ジョー・ヘニング

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カーティス・アクセル
Curtis Axel April 2014.jpg
プロフィール
リングネーム カーティス・アクセル
マイケル・マクギリカティ
ジョー・ヘニング
本名 ジョセフ・カーティス・ヘニング
ニックネーム 獅子王三世
身長 191cm
体重 102kg
誕生日 1979年10月1日(35歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ミネソタ州チャンプリン
所属 WWERAW
トレーナー カート・ヘニング
ハーリー・レイス
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ジョー・ヘニングJoseph Curtis "Joe" Hennig1979年11月1日 - )は、アメリカ合衆国プロレスラーミネソタ州チャンプリン出身。現在はカーティス・アクセルCurtis Axel)のリングネームWWERAWに所属。

祖父はAWAなどで活躍したラリー・ヘニング。父はミスター・パーフェクトことカート・ヘニング

来歴[編集]

2007年3月、WWEホール・オブ・フェイムにて、父である故カート・ヘニングの殿堂入りセレモニーに家族と共に出席。同年7月にWLWWorld League Wrestling)にて、本名名義でプロレスラーデビュー。10月にはSmackDown!にジョバーとして登場。スティーブ・フェンダーとタッグを組み、ジェシー & フェスタスに敗れた。

2008年、WWEとディペロップメント契約。傘下団体であるFCWにてデビュー。9月にはセバスティン・スレイターとタッグチームを組んで、ギャビン・スピアーズ & ニック・ネメスからFCWフロリダタッグチーム王座を奪取した。タッグ王座陥落後はミラーとタッグを解消し、シングルに転向。11月にFCWフロリダヘビー級王座の保持者であったシェイマス・オショネシーとタイトルマッチを行うが敗戦。12月には4ウェイ形式でのタイトルマッチでも奪取に失敗してしまった。

2009年、2月に保持者であるエリック・エスコバーとタイトルマッチを行って勝利し、王座を奪取。4月に重症を負ってしまい、王座を返還することとなった。6月にリングに復帰、しばらくトレーニングと前座での出場が続いたが、2010年1月にテッド・デビアスの三男であるブレット・デビアスとタッグチーム、フォーチュネイト・サンズThe Fortunate Sons)を結成。ケイレン・クロフト & トレント・バレッタから二度目となるFCWフロリダタッグチーム王座を奪取した。王座陥落後、3月にデビアスと仲間割れを起こし、タッグを解消して抗争。4月に決着戦を行い勝利した。

6月、NXTのシーズン2にルーキーとして参加。リングネームをマイケル・マクギリカティMichael McGillicutty)に変更し、コフィ・キングストンをプロに迎え、準優勝を果たした。NXTシーズン2が終了してからはFCWに戻り、7月に同じNXTシーズン2の卒業生であるカヴァルとタッグを組んでフニコ & エピコから三度目となるFCWフロリダタッグチーム王座を奪取。しかし、ヘニングがカヴァルを裏切ったため一日で王座陥落となった。

10月にWWEのPPVであるヘル・イン・ア・セルにてジョン・シナネクサス入りかネクサス解散が賭けられたウェイド・バレット対シナ戦で、同じNXTシーズン2の卒業生であるハスキー・ハリスと介入し、バレットの勝利に貢献、シナをネクサス入りさせた。以後、ハリスと共にネクサスのメンバー入りとなった。

2011年2月28日のRAWにてランディ・オートンにパントキックを決められ長期欠場となる(実質はFCWでの再調整が理由である)。4月18日のRAWでパンク vs オートン戦に乱入し、オートンを袋叩きにして復帰。5月23日のRAWでデビッド・オタンガとともにケイン & ビッグ・ショー組を破ってWWEタッグ王座を獲得した。後にネクサスは消滅したが、オタンガとのタッグは継続。しかし、8月22日のRAWでコフィ・キングストン & エヴァン・ボーン組に敗れて王座から陥落した。さらにオタンガがジョン・ロウリネイティスの参謀役となったためタッグを解消し、シングルに転向。Superstarsアレックス・ライリーと抗争し、NXTではタイソン・キッドと抗争。

2012年5月、新生NXTで引き続き出場。NXT王座の初代王者を決めるゴールドラッシュ・トーナメントでは準決勝まで進出。8月15日にはNXT王者であるセス・ローリンズの初の防衛戦の相手を務め、ジョニー・カーティスとタッグを組んでWWEタッグ王者であるチーム・ヘル・ノーと対戦する(カーティスのシーズン4優勝の特典)が、いずれも敗戦している。また、コロン・カズンズプリモ & エピコ)に襲撃されそうになったボー・ダラスを助け、ベビーターンしたと思われたが、初代NXTタッグ王座トーナメントの準決勝で敗戦。以降は再びヒールとして活動。

2013年、IC王者時代

2013年、5月20日のRAWにてポール・ヘイマンが有望なレスラーを売り込むポール・ヘイマンズ・ガイの一人としてカーティス・アクセルCurtis Axel)のリングネームで登場。メインイベントにてHHHと対戦するが、HHHが試合途中に突如体力を切らして(先のブロック・レスナー戦のダメージによるもの)試合を続行することが不可能になったためカウントアウト勝ちとなる。続く5月24日のSmackDownではシン・カラから勝利し、さらに30日のRAWではジョン・シナを相手に戦い、ライバックの奇襲に助けられてまたもカウントアウト勝ちした。

6月10日、RAWにてHHHと対戦するがゴングが鳴った直後にビンス・マクマホンが登場してカーティスの勝利を宣告。HHHは怒ってレフェリーに再開させるよう指示するがまたもビンスが介入して試合は不成立となった。また、6月7日、IC王座に挑戦する予定であったファンダンゴが脳震盪を起こしたため欠場することと、その代理で出場することが発表された。そして6月16日のPPV、Payback 2013のIC王座争奪トリプルスレット戦にて王者のウェイド・バレット、ザ・ミズと試合を行い、バレットに4の字固めを仕掛けたザ・ミズの意表をついてバレットをカバーして勝利。IC王座を奪取した。

以降、IC王座を守りつつ、CMパンクと抗争するポール・ヘイマンから期待の逸材と称されてポール・ヘイマンズ・ガイPaul Heyman`s guy)として登場。ライバックとも共闘して、CMパンクと抗争を繰り広げたが、最終的には敗れる。11月11日のRAWにてヘイマンを見限り、ライバックとのタッグチーム、ライバクセルRybAxel)を結成して活動。シングルにおいては11月18日のRAWにてビッグ・E・ラングストンに敗れ王座を陥落。この一件によりラングストンとIC王座を巡って何度も対戦するも奪取することができなかった。

ライバクセルとしては、12月15日のPPVであるTLC 2013のフェイタル4ウェイタッグマッチにおけるWWEタッグ王座戦に参戦したり、その後2014年5月、調子を上げて直接対決にてウーソズのタッグ王座に挑むもベルトを奪取するに至らなかった。

その他[編集]

  • リングネームであるカーティス・アクセルの由来としてファーストネームのカーティスは父カートと自身のミドルネームから、ラストネームのアクセルは祖父ラリーのニックネームであるジ・アックスThe Axe)から、と家族関係からあやかっている。

得意技[編集]

ハングマンズ・フェイスバスター
カーティス・アクセルとしてからのフィニッシャー。ネックブリーカーのように相手の頭を捕らえてから、勢いを付けて体をひねりながら倒れこみ、相手の顔面をリングに叩きつける技。
パーフェクト・プレックス
父カートの得意技として知られる。FCW時代はヘニング・プレックスとして使用し、マイケル・マクギリカティ時代はターニング・ヘッズへの繋ぎ技として使用。リングネームをカーティス・アクセルへと変更した当初はフィニッシャーとして使用していたが、再び繋ぎ技になっている。
ターニング・ヘッズ
ランニング・ネックブリーカー・ドロップ。マイケル・マクギリカティ時代はマクギリカッターとしてフィニッシャーであった。
スライディング・クローズライン
ローリング・ネック・スナップ

獲得タイトル[編集]

2010年、FCWフロリダタッグ王者時代
WWE
w / デビッド・オタンガ
  • NXT : シーズン2準優勝
FCW
1回目 w / セバスチャン・スレイター
2回目 w / ブレット・デビアス
3回目 w / カヴァル

入場曲[編集]

  • Gasoline Upcharge
  • Shut Up
  • Attitude
  • In For The Count
  • In For The Count (Perfect Twist Mix)
  • We Are One (12 Stones)
  • Death Blow
  • All About The Power
  • And The Horse He Rode In On
  • Reborn - 現在使用中。
  • Meat on the Perfect Table - ライバックとのタッグで使用。

外部リンク[編集]