ』[編集]

In March 2006, Yusuf Islam finished recording his first all-new pop album since 1978.[42] The album, An Other Cup, was released internationally in November 2006 on his own label, Ya Records (distributed by Polydor Records in the UK and internationally by Atlantic Records) - the 40th anniversary of his first album, Matthew and Son. A single was simultaneously released from the album, called "Heaven/Where True Love Goes". The album was produced with Rick Nowels, who has worked with Dido and Rod Stewart. The performer is noted as "Yusuf", with a cover label identifying him as "the artist formerly known as Cat Stevens". The art on the album is credited to Yoriyos. Yusuf Islam wrote all of the songs except "Don't Let Me Be Misunderstood",[43] and recorded it in the United States and the United Kingdom.[42]

Yusuf actively promoted this album, appearing on radio and television and in print interviews. He was interviewed by the BBC in November 2006, "It's me, so it's going to sound like that of course . . . This is the real thing. . . . When my son brought the guitar back into the house, you know, that was the turning point. It opened a flood of, of new ideas and music which I think a lot of people would connect with." [44]

Asked in a November 2006 Billboard magazine interview[45] about why the artist is credited as "Yusuf" rather than "Yusuf Islam", he said, "Because 'Islam' doesn't have to be sloganized. The second name is like the official tag, but you call a friend by their first name. It's more intimate, and to me that's the message of this record."

As for why the sleeve says "the artist formerly known as Cat Stevens", he responded, "That's the tag with which most people are familiar; for recognition purposes I'm not averse to that. For a lot of people, it reminds them of something they want to hold on to. That name is part of my history and a lot of the things I dreamt about as Cat Stevens have come true as Yusuf Islam."[45]

On CBS Sunday Morning in December 2006, Yusuf Islam said, "You know, the cup is there to be filled . . . with whatever you want to fill it with. For those people looking for Cat Stevens, they'll probably find him in this record. If you want to find Yusuf, go a bit deeper, you'll find him." [5]

受賞歴[編集]

Stevens was nominated to be inducted into the Rock and Roll Hall of Fame in 2005, but not voted in. [46][47]

On 10 November 2004, Yusuf Islam was presented with a Man for Peace award by the private foundation of former USSR president Mikhail Gorbachev, for his 'dedication to promote peace, the reconciliation of people and to condemn terrorism'; the ceremony was held in Rome, Italy and attended by five Nobel Peace Prize laureates. A year later, on 4 November 2005, he was awarded an honorary doctorate by the University of Gloucestershire for services to education and humanitarian relief.[48] In October 2003 he received the World Social Award for "humanitarian relief work helping children and victims of war".[49]

On 20 October 2005, Yusuf Islam was named ASCAP's Songwriter of the Year and received Song of the Year honours for "The First Cut Is the Deepest", at a special presentation in London. At the ceremony, The American Society of Composers, Authors and Publishers (ASCAP) honoured the top British writer and publisher members of the UK's Performing Rights Society.[50]

On 11 October 2006, Yusuf Islam was named Songwriter of the Year for the second year running and received another award for the same song "The First Cut Is the Deepest".[51]

On 4 January 2007, Yusuf Islam was awarded the Mediterranean Prize for Peace in Naples, Italy. He received the award "as a result of the work he has done to increase peace in the world".[52]

On 25 March 2007, he received the German ECHO "special award for life achievements as musician and ambassador between cultures" in Berlin[53]

On 24 May 2007, Yusuf Islam was awarded the Ivor Novello award for Outstanding Song Collection, in a ceremony held in London[54].

On 10 July 2007, Yusuf Islam was awarded an honorary doctorate (LLD) by the University of Exeter, in recognition of "his humanitarian work and improving understanding between Islamic and western cultures"[55]. The ceremony was attended by esteemed personalities including Professor Ekmeleddin Ihsanoglu and guitarist Brian May.

ディスコグラフィ[編集]

キャット・スティーヴンス名義[編集]

ユスフ・イスラム名義[編集]

ベスト盤[編集]

The song Wild World was used in the final episode of series one of Skins, an english teen drama. In the final scene most of the characters sung several of the lyrics with the character of Sid singing the majority of the song.

出典[編集]

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  1. ^ “Interview With Yusuf Islam, Formerly Cat Stevens, Larry King Live”. CNN. (2004年10月7日). http://transcripts.cnn.com/TRANSCRIPTS/0410/07/lkl.01.html 2007年1月7日閲覧。 
  2. ^ Yusuf Islam:The Artist Formerly Known as Cat Stevens. BBC. Interview with Alan Yentob, May 2006.
  3. ^ Cat Stevens Majikat - Earth Tour 1976. Eagle Vision, 2004-05-18
  4. ^ a b Amy Reiter."Salon People: Cat Stevens", Salon.com, August 14, 1999.
  5. ^ a b c d CBS Sunday Morning, 3 December 2006.
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外部リンク[編集]