迷宮 (同人サークル)

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迷宮(めいきゅう、ラビリンス)は、主に漫画批評二次創作を行っている同人サークル同人誌即売会コミックマーケットMGM(Manga Gallery & Market)の母体であるが、コミックマーケットからは、現在は分離している。ただし、創業者特権でサークル参加での抽選を免除されている(帳簿上は、コミックマーケット創設時に迷宮からの借金でまかない、それが現在でも残っている代償ということになっている)。

目次

[編集] 概要

1975年4月創設。亜庭じゅん、原田央男米澤嘉博が中心メンバー。漫画批評誌の発行、新たな形でのイベント創出を2本柱とした。山上たつひこの『喜劇新思想大系』に倣い、誌名は『漫画新批評大系』とした。

創刊号はSF大会を模した日本漫画大会に合わせて発行される手はずとなっていた。ところが、「迷宮」同人の知人が、漫画大会を批判したとの理由で参加を拒否される事件が起こった。批判内容は、漫画大会の警備員に「態度がおーへい」な人物がいたこと、そして「内容がつまらない」と評したことだったが、漫画大会の運営はこの批判に「開催目的にそぐわない意識を持つ者の参加は認められない」「委員の血と汗と涙に対する重大な屈辱」と主張した。迷宮はこの事件を重く見て、「漫画大会を告発する会」を結成し、大会事務局に説明を求めると共に、漫画大会の内情を告発するレポートを発行した。さらに、漫画大会に見切りを付け、新たなイベントの創出を急務と認識させた。

『漫画新批評大系』は、原田が萩尾望都研究会『モトのトモ』の主宰であったこともあり、山上と並んで同人に評価の高かった萩尾の『ポーの一族』のパロディ『ポルの一族』も連載された。青焼きコピーで発行された創刊号は漫画大会で約100部が完売し、さらに100人以上の予約購読者を得た。部誌は最盛期は2000部近くに達した。当時としては破格の部数であった。

『漫画新批評大系』の成功や、これまでに漫画研究会などと培った人脈をテコに、迷宮は新たなイベントの実現に動いた。これがコミックマーケットである。同人誌即売を一つのイベントとして開催するのは、初めての試みだった。コミックマーケットの主催は「コミックマーケット準備委員会」ということになってはいたが、実質は迷宮そのものだった。全国の漫画研究会に参加を求めるダイレクトメールを送り、友人知人にも呼びかけ、ようやく32サークルの参加を確保。12月21日、第1回のコミックマーケットが開催された。

コミックマーケットの規模が急激に拡大して行くと、迷宮は運営から次第に距離を置いていったものと見られる。「コミックマーケット準備委員会」は「コミックマーケット準備会」の名称で定着し、さらに法人組織の「株式会社コミケット」(のちに有限会社特例有限会社に)を設立し、迷宮から独立した組織となっていった。

1980年には、創作漫画専門の同人誌即売会「まんが・ミニ・マーケット」をコミックマーケットから分離独立の形で開催。創作系同人誌にとって、長く貴重な存在であったという。まんが・ミニ・マーケットは1981年MGMと改称、2009年現在も引き続き迷宮主催で開催中である。

[編集] 補遺

  • 実際の活動では、同人誌の発行年下2桁をサークル名の末尾に付けている。たとえば、2005年のコミックマーケット68・69に参加した時は「迷宮'05」。
  • 初期のコミックマーケットでは、迷宮で描かれたキャラクターがそのままマスコットの扱いを受けていた。しかし、運営の分離と共に使われなくなったものと思われる。
  • 関西系の批評集団「構雄会」-同人誌名「漫画ジャーナル」と関東にあった「コミック・プランニング・サービス」-同人誌名「いちゃもん」の中心メンバーが合流して結成された。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

  • MGM公認ページ (主催者公認であるが主催者自身のサイトではない。しかし、迷宮への連絡先メールアドレスなどが確認出来る)