ロバート・パーマー
| ロバート・パーマー | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | ロバート・アレン・パーマー |
| 出生 | 1949年1月19日 |
| 出身地 | ウェスト・ヨークシャー・Batley |
| 死没 | 2003年9月26日(満54歳没) |
| ジャンル | ロック、ブルー・アイド・ソウル、ポップ・ロック |
| 職業 | 歌手、作曲家、プロデューサー |
| 担当楽器 | ボーカル、ギター、キーボード、ドラム |
| 活動期間 | 1969年~2003年 |
| レーベル | アイランド, EMI |
| 共同作業者 | パワー・ステーション ビネガー・ジョー |
| 公式サイト | www.robertpalmer.com |
ロバート・パーマー(Robert Palmer、Robert Allen Palmer、1949年1月19日-2003年9月26日)はイギリスの歌手、ミュージシャン。
[編集] 略歴
ヨークシャー出身。十代の頃からバンドで歌い始める。1972年にR&Bバンドのビネガー・ジョーのボーカリストとしてアイランド・レコードからデビュー。バンドは3枚のアルバムを発表したがセールスには恵まれなかった。しかしパーマーのソウルフルなボーカルは評価が高く、1974年にアルバム『Sneakin'Sally Through The Alley』でソロデビューを果たす。
『Sneakin'~』はニューオーリンズで録音され、ミーターズがバックを務める。第4作目の『Double Fun』からは"Every Kinda People"が全米シングルチャートの16位を記録するヒットとなる。1年経たずに、続く第5作目『Secrets』を1979年発表。このアルバムから、"Bad Case of Loving You"が全米シングルチャートの14位に入るヒットとなると共に、その後もルーツミュージックをベースにレゲエやニュー・ウェイヴなど、その時々の流行の音をうまく取り入れながら、精力的に作品を発表。アイランド・レコードで1987年までに10枚のアルバムを発表した。但し、80年代前半は"Johnny & Mary", "Looking For Clues", "Some Guys Have All The Luck", "Pride", "You Are In My System"などの楽曲によりヨーロッパでは高い人気と評価を維持するもののアメリカではヒットに恵まれなかった。
1985年には当時人気絶頂だったデュラン・デュランのジョン・テイラーとアンディ・テイラー、シックのトニー・トンプソンらが結成したパワー・ステーションに参加した。パーマーは「昔から大ファンだった。是非一緒に」とジョン・テイラーの猛烈なアタックを受けて参加している(レコーディングとテレビ出演のみで、ライブツアー前に脱退)。パワー・ステーションはアメリカ市場を中心に世界的にヒットした。
その後1985年に発表したアルバム『Riptide』からシングルカットされた"Disciplin Of Love"はパワー・ステーションで得た知名度とは裏腹にマイナー・ヒットに終わったが、セカンド・シングル"Addicted To Love"(邦題・恋におぼれて)[1]が無表情の女性モデルのバンドを従えて、本人が歌うPVが話題となり、全米シングルチャート1位を記録する大ヒットとなる。また『Riptide』からは、同様のPVを踏襲した"I Didn't Mean to Turn You On"(邦題・ターン・ユー・オン)も全米シングルチャートの2位を記録するヒットとなっている。このPVのスタイルは数多くのパロディが作られた。
1988年からは古巣のアイランド・レコードを離れて、EMIと契約し、同年『HEAVY NOVA』を発表。ここから"Simply Irresistible"(邦題・この愛にすべてを)[2]が全米シングルチャート2位を記録するヒットとなる。続く1990年にリリースされた『Don't Explain』ではスティーヴ・スティーヴンスと、1994年に発表された『Honey』ではヌーノ・ベッテンコートと組むなど、ハードロック、ヘヴィメタルまで取り込む一方、マーヴィン・ゲイの"Mercy Mercy Me"/"I Want You"をカバーも収録。全米では最後のヒットとなる。
日本にまつわるエピソードとして1997年にウェンブリー・スタジアムで行われたエルヴィス・プレスリー没後20年を記念したロックフェスティバル「songs and visions」で共演した矢沢永吉の楽屋に激励の花束を贈ったとされる。