吾妻ひでお

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吾妻 ひでお
本名 吾妻 日出夫
(あづま ひでお)
生誕 1950年2月6日(64歳)
日本の旗 日本北海道十勝郡浦幌町宝町
国籍 日本の旗 日本
活動期間 1969年 -
ジャンル ギャグ漫画
SF漫画
不条理漫画
代表作 ふたりと5人
やけくそ天使
オリンポスのポロン
不条理日記
『スクラップ学園』
ななこSOS
失踪日記
受賞 第10回星雲賞コミック部門
(『不条理日記』)
第34回日本漫画家協会賞大賞[1]
平成17年度(第9回)文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞[1]
第10回手塚治虫文化賞マンガ大賞
第37回星雲賞ノンフィクション部門
(以上『失踪日記』)
公式サイト 吾妻ひでお official homepage
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吾妻 ひでお(あづま ひでお、1950年[2]2月6日 - )は、日本男性漫画家北海道十勝郡浦幌町[2][3]宝町出身。本名は吾妻 日出夫(あづま ひでお)[3]血液型O型

概要[編集]

1969年、『月刊まんが王』(秋田書店)12月号掲載の『リングサイド・クレイジー』(吾妻日出夫名義)でデビュー。以後、SFナンセンス色の強い作風で徐々に人気をえる。『週刊少年チャンピオン』で当時流行していたハレンチコメディ路線の『ふたりと5人』(1972年〜1976年)を連載し、それなりにヒットする。

同連載が終了したのち、マイナー誌等でSF・ロリコン・ナンセンスの要素をふんだんに湛えたマニアックな作品を続々と発表し、「吾妻ブーム」が起こった。 1978年に発表した『不条理日記』は翌1979年に日本SF大会で星雲賞(コミック部門)を受賞、「不条理漫画」というジャンルの開拓者とみなされている[4]

1979年、日本初のロリコン同人誌『シベール』を発表。自販機本ビニール本エロ本)などにもロリコンマンガを発表した。当時、メジャー誌出身の漫画家が同人誌やエロ本に描くことはきわめて異例だった。

1985年ごろから低迷期に入り、自殺未遂事件や失踪事件を起こし、アルコール依存症治療のため精神病院に入院した。2005年にその体験を描いた『失踪日記』を出版し、注目を浴びた(帯には漫画家のとり・みきとミュージシャンの菊地成孔が推薦文を寄せている)。

2011年明治大学博物館で展覧会が開かれた[5]

2013年西武百貨店池袋本店の西武ギャラリーで原画展が開かれた[6]

経歴[編集]

初期[編集]

石ノ森章太郎の『マンガ家入門』に触発され漫画家を志す[7]北海道浦幌高等学校在学中、『COM』主宰のマンガ愛好団体であるぐらこん北海道支部に参加。当時のぐらこん北海道支部には大和和紀忠津陽子がいた[8]

1968年に高校を卒業し、漫画家志望の仲間たちと共に上京して凸版印刷に就職するが、1ヶ月で退職[8][9]板井れんたろうアシスタントに採用され[10]、仕事のかたわら『週刊少年サンデー』(小学館[11]や『まんが王』(秋田書店)の読者欄などに無記名のカットやコママンガを描く。

1969年、『まんが王』12月号付録「プロレスなんでも百科」に「リングサイド・クレイジー」を発表[12]。これが漫画家としてのデビュー作である[13]

1970年、『まんが王』で連載を獲得し独立(「二日酔いダンディー」)[14]。当時の作品は、軽いタッチのギャグ漫画にもかかわらず全体のノリは不条理で、ところどころにSFのエッセンスをちりばめ、アメリカン・ニューシネマの影響も感じさせるという作風であった。このころ、ページ内の1コマを1コママンガとして完結させるという試みを多く行っている。

1972年、『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)で、ハレンチコメディ路線で売ろうとした編集者の熱心な介入のもとで「ふたりと5人」を連載し、大きな人気を得る。巨根が「ピカー」と光る東大生の先輩は読者に強烈な印象を残した。しかしこれは吾妻にとって不本意な作品であった。吾妻曰く「あーホント、描きなおしたいね、今からでも(笑)。」(2007年『逃亡日記』p.144)。編集者は「ハダカ」(エロ)ばかり要求し、ギャグとSFには無関心だった[15]。吾妻は自分本来の資質とのギャップに悩む[16]。吾妻は連載終了を編集部に再三申し入れたが、人気がなくなるまで受け入れられなかった[17]

1973年に『プレイコミック』(秋田書店)、1974年には『月刊プリンセス』(同)で連載を開始、青年漫画誌や少女漫画誌へ活動の場を広げる[18]。この時期には週刊連載・月刊連載含め月産130ページの原稿を執筆していた[19]

私生活では1973年に結婚[8][20]し、1980年に長女、1983年に長男をもうけている[21]。夫人は「ふたりと5人」連載初期までと、失踪後の執筆再開後に吾妻のアシスタントをつとめており、『うつうつひでお日記』等では「アシスタントA」として登場、「アシスタントB」は長女、「アシスタントC」は長男である。夫人は漫画家夫人による4コマ漫画を掲載する「奥様漫画」という企画に4コマ漫画2本を寄稿、商業誌デビュー。吾妻作品に先駆けて長男を漫画デビューさせた。

ブーム期[編集]

1976年に「ふたりと5人」が連載終了。『プレイコミック』連載の「やけくそ天使」、『チャンピオン』連載の「みだれモコ」「チョッキン」などに不条理・SFテイストを復活させはじめる。

1978年には『月刊OUT』で初の特集記事「吾妻ひでおのメロウな世界」が組まれ、同年に創刊した『Peke』などの漫画マニア向け新興誌に執筆する機会が増える。特に『別冊奇想天外SFマンガ大全集Part2』に執筆した「不条理日記」はSF小説のパロディをふんだんに用い、翌1979年の第18回日本SF大会星雲賞コミック部門を受賞した。同年から不条理・SF系の作品を収録した単行本が続々と刊行され、1980年には『ぱふ』『リュウ』で特集が組まれ、1981年には『奇想天外』臨時増刊として『吾妻ひでお大全集』が発売されるなどブームは最高潮に達した。その半面、1979年末までに一般少年・少女誌での連載がすべて終了、執筆の場は青年誌とマニア誌へ完全に移行した。 この時期、大友克洋いしかわじゅんとともに、SFマンガのニューウェーブ御三家と呼ばれた。

また1979年から沖由加雄、蛭児神建らとともに日本初のロリコン同人誌『シベール』をコミックマーケットで販売。1980年から自動販売機本『少女アリス』などに「純文学シリーズ」と題してロリコン漫画を発表。恐らくはこれを嚆矢として、コミックマーケットでロリコン同人誌が大人気となる[22]。メジャー誌出身の漫画家がポルノ誌に進出したことは周囲に衝撃を与え、1980年代のロリコンブームの立役者とみなされるようになる。

低迷期[編集]

この時期の吾妻の生活は、脚色を加えた上で失踪日記として作品化されている。

1980年代半ばから約8年に渡る沈黙期に入る。その間に二度長い失踪をしている。吾妻は従来より鬱病または躁鬱の傾向があったが、[23]1990年代後半にはアルコール依存症となり入院。

1990年代後半に再び漫画作品を発表し始める。ある出版社に持込みをしたとき、若い編集者は吾妻ひでおのフォロワーの無名のマンガ家と思い、失礼な対応をしたという。

一度目の失踪[編集]

1989年11月 - 1990年2月[24]。一日中酒を飲んでは寝るという生活を繰り返しているうちにうつが重くなり、山で首つり自殺をしようとしたが失敗[25]。そのまま埼玉県入間市[26]雑木林ホームレス生活を始める。深夜に駅前でシケモクを拾っていたとき、警官に発見・保護された。

二度目の失踪[編集]

1992年4月 - 1992年8月[27]ごろ、大塚英志に『夜の魚』のあとがき(『失踪日記』の最初のエピソード)を宅配便で送ったその足で再び失踪する(西東京市東伏見または小金井公園近辺[28]において)。同年8月ごろ、アル中の上森さん(仮称)にスカウトされて日本ガス(仮称)の孫受け会社で配管工として働きはじめる。肉体労働をしていると芸術活動がしたくなり、社内報に四コマ漫画を投稿し採用された。しかし東(仮名を使っていた)が誰にもメジャー誌で連載していたことがある漫画家だとは気付かれなかったという[29]。翌年春、上森さん(仮名)にもらって乗っていた自転車が盗難車だったため、警察につかまり、家族に連絡される。その後も半年間配管工の仕事を続けている。

アルコール依存と治療[編集]

1980年代半ばからさかんに飲酒し、「アル中」と自称していたが、吾妻の場合は2回の失踪を挟んだこともあって、一般的なアルコール依存症患者よりも症状の進行が遅かった。しかし1997年の暮れには手に震えが来る様になっており[30]、1998年春までには重症のアルコール依存症、すなわち眠っている時以外は酒が手離せなくなるという「連続飲酒」状態になっていた[31]。その状態が半年続き、しだいに奇行が多くなりまた自殺未遂なども行う様になり[32]、同年12月25日、家族によって三鷹市の某病院[33]強制入院させられる[34]。1999年春、三ヶ月の治療プログラム[35]を終了して退院。以後、断酒を続けている。

『失踪日記』出版後[編集]

2005年3月、『失踪日記』を出版。一度目の失踪を描いた「夜を歩く」、二度目の失踪を描いた「街を歩く」、アルコール依存と治療の時期を描いた「アル中病棟」を収録している。出版とともに各メディアで話題となり、第34回日本漫画家協会賞大賞、平成17年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、第10回手塚治虫文化賞マンガ大賞、第37回日本SF大会星雲賞ノンフィクション部門を受賞した。

テーマの暗さにもかかわらずあっけらかんと描かれているが、吾妻は「自分を第三者の視点で見るのは、お笑いの基本ですからね」と片づけている[36]

ギャグ漫画家引退宣言[編集]

『失踪日記』出版当時のインタビュー(『芸術新潮』2005年5月号)などで「仕事は来ないし、限界だし、自分を苦しめるだけなので、ギャグ漫画をやめる」と宣言、公式サイトには「今後は暗い漫画を描くつもり」と書いた。しかしその後も、雑誌連載、単行本のあとがき、公式サイトなどでギャグ要素の強い作品を発表し続けており、結局のところ、やめようとしてもやめられないとのことであるが[37]植田まさしの様なホームドラマを描いていきたいともしている[38]

ロリコンブームとの関連[編集]

吾妻ひでおがロリコンブームの火付け役だったと主張する論客は大塚英志をはじめ複数おり、吾妻が無視できない存在であることは間違いない。

エロ劇画誌の『劇画アリス』や、自販機本の『少女アリス』に作品を発表したことは、漫画の世界で表と裏の境界を低くする動きの始まりであり、また『少女アリス』に発表した「純文学シリーズ」は、後のロリコン漫画に直結する作品である。大塚英志は純文学シリーズを「最初の確信犯的な「ロリコンまんが」」と呼び、のちのロリコンまんがはこの再生産物にすぎないとまで述べている。

レモンピープル』や『漫画ブリッコ』においては、吾妻とアシスタントたちが作った同人誌『シベール』の同人たちが起用されている。

スター・システム[編集]

彼は手塚治虫的なスター・システムを使ったことでも知られている。ただし、彼の使うスター的キャラクターは変態的、あるいは病的であり、それが特徴でもある。以下に代表的なものをあげる。

吾妻ひでお
作者の戯画化である。「あじましでお」「あるまじろお」などさまざまな呼称が使われる。北海道出身の知人からもらったリンゴ箱を机代わりとして執筆。右目の方が大きく(これは「二重瞼」の表現である。)、ぼさぼさ髪。とてもいじましく、すぐに落ち込む。ロリコン。唐突に顔を出す例が多いが、「ドクターアジマフ」シリーズなどで主役を張っている。登場する際、髪型が違ったりヒゲが有ったり無かったりする
現実→キャラへのベクトルが高いと髪の毛がベタ黒で無精ひげなど表れる。
さんぞう
肥満体ではげ頭にサングラスをかけている。名前は「きまぐれ悟空」で三蔵法師だったことから。とにかく素直にスケベ。後に「エスパー三蔵」で主役を張り、「チョコレートデリンジャー」ではあらゆる変態技を駆使する一方で家庭持ちの中年男の悲哀をも表現した。
不気味
やや長髪の下に三白眼、それにマスクをしているやせぎすの男。常に落ち込んでおり、口数少ない。マゾヒスティック。初登場の「ゴタゴタマンション」では“無気味”と表記されていた。「不気味が走る」「とつぜんDr.」で主役を張った。なお、ロボット化したR.ブキミはサディスティック。こちらは「ドクターアジマフ」シリーズなどに。
ナハハ
禿頭、肥満体、大きく見開かされた眼、カタレプシーで開いたままの口。あらゆる表情を示さない。吾妻ひでおキャラでもっとも非人間的とも言える。名前は笑い方から。初登場は「おしゃべりラブ」の大家。大家は彼の定番。「シッコモーロー博士」では天才的科学者として主役を張る。ちなみにカタレプシーで口を開いたままのキャラクターは吾妻作品に頻出する。彼には家族が存在しており、妻は大蛇、長男はトラウマ、次男は忍者である。
伊藤
モブキャラクター。通行人。彼以外にも多数の名も無きモブキャラが、スターシステムとして数多くの作品に登場する(それらのモデルは吾妻と共に北海道から上京してきた友人たち)。

なお、さんぞう、不気味、ナハハは吾妻ひでおの三大変態キャラとも言われる。これが総出演したのが「ひでお童話集」の「3人の王子」で、そこではこの順に「上の王子は変態性欲、次の王子は変態の上に変な顔、下の王子はなんだかわからない」とされている。

交友・影響関係[編集]

影響を受けた人[編集]

松久由宇
北海道浦幌高等学校時代の同級生。天才的に漫画が上手く、吾妻がプロの漫画家を目指す動機を作った。
板井れんたろう
アシスタントとして師事し、「笑い目で泣く」「笑い目で汗をかく」という表現法の影響を受けた(これは高橋留美子らにも遺伝している)。板井の漫画『ドタマジン太』には吾妻をモデルにした「ヒデ公」が登場する。
手塚治虫
手塚流のスター・システムの影響を受け、作品中に作者の分身(あじましでお)などを頻繁に登場させた。吾妻も、強弱の無い線と丸っこい絵柄は手塚の影響であると語っている。[39]
石ノ森章太郎
アマチュア時代に石ノ森の『少年のためのマンガ家入門』を愛読。高校時代の絵柄は石ノ森のマネだったと「私はこうしてマンガ家した」で述懐した。女の子をかわいく描くことに注力したのも石ノ森の影響だという。「手塚さん以上の影響を受けたかもしれない」とインタビューで発言している[21]。「プランコ君」では「ファンタジーワールド・ジュン」のパロディを試みている。
筒井康隆
熱心なファンで、形式破壊・不条理・スラップスティック(ドタバタ)というスタイルを受け継ぐ。インタビューでそれを指摘された際、「筒井さんに近づけた」と喜んだというエピソードがある。

影響を与えた人[編集]

悟東あすか
小学生時代から吾妻家に出入りし、吾妻ひでおから直接漫画の描き方を教わった。
庵野秀明
アマチュア時代に制作した『DAICON III オープニングアニメ』(1981年)に、科特隊姿の不気味やナハハ、ゴモラの格好をした三蔵を登場させた。
竹本泉
仕事中は影響されないように吾妻作品を読まないようにしている[40]。「エロとグロのない吾妻ひでお」と呼ばれたことがある。
坂本龍一
1981年小学館から刊行された「YMO写真集 OMIYAGE」で好きなもの・興味のあるものを列挙した写真の中に吾妻の作品「海馬」の1コマがあり、「今一番自分に近いものを感じる人」とコメントしている。同年、東京三世社「少年少女SFマンガ競作大全集」誌上で吾妻ファンとしてインタビューに応じている。なお、吾妻の長男は坂本にちなんで名付けられた。
水田恐竜
作者の単行本「オトナのお菓子」の質問コーナーで吾妻ひでおが好きな漫画家に入っている他、単行本「天空の乙姫たち」ではあとがきに「私の尊敬する吾妻ひでお先生にオビを書いていただいて、これだけでもマンガ家やっていてよかった」とコメントしている。

ほかにも、吾妻ファンであることを公言したことのある人物は、安彦良和亀和田武川又千秋柴門ふみ高橋留美子橋本治山本直樹吉田秋生諸星大二郎まつもと泉和田慎二などと、枚挙にいとまがない。

友人など[編集]

いしかわじゅん
ギャグマンガ家同士の「抗争」相手として、吾妻作品にさかんに登場。高信太郎はふたりを「リトル・メジャー」(いしかわ)、「ビッグ・マイナー」(吾妻)と評した。いしかわは吾妻への評をひそかにうらやんだ[41]。手塚治虫はふたりの仲の良さをからかって、当時連載していた漫画「七色いんこ」(秋田文庫版4巻に収録)に高校の校長役(吾妻)と番長の彼女の母親役(いしかわ)として登場させ、キスをさせたのち結婚させた。
大友克洋
いしかわ・吾妻とともに、SFマンガ・ニューウェーブの御三家と呼ばれた。
とり・みき
熱心な吾妻ファン。1995年に吾妻と対談したさい、「失踪の話はキャラクターを猫にして…」と言った吾妻に対し、「吾妻さんが(ゴミ箱を)あさったほうが面白いですよ(笑)」[42]と(無責任にも)進言した。吾妻はとりの意見も参考にして『失踪日記』を執筆したことをのちの対談で明らかにしている[36]
沖由佳雄
吾妻の元アシスタントで、同人誌『シベール』では中心人物として活躍。『オリンポスのポロン』のエロースや、『ななこSOS』のDr.チャバネのモデル。
蛭児神建
『シベール』の同人。『ななこSOS』『スクラップ学園』などに登場した“変質者”のモデル。『出家日記』出版の際は吾妻が出版社との間をとりもった。
米澤嘉博
月刊OUT』、『ぱふ』の吾妻特集、さらに奇想天外臨時増刊『吾妻ひでお大全集』で吾妻へのロングインタビューをはじめ大量の記事・評論を執筆した。数あるペンネームの一つ「阿島俊」はもともと吾妻作品の評論を執筆する際のペンネームであった。自らが所属する「迷宮」が「劇画アリス」の編集を請け負ったこともある(吾妻は『るなてっく』を執筆)。私的な交友もあり、『ぶらっとバニー』に登場した食えないアニメーターは米澤の似顔絵を基にしたキャラクターである。
中山星香
吾妻とは『月刊プリンセス』連載時からの顔なじみである。吾妻は『シベール』の準備号に中山星香が矢吹れいこ名義で発表した『日ペンの美子ちゃん』のパロディー漫画を描いたが、吾妻は矢吹れいこが中山星香の別名義であるということを近年まで知らなかったというエピソードがある[43]
萩尾望都
花の24年組」の代表格であり、「少女漫画の神様」とも評せられている人物。吾妻は妻の影響で1972年-1973年頃から萩尾の少女漫画を読み始め、次第に熱中するようになり、竹宮恵子木原敏江といった他の少女漫画家作品にも手を出すようになった[44]。その後、吾妻と萩尾は二度合作漫画を描き、また、対談等も行うなど[45]吾妻とは色々と関係の深い人物となっている。また、蛇足であるが、萩尾が『週刊少年チャンピオン』にて『百億の昼と千億の夜』(原作:光瀬龍)の連載を持っていた頃、吾妻も同誌で『チョッキン』の連載を持っており、同じ雑誌で一緒になったことがある[46]

単行本リスト[編集]

  • ふたりと5人秋田書店、少年チャンピオンコミックス全12巻 1974年5月 - 1976年12月)※初の単行本化作品。
  • おしゃべりラブ(秋田書店、プリンセスコミックス全2巻 1976年4月 - 1977年11月)
  • シッコモーロー博士(朝日ソノラマ、サンコミックス全1巻 1976年9月)
  • きまぐれ悟空(朝日ソノラマ、サンコミックス全2巻 1977年3月)
  • ちびママちゃん(秋田書店、少年チャンピオンコミックス 1977年5月 - 1978年3月)
  • エイト・ビート(朝日ソノラマ、エイト・ビートサンコミックス全2巻 1977年6月)
  • みだれモコ(双葉社、パワァコミックス全1巻 1977年9月)
  • チョッキン(秋田書店、 少年チャンピオンコミックス全4巻 1977年10月 - 1978年7月)
  • やけくそ天使(秋田書店、秋田漫画文庫全5巻 1977年10月 - 1980年5月)
  • セクシー亜衣(朝日ソノラマ、 サンコミックス全1巻 1978年3月)
  • ネムタくん(講談社、KCコミックス全2巻 1978年4月 - 1978年7月)
  • オリンポスのポロン(おちゃめ神物語コロコロポロンのタイトルでアニメ化)(秋田書店 プリンセスコミックス全2巻 1979年6月 - 7月)
  • パラレル狂室(奇想天外社、奇想天外コミックス全1巻 1979年6月)
  • 吸血鬼ちゃん(奇想天外社、奇想天外コミックス全1巻 1979年8月)
  • 不条理日記(奇想天外社、奇想天外コミックス全1巻 1979年12月)
  • 吾妻ひでおに花束を(虎馬書房、阿島俊編・大日本吾妻漫画振興会、1979年12月)※同人誌。
  • やどりぎくん(秋田書店、少年チャンピオンコミックス全1巻 1980年1月)
  • 人間失格(東京三世社、マイコミックス全1巻 1980年3月)
  • 美美(朝日ソノラマ、サンコミックス全1巻 1980年3月)
  • メチル・メタフィジーク(奇想天外社、奇想天外コミックス吾妻ひでお作品集1 1980年7月)
  • 贋作ひでお八犬伝 (秋田書店、奇想天外コミックス吾妻ひでお作品集2 1980年8月)
  • アニマル・カンパニー(東京三世社、マイコミックス全1巻 1980年9月)
  • ぶらっとバニー(徳間書店、アニメージュコミックス全2巻 1980年10月 - 1982年6月)
  • 格闘ファミリー(奇想天外社、奇想天外コミックス吾妻ひでお作品集3 1980年10月)
  • 翔べ翔べドンキー(秋田書店、プリンセスコミックス全1巻 1980年11月)
  • ざ・色っぷる(奇想天外社、奇想天外コミックス吾妻ひでお作品集4 1980年12月)
  • スクラップ学園(秋田書店、秋田漫画文庫全3巻 1981年1月 - 1983年6月)
  • PAPER NIGHT(東京三世社、少年少女SFマンガ競作大全集増刊号 1981年3月)
  • 好き! すき!! 魔女先生 (徳間書店、アニメージュコミックス全1巻 1981年4月)
  • 陽射し(奇想天外社、全1巻 1981年7月)
  • 妖精の森(虎馬書房、全1巻 1981年7月)※同人誌。
  • ミャアちゃん官能写真集(自費出版、全1巻 1981年8月)
  • 魔法使いチャッピー(徳間書店、アニメージュコミックス全1巻 1981年9月)
  • やけくそ黙示録(朝日ソノラマ、サンコミックス全1巻 1982年1月)
  • 海から来た機械(奇想天外社、全1巻 1982年3月)
  • 仁義なき黒い太陽 ロリコン編 「ロリコン大全集」(群雄社出版 1982年5月31日(「ミニティー夜夢」秋田書店 PLAY COMICS SERIES 1984年12月30日発売に再録)
  • ハイパードール(秋田書店、プレイコミックシリーズ全1巻 1982年6月)
  • ぶつぶつ冒険記(東京三世社、 マイコミックス全1巻 1982年8月)
  • チョコレート デリンジャー(秋田書店、プレイコミックシリーズ全1巻 1982年8月)
  • マジカルランドの王女たち(サンリオ、全1巻 1982年12月)
  • ななこSOS(アニメ化)(光文社、ジャストコミック増刊全5巻 1983年6月 - 1986年7月)
  • おちゃめ神物語コロコロポロン(アニメ化にあわせて連載されたもの) 100てんランドコミックス全1巻(双葉社、1983年7月)
  • ミャアちゃんラブワールド(秋田書店、BEST HIT SERIES全1巻 1983年7月)
  • ななこMY LOVE 吾妻ひでお(光文社、イラスト・ブック ジャストコミック増刊 1983年11月)
  • 魔ジョニア☆いぶ(秋田書店、プレイコミックシリーズ全1巻 1984年10月)
  • ひでお童話集(双葉社、アクションコミックスHideo Collection 1 1984年12月)
  • 十月の空(双葉社、アクションコミックスHideo Collection 2 1984年12月)
  • ミニティー夜夢(秋田書店、プレイコミックシリーズ全1巻 1984年12月)
  • すみれ光年(双葉社、アクションコミックスHideo Collection 3 1985年1月)
  • 天界の宴(双葉社、アクションコミックスHideo Collection 4 1985年2月)
  • ぱるぷちゃんの大冒険(ぱるぷ、ぱるぷコミックス全1巻 1985年6月)
  • 大冒険児(双葉社、アクションコミックスHideo Collection 5 1985年3月)
  • あめいじんぐマリー(秋田書店、プレイコミックシリーズひでおランド1 1985年4月)
  • 陽はまた昇る(双葉社、アクションコミックスHideo Collection 6 1985年4月)
  • ときめきアリス(双葉社、アリスアクションコミックスHideo Collection 7 1985年5月)
  • 幕の内デスマッチ!!(白泉社、ジェッツコミックス全1巻 1985年9月)ISBN 4592130650

※「幕の内デスマッチ!!」から長く休筆期に入る(この時期には自殺未遂、路上生活などしている。詳しくは『失踪日記』を参照)。

その間新作コミックは「Oh!アヅマ」まで10年に渡り出版されなかった。

※大塚英志に『夜の魚』(のちに『失踪日記』の「夜の1」となる)を宅配便で送ったその足で2度目の失踪。

  • 銀河放浪(マガジンハウス、マグコミックス全2巻 1995年9月 - 1997年9月)ISBN 4838707142ほか
  • アズマニア(早川書房、全3巻 1996年3月 - 7月)ISBN 4150305439ほか
  • ネオ・アズマニア(早川書房、全3巻 2006年11月 - 2007年1月)ISBN 4150308675ほか
  • クラッシュ奥さん(ぶんか社、ぶんか社コミックス全2巻 1998年8月 - 2002年3月)ISBN 4821196913ほか
  • 二日酔いダンディー(マガジンハウス、マグコミックス全1巻 1999年3月)ISBN 4838711387
  • 吾妻ひでおの不自由帖(まんだらけ、全1巻 1999年12月)
  • エイリアン永理(ぶんか社、ぶんか社コミックス全1巻 2000年4月)ISBN 4821198193
  • 産直あづまマガジン - (自費出版、2001年7月 - )
  • 失踪日記(イースト・プレス、2005年3月)ISBN 4872575334
  • うつうつひでお日記 (角川書店、2006年7月)ISBN 4048539779
  • うつうつひでお日記 その後 (角川グループパブリッシング、2008年9月)ISBN 9784048542463
  • 逃亡日記 (日本文芸社、2007年1月)ISBN 4537254653 ※インタビュー形式による自伝。
  • 地を這う魚 ひでおの青春日記 (角川書店、2009年3月)ISBN 9784048541442
  • オリンポスのポロン (1) - (2) (早川書房、2005年2月 - 2007年1月)ISBN 4150307822ほか
  • ななこSOS (1) - (3) (早川書房、2005年3月 - 5月)ISBN 4150307865ほか
  • ときめきアリス定本 (チクマ秀版社、2006年6月)ISBN 480500455X
  • 夜の帳の中で吾妻ひでお作品集成 (チクマ秀版社、2006年8月)ISBN 4805004568
  • 便利屋みみちゃん (ぶんか社、2006年10月)ISBN 482118351X
  • ぶらぶらひでお絵日記 (角川書店、2012年2月)ISBN 9784041201152
  • 失踪日記2 アル中病棟 (イースト・プレス、2013年10月)ISBN 9784781610726
  • カオスノート (イースト・プレス、2014年9月)ISBN 9784781612423

共著[編集]

イラスト提供作品[編集]

その他の仕事[編集]

  • 特撮ドラマ『好き! すき!! 魔女先生』 アンドロ仮面コスチュームデザイン(1971 - 1972年)
  • 早稲田外語の英語教則本 ヘイスティデザイン(1972 - 1973年)
  • 特撮番組『ぐるぐるメダマン』 キャラクターデザイン(1976年)
  • アニメ『劇場版クラッシャージョウ』 モンスターデザイン(アズマジロ)(1984年)
  • ガス屋のガス公(1993年2月号 東京ガス社内報)

他の漫画家によるリメイク[編集]

  • 海から来た機械(古屋兎丸著『Garden』に収録、イースト・プレス)

単行本未収録作品[編集]

  • 未発表作品
    • 最期の男(1966年?)
    • 殺し屋マック(1968年?)
    • すぷりんぐ(1969年?(「文藝別冊 吾妻ひでお 美少女・SF・不条理ギャグ、そして失踪」にて初掲載))
    • 我れらのアイドル ポップタン(1969年?)
    • 由紀子の肖像(1971年(「奇想天外臨時増刊号 吾妻ひでお大全集」にて初掲載))
    • カラス(1972年(「吾妻ひでおに花束を」にて初掲載))
    • つばさ(1979年(「奇想天外臨時増刊号 吾妻ひでお大全集」にて初掲載))
    • チーねずみ(1980年5月?(「文藝別冊 吾妻ひでお 美少女・SF・不条理ギャグ、そして失踪」にて初掲載))
  • リングサイドクレイジー(1969年 まんが王)※デビュー作
  • ミニミニマンガ(1969年 週刊少年サンデー
  • エスパー六大超能力!(1970年 まんが王)
    • 宇宙ラッシュ!(1970年 まんが王)
    • 人類抹殺作戦(秘)指令「Z」(1970年 まんが王)
  • 葉がくれマック(1970年 週刊少年サンデー)
  • 高校生無頼帳 求めよさらば…(1972年 トップコミック)
  • フータロウ(1972年 冒険王
  • ネズミのデイト(1972年 週刊少年マガジン
  • どっこいドジ太(1973年~1974年(全6回) 小学館Book)
  • 色情狂室(1974年(全7回) マンガストーリー)
  • らりるれラリ子(1975年 週刊少年サンデー)
  • 天災は駆け足でやってくる(1975年 ビッグコミックオリジナル
  • 恋人がいっぱい(1976年 週刊明星
  • 野生の王国(1976年 週刊明星)
  • 雪の日の物語(1976年 週刊少年サンデー)
  • いちヌケ君(1978年(全3回) 高2コース)
  • ぬいぐるみ殺人事件(1984年(第3話)漫画の手帖)
  • でんじゃらすももちゃん(1993年~1995年 モノ・マガジン)

脚注[編集]

  1. ^ a b 『失踪日記』p.196
  2. ^ a b 『逃亡日記』プロフィール
  3. ^ a b 『失踪日記』p.223
  4. ^ 『夜の魚―太田COMICS芸術漫画叢書』の大塚英志による解説『吾妻ひでおを再び「流通」させる理由』で大塚は、当時一世を風靡していた吉田戦車を「不条理漫画」の祖と持ち上げる風潮に異をとなえ、吾妻こそがそれだと主張した。ただし「不条理漫画」的な作品は吾妻以前にも、つげ義春「ねじ式」や、秋竜山の諸作品などがあり、手塚治虫は『マンガの描き方』(光文社カッパ・ホームス 1977年刊)でそれらを「不条理ギャグ」として取り上げている
  5. ^ 明治大学TOP > 東京国際マンガ図書館 > 米沢嘉博記念図書館TOP > 吾妻ひでお展_2010年度
  6. ^ 吾妻ひでお原画展 公式サイト
  7. ^ 『逃亡日記』p.105
  8. ^ a b c 奇想天外臨時増刊号「吾妻ひでお大全集」
  9. ^ 『逃亡日記』p.118 によれば、3ヵ月。親を騙すための就職だったとのこと。
  10. ^ 『逃亡日記』pp.120, 127
  11. ^ 『逃亡日記』p.130
  12. ^ 『吾妻ひでおに花束を』 阿島俊・大日本吾妻漫画振興会、虎馬書房、東京都中野区、1980年3月10日、第2版、p. 114。
  13. ^ 『逃亡日記』p.130
  14. ^ 『逃亡日記』p.131
  15. ^ 『逃亡日記』pp.144-148
  16. ^ 『逃亡日記』pp.156-157
  17. ^ 『逃亡日記』pp.155, 159
  18. ^ 『逃亡日記』p.154
  19. ^ 『逃亡日記』pp.163-164、『失踪日記』p.132
  20. ^ 『逃亡日記』pp.148-153
  21. ^ a b 『逃亡日記』「あづま史略年表」
  22. ^ 『逃亡日記』p.184
  23. ^ 『逃亡日記』p.15
  24. ^ 『逃亡日記』p.14。ただし同書では1989年から1990にかけて3,4ヵ月、「一番キツイ時期」。
  25. ^ 『逃亡日記』p.17、『失踪日記』pp.5-7
  26. ^ 『逃亡日記』p.17
  27. ^ 『逃亡日記』p.14
  28. ^ 『逃亡日記』pp.33, 41
  29. ^ 『失踪日記』p.105 『逃亡日記』pp.47-49
  30. ^ 『失踪日記』p.147
  31. ^ 『失踪日記』p.148
  32. ^ 『失踪日記』pp.152-162 『逃亡日記』pp.19, 64
  33. ^ 長谷川病院のこと。『あるこーる白書』では実名。『あるこーる白書』pp.45-46
  34. ^ 『失踪日記』p.164
  35. ^ 『逃亡日記』p.73
  36. ^ a b 『失踪日記』 巻末対談
  37. ^ 『逃亡日記』p.91
  38. ^ 『逃亡日記』p.209
  39. ^ 『月刊スパイ』1991年6月号 特集:手塚治虫の研究 神の眼と虫の眼
  40. ^ 『文藝別冊 吾妻ひでお 美少女・SF・不条理ギャグ、そして失踪』p61。
  41. ^ 『夜の魚』 大田出版、1992年。いしかわじゅんによる解説『アミダクジの果て』
  42. ^ 『マンガ家のひみつ』 徳間書店、1997年。
  43. ^ 『文藝別冊 吾妻ひでお 美少女・SF・不条理ギャグ、そして失踪』p30。
  44. ^ 『文藝別冊 吾妻ひでお 美少女・SF・不条理ギャグ、そして失踪』p27。
  45. ^ 『10月の少女たち』p336。
  46. ^ 因みに読み切り、短期連載においては萩尾が1976年-1977年『月刊プリンセス』にて『アメリカン・パイ』、『ヨーロッパみぎひだり』、『少女ろまん』といった作品を発表したが、その時、吾妻は『おしゃべりラブ』の連載を持っており、また、萩尾が1979年に同誌にて『花々に住む子供』を発表した号では、吾妻は同誌にて『オリンポスのポロン』を連載しており、同じ雑誌で一緒になっている。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]