アンディ・ルービン

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アンディ・ルービン(Andy Rubin、1963年 - )は、携帯電話オペレーティングシステムの開発会社Android社を創業したアメリカの技術者、経営者。Googleにて技術部門担当副社長を務めた後、退職。ハードウェア系スタートアップの支援事業をスタートする予定。[1]

キャリア[編集]

2008 Google Developer Day in Japan にて

光学機器メーカーであるカールツァイスでキャリアをスタートさせた彼は、1989年、アップルに入社し、通信技術関連のエンジニアとしてモデムの設計などに携わる。1990年にアップルの子会社としてスタートしたGeneral Magicへ移籍し、携帯端末のインターフェースやオペレーティングシステムMagic Capの開発に携わる。(1994年、彼が担当したモトローラ製端末Envoyがリリースされた[2]。)その後、彼はウェブTVへと移る。(その後ウェブTVはマイクロソフトによって買収される)

さらに数年後にはDanger社を設立し、社長兼最高経営責任者となる。そこで彼はスマートフォンの先駆けとなるSidekickという端末を、T-Mobileよりリリースする。(後にDangerもマイクロソフトによって買収)

2003年10月にはAndroid社を設立。ハードウェアではなく、携帯端末向けオペレーティングシステムの開発を中心とする。「誰でも使えるスマートフォン用OSを開発し、メーカーに無償提供する」というアイデアを元に世界の携帯電話端末メーカーにプレゼンテーションを行ったが、最終的にAndroid社はGoogleによって買収された[3]

Googleでは、Android プラットフォームの責任者として、製品戦略及び開発全般を担当。その功績などから、よく「Androidの父」と呼ばれている[4]

Googleを退職した真相については、NY Timesが明らかにしている。彼は2012年から部下と不倫関係にあったが、2013年、女子社員から別れ話を切り出されたときにホテルでオーラルセックスを強要した、とGoogleの経営陣2人(匿名)が同紙に語っている。不倫はそのときに終わったが、翌年、その女子社員が社内の人事部と法廷に訴え出たため騒ぎになり、社内調査の結果、女子社員の証言の信ぴょう性が高いと判断されたため、最後はラリー・ページCEO(当時)が辞めさせた。[5]

2015年11月9日に同氏によってEssential Products Inc.が設立された[6]

脚注[編集]

  1. ^ 「Androidの父」アンディ・ルービンがGoogleを退社、スタートアップ向けインキュベーターを設立
  2. ^ 会社? いや、プレイグラウンドだ! Androidの生みの親がつくる「会社を超える会社」 | WIRED.jp」『WIRED.jp』。2018年8月20日閲覧。
  3. ^ アンドロイド買収のチャンス逃したサムスン Chosun Online 朝鮮日報
  4. ^ 「Androidの父」ルービン、オープンを一行で定義。ジョブズに回答
  5. ^ Wakabayashi, Daisuke; Benner, Katie (2018年10月25日). “How Google Protected Andy Rubin, the ‘Father of Android’” (英語). The New York Times. ISSN 0362-4331. https://www.nytimes.com/2018/10/25/technology/google-sexual-harassment-andy-rubin.html 2019年5月26日閲覧。 
  6. ^ アンディ・ルービン氏のEssentialが身売りか?──Bloomberg報道」『ITmedia NEWS』。2018年8月20日閲覧。

外部リンク[編集]