吾妻ひでお

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

画像:Logo serie manga.png
ウィキポータル
漫画作品
日本の漫画作品
漫画家
日本の漫画家
漫画原作者
漫画雑誌
カテゴリ
漫画作品
漫画 - 漫画家
プロジェクト
漫画作品 - 漫画家

吾妻 ひでお(あづま ひでお、1950年2月6日 - )は、北海道十勝郡浦幌町宝町出身の男性漫画家。本名は吾妻 日出夫(あづま ひでお)。

目次

[編集] 概要

1969年に秋田書店の『まんが王』でデビュー。SFロリコン色の強いマニアックな不条理ギャグ漫画を描き、徐々に注目される。1970年代後半に一大ブームを起こし、現在に至るまでのオタク文化に大きな影響を与えている。

1979年、SF小説のパロディネタをふんだんにまぶした「不条理日記」で第10回日本SF大会星雲賞コミック部門を受賞している。この作品をきっかけに「不条理」という単語がマニア層に浸透し、のちに「不条理ギャグ」「不条理漫画」というジャンルが花開くきっかけとなった[1]

1980年代の美少女漫画ブームの旗手でもあり、自動販売機本『少女アリス』誌などに「純文学シリーズ」と題してロリコンマンガを発表している。当時はメジャー誌出身の漫画家がポルノ誌に描くことなど考えられなかったので、周囲にあたえた衝撃は大きかった。

1985年ごろから低迷期に入り、自殺未遂や失踪、アルコール依存症を経験したが、2005年に、それらの異常体験を描いた自伝的作品『失踪日記』が評価され、ふたたび注目を浴びた。

作中に自分自身(「あじましでお」などさまざまな呼称が使われる)を頻繁に登場させることでも有名。

[編集] 経歴

[編集] 初期

北海道浦幌高等学校在学中、『COM』主宰のぐら・こん北海道支部に参加。

1968年に高校を卒業し、上京して凸版印刷に就職するが、3ヶ月で退職。板井れんたろうのアシスタントに採用され、仕事のかたわら『少年サンデー』(小学館)に無記名作品(「ミニミニまんが」など)を描く。

1969年に『まんが王』(秋田書店)に「リングサイド・クレイジー」を発表、漫画家デビューする。翌年アシスタントをやめ独立。徐々に少女漫画誌、青年漫画誌にも活動の場を広げる。初期の作品は、軽いギャグ漫画にもかかわらずSFのエッセンスをちりばめ、アメリカン・ニューシネマの影響も感じさせるという作風で、一部のファンから熱心に支持された。このころ、ページ内の1コマを1コママンガとして完結させるという試みを多く行った。

その後、ハレンチコメディ路線で売ろうとした編集者の熱心な介入のもとで『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)に「ふたりと5人」を連載し、大きな人気を得る。巨根が「ピカー」と光る東大生の先輩は読者に強烈な印象を残した。しかし吾妻は自分本来の資質とのギャップに悩む。

私生活では1972年に結婚し、1980年に長女、1983年に長男をもうけている[2]。夫人は当時から現在に至るまで吾妻のアシスタントをつとめ、『うつうつひでお日記』等では「アシスタントA」として登場している。ちなみに「アシスタントB」は長女、「アシスタントC」は長男である。

[編集] ブーム期

1970年代後半、『プレイコミック』連載の「やけくそ天使」から自由にSFネタを描き始め、1978年から『別冊奇想天外』ほかに掲載した「不条理日記」がSFファンから絶大な支持を得る。『不条理日記』は、1979年の第10回日本SF大会星雲賞コミック部門を受賞した。

1980年代前半、自動販売機本『少女アリス』などに「純文学シリーズ」と題してロリコン漫画を発表。メジャー誌出身の漫画家がポルノ誌に進出したことは周囲に衝撃を与えた。またこのころ、沖由加雄、蛭児神建らとともにロリコン同人誌『シベール』をコミックマーケットで販売する。これも評判となり、ロリコンブームの立役者とみなされるようになる。

その後、作品はどんどん実験の度合いを深めてゆき、「でたらめ」などと自己批判をしたり[3]、「もうネタがありません、ゆるして下さい」とだけ書いてオチをつけなかったり[4]、「感情のない」顔を並べて「あまり長いことみつめないでください」と書いたり[5]した。

1983年4月、『SF大会本』(虎馬書房刊)に発表した「冷たい汗」は、それまでのアニメ絵とは違った劇画的な絵で、その年のSF大会の様子を描いている。自分のホームグランドにすら違和感を感じ、声をかけられただけでギクリとしてしまう疲れ果てた作者の姿が描かれている。

1984年、連作『夜の魚』、『笑わない魚』を発表。『冷たい汗』の絵とも異なる暗い絵で、自分の生活をシュールリアリスティックに描いている。

[編集] 低迷期

この時期の吾妻の詳細は失踪日記の項目を参照。

1980年代半ばから約8年に渡る沈黙期に入る。その間に二度長い失踪をしている。1990年代後半にはアルコール依存症となり入院。この間の経緯が、脚色を加えた上で『失踪日記』に描かれている。

1990年代後半に再び漫画作品を発表し始める。本人の記述によれば、持込みの際に吾妻ひでおのマネをしている無名のマンガ家扱いをされるという、創作家としては耐えられない扱いをされたという。

[編集] 一度目の失踪

1989年11月 - 1990年2月。一日中酒を飲んでは寝るという生活を繰り返しているうちにうつが重くなり、山で首つり自殺をしようとしたが失敗。そのままホームレス生活を始める。深夜に駅前でシケモクを拾っていたとき、警官に発見・保護された。

[編集] 二度目の失踪

1992年4月 - 1993年3月ごろ。大塚英志に『夜の魚』のあとがき(のちに『失踪日記』の最初のエピソードとなる)を宅配便で送ったその足で再び失踪し、ホームレスとなる。同年8月ごろから「日本ガス(仮称)の孫受け会社」で配管工として働きはじめる。翌年春、知り合いにもらって乗っていた自転車が盗難車だったため警察の取り調べを受け、家族に連絡される。帰宅したのちもさらに半年間配管工の仕事を続けた。

[編集] アルコール依存と治療

1980年代半ばからさかんに飲酒し、「アル中」と自称していた。しかし本当のアルコール依存症、すなわち眠っている時以外は酒が手離せなくなるという「連続飲酒」状態になったのは1998年春ごろからである。しだいに奇行が多くなり、同年12月25日、家族によって三鷹市のH病院に強制入院させられる。1999年春、三ヶ月の治療プログラムを終了して退院。以後、断酒を続けている。

[編集] 『失踪日記』出版後

2005年3月、『失踪日記』を出版。一度目の失踪を描いた「夜を歩く」、二度目の失踪を描いた「街を歩く」、アルコール依存と治療の時期を描いた「アル中病棟」を収録している。出版とともに各メディアで話題となり、第34回日本漫画家協会賞大賞、平成17年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、第10回手塚治虫文化賞マンガ大賞、第37回日本SF大会星雲賞ノンフィクション部門を受賞した。

テーマの暗さにもかかわらずあっけらかんと描かれているが、吾妻は「自分を第三者の視点で見るのは、お笑いの基本ですからね」と片づけている。[6]

[編集] ギャグ漫画家引退宣言

『芸術新潮』2005年5月号(つまり失踪日記刊行時)のインタビューなどで「仕事は来ないし、限界だし、自分を苦しめるだけなので、ギャグ漫画をやめる」と宣言。公式サイトには「今後は暗い漫画を描くつもり」と書いた。しかしその後も、公式サイトや単行本のおまけ書き下ろしはもとより、雑誌連載にもギャグ主体の作品を発表し続けている。

[編集] ロリコンブームとの関連

いわゆるロリコンブームに関しては、吾妻ひでおがその火付け役との声があり、少なくともその動きの中で重要な位置を占めていたことは間違いない。

彼がエロ劇画誌の『劇画アリス』や自販機本の『少女アリス』に作品を発表したことは、漫画の世界での表と裏の境界を低くする動きの始まりととれ、また、『少女アリス』に発表したいわゆる「純文学シリーズ」は後のロリコン漫画に直接につながる作品である。大塚英志は純文学シリーズを「おそらくは最初の確信犯的な「ロリコンまんが」」と表現し、それ以降のこの手のまんがは吾妻の拡大再生産にすぎないとすら言っている。

また、彼とその周辺の若手作家による上述の同人誌『シベール』はこの分野の火付け役となり、またそれらの作家はロリコン漫画誌のレモンピープル漫画ブリッコの主要な描き手となった。

[編集] スター・システム

彼は手塚治虫的なスター・システムを使ったことでも知られている。ただし、彼の手中のキャラクターは変態的、あるいは病的であり、それが特徴でもある。以下に代表的な彼のスター的キャラクターをあげる。

吾妻ひでお
作者の戯画化である。右目の方が大きく、ぼさぼさ髪。とてもいじましく、すぐに落ち込む。ロリコン。唐突に顔を出す例が多いが、「ドクターアジマフ」シリーズなどで主役を張っている。
さんぞう
ふとっちょではげ頭にサングラスをかけている。名前は「きまぐれ悟空」で三蔵法師だったことから。とにかく素直にスケベ。後に「スーパー三蔵」で主役を張り、「チョコレートデリンジャー」ではあらゆる変態技を駆使する一方で家庭持ちの中年男の悲哀をも表現した。
不気味
やや長髪の下に三白眼、それにマスクをしているやせぎすの男。常に落ち込んでおり、口数少ない。マゾヒスティック。初登場の「ゴタゴタマンション」では“無気味”と表記されていた。「不気味が走る」「とつぜんDr.」で主役を張った。なお、ロボット化したR.ブキミはサディスティック。こちらは「ドクターアジマフ」シリーズなどに。
ナハハ
禿頭、肥満体、大きく見開かされた眼、カタレプシーで開いたままの口。あらゆる表情を示さない。吾妻ひでおキャラでもっとも非人間的とも言える。名前は笑い方から。初登場は「おしゃべりラブ」の大家。大家は彼の定番。「シッコモーロー博士」では天才的科学者として主役を張る。ちなみにカタレプシーで口を開いたままのキャラクターは吾妻作品に頻出する。

なお、さんぞう、不気味、ナハハは吾妻ひでおの三大変態キャラとも言われる。これが総出演したのが「ひでお童話集」の「3人の王子」で、そこではこの順に「上の王子は変態性欲、次の王子は変態の上に変な顔、下の王子はなんだかわからない」とされている。

[編集] 交友・影響関係

[編集] 影響を受けた人物

松久由宇
北海道浦幌高等学校時代の同級生。天才的に漫画が上手く、吾妻がプロの漫画家を目指すきっかけを作った。
板井れんたろう
アシスタントとして師事し、「笑い目で泣く」「笑い目で汗をかく」という表現法の影響を受けた(これは高橋留美子らにも遺伝している)。なお、板井の漫画『ドタマジン太』には吾妻をモデルにした「ヒデ公」が登場する。
手塚治虫
手塚流のスター・システムを用いる。たとえば作品中に作者(あじましでお)を頻繁に登場させるなど。なお吾妻自身、強弱の無い線と丸っこい絵柄は手塚の影響であると語っている。[7]
石ノ森章太郎
アマチュア時代に石ノ森の『少年のためのマンガ家入門』を愛読。高校時代の絵柄は石ノ森のマネだったと「私はこうしてマンガ家した」にある。女の子をかわいく描くことに注力したのも石ノ森の影響だという。「手塚以上の影響を受けたかもしれない」とインタビューで発言している[8]。「プランコ君」では「ファンタジーワールド・ジュン」のパロディを試みている。
筒井康隆
熱心なファンで、形式破壊・不条理・スラプスティックというスタイルを受け継ぐ。インタビューでそれを指摘された際、「筒井さんに近づけた」と喜んだというエピソードがある。

[編集] 友人ほか

いしかわじゅん
ギャグマンガ家同士の「抗争」相手として、吾妻作品にさかんに登場。高信太郎はふたりを「リトル・メジャー」(いしかわ)、「ビッグ・マイナー」(吾妻)と評した。いしかわは吾妻の呼称をひそかにうらやんだという[9]。手塚治虫の漫画「七色いんこ」に、校長役の吾妻と女性役のいしかわがキスを交わしたのち結婚するというエピソードがあり、マニアックな読者を喜ばせた。
大友克洋
いしかわ・吾妻とともに、SFマンガ・ニュー・ウェーブの御三家と呼ばれた。
とり・みき
熱心な吾妻ファンであり、対談を二度行っている[10][11]
沖由佳雄
吾妻の元アシスタントで、同人誌『シベール』では中心人物として活躍。『オリンポスのポロン』のエロースや、『ななこSOS』のDr.チャバネのモデル。
蛭児神建
『シベール』の同人。『ななこSOS』『スクラップ学園』などに登場した“変質者”のモデル。『出家日記』出版の際は吾妻が出版社との間をとりもった。
米澤嘉博
月刊OUT』、『ぱふ』の吾妻特集、さらに奇想天外臨時増刊『吾妻ひでお大全集』で吾妻へのロングインタビューをはじめ大量の記事・評論を執筆した。数あるペンネームの一つ「阿島俊」はもともと吾妻作品の評論を執筆する際のペンネームであった。自らが所属する「迷宮」が「劇画アリス」の編集を請け負ったこともある(吾妻は『るなてっく』を執筆)。私的な交友もあり、『ぶらっとバニー』に登場した食えないアニメーターは米澤の似顔絵を基にしたキャラクターである。
悟東あすか
小学生時代から吾妻家に出入りし、吾妻ひでおから直接漫画の描き方を教わった。
庵野秀明
アマチュア時代に制作した『DAICON III オープニングアニメ』(1981年)には、当時の吾妻ブームの反映がみとめられる。
竹本泉
読者時代からのファン。吾妻作品を読むと面白すぎて止まらなくなるのでトイレで読むのを禁止している。後に愛蔵版にも寄稿した。
坂本龍一
1981年小学館から刊行された「YMO写真集 OMIYAGE」で好きなもの・興味のあるものを列挙した写真の中に吾妻の作品「海馬」の1コマがあり、「今一番自分に近いものを感じる人」とコメントしている。同年、東京三世社「少年少女SFマンガ競作大全集」誌上で吾妻ファンとしてインタビューに応じている。なお、吾妻の長男は坂本にちなんで名付けられた。

[編集] 単行本リスト

(以降初出版時のデータのみ。同じタイトルで収録内容が異なる本も除外)

  • ふたりと5人 少年チャンピオンコミックス全12巻(秋田書店、1974年5月 - 1976年12月)
  • おしゃべりラブ プリンセスコミックス全2巻(秋田書店、1976年4月 - 1977年11月)
  • シッコモーロー博士 サンコミックス全1巻(朝日ソノラマ、1976年9月)
  • きまぐれ悟空 サンコミックス全2巻(朝日ソノラマ、1977年3月)
  • ちびママちゃん 少年チャンピオンコミックス全2巻(秋田書店、1977年5月 - 1978年3月)
  • エイト・ビート サンコミックス全2巻(朝日ソノラマ、1977年6月)
  • みだれモコ パワァコミックス全1巻(双葉社、1977年9月)
  • チョッキン 少年チャンピオンコミックス全4巻(秋田書店、1977年10月 - 1978年7月)
  • やけくそ天使 秋田漫画文庫全5巻(秋田書店、1977年10月 - 1980年5月)
  • セクシー亜衣 サンコミックス全1巻(朝日ソノラマ、1978年3月)
  • ネムタくん KCコミックス全2巻(講談社、1978年4月 - 1978年7月)
  • オリンポスのポロンおちゃめ神物語コロコロポロンのタイトルでアニメ化) プリンセスコミックス全2巻(秋田書店、1979年6月 - 7月)
  • パラレル狂室 奇想天外コミックス全1巻(奇想天外社、1979年6月)
  • 吸血鬼ちゃん 奇想天外コミックス全1巻(奇想天外社、1979年8月)
  • 不条理日記 奇想天外コミックス全1巻(奇想天外社、1979年12月)
  • やどりぎくん 少年チャンピオンコミックス全1巻(秋田書店、1980年1月)
  • 人間失格 マイコミックス全1巻(東京三世社、1980年3月)
  • 美美 サンコミックス全1巻(朝日ソノラマ、1980年3月)
  • メチル・メタフィジーク 奇想天外コミックス吾妻ひでお作品集1(奇想天外社、1980年7月)
  • 贋作ひでお八犬伝 奇想天外コミックス吾妻ひでお作品集2(秋田書店、1980年8月)
  • アニマル・カンパニー マイコミックス全1巻(東京三世社、1980年9月)
  • ぶらっとバニー アニメージュコミックス全2巻(徳間書店、1980年10月 - 1982年6月)
  • 格闘ファミリー 奇想天外コミックス吾妻ひでお作品集3(奇想天外社、1980年10月)
  • 翔べ翔べドンキー プリンセスコミックス全1巻(秋田書店、1980年11月)
  • ざ・色っぷる 奇想天外コミックス吾妻ひでお作品集4(奇想天外社、1980年12月)
  • スクラップ学園 秋田漫画文庫全3巻(秋田書店、1981年1月 - 1983年6月)
  • PAPER NIGHT 少年少女SFマンガ競作大全集増刊号(東京三世社、1981年3月)
  • 好き!すき!!魔女先生 アニメージュコミックス全1巻(徳間書店、1981年4月)
  • 陽射し 全1巻(奇想天外社、1981年7月)
  • 妖精の森 全1巻(虎馬書房、1981年7月)
  • ミャアちゃん官能写真集 全1巻(自費出版、1981年8月)
  • 魔法使いチャッピー アニメージュコミックス全1巻(徳間書店、1981年9月)
  • やけくそ黙示録 サンコミックス全1巻(朝日ソノラマ、1982年1月)
  • 海から来た機械 全1巻(奇想天外社、1982年3月)
  • 仁義なき黒い太陽 ロリコン編 「ロリコン大全集」(群雄社出版 1982年5月31日(「ミニティー夜夢」秋田書店 PLAY COMICS SERIES 1984年12月30日発売に再録))
  • ハイパードール プレイコミックシリーズ全1巻(秋田書店、1982年6月)
  • ぶつぶつ冒険記 マイコミックス全1巻(東京三世社、1982年8月)
  • チョコレート デリンジャー プレイコミックシリーズ全1巻(秋田書店、1982年8月)
  • マジカルランドの王女たち 全1巻(サンリオ、1982年12月)
  • ななこSOS(アニメ化) ジャストコミック増刊全5巻(光文社、1983年6月 - 1986年7月)
  • おちゃめ神物語コロコロポロン(アニメ化にあわせて連載されたもの) 100てんランドコミックス全1巻(双葉社、1983年7月)
  • ミャアちゃんラブワールド BEST HIT SERIES全1巻(秋田書店、1983年7月)
  • ななこMY LOVE 吾妻ひでお イラスト・ブック ジャストコミック増刊(光文社、1983年11月)
  • 魔ジョニア☆いぶ プレイコミックシリーズ全1巻(秋田書店、1984年10月)
  • ひでお童話集 アクションコミックスHideo Collection 1(双葉社、1984年12月)
  • 十月の空 アクションコミックスHideo Collection 2(双葉社、1984年12月)
  • ミニティー夜夢 プレイコミックシリーズ全1巻(秋田書店、1984年12月)
  • すみれ光年 アクションコミックスHideo Collection 3(双葉社、1985年1月)
  • 天界の宴 アクションコミックスHideo Collection 4(双葉社、1985年2月)
  • ぱるぷちゃんの大冒険 ぱるぷコミックス全1巻(ぱるぷ、1985年6月)
  • 大冒険児 アクションコミックスHideo Collection 5(双葉社、1985年3月)
  • あめいじんぐマリー プレイコミックシリーズひでおランド1(秋田書店、1985年4月)
  • 陽はまた昇る アクションコミックスHideo Collection 6(双葉社、1985年4月)
  • ときめきアリス アクションコミックスHideo Collection 7(双葉社、1985年5月)
  • 幕の内デスマッチ!! ジェッツコミックス全1巻(白泉社、1985年9月)ISBN 4592130650
  • Oh!アヅマ ぶんかコミックス全1巻(ぶんか社、1995年8月)ISBN 4821194406
  • 夜の魚 太田COMICS―芸術漫画叢書(大田出版、1992年9月)ISBN 4872330749
  • 銀河放浪 マグコミックス全2巻(マガジンハウス、1995年9月 - 1997年9月)ISBN 4838707142ほか
  • クラッシュ奥さん ぶんか社コミックス全2巻(ぶんか社、1998年8月 - 2002年3月)ISBN 4821196913ほか
  • 二日酔いダンディー マグコミックス全1巻(マガジンハウス、1999年3月)ISBN 4838711387
  • 吾妻ひでおの不自由帖 全1巻(まんだらけ、1999年12月)
  • エイリアン永理 ぶんか社コミックス全1巻(ぶんか社、2000年4月)ISBN 4821198193
  • 産直あづまマガジン 1 - (自費出版、2001年7月 - )

[編集] 共著

  • ひでおと素子の愛の交換日記(新井素子との共著)

[編集] イラスト提供作品

  • バイバイ スクール -学校の七不思議事件-(はやみねかおる作、わくわくライブラリー、青い鳥文庫)
  • オタカラ ウォーズ -迷路の町のUFO事件-(はやみねかおる作、わくわくライブラリー)(ハードカバー版のみ)
  • BH85 (森青花作、新潮社
  • ……絶句 上・下 (新井素子著、ハヤカワ文庫)
  • ふたりのかつみ (新井素子著、角川書店)
  • 草上仁ハヤカワSF文庫作品
  • いさましいちびのトースター (トマス・M・ディッシュ著/浅倉久志訳)(ハードカバー版のみ)
  • いさましいちびのトースター火星にいく (トマス・M・ディッシュ著/浅倉久志訳)(ハードカバー版のみ)
  • 恋愛詐欺師 (岩井志麻子著、文藝春秋)
  • へろ (クルムヘトロジャン作、知佳舎ウロン文学選集11、自費出版)
  • ふるむまかをめら (ベーホ作、知佳舎ウロン文学選集19、自費出版)
  • 時空の支配者 (ルーディ・ラッカー著/黒丸尚訳/新潮文庫)ラッカーの初長編翻訳作品
  • わたしは可愛い三月兎(仙波龍英著、歌集)

[編集] その他の仕事

[編集] 他の漫画家によるリメイク

  • 海から来た機械(古屋兎丸著『Garden』に収録、イースト・プレス)

[編集] 脚注

  1. ^ 『夜の魚―太田COMICS芸術漫画叢書』のあとがきでは、当時一世を風靡していた吉田戦車を「不条理漫画」の元祖と呼ぶ風潮に対し、吾妻が先駆的な役割を果たしたことを再評価している。ちなみに「不条理ギャグ」「不条理漫画」は吾妻が元祖ではなく、例えば手塚治虫『マンガの描き方』(光文社カッパ・ホームス 1977年刊)ではギャグ漫画の一分類として「不条理ギャグ」を挙げ、例としてつげ義春「ねじ式」、秋竜山の諸作品などを紹介している
  2. ^ 『逃亡日記』「あづま史略年表」
  3. ^ 『ローリング・アンビバレンツ・ホールド』
  4. ^ 『どろろん忍者』
  5. ^ 『メチル・メタフィジーク』
  6. ^ 『失踪日記』 巻末対談
  7. ^ 『月刊スパイ』1991年6月号 特集:手塚治虫の研究 神の眼と虫の眼
  8. ^ 『逃亡日記』
  9. ^ 『夜の魚』 大田出版、1992年。いしかわじゅんによるあとがき
  10. ^ 『マンガ家のひみつ』 徳間書店、1997年。
  11. ^ 『失踪日記』 巻末対談

[編集] 参考文献

  • 大塚英志・ササキバラ・ゴウ『教養としての〈まんが・アニメ〉』,(2001),講談社現代新書(講談社)

[編集] 外部リンク

他の言語