医療保護入院

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医療保護入院(いりょうほごにゅういん)とは、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律33条に定められている精神障害者の入院形態の1つ。

概要[編集]

入院を要する精神障害者は、その性質上、自ら必要な医療にアクセスする判断ができないことがある。自傷他害のおそれがある場合は措置入院または緊急措置入院として強制入院となりうるが、そこまでの症状がなくとも強制入院させることが必要であると判断されるときに適用される。強制入院制度としては、自傷他害のおそれを要求しないこと、公権力の責任で行うものではなく病院と家族の意思に基づくこと、及び入院期間に制限がないことが比較法的にも特異である。実際に日本の強制入院は医療保護入院によるものが最多で、実体的にも手続的にも比較的簡素であるために社会的入院を助長する原因の一つとなっている。

要件[編集]

  • 指定医による診察の結果、精神障害者であり、かつ、医療及び保護のため入院の必要がある者であつて当該精神障害のために任意入院が行われる状態にないと判定されたものであること(33条1項1号)または34条1項の規定により移送された者であること(33条1項2号)
2号については#移送制度(34条)を参照のこと。
1号については、精神障害者に医療及び保護のため入院の必要があることを要する。当該精神障害の治療でなくともよく、例えば統合失調症患者に癌の手術を受けさせるために総合病院の精神病床に医療保護入院させることもできる。医療又は保護のいずれかの必要があるだけでは入院させられないが、これらの区別を含め、どのような場合が医療及び保護のため入院の必要があるといえるかについては具体化された基準に乏しい。唯一、認知症患者について認知症の人の精神科入院医療と在宅支援のあり方に関する研究会報告書(案)は、措置症状のほかは妄想、幻覚、落ち込み、苛立ちが目立つか些細な事で怒り出し暴力につながるといったことで、本人・家族の生活が阻害され非薬物療法で改善せず拒薬や治療拒否があり薬剤調整など認知症を専門とする医師による入院治療が必要とされる場合、と明確化しているのみである。
当該精神障害のために任意入院が行われる状態にないとは、単に任意入院に同意しないことを指すのではなく、病識がないとか判断力が低下しているといった能力面の不足を必要とする。逆に、こうした能力不足があれば、たとえ表面的に同意ととれる行動があっても任意入院を行うことはできない。
これらについては、全て精神保健指定医の判定に係らしめて可及的に医学的正確性を担保するようにしている。ただし緊急やむを得ない時は特定医師の判定であっても12時間を限り入院可能としている(33条4項後段)。
  • 家族等のうちいずれかの者の同意があること(33条1項柱書、33条2項)または居住地の市町村長の同意があること(33条3項)
行方不明、能力喪失、利益相反等の一定の欠格事由がある者を除く配偶者、親権行使者、扶養義務者、後見人または保佐人のいずれかが同意することが要件とされている。これらの者を家族等と呼ぶ。家族等がないか家族等の全員が意思を表示することができないときは、居住地の市町村長が同意権を有する。
家族等がいて、意思を表示する能力があり、かつ同意をしないときは医療保護入院できないことになる(このときは応急入院もできない)。これは、本人への関与の拒否を示したり何らの応答もしようとしない場合を含む。
  • 入院の告知(33条の3第1項)

効果[編集]

医療保護入院の成立[編集]

要件を満たした場合であっても、最終的に入院させるかは病院管理者(通常は、その権限を委任された主治医)の裁量による。
管理者は、入院後10日以内に、同意した家族等の同意書を添えた入院届(通常、薄黄色のA3版書式が用いられるために「黄紙」と称されることがある。)を提出しなければならない(33条7項)。平成25年改正では、医療保護入院の入院届には退院後生活環境相談員の氏名や入院期間をも記載した入院診療計画書を添付することとされた(施行規則13条の4第1号ヲ)。

入院の継続、終了[編集]

33条1項の反対解釈として、「医療及び保護のために入院の必要がある」といえなくなるか、これがあるとしても任意入院が行える状態になるか(実際に任意入院を行うかとは関係がない)のいずれかを満たせば退院させなければならない。いずれも満たさなければ、原則として無期限に入院を継続することができるが、33条1項の「入院させることができる」との表現から、管理者は裁量で退院させることもできる。入院時や措置入院の解除と異なり、指定医の判断を介在させる必要はない。従来は同意者(保護者)が退院を要求すれば退院させなければならないと考えられてきたが、平成25年改正の頃から、同意者の退院要求があっても管理者は入院継続できるとの行政解釈がされるようになった。
その他、定期病状報告の審査(38条の3)や退院請求の審査(38条の5)、職権(38条の7)で退院を命じられることがある。
管理者は退院後10日以内に退院届を提出しなければならない(33条の2)。
医療保護入院による社会的入院(下記#問題点等参照)を抑止し退院を促進するため、平成25年改正で、管理者は、退院後生活環境相談員を選任し(33条の4)、1年未満の入院者で入院届へ添付した入院診療計画書に記載の入院予定期間を経過する場合、1年未満の入院者で以前の審議で決定した入院期間を経過する場合又は1年以上の入院者で必要と認める場合に、退院支援委員会を開催して入院継続の必要性、予定入院期間、退院への取り組みを審議する(33条の6、平成26年障発124号)こととされた。
管理者は、入院継続中12か月毎に定期病状報告書を提出しなければならない(38条の2第2項、施行規則20条)。これには直近の退院支援委員会の審議記録を添付することとされた。

移送制度(34条)[編集]

従前、病院受診へ本人が抵抗するために医療保護入院が困難であるときに、家族が搬送業者や警備会社へ依頼して拉致同然に病院へ搬送することがあった。こうした事態へ対応するために、医療保護入院等のための移送の制度が整備された。通常、家族が保健所や病院に事前相談し、嘱託の指定医が居宅で診察し、移送を決定して病院へ移動する、という流れが想定されている。移送の要件としては、本人の症状が応急入院相当に緊急かつ重大であることを要するほか、入院先も応急入院指定病院でなければならない。
本条が整備された後も、本条によらず民間業者により搬送する例が多く本条による搬送は低調である。これは、適用すべき事態が、救急を要する場合なのか、他の手段を尽くしても受診できないときの最終手段であるのかといったことについて立案時から趣旨不明であった結果、各自治体が運用を控えていることや、移送先が応急入院指定病院に限られていることが理由に挙げられる。
移送制度の整備後に、民間搬送業者による搬送が違法であるとして損害賠償請求が認容された裁判例[1]がある。

医療保護入院制度の変遷[編集]

平成26年から[編集]

保護者制度廃止し家族等の同意による入院へ変更、退院促進制度の創設。

昭和62年から平成26年[編集]

任意入院、応急入院を規定、同意入院は医療保護入院に名称変更し指定医の判定を必須としたうえ、保護義務者の同意による入院(33条1項の「1項入院」)と保護義務者の選任を受けていない扶養義務者の同意による4週間を限る入院(33条2項の「2項入院」)の設定、仮入院は入院期間短縮のち廃止、保護義務者を保護者に名称変更、義務の縮小。

昭和25年から62年[編集]

精神病者監護法の廃止、精神衛生法に基づき措置入院と同意入院・仮入院が規定され、後者は家族のうち保護義務者が同意することとされた。

昭和25年以前[編集]

精神病者監護法に基づき、家族から監護義務者が定められ監置の任に当たっていた。

問題点等[編集]

家族等による悪用[編集]

真実は家族が自己の利益を図るため、本人への治療協力を装って、本人の収容を企図して医療保護入院を依頼する事例がある。医療保護入院の診察に際し、本人の陳述のほか家族の陳述以外に客観的な資料が乏しいことが殆どであることから、甚だしきは本人の言動を脚色して陳述し、指定医に病状が悪いような印象を与えることがありうる。実際、上記判例[1]では、家族自身の異常な言動に反応した本人の言動を、家族がその本人の言動のみ取り出して伝えたこと等が認定されている。

社会的入院[編集]

医療保護入院の法律関係、同意の法的性質[編集]

医療保護入院においては、本人を送り出す家族側(同意者)と受け取る病院側(管理者)との間では、親が幼児を入院させるような意味で、入院への意思の合致が認められる。そこで、従来から医療保護入院とは同意者と管理者とが締結する入院契約(民法656条の準委任契約)であるとの考え方が有力である。その中では、同意者が代理人であるとする考え方、事務管理として同意を行うとする考え方もあるが、本人を受益者とする第三者のためにする契約(民法537条1項)であって性質上本人の受益の意思表示(民法537条2項)を要しないとする不真正第三者のためにする契約説が最も有力で、幾つかの裁判例はこれに立つとされた。これによれば,同意とは契約締結の意思表示であり、治療の利益と入院に伴う行動制限の負担を本人が受けるほか、その他の入院契約上の権利義務は要約者である同意者と諾約者である管理者とに帰属することになる。ただし、これによると医療保護入院の同意者が市町村長(法33条3項)であるときは市町村長が入院費を負担することになるが、実務上はこのような運用になっていない。

他方で、治療上の利益があるとしても、本人に強制入院の行動制限を課すことの根拠を契約として理解することはできないとする見解も有力である。この理解を前提とし、さらに応急入院制度の存在からすると、入院必要性の判断と同意とは等価値ではなく、医療保護入院とは管理者の一方的な入院権限があって、この濫用防止チェックとして同意が要件となっているにすぎないことにないとする理解がある。すると、同意とは一種の公法的意思表示となり、必ずしも入院費負担等の私法上の意思表示を含まないことになる(併存しても構わない)。ただし、そもそも何ゆえ管理者に入院権限が与えられているのかという根本的な問題が残る(論者は、これをもって医療保護入院制度の不当性を主張することがある)。


関連項目[編集]

  1. ^ a b 大阪地裁平成25・7・5 LLI/DB 06850393